<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


今宵月の下 妖精は踊る

◇序 【レピア】◇
 王女エルファリアの別荘。そこには様々な者達が住んでいる。それは人だけに限らず、また生物だけにも限らない。
 エルファリアの部屋にもまた、変わった女が住んでいた。
 昼間は石像としてエルファリアの部屋を飾る、妖艶な美女のその像は、夜になると温もりを持った踊り子となる。500年という長き時間、呪いの為に人と石像との間を行ったり来たりしながら、レピアは生きている。
 そんな彼女を、太陽の光が明るく照らしていた。それは何時も通りの朝。
 ただ一つ何時もと違ったのは――その手に、白い封筒を握っていた事。

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 静寂に包まれたエルファリア王女の部屋で、月の光を受けたレピアが佇んでいた。
 ゆっくりと巡る体温に、次第に色を帯びていく姿。やがてそれが確立すると、レピアは長い睫を持ち上げた。
「――――あら?」
 かさりと音を立てて自身の手から滑り落ちたモノを、レピアが小首を傾げながら拾い上げる。白い小さな封筒には、記憶の深くに眠る古の文字。
 その中のカードを取り出すと、レピアは驚いたように呟いた。
「妖精のパーティー……?何年振りかしら」
微かに喜色を帯びた声音が、文を辿る程にため息に変わる。
「……そう。とうとう去るのね…………」
 つ、と視線を上げたレピアは、その瞳に金色の月を宿して寂しそうに微笑んだ。


◇1 【妖精の森】◇
 妖精の招待状と一緒に、目的地・妖精の森への地図が白い封筒には入っていた。だがしかしソレは地図と言える程のモノではなく、むしろ抽象的過ぎて頭を悩ませるようなモノだった。
 聖都エルザードを出て、ただひたすら西へと続く一本の道――地図に描かれたその道はそのまま妖精の森へと続いているが――実際にそんな道は無い。枝分かれした道、幾つもの集落、その他エトセトラ。西一帯に荒野が広がっているワケではないのだから、ただ西と言われても首を捻ってしまうのが本当の所だ。
 だが運の良い事に、レピアはその意味を知っている。
 妖精の森は、人の目に映る事は稀。ソレはどこにでもあり、またどこにもない。そこにしかなく、そこに在りもしない。そういった、認識出来ない摩訶不思議な森なのだ。
 だから西に行けばいい。ただひたすら西に行けば――そこには、妖精の森がある。突然現れ出る巨木の森、その謎までは到底分かるまいが……とにかくレピアは、西に向かって歩を進めた。

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 レピアが妖精の森に辿りついた時、パーティーは飲めや歌えの大騒ぎ。巨木に囲まれた平地の中心には舞台が用意され、その上では人と妖精とが楽しげにステップを踏んでいた。卓の上には様々な種の料理が並び、甘い匂いがそよぐ風にのって鼻に届く。幼子達は辺りを駈けずりまわり、時には悪戯を繰り返している。
 幻想的な光の粒が灯り代わりに中空を浮遊し、鮮やかな色の花々が楚々と飾られているその場所。
 昔に見たパーティーとは、何かが違う。
 元来の妖精族のパーティーといえば、静寂と闇とが喧騒と光を凌駕し、どこか堅苦しさを感じさせるものだった。今宵の様に溢れ返る程の招待客も無く、本当に一握りの、選ばれた物達が集うモノ。妖精と人とが手を取り合って踊る事も無い、ただただ妖精の美しい踊りと歌を堪能する場。
 けれど今は――目が眩む程に明るい光がある。実際それは錯覚に過ぎなかったが……驚愕を覚える程様変わりした風景に、レピアは立ちつくしていた。
 その背中に、声がかかる。
「ようこそ!!神秘の踊り子よ!!!」
 陽気な声に振り返り、またもや目を剥くレピア。
 鮮やかな虹色を撒き散らす妖精の顔には、自尊心の高さを窺わせるものは一切無い。それは記憶の中の姿とは、あまりにもかけ離れたモノ。
「貴方の来訪を歓迎するよ、レピア・浮桜。我らの別れの宴に足を運んでくれた事、心より感謝する」
 そう言って恭しく頭を下げる妖精からは、嘘偽りのない感情が見て取れて、レピアはまた動揺を深めた。
「こちらこそ――招待してもらえて嬉しいわ」
 妖精の誘いにぎこちなく微笑みながらパーティーの渦中に足を進める。
「貴方の事は、何かと聞いている。噂に高き美貌、この目で拝見出来るとは運がイイものだ」
「……ありがと」
 素直な賛辞にレピアが照れ臭そうに頬を掻くと、妖精はクスリと笑んで、虹色の羽を数度はためかせた。
「さあさ、貴方もどうぞ踊っておくれよ。神をも魅了する貴方の舞い、ぜひ我らに見せておくれ」

 ******

 忙しなく去っていった妖精の背を静かに見送りながら、レピアはまたパーティーの輪から出てゆく。
 騒ぎから少し離れれば、そこは古の自然が広がるばかり。何かを思案するような顔つきで歩を進めるレピアは、自分がパーティーから遠ざかっている事を良く理解しては居なかった。ただ、多少静かな所で考えたいなとは思ったが。
 思案すべき事は、いかな方法で舞いを披露するか。単身舞台上に繰り出すのも良しとすればアリだが、期待をかけてくれる妖精に答える意味も含めて、多少趣向を凝らしてみたい。
 と、レピアはその視界に一つの影を見とめる。
 足を止めて見てみれば、見目麗しき青年が一人静かに佇んでいた。その青年がレピアに気づいたのか、ふと視線を上げた。
 木々が静かにさざめきを零す。その中、二人はしばし見詰め合った。
 青年は若かった。が、それ程幼い印象は受けず、黒真珠のような瞳には叡智を潜ませていた。人の良さそうな柔和な顔立ちに僅かに驚きを浮かべてた彼――その腕に抱かれたものに、レピアの視線が釘付けになる。
 思わず恍惚のため息を漏らしそうな、美しいハープ。龍を象ったソレに張られた絹糸のような細い銀――青年の服装から想像して……。
「アンタ、歌い手?」
 考えるよりも早く口が開き、吟遊詩人の様なものだと答える彼に、レピアはにっこりと、蠱惑的に笑んだ。


◇3 【妖精のパーティー】◇
 夜も深まり、音楽がしっとりとした静やかなバラードに変わるやいなや舞台から人々が退く。
 かと思えば、その舞台に青年が一人、上がった。
 胸に水竜の琴を抱く、健一であった。彼がにっこり微笑むと婦人方の黄色い声が上がる。
 逸れ掛かった視線を舞台へと戻り出すと、水竜の琴レンディオンが一つ、音を零した――。

 しん、と辺りが静まり返る程、それは見事な音を奏でていた。人々の間に落ちる恍惚の溜息がまさにその証拠。
 玲瓏なるその響きは健一が琴を弾く度様々に音を変えて、聞く者を更なる夢の最中に引きずり込んでゆく。
 そして舞台に上がったもう一つの影に、人々は息を呑んだ。
 シャンとその足元で音が鳴り、長い手足が闇の中を舞う。宙を遊ぶ長い青髪はレンディオンの奏でに乗って空を切った。
 その舞いは夜空に浮かぶ月の様な繊細さを持ち、女の美しさを更に引き立たせていた。
 誰かが、彼女の名を呟く。
「――レピア・浮桜……」
――と。
 美しい踊り子、神をも惹きつけて止まぬ踊り子。生きた伝説と呼ばれる彼女の舞に、誰もが目を奪われる。
 健一が琴を爪弾く。水の様に穏やかに、荘厳に、雄大な大地の様に力強く。
 レピアが軽やかに舞う。花の様に清廉、高潔でいて、消え行きそうな儚さで。

 どこかに別れの寂しさを潜ませた、妖精への贈り物だった――。

 ******

 踊る、踊る。
 時に陽気に、たぎる情熱を表すように、また物悲しささえ含み、そして魅惑的に――健一の奏でる音とレピアの踊りは初めてとは思えぬ程マッチし、人々を魅了して放さなかった。
 器用に音色を奏でる健一に合わせて、様々な顔を見せるレピア。髪の毛の先まで操るように、彼女の体全てが一つの芸術と化す。
 だが彼女は何を思ったのか突然舞台から踊り出る。健一の指がレンディオンを爪弾く。止まらない。速く速く、軽快なステップと共に。
 レピアの体が跳ねるように人中に滑り込む。
 驚く人々の手を掴んで、強引に回る。そして次へ、また次へ――見知った顔から初会の者――子供も老人も男も女も妖精もどの種族も隔たり無く、レピアはその手を取っては一緒に踊った。
 やがて輪が広がり、健一の指が織り成す音楽に人々は自由に踊り出した。

 パーティーは、まだまだ終わりそうにない。
 
 
◇4 【今宵月の下 妖精は踊る】◇
 漆黒の夜空には瞬く星々と、金色に輝く満月が浮かぶ。それ以外に世界を照らす光は無く、妖精の森を静寂と闇とが覆っていた。
 そんな中、虹色の光にたゆたいながら妖精達は踊る。

「我々が礼として贈れるモノは、コレしかない」
 一族の長がそう言ったのは、つい先程の事。次いで若い妖精が
「レピア・浮桜の舞には負けるが」
そう言って密やかな笑みをもたらしたのも、少し前の事。
 だが来客達の中ではその記憶さえ薄れ、妖精達の舞いを前に何を考える事も出来なかった。

 レピアの舞いが、健一の奏が、美しく二つと無いと思ったのは本当だった。だが妖精達の踊りは、それだけでこの世の全てを表すモノだった。
 自然そのもの。世界そのもの。光も闇も、太陽も月も、音も色も、人も魔物も。その全てだった。
 妖精の踊る姿に、美しい景色が重なるのだ。鳥の囀りも、蒼天も、山頂から流れ出る清水も、大海を渡る鳥の群れ、海を泳ぐ魚も――。

 今宵月の下、妖精は踊る。
 
 
◇5 【空から見下ろす世界の形】◇
 さわさわ――と冷気を伴った風が、火照った体に酷く心地良く、興奮の冷め遣らぬ人々を吹き抜けた。
 レピアは疲れた様子を微塵も見せず、岐路に着く人々を複雑な思いと共に見つめていった。まだ夜は終わらぬというのに――パーティーはお開きの様だった。
 そんな中、何やら蹲ってきた大きな人物が、突然立ち上がり叫んだ。

「さぁてと、お立会い!!妖精族に今日の礼も兼ねて、この親父道師範にして腹黒同盟総帥、イロモノ変身同盟総帥がどっきり☆むんむん親父イリュージョンショーを用意した!!」

 その長ったらしい口上に、妖精達がぎょっと目を剥く。家路に着こうと帰り支度を終えた者達はハッと足を止め、その者の上に視線を落とした。
 レピアもその男・オーマ・シュヴァルツの方に視線をやり、何事かと眉根を寄せた。
 その瞬間。
 オーマが白銀を撒き散らした、巨大な獅子へと変貌した。
「おいおい、驚くんじゃねぇよ。誰も取って食ったりしねぇから安心しな」
――とは言われても、それは無理な相談である。彼の言葉も半ばに、呆然とその事実に驚愕を向けていた人々は我に返って回れ右。オーマが止めるのも聞かずに、悲鳴を上げて走り去ってしまった。
 そして残ったのは、レピア・浮桜に山本健一。兎耳を生やした娘・ロレッラ・マッツァンティーニに、見知った眼鏡の青年は、アイラス・サーリアス。少女とも少年とも一間では判断つかない子供は、ファン・ゾーモンセンと名乗ったか。いずれにせよ彼ら一人一人とも一緒に踊った記憶があった。
 それから、逃げ遅れたのか逃げなかったのか、幾人かの人々と、妖精族の面々。
「オーマのおじちゃん〜!?」
 走り寄って来たファンが事も無げにに声をかけるとオーマは
「おう、ファン。ほらよ、四の五の言わずに俺の背中に乗んな」
そう言って膝を折った。
「な、何のつもりなんですか、一体!!?」
「乗れって、イキナリ何なのよアンタ」
「だぁから言ってんだろ〜がよ。お礼だよ、お・れ・い」
 レピアと健一が同時に疑問を投げかかれば、そんな言葉が意地悪げな微笑と共に返って来る。そんな二人を無視して、好奇心旺盛な子供はオーマの背中によじ登っている所。
「わぁ、高い高い〜♪」
「わ、ほんと!!」
「危ないですよ、二人共!!」
 そしてちゃっかりと乗り終わっているのは、ロレッラとアイラスの二人。オーマが大きな瞳を細めて、唇を歪めた。
「ほら、乗りな?」

 ******

 半ば脅すように妖精達を背に乗せ、大きな体が空に飛び出した。びゅうっと耳元で風が鳴る。
 奇声、歓声、怒号――それらをまったく無視して、銀色の翼を大きくはためかせるオーマの真意は誰にもわからない。
 空を駆ける獅子はそのまま誰の問いにも答えず、ただ何処かを目指して飛び続けた。

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 「――エルザード……?」
 眼下に広がる町並みを見て、誰かががポソリと呟いた。それは確かに聖都エルザード。高く飛び出たエルザード城、深夜を越えても灯りを灯し続ける黒山羊亭・白山羊亭――。
「最後に見てくのも悪かねぇだろ?」
 速度を落とした獅子が、にやにやと笑う。
 と同時に、妖精の森の上に火の華が咲く。
「わぁ、花火だぁ!!」
 ファンが手を叩き、歓声が上がる。ドォン、ドォンと打ち上がっては散るソレが様々に姿を変えて、そしてソレが最後に………。

【元気でな】

 そんな言葉を古の文字が綴っていた。

 ――妖精の頬から滑り落ちたモノを、誰もが見ないフリをした――。
 

◇6 【残映】◇
 朝の光が木々の間を縫って、妖精の去った森を照らしていた。何かを嘆く様に鳥の囀りが響き、青々とした葉を揺らしてゆく風が何かを探すように森を巡る。花々は狂う様に濃厚な蜜を撒き散らす。
 妖精の森そのものが、何かを探して泣いているようでもあった。
 しかし巨木に囲まれた平地に、ソレらは目当てのモノを見つけて安堵する様に穏やかさを取り戻す。
 虹色の光が何時もの様にソコに輝いていた……。
 

 
FIN



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 種族】

【1926 / レピア・浮桜(ふおう)/ 女性 / 23歳 / 傾国の踊り子 / 咎人】
【1649 / アイラス・サーリアス / 男性 / 19歳 / 軽戦士 / 人】
【0673 / ファン・ゾーモンセン / 男性 / 9歳 / ガキんちょ / ヒューマン】
【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳 / 医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り / 詳細不明】
【0929 / 山本建一(やまもとけんいち)/ 男性 / 25歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)/ 人間】
【1968 / ロレッラ・マッツァンティーニ / 女性 / 19歳 / 旅芸人 / ワーラビット】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、レピア・浮桜 様。ライターのなち、と申します。
今回は私めの依頼文「今宵月の下 妖精は踊る」に発注頂きまして、ありがとうございました。(遅くなりまして、申し訳ありません)

 とにかく楽しく過ごせればよいナァと思っていましたらば、とても素敵なプレイングを沢山頂きこのような感じのお話になりました。
 踊り子に、吟遊詩人、そして花火の中空を飛び――あぁ、なんて素敵なんでしょう。私が見てみたい!!と強く思います。
 レピア様には、今回ほとんど個人行動をしてもらっております。なので他のモノも見て頂ければ、パーティーの全容かわかるかもです。

 それでは、発注ありがとうございました。妖精のパーティー、楽しんでいただければ幸いです。
 何かご意見・不満等ありましたら、ぜひお寄せください。またどこかでお会い出来れば嬉しいです。


    **なち**