<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『涼やかなる笹の音色に運ばれる願い』

「ねえ、カル、本当にいいの?」
「もう何度同じ質問をすれば気が済むのよ、ルキス。い・い・の!!! ばっさりといっちゃって。ばっさりと」
「ふぅー。じゃあ、本当に切るからね」
「ええ、お願い。ルキス・トゥーラ」
 後ろに立つルキスの吐息が私のうなじをくすぐってそれがくすぐったく思わず身をよじちゃった私の肩をルキスは危ない、と押さえた。私はぴしっと背筋を伸ばす。
 そして私の腰下まであった髪にルキスのはさみがいれられて、しゃきん、という金属が擦れ合う音と共に頭が軽くなる。
 旅に出るに当たって動きやすいように…そして決意の現れとして髪を切ることにした私。
 月を連想させる髪は切られて床の上に散らばっていく。
「はい、おしまい、カル」
「ありがとう。ルキス」
 そして私は部屋の鏡に自分を映して、髪の短くなった自分を眺める。後ろが見たいのだけどどうしても上手に見えなくって、だけどルキスが笑いながら持ってきてくれた手鏡で合わせ鏡をしてくれたから私にも自分の後ろ姿がわかった。うん、ばっちりだ。
「ありがとう。ルキス・トゥーラ。これからもお願いね」
「っとに。カルは調子良すぎ」
 笑いながらルキスは私のおでこを軽く突くと、
「さてと、それでどうします?」
「どうします?って、旅に出るのよ。だから髪を切ったのだし」
 短くなった髪を手で梳きながらそう言う私にルキスはため息を吐いた。ひょっとして口先だけだと想っていたのであろうか?
 ――――思わず私は眉根を寄せてしまう。
「なんだったら私だけで行くよ?」
「またカルはそういう事言う。僕も行くよ。それに二人一緒じゃなきゃ、駆け落ちとは言わないし」
 右手の人差し指を立ててにこりと笑いながらさらりとそう意地悪を言ったルキスに私は頬を膨らませた。
 そんな私にルキスは手を伸ばす。
「それでは行こうか、カル?」
「無理についてこなくってもいいのよ」
「月はさ、太陽の光がなくっちゃ輝かないんだよ。知ってる、カル?」
「どういう意味よ?」
「そういう意味」
 そして私は鼻を鳴らしながらも、ルキスの手を取った。
 



【オープニング】


 テーブルを囲んで次に行く冒険の行き先の打ち合わせをしていると、そこにエスメラルダがやってきた。
「ねえねえ、あなたたち、もしもまだ次の冒険の行き先が決まっていないのなら、あたしのお願いを聞いてくださらない?」
 長い髪を掻きあげながら小さく傾げた顔に甘やかな微笑を浮かべた彼女は、小鳥が囀るように嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「あのね、今度の7月7日にここより東に行った『平成京』という街で七夕という星祭りが行われるの。その七夕のイベントの一つに願いをこめた短冊を竹に結ぶというのがあって、それでその願いを書いた短冊をあたしの代わりにあなたたちに結んできてもらいたいの。頼めるかしら? ああ、それにその日は浴衣の貸し出しや、屋台もたくさん並ぶからすごく面白いと想うわよ。たまには戦いを忘れてただ遊ぶのもいいと想うけど、どうかしら?」



【女の子たちのシークレットトーク】


「平成京は此処ソーンにおいて異世界地球より来し人々が築き上げた都で御座います。
 都の真ん中を走る朱雀大路を挟み、左側を右京、右側を左京と申しまして、右京と左京は緻密な都市計画によって左右対称の造りをしております。
 一条から九条まである区画もまた町と言う単位で区切られておりまして、皆様旅行者さまはまずは五条にある西寺において割符を得てくださいませ。それとお金は園となっておりますので、そちらの方は東寺において換金をお願いいたします。以上でここ平成京の説明は終わりにいたしますが、他に何か質問はございますでしょうか?」
「「はい!! はい!!! その綺麗な服はどこで買えるんですか???」」
 わ、ようやく退屈な説明が終わると同時に待てを解除された仔犬のように手をあげてそう訊いた私と二重奏を奏でたのはティア姉さまだった。
 私とティア姉さまは目を見合わせ合ってくすりと笑いあう。
 さすがはティア姉さま。うん、綺麗な洋服に憧れを抱くのは女の子の特権だもの♪
 ここ平成京に初めて来た人が必ず訪れて名前を登録する事になっている市役所の市民課のお姉さんもそういうのはもちろん理解してくれているようで、私とティア姉さまにその綺麗な服は、浴衣、という民族衣装で、それを売っているお店とかを教えてくれた。
 そして他にも着物という民族衣装があったり、かんざしとか、巾着とか色んな小物がある事も教えてくれて、私は思わず顔を緩ませてしまう。
 だけどせっかくそんな嬉しい気分に人が浸っていたというのに、
「ティアさんはわかるけど、カルも服に興味なんかあるんだね。知らなかった」
 笑顔でそうさらりと言うルキス。
 私は思わず口をぽかんと大きく開けて唖然としてしまう。そして次にふつふつと怒りが込み上げてきて私は自分でも鏡を見るまでもなく自分が顔を真っ赤にしているのがわかった。
 ぷぅーと頬を膨らませた息を口から吐き出すのと一緒に失礼な弁を述べたルキスに抗議の声をあげてやる。
「ひどぉ。何よ、ルキス。私だって女の子なんだから綺麗な服には興味あるんですぅーーーだ」
 女の子として当然の訴え。なのにルキスったら、
「へぇー、それは知らなかったよ。だったら料理の一つでもできるようにならなきゃね。後で困るのはカルなんだから。僕だっていつまでも一緒にいられる訳じゃないんだし」
 右手の人差し指を立てて生真面目な教師の顔でぐちぐちと説教を垂れ始めたルキス。悔しいけどこれを言われると私は弱い。思わず渋い表情を浮かべながら気持ち身を後ろに下がらせてしまう。でも言われっ放しはやっぱり悔しいからささやかな抵抗を口にしてやる。
「相変わらずルキスったら口うるっさいよね。そんなのは後で考えますぅー」
「ん、今ぼそりと何を言ったカル?」そしたらルキスったらむぅっと眉根を寄せて思いっきり不満そうな顔をした。
 そんな彼に私はふふんと意地悪に笑いながら腰に両手を置いて、彼の顔を覗き込みながらこう言ってやるのだ。「いいえ、別に何も言ってませんよ」
 何匹も苦虫を噛み潰したような顔をするルキスとふふんと笑う私とでにらっめこ。そりゃあ家事の事を言われると分が悪いけどこの勝負は譲る訳にはいかない。
 ルキスがあー言うなら、私はこう言ってやるんだから♪
「はいはい、二人ともそこまでね」
 と、ルキスを口で負かしてやる気満タンだった私なのだけど、そんな私の士気を削るようにティア姉さまがパンパンと手を叩いた。
 そしてティア姉さまはルキスに向ってあっかんべーをしている私の腕に自分の腕を絡めあわせて私を引っ張った。
「ほらほら、カルン。あなたは私と一緒に東寺にお金を園に換金しに行くわよ。スラッシュとルキスは割符の方をお願いね」
「………ああ、わかった…そちらの方は…任せておいて………くれ…」
 そうして私は歌に出てくる仔牛が荷馬車に乗せられて行く様にスラッシュ兄さまと仲むつまじく繋がりあってるように微笑みながら別れるティア姉さまに腕を引っ張って連れられていった。
 もちろん、ルキスの姿が視界から消えるまではあっかんべーはし続けてやった。
 ・・・。



  +


「王子様、王子様、王子様。私の王子様はどこですか?」
 私はここです、王子様。ルキスという意地悪なお供にいじめられそれに耐える健気な私を早く迎えに来てください。
 私は胸の前で両手を組み合わせて祈りをこの世界のどこかにいるはずの王子様に捧げた。
 そんな私の横を歩いていたティア姉さまがくすくすと笑う。
「やだ、カルン。何よそれは?」
「ただいまの心をポエムにして吐いてみました」
 私は軽く握った拳を口にあててくすくすと笑うティア姉さまに小首を小さく傾げながらにぃっと笑ってみせた。
「ポエムなの、それ?」
「はい、ポエムです、ティアお姉さま」
 ティア姉さまは笑いながら肩をすくめる。そしてふわりと吐いた吐息で前髪を浮かせると悪戯っ子みたいな顔をした。
「で、カルンはどんな王子様がいいの?」
 待ってました、と私は指を折りながら理想の王子様像を口にする。
「え〜〜っとですねぇー、口五月蝿くなくってー、背、高くってー、かっこよくてー、優しくてー、私の事を第一に考えてくれる人です」
 絶対に世界のどこかにいますよね、王子様♪
 と、しかしティア姉さまはとても不思議そうな顔をして小首を傾げる。
「それってルキスの事なんじゃない?」
 と、そんな事を言われた瞬間に思わず想いっきり後退ってしまったのは、ティア姉さまには悪いがそれがものすごく! とんでもなく!! めっさめっさ!!! にものすごく笑える事を仰ったからだ。
 ティア姉さまは私が言った王子様像をちゃんと聞いてくれていたのであろうか???? 私は思わずティア姉さまの顔を何か不思議な物でも見るように見つめてしまう。
「な、ななななななななな何を言うのですか、ティア姉さま。私が言う王子様は、口五月蝿くなくって! 背、高くって!! かっこよくって!!! 優しくって!!!! 私の事を第一に考えてくれる人です!!!!! 全然ルキスとは違います!!!!!!」
「あら、でもルキスは背高いし、カッコ良いし、優しいし、カルンの事を第一に考えてくれているじゃない」
 そう言うティア姉さまに私は立てた右手の人差し指をリズミカルに横に振った。
「ちっちっち、口五月蝿くないというのを忘れています。これすごく重要なのです」
 そして私の立てた右手の人差し指の先でティア姉さまは悪戯っぽい笑みが浮かんだ顔を小さく傾げさせた。
「あら、じゃあ、カルン。ルキスが背高くって、カッコ良くて、優しくって、カルンの事を第一に考えてくれているってのは認めてるわけね」
「・・・」
 右手の人差し指立てて歌うように言ったティア姉さま。
 私はものすごく反応に困る。
 え〜と、
 う〜んと、
 なんとか私は反論をティア姉さまに試みようとするが、でもどうしてもただ空しく口をぱくぱくと開閉させる事しかできなくって結局は口を閉じてしまった。
 そんな私にティア姉さまは唇に軽く握った拳をあててくすくすと笑う。
「さりげなくのろけてくれてありがとう。ご馳走様、カルン」
 そしてやっぱり悪戯っぽい笑みを浮かべながらそんな事を言う。
 だから違うと言うのに。私は思わず地団駄を踏んでしまった。
「うぅ〜、ティア姉さまが苛めるぅ〜〜」
「でもルキスは本当にポイント高いと想うけどなー。さすがにさっきの言葉はいただけないけど、でもカルンにあの子が色々と言うのは心配してるからなんだし」
「でもやっぱり口五月蝿いです。あとケチだし」
 そうケチもいただけない。
 ティア姉さまはびっくりしたような顔をして、その後にやっぱりくすくすと笑った。
「ケチって。もう、カルンったら」
 そうして私達はくすくすと笑いながらようやく到着した着物屋に入った。
 ここは先ほど市民課の女性に教えてもらったお店で、若い人向けの生地をたくさん所有しているらしい。なんでもカリスマ店員とか言う人も居て、ここ平成京の若者のファッション基地でもあるそうだ。
「いらっしゃいませぇ。何をお求めですか?」
 綺麗な薄紅色の浴衣を着た店員さんが極上の笑みを浮かべて私とティア姉さまを出迎えてくれる。
「こんにちは。えっと、浴衣を買いに来たんですけど?」
 ティア姉さまがそう言うと、店員さんは洗練された動きで浴衣の袖を押さえながら部屋の奥にある廊下を手で示した。
「浴衣ですか。合い分かりました。浴衣はこちらに上がっていただきまして、廊下を真っ直ぐに進んでもらった所にあります部屋に取り揃えて置いてありますので、ご案内いたします。宜しければこちらでお嬢様方にお似合いになる柄や色をお選びいたしますが、いかがいたしますか?」
「あ、いえ、自分たちで選びます」
「はい、選びます。選びます」
 笑顔でそう言ったティア姉さまに私も賛同してこくこくと頷く。
 やっぱり自分たちで選んだ方が楽しいではないか。着るのだってもちろん。それにルキスのだって私が選んだ方が絶対にあの子に似合うと想うし。うん。
 などとそんな事を想っていたら………
「それに私達の分だけではなく、私達の旦那の分もありますので」
 なんて事をさらりと極上の幸せな笑顔で言ってのけるティア姉さま。確かに私だってルキスの浴衣を選ぶのを楽しみにしていたし、それを着ているルキスの絵も想像しちゃったりしたのだけど、だけどルキスは私の旦那様ではなくただの腐れ縁の男の子でちょっとそんな風に特別な存在のように言われるのは不満だったりして、だから私はそれを素直に顔に出しそして固まってみせたのだけどしかしティア姉さまにはそれをスルーされてしまった・・・。



 +


 浴衣が置いてある部屋に移動する。そこには色取り取りの浴衣が置かれていて、どこか一面色鮮やかな満開の花に覆われた花畑にいるようで、心浮かれた。
 まずは私とティア姉さまの浴衣選び。会話を弾ませながらついつい私は自分のよりもティア姉さまの浴衣を探してしまう。でもそれがものすごく楽しかったりするのだ。
「ティア姉さま。この柄なんてどうですか? ティア姉さまに似合うと想うんですけど」
「わ、水仙ね。うん、いいわね、ありがとう、カルン」
「いえいえ」
「私はカルンにだったら空色の生地なんて似合うと想うのだけど」
 小首を傾げながら視線を飾ってある浴衣に走らせて、色んな色の中から空色の浴衣を見つけ出して、それを手に取ると、カルンに合わせてみる。
「わ、どうですか、ティア姉さま?」
「うん、やっぱり似合ってるわ、カルン。かわいい♪」
「わわ、じゃあ、色は決まりましたから、あとは柄ですね」
「柄はそうねー、これなんかいいかも。撫子の花」
 私はティア姉さまに見立ててもらった浴衣を持って私よりも背の高い姿見の前に立った。
「わ、すごいかわいい浴衣です♪ ではでは、私はこれに決めますね」
「ええ。さてと、では私はどれにしようかな? 柄は水仙で決まりだから、あとは色なんだけど」
 私はティア姉さまのその言葉を聞いて即座にティア姉さまに駆け寄った。絶対にティア姉さまにぴったりだと思える色があるからだ。
「色はピンクです、ティア姉さま」
「え?」
 驚くティア姉さまに私は拳を握って力説する。
「ティア姉さまのような可愛らしい人にはピンクが似合うのです」
 そしてすぐさま数ある浴衣の中から落ち着いた濃いピンクがベースの、薄紫と薄ピンクの花弁の水仙柄の浴衣を選び出した私は、それをティア姉さまに持っていた。
 ティア姉さまはとても嬉しそうにそれを体の前で合わせてくれて、花が咲き綻ぶような笑みが浮かんだ顔を小さく傾げさせる。ほんのりと頬を赤らめながら。
「似合う、カルン?」
「はい、凄く可愛いです」
 ティア姉さまはとても嬉しそうに微笑みながら頷いた。
 本当にこんな綺麗なティア姉さまの浴衣姿を見た時のスラッシュ兄さまの反応が楽しみだ。
「カルンは空色で撫子柄の浴衣、私は落ち着いた濃いピンクがベースの、薄紫と薄ピンクの花弁の水仙柄の浴衣。私達の浴衣は決まったわね」
「はい。着付けはまた後でこのお店に来ればやってくれるっていいますし、安心ですよね」
「ええ。じゃあ、次は旦那様たちの分ね」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・思わず鳥肌が浮かんだ。
「あー、わー、だ〜か〜ら〜ルキスは旦那じゃありません。そりゃあ、確かにスラッシュ兄さまはティア姉さまの旦那様かもしれませんがルキスは違います。さっきだって危うく吐血しそうになったんですから!!!」
 そう訴える私にティア姉さまはうっとりとした顔で言う。
「だって一度は言ってみたいじゃない?」
 吐いたため息で視界の上で銀色の前髪が踊る。
「はい、好きなだけ言ってください。でも私は違いますから」
「う〜ん、がんばるわね、カルンも」
 微苦笑を浮かべるティア姉さまに私は拳を握った。
「はい。私はありのままの私を受け止めてくれる家事のできる王子様を待ち続けます」
 きっとどこかにいますよね、王子様。早く私を迎えに来てください。
 と、そこで私は後学のためにも前々からずっと聞きたかった事をティア姉さまに訊く事にする。
「そうそう。そう言えば前から訊こうと想っていたんですけど、ティア姉さまとスラッシュ兄さまの出会いってどんな風だったんですか?」
 私はルキスのための紺地に絣柄の浴衣を手に取りながらさりげなく訊いてみたのだけど、後学のためというよりも興味の方が先に立っていたのか、ティア姉さまはスラッシュ兄さまに似合いそうな渋い紫苑色の落ち着いた雰囲気の浴衣を手に取ったまま固まった。
 あれ、ん、でも、普段のティア姉さまなら、こっちが訊くまでもなくそういえば二人の馴れ初めを自分から語ってくれそうなものなのだけど………どうして語ってくれないのだろう?
 そんな疑問符の海に私の心は溺れていたのだけど、しかしそんな私の心はすぐさまその疑問符の海から引き摺りあげられた。
「スラッシュ」
 そう囁くようにスラッシュ兄さまの名前を口にしたティア姉さまはまるでこの世界にある一切の不純物の無い金属の結晶かのようなとても綺麗に澄んだ表情を浮かべていたのだ。そう、まるで何者も絶対に彼女には触れられないと確信せざるおえないそんな厳粛な表情。
「スラッシュ」
 そしてもう一度呟かれた名前。
 私は転瞬前の自分の認識が間違っていた事を悟る。何者でも汚す事のできないとても美しく澄んだ表情を浮かべるティア姉さまに触れられる人は居た。それはそんな表情を浮かべるティア姉さまにその名を呼んでもらえるスラッシュ兄さまだ。
 そしてなぜかそれを想った瞬間、脳裏にいつも私を頬杖ついて眺めている時にルキスが浮かべるどこか彼のお父さんを想わせるとても優しく穏やかな微笑が浮かんで、そしてこれもどうしてなのかとても理解できないのだけど私はルキスに会いたいと想ってしまった。
 そんな想いに自分でもどうしてなのかわからなくって戸惑う私はそれをごまかすように意識して能天気な声を出した。
「ティア姉さま、どうしたんですか? スラッシュ兄さまの名前を突然に呼び出して」
「ううん、何でもないの」
 そう言うティア姉さまの顔はとても綺麗だった。
 そしてだからやっぱり私は興味を持ってしまう。
「ふ〜ん、そうですか。あ、それよりもお二人の出会いはだからどうだったんですか?」
 だけどやっぱりそれは……
「う〜ん、内緒♪ 想い出は人に言っちゃうと減っちゃうから」
 ………流されてしまって。「わ、酷い」
 素直にそんな感想を述べる私にくすくすと笑いながら、だけどティア姉さまは……


「スラッシュはね、私の月なの。ふと空を見上げれば暗い暗いと想っていた夜の闇の中でも優しく照らしてくれている月」


 と、そこにあるとても大切な温もりの灯火を消してしまわないようにするように左胸にそっと両手を重ね合わせて、それだけを私に伝えてくれた。


 私は思わず両手を握り締めて感動してしまう。それはまさしく私がお二人に抱くイメージ通りだからだ。
 そう、ティア姉さまはルキスと同じ太陽で、スラッシュ兄さまは私と同じ月。
「すごい。さすがはティア姉さまです」
「え? え?? 何が???」
 戸惑うティア姉さまに私は説明をする。
「あ、えっとですね、実は私とルキスをルキスのお母さんが月と太陽と言い例えていたんです。ルキスの金髪は太陽を、私の銀髪は月をイメージできるからって」
「ああ、うん」
 ティア姉さまは納得いったという感じで頷く。
「それで実はそれってティア姉さまとスラッシュ兄さまにも当てはまるんですよね。それに私がちょっと前に気づいて、ルキスも同意してくれて…あっーーーーー!」
 あ………。
 しまった。
 やってしまった。
 ものすごく重大なミスを私は犯してしまった。
 そう、計画だ。私は計画を忘れてしまっていたのだ。
 計画?
 そう、計画だ。私とルキス、それを年中組み。そしてもう二組みあってその一つが年長組み…ティア姉さまとスラッシュ兄さま。
 この二人は傍から見ればしっかりとお互いに好きあっているのに、なかなかお互いが前に進もうとはせずに見ているこっちがじれったくなってしまう人たちで、
 それならば【進まぬなら進めてみせよう、ホトトギス】という事で私とルキスの二人で年長組みさんをくっつけてしまおうという事になったのだ。
 つまりがここ【平成京の七夕イベント】はそんな画策を練っていた私らにはすこぶる都合が良かったのだ。
 で、その計画の第一段階が男の子組みと女の子組みに別れて、二人が抱く想いを自覚させようというのだ。
 今にして想えばルキスのあの態度もその作戦の一環であった?
(うわぁー、失敗しちゃったなー。どうしよう。すっかりと忘れちゃってたよ……)
「ん? どうかしたの、カルン?」
 小首を傾げるティア姉さま。
 とにかく私は今からでも遅くはないというか実質的にはちゃんと計画通りには動いていないわけでもないのでこのまま話を進める事にする。ルキスだって、うん、最初から気づいていたよ、作戦だって♪ とかなんとか言って笑顔を浮かべればごまかしきれる自信もあるし。うん。
「あ、いえいえ、何でもないです。何でも。でも太陽は明るく全てを照らし、月は優しく全てを見守る、これは私の国の歌の一節なんですけど、すごくティア姉さまたちに合ってると想うんです」
「あ、うん、ありがとう、カルン」
 力説する私にほんのりと頬を赤らめたティア姉さまはなんだかものすごくかわいくって、私は思わずぽぉーっとなってしまった。
「どうしたの? やっぱり何かあった?」
「え、あ、いえ、何でも…はい、何でもありませんです」
 そして照れが最高潮に達した私はそれを言う訳にもいかずにまるで壊れた玩具のようにティア姉さまに向って両手を振るのだった。
 いつか私にもこうやって綺麗な表情を浮かべながら語れる人ができるのであろうか?
 ―――――そしてそんな事を考えた瞬間にやっぱりちらりと脳裏にルキスの顔が浮かんだのがとても不思議だった。本当にさっきからどうしてあの子の顔ばかりが浮かぶのだろうか。本当にとても不思議だ………。



 +


 浴衣を買い終えると、途中でソフトクリームを買って、男性陣たちがいるはずの甘味屋に向い、そこでちゃんと合流した。
 仲良さげに歩くティア姉さまとスラッシュ兄さまの後ろを歩きながら私はペパーミントのアイスクリームを舐めつつ、浴衣の入った紙袋を持ってくれたルキスの顔を横から覗き込んで作戦の成果を訊く。
「ねえ、ルキス。上手くいった?」
 と、訊いたら何やらルキスはびくりと体を震わせた。
 私は今までに無いルキスの反応に驚いて目を瞬かせてしまう。
「どうしたの?」
「な、何でも・・・」
 ぶっきらぼうにそう答えるルキス。やっぱり何か変だ。
 ひょっとしてまだ先ほどの事を怒ってでもいるのであろうか?
 それともルキスもソフトクリームを食べたかった? 私は目の前で交互にイチゴのソフトクリームを舐めあうティア姉さまとスラッシュ兄さまと自分の手の中のペパーミントのソフトクリームとを見比べながら想った事をルキスに言ってみた。
「ねえ、ルキス。ルキスも舐める?」
 と。
 そしたらルキスったら何やらとんでもないモノでも見るような目で私を見て、挙句の果てにはものすごく重いため息を吐きながら首を横に振った。
 ――――あれ、ルキスってペパーミント味のソフトクリームって嫌いだったっけ?
 と、想ったのも束の間おもむろにルキスは私の口の端についているアイスを右手の親指で拭ってそれを口に入れた。
 ――――ほら、御覧なさい。やっぱりルキスったらアイスが食べたかったんじゃない。だったら素直にアイスが舐めたいって言えばいいのに。
 何やら再度大きな大きなため息を吐いたルキスに私もため息を吐きたかった。



【七夕祭り】


「あまっ」
 私は口の中に入れた瞬間にじゅわぁって溶けて広がったわた飴の感想を短く的確に述べた。
 そしたらルキスったらまた、
「わた飴は砂糖の結晶なんだから甘いのは当たり前でしょう、カル」
 なんて可愛げの無い事を言ってくれちゃったりする。
 私の選んだ紺地に絣柄の浴衣を着ているルキスは外見だけはちょっと大人っぽくって良いなって感じで、結構たくさんの幼女からおばあちゃんまでさりげなくという風を装ってちらちらと見ていて私も鼻高なのに、でもこんなにも可愛げの無い事を言うのを知ったらきっと皆で口をそろえて詐欺だ、訴えてやる、なんて言うんだろうな、ととりとめもない事を想ってしまった。
 私はため息を吐く。
「どうしてルキスはそうも現実的な事しか言えないかな?」
「あのね、それはカルが夢見たいな事ばかり言ってるからだろ。だから僕がしっかりとするしかないじゃない」
「むぅ〜、そういうモノなの?」
「うん、そういうモノ」
「ああ、じゃあ、ルキスのお願い事はもう決まってる訳ね」
「ん?」
 私はわた飴の棒をタクトのように振って歌うように言う。
「私がしっかりとしてくれるように、とかって」
 そしたらルキスは顔を片手で覆って大きくため息を吐いた。
「あら、ルキス。カキ氷がきーんと頭に来たの?」
 そんなにきーんと来て苦しいのならこの私が食べてあげましょう。
 私は、ルキスが左手に持つカップの中のイチゴカルピスがかかったカキ氷を拝借して、先が広がってスプーンになっているストローを使ってそれを口に放り込んだ。
 きーんと来た痛みに思わず握り締めた右手を眉間にあててしまう。でもやっぱりこれがカキ氷の醍醐味で、懲りずにまた口の中にカキ氷を放り込んできーんとしてしまう。それの繰り返し♪
「って、勝手に人のカキ氷を食べているし。はぁー」
「って、ルキス。ため息ばかり吐いていると幸せが逃げちゃうよ?」
「はぁー、そうだね。それじゃあ、旅の目的を、青い鳥、探しにでも変えようか?」
「あら、ルキス、知らないの? 青い鳥はすぐ隣にいるものなのよ?」
 と、言ったらなぜかルキスは顔を赤くして口元を手で押さえながら私から顔を逸らした。
 っとに一体何なのだろうかこの子は昼間から?
「どうかしたの、ルキス?」
「いや、何でもないよ、カル」
 そう言いながらもルキスの顔はまだ少し赤かった。いつも浮かべている笑みとも少し違って硬く見えるし。っとに。
 と、そう言えば………
「あれ?」
「どうしたの、カル?」
「んと、ティア姉さまとスラッシュ兄さまが迷子になっちゃったみたい」
「え、あ、ほんとだ……いない、ね」
 ルキスは肩をすくめる。
 私も肩をすくめた。
 本当にもう。ただでさえなんか様子の変なルキスの面倒を見るのだけでも大変なのに、世話をかけて。しょうがないなー、ティア姉さまもスラッシュ兄さまも。
「どうする、ルキス。迷子のアナウンスをかけてもらう?」
 私が深刻な声でそう言うとしかし、ルキスは首を横に振った。
「大丈夫だよ。ティアさんにはスラッシュさんがついているんだから。それに目的地は一つなんだし、そこで合流できると想うよ」
 ルキスは左右に屋台が並んだ道の先にある大きな竹を指差した。折り紙というモノで飾りつけられた竹は風に揺れてとても涼やかな音色を奏でている。
 その音色を聴いているだけで自然に歌詞が頭の中に浮かんできて、私はとても歌いたい気分になってしまった。
「う〜ん、歌いたい」
「残念。喉自慢大会は無いみたいだよ」
 にやりと意地悪に言うルキスに私は苦笑した。
「そうじゃなくって〜」
 甘えるようなそんな声を出す私にルキスは肩をすくめながら苦笑した。
「わかってる。普通に歌いたいんだろう。綺麗な音色だものねこの笹の葉が揺れる音は」
「うん、こんなに人の声がたくさん溢れてるのにそれでも自然が奏でる音色が聴こえてくるなんて不思議だよね」
 私がそう言うとルキスはとても優しい表情を浮かべて私の頭を撫でた。
「思い出した? 国を。僕と同じ事を考えたんだろう?」
「うん。歌が溢れた国。他の人はどうなのかわからないけど、私は歌が好きだった」
「僕もだよ。僕もカルが歌う歌も、母さんが歌う歌も大好きだった。だからかな」
「うん、だからだよ」



 こうやって自然の奏でる音楽がどんな中でも聴こえるのは。
 ――――私達はとても歌が好きだから。



 ん〜、でもだけど………
「歌も好きだけど、屋台も楽しみたい、かな?」
 えへぇ、と小さく傾げさせた顔に私はお願いの笑みを浮かべる。
 そんな私にルキスは大きくため息を吐いた後ににこりと笑った。いつも私がお願いする度にルキスが浮かべるしょうがないな、っていう笑みを。
「まったくカルは。しょうがないな。でも無駄遣いはダメだよ?」



 +


 ん、無駄遣いってなに?
 って言う言葉はあとほんの少しで口から零れるところだったけど、私はちゃんと飲み込んだ。
 そんな私が一番に選んだ屋台は金魚すくい。
 プールの中を悠然と泳ぐ金魚も居れば、隅っこでじっとしてる金魚も居る。
 そんな中で私のハートをロックオンしたのは黒の出目金だった。しかもその出目金、なんとなくふてぶてしく真ん中を泳ぐくせにちゃっかりと上手く自分をすくおうとする子どもらのすくい網から逃げる様がどこかルキスを連想させて私を笑わせる。
「良し、あなたに決めた」
 私はターゲットロックオンすると、絶妙な角度ですくい網を水の中に入れてルキス出目金をすくおうとする。
 でもそのルキス出目金………
「あーーーーー!!!!」
 ちゃっかりと尾っぽをきゅっと曲げて私のすくい網の軌道から逃げやがったのだ。
 そしてふん、カルなんかには捕まらないよ、とでも言いたそうにちらりと私を見て、そしてまた悠然と泳いでいくのだ。
 その姿に思いっきり頭に来て私は思わずルキスを睨んでしまった。
「ん、なに、カル?」
「何でもない!!!!」
 私はそう言うとまだ損傷の少ないすくい網を駆使してなんとかルキス出目金をすくってやろうとするんだけど、そのルキス出目金はなんと今度は事もあろうにまっすぐと私のすくい網に突っ込んできて破れ目の端をさらに突き破って逃げやがった。
 完全に網が破れてしまったすくい網を眺めながら私はしばし呆然となって次にやっぱり怒りが込み上げてきて、何が何でもこの生意気なルキス出目金をすくってやりたくなった。
 だからばっとルキスに向って手を差し出す。
「ルキス、金魚すくい代頂戴」
 でも帰ってきた言葉は………
「ダメ」
 思わずあんぐりと口を開いてしまう。
「どうしてよ、ルキス」
「だって二百園で金魚二匹ってちょっと高くない?」
 私は小首を傾げる。
「二百園で金魚二匹って、どうしてそうなるの?」
 そしたらルキスはにこりと笑いながら指差した。私は視線をルキスの指から、その指の先に移した。そしたらそこにあったのはビニール袋の中を泳いでいる一匹の金魚だ。失敗して一匹も取れなかった人にはサービスで一匹おまけ。つまりルキスが言いたいのは………
「ひどっ。誰が失敗するのよ?」
「だってカル、今失敗したじゃない?」
「それはルキス…」
「ん?」
 私は慌てて口を閉じて、その閉じた口を両手で覆った。
 だってさすがに出目金にルキスの名前を付けただなんて言えないもの。
 そんな私にルキスはまた眉根を寄せて眉間に皺を刻むのだけど吐いたため息でそれを弛緩させた。
「まあでも一匹だけってのは可愛そうだから、お友達を増やしてあげて、カル…(?)」
 ん? 私は眉根を寄せる。今ぼそっとルキスは何かを言った。
「今、ルキス、何か言った?」
 そしたらルキスは妙に楽しそうな笑みを浮かべた顔を横に振った。
「んーん。それよりもほら、カル。はい」
 などと新しいすくい網を私に渡してくれる。
 なんとなくはぐらかされたような気もしないでもないが、私は素直にそれをもらって、ぺろりと唇を舐めた。
「さあ、ルキス出目金。覚悟なさい」
 三度目の正直で私はもう最初から玉砕覚悟ですくい網を泳ぐルキス出目金の前に水面から50度の角度にいれようとして、
 しかし!!!!!
「あ!!!!」
 なんとルキス出目金がじゃんぷして、すくい網の紙を落下するスピード×体重=衝撃で破りやがったのだ!!!!
 そしてぼちゃんとプールに落ちたルキス出目金は、ゆっくりと泳いでいく。
「二度ある事は三度あるというからね。ご愁傷様」
「・・・」
 にこりと笑ったルキスの顔に金魚が泳ぐプールの水を想いっきりかけてやったらどんなに気持ちいいだろうか、というそんなものすごく魅力的な誘惑が私の頭の中に浮かんで、しばし私を悩ませた。



 +


 ヨーヨー釣り、その屋台の前で私はルキスに取った水風船を見せびらかした。
「ふふん、すごいでしょう。自分で取ったのよ。自分で」
「うん、すごい。すごい。がんばったね、カル。ソレュとリュヌもよくやったって褒めてくれているよ」
 ビニール袋の中のソレュとリュヌも本当にそう言ってくれているように二匹揃って私を眺めてくれていて、私はなんだか本当に嬉しくなった。
 水風船で遊びながら私は次に行きたい屋台を探す。
 ルキスはただ見てるだけだから彼の意見を聞く必要は無いので(と、言っても財務省は彼なので、彼がやっても良いと言ってくれるモノしかできないけど…。本当にルキスったらケチ!!!)、私は自分が遊びたい屋台を探していたのだけど、そしたらすぐ隣でぱん、と水風船が割れる音がした。
 そして次に上がったのは子どもの泣き声だった。
 水風船を割ってしまった男の子が泣いていて、それでその場から動こうとしないその子を両親が持て余しているように怒っている。
 だけど私はその光景に微笑ましいなって想ってしまった。思い出したのだ。幼い頃の想い出を。
 そう、幼い頃の私にも同じような体験があった。
 お母さまの声を取り戻すために叔父様に玉座を譲り渡し旅に出たお父さまとお母さまに置いていかれた私はルキスの家に預けられた。
 もちろん私は寂しさなんて表には出さなかったけど、でも本当は寂しくって、そんな私を励ますためにルキスのお父さんとお母さんは私とルキスをお祭りに連れてきてくれたのだ。
 それで私は初めて水風船釣りをやってだけど釣れなくって、そうしたらルキスのお父さんが私が釣れなかった水風船を釣ってくれて、だけど私はそれを割ってしまったのだ。そうしたらもう何もかも我慢できなくなってそれで泣いてしまって、でもそんな私にルキスが水風船を渡してくれて………
 だから私はその男の子に水風船をあげた。
 今度は私の番だと想ったから。
「はい。ちょっと色が違うけど、お姉ちゃんの水風船をあげる」
 そう言ってその子の手に水風船を握らせてあげたら、そしたら泣いたカラスがもう笑って、それがとてもかわいくって私は笑ってしまった。



 +


「ねえ、ルキス」
「ん?」
「たまにはルキスも何か遊んだら?」
「何か、って言われてもねー」
 ぼんやりと周りの屋台を眺めていたルキスだけど射的屋に視線を移した瞬間に小さくふむと頷いて、私に射的屋を指差した。
「やるなら、あれかな?」
「ん、ルキスって射的って好きだったけ?」
 私が小首を傾げると、ルキスは何やら意味ありげににこりと笑って、だけどそのままそれに関しては何も教えてはくれずに、
「ほら、行こう、カル」
 と、私の手を引いて射的屋へと向かい出した。
 どうやらよっぽど射的が好きらしい。ほんとまだまだ子どもなんだから。
 これはやっぱり私がお姉さんとしてちゃんとルキスの面倒を見なければならないらしい。ほんと、世話が焼けるったらありゃしないんだから♪
「はいはい、ルキス。慌てないの。射的屋は無くなったりはしないわ」



「はいよ」
 射的屋のおじさんは愛想の無い声で私とルキスに竹で出来た拳銃を渡してくれた。空気でスポンジ弾を撃ち出すタイプの銃だ。
「愛想無いなぁ〜。客商売なんだからもっと愛想良くしなきゃ」
 ぼそりとそんな事を言ってみる。
「こら、カル。失礼だろう」
「ぶぅー」
 おじさんがちらりと私を見るのとルキスがいつもの感じで私を嗜めるのとが同時。でも私は間違った事は言ってはいないんだけど。
 私は肩をすくめた。
 そして銃の銃口を照準する的を選ぼうとそれらに視線を走らせるのだけど、
「綺麗な蝶だよね」
 やっぱり視線は52番の的の角にとまっている蝶へと行ってしまう。まるで月のような蒼銀色の美しい蝶に。
 蝶の美しさに私がうっとりとしていると、なぜか先ほどからまるで射的屋のおじさんを見張っているかのようだった男の子がしかし怒りながらやってきた母親に耳を引っ張られた。
「こら、あんたって子は。ちっとも戻ってこないから探しに来てみればこんなところで油を売って」
「痛てーよ、母ちゃん。勘弁してくれよぉー」
 そして何やら台風のようにその騒がしい母息子が退場すると、なぜかまるで待っていましたと言わんばかりの勢いで、射的屋のおじさんが52番の的の角にとまる蝶に手を振り上げた。
「あっ」
 私は思わず悲鳴とも叫びともつかぬ声を出した。
 そして2番の的を狙っていた銃口を無意識にスライドさせて、トリガーにかけていた人差し指に力を込めて、
 だけど………
 ――――ダメだ。間にあわない。
「くぅ」私はその光景を見たくなくって瞼を閉じた。
 スポンジ弾は全然見当違いな方へ飛んでいく。
 でも………
「ぎゃぁ」
 あがったのは蝶の悲鳴ではなく低く不細工な声だった。
 恐る恐る瞼をあけるとおじさんがこめかみを押さえて蹲っていた。
 そして蝶は羽根を休め終わったのかひらりと宙に舞った。
 その飛ぶ姿すらも美しくって思わず私はそれに見とれてしまった。
「貴様ぁー、何をしやがるぅ」だけど私の意識はその凶暴性剥き出しの声に現実に戻された。
 前歯の無いおじさんが睨んでいるのはルキスで、ルキスはでもひょうひょうとした感じで軽く肩をすくめ、
「すみません。射的って初めてなんで的じゃなくっておじさんに当ててしまいました」
 などと極上の笑みを浮かべる。
 だけど私は知っている。ルキスがこういう笑みを浮かべる時は結構、ルキスが怒っている時で、そして彼にこういう表情を浮かべさせた者は例外なく泣きを見るって。そう、私も何度この笑みを見て、酷い目に遭った事か。
「あ、でも見事にスポンジ弾はあててみせましたけど、おじさんはいりませんからね?」
 思わず身震いしてしまった私は、だけど何気なく動かした視線の先ですごいモノを見てしまった。
「わぁー、しまった。最後のスポンジ弾で52番の的を撃ち倒しちゃった」
 私は頭を抱える。私が欲しかったのは2番の的の景品なのに。
「な、なななな何だって????」
 こめかみを押さえてルキスを睨んでいたおじさんはだけど私のその言葉を聞くとすごい勢いで後ろの的を振り返った。
「52番の景品、って、ぎゃぁ、何あれ。あんなの欲しくないよ」
 そう呟いた私をおじさんは今度は睨んだ。
 むむ、なにさぁ?
 眉根を寄せた私。
「まあ、カル。そう言ってあげないでよ。あれはこの射的屋一晩の売り上げよりも高価な物なんだから」
 そう言って私の頭にぽんと手を乗せたのはルキス。頭を動かして隣に並ぶルキスの顔を見ればやっぱりまだあの極上の笑みが浮かんでいて、
 そして私はなぜかにこりと笑ったルキスに見られている射的屋のおじさんに心からこう言いたくなった。


 ご愁傷様・・・。


 と・・・。



 +


「あ、ルキス出目金!!!」
「カル出目金!!!」
「「・・・」」
 私とルキスは互いに互いの名前を出目金の前にくっつけて、スラッシュ兄さまの持つ出目金を呼んだ。
 そしてお互いに顔を睨み合う私とルキス。
「カル出目金」
 ―――からかうように言うルキスに、
「ルキス出目金」
 ―――ムキになって言う私。
 そんな私達に、スラッシュ兄さまとティア姉さまはくすくすと笑いながら顔を見合わせあっていた。
「でもスラッシュ兄さま、よく取れましたよね、ルキス出目金。その子、ルキスそっくりで器用にすくい網を避けてばかりいたのに」
「そうそう。カルなんて2本もすくい網をダメにされたのにね、カル出目金に」
 意地悪にそう言ったルキスに私はぷぅーっと頬を膨らませた。
 そんな私にスラッシュ兄さまは自分が持つルキス出目金が入った袋をくれる。
「………そうなの、か? …俺の時には、簡単にすくえたが? …なあ、………ティア…」
「そうそう。スラッシュったら金魚すくいが初めてなのに、この出目金はすんなりと取れたのよ?」
 にこりと笑ったティア姉さまにスラッシュ兄さまは苦笑を浮かべながら肩をすくめた。
「それよりもスラッシュ兄さま、このルキス出目金、もらってもいいんですか?」
「……ああ、その…出目金も一匹でいるよりも………仲間と一緒に居た方が…いいだろうから…な」
「わぁー、よかったね、ルキス出目金」
 私はルキス出目金が泳ぐ袋を顔の前に持ってきて、その中を泳ぐルキス出目金に語りかけた。
 そしたらその袋の向こうでルキスったら、
「よかったね、カル出目金」
 などとルキスがまだ言う。
 だから私は思わず、
「ルキス出目金!!!」
 と、言って頬を膨らませた。
 もちろん、ルキスも私の真似をして頬を膨らませていて、だけどビニール袋の中に入った水のせいで歪んで見えるルキスの顔はすごい変な顔で私は頬を膨らませていた空気を口から吐き出して、笑ってしまった。
「カル、笑いすぎ」
 ぽんと頭の上に置かれるルキスの手。その感触に私はまた違う笑みを浮かべた。



 ――――そしてそんな私が短冊に書いて願う願いは・・・・・



 どうかお父様とお母様が無事でありますように・・・



 想い出はそうはない。
 置いていかれた悲しみもある。
 だけどそれでも今私がこうして笑っていられるのはやっぱりお父様とお母様が好きだから。
 そして二人が私をルキスの家に預けてくれたから。
 偶然がこんなにも最大の幸せな時間を私にくれた。
 私はルキスがいるから笑えている。
 だから私は願うの。
 私はルキスがいるから笑えている。だから何も心配する事は無いよ、って。
 だから何も心配せずにどうか・・・
 どうか無事にいてね、お父様とお母様。
「だからカルは笑いすぎ」
「だってルキスったら変な顔なんだもの」
 お父様、お母様、私はこうやってルキスの隣で笑っているよ。



【ラスト】


「うわ、すごい綺麗。だけど煙たい」
 私は迸る火の花に歓声をあげた。
 そんな私の手をルキスが掴んで引っ張ってくれる。
「カル、こっち。風の吹く方向とは逆の方に立てばいいんだよ」
「うん」
「本当に綺麗よね、花火。打ち上げ花火もそりゃあいいでしょうけど、でもやっぱり私は線香花火の方が好きかな?」
「そう…だな。風情はこちらの方が…ある、か」
「ねえ、カルン。カルンも一緒に線香花火をやらない?」
 短冊に願いを込めて、それを竹に結わった私たちは平成京主催の大花火大会が始まるまでのしばしの間、大量に仕入れてきた花火で楽しんだ。
 その花火はあの射的屋で、私がゲットした52番の品物と交換した奴だ。交渉したのはルキス。確かに52番の品物はものすごく高価だったけど、でもそれは私たちの旅には役に立たない。だからルキスはその52番の品物を射的屋にあった食料とそれと一袋五百園の花火セットすべてとを交換させたのだ。
 ―――ちなみに私が52番の品物をお金に返金した方が良かったんじゃないの?って言ったら、ルキスは何やら渋い顔をした。どうしてなのだろう?
 とにかく私たちは近くにいたたくさんのカップルや子どもら、多くの人たちに花火をわけて、一緒に花火を楽しんでいた。
 線香花火の小さな火の花はとても綺麗に咲いて、私の心を和ませる。
「ねえ、カルン、知ってる。願い事をしながら線香花火を最後まで落とさずにやり切ると、その願い事が叶うっていうジンクス」
「え、そんなのがあるんですか?」
 七夕の願い事に付け加え、そんなジンクスまで。
 私は何やらとてもドキドキしてしまう。
「わー、やってみようかなぁ?」
「ん、でも落ち着きの無いカルに最後まで線香花火をやり切れるかな?」
 と、今日は本当にやけに突っかかってくるルキス。
 私は頬を膨らませる。
「もう、こら、喧嘩しないの、二人とも」
 笑いながらティア姉さま。
 そしてスラッシュ兄さまが線香花火のじじぃっていう音をあげながら咲く火の花を見つめながら、静かに静かに語る。
「………願い事は強く思えば叶う…さ。…強く願う心、が…それを引き寄せるのだ。………ジンクスなどもそう。それ自体が力を持つのでは、ない。それを信じる人の心が……願いを叶える、んだろうな………この線香花火のジンクスのように………七夕の短冊のようにな………」
 私はスラッシュ兄さまのその言葉に昼間の疑問を思い出す。
「そういえば今の今まで忘れていましたけど、本当に七夕の由来って、何なんでしょうね、ティアお姉さま」
 でも私がそう言うと、ティア姉さまはぱちんと胸の前で両手を合わせて私を上目遣いで見ながら謝罪の言葉を述べた。
「え〜っと、ごめんね、カルン。私はさっき、スラッシュに七夕の由来を聞いてしまったの」
「え〜〜〜、それはずるいです、ティア姉さま」
「ごめんなさい」
 私とティア姉さまはくすくすと笑いあい、
 そして私はスラッシュ兄さまを見る。
 スラッシュ兄さまは心得ているように頷いてくれ、そして七夕の話を語ってくれた。



 夜空に輝く天の川のほとりに住む美しき天女 織女と天の川の西に暮らす牽牛は結婚した。
 だが二人は愛しあうばかりに離れる事ができなくなり、織女は機織をすっかりとやめてしまった。
 天帝はそんな織女に怒り、二人を引き裂くのだが、それでも二人に情けをかけた。もしも二人が真面目に働くのなら、それなら一年に一度、七月七日に二人を逢わせてあげよう、と。
 それからは織女と牽牛はその日を指折り数え、日々を一生懸命に働くようになった。
 七月七日、それは離れ離れになった織女と牽牛が一年に一度天の川を越えて出会える日。



「それが七夕…」
 私は空を見上げる。
 深い深い藍色の夜空に散りばめられた星の川。天の川。
 今そこでは一年に一度しか出会えない織女と牽牛が一年に一度の逢瀬を楽しんでいるのであろうか?
 今まで語れなかった分だけ語り、
 手と手を重ね、
 温もりを感じあって、
 そこに大切な人の、
 そして自分の存在を見ているのあろうか?



 私はそれをいいな、って想った。



 そして私は隣を見る。隣にいるルキスも私と同じように夜空を見上げていて、それで私の視線を感じたのか私を見て、ん? と優しく笑いながら両目を細める。
 変わらぬ笑顔。
 変わらぬ存在。
 手が覚えているルキスの温もり。
 だから私は………
「わぁーーーーーーーー」
 ――――それを願ってしまう。
「どうしたのよ、カルン?」
「………何か、あったのか、………カルン?」
「どうした、カル?」
 口々にそう言う皆に私はしどろもどろに言う。
「わぁー、あー、えっと、林檎飴が食べたい」
「はい?」
 小首を傾げるルキス。
 とにかく私は両手を目一杯に壊れた玩具みたいに振って、訴える。
「とにかく林檎飴が食べたいの!!!」
 そう訴えるとルキスは普段はすべからずまず最初は却下するくせに、なぜか、
「しょうがないな。じゃあ、僕が買ってくるからカルはここで待っていて」
 なんて事を言い出す。
 私は心の中でうぅ〜と唸ってしまう。
「あ〜、えっと、いや、いいです。自分で自分の好きな林檎飴を買いたいので。では!」
 そう言って私はくるりと身を翻すと、ダッシュした。
 そうして私がどこに来たかと言うと、私はまた竹の前に来ていた。
「おや、お嬢ちゃん、また来たのかい?」
「うん、もう一個お願い事が増えて。えっと、ダメ?」
「いやいや、ダメじゃないよ。お願い事はたくさんあるものねー。はい、短冊」
 係りのおばさんがころころとした人懐っこい笑みを浮かべて、そうして私に短冊をくれる。
「ありがとう」
 私はおばさんにお礼を言って、そして置かれた机の前に立って、ペンを手に取ると、それを書き込んだ。



 そう、七夕の……一年に一度しか会えない織女と牽牛。
 その話を聞いた瞬間に私の心に浮かび上がったのはルキスだった。
 ルキスはとても大切な男の子。
 いつも一緒にいてもらいたい子。
 これからもずっとずっとずっと。
 それがどういう想いなのかなんて私にはわからないし、
 その想いを言葉で言い表す事は多分必要とはしない。
 私はただ自分の想いのままに・・・。



 どうか、ルキスとずっと一緒にいられますように・・・



 結わいつけた短冊は風に揺れる。
 風は奏者。
 竹や短冊は幸せへと続く願いの音色を奏でる楽器。
 私はひとり、そんな竹を下から見上げながら、
 歌を歌うの。



 ひとつめの願いは、夢
 大切な人との想い描く未来の光景
 ふたつめの願いは、祈り
 大切な人たちが、今を無事に平穏に居る事。二人一緒に夜空を見上げ、深海に降る雪かのようなマリンスノーのような星空を見上げているように
 同じ時を、同じ事をして、同じ想いを描きたい
 みつめの願いは、繋がり
 繋がりの糸が断ち切れることなく二人を繋いでくれているように
 遠く離れたとしても、それでもその糸を手繰り寄せて、二人出逢えるように
 石に別れつ水の流れがでもやがてまたひとつになるように
 いつまでも同じ時を、同じ場所で
 願い・・・
 風に舞って、あがれ
 天の川に
 そこで出逢う二人のように幸せな想いに包まれて
 その想いにいつか叶うように



「カル」
 歌を歌っていたの。
 風という奏者がたくさんの願いという衣を纏った竹を楽器にして奏でる音色に合わせて歌を。
 あのね、その歌を歌いながらね、想ったのだよ。
 あなたにこの歌が届けばいいな、って。



 ルキス・・・



「ルキス、どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ。本当にカルの方向音痴」
 荒い息を吐いていたルキスは大きく深呼吸をした後、やっぱりいつものようにあの優しいしょうがないな、カルは、っていう笑みを浮かべてくれて、
 そしてそれが当然のように私の隣に並んで立って、それで手を繋いでくれた。
 繋いだ手と手。重なり合う温もり。
 それに安堵しながら見上げた夜空。
 天の川をバックに夜空に大輪の花が咲き綻んだ。
 私とルキスはそれを並んで見上げていた。
 手と手をぎゅっと繋ぎながら。


 ― fin ―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】




【 1948 / カルン・タラーニ / 女性 / 18歳 / 旅人 】



【 1952 / ルキス・トゥーラ / 男性 / 18歳 / 旅人 】 



【 1962 / ティアリス・ガイラスト / 女性 / 23歳 / 王女兼剣士 】



【 1805 / スラッシュ / 男性 / 20歳 / 探索士 】







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■         ライター通信          ■
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こんにちは、カルン・タラーニさま。いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


今回はお待たせしてしまってすみませんでした。
お待たせしてしまった分、お気に召していただける作品に仕上がっていたらなーと想います。


そしてちとライターが先走りすぎた感が無きしもあらずですが、
これを機にお二人の仲が進んだらと想います。



カルンさまの二つの願い、どちらもじーんときました。
まずはお父様とお母様の無事を願うカルンさんの優しさは本当に良いなーと想いました。
本当に無事だといいですよね。
一緒に暮す事は出来なくっても、
離れ離れでも、それでも親子のとても暖かな繋がりが感じられて良かったなと想いました。


そして二つ目の願い。
まだだからといってお相手のルキスさんと付き合える事になったわけではないのですが、
それでもその無意識の願いの中にも、カルンさんのルキスさんへの想いが感じられて、
本当に二人が早く幸せになれたら良いのになって想いました。
はい、カルンさん。他はすべて当てはまっているのですから、だから口五月蝿いのぐらいは妥協してあげてください。
それもルキスさんの愛情だと想いますから。
時には妥協も大切です。というか、大切な人だからこそ妥協もできるのですしね。
本当に心が暖かくなるようなプレイングをありがとうございました。


それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
本当に今回もありがとうございました。
失礼します。