<PCクエストノベル(5人)>


夢見る都市 〜落ちた空中都市〜
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1805/スラッシュ      /探索士      】
【1882/倉梯・葵       /元・軍人/化学者 】
【1962/ティアリス・ガイラスト/王女兼剣士    】
【1996/ヴェルダ       /記録者      】
【2067/琉雨         /召還士兼学者見習い】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
研究員

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プロローグ
 遥か昔には栄えていた筈の空中都市。魔力によって支えられていた都市は、何が原因なのか謎の魔力暴走を起こし、今では水の中にその大きな姿を沈めて眠りに就いている。
 前回ティアリスたちが調べてみた所、魔力漏れが起こっていたり都市そのものの機能はまだ生きているような様子であったり…都市の入り口へ辿り付く手段があれば、水の中でもなんとかなるかもしれないと言う結論を付け、一旦引き上げることにしたのだった。
 その移動方法は未だに謎のままだったけれど。水の中で呼吸をするわけにもいかず、魔力を帯びた魚たちがいると分かった今では。

ティアリス:「…どう?」
 ティアリスが訊ねている相手は、テーブルの上に置かれたカードを凝視している。その脇には持ち帰った『彼女』の一部が置いてあり、それは既に鑑定を済ませていた。魔力を吸収し溜め込んでおける人工的な魔石と、魔力の浸透力を特化させた金属部、そして視覚的にも魔力の放出を抑えるためにも必要だった人工皮膚、それらの出来に感嘆の声を上げ続けていた彼でさえ、最後に手渡した謎のカードには声も上がらずただ見つめ続けている。――その視線が時折誰もいない方向へと向けられるのに気付いた5人が同じようにそちらをちらちらと見、その事に気付いた男が照れたような笑いを浮かべて顔を起こした。
 それも魔法の品なのだろう、ガラスのような表面に虹色の光をわずかに映し、その奥の目がぱちぱちっと瞬いて、僅かに笑みを浮かべる。
研究員:「何を指しているのかは分かりませんが、これはある指向性を持ったカードですね」

***

 ――エルザード王立魔法学院。
 そこに存在する通称『賢者の館』は、この世界の真理を極めるために日々努力を重ねている施設である。
 幸いなことに、日々の生活を受け入れて生きる者ではなく、好奇心に満ち溢れ、不可思議な事が重ねて起こるこの世界の中を駆け回る冒険者たちによってこの賢者の館は存在意義を認められてきた。その研究室には過去の遺物も多く置かれており、またそれらの品を調べる術も研究され、いつかは過去の失われた世界をこの世に甦らせるべく余念がない。
 水中都市から一旦帰還した彼女らが訪れたのがそこだった。前回の冒険のことを話し、持ち帰った品を置いて鑑定にかけてもらっていたのだ。
 彼ら研究者たちは魔力を付与した品を販売したり貸与したり、あるいはこうした鑑定を行うことで他の研究の為の糧を得ていると言っても過言ではない。尤もそれだけでは足らず国からの援助も受けてはいるのだが。逆にここから国の方へ新たな技術を提供することもあり、そういう意味でも設立当初はともかく今ではなくてはならない存在になって来ていた。

ティアリス:「――指向性?それって何?何か特別な力を持っているの!?」
スラッシュ:「…ティア、少し落ち着いて…」
 相手の言葉に、ずいと身体を近づけてティアリスが聞く。帰り際にも話し合って来たのだが、今回また再チャレンジすることで一致しているらしく、何としてでも情報を得ようと意気込んでいるのが分かり。
 すぐ後ろにいるスラッシュがたじろいでいる研究員をちらと見てティアリスにそっと声をかける。
研究員:「ええ…簡単に言ってしまえばとても特殊な鍵のようなものだと思ってください。正確には違うんですが…」
 魔力の特性がどうとか理論がこうとか言うと時間がかかると思ったか、研究員がたとえ話を持ち出してくる。
琉雨:「コマンドワードが付加されていると言う事でしょうか」
研究員:「…そうですね。そのようなものです。実際に鍵として使用することはもちろん、この感じですと身に付けているだけでも大丈夫な場合がありそうですね」
葵:「予想を付けることしか出来ないのか?」
 琉雨がこくこくと分かったように頷くのに対し、葵が不思議そうに首を傾げて聞いた。男はそれを聞いて苦笑し、
研究員:「すみません、曖昧で。ですが断言するには、『鍵』に対する『鍵穴』が手元にないと駄目なんですよ」
葵:「なるほど、な」
 あの時のカードが収められていた部分も持ち帰れば少しは変わっただろうか。そう思い話をしてみると、そうですね、と首を傾げつつ最後には首を振り、
研究員:「機能が止まってしまった場合ですと、望んだ結果を得られないでしょうね。…見てみますか?」
 すっと眼鏡を外し、目を細めてまぶしそうに辺りを見ると、5人へとその眼鏡を差し出した。恐る恐る触れてみたティアリスたちが順番に眼鏡をかけてテーブルの上のカードを見…そして、皆が皆同じ方向へと視線を向ける。

 1本の淡い光を帯びた線が、まっすぐにカードの端から何処かへと向けられていた。
 それも、少し経つとふっと消えてまた現れる。どうやらある一定のパターンで光を発信しているらしい。
葵:「…面白いな、これ。これならあの魚もよーく見えるかな」
スラッシュ:「ああ、…そうだな」
 物欲しげに眼鏡を弄っていたのを見ていた研究員が心配そうに手を伸ばし、葵が笑いながらその手に眼鏡を手渡した。
ヴェルダ:「よく見えて面白かった。…それは幾らだ?」
研究員:「売り物ではありません。これも過去の遺物で再現すら出来ないんです」
 じぃ。
研究員:「…だめですよ」
 じぃぃぃいぃぃぃ。
研究員:「だ…だめですってば」
 じぃぃいいいいぃいいいいいいいい…
葵:「―――姐さん…その位で許してあげなよ」
ヴェルダ:「…あんなに良く見えるのに」
 名残惜しげにまだ見ようとするヴェルダから無理やり視線を外し、研究員がカードに意識を向けて他の人物へと声をかける。
研究員:「このカードはどこにあったんですか?」
琉雨:「…遺跡の中の、人形の身体の中です」
研究員:「過去の遺物ですか。――人形の中に…それじゃあ身分証明の意味もあったのかな…」
 人形と言う言葉に何か思いついたことでもあったのだろうか。手元の手帳にさらさらと書き付けて首を捻る。
スラッシュ:「身分証明?」
研究員:「ゴーレムと同じような理論を使用しているのなら、考えられないことは無いですね。あちらは簡単なものならキーワードを入れれば命令を聞くように出来ていますが、複雑なものになると特定の人物の命令以外は決して聞かないように出来るのです。そう言う風に始めにインプットしてしまうのですが、ゴーレム自体のキャパがあまり大きくないので特定の人物『たち』だと間違いが多々起こるんですね」
ティアリス:「…はあ」
研究員:「そのために『鍵』が必要なわけですよ。これなら、『持つことが限られる相手』しか持てないわけですし、一度入れてしまえばその人が命令を下す主人になれる。…また、キーワードの場合解析されてしまう事もありますのでね、貴重な情報を持った、あるいは特殊な力を持ったゴーレムなどがむやみに起動してしまうのを防ぐことも出来る。そういった相手しか持てない『鍵』は、逆に言えば持っている人が『限られた相手』であるという証明になるわけでしょう?」
 ぴらっと薄いカードを手に男性が言葉を続けた。こう言った事を言えるのが嬉しくて堪らないと言う表情で。
琉雨:「そうなりますね」
葵:「そうだな。それじゃあ尚更あの中に入ってみたいものだね――というわけで、借りるよ」
 葵が手をひらひらと差し出して振る。
研究者:「………」
葵:「売れと言ってるわけじゃない。借りるんだよ。駄目かな」
研究者:「しかしですね、これは貴重な…あっ」
ヴェルダ:「ありがたく借りさせていただこう」
 葵がすっと躊躇っていた手から眼鏡を抜き取り、ヴェルダの手に渡した。すかさずヴェルダが手の届かない位置まで下がる。
葵:「戻ってきたらそのカード貸すからさ。いいだろ?でなきゃそのパーツも今すぐ返してもらうぞ」
 置かれた魔石と彼女だった一部を恨めしそうに見…それから大きく溜息を付く。それが、諒解の印となった。
琉雨:「あの…もうひとつ宜しいですか?お水の中でずっと息が出来るようになる品って、ありませんか」
研究員:「水中でですか――」
 憮然とした表情を崩そうとしない男が、まだ何か借りるつもりなのかと言う目で見、そして立ち上がる。
 何かアテがあるのか、入り口にほど近い受付の机の上に『只今席を外しております』と言う札を置いて奥へと向かう。
琉雨:「何かあると思われますか?」
ティアリス:「難しいわね。そうそう都合の良い品があるとも思えないのだけど」
ヴェルダ:「――いや、そうでもなさそうだぞ」
 眼鏡は気に入ったらしい。大事に胸元に仕舞ったヴェルダが、鋭い目を奥へ向ける。
ヴェルダ:「上役と何か話をしている」
葵:「単に苦情を申し立てているだけだったりして…」
スラッシュ:「…有り得る…」
 あまり声高にならないよう、顔を寄せて話し続けていると、
研究員:「役に立てるものかどうかは分かりませんけれどね…」
 大事そうに40センチ程の長さの木の箱を持って現れた。ぱかりと開けた中には、小さな横笛のように見えるものがひとつ。…笛とはいえ吹き口らしき穴が1つだけ、それも真ん中に開いていた。
研究員:「言っておきますが、どの程度使用可能なのか実験はなされていませんからね。使えることは使えるみたいですけれど」
 不安を煽るような事を言い、木箱をテーブルに置いて中身を丁寧に手に乗せた。
ティアリス:「これは、何?」
研究員:「水中でも呼吸が可能な品です」
スラッシュ:「…これが?」
 謎な物体を前に、スラッシュが思わずぼそりと呟いた。葵は何か思うところがあるのか口は出さなかったが、それでも不審気な顔は皆と同じ。
研究員:「調べたところでは、どうやら転移魔法が使われているらしいのです。この管の中に空気を送り続けるように出来ているようで」
葵:「ひとつじゃ役に立たないんだが」
研究員:「そう言われましても、貸し出しが可能なのはそれ1つきりなんです。他は研究にまわされていますので」
ティアリス:「ええっ、そっちも貸してくれたっていいじゃない」
研究員:「駄目です。規則ですから」
 きっぱりと断わりを入れ、そして困ったように5人を見。
研究員:「貴重な品なんですよ?分かっているんですか?」
 返答次第では、手の上のそれもヴェルダが持っている眼鏡も返せと言いかねないのを見て、了承する他道は無かった。全く無いよりはマシな状態ではあるし。
 貸し出し料金の交渉をし、互いになんとか譲歩した所で手を打つと、早速湖へ移動することにした。
 ――足りない道具、はっきりと分からないカードの存在、湖で待っているであろう『魔物』…一抹どころではない不安を抱きながら、それでも目を輝かせて。

***

 湖の中で、ゆらゆらと。
 白亜の都市が、招いているようにも見える。
 その周辺を、守護するようにゆったりと泳ぎ回る魚達。
 2度目ともなれば、道には慣れたもの。前回よりも大分早いペースで到達すると、湖の中に存在する都市をちらと眺め、再び襲われる前に前回も入った岩場の中へと足を踏み入れる。
スラッシュ:「ふう」
ティアリス:「大丈夫?今日も暑いわね」
スラッシュ:「…ん。気にしないでいいよ、もう慣れたから…」
 にこりと柔らかな笑みを浮かべるスラッシュは、今日も身体に日が直接触れることが無いよう厳重に布を身に纏っている。だから、他の3人の目にはスラッシュの目は見えず、影の中にある口の動きでそう判断する他は無い。
 ヴェルダは見えているのだろうが、説明をする必要はないと思っているようで口に出す事は無かった。

葵:「もう一度奥を調べてみるか。前に見つからなかった何かがあるかもしれない。――姐さん、眼鏡…」
ヴェルダ:「私が使っては駄目か?」
葵:「姐さんにはその『目』で奥を見て貰いたいんだ。その方が効率がいい」
 ぞろぞろと、奥へと移動しながら、葵がヴェルダの手から眼鏡を受け取って装着し、一瞬くらっと顔ごと反らせて慌てて手で眼鏡から上を覆った。
スラッシュ:「…大丈夫か?」
葵:「あ、ああ。見え過ぎというのも、良い物じゃないんだな」
琉雨:「魔力が強いですからね…私ならまだ慣れていますから、疲れたら言って下さいね。交代しましょう」
葵:「ん、そうさせてもらうよ」
 そうは言いながらも、くっと口を噛み締めて手を離したところを見ると彼女には手渡す気はあまり無いらしく。スラッシュが手まねで限界が来たらこっちにまわせ、と告げる。…僅かに葵が頷くと、口の端に少しだけ笑みを浮かべた。
葵:「…カードを見せてくれないか。この間はあの壁に付けてみたんだよな?」
ティアリス:「ええ、確かそうよ。彼女がいたのがここだったから」
 人間ではない、そうは分かっていても、放置は出来なかった。カードと一部を持ち帰ると決めた後、岩山のふもとに時間をかけて穴を掘り、埋めたのだ。…岩山を墓標として。
ヴェルダ:「その壁の向こうが空間だ」
葵:「分かった」
 眼鏡をした顔を壁に向け、そして手渡されたカードを見る。
葵:「壁も魔力を帯びて光ってる、が…ここじゃないな」
琉雨:「違うんですか…」
 こくりと頷いた葵が、ぐるりと辺りを見回し。そして、『彼女』がいたすぐ後ろの壁をまじまじと見つめた。
葵:「――この後ろに、何か無いか?」
ヴェルダ:「……部屋の類は」
葵:「じゃあ、これは…おっ」
 葵が手を伸ばした壁が。
 何も無いと思えたその場所が四角くくり抜かれ、後ろへ下がっていく。そこには小さなスロットがあるのみで、他には何の飾りも存在していなかった。
 ――黙って、カードを差し込んでみる。

 ぱくん。
 突如気の抜けた音が後ろから聞こえ、え?と思いながら皆振り向くと。
 入ってきた通路――その途中に、全く壁と同化していて気付かなかった扉が開いていた。

 細い通路は、ぎりぎり2人が横になれる程しかなかった。そのままだと身動きもならないだろうというので、一列に並んでぞろぞろ歩いていく。…長い、長い通路を。気付けばいつの間にか右曲がりの緩いカーブを歩いていた。
ティアリス:「ここはなんなのかしらね…なんだか、潰されそうで気持ち悪いわ」
ヴェルダ:「客用の道ではないことは確かだ。…何か感じるか?」
葵:「―――」
 葵は、黙って…目を細めて周囲を睨みつけている。
ヴェルダ:「どうした?」
葵:「この通路――変じゃないか?」
 その言葉に、琉雨がはっと顔を上げた。
琉雨:「あなたも…?」
 ぴたりと全員が足を止める。
スラッシュ:「…どの辺が?」
葵:「随分長い道だろう?それに、さっきから魔力が異様に強くなったり弱くなったりを繰り返してる」
琉雨:「皆様、気分が悪くは、ありませんか?」
 言われて見れば。
 単なる飾りも何もない狭い通路を延々と歩いているから、その圧迫感かと思っていたのだが、どうやら少し違うらしい。
ヴェルダ:「…だが…出口は近いみたいだな。あの向こうだ。その向こうは、――見えないが」
 カーブがかかっている通路は、ヴェルダの指した先を見ることが出来ない。
 罠の可能性が無いわけではない。
 だが、出口があると聞いて、行かないわけにも行かなかった。…何より、その先が見たかったのだから。
 やや急ぎ足で歩いていくと、ヴェルダが言うように扉がある。今度は皆も見慣れたノブの付いた扉だった。…しかも、鍵がかかっていないのか半開きになったまま。見れば、壁の右上に四角い出っ張りがあり、そこに折れたカードが突き刺さっていた。
スラッシュ:「…開けるぞ……」
 危険は無いと判断したスラッシュが、ノブを掴んでぐっと手前に引く。

 ――――目の前に、信じられない光景が広がっていた。

***

 ノブを手にしたまま、スラッシュが呆然と見つめている。そのあんぐりと開けた口は見えるのだが、スラッシュの身体で肝心の目の前が見えないティアリスたちがやきもきしてスラッシュの肩へ手を置いた。
スラッシュ:「っ。…あ、……ごめん。今出るよ…」
 そう言って、一歩『中』へと足を踏み入れる。
ティアリス:「もう、どうしたっていうのよ――――」
 続けて入ったティアリスも、ぞろぞろとその後に続いた面々も…ヴェルダは「ほう」と呟いて目を細め、葵は眼鏡を慌てて外してほっと息を付き、その上で改めて呆然と見回していた。

 そこは、広々とした建物の中だった。
 天井は高く、目に優しい光がそこから室内に広がっている。
 5人が出て来たのは、そこの一角ににあった扉のひとつだった。他にもいくつか扉が並んでおり、奥を見れば林か森か、窓の向こうに緑が広がっているのが見える。
 ――誰1人としていないその場所は、静寂に満ちていた。
スラッシュ:「…まさか…山を越えてしまったわけじゃないだろうが…」
 周囲に目を配りながら、乱雑に転がっているテーブルや椅子を避けて、建物の外へと出て行く。その後を4人が早足で付いていき。
 もう一度、目を見張った。
 建物の外には森が広がっていた。きらきらと輝くのは日の光だろうか、きちんと舗装された通路の向こうが輝いて見える。
 その向こうに――水が、壁になって広がっていた。
琉雨:「……なんて…綺麗な…」
 驚きと言うより畏怖に近い震え声が、琉雨の唇から漏れる。
ヴェルダ:「――そうか――もう、『中』に入っていたんだな…」
 ヴェルダですら、どこか呆然とした声で。
 水に囲まれているにも関わらず、中の空気は酷く穏やかで、新鮮だったし寧ろ濃いくらいだった。
琉雨:「これだけ森がありますから…水もありますし、日の光も差し込んできています」
 循環機能が余程上手く進んでいるらしい。感心しつつ、それでもひと気の全く無い都市の中を進む。
葵:「凄いな」
 ぽつりと呟いた言葉…短いだけに尚更、言葉に込められた気持ちを雄弁に物語っていた。
 それは、
 都市の中心部にある、巨大な柱。それ自体が建物でもあるらしく、連れ立って中に入る。
 入ってすぐ感じたのは、やって来た最初に見た建物と雰囲気が良く似ているということだった。
 機能を重視された味気無い机と椅子。それらの中できちんと配置されているものはもう無く、ひっくり返り転がったまま静かな部屋で置物のような存在になっている。
 何となくその椅子や机を倒さないよう、間をすり抜けて進むと、奥に別の通路があり、そこから上と下へ移動できるよう階段や見たことの無いものが設置されていた。…階段で、下へと下りてみる。

 階段の下は、大きな壁で塞がっていた。ただ、その脇に小さな扉があり、誰かがそこから外へ出たらしくやはり扉が半開きのままで開いていて、そこを引いてゆっくりと中へ入る。
 面白そうな声を上げたのはヴェルダ。琉雨は興味深げに中に入り、周囲を色々と見やっている。
 その室内だけは今まで見た部屋と違い、どことなくぴんと張り詰めるような雰囲気が漂っていた。
 ヴン…
 その中を歩いて居た皆の前に、不意に奇妙な音がし、室内に突如映像が飛び込んで来る。
 何か文字が次々と現れては消えているが、当然のこと読み取れる筈も無く…流れるのに任せるだけ。ただ、ヴェルダと琉雨だけは熱心にその文字に見入っていた。何か自分の知る知識に心当たりがあったのかもしれない。
琉雨:「…読めません…知っている言葉に似ているように思ったのですが」
 真剣な顔で流れる文字を見つめていた琉雨が、ちょっとがっかりしたような声で呟いた。
ヴェルダ:「無理もない。相当古い言葉だ。――この後の代なら、比較的研究されているのだがな…」
 言いながらも、暫くの間文字を目で追う。
ヴェルダ:「――管理者たちへの、連絡らしい…」
ティアリス:「読めるの?」
 ティアリスの質問には軽く首を傾げ、
ヴェルダ:「答え合わせをしてくれる者はおらんのでな」
 それでも、流れる文字を少しずつ読み上げていく。実際には単語をぽつぽつと拾い上げていくだけだったが。

『――日に日に空気が足らなくなる。転送装置への魔力供給が完了するのが先か、空気が尽きるのが先か…』

『建物の外まで水が押し寄せてきた。都市の魔力も尽きようとしているらしい。…何が最先端の魔法装置だ。落ちてしまえば後は死ぬだけじゃないか。逃げようとした奴らは転送の暴走で予想の付かない場所へ飛ばされたようだ』

『他に生き残った者がいるなら、マザーの様子を見て欲しい。暴走しているようなら止めてくれ』

 そういった事が延々と流れているようで、何度か繰り返すうちに次第にきちんとした文章へとなっていったのだ。
 ヴェルダが口をつぐんだ後、皆も読めないながら流れている文字へ目を走らせる。
ティアリス:「沈んだ後…水が入ってきたのね…?」
 今自分たちが同じ状況に至ったらと思ったのか、ぶるっと身体を震わせて思わず周囲を見渡してしまうティアリス。その視線の先にいたスラッシュが、大丈夫、というように軽く頷いてみせた。
スラッシュ:「…マザーってなんだろうな」
葵:「暴走しているなら、という言葉からすれば、多分この都市が浮いていた元になっているモノのことだろうな。…ん?」
 琉雨が他のものに目を取られているのに気付いた葵が映像から目を離して琉雨の傍に寄る。
 都市のモデルだろうか、高さが1メートル程の精密なミニチュアの模型がそこに置いてあった。――そして、それは、浮いていた。
スラッシュ:「ふうん…」
 興味深げにそれを眺めたスラッシュが、模型に手で触れてあちこち調べてみる。と、開くスイッチか何かを見つけたらしく、ぱかりとそれを開いた。
 その中には、綺麗にカットされた…前回見つけた魔石と同じ色の石が、位置的には丁度ここの真下の辺りに設置されていた。内部も細かく作られており、5人がやって来た建物や他のものまでリアルに再現されている。
葵:「これが模型なら、実際にここにあると見てもいいな」
琉雨:「そうですね。――ええと…ここが今この場所ですから…あのあたりでしょうか?」
 くるりと振り返った琉雨がぱたぱたと移動し、模型の中では階段が設えてある辺りの壁をぽんぽんと叩いた。

 カードはここでも使用できた。

 前回『彼女』が、中枢の見学をするなら…と言っていたことから見ても、ただ見るだけならそれほど問題なく出来るものらしい。尤も本来ここには何人もの管理者たちが働いていた筈で、それは監視の目が必ずあったことも意味していた。
 …今は誰1人としていなかったけれど。

 重い扉を開くと、眩しい輝きに思わず目を細めた。
 そこにあったのは。
 ルビーと同じ色の…見つけた魔石と同じ色の、巨大なプール。いや…プールのように見えるのだが、それは。
琉雨:「……これ……全部、魔石、です……」
 妖しく輝く、血のような色の…それでいて、底まで見渡せる程の透明度の、巨大な石。
 それが、中枢のコントロール室の更に地下に、置かれていた。
 もう眼鏡をかけるまでもない。この室内に長い間いれば気が狂ってもおかしくない…それほどの強い魔力を感じ、皆顔をしかめている。
 都市の大きさからして、凄いものだろうと予想は付けていたが。まさか家より大きな魔石があるとは想像しておらず、その大きさと溢れ出る魔力に耐え切れず、早々に部屋を出てしまう。
 扉を閉めると大分ましになった。ふぅ、と息を付いて顔を見合わせる。
琉雨:「あれは…扱いきれません…。あんなものを、良く、管理していたかと思うと…」
 普段慣れ親しんでいるだけに、まともにあの輝きを浴びたのだろう。小さく震えている琉雨を、ティアリスが庇うように抱きしめ、少し急いで上へと上がっていった。

 上の部屋で少し息を付く。
葵:「――姐さん。こんなものが、引き出しの中に」
ヴェルダ:「どれのことだ?」
 少し休憩したあたりで、他に情報の痕跡が無いか調べていた葵が、引き出しごと、今にも崩れそうな古びたノートを持ってきた。慎重な手つきで中を開くと、先程流れていた文字と同じ、手書きの文字がぎっしりと詰められていた。
ティアリス:「――ヴェルダ、どう?読める?」
ヴェルダ:「ああ。そこの文字を読んだ分、随分楽に読めるようになった」
 ヴェルダが翻訳しつつ、ぼろぼろのノートを丁寧にめくって読み上げていく。

『○月○日 都市を浮かせることでマザーは常に大量の魔力を消費する。他にはコンパニオンドールたちへの魔力配給、都市整備、セキュリティ、転送装置…これで全体の7割程。残り3割は超えてはならない。都市で生活する人間たちの管理を徹底する事』

『○月○日 上層部が無計画に都市人口を増大させている。毎日魔力の振り分けで多大な時間をかけさせられている。コンパニオンドールが時折止まると苦情あり』

『○月○日 ついに転送装置にまで負荷がかかった。直前でコンパニオンドールのいつもの配給ストップで転送には至らなかったが、タイミングが悪ければ転送機内から狂った転移座標へ移動される恐れあり。上層部へ懇願するも人口の増加は止まらず、減少させるならば我々から削ると勧告を受ける』

『○月○日 都市が誕生してから今日までに仲間が半分以上減らされ、毎日眠る間も無い。もう都市内部ですらトラブルが絶えず、今日は一時断水騒ぎまで起きた。再三の懇願にも関わらず大国の要人を招いたパーティのツケか。都市の恥だと告げられ、次は無いと脅される。恥はどちらだ』

『○月○日 緊急事態。連日フル稼働しているマザーから魔力漏れが起こっているようだとの報告。一時的にせよ8割程度まで魔力を削り暫くの間クールダウンさせなければならない。上が受け入れるかどうか分からないが』

『○月○日 魔力漏れが止まらない。植物園が異常繁殖を起こしているようで立ち入り禁止の処置を取った。苦情が上がり注意を受ける』

『○月○日 僅かであるが都市の高さが落ちているとの報告』

『○月○日 マザーのクールダウン計画を破棄。上層部の一部が都市を抜け出しているとの報告。どうでもいいが1人でも減ればありがたい』

『○月○日 ここまで来ても上は自分の非を認めようとせず、新たな難題を命じてきた。――日後に各国の要人を招いて大々的なパーティを連日連夜行うとの事』

『○月○日 落下速度が上がっている』

 最後に残ったページには日付は無く、

『マザーは子供たちを放り投げた。このまま永遠に眠らせてやろう。それが不肖の息子からの唯一の罪滅ぼしだ』

 そう、書き残されていた。――ヴェルダが口を閉ざし、ノートを元の場所へと戻してやる――と。
 ぎりぎりのところで衝撃に耐えていたのだろう。ノートはヴェルダの手を離れた途端、ぼろぼろと崩れ去ってしまった。
スラッシュ:「……やるせないな」
葵:「そうだな。完璧な技術なんか無いもんだが、それに近づけていくのが俺たちなんだが…使う側がなっていなければ、こんな大きなオモチャでも簡単に壊してしまう」
ティアリス:「――そう、よね…」
 それ以上の、もっと深い情報――都市がまだ健在だった頃使われていた魔法理論や、都市を浮かせるための情報が無いか調べてみたのだが…カードを入れる口を探してまで入れてみたのだが、都市の中で破損が出ている箇所を知らせるものや、今までに寄せられた苦情の山が大量に表示されるだけに留まってしまった。…このカードでは、駄目だったらしい。
 ――諦めて、外へと出…都市の中を動き回る事にした。

***

 沈んだ都市は、湖の中にあっても尚美しかった。
 屈折によって思いもかけない方向から溢れてくる日の光に照らされているのは、もはや人の居なくなった巨大なオモチャ。ひと気の無さは寂しいものでもあるが、その静寂が邪魔されずにいる世界は――怖いくらい美しいものだった。
 元は公園だっただろう、うっそうと茂った森。
 植物園らしき建物は、中も外も蔦に覆われて入り口すら見つからない。
 都市の威容を誇る大きな柱はとても綺麗で、まるで誰かに手入れされているかのよう。
 誰かが住んでいたであろう建物には鍵がかかっていて入れなかったけれど、見慣れない建物の形に目を見張らせ。
 きっと知識の宝庫だったのだろう、書庫は…覗いてみると本は全てが風化しており、ぎっしり詰まっていたと思われる棚は入るべき品を待って静かにしているように見え。
 そうやって、時が経つのも忘れて広い広い都市の内部を散歩して歩く。――そう。探索ではなく、これは散歩だった。きっと探せば、噂にあるような『宝』も見つかるだろうと思う。けれど…。
 何となく、中枢部に目をやりながら、思う。
 飾り立てる者はもうおらず、『マザー』と呼ばれたあの赤い巨大な魔石は眠りに就いている。それでも尚、都市の機能だけが保たれているのは何故だろうか。
ティアリス:「きっとね。そう望んだんだと思うわ」
スラッシュ:「望んだ?」
ティアリス:「そうよ。――頑張って頑張ってずっとこの大きな都市を支えてきていたんでしょ?今は疲れて眠っているけれど…浮かんでいた時のままにあることを望むのは、彼女しかいないじゃない」
琉雨:「眠っている間も、ちょっかいを出さないように…『彼女』を動かしていましたものね」
 そうね、と言ったティアリスがくるっと振り返って皆を見。
ティアリス:「帰りましょう?」
葵:「――手ぶらでか?」
 そう言う葵は、責めている様子は無く、口元には笑みを浮かべている。
ヴェルダ:「そうだな、帰ろう。ここから長める夜も良さそうだが…」
 昼と夜の移り変わりを見てみたかったらしいヴェルダが少し未練のある声を出すものの、
琉雨:「魔力が酷く不安定になっているようですから…安全は確認できませんよ」
 心配そうに言う琉雨にふむ、と呟き。
スラッシュ:「…どうしても残りたかったら、万一のためにこれを渡しておくよ」
 そう言ってごそりと取り出したのが、学院から借り受けた呼吸器。それにはゆるりと首を振って、
ヴェルダ:「帰るとするよ。見るのは悪くないが、せっかく来たのだ…1人きり残るよりは皆で見るか、一緒に動いた方がいい」
 手渡そうとするのを断った。


エピローグ
 ぞろぞろと。
 来た時と同じように細い通路を歩いている。一体どこからが都市で何処からが山の中なのか分からないままに、再び来た時の部屋へと戻ってきて思わず皆で大きく伸びをした。身体を縮めなければ歩けないことはないが、やはりあの圧迫感に身体が固くなっていたらしい。
 これで扉を閉めれば良し、と後ろを振り返った葵の顔が凍りついた。
ヴェルダ:「どうした――」
 その様子に気付いたヴェルダが葵の視線の向こうを見、一瞬だけほぅと呟いて「いいタイミングだったな」と言う。
ティアリス:「やだ…無いじゃない、通路…」
 その言葉にひょいと覗き見たティアリスが、ほんの数メートル先で只の壁になってしまっている通路を見てぞっとしたように身を竦ませ、思わず後ろに下がって首を振った。
 それから扉を閉じると再び只の壁にしか見えなくなってしまう。
 念のためと最初来た時にカードを入れる穴が現れた壁へカードを近づけるが何も起こらず。眼鏡を掛けた葵が納得したように頷いた。
葵:「魔力が切れてる。少しだけ残ってるが、どうやらここが開くだけのものじゃないらしい」
 カードから出ている力も随分少なくなっていると言う。
琉雨:「……その……良かったですね。戻ってこれて…」
ティアリス:「本当ね…」
 ほ〜〜〜っ、と、そこでもう一度ティアリスが大きな息を付いた。
スラッシュ:「ティアのお蔭かもしれないな。…あそこで宝捜しをしようなんて事になったら、帰って来れなかったかもしれないんだ」
琉雨:「本当ですね」
 その言葉に嘘は無い。皆に見つめられたティアリスは微妙に赤くなった顔を誤魔化すように笑い、
ティアリス:「さ、さあっ、帰りましょう。帰って美味しいもの食べましょうよ、皆で」
 賛成ー、笑いながら岩山を出る。
 …ぱしゃん、と水音が聞こえたような気がした。
 後ろを振り返ればきっと、夕日に輝く透明な魚たちが見えるのだろう。
 それでも。
 彼女たちは振り返る事無く、帰り着いた街のことを思いながらひたすら楽しく会話を繰り返している。ただし、小声で。
 ――眠りに就いているものを起こさぬように。
 …夢を見続けられるように。


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ライター通信
お待たせ致しました。
今回は都市へと移動する事が出来ましたが、宝そのものにあまり興味が無さそうだったのでそういった探索は行っていません。結局今回は手ぶらという形で帰ってくることになりました。情報収集がメインでしたので、戦闘にも時間を割かずに進んでいただきました。これが宝物庫を狙う、という話なら多分警備用の何かはいたと思いますが…。
尚、今回ほとんど無報酬な上にアイテムのレンタル料がかかりますが、前回手に入れた魔石を手放す事で十分元は取れます。また、彼女の一部も引き取ってもらう事も可能です。どう言う風にするかはお任せしていますので、お好きなようにお使いください。
楽しんでいただけましたら、幸いです。

それでは、今回の発注ありがとうございました。
またどこかでお会いできることを願っています。
間垣久実