<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『金のくちばしのピヨ』

<オープニング>
 その女性は、白山羊亭のランチを味わいに来た客にはどうしても見えなかった。
 長い栗色の髪は乱れ、枯葉や芝の切端が絡まり、頬にも腕にも枝がつけたかと思う軽い裂傷があった。
「冒険のご依頼、ですよね?」
 女性はテーブルに座ると、ルディアが運んだ水を、ゴクゴクと一気に飲み干した。若い女性だが化粧気は無く、グラスには紅もつかなかった。
「わたしは近くの森にアトリエを構える彫刻家で、モルガナイトと云う者です。飼っていたピヨをわたしの不注意で森に逃がしてしまいまして・・・。
 自力で捜してみたのですが、力不足のようで。
 森の奥に入り込むと、怖い生き物もいるかもしれません。ピヨは臆病なので、心配です」
「そうですよね、ピヨちゃん、心配ですよね」
「いえ、心配なのは、怖い生き物の方です」
「え。」
「ピヨは、怯えると、やたらめったらにブレス攻撃するので・・・」
「もしかして、ピヨちゃんって、コカトリス?」
「普段はおとなしいイイコなんですけど・・・」
「イイコって、あのぅ。コカトリスですよね?」
 森が石化する前に、求む冒険者。

< 1 >
 夜は短く、女性の美貌の時期も短い。
 だが、彼女は数百年も美しさを保っていた。
今夜も、レピア・浮桜は黒山羊亭へ踊りに行くつもりだった。だが、その前に腹ごしらえをしようと、白山羊亭のドアを押した。

「今夜も、踊りに行くのですか?」
 料理を運ぶ仕事が一段落したルディアが、近くに立って上目使いにレピアを見て言った。
「何か依頼があるの?なあに?あたしができることなら、受けてあげるよ?」
 レピアは気安く請け負う。長い髪を左手で抑えながら、右手はパスタを絡める動きを続けていた。
「レピアさんって、石化に詳しいですよね?」
「詳しいっていうか・・・。まあ、自分の呪縛を解く方法を、色々調べてはいるけど。でもぜんぜーん進展ナシって感じ」
「はあ。そうですか。お気の毒です。でもきっと、いつかは方法が見つかりますよ」
 と、そのまま行こうとするので、
「だ〜か〜ら!冒険の依頼があるんでしょ?」

 もし、ピヨがむやみに森の生き物にブレスをかけていたら。レピアはその考えに身震いした。愛らしい小鳥や栗鼠。美しい蝶。それらがみんな灰色の塊になり、草の上にごろごろと転がる様を想像した。
 自分は踊り子なので、戦闘は得意ではないが。でも、何とかピヨちゃんを制止したい。たとえば、他のみんなをかばってブレス攻撃を受けてもいい。どうせ昼は石の身なのだ。
 夜は艶やかな肌のしなやかな踊り子。だがレピアは、昼間は堅い石像と化して人々の目にさらされている。生き物が石になるなんて悲劇は、自分だけでたくさんだ。
「いやあ、嬉しいな。こんな美人の同行者がいて」
 レピアは、ルディアから森の地図を受け取り、依頼者のモルガナイトのアトリエへと急いでいた。スリットから太股が覗いていたのがいけなかったのだろうか。それとも、申し訳程度に胸を隠したこのドレスがいけないのだろうか。虫が光に集まるように、森の中で妙な男が寄ってきた。
 街の宝石屋の御曹司スピネルだった。女たらしで遊び人なので有名だ。レピアが最も嫌うタイプの男だった。この男もモルガナイトのアトリエへ向かっていたそうで、道案内を勝手に買って出たのだ。
「オレはモルガナイトの上客でね。いつも作品を買って、仲介役をしてやっているのさ」
 ベタベタと汗じみた掌で、レピアの剥き出しの肩を触ったり、くびれた腰に手をかけたりする、いやらしい男だった。レピアはするりとうまく身をかわしながら、『依頼主さんの仕事関係の人じゃなきゃ、とっくに蹴りをぶちこんでいるのに』と心で歯ぎしりしていた。
「お嬢さんはなんで、あの女のところへ?」
「逃げたコカトリスの保護を頼まれたのよ。ピヨちゃんっていうの?会ったことある?」
「ちっ、あのチキン野郎か」
 スピネルは小さく舌打ちした。もともと舌打ちという行為は上品なものではないが、この男は、エルザード一、下品に舌打ちをする才能があるようだった。
 自分をハンサムだと思い込んでいる不浄さが顔や格好に出ている男だ。オールバックの黒い髪は整髪料がべたついた感じで、不潔感が漂っていた。確かに顔だちは整っているのかもしれないが、レピアは、『こんな顔の男、だーーーいっキライっ!』と声を大にして叫びたかった。
白の麻スーツもやめて欲しい。月の隠れた暗い夜でも、スーツがぼうっと仄かに明るく浮かんでいる。蚊や羽虫が寄って来るのだ。露出度の高いレピアは、隣の自分の方が虫に食われそうで戦々恐々だった。
「ってことは、あんたは戦士か?」
 スピネルの目に一瞬脅えの色がよぎった。
「そうよ。あたしは格闘家だよ」
 そう嘘ぶいたら、男は体ひとつ分遠ざかった。
「しかし、モルガナイトも、人に依頼する金があるなら・・・。ちっ」
 スピネルはまた舌打ちする。
「あたしはお金を要求するつもりはないわ。モルガナイトに、あたしの彫像を作ってもらいたいの。石でなくて、木彫りがいいな。暖かみのある、ぬくもりを感じさせるような」
 レピアは、踊っているシーンを作品にしてもらおうと目論んでいた。
 窓から洩れる灯らしきものが見え、やっとアトリエに辿り着いたようだ。こんな男との道中は、もう二度とごめんだとレピアは思った。

< 2 >
 スピネルは、ノックもせず、声もかけずにモルガナイトのドアを開けた。
「あのチキン野郎の為に、人を雇ったって?金の無駄使いだな」
「スピネル、そんな酷いこと言わないで、ピヨちゃんは親友なのよ」
「わかってるよ。おまえがあんまりあいつにおネツだから、妬いただけさ」
 仕事の関係というのは、嘘のようだ。恋人・・・と言うには、妙な感じだけれど。
「お、そうだ。途中で会ってな、ご婦人をここにご案内したぜ」
 スピネルが親指を立てたこちらを差した。
「ルディアに聞いて、あたしもと思って」
 レピアの他には、アイラス・サーリアスとアレックスが依頼を受けていた。
「全員揃ったので、出かけますか。カンテラは人数分ありますか?」
 アイラスが行動を先導する。
「はい。私も行きますね。危険な動物と出会ったら、私も闘います」と、モルガナイトは、片手にゲンノウをもう片手にはノミを握った。
 レピアもモルガナイト同様に緊張した。
『アイラスとアレックスのお荷物にならないよう、がんばらないと・・・』
「あ、それから、みなさんにお願いです。ピヨちゃんを停める為なら、攻撃は仕方ないと思っています。でもでもでも・・・あまり痛くしないでやってくださいね」
「わかっていますよ」とアイラスは笑っていた。彼は攻撃をする気さえ無さそうだ。
 眼鏡の奥の瞳は、いつも静かに笑っている。エルザードでは、スピネルとは正反対の意味で、一、二を争う有名人の青年かもしれない。
 アレックスも、剣は鞘に収めたままで闘っても十分の相手だろう。職業は暗殺者だと聞いた。まだ若い女性なのに、全身から殺気が漂っている。かなりの使い手らしい。
「それから、ピヨちゃんのブレスについて、もう少し教えていただけますか?」
 アイラスが、探索の為の情報を収集する。こういうことの得意な人なのだ。
「ピヨちゃんは、普段の息は普通のものです。石化ブレスは、攻撃の意志がなければ吐きませんが・・・」
「だったら、モルガナイトが一緒なら大丈夫だよね?」とレピアが明るく言った。両手を頭上に上げて、くるりときれいなターンをしてみせた。しかし、モルガナイトは下を向いた。
「そうだといいのですが・・・。ピヨちゃんは、自分の意志でここを出たのかもしれません。私、時々、木の彫刻にブレスをかけてもらっていました。石像の方が高く売れるんです。もしかして、ピヨちゃん、私に嫌気が差したのかも・・・」
「そんなこと(ニワトリごときが)思うはずないぞ」と、アレックスが慰め、レピア達も頷いた。
「ごめんなさいね、みなさんに愚痴を言っても仕方ないですね。行きましょう」
「オレはここで一杯やりながら待ってるよ」と、スピネルは言ったが、アイラスが誰に言うとでもなく呟いた「複雑な枝ぶりの樹や繊細な花が石化されていたら・・・。そんな美しい調度品があったら、高く売れるでしょうね」という言葉に、彼はわかりやすく反応した。
「うーん、でも、モルガナイトのことも心配だし、やっぱり行くか〜」
 口調は渋々だが、スピネルはぱっと立ち上がった。

 先頭のアイラスが小屋のドアを開け、そのまま停止した。おかげで、続いたアレックスはアイラスの背中に顔をぶつけ、レピアはつんのめってモルガナイトに抱きつく形になった。
「ピヨちゃん、ですか?」
 アイラスはカンテラをかざす。小屋の前には、少し大きめの赤い鶏が立っていた。月は雲で隠れている。ピヨは目はよく見えていないはずだ。聞き慣れない男の声に、森の方向へ後ずさりを始めた。
「待ってピヨちゃん!」
 モルガナイトが飛び出し、ピヨを抱きしめた。ピヨは一瞬逃げる気配を見せたが、諦めておとなしく抱きすくめられた。
「心配したのよ、ピヨちゃん。帰って来てくれたのね?」
「・・・いいえ。サヨナラを言いに来ました」
 コカトリスが、喋った。
「鶏が!」
「コカトリスが!」
「ピヨちゃんが!」
 三人が同時に叫んだ、「喋った!」
 ピヨを抱きしめたモルガナイトが、不思議そうに振り返った。
「だから、『友達だ』って言いませんでした?
 それに。コカトリスって、モンスターでしょ?人間の言葉を喋るぐらい、普通なのでは?」
「普通は喋りません!」とアイラスが断定した。
 金のくちばしのピヨは、特別なコカトリスのようだ。
「で、ピヨちゃん、サヨナラって?私が、木彫にブレスをさせたから?ごめんなさい、もうしないわ。だから、お願いだから、どこかへ行くなんて言わないで」
「そうじゃない。元々僕は旅の途中でした。それに、バカな男に翻弄されるあなたをもう見たくありません」
「・・・。」
「本当はこのまま行くつもりでしたが、一言だけ忠告に来ました。あいつは、あなたの作品を買い上げた後、作品として売るのでなく、壊して中の高級な石を取り出して売っているのです。僕は、森で、あなたの作品の残骸をたくさん見つけました」
「なっ、なんですって!?」
 モルガナイトは、きっと眉を上げてスピネルを振り仰いだ。
「い、いや、あれは、手違いで。事故なんだ。運搬中に落として壊れて、それで・・・。おまえが傷つくと思って、秘密にしてたオレも悪かったが」
「嘘よ!欠けることはあっても、落としたくらいでバラバラになるわけないもの。あなた・・・私の魂のこもった作品を、ハンマーで割ったのね?」
 モルガナイトの顔色は、怒りで蒼白になっている。ただハンマーを奮っただけでは、石像は簡単には割れないだろう。腕に力を込めて、腰を入れて、何度も何度もハンマーで叩いたのだ。恋人の魂を。容赦無く。たぶん、出現しそうな高価な石を思い、口をだらしなく開けながら。
 すると、スピネルは今度は開き直った。
「何が魂だよ。美女ならまだしも、お前の魂なんぞ、一銭の価値も無い」
「ひ、ひどい・・・」
 モルガナイトは、怒りに肩を震わせ、ノミをスピネルに向けて振り上げた。
「いけません!」とピヨが叫ぶ。
「あなたの彫刻の道具を、人を傷める武器になどしないでください!」
「そうですよ。僕もそう言おうと思いましたが、ピヨちゃんに先を越されました」
 アイラスが、素早い動作で釵を引き抜く。
「スピネルとやら。人を危めたと変わらぬくらい、許せぬ行いだな」
 アレックスはセタールを構えた。
「待って待って待って」
 レピアは前に出た。
「道中、コイツは散々人の体にベタベタ触れやがったのよ。いつ蹴りを入れてやろうかと思ってたわ。やるなら、あたしに最初にやらせてよ。
うふふん、覚悟しなよっ!」
 レピアは、キックしやすいように青いドレスのスリットを軽くたくし上げ、脚線美を披露すると、にっこりと笑った。

< 3 >
 そして、みんなにボコボコにされたスピルネは、「おやじに言いつけてやる!」と言い捨てて、街へ逃げ帰った。
原因は居なくなったが、それでもピヨは、ここを去ると言って聞かない。
「そう。仕方ないわね。あんな男に引っかかったり、あなたをお金儲けに利用したり。愛想を尽かされて当然よね」
「違います!そんな、決して!
 僕はある目的があって旅をしています。2年前、あなたに出会って、ここがあまりに居心地がよくて、つい長居をしてしまいました。
僕は、行かなくてはならないのです。あなたが、彫らなくてはならないように」
「私が・・・彫らずにいられないように?」
 赤い鶏冠が揺れた。頷いたのだ。白眼の多い感情を映さぬ鳥の目が、揺れていた。鮮やかな赤い蛇の尾が、うなだれて地面にとぐろを巻いていた。
「わかったわ。
そんなこと言われたら、見送るしかないわ。でも、その目的が達成できたら・・・ううん、何でもない。
ただ、出ていくのは、明日の朝にしたら?今出て行っても、目が見えないでしょう?」
 モルガナイトは、ピヨの羽根をぎゅっと掴んだ。
 雲が切れ、曖昧な形の月が顔を出した。金の嘴がきらりと光った。

『狭いけれど、皆さんも泊まって行きませんか?』とモルガナイトは、夜の森を抜ける危険を心配してくれたが、三人はカンテラだけ借りて街へ帰ることにした。
「朝になると、レピアさんを運ぶのが大変なので」とアイラスが苦笑しながら、モルガナイトの好意を断った。
 レピアは、森を歩きながら「アイラスったら、ひどい言いぐさじゃないの。じゃあ、な〜に?今まで昼に出かける冒険は、そんなに迷惑をかけてたって言いたいの?」とふくれた。
「いえいえ。僕らが帰る為の方便ですよ。最後の夜なのだから、邪魔をしては悪いでしょう?」
「ピヨは、人間だと思うか?」
 唐突にアレックスが訊ねた。
「人の言葉を喋るということだけでは、断定できませんけれど。でも、彼は、人に戻る方法を探して旅しているのかもしれませんね」
「戻れるといいね。ピヨちゃん、モルガナイトのこと、好きみたいだし」
 レピアは、わざと無邪気にそう言って笑顔になった。レピアの背負った運命も、似たように過酷なものだ。だが、だからこそ、ピヨの明るい未来を信じたくなる。
「彼女も、ピヨちゃんのこと、好きだと思いますよ。自分の気持ちから逃げたくて、それで悪い男にひっかかってしまったのじゃないかな」
 三人は、何年か後、エルザードの正門をくぐる旅人のことを想像してみた。赤い柔らかそうな髪をなびかせ、聖都を振り仰ぐ青年。街のショップを飾るモルガナイトの作品群に目を細め、そして、森の位置を確認して、歩き出す。

 夜はもうそろそろ終わってしまうところだ。板の間のアトリエに毛布を被ったまま、モルガナイトは、小さな子供がぬいぐるみのウサギの耳を握るように、ピヨの羽根を握り、眠っていた。いや、正確には、眠ったフリをしていた。
 ピヨも目覚めていた。モルガナイトの膝で丸くなったまま、次第に明るくなっていく天窓を眺めていた。
夜が明けたら。
 雄々しく鳴こう。最高の時告げの声を聞かせよう。愛するひとの新しい一日が、光に満ちた幸福な一日になるように祈りを込めて。
 
<END>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1649/アイラス・サーリアス/男性/19/フィズィクル・アディプト
2031/アレックス/女性/19/暗殺者
1926/レピア・浮桜/女性/23/傾国の踊り子
NPC
モルガナイト
ピヨ
スピネル
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■         ライター通信          ■
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このたびは、発注ありがとうございました。ライターの福娘紅子です。
結局森の探索をしなかったので、
せっかくの「犠牲になる」というプレイングが生かせず、すみませんでした。
でも、プレイングに描かれていたレピアさんのお気持ちは、
表現するようがんばってみました。