<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『涼やかなる笹の音色に運ばれる願い』


 ……………太陽を恨んだ事は…昔は幾度と無くあった………だが何時から…………恨む事から羨む事に変わったんだろうな………



 例えるならそれは優しい春の日の陽だまり。
 心地良い太陽の光に照らされながら俺はぽかぽかとした陽気に体を丸めて安らかに眠るのだ。
 絶対に叶わないと思えていた夢。憧れ。
 どんなに願っても、
 望んでも、
 叶える事の出来ないそんな夢。
 太陽の光は殺人凶器。
 容赦なく俺の命を蝕むモノ。
 だけど俺は太陽を得た。
 とても優しく温かい太陽を。


 春の太陽は暖かい光を思わせる赤い瞳を柔らかに細めて嬉しそうに笑う顔。


 夏の太陽はキラキラと輝く光を思わせる冗談を口にしながらくすくすと明るく笑う顔。


 秋の太陽は朗らかな光を思わせる穏やかに笑う顔。


 冬の太陽は澄んだ光を思わせる静かに笑う顔。



 太陽の無い氷の世界でただ太陽を恨む事しか知らなかった俺はしかし、ティアと出会って、太陽に憧れるようになった。


 暖かいんだ、心が。
 憧れ羨む太陽の光にそっと照らされているように。
 明るい太陽の光。
 自らは輝けない月が太陽の光を反射させて夜の世界を照らすように、
 ティアが俺をその優しい綺麗な笑みで照らしてくれるのなら、
 俺もティアを照らそう。
 それが俺に日の光の優しさを教えてくれた君への贈り物。
 君のためにできること。




【オープニング】


 テーブルを囲んで次に行く冒険の行き先の打ち合わせをしていると、そこにエスメラルダがやってきた。
「ねえねえ、あなたたち、もしもまだ次の冒険の行き先が決まっていないのなら、あたしのお願いを聞いてくださらない?」
 長い髪を掻きあげながら小さく傾げた顔に甘やかな微笑を浮かべた彼女は、小鳥が囀るように嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「あのね、今度の7月7日にここより東に行った『平成京』という街で七夕という星祭りが行われるの。その七夕のイベントの一つに願いをこめた短冊を竹に結ぶというのがあって、それでその願いを書いた短冊をあたしの代わりにあなたたちに結んできてもらいたいの。頼めるかしら? ああ、それにその日は浴衣の貸し出しや、屋台もたくさん並ぶからすごく面白いと想うわよ。たまには戦いを忘れてただ遊ぶのもいいと想うけど、どうかしら?」



【男の子たちのシークレットトーク】


「平成京は此処ソーンにおいて異世界地球より来し人々が築き上げた都で御座います。
 都の真ん中を走る朱雀大路を挟み、左側を右京、右側を左京と申しまして、右京と左京は緻密な都市計画によって左右対称の造りをしております。
 一条から九条まである区画もまた町と言う単位で区切られておりまして、皆様旅行者さまはまずは五条にある西寺において割符を得てくださいませ。それとお金は園となっておりますので、そちらの方は東寺において換金をお願いいたします。以上でここ平成京の説明は終わりにいたしますが、他に何か質問はございますでしょうか?」
 浴衣、という民族衣装を着た女性がそう言うと、案の定女性陣がすごい勢いで手をあげた。
「「はい。はい。その綺麗な服はどこで買えるんですか???」」
 ここ平成京に初めて来た人が必ず訪れて名前を登録する事になっている市役所の市民課の女性にそう声を揃えて言うティアとカルンに俺とルキスは微苦笑を浮かべた顔を見合わせあって肩を竦めあう。男には女心は永遠の謎だ。
「ティアさんはわかるけど、カルも服に興味なんかあるんだね。知らなかった」
 笑顔でそうさらりと言うルキス。傍から聞けば毒舌だが、それもこの二人の仲があったればこそ。俺は自分の顔が緩むのを感じた。
 だけどもちろんカルンは銀色の髪に縁取られた顔を真っ赤にして頬を膨らませる。そして彼女は小鳥が囀るように口を開いた。
「ひどぉ。何よ、ルキス。私だって女の子なんだから綺麗な服には興味あるんですぅーーーだ」
「へぇー、それは知らなかったよ。だったら料理の一つでもできるようにならなきゃね。後で困るのはカルなんだから。僕だっていつまでも一緒にいられる訳じゃないんだし」
 右手の人差し指を立てて生真面目な教師の顔でぐちぐちと説教を垂れ始めたルキスにわずかながらに渋い表情を浮かべてカルンは気持ち身を後ろに下がらせた。そしてぼそりと仕返しのように言う。
「相変わらずルキスったら口うるっさいよね。そんなのは後で考えますぅー」
「ん、今ぼそりと何を言ったカル?」
「いいえ、別に何も言ってませんよ」
 むぅっと眉根を寄せるルキスに、ふふんと笑うカルン。相も変らぬ二人の夫婦漫才に俺とティアは顔を見合わせあってやっぱり微苦笑を浮かべる。
 このままでも別に構いはしないのだが、しかしそういう訳にもいかないだろう。仲直りのタイミングをずらすと後で苦労するのはこの二人だし、それはやはり見ていて居たたまれない。
 ティアに視線を向けると彼女は心得ているように俺に頷いた。
「はいはい、二人ともそこまでね」
 パンパンと手を叩いてティア。
 そして彼女はルキスに向ってあっかんべーをしているカルンの腕に自分の腕を絡めあわせてカルンを引っ張った。
「ほらほら、カルン。あなたは私と一緒に東寺にお金を園に換金しに行くわよ。スラッシュとルキスは割符の方をお願いね」
「………ああ、わかった…そちらの方は…任せておいて………くれ…」
 にこりと笑ったティアは金髪を揺らしながらまだルキスにあっかんべーをするカルンを引きずって市役所を出て行った。
 それを見送った俺はそのまま微笑ましげな微笑を浮かべながらどっと疲れたような重いため息を吐いて眉間の皺を弛緩させるルキスに視線を向けた。
「………では、俺らも…行こうか、西寺に…」
「ええ、そうですね」
 ルキスは吐いたため息で前髪をふわりと浮かせた。



 +


 割符というのはこの都での身分証明書なのだそうだ。
 これが無いとこの街では宿屋には泊まれないらしい。
 俺とルキスは三条の大路と小路とが交わる場所にある甘味屋で日傘の下に置かれた長椅子に座って、まったりと抹茶を啜りつつ団子を食べていた。
 ルキスは珍しく俺にぶつぶつと愚痴を零している。
「お二人とも本当にカルに甘いですよ。……今、生活費誰が工面していると想ってるんですかっ……。食堂でバイトしたりして結構大変なんです、これでも……咄嗟の事だったから、あんまり資金持ってこれなかったし………」
 ぱくりと団子を食べて、それを抹茶で流すとルキスは大きくため息を吐いた。
 そんな彼に俺は苦笑いを浮かべながら自分の分の団子を勧める。勧められるままにその団子を食べるルキスを優しい兄のように眺めながら俺は口を開いた。
「………確か…に…カルンの面倒を観る事は大変…かも…しれんが…でもそれは…嫌なのか、ルキス?」
 俺のその言葉にルキスは団子の串を口にくわえたまま明後日の方向を見た。そしてしばし考えて、何やら諦めたようにため息を吐く。
「嫌とかそういうレベルの話ではもうありませんね。彼女とは腐れ縁なんです。幼い頃から知っていて、本当にカルってばただ単に体が大きくなっただけって感じで手のかかりようは今も昔もちっとも変わらなくって、だから昔から僕がしっかりしなくっちゃっていつもカルの面倒と言うかお守りをしていて、ああ、だからもうそれが日課という感じになって染み付いていて、ルキスに任せておけば大丈夫という空気もいつの間にかあって……はぁー、僕って一体何なんでしょうね………」
 顔を片手で覆い隠してぐったりとしたルキスに俺はつい笑いを堪えきれずに、ぷっ、と吹き出してしまうと、そのままくっくっくと声を押し殺して笑いをたてた。
 そんな俺をルキスは半眼で睨めつける。
「ひどぉ。笑うなんて酷いですよ、スラッシュさん」
「くっくっく。……いや、笑って………すまなかった。………だが…やはり…おまえらは…いいコンビだと…想うぞ?」
「はぁー。他人事だと想って。でもいいコンビですか?」
 おどけたように大きく両手を開いたルキスはひょいっと肩をすくめると、拗ねていた表情を柔らかに崩した。
「そう言えば僕らを太陽と月、と家の母なんかは言うのですよね」
「…太陽と…月…?」
「ええ。僕のこの金髪を太陽に例えて、そしてカルの銀髪を月に例えたんです。ああ、だけどこれってスラッシュさんとティアさんにも当てはまりますね」
 ルキスはにこりと笑った。
 俺はわずかに目を見開いて、ティアの小さな顔を縁取る髪の色を思い浮かべる。


 それはまるで冬の太陽の光のようにすぅーっと澄んだ汚れの無い金。


 俺はこくりとルキスに頷いた。
「…なる…ほど………確かにそれは当てはまる…かも…な」
「ティアさんなら、太陽と呼ぶに相応しいんじゃないですか? いつもにこにこと笑っているし、明るいし、優しいですもの」
 にこにこと笑いながらそう言うルキスに俺は言葉に詰まる。彼の言を否定するのではなく、それを認めるから。ここで素直に頷くと、俺は俺の中にある何かに気づいてしまいそうで、だけど今はまだそれに気づいてはいけないような気がして、
 そんなひどく面倒臭く身勝手な想いがそれを俺に躊躇わせたのだ。
 ――――しかし言葉は心から紡がれるモノ…故に俺の口からはそれが紡がれた。
「…そう…だな。ああ…ティアは太陽と呼ぶに…相応しい女性…だよ」
「いいコンビだと言うのならそれはスラッシュさんとティアさんの方じゃないかなと想うのですが、どうですか?」
「え、あ、いや………」
「スラッシュさん。スラッシュさんはティアさんの事をどう想っているのですか?」
「…どう…と………は?」
「いえ、恋愛感情はお持ちなのかな?と」
「…れん………愛…感情って…」
 思わず今度は先ほどとは違う意味で言葉に詰まる。
 そんな俺の反応…抱く想いを見極めようとするようにルキスは金色の瞳を細める。
「ティアさんはスラッシュさんの事を好きだと想うのですが?」
 ―――――さらりとそういう事を言われると身の置き場に………
 俺は自分でもわかるほどに真っ赤になっているであろう顔を俯かせた。



 思い出されるのは、
 あのクーガ湿地帯で瀕死の重傷を負った俺の身を泣きながら想ってくれたティアの顔。
 ――――彼女に膝枕された俺が最初に見たあの顔があるいは太陽に恋焦がれるようになった切欠なのかもしれない。



 思えばそれ以降はいつも彼女の姿を視線で追っていた。
 それに………
 ――――そう、それに………そう、それにあの日、友を想い静かに酒を飲もうとしていた俺は、
 だけどもう呼べなくなった友の名を、【誰】かという言葉に変換して、
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も………口にしていて、
 その俺に、彼女は、【ティアリス・ガイラスト】、という名前を呼ばせてくれた。
 見つけてくれた………誰かを必死に呼んでいた俺を………。



 太陽に憧れを抱く盲目のモグラはしかし光を見る事はできない。
 だけど勇気を振り絞って、地上に出たモグラは、照らす太陽の温もりは感じる事ができる。
 例えそれが己が命を削る行為だとしても、モグラは照らす太陽の温もりに涙を流し、
 愚かにもまだそれ以上に自分が日の光に救われる事を思い描き、望む。
 盲目のモグラよ、おまえは一体あのどこまでも広く青く澄んだ空に咲く大輪の日の花に何を望むというのだ?
 そんなにも気持ち良さそうに眠れる温もりを手に入れておいて………



 俺はふっと笑う。
「…さあな…そこら辺の所は…俺には…わからんよ………。ただ…」
「ただ?」



「…ただ………………太陽を恨んだ事は…昔は幾度と無くあった………だが何時から…………恨む事から羨む事に変わったんだろうな………」



「え?」
「…時折…隣で微笑んでくれている…ティア…を見ては…そう考える事がある…そして俺はその答えを…知っている」
「訊いてもいいですか? その答え」
 そう言ったルキスに俺は静かに顔を横に振り、そして次に優しい兄のような微笑を浮かべた。
 そう、俺はまだ勇気が無いから次の段階へ行けない。一歩を前に踏めない。
 だからこそ互いに想いながらも、幼い頃からずっと一緒にいたという環境のせいでその抱く想いに気づけない少年が自分の代わりに前に進み、その小さな手を取って二人三脚で進んでいってくれることを望んでしまう。
 あるいはその後ろ姿が………
 いや、やめておこう。
「それよりもおまえの方はどうなんだ、ルキス?」
「え、僕ですか? 僕は…別に」
「…カルンは? 彼女は…おまえの大切な…月なのでは…ないのか?」
「え、あ、月って……」
 今度はルキスが顔を真っ赤にさせた。耳まで赤い。
 そして普段はクールを気取っているのに、今はひどく幼い子どものようにそっぽを向いた。
「つ、月は太陽とは違ってあってもなくっても困りません」
 その後ろ姿は何よりも邪気が無く無垢で、そんな少年の不器用さに俺は胸に何か暖かい想いが広がっていくのを感じずにはおられなかった。
「ぷっ。ふははははははは………自覚が必要なのは…おまえの方…だな」
 ルキスは何かを言いたげに俺を見るが、俺は肩をすくめただけでそれに取り合わない。それに噂をすれば何とやらで女性陣がやってきた。
 俺は立ち上がり、ティアとカルンに手をあげる。
 ふと見たルキスはどこか拗ねた幼い子どものようにただそっぽを向いていた。



 +


「ねえ、スラッシュ。ルキスはどうかしたの? なんだか珍しく拗ねちゃってるみたいだけど?」
 右手にイチゴのソフトクリームを、そして左手に大きな紙袋を持つティアはサラサラの金髪を風になびかせながら小首を傾げた。
 俺は苦笑いを浮かべた顔を横に振る。
「…少し………いじめすぎたようだ…」
 肩をすくめる俺にまた小首を傾げた彼女はそのまま俺の口に自分が舐めていたイチゴのソフトクリームを持ってきて、俺は少し照れながらもティアに微笑んでそれを一口舐めた。
 イチゴのソフトクリームはとても甘かった。



【七夕祭り】


「ねえねえ、スラッシュ」
 わた飴の屋台の隣でルキスのカキ氷を狙うカルンを微笑ましく想いながら眺めていると、おもむろにティアが俺に声をかけてきた。
「………ん…何だ?」
「スラッシュなら、この平成京でやってる七夕祭りの由来なんかを知っていたりする?」
 何を言い出すかと思えば・・・。
 わた飴を食べながら小首を傾げるティアに俺はふと笑った。
「……カルンがそう…言っていたのか…?」
 その言葉に彼女は微苦笑を浮かべる。
「あら、私が疑問に想ったとかとは想ってはくれないわけ?」
 落ち着いた濃いピンクがベースの薄紫と薄ピンクの花弁の水仙柄の浴衣を着たティアの体はほっそりとしていてとても美しく、また長い髪も後ろでアップして、前髪もヘアピンでとめている彼女はどこか歳相応に落ち着いた大人の女性に見えてひどく艶っぽく見えるものだが、そう言う彼女がその美貌に浮かべた表情はやはりいつものどこか悪戯っぽい仔猫のような表情で、そして俺はなぜか彼女のその表情に安堵を覚えた。
 ――――ひょっとしたら浴衣を着てしゃんとしたティアに俺は知らず知らずに緊張して、ちょっと彼女が自分から離れてしまったようで嫉妬に近い焦りを感じていたのかもしれない。
 俺は拗ねた仔猫に機嫌を直してもらうために宇治金時をその口の前に持っていった。ティアは幼い子どものようにそれをぱくりと口に頬張る。
「………ティアの頭の中は…浴衣、それに願い事でいっぱい…だろう?」
「あら、でもそれはカルンだって同じだわ」
「…確かにカルン…も、それは同じ…だろうが……でも彼女にはまだ容量がある。あの娘は…無邪気…だよ………無邪気…だから…そういう事に気がつく。邪気が無い分…純粋に…事が見られたり…感じたり…できるんだ…」
 ティアは苦笑いを浮かべる。
「無邪気、無邪気、ってそんな連発したらカルンが気の毒だわ。それってまだまだ子どもだって言ってるようなモノですもの」
 俺は首を横に振った。
「…無邪気…は、確かに子どもの特徴かも…しれん…が、しかし子どもですら真に無邪気…かと言えば、そういうわけでも…ない。子どもはある程度、は…やはり、計算して…事を扱…う。でも、カルンは…そういうのが、無い…。純粋なんだ……彼女、は。純粋だから、こそ…無邪気。そして混じり気の無い剣、が折れ易い…ように…カルンも純粋だからこそ…脆い部分もある………。やはり、彼女には…ルキスが必要、だ」
 そう、彼女には彼女を真に理解してやれるルキスが必要だし、そしてルキスにもカルンが必要なのだ。
 ――――多分ティアは俺でなくとも、幸せになれる。
 だが俺は気づいてしまった。
 俺はもうティアでなければ幸せにはなれないと。



 そう、月が輝いていられるのは、太陽があるからだから。



 そしてそれはルキスも一緒。
 真昼の空に、
 あの蒼い空にある太陽に寄り添うようにしてある真昼の白い月。
 その真昼の白い月がそこにあるのは太陽を見守るために。
 月に見守られているから太陽は輝けるのだ。
 そしてそのお礼に太陽は月を輝かせる。
 お互いがお互いに与える影響力。安心感。シンパシー。
 あの二人は結局は二人だからこそ、あの蒼い空を渡る雲のように旅をできるのだろう。
 そう、ルキスの母が二人を太陽と月と例えるのであるならば、
 俺は、
 ルキスを風と呼ぼう。
 ―――――風は時に命を運び、風は声を届け、風は癒し、風は時にはすべてを破壊する。
 それはルキスが内面に抱くモノを象徴している。
 カルンは雲と呼ぼう。
 ―――――風のままにあのどこまでも広く蒼い空を悠然と流れる雲。
 自由で気ままな雲。
 何モノにも囚われないそれは時には強すぎる光を遮り、そこにあるモノを守ってくれるし、
 雨も降らせる。
 ルキスとカルンとはそういう風なのだ。
 それを想う俺の横でティアはくすりと笑って呟いた。
「背が高くって、かっこよくって、優しくって、あなたの事を第一に考えてくれていて、それだけ当てはまっているんだから口五月蝿いのぐらいはがまんしないとね、カルン」
 俺は小さく肩をすくめた。
 そしてその俺にティアが悪戯っ子の笑みを浮かべて嬉しそうに言う。
「ねえ、スラッシュ。ここはあの子たちをくっつけるために私達は一端二人から離れましょう。せっかくの良い雰囲気なのだから、それが二人が互いの想いに気がつく切欠になるように」
「…うむ、そうだな」
「ええ、そうしましょう。そうしましょう。どうせ短冊を結ぶ竹の下で会えるんだから」
 そして俺たちは手を握りあって、そのまま周りの人込みに二人して入り込む。
 なんだかそんな感覚にとてもドキドキとしてしまった。
 もちろんこれはルキスとカルンのためなんだが、ティアと二人でこういうのも悪くは無いと想ってしまった。
 そして人込みを抜けると、そこにあったの大きなプールだった。
 水風船の屋台だ。
 久方ぶりに見る水風船に懐かしさを感じる俺だが、隣で漏らされた感想は正反対のモノであった。
「何、これ?」
 小首を傾げたティア。
 俺はこくりと頷く。どうやらティアは水風船を見るのは初めてのようだ。
「…水風船…と、言う物だ………」
「水風船?」
 小首を傾げたティアは周りの子どもらに視線を向けて、そして赤い瞳をそれこそそこらの子どものように大きく見開いて、感動したような声をあげた。
「すごい。なんかヨーヨーみたいね」
「あー、ゴムの弾力を利用して遊ぶのさ」
「ゴムってあの風船の?」
 ……説明するよりも実物に触れさせてあげた方が良いだろう。俺はティアに少し待っていてと笑いかけるとプールの横に置かれた椅子に座る女性に百園を払い、水風船釣りに挑戦する。
 水風船が浮かぶプールの前にしゃがんだ俺の隣にティアもちょこんと並んでしゃがんで、そんな彼女に屋台の女性は微笑ましそうに微笑んだ。
「……ティアは、どれが…いい?」
「これがいいわ、スラッシュ」
「……わかった…」
 ティアが選んだのは蒼い色の水風船で太陽のように空に咲く花…花火の絵柄がある水風船であった。
 俺はじぃっとなぜか釣られる水風船でも、水風船を釣ろうとする針金でもなく、俺の横顔を見つめるティアの視線を感じながらもそれに気付かないふりをして、水風船を釣り上げるのに集中した。
 久々の水風船釣りは楽しく、なんだか童心に返るようであった。
 ちょっとしたブランクはあるのだが、しかしここは水風船釣りの鬼として知られた俺故にさしたる苦労も無く俺はティアに強請られた水風船を釣り上げるのに成功した。
 嬉しそうにティアはぱちぱちと手を叩いた。
「…ティア、欲しがって…いた、水風船…だ」
「ええ、ありがとう。スラッシュ。ああ、でもこれってどうやって遊ぶの?」
 ティアの右手を取って、右手の中指に水風船に繋がったゴム紐の先のわっかをはめるのだが、なぜかその時にティアがほんのりと頬を赤くしたのはなぜであろうか?
「……聞いて、いるか、ティア………?」
 水風船の遊び方を言っていたのだが、彼女は本当に聞いていたのであろうか?
「え、あ、はい。聞いているわ、スラッシュ。こうすればいいのよね」
 慌ててそう言うティア。
 何やら先ほどから挙動不審であるが大丈夫であろうか?
 しかし説明を聞くには聞いていたようで、ティアはとても上手く水風船で遊び出した。
 でもちょっときゃっきゃっとはしゃぎながら水風船で遊ぶ彼女ははしゃぎすぎだ。それではそのうちに水風船を………


 ぱぁん!!!!


 割ってしまう、ぞ、と忠告しようとした瞬間にそう景気のいい音がした。
 ティアが幼い子どもみたいにきゃっきゃっと喜びながら遊んでいた水風船のゴムはしかしその酷使に耐え切れずに千切れて、水風船は地面にぶつかって割れてしまったのだ。
 そして本当にそれこそ幼い子どもみたいに地面に張りついた水風船の残骸を呆然と…しかも瞳に涙を滲ませて眺めるティアがかわいくって俺はつい、
「ぷぅ」
 と、吹き出してしまった。
「スラッシュ?」
 笑いを堪える俺に彼女は目を半眼にする。
「え〜っと、笑いたかったら声を出して笑ってもいいわよ?」
 拗ねたような声を出す彼女。
「…すまん、ティア。だが…なんだかとてもティアが……かわいかったんで、つい、な……」
 俺は想った事を言って、ティアは赤面してふーんとそっぽを向く。
「やだ、スラッシュったら。かわいいって言うか、ドジって言いたいんでしょう」
 ちらりと俺を横目で見る彼女に俺は彼女の十八番の悪戯っぽい笑みを浮かべて見せる。
「ん? ああ、……そうとも…言うかも、な」
「そうとしか言いません!」
 そして笑う彼女。
「本当にもうやだ、スラッシュったら」
 そんな表情の豊かなティアにつられるように俺も笑みを零したのはやはりティアが心のパレットなのだからだろう、俺の。



 +


 次にティアが興味を持ったのは射的であった。
 竹で出来た拳銃で、スポンジ弾を打ち出して、的を倒すというやつだ。
「ねえ、見てスラッシュ。とても面白そうじゃない。私やってみようかな?」
「…大丈夫、か、ティア? 銃は専門外…じゃないのか?」
「あら、失礼ね、スラッシュ。こう見えても銃の手ほどきだって受けているのよ。まあ、任せてよ。ねえ、どれが欲しい?」
 ティアは俺にウインクする。
 腕組みしながら景品を眺めていた俺はちょっと意地の悪い笑みを浮かべながらうまのぬいぐるみを指差した。そのうまのぬいぐるみが一番取りやすいポイントに置かれた的の景品だからだ。
 そんな俺にティアはふっと黄昏たような表情を浮かべてため息を吐いた。
「やれやれ、どうやら相当に私の銃の腕を軽んじられているようね。OK。だったら、一番難しい52番の的を倒してあげるわ」
 浴衣の袖を捲り上げて、両手で竹の銃のグリップを握り締めて、銃口を的に照準する。そしてそのままトリガー。
「ヒット♪」
 しかし……
「んな?」
 ティアは唖然としたようだった。なぜなら確かにスポンジ弾はここから一番難しい角度にある52番の的に当たったのに、しかし的は倒れないのだから。
 もちろん、ティアは屋台の店主に文句を言う。
「ちょっと、おじさん。あれ、なに? 詐欺じゃない、しっかりと弾は的に当たっているのに、的が倒れないなんて。まさか的が接着してあるんじゃないでしょうね?」
「まさか。そんな事をするわけないじゃないか」
 射的屋の店主は肩をすくめる。
「ああ、ただこっちも商売なんで難易度が高い的は景品もそれなりにいいって事はつまりそうは簡単には倒れないようにしてあるという事だよね」
「な、ななぁ」
 ティアは唖然としたようだ。悪びれも無くそんな詐欺紛いな事を平然と言ってのけるこの店主に。
 しかし向こうも商売。それは致し方の無い事なのであろう。でもまたそこを倒してみせるのも客の一興と言えば一興だ。
 俺は素早くティアが撃った時の銃口の角度と、今ずれている的の角度からスポンジ弾の威力を割り出し、それを下にどのポイントに弾を命中させればいいのかを計算する。
「……右、角を…狙えるか、ティア?」
 どうやら同じ事を考えていたらしいティアは俺に頷いた。
「…弾は、残り4発…それだけ……あれば…充分だ…すべて計算できている…ティアは俺が言う場所にあてればいい……」
「ええ、わかったわ、スラッシュ」
 頷いたティアは言われた場所に銃口をスライドさせて、そしてトリガー。
 2発目、もちろん命中。
「当然♪」
「…うむ、次は…あそこ、だ、ティア」
「ええ」
 そして次々にティアは言う場所にスポンジ弾を命中させた。残り一発。そして誰の目で見てもその的はあと少しで倒れるのがわかった。
「…最後の、1発の撃つ場所は、わかる、な…?」
「ええ、わかるわ」
 ティアはこくりと頷き、そこに銃口を照準して、
 そしてトリガーを引こうとしたのだけど、
 しかしティアはトリガーを引くほんの少し前に銃口をずらしてしまった。
 それたスポンジ弾は違う的を押し倒して、棚から転がり落ちた。
「はい、残念だったね、お嬢さん♪」
 射的屋の店主はとても小気味良さげな声を出した。当たり前だ。あと少しでこの射的屋一晩の売り上げを遥かに越える値段の景品がティアによって取られるところだったのだから。
 ティアは射的屋の店主が渡してきたゴーヤを受け取りながら傍らに立つ俺の顔を盗み見た。その目はどこか悪戯が見つかって親の前に押し出された子どもの怯えた目に似ていた。
 だから俺はティアに微笑む。今の俺の顔が優しく見えるようにと意識しながら。そう、ティアは何一つ間違った事はしていないのだから。
「…そう、気落ちする…ものでも、ない。ティア、おまえ…はあの、蝶を守った…のだから」
 そして俺は視線を52番の的の角にとまる蒼銀色の蝶に移した。
 蒼月蝶、ここソーンにおいて月の眷属の蝶と呼ばれるとても珍しく綺麗な蝶だ。
 ティアはこの蝶を守るために銃口をずらした。たとえスポンジ弾でもあたれば蝶には致命的だからだ。
 だがモノとはその人間の価値観でどうとでも扱いは変わる。
 ティアが己のプライドを捨てて守った命を、店主は何の躊躇いも無く摘まんと蝶に向って手をあげる。
 しかしそうはさせない。
 俺は隣の子どもが持っていた割り箸で作った拳銃を失敬すると、
 何の躊躇いも無く、その割り箸で作った拳銃に輪ゴムを装填し、
 その銃口を店主の手に照準し、
 トリガーを引いた。もちろん、輪ゴムは店主の手に直撃だ。
 そして俺は口を開く。低く一定のトーンの声で。おどしをこめて。
「………あんたが…その羽根を休めている蝶を…手で追い払った瞬間に…今度は俺が…この射的に挑戦する…」
 そう言った瞬間に射的屋の店主は顔を真っ青にした。
 この射的屋はひとり一回しかゲームに参加してはいけない事になっている。つまりもうティアはこの射的に参加できないが、でも俺ならば挑戦できて、そしてそうなれば簡単に52番の的を倒せる事は既に今の射撃スキルで証明済みだから。
「……どうする?………」
 店主がこくこくと頷いたので、俺は割り箸の拳銃を持ち主の子どもに返した。
 強い男には無条件で心を開くのは男の子の性なのか、その子どもはすると俺に自らその蝶が自分から飛ぶまで、蝶を苛めないように店主を見張っておく役を申し出て、その時は大声で呼ぶから、どうか俺達に遊びに行って来いと言ってくれた。
 俺とティアは見合わせた顔に微苦笑を浮かべあって、
「この子がそう言ってくれている事だから、お言葉に甘えましょうか、スラッシュ?」
「…そう、だな。…では、後は頼んだ…ぞ」
「はい」
 元気に頷いた男の子の頭を撫でて次の屋台に遊びに行く事にした。
 胸にとても暖かいモノを抱きながら。



 +


 ティアに連れられていったのは金魚という小さな魚をすくうゲームをする屋台で、それをまったく知らない俺に、
「じゃあ、私がスラッシュに金魚すくいのやり方をしっかりとご教授してあげるわ」
 ティアは得意げにすくい網をふって言う。
 そしてプールの前にしゃがみこむ俺。後ろからティアが俺の手に手を重ねる。
 首筋をくすぐるティアの髪と、
 すぐそこで聴こえるティアの浴衣の衣擦れの音、
 鼻腔をくすぐるほのかな香水の香りに俺の心臓は高鳴り、
「ほら、スラッシュ。今よ」
 と、言われた瞬間につい条件反射のような無意識な動きですくった黒の出目金をゲットすることができた。
「おっ、すごいな兄ちゃん。その黒の出目金はずっと皆が狙っていた奴なんだが、誰もすくう事ができなかった奴なんだぜ。てっきりと最後まで居残るもんだとおもっていたんだがな」
「あら、だって先生がいいですもの」
 ティアがくすりと笑って言う。
「ね、スラッシュ」
「…あ、ああ……」
 偶然とはもはや言えなくなった。
「じゃあ、次行きましょうか、スラッシュ」
 と、言われても、緊張してまったく話を聞いていなかったので俺は困ってしまう。
 が、ちょうどそこに仲良さげにしゃべりながら歩くルキスとカルン。俺は心のうちで安堵のため息を吐く。
「…残念だが、金魚すくいは…ここまでだ……」
 俺はティアに二人を指差してみせる。
「あら、あの子たちあんなところに。それになんかすごくいい雰囲気ね。邪魔しちゃったら悪いみたいじゃない?」
 肩をすくめる俺。
「……そうかも…しれないが、でもこのまま別行動というわけにも…いかんよ」
 そして俺たちは合流した。



 +


「あ、ルキス出目金!!!」
「カル出目金!!!」
「「・・・」」
 カルンとルキスは互いに互いの名前を出目金の前にくっつけて、俺の持つ出目金を呼んだ。俺は想わず自分の手に持つビニール袋の中の出目金を見つめてしまった。
 そして視線をお互いの顔を睨み合うカルンとルキスに向けて俺は口元を緩めてしまう。
 ―――まさか俺がこういう表情を浮かべるようになるとはな。
「カル出目金」
 ―――からかうように言うルキスに、
「ルキス出目金」
 ―――ムキになって言うカルン。
 本当にいいコンビだと想う。この二人を見ていると、まだまだこの世も捨てたものではないと思えるし、何かを信じたくなるし、だからこの二人には幸せになってもらいたいと想う。
 そしてそう想うのは彼女に対しても一緒。
 俺と同じように二人をとても微笑ましそうに見つめるティアにもまた俺は幸せになってもらいたいと心からそう想う。
 ―――そんな事を想いながら俺は口元に軽く握った拳をあててくすくすと笑うティアと顔を合わせて微笑むのだ。胸にとても暖かなモノを抱いて。
「でもスラッシュ兄さま、よく取れましたよね、ルキス出目金。その子、ルキスそっくりで器用にすくい網を避けてばかりいたのに」
「そうそう。カルなんて2本もすくい網をダメにされたのにね、カル出目金に」
 不思議そうに小首を傾げるカルン。意地悪に言うルキス。そして頬を膨らませるカルン。そんなカルンに俺は自分が持つ出目金が入った袋を渡す。そして率直な意見を言うのだ。自分の金魚すくい初デビューを思い出しながら。
「………そうなの、か? …俺の時には、簡単にすくえたが? …なあ、………ティア…」
 寧ろ自分から網に乗っかってきたような。
「そうそう。スラッシュったら金魚すくいが初めてなのに、この出目金はすんなりと取れたのよ?」
 笑うティアに、苦笑しながら俺は肩をすくめる。
 そしてカルンは仔犬がじゃれつくようにそんな俺に言う。
「それよりもスラッシュ兄さま、このルキス出目金、もらってもいいんですか?」
「……ああ、その…出目金も一匹でいるよりも………仲間と一緒に居た方が…いいだろうから…な」



 そう、心の奥底から俺はそう想う。
 ―――――だから俺の願いは・・・・



 このまま共に歩み続けられるように・・・・



 そう、かつて俺がいたゆっくりと砂に埋もれていく世界。
 最初こそはすべてに絶望していた俺も、そこで暮す人々の生きる姿に、
 出会ったドラゴンスレイヤーの男達に託されたモノに、
 生きる意味を知った。
 そして俺はここソーンでも多くの大切な人たちと出会い、
 今を共に歩く人たちがいる。
 それはカルンであったりルキスであったり、



 そして俺に光をあてて、
 俺を輝かせてくれるティアであったり、
 そう、ティア。
 彼女は俺を見つけてくれて、
 俺のスラッシュという名を呼んでくれて、
 俺にティアリスという名前を呼ばせてくれたから、
 だから・・・



 俺が短冊に書くのは、
 願いではなく、
 決意。


 このまま共に歩み続けられるように・・・・



 ――――それは短冊に願いを込めて書くという事で胸に秘めた決意の言葉。
 今在る世界や時、幸福とも辛苦とも共に歩み続ける決意。



 そんな想いを胸に抱きながら俺はそこにある風景を眺めるのだ。
「わぁー、よかったね、ルキス出目金」
 出目金が泳ぐ袋を顔の前に持ってきて、その中を泳ぐ出目金に語りかけるカルン。そしたらその袋の向こうでルキスは、
「よかったね、カル出目金」
 などとまだ言うのだ。
 だからカルンだって負けてはおらずに、
「ルキス出目金!!!」
 と、言って頬を膨らませる。
 ビニール袋を挟んで睨みあって、笑いあうルキスとカルン。
 その光景はとても優しくってどこか懐かしく尊いモノが詰まったモノ。
「カル、笑いすぎ」
 ぽんとカルの頭の上に置かれるルキスの手。その感触がとても嬉しいようにまた今までとは違った笑みを浮かべるカルン。その笑みを見て幸せそうな顔をするルキス。
 それをとても微笑ましそうに………そう、優しい慈母が自分の腕の中の赤子を見つめる時かのようなそんな優しくそしてはっとするぐらいに綺麗な顔をして眺めるティア。



 そう、俺はこの風景の中にいつまでも自分がいる事を望むのだ。




【ラスト】


「うわ、すごい綺麗。だけど煙たい」
 迸る火の花に歓声をあげるカルン。
 そんな彼女の手をルキスは掴んで引っ張る。
「カル、こっち。風の吹く方向とは逆の方に立てばいいんだよ」
「うん」
 ヤナギや噴水といった地面に立てた筒型の花火を楽しむカルンとルキスたちから少し離れた場所で俺とティアは線香花火を楽しんでいた。
 こう言ってはなんだが俺はてっきりティアも派でな筒型の花火をやるものだと思い込んでいたのだが、意外なことに彼女が好んだのは線香花火であった。
 一見地味な小さな火の花。
 その花をとても愛おしげに見つめるティアは頬にかかる髪を耳の後ろに流しながらその火の花を消してしまわないようにするようにそっと静かな声を出した。
「本当に綺麗よね、花火。打ち上げ花火もそりゃあいいでしょうけど、でもやっぱり私は線香花火の方が好きかな?」
「そう…だな。風情はこちらの方が…ある、か」
 こくりと頷いて言った俺の言葉にティアさんも嬉しそうに頷いた。
 そしてティアはカルンに声をかける。
「ねえ、カルン。カルンも一緒に線香花火をやらない?」
 その言葉にカルンは頷いてティアの横にしゃがみこんで線香花火を手に取る。
 短冊に願いを込めて、それを竹に結わった俺たちは平成京主催の大花火大会が始まるまでのしばしの間、その時間をルキスとカルンが大量に仕入れてきた花火で俺たちは楽しんでいる。
 ティアとカルンは線香花火をやり、その二人を俺とルキスは見守るように眺める。
 俺たち二人に見守られるティアとカルンは線香花火のジンクスについて語る。
「ねえ、カルン、知ってる。願い事をしながら線香花火を最後まで落とさずにやり切ると、その願い事が叶うっていうジンクス」
「え、そんなのがあるんですか?」
 カルンの楽しそうな声。
「わー、やってみようかなぁ?」
「ん、でも落ち着きの無いカルに最後まで線香花火をやり切れるかな?」
 もちろん、頬を膨らませるカルン。ころころと変わる表情を楽しむようにルキスはふふんと笑いながら肩をすくめる。
「もう、こら、喧嘩しないの、二人とも」
 そんな二人を楽しそうに笑いながら嗜めるティア。
 周りでルキスやカルンが配った花火で遊ぶ人々が奏でる火の花が咲き綻ぶ音色を聴きながら眺めるそんな三人がいる光景は本当にとても大切なモノに俺には想えた。
 そして俺は線香花火のじじぃっていう音をあげながら咲く火の花を見つめながら、静かに静かに語る。
「………願い事は強く思えば叶う…さ。…強く願う心、が…それを引き寄せるのだ。………ジンクスなどもそう。それ自体が力を持つのでは、ない。それを信じる人の心が……願いを叶える、んだろうな………この線香花火のジンクスのように………七夕の短冊のようにな………」
 そんな俺の言葉にカルンは何かを思い出したように小さく「あっ」と声をあげて小首を傾げる。
「そういえば今の今まで忘れていましたけど、本当に七夕の由来って、何なんでしょうね、ティア姉さま」
 そう言ったカルンにティアは胸の前で両手を合わせて謝罪の言葉を述べる。俺は苦笑い。
「え〜っと、ごめんね、カルン。私はさっき、スラッシュに七夕の由来を聞いてしまったの」
「え〜〜〜、それはずるいです、ティア姉さま」
「ごめんなさい」
 と言ってもそれらはただ言ってるだけ。
 カルンとティアはくすくすと笑いあい、
 そしてルキスとカルンは俺を見る。
 目は口より物を言う、俺は苦笑しながら頷き、そして口を開いた。カルンとルキスが望む物語を語るために。



 夜空に輝く天の川のほとりに住む美しき天女 織女と天の川の西に暮らす牽牛は結婚した。
 だが二人は愛しあうばかりに離れる事ができなくなり、織女は機織をすっかりとやめてしまった。
 天帝はそんな織女に怒り、二人を引き裂くのだが、それでも二人に情けをかけた。もしも二人が真面目に働くのなら、それなら一年に一度、七月七日に二人を逢わせてあげよう、と。
 それからは織女と牽牛はその日を指折り数え、日々を一生懸命に働くようになった。
 七月七日、それは離れ離れになった織女と牽牛が一年に一度天の川を越えて出会える日。



「それが七夕…」
 カルンは夜空を見上げる。
 深い深い藍色の夜空に散りばめられた星の川。天の川を。
 一年に一度しか出会えない織女と牽牛が一年に一度の逢瀬を楽しんでいるのであろう空を。
 その彼女の横顔は普段の彼女が浮かべる天真爛漫な表情とは違って見えた。
 18という年頃に相応しいはっとするぐらいに美しい少女と大人の境界線に立つ女の子が浮かべることのできるそんな特別な表情を浮かべるカルン。
 その横に立つルキスもどうやらそれに気づいているようで、だけどどうやらまだ彼は彼自身がその胸に抱く感情に…ずっと抱いてきた感情に気がついていないようで。
 だから………
「わぁーーーーーーーー」
 カルンはいきなり大声を出し、
「どうしたのよ、カルン?」
「………何か、あったのか、………カルン?」
「どうした、カル?」
「わぁー、あー、えっと、林檎飴が食べたい」
「はい?」
「とにかく林檎飴が食べたいの!!!」
「しょうがないな。じゃあ、僕が買ってくるからカルはここで待っていて」
「あ〜、えっと、いや、いいです。自分で自分の好きな林檎飴を買いたいので。では!」
 と、カルンをルキスはひとりで行かせてしまう。
 七夕の話を聞いて彼女が抱いた想いに気づけずに。
 きっとルキスが抱くのは茫洋な想い。
 ――――今はまだそれに気づけない彼もやがてそれに気付き、その茫洋な想いを確固たる想いに変えるはず。
 ならば俺はそのための切欠を与えようと想う。
 良い話は・・・
 七夕の話にはまだ続きがあるから。
「………なあ、ルキス…」
「はい?」
「…もしも雨が降ったら…そしたら…天の川はどうなると、想う?」
 突然の俺のその質問にルキスは眉寝を寄せながらも答える。
「水かさが増えるのでしょうか?」
「…そうだな………」
 ルキスは空を見上げる。
 彼はその空に何を見るのだろうか?
 カルンが見たモノを彼も見られるであろうか?
 それを願い、俺は空の恋人たちの話をする。
「………出逢えるよ、二人は、雨が降っても……」
「え?」
「織女と牽牛は、雨が降っても逢えるのよ、ルキス。雨で水かさが増しても。雨が降ればつれない船人はたとえ上弦の月がかかっていても織女を牽牛の待つ向こう岸に連れて行ってはくれない。でも、その時はどこからともなく飛んできたかささぎの群れが翼と翼を広げて橋となってくれて、二人を逢わせてくれるんだって。よかったね」
 ティアが語った話は真実。
 雨が降っても二人は出逢える。
 その事を誰よりも欲していたのは、願っていたのは誰だかわかるだろう、ルキス?
「…カルン、に聞かせて、やらなくっちゃな………」
「そうね。早くカルンに教えてあげなくっちゃ。あの娘、きっとものすごく喜ぶわ」
 そしてティアはそっとルキスの背を押した。
 そうしてルキスは、
「えっと、カルってば迷子になってそうなので、ちょっと迎えに行ってきますね」
 と言って、走り出す。
 その背を見えなくなるまで見送って、
 そしてその背が完全に視界から消えると、
 俺とティアは顔を見合わせあって、
 くすくすと笑いあった。
「……ご苦労様、ティア…」
「ええ、スラッシュもね。本当に傍から見れば相思相愛のカップルなのに本人たちはまったくもって無自覚で、ほんとに世話のかかる子たちだわ」
 俺は肩をすくめる。
 ――――――――――おそらくは向こうも同じ事を想っているのだろうな。だから昼間、こちらにあんな話をふってきた。



 だけどこちらはルキスやカルンのような単純な図式ではない。
 ――――お互いの想いに気づけばそれで先に進めるようなそんな関係ではないのだ。
 過去の傷や抱えるモノの大きさに重さ。
 それを互いに見せ合うには、勇気がいるし、
 それを相手に背負わせるには多大な覚悟がいる。
 求めるからこそ、
 望むからこそ、
 離れなければならないと想う恋もあるのだ、大人には。
 相手を心から想い、好きだからこそ、離れなければならない事も。



 辛い訳でもない。
 苦しい訳でもない。
 ただ好きだからこそ・・・。



 でもそれでも盲目のモグラならば、
 暗い地中を這い上がって日の当たる場所に出たモグラならば、
 明るい太陽の陽射しに照らされて、
 その温もりに癒されて、
 その先を望むのだろう。
 たとえその身を明るすぎる太陽の陽射しに焼かれようが・・・。


 誰か・・・
 そう叫び続けた俺の声を聞いてくれて、
 俺の名を呼んで、
 ティアリス・ガイラストという名前を呼ばせてくれた君に、
 俺は愚かにもまだ救いを求めていて、
 それに多くの喜びと、
 そして少しの不安と罪悪感を抱きながら、
 その明かりが当たる場所にいるのだ。


 ティアリス、君は俺の大切な居場所・・・陽だまり。



「会えたかな、あの二人」
「……会えた…さ…。ルキスが見つけて…いるよ…」
 俺がそう言うとティアはどこか泣き出す寸前のような表情をして俺を見た。
「どうして?」
 そして俺は一拍置いて、言葉を紡ぐ。
 あの日の事を…
 俺とティアが初めて出逢ったあの日の夜の事を思い出して……。
「…心が、呼び合う…から………」
「スラッシュ…」
 ティアは幼い子どものように俺の浴衣を小さな手できゅっと掴んだ。
 その手に俺は自分の手を重ねた。
 ティアの手が震える。
 俺はぎゅっと手に力を込める。
 その見詰め合う俺たちの視線の真ん中をいく一匹の蝶。
「蝶だわ、スラッシュ」
「ああ…」
 蒼銀色の蝶が飛んでいく。
 ひらひらとひらひらと飛ぶそれは・・・
「これは歌?」
「…カルンの、歌だ……」
 カルンの歌を運んできた。



 ひとつめの願いは、夢
 大切な人との想い描く未来の光景
 ふたつめの願いは、祈り
 大切な人たちが、今を無事に平穏に居る事。二人一緒に夜空を見上げ、深海に降る雪かのようなマリンスノーのような星空を見上げているように
 同じ時を、同じ事をして、同じ想いを描きたい
 みつめの願いは、繋がり
 繋がりの糸が断ち切れることなく二人を繋いでくれているように
 遠く離れたとしても、それでもその糸を手繰り寄せて、二人出逢えるように
 石に別れつ水の流れがでもやがてまたひとつになるように
 いつまでも同じ時を、同じ場所で
 願い・・・
 風に舞って、あがれ
 天の川に
 そこで出逢う二人のように幸せな想いに包まれて
 その想いにいつか叶うように




 そして俺はティアと手を繋ぐ。
 カルンの歌を聞きながら。
 手にティアの温もりを感じながら見上げた夜空に大輪の火の花が咲き綻んだ。
「綺麗だね、スラッシュ」
 呼ばれた名前、
「そうだな、ティア」
 呼んだ名前。
 考えるのは今はよそう。
 いずれ答えを出させねばいけないのであれば、
 考えるのはその時でいい。
 だから今はただ隣にあるティアの温もりを感じて、
 彼女に名前を呼ばれて、
 彼女の名前を呼んで、
 このまま共に歩み続けられるように。
 その日が来るまで。
「スラッシュ」
 君がそうやって俺の名を呼んでくれるなら、俺はそこにいることができるから。
「ティア」
 君がそうやって俺に名を呼ばせてくれるのなら、俺は君の手を繋ぎとめる事ができるから。
 願わくはただこうやって共にどこまでも歩み続けられるように。
 ティアリス・ガイラスト、と。
 


 ― fin ―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】



【 1805 / スラッシュ / 男性 / 20歳 / 探索士 】



【 1962 / ティアリス・ガイラスト / 女性 / 23歳 / 王女兼剣士 】



【 1952 / ルキス・トゥーラ / 男性 / 18歳 / 旅人 】 



【 1948 / カルン・タラーニ / 女性 / 18歳 / 旅人 】




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■         ライター通信          ■
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こんにちは、スラッシュさま。いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


えっと、今回は長らくお待たせしてしまってすみませんでした。
お待たせしてしまった分、スラッシュPLさまにお気に召していただける作品に仕上がっていたらなー、と想っております。
とは言え、ちとライターが先走りの感もありますでしょうか?
だいぶスラッシュさんとティアリスさんの仲が進んでしまった感がありますが、
そこら辺も気に入っていただけて、これを機にお二人の仲が進んだらなーと想ってしまいます。^^


今回のノベルで楽しみだったのは皆様がどのような願いをお書きになるのか?
だったのですが、スラッシュさんの願いには色々と考えさせられました。
そして僕が想った事もまた過去に書かせていただいたシチュエーションノベルのお話を絡めて、
書かせていただきました。
そうですね。共に歩み続けられる事、そういうのは本当に大切で、
そう決心する事もまた大変に覚悟がいる事だと想います。
でもスラッシュさんが共に歩みたいと願う人ならば、きっとスラッシュさんのスピードで歩いてくれて、自分のスピードも同じくらいに大事にしてくれて、
そっと手を差し出してくれるでしょうね。疲れた時、立ち止まった時、迷った時には。
だからこそ本当にどこまでも歩いていけると、一緒に。
そしてそう想える人だからこそ、それを願い、覚悟したいと想うのでしょうし。^^
本当に素敵なプレイングをありがとうございました。^^



それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
本当に今回もありがとうございました。
失礼します。