<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
今宵月の下 妖精は踊る
◇0 【ロレッラ】◇
天上に輝く眩い光はアルマ通りにも変わりなく注がれ、その通りに在を構える様々な家屋からは、笑い声や音楽、そして思わず涎を垂らしそうないい匂いが漂ってきていた。
そんな通りの、多くの客を有す白山羊亭の窓にへばりつく存在、一つ。
くりくりとした萌黄色の瞳を持った娘が、じーっと白山羊亭を観察していた。
娘の名はロレッラ・マッツァンティーニ。そしてその彼女が見つめるのは、亭の元気なウエイトレス、ルディア・カナーズだった。いや、正しく言えばそのルディアの持つ白い封筒が、ロレッラが熱く見つめる物。
ワーラビットである彼女の聡い耳は、ルディアと隣に座る男の会話とを鮮明に聞き取っている。
『――だから、妖精のパーティーは皆さんで楽しんで来て下さいね』
『…………どうしても、行かないのか』
『そりゃあ行きたいですけど、店だってありますし』
『一日くらい休んだってバチは当たらないだろう。これが最後なんだぞ』
『だけど、ここは変わらずお客様を受け入れるんですもん』
男の憮然とした口調に、ルディアが苦笑混じりの答えを返す。
『私はお土産話だけで十分満たされますよ』
『舞い、歌い、食い、笑い――お前だって、そういうの好きだろうに……』
男が納得いかなげにため息をつくが、ルディアは全く引かずに、迷いも無く。
『舞うことも、歌うことも、食べることも、笑うことも、此処でだって出来ます。私には、お店だって妖精のパーティーだって、どちらも楽しめる事に変わりはないですから』
きっぱりと言い放つルディアに、男が降参の意で両手を挙げた。
『とは言っても、せっかくの招待状がもったいないですし。これは誰かに譲った方が無駄にはならないわよね』
ルディアが何気なく呟いた時、もう窓に張り付くロレッラの姿は無かった。
その変わり、亭の扉が元気良く開け放たれた。
◇1 【一行】◇
「それじゃあ、行って来ますね」
「ルディアちゃん、いってきま〜す!!」
白山羊亭に集まった五人が、ルディアに笑んで亭を出てゆく。
「土産話、楽しみにしてろよ?」
穏やかな微笑みを浮かべた眼鏡の戦士、アイラス・サーリアスに続いて、少女とも少年とも判別つかない少年、ファン・ゾーモンセン。そして見上げる程に大きなオーマ・シュヴァルツ。
「ルディアさんの分も楽しんで来ます」
「招待状、本当にありがとーね」
その後を、水竜の琴を抱えた吟遊詩人の山本・健一が行き、最後に招待状をルディアから譲ってもらった娘、ロレッラ・マッツァンティーニが出てゆく。
彼女ら五人を扉まで見送るルディアの顔には躊躇いの一つも無い。
「気をつけて行って下さいね。――お話、楽しみにしてます」
遠くなる背中に大きく手を振るルディアに、五人もまた手を振り返した。
******
「――それで、その妖精の森にはどう行くの?」
無邪気な笑みを浮かべて、ファンがアイラスの袖口を引っ張る。
「ええっと……」
アイラスはルディアに手渡された地図を開く。その頭上から、オーマの声が降ってくる。
「まずは、エルザードを出てだ。そんで――」
「これだと、とにかく西へ?」
地図に引かれた一本の道を指し示し、ロレッラが首を傾げた。
夕刻の通りに家路を急ぐ子供達が明るく走り去る中、五人は一瞬言葉を失くす。
「……こんな道、ありましたっけ?」
健一の言葉に首を振って
「ルディアさんの話では、地図の通りに――との事でしたが……」
「……ひたすら西へとしか、書いてねぇな……」
◇2 【妖精の森】◇
聖都・エルザードを出た後、一行は地図の通りに西へと歩を進めた。ただ西へ――目的地は今だ不明のまま。
時は刻々と進み、漆黒の闇が辺りを埋めようと侵食を始める。
「妖精ってさ、一体どんな感じかなァ〜」
そんな中、声が響く。
「ボク、妖精って初めてなの。ねね、皆は見た事あるの??」
重苦しい雰囲気に気づかず、ファンはくるりと背後に顔を向けた。
一行の最前線を軽い足取りで行くファンの顔には、ただこの後のパーティーに期待を抱く子供特有の好奇心があるばかり。無事に辿り着くかさえわからぬ道行きに、不安を感じつつ健一が返す。
「妖精には、何度か。でも妖精のパーティーは初めてです」
「あたしは無いなぁ〜。妖精もパーティーも初め、て……」
不安を打ち払うかの様に殊更明るく言ったロレッラが、尻すぼみに言葉を弱めた。
「どうかしたか?」
背後からオーマの不思議そうな声が聞こえたが、ロレッラはただ無言。
四人は彼女の視線を追い、それでも何も変わらぬ風景に眉根を寄せる。
「ロレッラさん……?」
「おい、どうしたんだ?」
歩を完全に止めたロレッラの顔の前に、アイラスとオーマが手を振ってみせる。
「あ〜!!」
今度はファンの喜色ばんだ声。
かと思えば、ロレッラの頬が緩んで笑みを作り……。
「妖精さんだぁ!!」
「妖精だよ!!」
虹色に輝く光の中、小さな少女が手招いていた。
******
「いらっしゃい!!旅娘よ!!」
突然現れ出た青々とした森と、陽気な妖精達に興奮に身を震わせるロレッラの頭から、兎の耳が飛び出した。
妖精の少女をみとめた瞬間、その背後には巨木と淡い花の群。色と光と相対せし闇とを織り交ぜた不思議な光景が眼前に広がっていた。
ロレッラ達五人は妖精に誘われるまま、その森の奥へと入っていく――。
◇3 【妖精のパーティー】◇
「さぁさ、踊って踊って」
小さな妖精族数人に服の袖を引っ張られながら、ロレッラは用意された舞台へと上った。巨木に囲まれた赤土の平地、その中心に在る少し高さのある舞台では、既に人や妖精達がテンポの良い明るい音楽に身を躍らせている所。
闇の中に浮き出た光の粒は灯りの変わりに世界を照らし、幻想的な雰囲気を放っている。
「うわ――っと、ととと……」
忙しなく視線を彷徨わせていたロレッラは、当然注意力も散漫。背後からぶつかって来た人物に、危うく転びそうになった。
「うわ、ごめんなさい!!」
「大丈夫ですか!?――って、ロレッラさんじゃぁないですか」
ん?と視線を背後にやれば、見慣れた顔が心配そうに自分を見ていた。
「ファンクンに、アイラスクン。ごめん、あたしぼ〜っとしてたから……」
クスクスと微笑む妖精が、ロレッラの背中を押し出そうと力を入れる。
「さぁさ、踊っておいで」
「そうですね。良ければ僕の変わりに、ファン君と踊ってやってはくれませんか?」
「え……」
「流石に、疲れました」
深い海の色の双眸が、眼鏡の奥で苦笑の形を取る。一方ファンはというとまだまだ踊り足りない様で、足元が密かにステップを踏んでいた。
「さ、どうぞ」
「楽しんで!!さぁさ、いっておいで!!」
妖精が再び背中を押し、アイラスがスッとダンスの輪を開けてくれる。ロレッラは元気に頷くと、ファンの手を取ってにっこりと笑った。
「じゃあ、踊ろっか!!ファンクン!!!」
「――んで、コレが特製の薬草茶ってワケだ」
舞台で踊り狂っていたファンとロレッラが多少辟易した様子で舞台を下りて来ると、突然大きな手が自分達を引っ張って、一つの卓へと誘った。そうして大男・オーマがティーカップを二人に差し出してきた。
喉が潤うぞ〜と笑うオーマを見て、確かに喉が渇いている事に気づくと、ロレッラはオーマの手からカップを有難く頂戴する事にした。
「――おいしい♪」
「本当。何だか、疲れが吹っ飛ぶ感じ!!」
オーマの勤務先から持ってきたというソレは綺麗な木々の色をしている。
「もっと苦いかと思ってた」
そう言いながらお代わりを求める声に、ロレッラも負けじとカップを掲げた。
******
オーマの『お土産』を見て、ロレッラは何かを考える。彼らと別れてパーティーを楽しみながら、自分も何かをすべきかなぁなどと頭の片隅で考えながら。
(何が出来るかな、あたしに……)
普段は旅芸人として、キャラバンなどで歌ったり踊ったりしているロレッラだったが、何分妖精達の専売特許である。歌と踊りをプレゼントするには、ここでは当たり前の事の様に思えた。
「!!」
そうして旅芸人の自分だけが、出来る事に思い当たる。
妖精族は、古の自然を愛する者。その世界からあまり出ず、色々な国の風流や伝記などを知らないはずだ。そんな妖精達に、旅をして見聞きしたお話を語ってやれば――。
その時の様子を想像し、ロレッラが妖しい笑いを漏らす。例えば笑い転げる妖精とか、思わず泣いてしまう姿とか……フツフツと湧き上がってくる衝動に、ロレッラのふわふわの兎耳が、再び突出していた。
******
闇が次第に濃い影を落とし、パーティーもいよいよ佳境かと思われた。音楽が静やかなバラードに変わるやいなや舞台から人々が退く。
かと思えば、その舞台に青年が一人、上がった。
胸に水竜の琴を抱く、健一であった。彼がにっこり微笑むと婦人方の黄色い声が上がる。
逸れ掛かった視線を舞台へと戻り出すと、水竜の琴レンディオンが一つ、音を零した――。
しん、と辺りが静まり返る程、それは見事な音を奏でていた。人々の間に落ちる恍惚の溜息がまさにその証拠。
玲瓏なるその響きは健一が琴を弾く度様々に音を変えて、聞く者を更なる夢の最中に引きずり込んでゆく。
そして舞台に上がったもう一つの影に、人々は息を呑んだ。
シャンとその足元で音が鳴り、長い手足が闇の中を舞う。宙を遊ぶ長い青髪はレンディオンの奏でに乗って空を切った。
その舞いは夜空に浮かぶ月の様な繊細さを持ち、女の美しさを更に引き立たせていた。
誰かが、彼女の名を呟く。
「――レピア・浮桜……」
――と。
美しい踊り子、神をも惹きつけて止まぬ踊り子。生きた伝説と呼ばれる彼女の舞に、誰もが目を奪われる。
健一が琴を爪弾く。水の様に穏やかに、荘厳に、雄大な大地の様に力強く。
レピアが軽やかに舞う。花の様に清廉、高潔でいて、消え行きそうな儚さで。
どこかに別れの寂しさを潜ませた、妖精への贈り物だった――。
◇4 【今宵月の下 妖精は踊る】◇
漆黒の夜空には瞬く星々と、金色に輝く満月が浮かぶ。それ以外に世界を照らす光は無く、妖精の森を静寂と闇とが覆っていた。
そんな中、虹色の光にたゆたいながら妖精達は踊る。
「我々が礼として贈れるモノは、コレしかない」
一族の長がそう言ったのは、つい先程の事。次いで若い妖精が
「レピア・浮桜の舞には負けるが」
そう言って密やかな笑みをもたらしたのも、少し前の事。
だが来客達の中ではその記憶さえ薄れ、妖精達の舞いを前に何を考える事も出来なかった。
レピアの舞いが、健一の奏が、美しく二つと無いと思ったのは本当だった。だが妖精達の踊りは、それだけでこの世の全てを表すモノだった。
自然そのもの。世界そのもの。光も闇も、太陽も月も、音も色も、人も魔物も。その全てだった。
妖精の踊る姿に、美しい景色が重なるのだ。鳥の囀りも、蒼天も、山頂から流れ出る清水も、大海を渡る鳥の群れ、海を泳ぐ魚も――。
今宵月の下、妖精は踊る。
◇5 【空から見下ろす世界の形】◇
さわさわ――と冷気を伴った風が、火照った体に酷く心地良く、興奮の冷め遣らぬ人々を吹き抜けた。
「さぁてと、お立会い!!妖精族に今日の礼も兼ねて、この親父道師範にして腹黒同盟総帥、イロモノ変身同盟総帥がどっきり☆むんむん親父イリュージョンショーを用意した!!」
そんな中、長ったらしい口上が響く。家路に着こうと帰り支度を終えた者達はハッと足を止め、その声の主に視線を落とした。
ロレッラも何事かと視線をやると、そこにはオーマの巨体が偉そうにふんぞり返っている所だった。
集中した視線に満足そうに頷く姿が、巨大な獅子へと変わる。悲鳴と驚愕の表情の中、オーマの言葉は続く。
「おいおい、驚くんじゃねぇよ。誰も取って食ったりしねぇから安心しな」
――とは言っても、それは無理な相談だ。逃げる者達の姿を見留ながら、オーマは肩をすくめる様な仕草をして見せた。だが、去るものは追わない。
「オーマのおじちゃん〜!?」
駆け寄っていったファンに、オーマは膝を折る。
「おう、ファン。ほらよ、四の五の言わずに俺の背中に乗んな」
「な、何のつもりなんですか、一体!!?」
「乗れって、イキナリ何なのよアンタ」
「だぁから言ってんだろ〜がよ。お礼だよ、お・れ・い」
その間に好奇心旺盛なファンが、不平を漏らした健一やレピアを差し置いてオーマの背によじ登る。
「わぁ、高い高い〜♪」
「わ、ほんと!!」
「危ないですよ、二人共!!」
そしてちゃっかりと乗り終わっているのは、ロレッラとアイラスの二人。オーマが大きな瞳を細めて、唇を歪めた。
「ほら、乗りな?」
******
半ば脅すように妖精達を背に乗せ、大きな体が空に飛び出した。びゅうっと耳元で風が鳴る。
奇声、歓声、怒号――それらをまったく無視して、銀色の翼を大きくはためかせるオーマの真意は誰にもわからない。
空を駆ける獅子はそのまま誰の問いにも答えず、ただ何処かを目指して飛び続けた。
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「――もしかしなくても、エルザード?」
眼下に広がる町並みを見て、ロレッラが同意を求める様に振り返った。それは確かに聖都エルザード。高く飛び出たエルザード城、深夜を越えても灯りを灯し続ける黒山羊亭・白山羊亭――。
「最後に見てくのも悪かねぇだろ?」
速度を落とした獅子が、にやにやと笑う。
と同時に、妖精の森の上に火の華が咲く。
「わぁ、花火だぁ!!」
ファンが手を叩き、歓声が上がる。ドォン、ドォンと打ち上がっては散るソレが様々に姿を変えて、そしてソレが最後に………。
【元気でな】
そんな言葉を古の文字が綴っていた。
――妖精の頬から滑り落ちたモノを、誰もが見ないフリをした――。
◇6 【残映】◇
朝の光が木々の間を縫って、妖精の去った森を照らしていた。何かを嘆く様に鳥の囀りが響き、青々とした葉を揺らしてゆく風が何かを探すように森を巡る。花々は狂う様に濃厚な蜜を撒き散らす。
妖精の森そのものが、何かを探して泣いているようでもあった。
しかし巨木に囲まれた平地に、ソレらは目当てのモノを見つけて安堵する様に穏やかさを取り戻す。
虹色の光が何時もの様にソコに輝いていた……。
FIN
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 種族】
【1968 / ロレッラ・マッツァンティーニ / 女性 / 19歳 / 旅芸人 / ワーラビット】
【1649 / アイラス・サーリアス / 男性 / 19歳 / 軽戦士 / 人】
【0673 / ファン・ゾーモンセン / 男性 / 9歳 / ガキんちょ / ヒューマン】
【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳 / 医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り / 詳細不明】
【0929 / 山本建一(やまもとけんいち)/ 男性 / 25歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)/ 人間】
【1926 / レピア・浮桜(ふおう)/ 女性 / 23歳 / 傾国の踊り子 / 咎人】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、ロレッラ・マッツァンティーニ様。ライターのなち、と申します。
今回は私めの依頼文「今宵月の下 妖精は踊る」に発注頂きまして、ありがとうございました。(遅くなりまして、申し訳ございません)
とにかく楽しく過ごせればよいナァと思っていましたらば、とても素敵なプレイングを沢山頂きこのような感じのお話になりました。
踊り子に、吟遊詩人、そして花火の中空を飛び――あぁ、なんて素敵なんでしょう。私が見てみたい!!と強く思います。
3【妖精のパーティー】辺りは、各PC様毎で行動していただいております。そちらも見て頂ければ、パーティーの全容かわかるかもです。
それでは、発注ありがとうございました。妖精のパーティー、楽しんでいただければ幸いです。
何かご意見・不満等ありましたら、ぜひお寄せください。またどこかでお会い出来れば嬉しいです。
**なち**
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