<東京怪談ノベル(シングル)>


呪いの……

 オーマは人で賑わうレストランにて、テーブルに一人ついてコーヒーの香りを堪能していた。
 店内は明るく、清潔感に溢れている。そんな中、人より体格の大きいオーマが珍しいのか、周囲の人々がちらちらオーマに視線を送っていた。
 オーマの横をさっとウェイトレスが通りすぎる。オーマは彼女を捕まえて尋ねた。
「ちょっといいかい、おじょうさん」
 ぎこちなくウェイトレスが頷いたのを見て、彼は続けた。
「ここに触れしまえば呪われてしまうものがあるって噂を聞いたんだが……」
(そう、ウォズに関連した、な)
 にやにやとオーマが笑っていると、ウェイトレスは表情を徐々に暗くした。
「いえ、確かに、そう噂されているものなら、その……」
「どうした? 何か問題でも? 確か人が一人死んだってな、呪いで」
「い、いえ死んだなんて、ただの噂ですから。でも」
「でも、なんだ」
 オーマが身を乗り出すと、ウェイトレスは目を泳がせる。
「その、呪われているのは」
「呪われているのは?」
 問うと、ウェイトレスはオーマを静かに指差した。
「……お、俺?」
「いえ、その椅子です」
「な」
 オーマは思わず立ち上がり、叫んだ。
「何ですと――ッ!?」

「大体何で、こんなもの置いているんだ。無防備に」
「無防備じゃないです。ちゃんと人が入れないようにしてます」
 見れば、確かにオーマのいるテーブルの周りは何重にもテープで仕切られている。
 オーマは曖昧な笑みで頬を紅潮させながら頭をかいた。
「いーやいやいや、すまねぇ、気付かなかった。俺としてはついうっかり」
 わざとらしく咳をする。
「だが、こんな目立つところに置くなんてどういう了見……」
「客を呼ぶためのものですから」
「は?」
「だから、装飾品のようなものです」
「あーん? じょうちゃん、少し詳しく教えてくれないか?」
「噂があるようでしたから。店長が壊してしまうよりかは、呪いの椅子として見物できるように客寄せに利用した方が良いかと」
 なるほど、とオーマは頷く。先ほどからオーマに集中していた視線の正体を理解した。
 この賑わいを見るに、客寄せとしては立派に役立っているらしい。
「……明日は明日の風が吹く。細かいことに気にしていたら先には進めないのさ。さて呪いについて教えてくんねぇか……」
「待った!」
 オーマは言葉を飲み込んだ。迫力を帯びた怒声が店内に響き渡る。――オーマの尻の方から。
 オーマは椅子から身を離し、それを凝視する。
「意義あり! 椅子は腰掛けるための家具である! 客寄せのために存在しているのではなく、また装飾品でもなく! 座って欲しい、座って欲しいんだ!」
 ――間違いなく、椅子が言葉を発していた。

「おいおいおい、もしやおまえウォズか?」
「ウォズじゃない、椅子だ!」
「喋る椅子なんてあるわけないねぇだろうが!」
「ここにあるだろうが」
「だから、ウォズなんだろうがッ!」
 オーマが項垂れて呆れた声を出すと、椅子は振動して軽い音を鳴らしてきた。怒りに震えている様にも見える。
「……理解した。もしかしたら自分はウォズかもしれぬ」
「いやいやいや、だからな」
「だが! 呪い云々は談じて自分の責任ではないっ!」
「どの口でそれを言うんだ? 人を一人殺しておいてよ」
 少し苛立ちを含んだ声音だ。オーマは目を薄く細める。
「椅子に口などない!」
「シ、シリアスが数秒間ももたねぇ……」
 オーマは頭を抱える。深く嘆息した。
 呪われているといわれるものに触れた人間に次々と不幸が襲いかかっているのは噂に過ぎないかもしれないが、触れた……座った人物に一人死んでしまった人間がいるのはまぎれもない事実だ。一連の事件にウォズが関わっている気配を感じて、オーマは少し様子を見に来たのだが。
「まぁ、封印しちまった方が早いか」
「ま、待った! だから自分は呪い云々とは関係がなく」
「あー一人死んじまっているのは事実だからな」
「頼む、信じてくれ。自分はただ座ってほしいだけなんだ!」
「……だがなぁ」
「ヴァンサーの旦那! 頼む! 自分は真の椅子だと証明してくれ! アンタ悪いやつじゃないんだろ!?」
 オーマはふ、と動きを止めた。静かに尋ねる。
「……どうしてそう思う?」
「目だ、目を見ればわかる! アンタの目は愛に満ちている!」
 瞬間、オーマは頬を緩めた。にやにやと笑いながら。
「いやいやいや、確かに俺はいわば愛に生きているといっていいぜ。特に妻や娘にはこの上なく愛情を……おっと。こういうのはあんまり口にしない方がいいよな」
 オーマは顎に手を添えて。
「ま、助けてやるさ。例えよくわからない状況でも。そう、人助けは悪いことじゃねぇ、全くだ」
「人じゃない。椅子だ! 自分は椅子だ!」
「……椅子助け? いきなりださくなったな……」

「で」
 オーマは椅子を背負ったまま、街道を歩いていた。歩く様は覇気がない。
「どーして、俺はこんな目立つことをしてるんだろうねぇ。いや、面白いっつったら面白いんだが」
「それはそう! 誰かがこの自分に呪いという罪を着せようとしているからだ! 自分は何もしておらぬ! ただ人に座って欲しいだけだ!」
「はいはい、とりあえずもう少し小さな声で喋ってくんないかい。世間の目は俺たちが思っている以上に冷たいのさ」
 オーマの言葉通り、椅子が喋れば喋るほど傍を通りすぎる人々は奇異の目を向けてくる。
(おいおい、これも人生修行ってやつかぁ? ……勘弁してくれ)
 オーマは自分の背中に視線を送る。そこには紐で括り付けられた椅子があった。
 声に少し疲労を混ぜながら、言う。
「で。この行為に何の意味があるんだい?」
「もちろん、こうして旦那が自分に触れているんだと周囲に晒せば、自分に座った人々に呪いをかけている別の犯人が、きっとそのうち旦那にちょっかい出してくるだろう」
「俺は囮か!」
 オーマが喚けば、一斉に人々の視線が集中する。
「あー視線がいてぇ。妻や娘にばれたら何言われるか、わっかんねぇなー」
「確かに、椅子は座るもので、背負うものはないしな」
「論点が違う。あー話にならねぇ……と」
 オーマ足を止めた。しばらくしてゆっくりと道路脇に寄る。そのまま建物と建物の隙間、人気のない暗い場所へと歩んだ。
「どうした? ヴァンサーの旦那」
「更に面白くなってきたってことだ。よう、椅子。おまえ、別にウォズに知り合いは?」
「……いや、知らんな」
「つーことは、ただ同類が気になって近寄ってきたのかね? 椅子、おまえ奴さんに惚れられているようだぜ」
「惚れたなど興味ない。座って欲しい」
「……奴さんはおまえに近づく手段を間違えちまったようだな」
 オーマは椅子を地に放り投げた。身軽になった体。オーマは軽く両腕を回し、後ろを振り向いて身構えた。
「そういうことだ。出てきな」
 刹那。
 黒い霧状のものがオーマの目前に瞬時に広がった。威圧感を向けてくる。
 同時に向けられた殺意により、オーマの肌は焼けつくような痛みが走った。
「やれやれ、言うならば呪いのウォズか」
 オーマは人差し指をウォズに向けて、第二関節をくい、と空に向かって折り曲げる。
「いいぜ、きな。遊んでやるよ」

 時間にして一瞬、全ては片付く。
 そこには首に手を置き、曲げて骨を鳴らしているオーマと、倒れた椅子が存在するのみだった。
「は、早ッ」
 椅子の呟きに、オーマはつまらないと口を僅かにあけた。
「やー封印だけとはいえ、雑魚だったな。雑魚」
「あ、ああ」
「さて、残りは、と」
「ま、待て! いや待って下さい。頼みます。封印しないでください!」
 椅子はがたがた凄まじい勢いで振動する。
「本当、頼みます。座って欲しいだけなんです! 嘘は言いません! 自分は、椅子として立派に、立派に生きたいんで……ッ」
「いいぜ」
「は?」
「いや、封印されたくないんだろ? 別にいいぜ。喋るだけなら無害だろうよ。また同じことが起こったらやばいからしばらくは監視した方がいいだろうが」
 オーマが静かにそう言うと、椅子はゆっくり喋りだす。
「だ、だってさっき旦那、残りはとか何とか」
「ああ? おまえをレストランまで戻さなきゃいけないだろうが?」
「だ、旦那」
 椅子は微かに震えだす。
「旦那、ええ人や――ッ!」
「わかった。わかったから大声出すのやめようぜ。人がきちまったら俺は少し恥ずか……いや面倒なことになっちまうからな」
「旦那、すげぇお人や――ッ!」
「なぁ、椅子。人の話聞いてるか?」

 数週間後、オーマは自宅にて雑誌に載っていたある記事を発見する。
 それにはこう大きく見出しがあった。
『喋る椅子! レストランポワーレに置かれた椅子の魅力に迫る!』
「何だ、あのウォズ。うまくやってるじゃねぇか」
 今度、座りに行ってやるかとオーマは呟いた。

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【ライター通信】
こんにちは、酉月夜です。
またの受注どうもありがとうございます。

このたびは納期ぎりぎりの納品で申し訳ありません。
更に言えば、ネタも色々とぎりぎりで、今回もギャグに走ってみました。
それでも、少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。

今回は本当に有難うございました。
またの機会がありましたらよろしくお願いします。