<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『涼やかなる笹の音色に運ばれる願い』

「何を泣いているの?」
 ――――もうひとりの私。
「冷たい雨に濡れているから」
 やまない雨は無い。
 どんなに暗い夜にだって空を見上げればそこには月がある。
 ねえ、知ってる?
 わかってる?
 この世には本当の暗闇なんて無い、って。


「手がどうかしたの?」
「いくら洗っても落ちないの」
 そうね。私は大切な人を殺した。
 忘れられぬこの手に残る感触。
 洗っても落ちない手を染めるクロノの赤。


「苦しいのォ。痛いのォ、心がァッ」
「ええ、わかってるわ。だけどねえ、気付かない?」
 それは絶対零度の氷の鎖となって私の心を縛るのだけど、
 身動きできない私はどろりとした暗い絶望の闇にじくじくと落ちていくのだけど、
 だけどその暗闇の中の私を優しい月が照らしてくれる。


 暗い闇の中、私は泣いていた。
 だけどその私を照らしてくれる月の光。
 だから私は闇の中で抱えた両膝に顔を埋めながら泣いている弱い私に語りかけるのだ。



「ねえ、顔をあげて」と。



 そして私は泣いている彼女の頬に手で触れて、伝える。



「もっと強くなりな」と。その先には月が照らしてくれる私の道があるから。
 そう、思い描く月……スラッシュとの幸せな未来予想図へと続く………。


 もう、独りで泣かなくってもいいんだよ、ティアリス。とても優しい人に貴女は出会えたのだから。




【オープニング】



 テーブルを囲んで次に行く冒険の行き先の打ち合わせをしていると、そこにエスメラルダがやってきた。
「ねえねえ、あなたたち、もしもまだ次の冒険の行き先が決まっていないのなら、あたしのお願いを聞いてくださらない?」
 長い髪を掻きあげながら小さく傾げた顔に甘やかな微笑を浮かべた彼女は、小鳥が囀るように嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「あのね、今度の7月7日にここより東に行った『平成京』という街で七夕という星祭りが行われるの。その七夕のイベントの一つに願いをこめた短冊を竹に結ぶというのがあって、それでその願いを書いた短冊をあたしの代わりにあなたたちに結んできてもらいたいの。頼めるかしら? ああ、それにその日は浴衣の貸し出しや、屋台もたくさん並ぶからすごく面白いと想うわよ。たまには戦いを忘れてただ遊ぶのもいいと想うけど、どうかしら?」



【女の子たちのシークレットトーク】


「平成京は此処ソーンにおいて異世界地球より来し人々が築き上げた都で御座います。
 都の真ん中を走る朱雀大路を挟み、左側を右京、右側を左京と申しまして、右京と左京は緻密な都市計画によって左右対称の造りをしております。
 一条から九条まである区画もまた町と言う単位で区切られておりまして、皆様旅行者さまはまずは五条にある西寺において割符を得てくださいませ。それとお金は園となっておりますので、そちらの方は東寺において換金をお願いいたします。以上でここ平成京の説明は終わりにいたしますが、他に何か質問はございますでしょうか?」
「「はい。はい。その綺麗な服はどこで買えるんですか???」」
 ようやく退屈な説明が終わると同時に私はカルンと一緒に手をあげた。ええ、それはもうすごい勢いで。だってずっと訊きたくってうずうずしていたのだから。
 カルンと目を見合わせ合った私はくすりとやっぱり同時に彼女と笑う。
 ここ平成京に初めてきた人が必ず訪れて名前を登録する事になっている市役所の市民課の女性にそう声を揃えて言う私とカルンに彼女は一瞬唖然としたような表情を浮かべて、次にくすりと笑うと、その綺麗な服は、浴衣、という民族衣装で、それを売っているお店とかを教えてくれた。とても楽しみだ。自分が着れるのも、可愛い妹分のカルを着付けるのも、カルと一緒にルキスのを選ぶのも………でもやっぱり最大の楽しみはスラッシュの浴衣姿を見ること。きっとスラッシュは浴衣をカッコよく着こなしてしまうに違いない。うーーーーん、早く見たい!!!!
 なーんて人がスラッシュの浴衣姿を想像して悶えていると、
「ティアさんはわかるけど、カルも服に興味なんかあるんだね。知らなかった」
 笑顔でそうさらりと言うルキス。私はちょっと呆れてしまう。可愛い服に興味の無い女の子がいるわけ無いではないか。それにカルンだってルキスのために………
 私はカルンをちらりと見る。スラッシュと同じ銀色の髪に縁取られた顔を真っ赤にしたカルンは頬を膨らませて、小鳥が囀るように口を開いた。
「ひどぉ。何よ、ルキス。私だって女の子なんだから綺麗な服には興味あるんですぅーーーだ」
 ほらみなさい、ルキス。
「へぇー、それは知らなかったよ。だったら料理の一つでもできるようにならなきゃね。後で困るのはカルなんだから。僕だっていつまでも一緒にいられる訳じゃないんだし」
 右手の人差し指を立てて生真面目な教師の顔でぐちぐちと説教を垂れ始めたルキスにわずかながらに渋い表情を浮かべてカルンは気持ち身を後ろに下がらせた。そしてぼそりと仕返しのように言う。
「相変わらずルキスったら口うるっさいよね。そんなのは後で考えますぅー」
「ん、今ぼそりと何を言ったカル?」
「いいえ、別に何も言ってませんよ」
 むぅっと眉根を寄せるルキスに、ふふんと笑うカルン。相も変らぬ二人の夫婦漫才。本当にもうこの子たちはどこまでも素でじゃれついてくれるんだから………
 ………ちょっとそんな二人を羨ましく想ってしまった私の顔はほんのりと赤くなってしまった。
 う〜〜ん、別にこういうのはいつもの事で、カルンとルキスにとっては喧嘩ですらもスキンシップみたいなものだからほかっといてもいいのだけど、でもまあ、ここは助け舟を出してあげようかな?
 そしてどうやらスラッシュも同じような事を考えていたらしく、私に視線を向けてきて、私はわかっています、と彼に頷いた。
 ――――スラッシュと同じ事を考えている自分が凄く嬉しかった。
「はいはい、二人ともそこまでね」
 私はパンパンと手を叩いた。
 そしてルキスに向ってあっかんべーをしているカルンの腕に私は自分の腕を絡めあわせて彼女を引っ張っる。
「ほらほら、カルン。あなたは私と一緒に東寺にお金を園に換金しに行くわよ。スラッシュとルキスは割符の方をお願いね」
「………ああ、わかった…そちらの方は…任せておいて………くれ…」
 そう言ったスラッシュににこりと笑って私はまだルキスにあっかんべーをするカルンを引きずって市役所を後にした。



 +


「王子様、王子様、王子様。私の王子様はどこですか?」
 私の隣を歩くカルンは胸の前で両手を組み合わせておもむろにそんな事を切なげな声で言い出した。
 思わず私は笑ってしまう。
「やだ、カルン。何よそれは?」
「ただいまの心をポエムにして吐いてみました」
「ポエムなの、それ?」
「はい、ポエムです、ティアお姉さま」
 カルンはころころとしたかわいらしい笑みを浮かべて私にそう言う。私は笑いながら肩をすくめる。
「で、カルンはどんな王子様がいいの?」
「え〜〜っとですねぇー、口五月蝿くなくってー、背、高くってー、かっこよくてー、優しくてー、私の事を第一に考えてくれる人です」
 …………ん?
 私は小首を傾げる。
 そして想った事を言ってみた。
「それってルキスの事なんじゃない?」
 と、そんな事を言ってみたら、言われたカルンは思いっきり後退った。それも思いっきり何か信じられないモノでも見るような顔をして私を見ながら。
「な、ななななななななな何を言うのですか、ティア姉さま。私が言う王子様は、口五月蝿くなくって! 背、高くって!! かっこよくって!!! 優しくって!!!! 私の事を第一に考えてくれる人です!!!!! 全然ルキスとは違います!!!!!!」
「あら、でもルキスは背高いし、カッコ良いし、優しいし、カルンの事を第一に考えてくれているじゃない」
 そう言う私にカルンは立てた右手の人差し指をリズミカルに横に振った。
「ちっちっち、口五月蝿くないというのを忘れています。これすごく重要なのです」
 ものすごく得意げに言うカルン。私は笑ってしまう。だって………
「あら、じゃあ、カルン。ルキスが背高くって、カッコ良くて、優しくって、カルンの事を第一に考えてくれているってのは認めてるわけね」
「・・・」
 右手の人差し指立てて歌うように言った私に、カルンは驚いたような顔をしながらぱくぱくと口を開閉させるが、結局は何も言えずに口を閉じた。私は唇に軽く握った拳をあててくすくすと笑ってしまう。
「さりげなくのろけてくれてありがとう。ご馳走様、カルン」
「うぅ〜、ティアお姉さまが苛めるぅ〜〜」
「でもルキスは本当にポイント高いと想うけどなー。さすがにさっきの言葉はいただけないけど、でもカルンにあの子が色々と言うのは心配してるからなんだし」
「でもやっぱり口五月蝿いです。あとケチだし」
「ケチって。もう、カルンったら」
 私達はくすくすと笑いながらようやく到着した着物屋に入った。
 ここは先ほど市民課の女性に教えてもらったお店で、若い人向けの生地をたくさん所有しているらしい。なんでもカリスマ店員とか言う人も居て、ここ平成京の若者のファッション基地でもあるそうだ。
「いらっしゃいませぇ。何をお求めですか?」
「こんにちは。えっと、浴衣を買いに来たんですけど?」
「浴衣ですか。合い分かりました。浴衣はこちらに上がっていただきまして、廊下を真っ直ぐに進んでもらった所にあります部屋に取り揃えて置いてありますので、ご案内いたします。宜しければこちらでお嬢様方にお似合いになる柄や色をお選びいたしますが、いかがいたしますか?」
「あ、いえ、自分たちで選びます」
「はい、選びます。選びます」
「それに私達の分だけではなく、私達の旦那の分もありますので」
 一度は言ってみたかったこの言葉。カルンは隣で不満そうな顔で固まったけど、私はそれをスルーして、しばし店員にいかにスラッシュがカッコ良いかを力説した。
 そうして浴衣が置いてある部屋に移動する。そこには色取り取りの浴衣が置かれていて、どこか一面色鮮やかな満開の花に覆われた花畑にいるようで、心が浮かれた。
 目はもう既にスラッシュに似合いそうな色と柄の浴衣を探している。
 それを探しながらカルンとおしゃべり。
「ティア姉さま。この柄なんてどうですか? ティア姉さまに似合うと想うんですけど」
「わ、水仙ね。うん、いいわね、ありがとう、カルン」
「いえいえ」
「私はカルンにだったら空色の生地なんて似合うと想うのだけど」
 小首を傾げながら視線を飾ってある浴衣に走らせて、色んな色の中から空色の浴衣を見つけ出して、それを手に取ると、カルンに合わせてみる。
「わ、どうですか、ティア姉さま?」
「うん、やっぱり似合ってるわ、カルン。かわいい♪」
「わわ、じゃあ、色は決まりましたから、あとは柄ですね」
「柄はそうねー、これなんかいいかも。撫子の花」
「わ、すごいかわいい浴衣です♪ ではでは、私はこれに決めますね」
 背の高い姿見の前で私が見立てた浴衣を体の前で合わせながらはしゃぐカルンの後ろ姿に私は頷いた。そして私は再び視線をはしゃぐカルンの後ろ姿から浴衣に移す。
「ええ。さてと、では私はどれにしようかな? 柄は水仙で決まりだから、あとは色なんだけど」
「色はピンクです、ティア姉さま」
「え?」
 驚く私に駆け寄ってきたカルンは拳を握って力説する。
「ティア姉さまのような可愛らしい人にはピンクが似合うのです」
 そしてすぐさま彼女は数ある浴衣の中から落ち着いた濃いピンクがベースの、薄紫と薄ピンクの花弁の水仙柄の浴衣を持ってきてくれた。
 私はそれにとても嬉しい感情を胸に抱きながらカルンが選んでくれた浴衣を体の前で合わせて彼女に小首を傾げる。
「似合う、カルン?」
「はい、凄く可愛いです」
 にこりと満面の笑みでそう言ってくれるカルンに私も微笑みながら頷いた。
「カルンは空色で撫子柄の浴衣、私は落ち着いた濃いピンクがベースの、薄紫と薄ピンクの花弁の水仙柄の浴衣。私達の浴衣は決まったわね」
「はい。着付けはまた後でこのお店に来ればやってくれるっていいますし、安心ですよね」
「ええ。じゃあ、次は旦那様たちの分ね」
「あー、わー、だ〜か〜ら〜ルキスは旦那じゃありません。そりゃあ、確かにスラッシュ兄さまはティア姉さまの旦那様かもしれませんがルキスは違います。さっきだって危うく吐血しそうになったんですから!!!」
「だって一度は言ってみたいじゃない?」
「はい、好きなだけ言ってください。でも私は違いますから」
「う〜ん、がんばるわね、カルンも」
「はい。私はありのままの私を受け止めてくれる家事のできる王子様を待ち続けます」
 力拳を握るカルンに私は苦笑いを浮かべた。ルキスも本当に可愛そうに。
 と、そんな事を想っていると、おもむろにカルンが小首を傾げて訊いてくる。
「そうそう。そう言えば前から訊こうと想っていたんですけど、ティア姉さまとスラッシュ兄さまの出会いってどんな風だったんですか?」
 ルキスのためであろう紺地に絣柄の浴衣を手に取りながらかわいい顔をしてさらりと訊いてきたカルンに私はスラッシュに似合うに違いないと想った渋い紫苑色の落ち着いた雰囲気の浴衣を手に取ったまま固まった。
 ――――――――――――――恥ずかしさに悶えて………



 スラッシュと私の出会いは………その、えっと………あの、私の逆ナンだった。
 ――――――――――と言うか、私の逆ナンという事になっている。
 だけど本当は私達は呼び合ってあそこに辿りつき、
 そして自然に二人惹かれあって、
 一夜を明かしたのだ。
 そう、傷ついた呼び合う魂と魂を重ね合わせて。



 最初に私が彼に言った言葉は、



「あら、カッコ良いお兄さん」



 ―――だった。
 だけど本当に言いたかったのは、



「そんなずっと冷たい雨に打たれているような顔をしているあなたは誰?
 大丈夫?
 私はね、ティアリス・ガイラスト、と言うの」



 ―――であった。
 そう、私には聞こえていた。ずっと。
 スラッシュが心の奥底で、誰か、誰か、誰か、って叫んでるのを。
 そしてそれは私も一緒だった。
 私もいつも心の奥底で誰か、と叫んでいた。
 前はその、誰、という部分には、クロノ、という名前があった。
 だけどクロノは私が殺してしまった。
 助けるために殺した。
 そう、助けるために………。
 最後にクロノが私に浮かべてくれた微笑みは私への免罪符。
 彼はそうする事で私を助けてくれようとした。
 だけど弱い私はそれに耐え切れずに3年の眠りにつき、
 そして目覚め彷徨いある出会いを経て強くなろうと想った。
 私が強くならねば、私のために微笑んでくれたクロノに誇れる生き方をしなければ彼は私の中に残ってはくれないと彼女と出会い、彼女を見、悟ったから。
 だけどそれでも私は弱い。
 一条の光も無い真っ暗な世界で私は歩き疲れその場に座り込んで抱え込んだ両膝に顔を埋めてずっと誰か…と呼んでいた。
 そして出会った必然。



 私はあの日、お酒を楽しく飲んでいた。
 皆と騒ぐ事で少しでも寂しさを紛らわせようとしていた。
 だけど顔で笑っていても、
 心は泣いていた。



 そこに現れたのがスラッシュだった。
 そして月のような輝きを放つ綺麗な銀髪の下にある静かな表情を浮かべた彼の顔を見て想ったんだ。



 ああ、この人も私と同じなんだ。
 前にとても大切な人を失って、
 今はだから呼べる名前が無くって、
 だから誰か、って叫んでる。
 それは私と一緒。
 ねえ、だから私はあなたを一番に理解できて、
 そしてだからあなたは私を一番に理解してくれるのであろうか、と。




 暗い夜のような闇の中で叫び続けた誰か、という呼び声。
 その声に答えるように出会えた二人の必然。
 私はね、ティアリス・ガイラスト。
 ねえ、あなたは何と言う名前なの?
 私が言い続けた、誰か、という部分を、
 あなたの名前で埋める事をあなたは許してくださいますか?
 そしてあなたは私の名前を呼んでくれますか?



「スラッシュ」
 ――――優しい朝日を浴びながら目覚めた時、スラッシュは彼の肩によりかかったままの私にそう優しい声で自分の名前を教えてくれた。
 そして言ってくれた。私がその名を呼んでいいと。
 そして訊いてくれた。私の名を、自分がそれを呼んでもいいか、と。
 その時の彼の顔を私は見たかったのだけど、残念な事に溢れ出した涙でそれは叶わなかった。



「スラッシュ」
 私はもう一度彼の名を口にする。
「ティア姉さま、どうしたんですか? スラッシュ兄さまの名前を突然に呼び出して」
「ううん、何でもないの」
「ふ〜ん、そうですか。あ、それよりもお二人の出会いはだからどうだったんですか?」
「う〜ん、内緒♪ 想い出は人に言っちゃうと減っちゃうから」
「わ、酷い」
 くすくすと笑いながら、だけど私はこれだけは彼女に教えてあげることにする。
「スラッシュはね、私の月なの。ふと空を見上げれば暗い暗いと想っていた夜の闇の中でも優しく照らしてくれている月」
 そっとそこにある温もりの灯火を消してしまわないようにするように左胸に両手を重ね合わせてそう言う私に、カルンはきょとんとした表情を浮かべる。
 ちょっと乙女モードに走りすぎたであろうか?
 と、想った次の瞬間、カルンは両手を握り締めて顔をくしゃっとさせた。
「すごい。さすがはティア姉さまです」
「え? え?? 何が???」
「あ、えっとですね、実は私とルキスをルキスのお母さんが月と太陽と言い例えていたんです。ルキスの金髪は太陽を、私の銀髪は月をイメージできるからって」
「ああ、うん」
「それで実はそれってティア姉さまとスラッシュ兄さまにも当てはまるんですよね。それに私がちょっと前に気づいて、ルキスも同意してくれて…あっーーーーー!」
「ん? どうかしたの、カルン?」
「あ、いえいえ、何でもないです。何でも。でも太陽は明るく全てを照らし、月は優しく全てを見守る、これは私の国の歌の一節なんですけど、すごくティア姉さまたちに合ってると想うんです」
「あ、うん、ありがとう、カルン」
 とても嬉しい気持ちの色に心を染めながらそう私が言うと、カルンはほんのりと頬を赤らめて呆然としていた。
「どうしたの? やっぱり何かあった?」
 さっきも何か声を出していたし。
「え、あ、いえ、何でも…はい、何でもありませんです」
 両手を前に出して振る彼女はどこか挙動不審で、そして至極可愛かった。



 +


 浴衣を買い、途中でソフトクリームを買うと、男性陣たちがいるはずの甘味屋に向った。
 傘の下に置かれた長椅子に座っているスラッシュを見つけると、視線を合わせた彼に私はにこりと微笑む。
 ――――先ほど二人の出会いを思い返したせいかなんだか妙に照れてしまった。
 それにしても………
「ねえ、スラッシュ。ルキスはどうかしたの? なんだか珍しく拗ねちゃってるみたいだけど?」
 左手に持っていた二人分の浴衣が入った紙袋をごく自然に受け取ってくれるスラッシュに私は小首を傾げた。
 スラッシュは苦笑いを浮かべた顔を横に振る。
「…少し………いじめすぎたようだ…」
 肩をすくめる彼に私はよく意味がわからなくってまた小首を傾げた。
 でもちらりと見たカルンとルキスはいたって普通にいつも通りにしゃべってはいたので、まあ取りあえずは私は安心して…というか二人の空気は妙に和やかだったので少々対抗意識を燃やしてしまって…というか、やっぱり出会いを思い返したせいで少々リミッタ―が外れかかっていて、それでちょっと大胆な行動に出てしまう。
 自分が舐めていたイチゴのソフトクリームを持って行くのだ、スラッシュの口の前に。そうしたらスラッシュは私にとても優しく微笑んでくれて、それをぺろりと舐めてくれた。
 そうやって彼と一緒に順番に舐めたイチゴのソフトクリームはとても甘かった。



【七夕祭り】


 昼間の蒸し暑い空気は空に咲いた大輪の花が枯れるが如く沈むのと同時に、まだほんの少し肌寒い夜気へと取って代わったがしかし人の多さが実際にはそれを感じさせなかった。
「本当にすごい人よね」
「本当ですよね、ティア姉さま。こんなに大勢の人の願いを叶えられるんでしょうか? え〜〜っと、七夕の神様?」
 カルンは小首を傾げる。
 多分この娘の事だから七夕の由来と言うか、短冊に書いたお願いは誰がどうして叶えてくれるのだろうかとかそういう事を考えているのだと想う。
 そう言えば私も自分自身がこの平成京で行われる七夕というお祭りの趣旨と言うか意味をまったく知らない事に気がつく。
「想えば浴衣とか、花火とか、そういう方にばかり気がいっていたからなー」
 私は少しずれた浴衣の前を丁寧に慎重な手つきで直しながら夜空を見上げた。そこにある降るような星をこの都では天の川と呼ぶらしい。
「はいよ、お嬢さん方。お待たせさん。二人ともべっぴんさんだからおまけしといたよ」
 わた飴屋のおじさんは愛想の良い笑いを浮かべながら私とカルンに特大のわた飴を差し出してくれる。
 私とカルンは顔を見合わせあってくすくすと笑いあい、そのままナンパでもしてきそうな勢いだったおじさんのしかし手にカキ氷を持ったスラッシュとルキスが私とカルンの隣に並んだのを見て残念そうな表情に変わった顔を見てまた「やだぁー」って二人で笑いあった。
「ねえねえ、スラッシュ」
「………ん…何だ?」
「スラッシュなら、この平成京でやってる七夕祭りの由来なんかを知っていたりする?」
 私がわた飴を食べながら小首を傾げるとスラッシュはふと笑った。
「……カルンがそう…言っていたのか…?」
 その言葉に私は微苦笑を浮かべる。
「あら、私が疑問に想ったとかとは想ってはくれないわけ?」
 まるで捕まえたネズミを弄ぶ仔猫のように私は彼にじゃれつくように甘えるようにそう悪戯っぽく言ってあげるのだけど、しかし着ている渋い紫苑色の浴衣がかもしだす雰囲気に相応しい落ち着いた微笑を浮かべるスラッシュはスプーンですくった宇治金時を私の口に運んだ。
「………ティアの頭の中は…浴衣、それに願い事でいっぱい…だろう?」
 しゃくりとした歯ごたえを感じながら宇治金時を飲み込むと、私はちょっと拗ねた風を装う。
「あら、でもそれはカルンだって同じだわ」
「…確かにカルン…も、それは同じ…だろうが……でも彼女にはまだ容量がある。あの娘は…無邪気…だよ………無邪気…だから…そういう事に気がつく。邪気が無い分…純粋に…事が見られたり…感じたり…できるんだ…」
 私は苦笑いを浮かべる。
「無邪気、無邪気、ってそんな連発したらカルンが気の毒だわ。それってまだまだ子どもだって言ってるようなモノですもの」
 でもスラッシュは首を横に振った。
「…無邪気…は、確かに子どもの特徴かも…しれん…が、しかし子どもですら真に無邪気…かと言えば、そういうわけでも…ない。子どもはある程度、は…やはり、計算して…事を扱…う。でも、カルンは…そういうのが、無い…。純粋なんだ……彼女、は。純粋だから、こそ…無邪気。そして混じり気の無い剣、が折れ易い…ように…カルンも純粋だからこそ…脆い部分もある………。やはり、彼女には…ルキスが必要、だ」
 スラッシュは優しい表情でルキスのイチゴカルピスがかかった氷を食べているカルンと、それを苦笑いを浮かべて眺めているルキスとを見る。
 それは私も納得する。
 多分スラッシュは私でなくとも幸せになれる。
 ―――――私はもうスラッシュではないと幸せにはなれないと想うけど。
 そしてそれはカルンとルキスだって一緒。
 あの幼い頃から一緒にいた二人はもはやお互いの存在が空気のようになっているに違いない。
 だからこそもうあの二人はきっと離れられやしない。たとえそれに逆らって他の誰かとくっつこうとしても違和感を感じてしまうはずだ。そう、それほどのモノなのだ、あの二人の仲は。
 それを想いながらだから私はくすりと笑ってしまう。
「背が高くって、かっこよくって、優しくって、あなたの事を第一に考えてくれていて、それだけ当てはまっているんだから口五月蝿いのぐらいはがまんしないとね、カルン」
 そして私は絶好の思いつきをしてしまう。
「ねえ、スラッシュ。ここはあの子たちをくっつけるために私達は一端二人から離れましょう。せっかくの良い雰囲気なのだから、それが二人が互いの想いに気がつく切欠になるように」
「…うむ、そうだな」
「ええ、そうしましょう。そうしましょう。どうせ短冊を結ぶ竹の下で会えるんだから」
 私はスラッシュの手を握って、そのまま彼の手を引っ張って周りの人込みに二人して入り込む。
 なんだかそんな感覚にとてもドキドキとしてしまった。
 もちろんこれはカルンとルキスのためなんだけど、だけどこれはこれでオフィシャルな理由としてスラッシュとも堂々と二人きりにもなれて、本当に美味しいなって。
 人込みを抜けると、そこにあったのは大きなプールだった。
 中で金魚が泳いでいるのかな?と想ったら、プールにはられた水の中に浮いているのは何やらゴムでできたボール玉だった。
「何、これ?」
 小首を傾げた私にスラッシュが教えてくれる。
「…水風船…と、言う物だ………」
「水風船?」
 初めて聞く言葉だ。
 私は視線を周りに投げかける。浴衣を着た子どもたちやカップルたちがプールの前にしゃがみこんでいるのはどうやらその手に持つ紙の先に括りつけた釣り針のように湾曲した針金でその水風船とやらを釣ろうとしているものらしい。
 ではその釣った水風船で何をするかと言えば……
「すごい。なんかヨーヨーみたいね」
「あー、ゴムの弾力を利用して遊ぶのさ」
「ゴムってあの風船の?」
 私がそう訊くとスラッシュは優しく微笑んで、おもむろにプールの横に置かれた椅子に座るお姉さんに百園を払うと、水風船釣りに挑戦し出した。
 思わずスラッシュのその行為に最初きょとんとした私はだけどすぐに顔を緩ませてしまった。
 そしてまるで子どものようにスラッシュの隣にちょこんと並んでしゃがむ。
 その私に優しい微笑が浮かんだ顔を向けるスラッシュは、私にどれがいいかを訊いてくれて、それで私は【太陽と月】になぞらえて、蒼い色の水風船で太陽のように空に咲く花…花火の絵柄がある水風船を指差した。
「これがいいわ、スラッシュ」
「……わかった…」
 こういう時はいったいどこを見るべきなのだろう?
 釣られる水風船?
 水風船を釣ろうとする針金?
 だけど私が見てしまうのはすぐ横にあるスラッシュの顔だった。私のために、そう私のために水風船を取ってくれようとしているスラッシュの顔を。
 とても真剣な横顔。
 銀色の瞳は鋭く細められて、
 だけどその真剣な横顔も、
 鋭く細められた瞳も、
 見ようによっては子どもっぽさを感じさせて、
 私はああ、普段は落ち着き払っているスラッシュもこういう表情をするのだな、ってだいぶ新鮮に思えて、もうそれだけで満足で、嬉しくって、幸せだった。
 そんな風に幸せな気分に浸りながら水風船を釣るスラッシュの顔にとても嬉しそうな表情が浮かんだのは見事に水風船が釣れたからだ。
 私はぱちぱちと手を叩いた。
「…ティア、欲しがって…いた、水風船…だ」
「ええ、ありがとう。スラッシュ。ああ、でもこれってどうやって遊ぶの?」
 そう訊くとスラッシュは私の右手を取って、右手の中指に水風船に繋がったゴム紐の先のわっかをはめてくれたのだけど、
 でもそうされている最中にこれが銀の指輪で、それで左手の薬指だったら良かったのに、なんて事を想ったのは私だけの内緒だ。
「……聞いて、いるか、ティア………?」
「え、あ、はい。聞いているわ、スラッシュ。こうすればいいのよね」
 スラッシュに話を聞いていなかったと想われるのが嫌で(って実際は話半分にしか聞かずに妄想していたのだけど)、私は慌てて緩んでいた顔に笑みを張り付かせてなんとなく聞いていたスラッシュの説明通りに手を動かした。
 するとぱーんとゴムが伸びて、そして戻ってきて、手を離れた水風船が再び手におさまって、その一連の動作がすごく面白くって、私はきゃっきゃっと喜んでしまった。
 そして調子に乗って周りの子どもらがやっているようにヨーヨーのように水風船を扱ったのだけど、その私のやり方が悪かったのか、それともゴムが悪かったのか、何度目かの私の手から離れた水風船のゴムはしかし千切れて、水風船は地面にぶつかって割れてしまった。
 私はその残骸を見て呆然としてしまう。
 瞳から溢れ出した涙で視界が歪む。
 せっかくスラッシュがとってくれた水風船なのに、それをふざけて割ってしまうなんて……ああ、もう透明になって消えてしまいたい……
 ―――――そんな風に私は自分で自分を責めていたのだけど、
 突然、
「ぷぅ」
 隣で誰かが吹き出した。
 そしてその誰かさんは隣でくっくっくっくと声を押し殺して笑っている。
 もちろん、その誰かさんとは………
「スラッシュ?」
 そう、スラッシュだ。
 私は彼がなんだかとても苦しそうに笑うのを耐えているので、つい目を半眼にしてしまう。
「え〜っと、笑いたかったら声を出して笑ってもいいわよ?」
 そう言うとスラッシュは苦笑しながら、
「…すまん、ティア。だが…なんだかとてもティアが……かわいかったんで、つい、な……」
 もちろんその言葉に私は赤面する。
「やだ、スラッシュったら。かわいいって言うか、ドジって言いたいんでしょう」
「ん? ああ、……そうとも…言うかも、な」
「そうとしか言いません!」
 って、自分で言いながらなんか哀しくなってって言うか、おかしくなってきて、それで私も笑ってしまった。
「本当にもうやだ、スラッシュったら」
 二人して笑いながら私達は仲良く並んで歩いていく。
 だけど私は知っていた。そのすべてが私に気を遣わせないためのスラッシュの優しさなんだって。
 ――――ありがとう、スラッシュ。



 +


 そして次に私が興味を惹かれたのは射的だった。
 竹で出来た拳銃で、スポンジ弾を打ち出して、的を倒すというやつだ。
「ねえ、見てスラッシュ。とても面白そうじゃない。私やってみようかな?」
「…大丈夫、か、ティア? 銃は専門外…じゃないのか?」
「あら、失礼ね、スラッシュ。こう見えても銃の手ほどきだって受けているのよ。まあ、任せてよ。ねえ、どれが欲しい?」
 私はスラッシュにウインクする。
 腕組みしながら景品を眺めていたスラッシュはちょっと意地の悪い笑みを浮かべながらうまのぬいぐるみを指差した。そのうまのぬいぐるみは一番取りやすいポイントに置かれた的の景品だった。要するに私は………
「やれやれ、どうやら相当に私の銃の腕を軽んじられているようね。OK。だったら、一番難しい52番の的を倒してあげるわ」
 浴衣の袖を捲り上げて、両手で竹の銃のグリップを握り締めて、銃口を的に照準する。そしてそのままトリガー。
「ヒット♪」
 しかし……
「んな?」
 私は唖然とする。だって確かにスポンジ弾はここから一番難しい角度にある52番の的に当たったのに、的は倒れないのだから。
「ちょっと、おじさん。あれ、なに? 詐欺じゃない、しっかりと弾は的に当たっているのに、的が倒れないなんて。まさか的が接着してあるんじゃないでしょうね?」
「まさか。そんな事をするわけないじゃないか」
 射的屋のおじさんは肩をすくめる。
「ああ、ただこっちも商売なんで難易度が高い的は景品もそれなりにいいって事はつまりそうは簡単には倒れないようにしてあるという事だよね」
「な、ななぁ」
 私は思わず唖然とした。悪びれも無くそんな詐欺紛いな事を平然と言ってのけるこのおやじに。
 ここはやはり愛と正義の女剣士 ティアリス・ガイラストの名にかけてあの52番の的を倒さねば。
 私は頬にかかる髪を耳の後ろに流して視界を良好にすると、再度銃を構えた。
 そして素早く目算する。
(えっと、今までさすがに私以外にはあの52番の的を狙った者はいなかったようだ。ここから見える的がずれた角度と、銃の銃口の角度とのずれ、そこからスポンジ弾の威力を計算して……だから次に当てればいいのは………)
「……右、角を…狙えるか、ティア?」
 そっと耳打ちしてきたのはスラッシュだった。
 どうやら彼も私と同じように計算していて、そしてほんの少し速く私よりも答えを出したようだ。
「…弾は、残り4発…それだけ……あれば…充分だ…すべて計算できている…ティアは俺が言う場所にあてればいい……」
「ええ、わかったわ、スラッシュ」
 ちょっと最初と趣旨が変わってしまったが、でもそちらよりもこちらの方が良い。私は私の左に耳にかかるスラッシュの吐息を感じて、心地良い声を聞きながら銃口をスラッシュに言われた場所に照準して、銃口を引く。
 2発目、もちろん命中。
「当然♪」
「…うむ、次は…あそこ、だ、ティア」
「ええ」
 そして私は次々にスラッシュが言う場所にスポンジ弾を命中させた。残り一発。そして誰の目で見てもその的はあと少しで倒れるのがわかった。
「…最後の、1発の撃つ場所は、わかる、な…?」
「ええ、わかるわ」
 私はこくりと頷き、そこに銃口を照準して、
 そしてトリガーを引こうとしたのだけど、
 しかし私はトリガーを引くほんの少し前に銃口をずらしてしまった。
 それたスポンジ弾は違う的を押し倒して、棚から転がり落ちた。
「はい、残念だったね、お嬢さん♪」
 射的屋のおじさんはとても小気味良さげな声を出した。ちょっとかちんと来た。
 まあそうだろう。あと少しでこの射的屋一晩の売り上げを遥かに越える値段の景品が私によって取られるところだったのだから。
 私は射的屋のおじさんが渡してきた百園の花火セットを受け取りながら傍らに立つスラッシュの顔を盗み見た。あともう少しでこの射的屋一晩の売り上げよりも高い景品を手に出来るところであって、しかもちょっと酷い商売の仕方をしているこのおじさんにもスラッシュと二人でお仕置きをできるところだったのに、でも私がすべてそれをダメにしてしまったのだ。しゅんとしてしまう。
 でもそんな私にスラッシュはにこりと微笑んでくれた。
「…そう、気落ちする…ものでも、ない。ティア、おまえ…はあの、蝶を守った…のだから」
 そう言って彼はどこかとても眩しいモノでも見るかのように52番の的の角にとまる蝶を眺めた。
 そう、スポンジ弾を撃とうとした場所にその蝶がスポンジ弾を発射する瞬間にとまったのだ。だから私は銃口をずらした。たとえスポンジ弾でもあたれば蝶には致命的だから。
 そしてスラッシュは蝶を手で追い払おうとしたおじさんに声をかけた。隣の子どもが持っていた割り箸で作った拳銃を借りて、その弾丸であるゴムをおじさんの蝶を追い払おうとした手に命中させると同時に。
「………あんたが…その羽根を休めている蝶を…手で追い払った瞬間に…今度は俺が…この射的に挑戦する…」
 そう言った瞬間に射的屋のおじさんは顔を真っ青にした。
 この射的屋はひとり一回しかゲームに参加してはいけない事になっている。つまりもう私はこの射的に参加できないが、でもスラッシュならば挑戦できて、そして彼が挑戦すれば簡単に52番の的を倒せる事は既に私へのアドバイスと今の射撃スキルで証明済みなのだ。
「……どうする?………」
 スラッシュがそう訊くとおじさんはこくこくと頷いて、
 そしてスラッシュは割り箸の拳銃を持ち主の子どもに返した。
 強い男には無条件で心を開くのは男の子の性なのか、その子どもはスラッシュに自らその蝶が自分から飛ぶまで、蝶を苛めないようにおじさんを見張っておく役を申し出て、その時は大声で呼ぶから、どうか私達に遊びに行って来いと言ってくれた。
 私とスラッシュは見合わせた顔に微苦笑を浮かべあって、
「この子がそう言ってくれている事だから、お言葉に甘えましょうか、スラッシュ?」
「…そう、だな。…では、後は頼んだ…ぞ」
「はい」
 元気に頷いた男の子の頭を撫でて次の屋台に遊びに行く事にした。



 +


 次は金魚すくい。
 プールの中を色取り取りの金魚たちが泳いでいる。その光景はすごく涼やかで、見ていて飽きそうもなかった。
「ねえ、スラッシュ。どっちが金魚を多く取れるか競争しない?」
「ん、いや………」
「なに?」
「あ、いや、俺は………やった事が無いんだ、金魚すくいは…」
「あら、そうなの?」
 ちょっと意外だ。
 あ、でも私も今日まで水風船などというモノを知らなかったので、それはあるかもしれない。私にとっての水風船がスラッシュにとっては金魚すくいであるだけの話か。
 それにそれはそれでまた想い出作りには美味しい。
「じゃあ、私がスラッシュに金魚すくいのやり方をしっかりとご教授してあげるわ」
 私は得意げにすくい網をふって言う。
 そしてプールの前にしゃがみこむスラッシュの後ろから彼の手に手を重ねる。
 ちょっとあまりにも近い距離にあるスラッシュの体に心臓の音色が高鳴ってしまう。私は自分で自分からこういう図を作ったのだけど、しかしかなりスラッシュに私のこの心臓の音色が聴こえてしまっていないかが心配で、
 だから無意味に普段よりも声音を高くして言ってしまう。
「ほら、スラッシュ。今よ」
 と、言ったスラッシュの動きは見事だった。
 無駄な動作がまるで無い。
 本当に初めてなのかしら? なんて不思議に想ったり。
 そしてどうやらそんなスラッシュがすくいあげた黒の出目金はかなりすごい出目金らしかった。
「おっ、すごいな兄ちゃん。その黒の出目金はずっと皆が狙っていた奴なんだが、誰もすくう事ができなかった奴なんだぜ。てっきりと最後まで居残るもんだとおもっていたんだがな」
 その話を聞いて私は思わず嬉しくなった。
「あら、だって先生がいいですもの」
 だって私がすくい方を教えて、
「ね、スラッシュ」
「…あ、ああ……」
 スラッシュがすくいあげたんですもの。
「じゃあ、次行きましょうか、スラッシュ」
 やっぱりここはどんどんとこのナイスなコンビネーションで金魚をすくっていかないと♪
 と、私はやる気満々だったんだけど、
「…残念だが、金魚すくいは…ここまでだ……」
 スラッシュがそう言いながら指差した場所にはカルンとルキスがいた。
 んー、ちょっと二人ともタイミングが悪い。だから私は、
「あら、あの子たちあんなところに。それになんかすごくいい雰囲気ね。邪魔しちゃったら悪いみたいじゃない?」
 なんて遠まわしに言うのだけど、
 でもスラッシュは肩をすくめただけだった。
「……そうかも…しれないが、でもこのまま別行動というわけにも…いかんよ」
 こくりと頷きながら、私は心のうちでため息を吐く。
 あ〜ぁ、もう少しぐらい女心わかってくれればいいのに……
 ――――スラッシュのいけず・・・。
 そうして私たちは二人と合流した。



 +


「あ、ルキス出目金!!!」
「カル出目金!!!」
「「・・・」」
 カルンとルキスは互いに互いの名前を出目金の前にくっつけて、スラッシュの持つ出目金を呼んだ。
 そしてお互いの顔を睨み合うカルンとルキス。
「カル出目金」
 ―――からかうように言うルキスに、
「ルキス出目金」
 ―――ムキになって言うカルン。
 本当にいいコンビだ。
 その微笑ましさに私とスラッシュはくすくすと笑いながら顔を見合わせあっていた。
「でもスラッシュ兄さま、よく取れましたよね、ルキス出目金。その子、ルキスそっくりで器用にすくい網を避けてばかりいたのに」
「そうそう。カルなんて2本もすくい網をダメにされたのにね、カル出目金に」
 意地悪にそう言ったルキスにカルンはかわいらしく頬をぷぅーっと膨らませた。
 そんなカルンにスラッシュは自分が持つ出目金が入った袋を渡す。そんな優しい感じがスラッシュらしくって私は思わず目を細めた。
 それはスラッシュも同じなようで、そんなカルンに優しく微笑する。
「………そうなの、か? …俺の時には、簡単にすくえたが? …なあ、………ティア…」
「そうそう。スラッシュったら金魚すくいが初めてなのに、この出目金はすんなりと取れたのよ?」
 笑う私に、苦笑しながら肩をすくめるスラッシュ。
 そしてカルンは仔犬がじゃれつくようにスラッシュに言う。
「それよりもスラッシュ兄さま、このルキス出目金、もらってもいいんですか?」
「……ああ、その…出目金も一匹でいるよりも………仲間と一緒に居た方が…いいだろうから…な」
「わぁー、よかったね、ルキス出目金」
 出目金が泳ぐ袋を顔の前に持ってきて、その中を泳ぐ出目金に語りかけるカルン。そしたらその袋の向こうでルキスったら、
「よかったね、カル出目金」
 などとルキスはまだ言うのだ。
 だからカルンだって負けてはおらずに、
「ルキス出目金!!!」
 と、言って頬を膨らませる。
 ビニール袋を挟んで睨みあって、笑いあうルキスとカルン。
 その光景はとても優しくってどこか懐かしい初恋の感じがした。
「カル、笑いすぎ」
 ぽんとカルの頭の上に置かれるルキスの手。その感触がとても嬉しいようにまた今までとは違った笑みを浮かべるカルン。その笑みを見て幸せそうな顔をするルキス。
 そしてそれを見てとても優しい兄のように微笑むスラッシュ。



 ――――そして私もそれを眺めて微笑むのだ。
 そんな私が短冊に書いて願う願いは・・・・・



 大切な人たちがいつも笑顔でいられますように・・・・



 そう、笑顔を見ていると、とても心が暖かくなるの。
 一度は粉々に砕け散ってしまった私の心。
 それでもそれは与えられた多くの人の優しさと、
 見てきた人の強き後ろ姿に、
 ひとつひとつ寄り集まって傷だらけの硝子の心を成す。
 硝子・・・それは美しく脆いモノ。
 私の心は脆い。
 与えられたクロノの笑み・・・彼を殺した私への免罪符。
 それでも私の心はその重みに耐え切れずに悲鳴をあげて、
 私は一度は深き氷の世界の闇の中で泣きながら蹲ったのだけど、
 だけどそれでも見上げたそこには優しく私を照らしてくれる月があって、
 そしてその優しい月明かりで周りを見回せばそこに暖かい人の心があって、
 その象徴である笑みが私の心に走った罅にひとつひとつ染み込んで埋めてくれて、
 そう、だから私はようやくずっと独りで泣き続けてきた自分を抱きしめられたのだ。
 そう、だから私の願いは大切な人たちがいつも笑顔でいられますように・・・・



【ラスト】


「うわ、すごい綺麗。だけど煙たい」
 迸る火の花に歓声をあげるカルン。
 そんな彼女の手をルキスは掴んで引っ張る。
「カル、こっち。風の吹く方向とは逆の方に立てばいいんだよ」
「うん」
 ヤナギや噴水といった地面に立てた筒型の花火を楽しむカルンとルキスたちから少し離れた場所で私とスラッシュは線香花火を楽しんでいた。
 一見地味な小さな火の花。
 しかし私は花火のなかでもこの線香花火が一番好きだった。
 たとえ小さな火の花でも、それでも一生懸命燃焼しているこの小さな火の花が。故にこの小さな火の花はすべての火の花よりも一番綺麗に美しく思えるのだ。
「本当に綺麗よね、花火。打ち上げ花火もそりゃあいいでしょうけど、でもやっぱり私は線香花火の方が好きかな?」
 そしてそんな私の言葉に………
「そう…だな。風情はこちらの方が…ある、か」
 こくりと頷いて言ってくれたスラッシュ。その言葉だけで、私は何よりも幸せになれた。だってスラッシュも私と同じなんだって、わかったのだから。
「ねえ、カルン。カルンも一緒に線香花火をやらない?」
 ルキスとヘビ花火をやるやらないでもめていたカルンに助け舟を出してあげる。やっぱり自分が幸せだと、他の誰かも幸せにしてあげたいと想うものだから。 
 その言葉にカルンは頷いて私の横に嬉しそうにしゃがみこんで線香花火を手に取った。
 短冊に願いを込めて、それを竹に結わった私たちは平成京主催の大花火大会が始まるまでのしばしの間、その時間をルキスとカルンが大量に仕入れてきた花火で楽しんでいる。
 線香花火をやる私とカルン。そしてその私たちを眺めているスラッシュとルキス。


 それがとても幸せで・・・


 そう言えばカルンはこのジンクスを知っているであろうか? 女の子であれば誰でも憧れる19歳の銀の指輪のジンクスと同じぐらいに私が好きなジンクス。
「ねえ、カルン、知ってる。願い事をしながら線香花火を最後まで落とさずにやり切ると、その願い事が叶うっていうジンクス」
「え、そんなのがあるんですか?」
 カルンの楽しそうな声。
「わー、やってみようかなぁ?」
 だけどそんなカルンに茶々をいれるルキス。
「ん、でも落ち着きの無いカルに最後まで線香花火をやり切れるかな?」
 もちろん、頬を膨らませるカルン。ころころと変わる表情を楽しむようにルキスはふふんと笑いながら肩をすくめる。
「もう、こら、喧嘩しないの、二人とも」
 だけどそんな二人が本当にとても初々しくって私は顔を綻ばせてしまう。
 そしてそれはやっぱりスラッシュも同じなようで、周りでルキスやカルンが配った花火で遊ぶ人々が奏でる火の花が咲き綻ぶ音色を聴きながら私たちを眺める彼はとても幸せそうな顔をしていた。
 そんなスラッシュは静かに静かに語る。
「………願い事は強く思えば叶う…さ。…強く願う心、が…それを引き寄せるのだ。………ジンクスなどもそう。それ自体が力を持つのでは、ない。それを信じる人の心が……願いを叶える、んだろうな………この線香花火のジンクスのように………七夕の短冊のようにな………」
 そんなスラッシュの言葉にカルンは何かを思い出したように小さく「あっ」と声をあげて小首を傾げる。
「そういえば今の今まで忘れていましたけど、本当に七夕の由来って、何なんでしょうね、ティア姉さま」
 あ〜ぁ、え〜っと、その言葉に私はちと罪悪感を感じて、それでそう言ったカルンに私は胸の前で両手を合わせて謝罪の言葉を述べる。そんな私にスラッシュは苦笑い。
 ――――もう、スラッシュったら。意地悪ね。
「え〜っと、ごめんね、カルン。私はさっき、スラッシュに七夕の由来を聞いてしまったの」
「え〜〜〜、それはずるいです、ティア姉さま」
「ごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げる。
 と言ってもカルンのそれはただ言ってるだけ。
 そして私とカルンはくすくすと笑いあい、
 そしてルキスとカルンはスラッシュを見る。
 その視線に応えるようにスラッシュは苦笑しながら頷き、そして口を開いた。カルンとルキスが望む物語を語るために。



 夜空に輝く天の川のほとりに住む美しき天女 織女と天の川の西に暮らす牽牛は結婚した。
 だが二人は愛しあうばかりに離れる事ができなくなり、織女は機織をすっかりとやめてしまった。
 天帝はそんな織女に怒り、二人を引き裂くのだが、それでも二人に情けをかけた。もしも二人が真面目に働くのなら、それなら一年に一度、七月七日に二人を逢わせてあげよう、と。
 それからは織女と牽牛はその日を指折り数え、日々を一生懸命に働くようになった。
 七月七日、それは離れ離れになった織女と牽牛が一年に一度天の川を越えて出会える日。



「それが七夕…」
 カルンは夜空を見上げる。
 深い深い藍色の夜空に散りばめられた星の川。天の川を。
 一年に一度しか出会えない織女と牽牛が一年に一度の逢瀬を楽しんでいるのであろう空を。
 その彼女の横顔は普段の彼女が浮かべる天真爛漫な表情とは違って見えた。
 18という年頃に相応しいはっとするぐらいに美しい少女と大人の境界線に立つ女の子が浮かべることのできるそんな特別な表情を浮かべるカルン。
 うん、わかるよ、カルン。
 織女と牽牛のお話は切ないよね。悲しいよね。そして願っちゃうよね。
 そしてそう、やっぱりそう考えちゃうよね。
 ――――とても大切な人がいるから・・・。
「わぁーーーーーーーー」
 カルンはいきなり大声を出し、
「どうしたのよ、カルン?」
 ―――私はそれをわかっていないふりをしてあげて、
「………何か、あったのか、………カルン?」
「どうした、カル?」
「わぁー、あー、えっと、林檎飴が食べたい」
「はい?」
「とにかく林檎飴が食べたいの!!!」
「しょうがないな。じゃあ、僕が買ってくるからカルはここで待っていて」
「あ〜、えっと、いや、いいです。自分で自分の好きな林檎飴を買いたいので。では!」
 と、言ってダッシュで去っていく彼女を見送ってあげる。
 そして置いてけぼりにされて唖然となっているルキスにちょっと羨ましいぞ、っていう視線をついつい送ってしまった。
「一体カルってばどうしたんでしょうね? 普段なら僕に買いに行かせるのに」
 やっぱり感情が無意識に抱く想いに追いついていないこの二人には笑みが零れてしまう。
 眉根を寄せるルキス。
 私は心の奥底から応援したいと想ってしまう。
 そう、今の私はとても幸せだけど、
 前の私はとても悲しくって、
 だからこの子たちにはそんな想いはさせたくないから。
 幸せになってもらいたいから。
「………なあ、ルキス…」
「はい?」
「…もしも雨が降ったら…そしたら…天の川はどうなると、想う?」
 ―――そしてその想いはスラッシュも一緒。
「水かさが増えるのでしょうか?」
「…そうだな………」
 ルキスは空を見上げる。
 彼はその空に何を見るのだろうか?
 カルンが見たモノを彼も見られるであろうか?
 私はそれを願ってしまう。
 大切な二人に幸せになってもらいたいから。
「………出逢えるよ、二人は、雨が降っても……」
「え?」
 そして私はスラッシュの言葉を受け継ぐ。
 彼に聞いて、そして思わず涙流してしまった七夕の夜に起こる優しい行為に。
「織女と牽牛は、雨が降っても逢えるのよ、ルキス。雨で水かさが増しても。雨が降ればつれない船人はたとえ上弦の月がかかっていても織女を牽牛の待つ向こう岸に連れて行ってはくれない。でも、その時はどこからともなく飛んできたかささぎの群れが翼と翼を広げて橋となってくれて、二人を逢わせてくれるんだって。よかったね」
 雨が降っても二人は出逢える。
 ああ、それはなんて嬉しく幸せな、そして心温まる優しさなんだろう。
 ねえ、ルキス。それをカルンは聞きたいと想っているはずだよ。
「…カルン、に聞かせて、やらなくっちゃな………」
「そうね。早くカルンに教えてあげなくっちゃ。あの娘、きっとものすごく喜ぶわ」
 私はそっとルキスの背を押してあげる。
 そうしてルキスは、
「えっと、カルってば迷子になってそうなので、ちょっと迎えに行ってきますね」
 と言って、走り出す。
 その背を見えなくなるまで見送って、
 そしてその背が完全に視界から消えると、
 私とスラッシュは顔を見合わせあって、
 くすくすと笑いあった。
「……ご苦労様、ティア…」
「ええ、スラッシュもね。本当に傍から見れば相思相愛のカップルなのに本人たちはまったくもって無自覚で、ほんとに世話のかかる子たちだわ」
 でもだからこそ応援したくなる。
 初々しくって、まだ始まってはいないけど、でももうだいぶ薄くなった殻の内側でじっと待つその恋を。
 殻を破った雛が、最初にするのは深呼吸。
 肺の中にいっぱいに世界を吸い込んで、
 そして世界の支配者となる。
 感情という殻を破って、
 恋が始まれば、
 そこからまた新たな世界が生まれる。
 そうやって人は、
 世界を広げ、
 その世界が生み出すまた新たな命を、
 慈しみ、
 育み、
 送り出す。
 たとえばお父様とお母様が恋をし、
 私を産んでくれて、
 そして私がクロノやスラッシュと出会い、
 恋をするように。
 それが永遠に終わらぬ連鎖。
 繋げてゆきたい大切な感情。
 クロノは生きている。
 ――――私の心の中で、
 私は私の中にクロノが生き残ってくれるように強くなったのだから。
 でも私は弱い。泣いてしまう。
 誰か、っていつも叫んでいた。
 呼べる名前を欲していた。
 もうクロノの名は呼べなくって、
 クロノも私の名前を呼んではくれないから。
 だけど・・・
「会えたかな、あの二人」
「……会えた…さ…。ルキスが見つけて…いるよ…」
 思わず私は泣き出しそうになった。そして必死に溢れ出しそうになる涙を堪えながら言葉を紡ぐ。
「どうして?」
 そしてスラッシュは一拍置いて、言葉を紡ぐ。
 その一拍にとても尊い決心をしてくれたように。
「…心が、呼び合う…から………」
「スラッシュ…」
 私は幼い子どものようにスラッシュの浴衣を小さな手できゅっと掴んだ。
 その手に彼は自分の手を重ねてくれた。
 私の手が震える。
 その震えを優しく包み込んでくれるようにスラッシュはぎゅっと手に力を込めてくれる。



 そう、私はあなたを見つけて、
 あなたは私を見つけてくれた。



 見詰め合う私たちの視線の真ん中をいく一匹の蝶。
「蝶だわ、スラッシュ」
「ああ…」
 蒼銀色の蝶が飛んでいく。
 ひらひらとひらひらと飛ぶそれは・・・
「これは歌?」
「…カルンの、歌だ……」
 カルンの歌を運んできた。



 ひとつめの願いは、夢
 大切な人との想い描く未来の光景
 ふたつめの願いは、祈り
 大切な人たちが、今を無事に平穏に居る事。二人一緒に夜空を見上げ、深海に降る雪かのようなマリンスノーのような星空を見上げているように
 同じ時を、同じ事をして、同じ想いを描きたい
 みつめの願いは、繋がり
 繋がりの糸が断ち切れることなく二人を繋いでくれているように
 遠く離れたとしても、それでもその糸を手繰り寄せて、二人出逢えるように
 石に別れつ水の流れがでもやがてまたひとつになるように
 いつまでも同じ時を、同じ場所で
 願い・・・
 風に舞って、あがれ
 天の川に
 そこで出逢う二人のように幸せな想いに包まれて
 その想いにいつか叶うように




 そして私たちは手を繋ぐ。
 カルンの歌を聞きながら。
 見上げた夜空に大輪の火の花が咲き綻んだ。
 私は私の顔を見るスラッシュに微笑むの。
「綺麗だね、スラッシュ」
 呼んだ名前、
「そうだな、ティア」
 呼ばれた名前。
 クロノを失い、欠けた私は、
 だけどそうやってあなたが私の名前を呼んでくれるから、
 あなたはあなたの名前を呼ばせてくれるから、
 だから心に走る罅に優しい温もりが染み込んでいくから、
 真っ暗な閉ざされた氷の世界の空に私は私を優しく照らしてくれる月を見つける事が出来るのだ。
「スラッシュ」
 ――――あなたがそうやって私に名前を呼ばせてくれる限りは、
「ティア」
 ――――あなたがそうやって私の名前を呼ばせてくれる限りは、
 ・・・・・だから私は暗い夜の中にでも歩くべき道を見つける事ができるのだ。だってあなたがこんなにも暖かい手で私の手を繋いでくれているのだから。
 


 ― fin ―




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【 1962 / ティアリス・ガイラスト / 女性 / 23歳 / 王女兼剣士 】



【 1805 / スラッシュ / 男性 / 20歳 / 探索士 】



【 1948 / カルン・タラーニ / 女性 / 18歳 / 旅人 】



【 1952 / ルキス・トゥーラ / 男性 / 18歳 / 旅人 】 



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■         ライター通信          ■
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こんにちは、ティアリス・ガイラストさま。いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


今回は長らくお待たせしてすみませんでした。
お待たせしてしまった分、お気に召していただける作品になっていたらなーと想います。
そして今回のノベル、ちとライターが先走りすぎた感もなくもなく。
でもこれが切欠となって、お二人の仲が進んだらなーと想います。^^


ティアリスさんの願いはティアリスさんならではの願いだなー、と想います。
人が優しくできるのって、天然な部分もあると想うのですが、
それでも人が人に優しくできるのは、与えられた優しさと、
そして過去にあった悲しみ故だと想うのですよね。
悲しみを知るからこそ人は人に優しくできるのだと想います。
哀しさを知ってるから、痛さを知ってるから、だからその人の悲しみや痛みを想像できるのだから。
そしてそうできるのはその悲しみや痛さを乗り越えられた強さ、そして現在乗り越えている最中の、その分だけの強さを手にしてられているということだと想うから。
そうですね。人が悲しみや痛みを乗り越えた瞬間に何が幸せなのかって、その乗り越える時に、乗り越えるだけの強さを与えてくれる人が隣にいるということだと想います。
それをわかっているから、だから過去に哀しい事や痛い事があってそれを乗り越えて、今度はその人が悲しい事や痛い事に直面している人に優しくできるのだと想うのです。


多分、これは僕の感覚なのですが、まだティアリスさんは過去の恋人を殺めた悲しみ・痛みからは解放されていません。
でも今は大切な人がいて、そうしてそんな中でもそう願えたティアさんはそれを・・・自分には自分を想ってくれている人たちがいるとわかっているという事だから、
だからそれをわかっているティアさんはその悲しみも痛みも乗り越えられると想います。^^
がんばってくださいね、ティアさん。


それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
本当に今回もありがとうございました。
失礼します。