<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


「魔の書籍」

------<オープニング>--------------------------------------
「本が、人を襲う?」
「はい……」
 エスメラルダは思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。本が人を襲うなんて……想像がつかない。
 図書館の館長を務めているという依頼人の女性は、彼女の問いに静かに頷いた。
「ここ数日のことなんです……最初はそんなことはあるはずないと思っていました。ですが……いきなり館内で悲鳴があがり、その現場へ駆けつけてみると……」
「人を襲っている本を目撃したのね?」
「いえ……目撃はしてないんです」
「え?」
 語尾を濁した女性は、エスメラルダの続けた言葉にぼそりと否定の言葉を重ねた。
「現場へ駆けつけてみると、手から血を流している被害者と、その周りの本棚からたくさんの本が落ちていて……」
いきなり本棚から飛び出してきた本に噛みつかれた、とその被害者は手当てを受けながら答えたという。
「その本の特徴はわからないの?」
「はい……あまりに突然のことに混乱していたようで……」
 女性はすまなそうに俯いた。
「その他に何か情報は?」
「……被害にあった方全員にその本のことを訊いてみたのですが……誰もその本の特徴をご存知なくて……」
 エスメラルダが他にも手がかりがあればと問ってみたが……返ってきた答えは先程と同じであった。
「……困ったわね……」
 人を襲う本がある、しかしその特徴はわからない。そして流血沙汰が起きている……早々に事を解決しなければかなり危険である。だが……それを解決するにもまたかなりの危険を要し……。
 困り果てて憂いをおびた表情をうかべている女性の姿に、エスメラルダは大丈夫、と笑みをうかべた。
「ここに来てくれるお客さんたちは腕の確かな人たちばかりよ。すぐに引き受けてくれる人がみつかるわ」


【1】
アイラス:「ここですか?」
館長:「はい。ここが問題の起きている第二図書館です」
 さらさらの薄青髪を一つに束ね、少々大きめの眼鏡をかけた青年、アイラスの問いかけに図書館の館長である女性は静かに頷いた。
館長:「他に第一、第三図書館がありますが……本に噛み付かれるという問題が起きているのは、ここだけです」
デューイ:「ふーん……」
 互いの挨拶もそこそこに黒山羊亭から女性に案内されてやって来た四人は、目の前に示された立派な、貴族のお屋敷二個分の大きさはあるだろう、頑丈な石造りの図書館を見上げていた。
デューイ:「ここの利用者はどんな人が多いの?」
館長:「ここは小さなお子様からご老人の方までを対象にした、一般向けの人の図書館です。お昼を過ぎますと子供連れのお母様方の姿が目立ちます」
 金の髪を一本の三つ編みにし、妖精のような羽の生えているねずみに似た生き物を肩に乗せた少年、デューイとにこやかに説明をする館長の会話に、
オーマ:「おうおう、そいつは余計にいただけねぇなぁ。ここは一つ俺の親父オーラ全開で母子共に守ってやらねーとなぁ」
横で聞いていた体格の良い、二メートルを越すほどの身長を持った一見恐そうな印象を受けるオーマが、ひょいっと会話に入りにっと笑みをうかべた。
鬼灯:「館長様。まずは被害者の方にお話をお伺いしたいのですが」
 そんな三人の会話に、腰まである艶やかな長い黒髪を持った少女、鬼灯がしずしずと進み出て館長へと問いかける。と、アイラスもそうでした、と言葉を次いだ。
アイラス:「それは僕も考えていました。被害者の方にお会いすることはできないでしょうか?」
館長:「被害者の方にお話を?わかりました。もしかしたら第一、第三図書館にいらっしゃるかもしれませんので、そちらの方を調べてみます」


オーマ:「で、どうだったんだい?」
館長:「第三にお二人いらっしゃいました。おいでいただきましたので、お話を訊いてみてください」
アイラス:「わざわざすみません」
 しばらくすると、館長が被害者を連れて四人の元にやってきた。
鬼灯:「早速お話をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
 四人の前に現われた被害者の一人は成人したて、といった若い男性。もう一人は三〜四歳ぐらいの女の子を連れた母親であった。
男性:「はい……もう本に噛まれるのはこりごりだからね……」
 男性は鬼灯の言葉に頷き、苦笑をうかべた。
 アイラスと鬼灯はまず、男性から話を訊くことにし、交代で質問していった。そして……
鬼灯:「泣き声、ですか……?」
男性:「はい……幼い少女の泣き声が聞こえたんです。あそこは確か……小説の棚でした。これだけ広い図書館だから、小さい子が迷子になって泣いてるのかと思ってその泣き声の方向に行ってみたら……」
アイラス:「本に襲われたんですね?」
男性:「そうなんです……いきなり本棚から本が飛び出てきて足を噛まれました」
先ほどまでは得られなかった情報を聞いて、思案深げな表情をうかべた。幼い少女の泣き声は一体、何を意味するのだろうかと。
オーマ:「なるほどねぇ。で、そっちの奥さんはどうなんだい?」
二人が考え込んでしまったのを見て、オーマはもう一人の被害者である子供連れの母親に話をふった。
母親:「あ、はい……わたしの場合は子供に読んであげる本をとろうとして手を噛まれました……」
デューイ:「その時に本の特徴見てないかな?」
母親:「すみません……そのときは完全にパニックになってしまって……気付いたらそちらの館長さんがいらっしゃっていて、手に噛み付いていた本はすでにありませんでした」
 お役に立てずすみません、と母親はすまなそうに俯いてしまった。
アイラス:「いえ、ご協力ありがとうございました。少しでも情報があればこちらも対応することができますから」
 そんな母親の姿に、アイラスはそんなことはないですよ、と微笑をうかべながらお礼の言葉を述べる。
 被害者の母親に礼の言葉を述べていたアイラスの隣で鬼灯は、しばらく思考を繰り返していた。そしてふと、あることに思い当たると、遠慮がちに口を開いた。
鬼灯:「あの、申し訳ないのですが……もう一つお聞かせ願えますでしょうか?」
母親:「はい……何でしょうか?」
鬼灯:「お子様に読み聞かせする本をここでお借りになったのは始めてのことでしょうか?」
 その質問を聞いた母親はしばし考えてから、いいえと首を振った。
母親:「わたしが本に噛まれる前、三週間は前だったと思いますが……そのときに一度借りています。当たり前のことなのかもしれませんが、何も起こりませんでした。本を持ってきた娘も無事でしたし……」
 母親は手を繋いでいる我が子にそうだよね?と問い掛けると、女の子はうんと大きく頷いた。
 被害者二人の話を聞き終えた四人は思案顔をすると、今得た情報の整理を始めた。
アイラス:「今の話をまとめますと……泣き声のした小説のコーナー、児童書のコーナーが出現場所のようですね」
鬼灯:「そうですね……他の場所にも現われるかもしれませんが、その二つの本棚から調べてみるのが良さそうですね」
 二人の提案にデューイもオーマも賛成の意を表わした。
オーマ:「そうと決まれば早速現場へってな。館長さん、頼んだぜ」

【2】
館長:「あまりにも被害者が多く出てしまいましたので、これ以上被害を出さないために現在は休館にしています」
 休館している図書館は流石にしん…と静まり返っていた。いつも静かであるのだろうが、人がいるのといないのでは随分と感じが違う。
館長:「できるだけ本に被害が及ばないようにしていただければ嬉しいのですが……身の危険が迫ったときには遠慮せずに戦闘していただいて構いません」
 ではお願いします、と礼儀正しく頭を下げた館長は、足手まといにならないためにと外へ出て行った。


アイラス:「では、どうやって探していきましょうか?」
 館長が外へ出て行くのを見送ると、アイラスは難しそうな表情をして三人へと問いかける。するとその隣で、
オーマ:「ここは俺がガツーンと決めようかねぇ」
と、ドンと構えたオーマがにやりと笑みをうかべた。
鬼灯:「何か良い案がお有りですか?」
オーマ:「おうよ!」
 鬼灯に答えるが早く、オーマは少し離れてろよ?と三人に忠告すると、自分の足元に数十冊の本を具現化してみせた。
デューイ:「? この本何か意味あるの?」
 オーマの行動を珍しそうに見ていたデューイであったが、ふと疑問に思って問う。
オーマ:「意味があるかだって?っかー!お前さんわかってねぇなぁ。このグレイトダンディなスーパー親父が無意味なことをわざわざすると思うか?」
 無理意味があるかどうかは確かめてから言ってくれ、といわんばかりにオーマはデューイに本を持ってみるよう指示を出す。
 今日が初対面なのにわかってないって言われてもなぁ……と思いつつ、オーマの指示に訝しげな表情をしながら、デューイは言われた通り本に手をのばしてみた。すると……
デューイ:「うわっ」
本が口を開けたようにがっぱりと開き、デューイの手に噛み付こうとしたのである。
オーマ「こいつらを囮で引き連れて親父オーラ全開で徘徊すりゃあ困った噛み付き本共もたまらず出てくるってな」
にっと満足そうに、オーマは堂々と自分の意見を言ってのけた。
 そんなオーマの姿に、僕は何も聞きませんでしたよと言わんばかりにアイラスは他のニ人に向き直った。
アイラス:「……良い案かもしれないですが、他の案を考えませんか?みなさん」
デューイ:「賛成だね」
鬼灯:「なぜだかよくわかりませんが……そのほうが良さそうですね」
 アイラスの提案に、二人は寸分違わず、即頷いてみせた。
オーマ:「アイラス、デューイはまぁわかるとして。まさか嬢ちゃんまでそう言うとはねぇ」
 三人の反応を見て大げさに額に手をあてて嘆いて見せたオーマであったが。
鬼灯:「なんらかの呪力を放っていましたら探せるのですが、そのような気配は今のところありませんし……」
デューイ:「問題の本が見つかれば、本に宿ってる精霊を呼び出して、どうして人を襲うのか聞いてみることができるけど」
アイラス:「のんびり本を読んでいるところを襲ってきてくれれば早いのですが」
すでに三人の視界には入っていない。
デューイ:「人に噛み付いてくるぐらいの本だし、もしかしたら飛び出してくるかもしれないね」
鬼灯:「可能性として考えられますね。ですが、被害者の方のお話によりますと、本棚に近づいたときに飛び出してくるようですね」
アイラス:「そうですね……男性の方は声のした方に行っただけで噛まれていますし、女性の方は子供に読んであげる本をとろうとして噛まれていますから」
 今ある情報だけを手掛かりに、噛み付いてくる本の探索方法を考え込む三人だったが……そうそう良い案が出る訳も無く。
 しばらく経つと、デューイは溜息をついた。
デューイ:「……困ったね」
アイラス:「そうですね……良い方法が見つからなければ少々危険を伴いますが、一冊ずつ調べていくしかなさそうですね」
続けてアイラスも溜息をつき、デューイの意見に賛同する。
鬼灯:「では早めに動いたほうが良いようですね。どちらの本棚から……?」 
 鬼灯が二人へと問いかけようとしたその時。館内に女の子の声が響き、続いてオーマの声が聞こえてきた。
アイラス:「あの声はオーマさんの声ですね。行きましょう!」
 声が聞こえてきた方をぱっと向くと、アイラスはそう言うがはやくその方向へ駆け出していた。少し遅れて、デューイと鬼灯もアイラスの後を追って騒ぎのあった方へと急いだ。


アイラス:「大丈夫ですか?オーマさん」
鬼灯:「すみません話し合いに夢中になってしまいまして……あの、そちらの女の子は……?」
 騒ぎを聞きつけて慌ててやってきた三人は、暴れる本を片手に本棚の間から歩いてきたオーマの元へと集まった。
 オーマの後をちょこちょこと付いて来る女の子の姿を見つけた鬼灯は、少々困惑した表情をうかべた。
 鬼灯と同じように女の子の姿を見つけたデューイは、しゃがんで目線を合わせるとにこりと笑みをうかべた。
デューイ:「さっき話を聞かせてもらったときにいたよね?」
問い掛けられたその言葉に、女の子はオーマの服の裾を掴みながらこくんと頷いた。
オーマ:「そういやぁさっきお願いがあるって言ってたよな?その願いごとってぇのを教えてくれねぇか?」
 デューイの隣にかがんで自分も女の子と目線を合わせたオーマは、自分の娘に接する父親のような、優しい笑みをうかべて問いかけた。
 すると女の子は、ぱぁっと表情を明るくして、大きく頷いた。
女の子:「あのね、ミミちゃんを探してほしいの!」
アイラス:「ミミちゃん、ですか?」
女の子:「うん!これぐらいでね、髪の毛がふにゃふにゃってしてて、頭に大きいリボンつけてて、ヒラヒラのお洋服着てるの!」
必死に手振り身振りで説明をし、女の子は頬を紅潮させてにこにこしている。きっと自慢の人形に違いない。
 女の子の様子に鬼灯は、そんなに人形のことを思ってくれる女の子がいることが嬉しく、思わず微笑をうかべた。
鬼灯:「今はあの本をなんとかしなければなりませんので、一緒に探すことができるのは後になってしまいますが……よろしいですか?」
女の子:「うん!ありがとうお姉ちゃん!」
 鬼灯と女の子の会話の微笑ましさに、横で聞いていたアイラスは思わず笑みをうかべた。
デューイ:「とりあえずオーマ、その本貸してくれるかな?本に宿ってる精霊を呼び出して、どうして人を襲うのか聞いてみるよ」
オーマ:「お前さんそんなことができるのか。すごいねぇ」
 オーマは感心しながらデューイに向って本を差し出した。だが、その瞬間に口が開きかけたのを察知し、デューイに渡しかけて手を引っ込めると、元のようにがっちり掴んで苦笑いをうかべた。
 そんな本の様子を見て、デューイはやれやれといった調子でその本を見た。
デューイ:「困った子だなぁ。……ん?オーマ、ちょっとそのまま持ってて」
 しかし、ふと何かに気付いたのか、デューイはオーマが抑えている本にすっと手をかざした。
 何をするのかとオーマが思った瞬間。デューイの手から発せられた暖かな、そして優しい光がふんわりと本を包み込んで……しばらくすると、これで良しとデューイは満足そうな笑みをうかべた。
 しかし、本を持って近くで見ていたオーマも、側で成り行きを見守っていたアイラスと鬼灯も、デューイが何をしたのかわからず……不思議そうな表情をうかべている。
アイラス:「今のは一体……?」
デューイ:「本の背が外れかかっていたから直したんだよ。このまま放っておけないからね」
本が壊れていたら直してあげるのが司書の務めでもあるし。そう説明に付け加えてから、デューイは再度本に向き直った。そして、オーマから慎重に本を受け取り、そっと語りかけた。
デューイ:「本に宿る精霊さん、出てきて話を聞かせてくれないかな?」
声をかけて、少し待ってみる。本の精霊の中には恥ずかしがってすぐには出てこないというものもいるので。
 そして、待ってみること数十秒……。ダメかな?とデューイが思いかけたそのとき。本は微かな光を帯び始め、ほんのり淡く輝きだすと……次の瞬間にぱぁっと光が溢れ、開かれた本の上に小さな、可愛らしい少女が姿を現した。
 可愛らしい本の精霊の出現に、女の子を含めた四人はその光景に驚いていた。本の精霊が現われたことにももちろんびっくりしたのだが、人に噛み付いてケガをさせた本であるのに、こんなにかわいい少女の精霊が出てくるとは思っていなかったのだ。
 本の精霊は不安げにあたりを見回していたが、その視界にオーマの姿が入ると、途端に顔を覆って泣き始めてしまった。
本の精霊:「ごめんなさい……わたし、あなたにケガなんかさせたくなかったのに……」
オーマ:「これぐらいどうってことねぇさ。お前さんがそんなに気に病むことじゃねぇって」
泣きじゃくる精霊にオーマは、にっと笑って見せた。だからもう泣かなくていい、と。
オーマ:「それよりケガなんかさせたくなかったってぇことはだ。これはお前さんの意思でやったわけじゃなさそうだなぁ?」
鬼灯:「わたくしもお話をお聞きしてそう思いました。よろしかったら理由をお話していただけないでしょうか?」
オーマの言ったことと同じことを思っていたのか、鬼灯はしずしずと歩み出ると本の精霊へ優しく問いかけた。
 二人の言葉を聞いてからようやく泣きやんだ本の精霊は、二人へ向って小さく頷くと、涙を手の甲で拭ってからぽつりぽつりとそのことについて話し始めた。
本の精霊:「はい……。わたしがこうなり始めてしまったのは……わたしが人の手によって壊されたことが原因でした。痛くてどうしようもなくて……わたしはその人を恨んでいました。ですが恨むことは出来ても自分ではどうすることもできなくて……。でも、そう思っていたら突然、わたしに向けて声が聞こえてきたんです」
アイラス:「声、ですか……?」
 本の精霊の話を聞いていたアイラスは、声と聞いて先ほどの男性の話を思い出していた。確かあの男性も声が聞こえたと言っていたが……。
本の精霊:「はい……それは幼い少女の声でした。わたしがその声に耳を傾けるとその少女は言いました。あなたも人に恨みを持っているの?と。だったらわたしと一緒に人間に仕返しをしてやりましょう?と……。それを聞いた途端、その時のわたしは痛みと恨みで少女の声に賛同してしまい……」
デューイ:「さっきのように人を襲ってたってこと?」
本の精霊:「……はい。でも賛同してしまってからはもう、わたしの意志はありませんでした……。ですが記憶だけは残っていて……。先ほどあなたがわたしを直してくれなければ、その声から解放されることは無かったでしょう。ありがとうございました」
本の精霊はデューイに向って深々とお辞儀をし、にこりと微笑をうかべた。
デューイ:「お礼なんていいよ。一司書として当然のことをしただけだからね。それより……」
ひらひらと手を振って笑顔を見せると、一旦言葉を切ってから問い掛ける。
デューイ:「その声の主、誰だかわからないかな?」
本の精霊:「声の主、ですか……?」
 デューイにそう問われた瞬間、にこやかだった本の精霊の表情がさっと怯えの表情へと変わった。それも恐怖の混じった表情である。
 この本の精霊は何かを知っている、そう思ったアイラスはそっと精霊に向けて話し掛けた。
アイラス:「もし何かご存知のようでしたら教えていただけませんか?あなたの力にもなれるはずです」
鬼灯:「お願いできませんでしょうか?」
 四人の視線が自然と本の精霊へと集まる。責めているわけではなく、協力を仰ぎたいという視線が。
 本の精霊は四人の視線を受け、しばらく困って俯いてしまっていたが……覚悟を決めたようにすっと顔をあげると、わかりましたと返事をした。
本の精霊:「声の主はおそらく……」
???:「余計なことまでしゃべらなくて良いわ。あなたの役目はもう終わったの」
 しかし、本の精霊が述べられたのはそこまでであった。
 いきなり誰のものだかわからない声が館内に響くと同時に、デューイの持っていた本はひゅんっとどこかを目指して宙を飛び……そして、誰かがぱしっと受け止める音が聞こえた。
 突然の出来事であったが、四人はその本の飛んでいった方向にさっと視線を向けた。一体何が起きたのかと。
 四人が視線を合わせたその先には……宙に浮いて、先ほどまでデューイが持っていた本を片手で弄びながら冷徹な表情を浮かべている少女の姿があった。
少女:「あなたが役立たずだから……わたしが出る羽目になったじゃない。どうしてくれるの?」
きっと本を睨みつけ、忌々しげな表情をうかべている。
オーマ:「……真犯人のおでましってやつかねぇ」
アイラス:「どうやらそのようですね」
 その少女はフリルのたくさんついた黒のワンピースを着て、ウェーブの入った長い髪をピンクの大きなリボンでまとめている、目鼻立ちの整った見た目はかわいい少女であった。だが……言動からして、今回の事件の真犯人であることは明解であった。
 二人がそれぞれの武器を構えて攻撃に備えようとした、とそのときである。オーマの後ろから女の子が出てきて少女を見るなり、あっと叫んだのは。
女の子:「ミミちゃん!あの子ミミちゃんだよっ!」
四人:『え!?』
 女の子の言葉に、四人は女の子に向けた視線を再度あの少女へと向け直した。この女の子は「人形を探して欲しい」と言っていたはずであるのに……どう見てもあの少女は……。
オーマ:「ちょっと待った。お嬢ちゃんが探してた人形っていうのは……ホントにあの子かい?」
女の子:「うん!間違いないもん!あれはミミちゃんだよ!!わたしがつけてあげたピンクのリボンしてるもん!」
オーマの問いに、女の子は大きく頷いた。
女の子:「大きくなっちゃってるけど、でもあの子はミミちゃんだよ!」
デューイ:「これぐらいって言ってた人形があんなに大きくなったの?」
 先ほど少女が手振りで示していた人形の大きさに両手を動かしながら、デューイは改めて少女を見た。……どうしてもそうは見えない。
 そんな会話と視線に気付いたのか、少女は初めて五人に視線を向けた。
少女:「そこで何をごちゃごちゃ言っているの?わたしは……!?」
 少女は不機嫌な表情をうかべてそう言っていたが……突然言葉を途中で切り、はっと一点を見て驚いた表情をうかべた。 
 四人は思わず少女が見ている視線の先に目を向けた。少女が驚いて見たその視線の先にあるものは……言わずと知れていた。
女の子:「ミミちゃん!」
 しばらく女の子を凝視して固まっていた少女であったが、女の子の声にはっと我に返ると改めて、きっと五人を睨んだ。
少女:「わたしは……人間が嫌いなのっ!あなたたちがここに来たこと、後悔させてあげるわっ!!」
 ふわっと少女の周りに風が起きた。と、同時に……
四人:『!?』
本棚から次々に本が宙へと飛び出していき、少女の周りへと集まっていく……。その数、ざっと見ても数百は超えている……。
少女:「行きなさい」
すっと目を細め、氷のような冷たさで、少女は言葉を解き放った。
オーマ:「下がれっ!」
 少女が五人に向けて本を放つのと、オーマがみんなより一歩前に出て自分より大きな盾を具現化したのはほぼ、同時であった。
 ひゅんっ!と勢い良く、本は五人を目掛けて飛んできた。それも、一斉に。
 オーマの具現化した盾に構わずぶち当たっていく本のために、なんとも言えない物凄い音が館内へと響き渡っていった。これでは……本は無事な姿をしていないだろう。
デューイ:「……ボク、あの子許せそうにないなぁ……」
オーマの後ろでぼそりと、デューイは呟いた。普段大切にしているものがこういう扱いをされることに嫌悪し、顔をしかめている。
アイラス:「とにかく、あの子を止めなければなりませんね」
鬼灯:「でもどうしたら良いのでしょうか?この攻撃の嵐では……」
現状では、オーマの盾の外に出るだけで集中攻撃をくらい……近づくことはおろか、ケガをするどころじゃ済まないことが予想される。
 しかし、一体どうすれば……と解決策を考え込んでいた二人は、ぱたりと音が止んだことに気付いて不思議に思い、顔をあげた。
少女:「役立たず……人間も嫌いだけどわたしはあなたたち本が一番嫌い」
 これ以上棚から出る本が無くなると少女は、オーマの盾の前に山積みになった本の山に冷ややかな視線を送りながら、憎々しげにぼそりと呟いた。
 その呟きが聞こえたのと、殺気が弱くなったのに気付いたオーマは、これ以上本が飛んでくることはとりあえず無さそうだと判断すると、盾を消して少女を見た。
 盾が目の前から消えて少女の姿が見えるようになると、
デューイ:「本が一番嫌いって、一体どういうことなの?」
と開口一番に質問をぶつけた。許すか許さないかは……その返答次第で決める、と。
アイラス:「何か訳が有るようですね?」
 その横で、アイラスもデューイに次いで問いかける。
 二人の問いかけに少女は、本の山から視線を外して二人を睨みつけた。
少女:「ええ、本なんて大っ嫌いっ!こんなものなくなってしまえばいいのよ……!これが無ければわたしは……っ!」
そう言った瞬間、少女の頬を幾筋もの雫が零れ落ちていった……。
少女:「わたしは置いて行かれないで済んだのっ!一人ぼっちになることなんてなかったの……っ」
ぽろぽろと零れ落ちる涙をそのままに、少女は顔を俯かせ、そっぽを向いてしまった。
 そんな少女の言葉と行動に、オーマと鬼灯は納得していた。
オーマ:「なるほどねぇ。泣き声の正体ってぇのは……」
鬼灯:「この方のものだったのですね……」
 被害者の男性の話にあった幼い少女の泣き声とは、女の子が探していた人形のものであったのだと。
少女:「お願い……わたしを一人にしないで……もう暗いところは嫌……一人ぼっちは嫌なの……助けて……」
 泣きじゃくりながら言葉を紡ぐ少女。そしてその言葉を聞き取った三人は、この少女の本体がここには無いことを察した。おそらく、少女は暗いところに一人ぼっちでいるまま……。
アイラス:「では女の子の人……」
 静かに少女を見守っていたアイラスはにこりと笑みをうかべると、女の子の人形を探しに行きましょうと提案をしかけたが、
女の子:「あったーっ!!」
館内に元気な女の子の声が響き渡ったのを聞いて苦笑した。
アイラス:「その必要は無かったようですね」
 いつの間に探しに行っていたのだろうか?大事そうに人形を抱えた女の子と笑顔のデューイが歩いてくるのが見えた。
 女の子はまだ泣きじゃくっている少女を見上げると、きゅっと人形を抱きしめて、
女の子:「ごめんなさいミミちゃん……寂しかったよね?ごめんね……もう一人ぼっちになんかしないからね?これからもずーっと一緒だよ!」
謝罪の言葉を言ってからにっこりと満面の笑顔を向けた。
 女の子の声に少女はようやく泣き止んでゆっくりと、顔をあげた。少女の視線の先にはいつも自分と遊んでくれるときにだけ見せてくれる、満面の笑顔をうかべた女の子がそこにいた。
 少女は女の子を見てふわりと微笑み、女の子の前に降りてくると、自分の主人をぎゅっと抱きしめた。そして、
少女:「ありがとう……それと……ごめんなさい……」
女の子から離れ、四人に深くお辞儀をすると、その姿はすぅっと透明になり、空気の中に消えていってしまった。
 女の子に抱かれて嬉しそうな人形の様子に、鬼灯は先ほどの少女と同様にふわりと微笑んだ。
鬼灯:「あなたも良いご主人様に巡り会えて良かったですね」
 
【3】
女の子:「おじちゃん、お姉ちゃん、二人のお兄ちゃん!ありがとう!」
オーマ:「おう!気をつけて帰れよ」
 女の子は嬉しそうに人形を抱きしめたままぺこりと頭を下げると、夕陽の中を母親の元に向って元気に走って行った。
 そんな親子の姿を笑顔で見送りながら、
アイラス:「あの人形は自分に気付いて欲しくてあんなことをしていたんですね」
デューイ:「でもさ、本と引き換えに置いていかれたからってあそこまでやらなくても良いと思うけど」
鬼灯:「長い間、暗闇に一人きりにされてしまったのですから……気持ちが荒んでしまったのも分かります。もしわたくしがあの子の立場になっていたら同じ事をしていたかもしれません」
四人は満足そうに微笑んでいた。上手く依頼をこなせた、というよりも女の子とあの人形がもう一度会うことができて良かったという気持ちでいっぱいだった。
 あの後。女の子と一緒に人形を探しに行ったデューイから、人形がみつかったのは女の子が三週間前に借りた本を取り出したところにあったということを聞いた。さっき少女と対峙していたときに、リブロが離れようとしなかった本があったためにその本の精霊を呼び出して聞いてみたところ、あの人形が置かれているところを教えてくれたそうである。
 なんでそんな所にあったんでしょうかとアイラスが不思議そうに言うと、デューイは溜息混じりに自分の推測を話した。多分あの女の子がその本を持っていくには、両手を使わないと運べなかったんだよ、と。つまり、一旦そこに人形を置いてからでなければ母親の元に持っていくことができなかったぐらい、大きい本だったのだと。
 デューイが本の大きさを手で示しながら話してくれたのを聞いた三人は、思わず納得してしまった。その厚さと大きさなら人形も隠れてしまうはずだ、と。きっと返却した司書さんは重い思いをしたに違いない、と。だが、それと同時にこうも思っていた。いくら両手で持っていったとはいえ……よくあの女の子にその本が持てたな……と。
 四人は一旦外に出ると館長を探し、もう、本が人を噛み付くという心配はないことを報告した。あの少女に関するところは適当に話を作り、除いたが。
 さてと、とオーマは事件の収まった図書館を振り返った。
オーマ:「……片付け始めようかねぇ。あの嬢ちゃんが出してくれた本の山ってぇのを」
アイラス:「そうですね……僕たち今日中に帰れるんでしょうか?」
鬼灯:「あれだけの量ですから……難しいかもしれません」
デューイ:「負傷した本も多いし……ボクの仕事が一番大変かも」
 館長には、戦闘で本棚をひっくり返してしまったので片付けてから帰ります、とさっき報告してある。なぜなら……あの大量の、しかも傷だらけの本を見たら……いくら本が犠牲になることを覚悟していた館長でも卒倒しかねないだろうという懸念があったので。そして、デューイの力によって復元できるのだから、わざわざ傷ついた本を見せることもないという結論からである。
 四人は苦笑をうかべつつ、再度図書館へと戻っていったのであった。

…fin…



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り】
 【1616/デューイ・リブリース/男性/999歳/異空間図書館の司書兼管理人】
 【1091/鬼灯 /女性/6歳/護鬼】
 【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト】


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■         ライター通信          ■
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  はじめまして、月波龍(つきなみ・りゅう)といいます。
  ご依頼どうもありがとうございました。そしてお待たせしてしまってすみません。
 初仕事のため至らない部分も多かったと思いますが、楽しんでいただけたなら光栄です。
  また機会がありましたらよろしくお願いします。