<東京怪談ノベル(シングル)>
晴れ渡る空へ
外は、快晴。
天は青く、青く、ただ染まり……雲ひとつほど無い、眩い空。
あの空の向こうに――自分が居た筈の世界がある。
天護・疾風は、陽を照り返す眼鏡を押し上げ、懐かしく、かつて居たであろう、その場所を思い返した。
――天界。
空気は澄み、翼が舞う。
声など出す必要さえなく、思念で思いを交わすことさえ可能だった世界。
美しい色だけで統一された、今はもう帰れぬ世界。
其処から、半ば舞い落ちるように下界へと落ちたのは…決して好奇心の所為ではない。
身一つに、使命が一つであればどれだけ生きるのは容易だろう。
身一つに、使命は二つ。
"護"と、"破壊"
相反する二つの使命があるからこそ考える。
どちらを、と。
―――どちらが、天の思し召しなのでしょうか……、と。
視線を空から、周りの緑へと移す。
季節は夏の所為だろうか、瞳に映る緑の色は春よりも鮮やかで、尚、季節を喜んでいるように見えた。
さわさわ、さわさわと、風にそよぐ樹木の梢。
其処から降り注ぐ、木漏れ日の色。
(そうだ、あの日も――)
このような緑の色があった。
疾風へ命を下した人の瞳の色が、綺麗な――深い湖水の様な、生い茂る葉の様な、緑だった。
静かな、静かな声の音が、疾風へと告げる。
「貴方には辛い思いをさせるかもしれません」
顔を伏せたまま、玉座に座る人物へ、落ち着き払った声を疾風は、ゆっくり落とす……まるで一音一句はっきりと惑う事無く言う様に。
何を今更――と、思う。
辛いことがあるとして。
苦しいことがあるとして。
どれだけの事があるだろう?
――彼の君の命に従うことこそが至上の喜びだろうに。
「……構いません。出来うると思うからこそ、主上が私に仰って頂けるのだと、お言葉、この身に刻みましょう」
くす、と。
目の前の人物は笑顔を浮かべ、軽やかな足取りと、優雅な衣擦れの音をさせながら疾風へと近づき、そして。
「…顔をお上げなさい」
そう言い、疾風の肩に触れた。
何処か、体温を伴わない冷たさが心強くも、また寂しくも思いながら言われたままに顔をあげ……間近に緑の瞳を見た。
穏やかな、穏やかな光。
「貴方に頼みたいのは二つ……」
「二つ……?」
「そう、古の神々の、監視。いえ、監視と言うとおかしいわね……一つの器の中に三人が封じられています。慈悲の女神、破壊の男神、そして享楽の女神、と…此処までは大丈夫ね。でも……」
「他にも何かがある、と……?」
「その通り。この中に更に封じられた禍がある事が解ったの…貴方に命じるのはこの禍の監視と…目覚めた時は、貴方の手で殺すこと、その二つ」
疾風は、何も言葉を発すことさえ出来ずに、主を見た。
…主は未だ、美しい顔に微笑を貼り付けている。
だが、それ以外の言葉が疾風へと落ちていくのも、また確かなことであり、疾風は言う言葉全てを奪われたまま、瞬きを繰り返すばかり。
辛いと言ったでしょう?
貴方は私を恨む権利がある。
けれど、私も貴方だからこそ頼める。
言葉が、染み渡るように疾風の中へと広がる。
波紋のように、ゆるり、ゆるりと。
――……覚悟を、決めねばならない。
(どの様な、結果になろうとも――)
後悔しないと己で言わしめれる、覚悟を。
数秒とも数時間とも取れた沈黙の時間。
疾風は、再び顔を伏せ、額を床へとつけた。
「――……確かに承りました」
偽りと、真実の両方を担う事を誓うかのように。
更に、はっきりとした言葉で。
+
そして、疾風は「彼女」の傍らに舞い降りた。
『私は貴女に属す者、貴女の命があれば如何様にも変化いたしましょう』
そう言い、膝を折り、人の姿からもう一つの姿へ――白狼へと姿を変えて見せた。
それは服従の証。
自身が取れる、二つの姿を明かし、更に膝を居ることで、忠誠も、服従も示し…だが。
振り払うように彼女は、膝を負ったことさえ無視して、疾風を抱きしめた。
熱の無い、神の身体は何処か作り物のように冷たい。
それなのに、何故だろう、この時のことを思い出そうとする、それだけで、不思議なほどの温かい熱が思い出せ……。
そして。
「ふうん? けど、この姿以外に変化なんてしなくて良いわ。だって――」
『?』
まるで犬の様に、ふかふかした毛並だもの、これなら何時でも傍におけるから。
だから。
「私の傍に居ると言うのなら、その姿のままで傍らに居なさい――疾風」
"疾風"、と、彼女が呼んだその時から――疾風の名は「疾風」となった。
そう、この名は彼の人がつけてくれた名前。
この世に二つとない、疾風を呼ぶ名前でさえ――、あった。
…抱きしめられる腕に、禍の女神の存在を感じる。
彼女は、未だ眠り続ける。
緩やかな眠りの中を、漂い続け、3人の中、温められた卵のように瞳を閉じ、胎児のように夢を見ては。
――ただ、ただ、眠り続ける。
(……イマハ……)
微かな、声。
(イマハ――マダ、ネムリツヅケテアゲル……)
穏やかで気持ちがいいから。
飽きる事がない眠りから覚まさずに――居てあげる。
言葉は微かで、けれど冷徹で。
疾風の中で、警鐘のように響き渡り、目の前の存在を、護りに来たと同時に狩りに来たのだと気付く。
一つの身体に一つの使命なら。
護りきれたろうに。
だが、使命は二つ。
決して覆ることはない。
そして、目の前の人物も。
一つの身体に三つの――いや、四つの神格。
本人でさえ、気付く事がないだろう、第四の、神格がある。
どれもが彼女であり、また彼女ではなく……三人の神と過ごす日々はただ、穏やかに過ぎて行った。
時として同族とも思える人々とも逢いながら、穏やかに、ゆったりと。
それぞれの彼女にもまた違いがあり、その度、疾風は自分に負わされる苦労にやれやれと、息をついたり、慌てたりと……使命を忘れてしまう事も多々あった。
ふと、その時、己へと問い掛けるのだ。
『自分にそれが出来るのだろうか?』
『彼女を‥彼女達をこの手にかける事が出来るのだろうか……』――と。
『しなくてはならない』
内部で声が聞こえる…確かに、これは自分の声。
けれども逆に。
戸惑い、『それだけは勘弁して欲しい』と思い願う自分が居る。
(情、とは――)
……可笑しなものだ。
確かに使命を帯びたのに戸惑う自分が、いいや、逃げたいとさえ思う。
何時の間に湧いて出たのかハッキリとさえ、しないのに……。
(だが、許されるなら……)
許されるのならば、この時が永遠であれば良い。
見守り続けること、彼女に手をかけることさえなく過ぎていくのならば。
「…どうか…あの人に永遠とも思える安らぎの眠りを」
…思いゆえか言葉が唇から零れ――疾風は、困ったような笑を浮かべて再び樹木を見上げた。
木漏れ日が、風に揺れ、煌めく。
押し上げた眼鏡にさえ、煌めく光の粒子。
その光の乱反射を受けながら、そっと眼鏡に今一度触れる。
空は、澄み渡る空気を反射して、高く青い。
まだ、雲ひとつ無く晴れ渡っており、絵の具で塗り分けたような、青の空が一面に広がり続ける。
まるで。
彼女の瞳と同じような青が――、一面に。
――……晴れ渡る空へ。
疾風は、其処に。
彼女の、"青"を見る。
―End―
+ライター通信+
天護・疾風様、初めまして(^^)
今回担当させて頂きましたライターの秋月 奏です。
凄く綺麗なプレイングで、何と言うのでしょう…この世界を本当に私が書いていいんですかっ?と
喜びつつ、嬉々として書いて居りました……。
疾風さんと別れるのが辛く、ちまちま書いていたりして…少しでも、書かせて頂きました部分が
イメージに沿うものでしたらば良いのですが(><)
それと、今回「空」をよく使っていますが…空を見るのはお好きでしょうか(^^)
私は大好きです。
いつもぼんやりと見ていてそれだけで時間が過ぎるのですが…夏の眩い空に
時折本当に絵の具を溶かしたような綺麗な空を見る事があります。
疾風さんの思い返す方の瞳はそう言う「青」なのではないかと
少しばかり妄想を膨らませたりして……(汗)
とても、楽しく書かせて頂きました。
お気に召しましたら幸いですv
それでは、また何処かにてお逢い出来る事を祈りつつ……。
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