<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
うちへかえろう
■オープニング
「何でこーなるんだよッ!?」
快晴温暖そよ風うららな聖都エルザード――の、街外れ。
馬鹿でかい屋敷の門前に立ち、宮廷魔導師のメルカはあらん限りの大声を張り上げて、己が人生の受難を呪っていた。
彼女が所属する魔導師団は王立機関にも関わらず、何故かいつも人手不足である。そのためひとりが受け持つ仕事量が半端じゃなく、結果、雑務に追われて帰宅出来ない日々が約半年とちょっと。
今回こそはと意を決し、殆ど恐喝に近い交渉で団長から休暇をもぎ取り、そうしてメルカは約半年とちょっとぶりの我が家へ帰還……を果たす目前で、予想外の展開にぶち当たってしまったのだった。
――ギィギィ! ギギャギャッ!!
何と大量のゴブリンが、屋敷を占拠していたのである。
鉄格子の門の内側では、三匹のゴブリンが槍を構えてメルカを威嚇中…どうやら屋敷の主である筈の彼女を、縄張りを荒らしに来た侵入者と認識しているらしい。
「……何で、こーなったんだ?」
不機嫌すぎてドスの効きまくった声音の問いと共に、メルカは後ろを振り返った。そこには、ゴブリンによって屋敷を追い出された使用人達がズラリ。
それに彼女を加えた集団は、快晴のお屋敷街の景色の中で、それこそ上空三千メートル辺りまでプカプカと浮きまくっていた。ご近所様の視線が痛い。
「ご主人様がお戻りになる少し前に、突然群れで襲ってきまして…」
「温室の花の蜜が目当てのようでございます」
えとせとらえとせとら。
大方のいきさつを聞き終えると、メルカは苦い顔で溜息ひとつ…。
「誰か――黒山羊亭行って来い」
こうして彼女の帰宅幇助依頼が、黒山羊亭に持ち込まれるのであった。
■門前の団体さん
黒山羊亭から駆けつけたのは三人の男達だった。
アイラス・サーリアス、ミリオーネ=ガルファ、それから葵――彼らは門前の光景を目にすると、同時に深い溜息をつく。
「災難だったね」
過去形じゃありません。
現在進行形なんです。
しかし葵の発言にツッコミを入れる者は居なかった。活用形の違いなど、今は気にしてる場合じゃない。
「家の中が荒らされてなければいいですが…」
「蜜が狙いなら、花以外の物には目もくれてないと思うぞ」
場合じゃないから、アイラスもミリオーネも普通に会話を進めてしまう。
そこへ後ろから声をかけて来た者があった。
「…どうかしたんですか?」
大人しそうな少女の声。その主を探して三人が振り返れば、背後に並んだ使用人達の向こうに、純白の翼が垣間見える。
遅れて振り返ったメルカが一言…
「……見えねーよ」
ズサササササッ!
ドスの効きまくった主の言葉を受け、使用人達は劇場のカーテンの如く無言で左右に移動する。人間カーテンの向こうに立っていたのは、彼らの見覚えのある人物だった。
「何かお困りのようですね…どうしたのでしょう?」
たまたまここを通りかかったらしいメイは、果物の詰まった籠を提げたまま、戸惑い気味の視線を投げてくる。人見知りな性格故か、はたまた往来の真ん中にたむろする集団を不気味と思ってか、白い頬を少〜し引きつらせながら…
「メルカの家がゴブリンに占領されたんだ」
「言葉が通じないみたいだから、話し合いは無理そうだし」
「強制退去なら人手が要るでしょうから、それで僕達もお手伝いに来たんです」
自分達まで「変な集団」の一部と認識されてるのかなーなんて、ちょっぴり寂しい気持ちを抱きつつ三人が事情を説明すると、ようやくメイの顔から引きつりが消えた。
「宜しかったら、あたしもお手伝いしましょうか…?」
数が多いらしいので、この申し出はありがたい。
ならば作戦を立てようかと葵が提案した直後――
「屋敷買い直せばイイんじゃなーイ?」
突然、あっけらかんとした声が降って来た。
「メルカちゃんオカネモチそーだし、ここはゴブリンにあげちゃいなヨ」
うひゃひゃとあ軽く笑いながら、追い出すのではなくこちらが出て行くという逆転の発想を提示する声は、明らかにこの状況を楽しんでいる。
(まさか…)
こんな発言をしそうな者に、心当たりがあるような――嫌な予感を感じながらアイラスとミリオーネが上を見ると、そこには彼らの予想通りの人物が居た。
「あ、ハジメマシテの人も居るネー。俺様、葉子・S・ミルノルソルンってゆーの。ヨッロシク〜♪」
(…やっぱり)
こめかみを押さえ溜息をつくふたりはそっちのけ。黒い翼でふよんと浮かんだまま、葉子は眼下の団体様に向け陽気に挨拶する。
しかし、それに対して「宜しく」と返す者は居なかった。葵もメルカも唖然と凍りつき、メイに至ってはミリオーネの陰に隠れてしまう。
「アッレ〜? もしかして警戒されてる?」
ええ思いっきり。
「悪魔が頭上に現れて、警戒しない人は少ないでしょうね」
アイラスの一言が、皆の反応の理由をとても簡潔に説明していた。
しかしそんな事を云々してる場合じゃない。
――ままー、あのひとたちなぁにー?
――ハナコちゃん、目を合わせちゃいけませんよ
な〜んて。ご近所様の生温かい反応とゴブリンを睨むメルカの据わりきった目が、事の優先順位はそっちじゃないと、嫌でも一同に教えてくれる。
突然の乱入者の存在を横に置くと、四人の冒険者達は協議に入った。
「相手が昼行性なら夜の方が有利かと思いましたが…ご近所の方の不安も考えると、やはり早めに何とかするべきですね」
と、これはアイラス。
「これ以上長引いたら、メルカが沸点超えそうだしな」
ミリオーネはメルカのこめかみに浮かび始めた青筋を気にしている。
「餌を求めて来たんですよね? ならば追い払う程度で殺したくはないのですが…」
使用人から更に詳しい事情を聞いたメイが、ゴブリンの立場にも理解を示せば――
「ダカラ屋敷買い直せば――」
「温室から攻めるのはどうかな。蜜を押えられればゴブリンだって困るだろうし、言葉が通じなくても交渉の余地はあるかも」
葉子の茶々をスルーして、葵がそんな提案をする。
「ここに居ても餌が手に入らない事を理解させればいいわけだし…それもありか」
「言葉の壁は勢いで乗り切るという事で…あたしも賛成です」
「ではそれで行きましょうか」
こうして第一の標的が決定した。
「俺様のアイデアは無視なのネ?」
「ゴブリンに居座られたら近所の人も迷惑だろうが」
「ツマンネー」
――葉子だけは不満そうに頬を膨らませていたけれど。
■足元注意!
聖都の片隅で発生中の椿事など知らぬ顔で、お日様は燦々と空に輝いている。
光があれば影もあるのがお約束で、門番ゴブリンズの足元には、まぁるい影がひとつふたつみっつ。
『ギギャッ!?』
そのうちのひとつから突然黒い人影が生えて来たかと思うと、驚く三匹が槍を構えるより早く、ひょいと足払いを食らわせてきた。1回2回3回。
『ギャン!』
人の背丈の半分にも届かないゴブリン達は、ひょろひょろ体型の葉子が放った足払いでも、あっさり転倒してしまう。
「俺様にかかればこんなモンなのネー♪」
「いいから早く門を開けろ」
これで敷地内への侵入は成功だ。
次なる課題は温室までの移動だが――
「その前に、この門番ちゃん達縛り上げた方がいいかもヨ? 何せ転ばせただけで、ダメージ全然ナイ筈だから☆」
「それを先に云って下さい!」
怒りで顔を真っ赤にしながら立ち上がりかけた三匹を、メイと葵が慌てて押え込み、葵の生み出した水の縄で縛り上げる。今度こそ入り口確保だ。
「庭にも見張りは居るんだろうね。温室までは気付かれずに移動したいんだけどな…」
道を選べばそんな心配も無用だろうが、出来れば一気に直行したい。
顔を曇らす葵の言葉に頷くと、アイラスはメルカの方を振り返った。
「見張りの注意を逸らしたいんですが、敷地の北側で使用人の方に騒ぎを起こして頂く事は出来ますか?」
「可能だと思うよ。北は水路が走ってるんで、その対岸から騒ぐ分には安全だろうし」
「じゃあお願いします」
ゾロゾロゾロッ!
メルカが指示を出すより早く、さっきは人間カーテンだった集団が今度は三列縦隊になり、屋敷の裏手へ移動を始める。
「ひとつ頼まれてくれないか?」
最後尾に居た男をミリオーネが呼び止めた。ひそひそと何事か耳打ちすると、男は頷き列を離れ、とててと何処かへ駆け去って行く。
「手段は多い方がいいからな」
それ以上は語らなかったが、彼にも何か策があるようだ。自信ありげな笑みが口の端に浮かぶ。
「屋敷の中でも偵察してくるネ〜」
そう云って葉子が影渡りの為に潜り込んだのは、何とメイの影だった。
「ドウセ使わせてもらうなら、可愛いオンナノコの影がイイもんネ♪」
「きゃあ!!」
悪魔に影を利用されるハメになり、小さな天使は悲鳴を上げる。しかし既に時遅く、うひゃひゃとあ軽い笑い声だけを残して、葉子の姿はこの場から消え失せていた。
「…後で退治して…いいでしょうか」
青ざめた顔で自分の足元を凝視しつつ、メイは腰に提げたイノセントグレイスへ手を伸ばす。声音がマジだ。
「止めませんけど…簡単には退治されてくれないと思いますよ」
「あ、そういうの何て云うか僕知ってるよ。『骨折り損のくたびれ儲け』だよね?」
頑張れば意味は通じますが、それを云うなら「憎まれっ子世に憚る」です。
「とにかく…行くぞ」
門周辺の警戒をメルカに任せると、四人は温室目差して走り出した。
■只今奮闘中
使用人達の陽動が成功しているのか、温室周辺に見張りの姿は存在しない。
「まぁ、温室の中には何匹か残ってるんでしょうけどね」
「あんまりたくさん居ないといいね」
「あたしが屋根から突入して注意を引きます。その間に、皆様はドアからお願いします」
「まさか屋根をブチ破るのか…?」
ミリオーネは一瞬唖然とするが、メイの顔に浮かんだのはにっこりと穏やかな笑みだった。
「ガラス1枚分だけですが、破壊許可は頂いてますので」
何と手回しのいい事だろう――呆気に取られる男三人を尻目に翼を広げると、メイは潜んでいた植え込みから飛び出してゆく。そしてそのまま屋根へ。
小さな天使が実はなにげに抜け目無かった事に新鮮な驚きを抱きつつ、三人も後に続いた。
まさか頭上から攻撃されるとは思ってなかったのだろう。しかも事態を把握するより早く扉からも雪崩れ込まれ、温室内で蜜の採取に勤しんでいたゴブリン達は、すっかりパニック状態だった。
「少しだけ、ごめんなさい…っ!」
メイのイノセントグレイスが脳天を直撃し、蜜入りの瓶を運んでいた一匹が引っくり返る。もっとも大鎌の刃は畳まれた状態なので、斬られたのではなく殴られただけなんだが。
勿論、ゴブリン達も無抵抗じゃない。ややあって落ち着きを取り戻すと、手近な物を武器にして反撃に出てきた。
『ギィッ!』
彼らが手にした物は、スコップと高枝バサミとジョウロ――中にはバケツをヘルメット代わりにする奴も居たりして…場所が温室だけにこんな物か。
「アットホームな武装だな…」
不覚にも健気だと思ってしまったミリオーネだった。
「でも油断は禁物ですよ」
ぶぅん!
植木鉢を投げつけられ、アイラスの表情が一瞬固まる。たとえ園芸用品だって、使い方によっては結構な威力だ。
「このっ!」
葵が水の礫を放つ。
『ギッ!?』
足元を狙われゴブリン達がたたらを踏んだところに、素早い動きで肉迫したのはアイラスだった。両手に握ったサイを操り、彼らの健気な武装を次々弾き飛ばしてゆく。
『ヤルネー、お見事ッ☆』
今、何か聞こえたような…
「俺とメイで弱らせる! 葵は捕獲を頼む!」
「わかったよ!」
…誰も気付いてないらしい。
武器が無いなら体当たりで反撃を試みるゴブリンと、その頭にイノセントグレイスだのゲンコツだのを振り下ろすメイとミリオーネ――その格闘は暫し続いた。
「わっ! 背中に上るなッ!」
「ホントは殴りたくないんです! ごめんなさいごめんなさいッ!」
『ギギャギャッ!』
団子になっての大乱闘の横で、しかしマイペースな者も居る。
『ウッワー、どっちも必死ダネー』
「うん、痛そうだよね」
アタマに大きなたんこぶを作って脱落してくるゴブリンを縛り上げながら、葵は謎の声と共に観戦モードだった。
『イケー! ソコダー!』
「うん! 頑張って!」
「どなたと会話してるんですか…?」
アイラスが指摘しなければ、延々とこの状態だったかも。
「えーと…誰だろう?」
正解は、影を通じて傍観態勢な下級悪魔氏です。
「見てるんなら手伝え!」
蹴り倒されぬよう果敢に脚にしがみついてくるゴブリンを振り払いながら、ミリオーネが何処に潜んでるとも知れぬ葉子を怒鳴りつけるが、云うだけ無駄というもので…
『マダ偵察中だしー、ここは皆にお任せイッツ他力本願☆』
戦意を根こそぎ奪われそうな台詞が返ってくるのみ。
その時、葵めがけて投げられた植木鉢が、狙い外れてアイラスの方へと飛来した。葉子の発言に気を取られてか、珍しく彼の反応が遅れる。
「――ッ!?」
左手を直撃され握っていたサイを取り落とした直後――
『グヘェッ!?』
ほほんとしていた筈の葉子の声が、何故か間の抜けた悲鳴へと変化した。
「…え?」
なにげに視線を落としてみれば、取り落としたサイの先端が、アイラスの足元の影に深々と突き立ってたりして…
「なるほど…」
「そこに居たんだね」
ザックリと突き刺さるサイを見下ろし、何となく合掌してしまう葵だった。
「…成仏してね」
――それ、悪魔には凄く無理。
すったもんだはあったものの、それから五分で温室の奪還は達成された。
しぶとく復活した葉子の報告では、屋内のゴブリンは一階に集中しており、特に群れのボスと思しきものが大広間に居るらしい。集めた蜜も大広間にあり、そこが彼らの本陣のようだ。
「じゃあ、最終的には大広間を制圧しないといけないね」
その時、門の警戒を任せていた筈のメルカが、大きな籠を引っ提げ温室に姿を現した。騎士団に応援を頼み、門は任せてきたらしい。
「って云っても騎士団もヒマじゃないから、ひとりしか寄越してくれなかったけど」
そう云いながら、彼女は手にしていた籠をミリオーネに手渡す。
「お前さんが頼んでたブツ。届いたから持って来たよ」
中を確認し一瞬だけニヤリと笑うと、ミリオーネは籠を抱えて温室の外へ向かい始めた。どこへ行くのかとメイが問えば、「陽動その二」といらえがある。
「屋内の連中を、何匹か庭に誘き出して捕獲する。流石にボスは出てこないだろうが、その方がやりやすいだろ?」
そのまま彼はスタスタと温室から出て行った。庭の残党を捕まえてくると、葵もその後に続く。
「僕達は一足先に建物へ行って、葉子さんと合流しましょうか」
縛り上げたゴブリンと温室の見張りをメルカに任せ、アイラスとメイもこの場を後にした。
■もーひとつの陽動作戦
「このあたり…かな」
屋敷の風上に位置を定めると、ミリオーネは手にした籠を芝生の上に置いた。
「厨房じゃないから大掛かりなものは出来ないが…」
呟きながら籠から取り出したのは、何故か大きな白い皿。続いて色とりどりの果物とナイフ――何をするつもりだろう?
「見てりゃわかる」
では見ている事にします。
「って…俺は今、誰と話してたんだ…?」
気にしてはいけません。
「まぁ、いいか」
軽く肩をすくめ、それから彼は握ったナイフで果物の皮を剥き始めた。リンゴ、オレンジ、そして白桃――流石は料理人だけあって、その手つきは鮮やかで慣れたものだ。皿の上には瞬く間に、綺麗にカットされた果物が盛り付けられる事になる。
『……ギ?』
屋敷の窓から、不思議そうに四匹のゴブリンが顔を覗かせた。
チラリと横目でそれを確認すると、ミリオーネは次なるブツを籠から取り出す。
淡いピンクの花びらの砂糖漬け――これもまた皿の上に飾りつけ、その上からたっぷりのメープルシロップを……
『ギャギャッ!』
風に乗せて甘い匂いを運ぶ皿に、明らかにゴブリンは反応しているようだ。作戦の成功を確信し、ニヤリとミリオーネの口元を笑みがよぎる。
盛り付けを終えると、彼は皿をその場に置いたまま、てくてくと近くの植え込みに姿を隠した。そしてそこで、耳を澄ませて気配を探る。
『ギィギィ♪ ギャッギャッ♪』
浮かれまくった声が近付いてきた。それから小さく軽やかな足音も。
(そろそろか……)
植え込みの隙間からそっと覗けば、屋敷の窓から顔を見せていた四匹のゴブリンが、ウキウキと跳ね踊りながら皿を取り囲んでいる。
「……お前ら少しは疑えよ」
あまりの単純っぷりに溜息を洩らしつつ立ち上がると、ミリオーネはすかさずその頭上にゲンコツを振り下ろした。
■後ろにご注意
屋敷の中に踏み込んでみると、玄関ホールでは葉子が数匹のゴブリンと格闘の最中だった。
先程の温室での様子から、彼は最後まで傍観モードだろうと予測していたアイラスとメイは、その光景に失礼過ぎるほど露骨に愕然としてしまう。
「傷つくナァ。俺様だって、タマニは頑張る事もアルンダヨ?」
サッと振り下ろした手から真空波を放ち相手を威嚇しながら、葉子は彼らの反応に物凄く不満げだ。
「悪魔だからと云って、全て疑ってはいけないのですね」
「どうも僕達は誤解していたようです。申し訳ありません」
「ワカレバいいのヨー」
しかし――アイラス達が気付かずとも、聖獣様はお見通し(かもしれない)。殊勝に労働参加する裏で、葉子がこんな事を呟いていたのを…
(って云っても、ギャラリーに見える処でダケね☆)
見えないトコでは何をしてたか…それは秘密にしておこう。
彼の威嚇ですくみ上がったゴブリン達を捕獲すると、三人は大広間を目差した。
「遅れてご免! こっちは片付いたよ!」
内部に残る勢力を取り押えながら進むうち、庭の見張りを捕え終えた葵が合流してくる。
「ホラ、大漁」
ご満悦の彼が握った水の縄には、ゾロリと数珠繋ぎのゴブリンが――これを見て、残っていたもの達も己の不利を悟ったらしかった。
『ギャギャッ!』
きびすを返し、テケテケと先を争って大広間へ逃げ込んでゆく。
「アララ。ボスのトコに案内してくれるなんて親切ダネー」
「多分それは違うと思いますが…」
後を追って四人が大広間へ駆け込むと、そこには積み上げられた蜜入りの瓶と五匹のゴブリン、それからボスと思われる一匹だけ妙に身なりのいいゴブリンの姿があった。
『ギギャギャ、ギャ!』
調度を積み上げなけなしのバリケードとしているが、如何せん人間から見れば二分の一スケール以下。大規模な防壁など作れるわけが無く、その気になれば一瞬で突き崩す事が可能だ。
「意味、ありませんよね…」
「そうですね。それに…」
微妙な溜息を洩らしながら、アイラスとメイの視線が動く。
バリケードを越え、五匹のゴブリンを越え、更にはボスまでを越えた地点へ。
そこには……
「立て篭もるなら後ろぐらい確認してからにしろよ」
壁とそれから窓があり、その窓からミリオーネの呆れ顔が覗いていた。
『ギャ――――――――――ッ!?』
――王手。
これにて投了でございます。
■エンディング
「家だよ家…やっと帰って来れたんだよ…」
わらわらと使用人達が後片付けに勤しむ大広間。半年とちょっと振りの帰宅を果たしたメルカは、ソファの上で感涙に咽んでいた。
「屋敷も殆ど荒らされなかったみたいですし、良かったですね」
運ばれてきたニルギリの紅茶を受け取ると、アイラスも安堵の笑みを見せる。
ゴブリン達は森へと去って行った。集めた蜜はそのままくれてやったが、これに懲りて二度と街に近づく事は無いだろう。
「彼らも生きるために必要な事をしただけなんでしょうが、人間の生活圏に踏み込む事は、お互いにとっていい事ではありませんし…」
だから平和的解決(?)が出来て良かったと思うメイだった。
「さっきはバタバタしててゆっくり出来なかったけど、温室の花、もう一度見せてもらっていいかな?」
「お前の場合は花より光合成が目当てだろ?」
ほわんと期待の眼差しでメルカを振り返る葵の言葉に、すかさずミリオーネがまぜっ返す。「だって日当たり良かったし」と本人も否定しなかったあたりには、誰もが苦笑になった。
「サーテ、俺様は帰らせてもらうカナ〜」
執事が差し出す謝礼の袋を遠慮の素振りも無く速攻で受け取り、葉子が帰り支度を始める。「ちょっと待て」と、妙に低い声で呼び止めたのはメルカだった。
「帰るんなら、懐の水晶像は元の位置に戻して行けよ?」
「……」
流石は家主。玄関ホールにあった像がひとつ消えている事と、葉子の上着の胸の辺りが微妙に膨らんでいる事を、しっかり見逃してはいなかったらしい。
「まさかさっきの偵察中に…?」
「珍しく自発的に動いてるなと思ったら…そういう事か」
「…やっぱり退治していいでしょうか」
「聖水の縄で縛れば、影に逃げる事も出来ないよね」
葉子を見る四人の目が、一気に氷点下まで冷たくなる。
「アラ〜…バレバレだったのネ?」
この後彼がどうなったか……
それはあえて語らない事にしよう。
「成仏してね?」
――だからそれ、絶対ムリ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1063 / メイ / 女 / 13 / 戦天使見習い】
【1353 / 葉子・S・ミルノルソルン / 黒 / 156 / 悪魔業+紅茶屋バイト】
【1649 / アイラス・サーリアス / 黒 / 19 / フィズィクル・アディプト】
【1720 / 葵 / 男 / 23 / 暗躍者(水使い)】
【1980 / ミリオーネ=ガルファ / 男 / 23 / 居酒屋『お気楽亭』コック】
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■ ライター通信 ■
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「うちへかえろう」へのご参加ありがとうございました。
執筆を担当した朝倉経也です(礼)。
今回の私的キーワードは「スーダラでドタバタ」だったのですが、微妙にハジケきれなかったような…もっとやっちゃっても良かったでしょうか?
少しでもお楽しみ頂けたなら良いのですが。
「温室の花全部焼き払えば早いよな」とか、そんな考えがチラリと脳裏をよぎったりしたんですが、こんな非道な事を考えるのは朝倉だけだったようで(笑)。
皆様のおかげで平和的解決となりました。ありがとうございます。
ミリオーネ=ガルファ様
いつもありがとうございます。
まさか今回こんな形で、ミリオーネさんのお料理風景を書かせて頂ける事になろうとは…あまり「料理」とは云えないようなメニューになってしまいましたが、でもとても楽しかったです。
ところで、「ラブコメ人間」の由来が凄く気になるんですが(ぇ)。
またお会いできる機会がある事を、心より願っております。
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