<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


占い師と共に



■ オープニング

 夕方、白山羊亭内は人々の喧騒に包み込まれていた。亭内をいそいそと走り回るリディアの額には汗が光っている。
 そんな最中、また新しいお客がやって来た。
「お、すっげえ美人だなぁ」
 お客の一人が入ってきた女性客を見て仲間連中にささやく。
「おお〜」
 低い声が重なり合う。他のお客が何事かと店の入り口に視線を向けた。そこには黒いワンピースに身を包んだ妖艶な女性。衣服同様に黒く長い髪は歩くだけで揺れ動く。つりあがった目は猫のように鋭い。
「……あ? ナニ見てんだ?」
 その女性、集まった視線に気がつくや否や機嫌を損ねたようで、外見からは想像もつかない悪態をついた。そのドスの効いた口調にお客たちが口を閉ざす。
「あ、いらっしゃいませー」
 カウンターに座った女性の注文を取りにルディアが近づく。
「この店で一番、良い酒を持って来い。言っておくが高い酒じゃねえからな?」
「え、あ、はい」
 ルディアが目をぱちくりさせた。
「あ、それとよー、依頼」
「……依頼ですか?」
「そう、近いうちに南の峠を越えた先にある町まで行かなきゃならないんだが、先日の大雨で足場が悪いらしいんだ。ついでに魔物がいるって言うんでな、護衛を頼みたい」
 女性はそこまで説明すると別の店員が持ってきた大きなグラスを一気に空けてみせた。
「えっと、南の峠と言えば、屈指の難所ですね。ある程度、人数がいないと確かに危険です。それではこの依頼書に……あの、お名前は?」
「オレか? ミントだ。ミント・アークディア。職業は占い師だ」
 ミントは艶かしい表情を浮かべ新しい酒を注文した。



■ 白山羊亭にて

「これは、護衛ですか?」
 山本建一は渡された依頼書を眺めながらルディアに訊いた。
「はい、ちょうど新しく入った依頼なんです。依頼主は、えっとほら、あちらのカウンターに座られている――」
 ルディアの視線の先には黒髪が印象的な女性がいて、大きなグラスを傾けていた。
「すごい、美人ですね……」
「そうですよねぇ」
「オイ、なに見てんだ?」
 二人の視線に気づいた依頼人――ミントは些か酔っ払っているようで顔が真っ赤であった。
「こんばんは、ルディアさん。って、どうかされたんですか?」
 そこへちょうどやってきたのはアイラス・サーリアスだった。
「え、えっと……あはは」
 ルディアが笑って誤魔化す。
「あの、ほろ酔いの女性、依頼者なんだそうですよ」
 建一がルディアに代わって説明する。
「……なるほど護衛ですか。しかし、一筋縄ではいきそうにもありませんね」
「おーい、酒もってこいー」
 さらに酒を注文するミント――彼女の周囲にはグラスがいくつも並んでいる。
「へぇ、面白そう」
 カウンターの隅で一人苦笑しながらルディアたちの方に向き直ったのはフォルティーナ・バルド。
「ちょうど退屈してたの、そういうわけで私も参加させてもらうわね」
 フォルティーナが席を立ちミントの隣へ腰掛けた。
「……なるほど、南の峠ですか。女性が一人では危険ですね、私も同行しましょう」
 次いでやって来たのは、女性と見誤るほどに端正な顔つきをした男性、シヴァ・サンサーラであった。シヴァは死期の近い者の魂を狩る死神である。
「それで、出発はいつなんでしょうか?」
 アイラスがミントに尋ねた。しかし、返事はない。
「おおー、いいぞー、姉ちゃん!」
 お客の歓声によって亭内は盛り上がりを見せていた。どうやらミントもそちらの方に気を取られていたようだ。
 白山羊亭を活気付かせているのは踊り子――レピア・浮桜であった。昼間、石化状態にあるレピアが生を実感するのは日没のこの時間帯だけなのだ。
「なかなかの踊りだったぞ」
 ミントが拍手でレピアを迎える。
「あら、ありがとう。で、どなたかしら?」
「ははは、俺か? 俺はな――」
 そして、二人は意気投合してしまい酒を酌み交わし始めた。
「えっと、それでは五人にお任せしてよろしいでしょうか?」
 ルディアが依頼書に要件を書き記していく。
「俺は構わない、いやこの五人に是非とも頼みたい」
 どうやらミントはこの五人がいたく気に入ったようだった。
 こうして五人は護衛の任務に就くことになった。



■ 山道

 なだらかな稜線がはるか向こうまで延びている。沈みかけの夕陽が世界を赤く染め上げている。一行は順調に山道を登っていた。これならば野宿を含んでも明日の日没には到着できそうだった。しかし――。
「……間違った」
 ミントが夕陽を手で遮り立ち止まる。
「どうかしたんですか?」
 右側を歩いていた建一が最初にミントの異変に気づいた。
「……俺の予定では明後日が仕事のある日だったんだが」
「え? ということは?」
 アイラスがミントの意図に感づき、さらに確信を得るために説明を促した。
「明日だ。明日の昼までに峠を越えて南の街まで行かないとアウトだ!」
 ミントが頭を抱えて「うががぁぁ」と獣のように叫んだ。
「それでは、夜通しで歩くほかありませんね」
 シヴァが提案する。内心ではミントの叫ぶ姿に、
『もう少し女性らしく振舞えないのでしょうかね』
 などと思っているのだが表向きは笑顔だ。
「まあ、しょうがないね。ところで、仕事というのは占いの、ということ?」
 フォルティーナが疑問を口にする。
「そうだ。依頼者は、どこぞの成金の御曹司だ。とにかく時間に厳しい奴らしくてな。聖都の酒があまりに美味いんで、つい時間を忘れて飲んだっくれていた」
「なるほど……それで僕たちに護衛を頼むことに」
 建一が納得したように呟く。
「まあな、遠回りしてたんじゃ約束の時間に遅れるからな。危険な峠とはいえ仕方ない」
 仕方がないというよりは自業自得であろう。誰もが溜息をつかずにはいられなかった。

「どうもありがとう。……え? 夜通しで峠を?」
 日が暮れて石化が解けたレピアが地面に降り立つ。
「そういうことになってしまいましたね」
 アイラスが事情を説明すると、
「まあ、気楽にいこうや。はははははっ」
 ミントが場を誤魔化すように笑い飛ばした。
 昼間でも薄暗い森は日が沈むとますます闇が深まり、視界は極端に悪くなる。その日は雲が多くて星も月も隠れがちであった。
「魔物に注意した方がいいわね。姿が見えてからでは手遅れだわ」
 レピアが全員に注意を呼びかけた。ミントは大きな欠伸をしていた。
「そろそろ峠を越えますね……いや、そうもいかないらしい」
 シヴァが急に立ち止まる。
「林の奥から魔物の気配がします」
 そう言って、シヴァは大鎌『ロンギヌス』を手に取った。
「魔物? やっぱりこの峠には出るのか?」
 ミントはやけに悠長に構えていた。
 ――グアアアァァア!!
 その時、飛び出してきたのは牙を剥き出しにした犬型の魔物だった。
「こい……私が相手をしてやろう。この剣の錆にしてやる」
 フォルティーナがすかさずミントの前に出る。
「後ろにもいます! 気をつけて!」
 アイラスが釵を構え、魔力を全身に込めて肉体を強化する。
 シヴァが敵の注意をひきつけ、集まったところをロンギヌスで一閃。
 ――グギャアア!!
 魔物を一瞬にして殲滅してしまう。だが、敵は次々と襲い掛かってきた。
「はあああ!!」
 フォルティーナが剣を振り下ろし魔物に致命傷を与える。が、背後から更なる魔物が迫ってきていた。
「危ない!」
 そこへ建一が精霊魔法でフォルティーに迫り来る魔物を攻撃、間一髪のところで撃退することができた。
 レピアは敵の突進を巧みに避けつつ、急所を狙って的確に蹴りを入れていく。身を翻し攻撃をかわすのはレピアの専売特許だ。
「たああ!!」
 アイラスが最後の一匹を仕留め、武器を収める。
 魔物の気配は完全に途絶えた。もっといたはずだが、こちらに恐れをなして逃げてしまったのかもしれない。
「さすが俺の見込んだ奴らだ。おかげでこちらは掠り傷一つせずにすんだ」
 ミントが上機嫌に笑う。
 それからミントは、戦闘終了直後でまだ息の上がっている者もいるというのに、お構いなしに先へ進み出した。そして、五人は慌ててミントを追いかける羽目となる。

 峠を越えるとそのうち足場が悪くなってきた。上りも泥濘のある場所は少なからず存在したが、下りはさらに酷かった。上流から流れてくる川は氾濫こそしていないものの、普段よりも明らかに水が増しているようであった。
「足元に注意しましょう」
 建一が暗がりの中を慎重に歩み出す。
「おいおい、そこ水が流れてきてるんじゃないのか?」
 ミントが地面を指差しながら顔を顰める。確かに泥濘が特に酷い箇所があった。
「少し、地形も悪いようですね。では、この岩を……」
 アイラスが岩を砕き始めた。そして、その砕いた岩を足場の悪い箇所の修繕に使う。他の者もアイラスを手伝うがミントだけは「がんばれー」と声援を送るのみであった。
「なあ、今度は修復の仕様がないんじゃないのか?」
 ミントが目の前を流れる川の水を手で汲み取りながら唸った。
「けっこう冷たいわね。それに、真ん中はかなり底が深いようだわ」
 レピアも一緒になって流れる川の水に手を触れる。
 どうやら、増水した川が橋を破壊してしまったらしく一行は足止めをくらってしまった。
「仕方ありませんね、ここは飛翔で向こう側へ渡るとしましょう」
 シヴァがそう提案し、川の向こう側までの距離感を把握する。
「飛翔なら私も使えるから、手分けして向こう側へ」
 フォルティーナが名乗り出る。こうしてシヴァとフォルティーナの飛翔スキルによって六人は橋なき川を渡ることが出来た。
「さあ、時間がないから、急ぐぞー」
 ミントが張り切って峠を下りだす。案外、体力はあるらしく、まだ一度も根を上げてはいない。夜が明けるか明けないかという頃、ようやく街が見えてきた。そうして、レピアが石化状態になる頃には街へ到着することができた。



■ その後

 五人は護衛の任務を終え、その街で休息を取ることにした。というよりも、そうせざるを得なかったのだ。なにしろ、不眠不休で峠を越えたのだ。
 さて、聖都に帰ろう――とは誰も考えなかった。
 そして、その晩のこと。ミントに誘われ五人は街の酒場にやって来ていた。
「いやー、あのボンボンがよー、占い目的じゃなくて俺に気があったらしくてな、まったくもって不愉快だったぜ」
 ゲラゲラ笑いながらミントがペースも考えずにグラスを空けていく。
「それは災難でしたね。……ところで、占って欲しいことがあるんですがよろしいですか? 捜している妻の転生者の行方を占ってもらいたいのですが……」
 シヴァがそう言うと、
「あ、私も報酬はいいから――私に何が見えるか、それを教えて欲しい」
 フォルティーナがミントに微笑みかけながら言った。
「じゃあ、僕は今後の運勢を――」
 建一が便乗する。
「では、僕も今度の運勢を」
「私もいいかしら?」
 アイラスとレピアも流れに乗ってミントに占いを求める。
 するとミントは、
「……俺の占いはな、家一軒が買えるぐらいの金額を必要とするんだ。簡単に、しかも五人も占えるはずがないだろ? と、言いたいところだがお前らには世話になったし、今は機嫌がいいから特別に占ってやろう。ただし、一言だけだからな?」
 ミントはおもむろに立ち上がり五人の前に向き直った。懐から美しくも透き通った水晶を取り出し、カウンターの上に置く。しばしの間があって、水晶が輝き出した。
「まず、シヴァ……具体的には見えないがそう遠くはないだろう。で、次にフォルティーナ……うーん、強さの内に何かを秘めているといった感じだな、曖昧で悪い。建一は今後の運勢だったな……まあ、現状維持だな。特に揺れることもないだろう。アイラスは……幸先良さそうだな。ただ、思わぬ落とし穴があるかもしれない、気を引き締めろ。レピアは、石化の解決策が見つかるかもしれん、これは自分次第といったところだな。えー、以上。異論反論は認めない、占いは信じるか信じないかの二択しかないからな」
 ミントはそれから夜が明けるまで酒を飲み続け、五人はそれに半ば強制的に付き合わされることとなった。
 こうして、男勝りな美人占い師との冒険は幕を閉じたのだった。



<終>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0929/山本建一/男/25歳/アトランティス帰り(天界、芸能)】
【1649/アイラス・サーリアス/男/19歳/フィズィクル・アディプト】
【1758/シヴァ・サンサーラ/男/666歳/死神】
【1926/レピア・浮桜/女/23歳/傾国の踊り子】
【1386/フォルティーナ・バルド/女/18歳/剣闘士】

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■         ライター通信          ■
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『占い師と共に』へご参加くださいましてありがとうごいます、担当ライターの周防ツカサです。
最後の占いなんですけど、あまり勝手な内容にはできないなぁと、実に曖昧な内容です。
もう少し、ミントに関する情報を入れておくべきでしたね。またいつかミントは登場させようと思っています。その時はもう少し幅のある内容にしようかなと企んでおります。

ご意見、ご要望などがございましたら、どしどしお寄せください。
それでは、またの機会にお会い致しましょう。

Writer name:Tsukasa suo
Personal room:http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=0141