<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『涼やかなる笹の音色に運ばれる願い』

「まるで太陽と月ね」
 花が咲き綻ぶようにとても幸せそうに笑いながらそう言った母はとても綺麗で、
 そして幼い頃の僕とカルはお互いの顔を見合った。
「太陽と」
「月?」
 お互いの顔を指差しあってそう不思議そうに言った僕らに母はくすくすと笑いながら頷いて、
 そっと愛おしげに僕の髪を指で梳いて、
「金糸のようなさらさらの金髪のルキスは太陽」
 くすぐったそうに笑うカルの頭を撫でながら、
「プラチナ色の髪のカルンは月」
 そして母は僕らをそっと抱き寄せて、
「だから太陽と月」
 優しい温もりといい匂いがする母に抱かれながら顔を見合わせあった僕とカルも互いにくすりと笑いあう。



 ――――太陽
 昼間の世界を照らす命を育む光。




 ――――月
 夜の世界に一条の光を投げかけて、そこに住まう者に安らぎを与える光。




 太陽は無くてはいけないモノ。なければ世界は凍える。
 月は…無くなれば海の潮の満ち干とかそういう事に障害は出るかもしれないけど、でも無いならないで人は困らないのかもしれない。
 とある演劇でも「僕のこの愛を月に誓う」と言った男優に「月なんて、あんな形の変わるモノに誓わないでちょうだい」と女優が言うシーンなんかもあって。
 とかく月とはその扱いに困ったモノらしい。
 それでも夜の世界に月が投げかける光は優しく、それに人々が感じる安堵感や安らぎは計り知れない。
 そう、だから月は無くってはいけないモノなのだ。やっぱり。
 そしてそれは僕も同じ。小さい頃から一緒にいたカルだから、だから隣にいてくれないと落ち着かない。もう温いコーヒーに熱いコーヒーを継ぎ足して飲むようには、カルのいない時間を他の何かで潰す事はできない。
 でもまあ、そういう感情を抱く僕とカルには大きな差があるようだけど・・・。


「ねえ、ルキス。お月様にはうさぎがいるのよ」


 笑顔でそう言う彼女に今日も僕はため息を吐くのだった。




【オープニング】


 テーブルを囲んで次に行く冒険の行き先の打ち合わせをしていると、そこにエスメラルダがやってきた。
「ねえねえ、あなたたち、もしもまだ次の冒険の行き先が決まっていないのなら、あたしのお願いを聞いてくださらない?」
 長い髪を掻きあげながら小さく傾げた顔に甘やかな微笑を浮かべた彼女は、小鳥が囀るように嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「あのね、今度の7月7日にここより東に行った『平成京』という街で七夕という星祭りが行われるの。その七夕のイベントの一つに願いをこめた短冊を竹に結ぶというのがあって、それでその願いを書いた短冊をあたしの代わりにあなたたちに結んできてもらいたいの。頼めるかしら? ああ、それにその日は浴衣の貸し出しや、屋台もたくさん並ぶからすごく面白いと想うわよ。たまには戦いを忘れてただ遊ぶのもいいと想うけど、どうかしら?」



【男の子たちのシークレットトーク】


「平成京は此処ソーンにおいて異世界地球より来し人々が築き上げた都で御座います。
 都の真ん中を走る朱雀大路を挟み、左側を右京、右側を左京と申しまして、右京と左京は緻密な都市計画によって左右対称の造りをしております。
 一条から九条まである区画もまた町と言う単位で区切られておりまして、皆様旅行者さまはまずは五条にある西寺において割符を得てくださいませ。それとお金は園となっておりますので、そちらの方は東寺において換金をお願いいたします。以上でここ平成京の説明は終わりにいたしますが、他に何か質問はございますでしょうか?」
 浴衣、という民族衣装を着た女性がそう言うと、
「「はい。はい。その綺麗な服はどこで買えるんですか???」」
 と、女性陣がすごい勢いで手をあげた。
 ここ平成京に初めて来た人が必ず訪れて名前を登録する事になっている市役所の市民課の女性にそう声を揃えて言うカルとティアさんに僕とスラッシュさんは微苦笑を浮かべた顔を見合わせあって肩を竦めあう。本当に女性は綺麗な服や小物なんかが好きだな、って。
 それに………
「ティアさんはわかるけど、カルも服に興味なんかあるんだね。知らなかった」
 笑顔でそうさらりと言う僕。本音が7割、残り3割は計画の意味を込めてそう言葉を紡いだ。
 計画?
 そう、計画だ。僕とカル、それを年中組み。そしてもう二組みあってその一つが今僕らと一緒に居る年長組み…スラッシュさんとティアさん。
 この二人は傍から見ればしっかりとお互いに好きあっているのに、なかなかお互いが前に進もうとはせずに見ているこっちがじれったくなってしまう人たちで、
 それならば【進まぬなら進めてみせよう、ホトトギス】という事で僕ら二人で年長組みさんをくっつけてしまおうという事になったのだ。
 つまりがここ【平成京の七夕イベント】はそんな画策を練っていた僕らにはすこぶる都合が良かったのだ。
 で、その計画の第一段階が男の子組みと女の子組みに別れて、二人が抱く想いを自覚させようというのだ。
 で、僕の計画はこう。ここで僕とカルが喧嘩になれば、きっとスラッシュさんとティアさんは僕らを離して頭を冷やさせようとするはず。それを利用してしまおうというモノであったのだけど………
 ――――カルは銀色の髪に縁取られた顔を真っ赤にして頬を膨らませた。そして思いっきり不満そうな声を出す。
「ひどぉ。何よ、ルキス。私だって女の子なんだから綺麗な服には興味あるんですぅーーーだ」
 って、ひょっとしてカルったら計画も何も無く、ただ本気で怒っている?
 ――――まあ、それならそれで都合はいいかもしれない。だってカルは嘘をついてもすぐに感情が表情に出てしまうから。だから彼女が僕を騙した事も、じゃんけんで勝った事も無い。これは彼女には秘密なのだけどね。だってそんなカルは僕の玩具だから。
 僕はつい浮かべそうになる苦笑いを堪えながら口を開く。
「へぇー、それは知らなかったよ。だったら料理の一つでもできるようにならなきゃね。後で困るのはカルなんだから。僕だっていつまでも一緒にいられる訳じゃないんだし」
 右手の人差し指を立てて生真面目な教師の顔でぐちぐちと説教をしてやる。するとカルはわずかながらに渋い表情を浮かべて気持ち身を後ろに下がらせた。そしてぼそりと仕返しをしてくる。
「相変わらずルキスったら口うるっさいよね。そんなのは後で考えますぅー」
 ………あー、えっと、もちろんこれは計画だ。わざと喧嘩をして…………
「ん、今ぼそりと何を言ったカル?」
「いいえ、別に何も言ってませんよ」
 ふふんと笑うカルンに僕はつい眉根を寄せてしまう。
 ――――なんとなく悪いけど、スイッチが入ってしまった…………。
 僕は口を開こうとして、
 だけど………
「はいはい、二人ともそこまでね」
 パンパンと手を叩いてティアさん。
「ほらほら、カルン。あなたは私と一緒に東寺にお金を園に換金しに行くわよ。スラッシュとルキスは割符の方をお願いね」
「………ああ、わかった…そちらの方は…任せておいて………くれ…」
 そしてティアさんは僕に向ってあっかんべーをしているカルの腕に自分の腕を絡めあわせて彼女を引っ張っていった。
 それを何とも言えない感情を胸に抱きながら見送った僕が吐いたため息はどっと疲れたような重いモノだった。



 +


 割符というのはこの都での身分証明書なのだそうだ。
 これが無いとこの街では宿屋には泊まれないらしい。
 僕とスラッシュさんは三条の大路と小路とが交わる場所にある甘味屋で日傘の下に置かれた長椅子に座って、まったりと抹茶を啜りつつ団子を食べていた。
 予定では僕はじっくりとスラッシュさんからティアさんの事をどう想っているのかを聞きだすはずだったのだけど、
 ―――――実際は・・・・
「お二人とも本当にカルに甘いですよ。……今、生活費誰が工面していると想ってるんですかっ……。食堂でバイトしたりして結構大変なんです、これでも……咄嗟の事だったから、あんまり資金持ってこれなかったし………」
 親の仇のように団子を口に放り込みつつそれを抹茶で流し、僕は次から次へと溢れ出してくるカルへの不満を口にする。
 そんな僕にスラッシュさんは苦笑いを浮かべながら自分の分の団子を勧めてくれて、一言も口を挟まずにただ聞いてくれた。
 ―――――なんだろうか、僕は一番上なのでわからないが、上に兄弟がいるというのはこういう感覚なのであろうか?
 ならばそれも悪くはないな、などと僕は想ってしまう。
 口を閉じた僕にスラッシュさんはやっぱり優しい兄のような微笑を浮かべながら言ってくれた。
「………確か…に…カルンの面倒を観る事は大変…かも…しれんが…でもそれは…嫌なのか、ルキス?」
 スラッシュさんのその言葉に僕は団子の串を口にくわえたまま明後日の方向を見た。そしてしばし考える。
 ―――――あらためて嫌なのか、と訊かれれば、それが苦痛というわけでもない。ただカルが心配なだけなんだ。



 そう、カルは、僕の大切な幼馴染の女の子なんだから。



 あらためてそれを再認識した僕は諦めと言う感情を込めてため息を吐いた。
「嫌とかそういうレベルの話ではもうありませんね。彼女とは腐れ縁なんです。幼い頃から知っていて、本当にカルってばただ単に体が大きくなっただけって感じで手のかかりようは今も昔もちっとも変わらなくって、だから昔から僕がしっかりしなくっちゃっていつもカルの面倒と言うかお守りをしていて、ああ、だからもうそれが日課という感じになって染み付いていて、ルキスに任せておけば大丈夫という空気もいつの間にかあって……はぁー、僕って一体何なんでしょうね………」
 顔を片手で覆い隠してぐったりとした僕の横であがったのは「ぷっ」という吹きだす声。そしてそのまま横でくっくっくと声を押し殺した笑いが漏らされる。
 思わず僕は唖然としてスラッシュさんを半眼で睨めつけてしまう。
「ひどぉ。笑うなんて酷いですよ、スラッシュさん」
「くっくっく。……いや、笑って………すまなかった。………だが…やはり…おまえらは…いいコンビだと…想うぞ?」
「はぁー。他人事だと想って。でもいいコンビですか?」
 おどけたように大きく両手を開いた僕はひょいっと肩をすくめると、拗ねていた表情を柔らかに崩した。
 期せずして話題は良い方向に向った。ここでなら極自然に最初の計画通りに話を持っていける……というか、もうこれ以上暗くなるような事と言うか…何か気づいてはいけない方向へと向いそうな話題は変えなければならない、と無意識にそう僕は想ってしまって、だから僕は意識して、ああ、今思いつきましたという風を装ってそれを言った。
「そう言えば僕らを太陽と月、と家の母なんかは言うのですよね」
「…太陽と…月…?」
「ええ。僕のこの金髪を太陽に例えて、そしてカルの銀髪を月に例えたんです。ああ、だけどこれってスラッシュさんとティアさんにも当てはまりますね」
 僕がそう言うとスラッシュさんはわずかに両目を見開いた。
 中々に見ることの出来ないスラッシュさんの反応。
 予想外の良い彼の反応に僕は両目を細める。
 おや? と想ったのはスラッシュさんの顔がとても優しく柔らかなモノとなっているから。それはどこか幼い頃に憧れた父と母の顔に似ていた。
 スラッシュさんはこくりと僕に頷いてくれた。
「…なる…ほど………確かにそれは当てはまる…かも…な」
「ティアさんなら、太陽と呼ぶに相応しいんじゃないですか? いつもにこにこと笑っているし、明るいし、優しいですもの」
 にこにこと笑いながらそう言う僕にスラッシュさんは言葉に詰まったような表情をする。だけどそれは否定ではなく、肯定の表情。照れているのだスラッシュさんは。
 僕は微笑ましさに緩みそうになる顔を意識して引き締めながら、スラッシュさんの言葉を待つ。
「…そう…だな。ああ…ティアは太陽と呼ぶに…相応しい女性…だよ」
「いいコンビだと言うのならそれはスラッシュさんとティアさんの方じゃないかなと想うのですが、どうですか?」
「え、あ、いや………」
「スラッシュさん。スラッシュさんはティアさんの事をどう想っているのですか?」
「…どう…と………は?」
「いえ、恋愛感情はお持ちなのかな?と」
「…れん………愛…感情って…」
「ティアさんはスラッシュさんの事を好きだと想うのですが?」
「…さあな…そこら辺の所は…俺には…わからんよ………。ただ…」
「ただ?」



「…ただ………………太陽を恨んだ事は…昔は幾度と無くあった………だが何時から…………恨む事から羨む事に変わったんだろうな………」



「え?」
 僕はスラッシュさんのその表情にどきりとした。
「…時折…隣で微笑んでくれている…ティア…を見ては…そう考える事がある…そして俺はその答えを…知っている」
「訊いてもいいですか? その答え」
 本心だった。
 どこか面白半分に年長組みをくっつけようと画策していた事がとても恥ずかしく想えて、
 ――――そう想えるのはどきりとするぐらいに『…ただ………………太陽を恨んだ事は…昔は幾度と無くあった………だが何時から…………恨む事から羨む事に変わったんだろうな………』と、言ったスラッシュさんの表情がそれこそ夜空に浮かび、眼下の世界で眠りにつく命を包み込むように蒼銀色の光で照らしてくれる月のように優しく綺麗だったから。



 ほんの少しの汚れも無いぐらいに。



 そしてそう言った僕にスラッシュさんは静かに顔を横に振り、そして次に優しい兄のような微笑を浮かべた。



 それはきっと教えてもらう場所ではなく、辿り付く場所だから、そういう事なのだろう。



「それよりもおまえの方はどうなんだ、ルキス?」
「え、僕ですか? 僕は…別に」
 僕は素で首を傾げる。本当にスラッシュさんが何を言い出したのかわからない。
「…カルンは? 彼女は…おまえの大切な…月なのでは…ないのか?」
「え、あ、月って……」
 思わず自分でもわかるぐらいに不覚にも赤くなってしまった。
 そして僕は一体どういう態度をすれば良いのかわからなくって普段はクールを気取っているのに、今はひどく幼い子どものようにそっぽを向いた。
「つ、月は太陽とは違ってあっても無くっても困りません」
 そう言った僕にスラッシュさんは本気で笑い出す。
「ぷっ。ふははははははは………自覚が必要なのは…おまえの方…だな」
 なぁ、思わず愕然とする。
 自覚とはどういう意味であろうか?
 だけどスラッシュさんはただ優しく微笑するばかりで何も答えてくれそうも無く、
 そしてそうこうしているうちにカルとティアさんが来てしまって、
 僕はなんだかよくわからないけど、僕に思いっきり無邪気に笑いかけながら手を振るカルから顔を逸らしてしまった。



 +


「ねえ、ルキス。上手くいった?」
 僕の動揺など何も知らずにカルはいつもの調子で肌がくっつきそうなぐらいの距離に並んで歩く。
「!!!!」
「どうしたの?」
「な、何でも・・・」
 指の先がカルに触れたんだよ!!!!
 ぶっきらぼうにそう答えた僕に小首を傾げたカルは前を歩くスラッシュさんとティアさんが交互にアイスを舐めあう姿を見て、次に自分の手の中にあるペパーミントのソフトクリームを見ると、
「ねえ、ルキス。ルキスも舐める?」
 と、それはもうあっさりと何の躊躇いも無く言ってくれて、僕は何だかさっきまでのドキドキがそんなお子様な彼女に急激に冷めてしまって、だけど彼女の舐めたアイスを舐める気にはなれずに、重いため息を吐きながら首を横に振った僕はカルの口の端についているアイスを右手の親指で拭ってそれを口に入れた。
 ―――――今、カルとキスをしたら、そのキスの味はペパーミントの味なのであろうか? などとバカな事を考えた自分に僕はもう一度大きく大きくため息を吐いた。



【七夕祭り】


「あまっ」
 怪獣のように大きく開いた口でわた飴かぶりついたカルは端的に感想を述べた。その見事な感想に僕はつい言ってしまう。
「わた飴は砂糖の結晶なんだから甘いのは当たり前でしょう、カル」
 空色で大きな撫子の花が散りばめられた柄の浴衣を着て髪をアップにし、ほんのりと化粧をしているカルは黙っていればやはり王女として生まれただけあって生来の王女としての気質とかそういうモノを感じられるものだけどやっぱりどうしようもなくそれを彼女の子どもっぽさが台無しにしていた。
 そう、カルってばてんで子どもだ。昼間だって……。
 ――――昼間だって、なんだよ? どうして僕が………カルなんて………。
「もう、スラッシュさんが変な事を言うからだ」
 ぼそっと呟く僕にやっぱりそういう気配を感じ取ってくれないカルは、まったくもってため息が出るような事を言ってくれる。
「どうしてルキスはそうも現実的な事しか言えないかな?」
 ―――僕はため息混じりに言う。
「あのね、それはカルが夢見たいな事ばかり言ってるからだろ。だから僕がしっかりとするしかないじゃない」
「むぅ〜、そういうモノなの?」
「うん、そういうモノ」
 眉根を寄せて難しそうな顔をするカルに僕も真剣そうに頷いた。
 するとカルってば今度は何を言い出すかと思えば………
「ああ、じゃあ、ルキスのお願い事はもう決まってる訳ね」
「ん?」
 カルはわた飴の棒をタクトのように振って歌うように言う。
「私がしっかりとしてくれるように、とかって」
 僕は顔を片手で覆って大きくため息を吐いた。
「あら、ルキス。カキ氷がきーんと頭に来たの?」
「って、勝手に人のカキ氷を食べているし。はぁー」
「って、ルキス。ため息ばかり吐いていると幸せが逃げちゃうよ?」
「はぁー、そうだね。それじゃあ、旅の目的を、青い鳥、探しにでも変えようか?」
「あら、ルキス、知らないの? 青い鳥はすぐ隣にいるものなのよ?」


 なんで本当にカルはこういう事を言うかな?


「どうかしたの、ルキス?」
「いや、何でもないよ、カル」
 小首を傾げさせて僕の顔を覗き込んでくるカルに僕は無理に笑みを浮かべた。ちょっとこれ以上話をここから先に進めると何かが狂ってしまう気がする。だから話の方向をずらすために、
 そしてそのためのネタはあって、それはカルが口にした。
「あれ?」
「どうしたの、カル?」
「んと、ティア姉さまとスラッシュ兄さまが迷子になっちゃったみたい」
「え、あ、ほんとだ……いない、ね」
 何やらあの二人が僕らを見てこそこそとしゃべりながら手を取り合って人込みの中に入って行ったのは知ってはいたけど、ここは知らないふりをして肩をすくめておく。大人な二人はきっと二人きりで夏の夜の秘め事を楽しみたいだろうから。
 そして僕はかすかにため息を吐きつつ、口元に軽く握った拳をあてて周りを見回すカルを見る。
 カルってば自分の方がお子様の癖して本気でスラッシュさんとティアさんを心配してる。
 それにどこか僕は微笑ましさを感じた。
「どうする、ルキス。迷子のアナウンスをかけてもらう?」
 深刻な声でそう言うカルに僕は首を横に振った。
「大丈夫だよ。ティアさんにはスラッシュさんがついているんだから。それに目的地は一つなんだし、そこで合流できると想うよ」
 僕は左右に屋台が並んだ道の先にある大きな竹を指差した。折り紙というモノで飾りつけられた竹は風に揺れてとても涼やかな音色を奏でている。
 気づけばカルはそっと瞼を閉じてかすかに透明に近い紅が塗られた唇を囁くように動かしていた。
 そう言えばカルは雨だれの音だって演奏曲にしてそれに歌をつけていたっけ。
「う〜ん、歌いたい」
「残念。喉自慢大会は無いみたいだよ」
 にやりと意地悪に言う僕にカルは苦笑した。
「そうじゃなくって〜」
 甘えるようなそんな声を出すカルに今度は僕が肩をすくめながら苦笑する。
「わかってる。普通に歌いたいんだろう。綺麗な音色だものねこの笹の葉が揺れる音は」
「うん、こんなに人の声がたくさん溢れてるのにそれでも自然が奏でる音色が聴こえてくるなんて不思議だよね」


 それはきっと僕らが過ごした場所のせい。
 ―――あの歌が大きな力を持ち、
 いい意味でも、
 悪い意味でも、
 人の心を囚え、
 運命を動かした場所のせい。



 歌。
 その歌が僕の育ての父と母の運命を大きく変えたし、
 カルの両親の運命も大きく変えた。


 結局の所、こうやって僕らも歌に囚われているんだ。
 ――――だけど僕は誰よりも何よりもカルの歌が好きで、
 そしてカルは何よりも歌う事が好きだからそれでいいと想う。
 僕らの代の歌は、人を幸せにするものなんだ。


 僕はカルの頭を撫でた。
「思い出した? 国を。僕と同じ事を考えたんだろう?」
「うん。歌が溢れた国。他の人はどうなのかわからないけど、私は歌が好きだった」
「僕もだよ。僕もカルが歌う歌も、母さんが歌う歌も大好きだった。だからかな」
「うん、だからだよ」



 こうやって自然の奏でる音楽がどんな中でも聴こえるのは。
 ――――僕達はとても歌が好きだから。



 僕の隣でカルがくしゃっと顔を歪める。
「歌も好きだけど、屋台も楽しみたい、かな?」
 えへぇ、と小さく傾げさせた顔にカルはお願いの笑みを浮かべる。
 そして僕はやっぱりそんな彼女に大きくため息を吐いた後ににこりと笑うのだ。いつもカルが僕にお願いする度に浮かべる、しょうがないな、っていう笑みを。
「まったくカルは。しょうがないな。でも無駄遣いはダメだよ?」



 +


 ティアさんとスラッシュさんが消えていった方向から二人が行きそうな屋台を推測して僕はカルを上手く誘導した。
 彼女は案の定金魚すくいに飛びついた。
 浴衣の袖を捲し上げてすくい網を持って金魚を狙うカルの後ろに立って僕はプールで泳ぐ金魚を覗き込む。
 思わず口から笑いが零れそうになったのはふてぶてしい態度がカルにそっくりの金魚がいたからだ。
 プールの中を悠然と泳ぐ金魚も居れば、隅っこでじっとしてる金魚も居る。そんな中その黒の出目金はふてぶてしく真ん中を泳ぐくせにちゃっかりと上手く自分をすくおうとする子どもらのすくい網から逃げる様がどこかカルを僕に連想させたのだ。
「良し、あなたに決めた」
 そしてどうやらカルもカル出目金にターゲットをロックオンしたようだ。やっぱり類は類を呼ぶのであろうか?
 カルは絶妙な角度ですくい網を水の中に入れてカル出目金をすくおうとする。
 でもそのカル出目金………
「あーーーーー!!!!」
 器用に尾っぽをきゅっと曲げてカルのすくい網の軌道から逃げた。
 そしてふん、カルなんかには捕まらないよ、とでも言いたそうにちらりとカルを見て、そしてまた悠然と泳いでいく。
 なんだかまるでそんな態度が本当にカルを見ているようで、僕は笑いそうになってしまった。
 そんな僕の気配をカルは感じた?
 なぜか僕を振り返って睨むカル。
「ん、なに、カル?」
「何でもない!!!!」
 そしてカルはそう言うとまだ損傷の少ないすくい網を駆使してなんとかカル出目金をすくってやろうとするんだけど、そのカル出目金はなんと今度は事もあろうにまっすぐとカルのすくい網に突っ込んできて破れ目の端をさらに突き破って逃げてしまった。
 思わず僕はその見事なカル出目金の行動に賞賛の拍手を送りたくなる。
 でもおもしろくないのはカルだろう。彼女はしばし呆然とした感じですくい網を眺めている。そしてきっとこの後の台詞は、
「ルキス、金魚すくい代頂戴」
 ほら、言った。
 そして僕は即座にそれに対する答えを口にして。
「ダメ」
 思わずあんぐりと口を開くカル。
「どうしてよ、ルキス」
「だって二百園で金魚二匹ってちょっと高くない?」
 カルは小首を傾げる。
「二百園で金魚二匹って、どうしてそうなるの?」
 だから僕はカルにそれの意味を教えてあげるためにそれを指差した。そう、一匹もすくえなかったカルがおまけでもらえた金魚が一匹入ったビニール袋を。つまり僕が言いたいのは………
「ひどっ。誰が失敗するのよ?」
 カルってば反応早い♪
「だってカル、今失敗したじゃない?」
「それはルキス…」
「ん?」
 カルは何やら慌てて口を閉じて、その閉じた口を両手で覆った。
 まあ彼女が何を言いそうになったのかはだいたい察しがつくので敢えて僕は何も言わずに眉間に刻んだ皺をだけど吐いたため息で弛緩させる。
「まあでも一匹だけってのは可愛そうだから、お友達を増やしてあげて、カル出目金に」
 そしてお返しに僕もぼぞっと言ってやる。
 そしたらそれを上手く聞き取れなかった(聞き取らせなかった)カルは眉根を寄せた。
「今、ルキス、何か言った?」
 ふふんと笑いながら僕は顔を横に振った。
「んーん。それよりもほら、カル。はい」
 などと新しいすくい網をカルに渡す。
 そして単純なカルはそれをもらった事でころりとそれまでの疑問なんかは忘れて、ぺろりと唇を舐めて金魚すくいに集中したようだった。
 僕は腕組みしながらカル出目金と戦うカルの後ろ姿を見守る。さてと二度ある事は三度あるのか、それとも三度目の正直なのか?
 捲くられた袖から伸びる白い腕が洗練されたような動きで動いた。
 その動きだけを見れば金魚すくいのプロのようだ。
 しかし!!!!!
「あ!!!!」
 なんとカル出目金がじゃんぷして、すくい網の紙を落下するスピード×体重=衝撃で破ったのだ!!!!
 そしてぼちゃんとプールに落ちたカル出目金は、ゆっくりと泳いでいく。
 わなわなと破れたすくい網を眺めながら震えるカルに僕は正直な感想を述べた。
「二度ある事は三度あるというからね。ご愁傷様」
「・・・」
 振り返って僕の顔を見つめるカルの笑顔はとても爽やかな物であった。
 ――――どうせ頭の中では僕に酷い事をしているんだろうけど。やれやれ。本当にお子様なんだから。



 +


 金魚すくいでは一匹も自分ではすくえなかったカルもヨーヨー釣りでは水風船一個はなんとか釣れたようで、そうなったらそうなったで金魚すくいの後は不満そうな顔だったのに今は鬼の首でも取ったかのように僕に水風船を見せびらかしてくる。
 本当にカルってば子どもだ。
「ふふん、すごいでしょう。自分で取ったのよ。自分で」
「うん、すごい。すごい。がんばったね、カル。ソレュとリュヌもよくやったって褒めてくれているよ」
  ちなみにソレュとリュヌは金魚だ。
 すっかりとご機嫌なカルは水風船で遊びながら次に行きたい屋台を探している。よっぽど水風船が取れた事が嬉しいらしい。
 ――――そう言えば…水風船といえばこんな想い出があったよな。
 妻の声を取り戻すために弟に緋色の椅子を譲り渡し旅に出たカルの父親と母親は、僕の家にカルを預けていった。
 カルは意地っ張りだから泣いているところは見せなかったけど、でもその黒瞳はいつも寂しそうで、どこか捨てられた仔犬の目に似ていた。
 そんなカルの寂しさを紛らわせるために僕の父親はカルと僕をお祭りに連れて行ってくれて、そしてカルは父に取ってもらった水風船をとても喜んでいたのだけど、それを割ってしまった。
 そうなったら………
 水風船が弾けて割れたら、
 カルの心も弾けて割れたように、彼女は大声で泣き出した。
 傍目にはただ幼い子どもが取ってもらったばかりの水風船を割って泣いているようにしか見えなかっただろうけど、
 でも本当は………
 そう、クリスマスや誕生日にいくらどこにいてもプレゼントを贈ってきてくれようが、それで寂しさは拭えはしない。
 カルは両親とのまともな想い出も無いし、
 それに肩車だってやってもらった事も無い。
 そういうのが一気に迸り出てしまったのだ。
 だけど僕はそれに気づかないふりをした。そして僕はカルがただ水風船が割れて泣いているんだと、想っている幼い子どものふりをした。だって意地っ張りなカルはきっとそれを認めたがらないだろうから、だから僕も………



『はい、カル。僕のをあげる』
『わぁー、ありがとう。ルキス』



 そして今、僕の目の前ではそのカルが今度は水風船を割って泣いている子どもに自分の水風船をあげているのだから、やっぱりカルはなんだかんだ言って成長しているのだと想った。



 +


「ねえ、ルキス」
「ん?」
「たまにはルキスも何か遊んだら?」
「何か、って言われてもねー」
 ぼんやりと周りの屋台を眺めてみる。すると視線の先に射的屋があった。一回百園。でも景品を選べば充分に元手以上のモノを得られるし、旅の物資も得られるかもしれない。どうせお金を使うのであれば、余興と実益を得られるあーいうモノで遊ぶべきであろうか。うん。
「やるなら、あれかな?」
「ん、ルキスって射的って好きだったけ?」
 小首を傾げるカルに僕は微笑む。
 ――――射的ではなく元手以上のモノが入る遊びが好きなんだよ、と。
「ほら、行こう、カル」
 僕はカルの手を引っ張って、そして手を引っ張られるカルは何やら何かを勘違いしているらしく妙にお姉さんぶった声を出した。
「はいはい、ルキス。慌てないの。射的屋は無くなったりはしないわ」



「はいよ」
 射的屋のおじさんは愛想の無い声で僕とカルに竹で出来た銃を渡してくれた。空気でスポンジ弾を撃ち出すタイプの銃だ。
「愛想無いなぁ〜。客商売なんだからもっと愛想良くしなきゃ」
 ぼそりとそんな事を言うカル。
「こら、カル。失礼だろう」
「ぶぅー」
 おじさんがちらりと彼女を見るのと僕がいつもの感じでカルを嗜めるのとが同時。でもきっとカルは間違った事は言ってはいないんだけど、と想ってるに違いないのだろうけど。まあ、どっちもどっち。
 僕は肩をすくめた。
 そして銃の銃口を照準する的を選ぼうとそれらに視線を走らせるのだけど、やっぱり視線は52番の的の角にとまっている蝶へと行ってしまう。まるで月のような蒼銀色の美しい蝶に。
「綺麗な蝶だよね」
 カルもうっとりとした声を出した。
 あれは確か月の眷属と呼ばれる月光蝶だ。
 そんな蝶の美しさに僕らがうっとりとしていると、なぜか先ほどからまるで射的屋のおじさんを見張っているかのようだった男の子がしかし怒りながらやってきた母親に耳を引っ張られていた。
「こら、あんたって子は。ちっとも戻ってこないから探しに来てみればこんなところで油を売って」
「痛てーよ、母ちゃん。勘弁してくれよぉー」
 そして何やら台風のようにその騒がしい母息子が退場すると、なぜかまるで待っていましたと言わんばかりの勢いで、射的屋のおじさんが52番の的の角にとまる蝶に手を振り上げた。
「あっ」
 カルが悲鳴とも叫びともつかぬ声を出した。
 だけど僕はそれよりも素早く銃口を狙っていた的から、おじさんのこめかみにずらしてトリガー。
 こんなスポンジ弾でもこめかみのような急所に当たれば充分に痛いはずだ。
 見事に銃口の向こうで蹲ったおじさんの頭の上を月光蝶が飛んでいく。
「貴様ぁー、何をしやがるぅ」
 凶暴性剥き出しの表情で怒鳴るおじさん。前歯の無いおじさんに僕はひょうひょうとした感じで軽く肩をすくめ、
「すみません。射的って初めてなんで的じゃなくっておじさんに当ててしまいました」
 などと極上の笑みを浮かべる。
「あ、でも見事にスポンジ弾はあててみせましたけど、おじさんはいりませんからね?」
 そんな僕におじさんは口をぱくぱくと更にこみ上げたのであろう怒りで何度も開閉させるのだけど、
 だけどどうやら彼にとっての厄災は僕ではなく、
「わぁー、しまった。最後のスポンジ弾で52番の的を撃ち倒しちゃった」
 僕の隣で頭を抱えたカルのようだった。
 僕は思わず笑いがこみ上げてくるのを止められない。
 おそらくはここの射的屋のおじさんはあの男の子に蝶をいじめないように見張られていたのだろう。しかし男の子がいなくなったから、蝶を追い払おうとして、しかしそれを僕が邪魔をした。彼は明らかに羽根を休めている蝶を手で叩き落そうとしていたから。
 ではなぜそんなにもおじさんがその的の角にとまる蝶を追い払いたがっていたかと言うと、その蝶がいるからあと1発当たれば確実に倒れるであろう的を直せないからだ。
 ちなみにその52番の的の景品がこのお店で一番高い景品で、おそらくはこの屋台の一晩の売り上げよりも高価なはずだ。ならばなぜそんなモノを景品にしているかといえばそれはやはり客引きのためであろう。
 もっとも………。
「52番の景品、って、ぎゃぁ、何あれ。あんなの欲しくないよ」
 物の価値なんて人によっては変わる不確かなモノなんだけど。
 そう呟いたカルをおじさんが今度は睨んだ。
 それに眉根を寄せたカルに僕は笑みを浮かべる。
「まあ、カル。そう言ってあげないでよ。あれはこの射的屋一晩の売り上げよりも高価な物なんだから」
 そう言って僕は彼女の頭に手を乗せて、そして射的屋のおじさんにこう言うのだ。
「もしもよかったら取引をしませんか?」
 と。
 さあ、少しでも自分が得をするための交渉の腕の見せ所だ。と、僕は微笑んだ。
 


 +


「あ、ルキス出目金!!!」
「カル出目金!!!」
「「・・・」」
 僕とカルは互いに互いの名前を出目金の前にくっつけて、スラッシュさんの持つ出目金を呼んだ。
 そして僕の顔を不満そうに睨むカルに、それをからかうように受け止める僕。
「カル出目金」
「ルキス出目金」
 そんな僕達に、スラッシュさんとティアさんはくすくすと笑いながら顔を見合わせあっていた。
「でもスラッシュ兄さま、よく取れましたよね、ルキス出目金。その子、ルキスそっくりで器用にすくい網を避けてばかりいたのに」
 感心したようにそう言うカルに僕は面白がって茶々を入れる。
「そうそう。カルなんて2本もすくい網をダメにされたのにね、カル出目金に」
 意地悪にそう言った僕にカルはぷぅーっと頬を膨らませた。
 そんなカルのご機嫌を直そうというようにスラッシュさんが苦笑しながら自分が持つカル出目金が入った袋を彼女に渡す。
 ビニール袋の中のカル出目金を嬉しそうに眺めるカルをスラッシュさんは眺めながら、ティアさんと笑いあった。
「………そうなの、か? …俺の時には、簡単にすくえたが? …なあ、………ティア…」
「そうそう。スラッシュったら金魚すくいが初めてなのに、この出目金はすんなりと取れたのよ?」
 にこりと笑ったティアさんにスラッシュさんは苦笑を浮かべながら肩をすくめた。
「それよりもスラッシュ兄さま、このルキス出目金、もらってもいいんですか?」
 そんなスラッシュさんにカルは仔犬がじゃれつくように言う。
 優しく微笑しながらスラッシュさんは頷いた。
「……ああ、その…出目金も一匹でいるよりも………仲間と一緒に居た方が…いいだろうから…な」
 それを聞いたカルは顔の前にカル出目金が入ったビニール袋を持ってきて、その中で泳ぐカル出目金に嬉しそうに笑いかける。
「わぁー、よかったね、ルキス出目金」
 そんなカルを僕はかわいいと想うよりも、ついついからかいたくなる衝動の方が強くなって、つい言ってしまう。
「よかったね、カル出目金」
 そしたらやっぱり案の定カルは頬を膨らませて、
「ルキス出目金!!!」
 なんて言い張ってくれるから面白い。
 でもそんな頬を膨らませて怒っていたかと想うとカルは唇から空気を漏らして、その空気と一緒に軽やかな笑い声も漏らす。
 僕がもらすのは、まったく、しょうがないな、カルは、っていうため息。
 まあカルが何を笑っているのかはわかっている。
 カルからそう見えているのなら、僕の方からだってそう見えるんだから。ビニール袋の中に入った水のせいでカルの銀色の髪に縁取られた顔はものすごく変な顔。もちろんそれはカルから見た僕の顔もそう。
 でもだからと言ってカルは・・・
「カル、笑いすぎ」
 そう言って僕はいつもと同じように………



 ――――そう、昔からそうしてきたように彼女の銀色の頭の上にぽんと手を置くのだ。
 そんな僕が短冊に書いて願う願いは・・・・



 現状維持・・・



 人が聞いたら笑ってしまうかもしれないけど、
 でもそれが僕の願い。
 例えばカルが言っていた願い・・・
 ―――『カルンがしっかりしてくれるように』
 でもそれは僕が願うべきことではなく彼女のやる気次第。
 だから僕が願うのは今のままでカルといつまでもこうしてバカをしていたい・・・
 彼女が隣にいて笑ってくれている今を大事にしたいって。
 だから現状維持。
 どうか今のままでずっとカルと一緒にいられるように………。



【ラスト】


「うわ、すごい綺麗。だけど煙たい」
 カルは迸る火の花に歓声をあげた。
 そんな彼女の手を僕は掴んで引っ張っる。
「カル、こっち。風の吹く方向とは逆の方に立てばいいんだよ」
「うん」
 僕たち年中組みはヤナギとか噴水とかといった筒型で地面に立てて楽しむ花火を楽しんで、年長組みは線香花火をいい雰囲気で楽しんでいる。
 ちらりと見るとティアさんは頬にかかる髪を耳の後ろに流しながらうっとりとした声を出した。
「本当に綺麗よね、花火。打ち上げ花火もそりゃあいいでしょうけど、でもやっぱり私は線香花火の方が好きかな?」
「そう…だな。風情はこちらの方が…ある、か」
 こくりと頷いて優しい微笑を浮かべるスラッシュさんに、ティアさんも嬉しそうに頷いた。
 そしてティアさんはヘビ花火をやろうかどうか迷っているカルに声をかけた。
「ねえ、カルン。カルンも一緒に線香花火をやらない?」
 その言葉にカルは頷いてティアさんの横にしゃがみこんで線香花火を手に取る。
 僕はそれにくすっと笑う。この年長組みのいい雰囲気の横でヘビ花火なんてやったら、せっかくのいい雰囲気が台無しだ。だからティアさんナイス、って。
 短冊に願いを込めて、それを竹に結わった僕たちは平成京主催の大花火大会が始まるまでのしばしの間、大量に仕入れてきた花火で楽しんだ。
 その花火はあの射的屋で、カルがゲットした52番の品物と交換した奴だ。それを交渉したのは僕。確かに52番の品物はものすごく高価だったけど、でもそれは僕たちの旅には役に立たない。だから僕はその52番の品物を射的屋にあった食料とそれと一袋五百園の花火セットすべてとを交換させたのだ。花火セットはきっとカルが喜ぶと想ったから。
 ―――あー、でもカルが52番の景品をお金に返金した方が良かったんじゃないの?って言った時にはだから思わず僕は渋い表情をしてしまったけど。
 とにかく僕たちは近くにいたたくさんのカップルや子どもら、多くの人たちに花火をわけて、一緒に花火を楽しんでいた。
 花火の光に照らされて、夜闇の中でも見る事ができるカルの横顔はとても嬉しそうで、それがそれを見る僕の心も嬉しい色に染めた。
「ねえ、カルン、知ってる。願い事をしながら線香花火を最後まで落とさずにやり切ると、その願い事が叶うっていうジンクス」
 そういうのを知ってる辺りがなんともティアさんらしいな、って僕は想ってしまう。
「え、そんなのがあるんですか?」
 カルの楽しそうな声。
「わー、やってみようかなぁ?」
 ―――――だからつい、からかいたくなってしまう。
「ん、でも落ち着きの無いカルに最後まで線香花火をやり切れるかな?」
 もちろん、頬を膨らませるカル。ころころと変わる表情が本当に面白い。
「もう、こら、喧嘩しないの、二人とも」
 笑いながらティアさん。
 そしてスラッシュさんが線香花火のじじぃっていう音をあげながら咲く火の花を見つめながら、静かに静かに語る。
「………願い事は強く思えば叶う…さ。…強く願う心、が…それを引き寄せるのだ。………ジンクスなどもそう。それ自体が力を持つのでは、ない。それを信じる人の心が……願いを叶える、んだろうな………この線香花火のジンクスのように………七夕の短冊のようにな………」
 そんなスラッシュさんの言葉にカルは何かを思い出したように小さく「あっ」と声をあげて小首を傾げる。
「そういえば今の今まで忘れていましたけど、本当に七夕の由来って、何なんでしょうね、ティアお姉さま」
 そう言ったカルにティアさんは胸の前で両手を合わせて謝罪の言葉を述べた。
「え〜っと、ごめんね、カルン。私はさっき、スラッシュに七夕の由来を聞いてしまったの」
「え〜〜〜、それはずるいです、ティア姉さま」
「ごめんなさい」
 と言ってもそれはただ言ってるだけ。
 カルとティアさんはくすくすと笑いあい、
 そしてカルと僕ははスラッシュさんを見る。
 スラッシュさんは心得ているように頷いてくれ、そして七夕の話を語ってくれた。



 夜空に輝く天の川のほとりに住む美しき天女 織女と天の川の西に暮らす牽牛は結婚した。
 だが二人は愛しあうばかりに離れる事ができなくなり、織女は機織をすっかりとやめてしまった。
 天帝はそんな織女に怒り、二人を引き裂くのだが、それでも二人に情けをかけた。もしも二人が真面目に働くのなら、それなら一年に一度、七月七日に二人を逢わせてあげよう、と。
 それからは織女と牽牛はその日を指折り数え、日々を一生懸命に働くようになった。
 七月七日、それは離れ離れになった織女と牽牛が一年に一度天の川を越えて出会える日。



「それが七夕…」
 カルは夜空を見上げる。
 深い深い藍色の夜空に散りばめられた星の川。天の川を。
 一年に一度しか出会えない織女と牽牛が一年に一度の逢瀬を楽しんでいるのであろう空を。
 彼女は何を想っているのであろうか?
 その横顔ははっとするぐらいにとても綺麗で、そして同時にものすごく物憂げで、どこかこのままカルが冷たい夜気に溶け込んで消えてしまうのではなかろうかというような不安を僕に抱かせた。
 だから僕は夜空を見上げる。
 星に願いを唱えるのではない。
 カルが見ている物を探すのだ。
 頭上に広がる深い藍色の空に散りばめられた星の中に彼女が見ているモノを見つけ出せたのなら、そうしたら僕はきっとカルを…彼女がどこに行っても見つけ出させる気がしたから。
 ――――感じた視線。
 隣を見ればいつの間にかカルが僕を見ている。
 僕はその視線に応えるように両目を細めて笑う。
 君が消えてしまわないように。
 いつも君の手を握るこの手が覚えている君の温もりを心に感じながら。
 そうしたらカルってば、
「わぁーーーーーーーー」
 いきなり大声を出した。
 ―――――僕は思わずどきりとしてしまう。
「どうしたのよ、カルン?」
「………何か、あったのか、………カルン?」
「どうした、カル?」
 口々にそう言う僕らにカルはしどろもどろに言う。
「わぁー、あー、えっと、林檎飴が食べたい」
「はい?」
 小首を傾げてしまう。
 夜空に浮かぶ満月にそれを思い出したのであろうか?
 ――――本当に食いしん坊なんだから。
 カルは両手を目一杯に壊れた玩具みたいに振って、訴える。
「とにかく林檎飴が食べたいの!!!」
 そう訴えるカルに僕は先ほど自分が彼女に感じた物憂げな感じは何だったのだろう? と真剣に考え込んでしまうのだけど、
 それでもやっぱりそれを見たのは確かで、だから僕は普段なら却下するそのお願いも受け入れた。
「しょうがないな。じゃあ、僕が買ってくるからカルはここで待っていて」
 って。そうする事で無意識に彼女を繋ごうと想ったのだ。
 だけどなぜかカルも普段とは違っていた。普段ならこれ幸いに用事を僕に押し付けるくせになんだかそう言う僕に困ったような表情を浮かべる。
「あ〜、えっと、いや、いいです。自分で自分の好きな林檎飴を買いたいので。では!」
 そう言ってくるりと身を翻し、ダッシュしたカル。
 置いてけぼりにされた僕は思わず唖然として、思わず頭を掻きながらティアさんとスラッシュさんに愛想笑いなんかを浮かべてしまった。
「一体カルってばどうしたんでしょうね? 普段なら僕に買いに行かせるのに」
 そう言うと、なぜかスラッシュさんもティアさんもにこにこと笑った。僕は思わずなんだかその笑みに意味深な物を感じてしまい眉寝を寄せてしまう。そしてそんな僕にまた二人はくすくすと笑った。
 本当に一体どうして何が面白いのだろう、このお二人は?
「いいえ、何にも。ねえ、スラッシュ」
 そう言って笑いかけるティアさんに苦笑いを浮かべるスラッシュさん。
 そしてスラッシュさんは僕に笑いかける。とても静かに落ち着いた微笑を浮かべて。
「………なあ、ルキス…」
「はい?」
「…もしも雨が降ったら…そしたら…天の川はどうなると、想う?」
 突然のその質問に僕は眉寝を寄せながらも答える。
「水かさが増えるのでしょうか?」
「…そうだな………」
 僕は空を見上げる。
 織女と牽牛が逢っている空を。
 今日は雨が降っていないから、二人は出逢えた。
 だけどもしも雨が降っていたら?
 一年に一度しか出逢えない二人。
 でも雨が降ってしまったら逢えない月日は増えてしまう。



 カル・・・



 どくん、と心臓が脈打った。
 先ほどのカルの物憂げな…ほんの少しでも目を離せば冷たい夜気に溶け込んで消えてしまいそうな彼女の横顔が思い出されて、落ち着かなくなる。
 ――――なんだか心に焦燥が生まれた。自分がどうしようもない間違いを犯してしまったような………。
 そんな僕にスラッシュさんが言う。
「………出逢えるよ、二人は、雨が降っても……」
「え?」
「織女と牽牛は、雨が降っても逢えるのよ、ルキス。雨で水かさが増しても。雨が降ればつれない船人はたとえ上弦の月がかかっていても織女を牽牛の待つ向こう岸に連れて行ってはくれない。でも、その時はどこからともなく飛んできたかささぎの群れが翼と翼を広げて橋となってくれて、二人を逢わせてくれるんだって。よかったね」
 どこか心が暖かくなった。そしてやっぱり同時にカルの顔が浮かぶ。
「…カルン、に聞かせて、やらなくっちゃな………」
 スラッシュさんが優しく微笑む。
「そうね。早くカルンに教えてあげなくっちゃ。あの娘、きっとものすごく喜ぶわ」
 そしてティアさんはそっと僕の背を押した。
 そうして僕は、
「えっと、カルってば迷子になってそうなので、ちょっと迎えに行ってきますね」
 などと言って、僕は走り出す。
 カルを探す。
 屋台の前、
 人込みの中を、
 カルを探す。
 でもどこにもカルはいない。
 カルは見つからない。
 僕は焦る。
 呟く僕。
「カルのバカ」
 そうしたらそれは僕の目の前をひらりと舞った。



 一匹の月の明かりの色を持つ蝶。



 そしてそれはひらひらと舞う。
 僕はそれを追いかける。
 風に乗って聴こえてくるのは笹の音色。
 そしてその音色に合わせて聞こえてくるカルの歌。
「これはカルの歌?」



 ひとつめの願いは、夢
 大切な人との想い描く未来の光景
 ふたつめの願いは、祈り
 大切な人たちが、今を無事に平穏に居る事。二人一緒に夜空を見上げ、深海に降る雪かのようなマリンスノーのような星空を見上げているように
 同じ時を、同じ事をして、同じ想いを描きたい
 みつめの願いは、繋がり
 繋がりの糸が断ち切れることなく二人を繋いでくれているように
 遠く離れたとしても、それでもその糸を手繰り寄せて、二人出逢えるように
 石に別れつ水の流れがでもやがてまたひとつになるように
 いつまでも同じ時を、同じ場所で
 願い・・・
 風に舞って、あがれ
 天の川に
 そこで出逢う二人のように幸せな想いに包まれて
 その想いにいつか叶うように



 僕はその歌の方に走った。息せき切って。
 そして見つけた、見慣れた小さな背中を。
 僕は願うように彼女の名前を呼ぶ。
「カル」
 そしたらカルが振り返った。
 小首を傾げる。
「ルキス、どうしたの?」
 いつもと変わらない表情。
 透き通った声。
「どうしたのじゃないよ。本当にカルの方向音痴」
 林檎飴の屋台は正反対だ。
 僕は荒い息を吐いた後に大きく深呼吸をして、そうしてやっぱりいつものようにしょうがないな、カルは、っていう笑みを浮かべて、
 そしてそれが当然のようにカルの隣に並んで立って、それで手を繋いだ。
 繋いだ手と手。重なり合う温もり。
 それに安堵しながら見上げた夜空。
 天の川をバックに夜空に大輪の花が咲き綻んだ。
 僕とカルはそれを並んで見上げていた。
 手と手をぎゅっと繋ぎながら。
 この花火を見終わったら、そうしたらかささぎの話をカルにしてあげよう。きっと彼女は喜ぶはずだから。
 僕はそんな想いに胸を躍らせながら、カルと手を繋いで花火を見続けた。


 ― fin ―





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】



【 1952 / ルキス・トゥーラ / 男性 / 18歳 / 旅人 】 



【 1948 / カルン・タラーニ / 女性 / 18歳 / 旅人 】



【 1805 / スラッシュ / 男性 / 20歳 / 探索士 】



【 1962 / ティアリス・ガイラスト / 女性 / 23歳 / 王女兼剣士 】




□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


こんにちは、ルキス・トゥーラさま。いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


今回はお待たせしてしまってすみませんでした。
お待たせしてしまった分、お気に召していただける物語になっていたら幸いです。


そしてちとライターが先走りすぎた感も無きしもあらずですが、
これを機にお二人の仲が進んだらなーと想います。



さてさて、ルキスPLさま、驚いていただけましたでしょうか?
カルンさまはお二つの願いをご用意してくれました。
その一つがルキスさんとの願いです。
まだまだ子どもと想っていたカルンさんも一歩ずつ大人になっているんですよね。
そして下手をしたら、追い抜かされちゃうかもです。がんばってくださいませね。


ルキスさんの願いは現状維持、そしてそれはカルンさんの願いにも繋がって。
本当に二人の関係は良いなーと想います。
はい、今は現状維持で。^^
でもいつかそこから一歩先に進めるといいですよね。
焦らずに一歩ずつ、ルキスさんとカルンさんで進んでいってください。
今回のノベルを書かせていただき、それは決して難しくは無いと想いました。


そしてルキスさんには、カルンさんを探してもらったのですが、
このシーン、どうでしたか?
これでまたルキスさんに何かを感じていただけていたらなーと想います。
何はともあれ、本当に出逢えて良かったですよね。^^


それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
本当に今回もありがとうございました。
失礼します。