<PCクエストノベル(1人)>
THE PHANTOM AGONY〜ルクエンド地下水脈
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■冒険者一覧■
【整理番号 / 名前 / 性別 / 年齢 / クラス】
□1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男 / 39 / 医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り
■助力探検者■
□なし
■その他の登場人物■
□ 黒いドレスの少女 / (ウォズ)
□ 黒い死神 / 黒衣を纏った敵(ウォズ?)
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人知れず存在する地底の湖に、憎悪とも畏怖とも知れない黒い思念が渦巻いていた。
静かな水の流れの上を、滔々と流れる漆黒の影。
――――。
霧の様な其れは、まるで何かを求めるように、誰かを探すように宙を泳いでいた。
静寂の中で音もなく彷徨う漆黒の霧。
――――。
其れが時折、人の顔を象るように変化する。
不気味この上ない怪異と言うべき現象。
――――。
叫ぶような、呻くような。
誰も知らず誰も気づかぬ闇の気配であった。
***
数あるソーンの秘境の一つにルクエンドの地下水脈がある。
其処には異界へと通じる扉と路が在ると噂され、現にその事実を垣間見た人間も存在している。
堂々とした体躯に荷物を背負い、さほどの汗も滲ませずに険路を進む男もまた、真実に触れた一人。
名をオーマ・シュヴァルツ。
異界への扉を『垣間見た』ばかりでなく、僅かの間だがその異界そのものに足を踏み入れた男でもあった。
その彼が再び目指す場所――。
以前の探索で発見した地底湖であった。
今度こそは――と幾つかの思惑を胸に秘めての探索。
勘と記憶を頼りに、洞窟に足を踏み入れた彼。
身体に纏わりつく空気の流れは、何処かしら不吉であり戦慄を含んでいた。恐らくは今回もまた一筋縄ではいかないだろうと、思わせるに足る。
そして、百戦錬磨のヴァンサーの勘は、外れることなく当たるのであった。
―――出遭ったのである。
またしてもウォズという宿敵に。
「彼女」は洞窟の真ん中で迷い子のように存在した。
一見して黒いドレスを装い、長い黒髪をリボンにリボンの装飾が可愛らしい。
まだ少女というべき外見。「彼女」は両膝を抱えるようにして身を屈め、途方にくれたような表情で洞壁を見つめている風だった。具現化現象の残り香と特有の気配に、「彼女」がウォズであることをオーマは直ぐに見抜いた。軽く身構えて怪訝そうに様子を見る。それに気づいた「彼女」。
―――?
小首を傾げながらオーマを見上げるその表情。
其処には敵意も憎悪も存在しなかった。
代わりに…。
にこり、と邪気のない笑顔を見せたのだった。
***
それは傍から見る人がいれば奇妙な光景に映っただろう。
探索を主目的とした装備で怏々と洞窟を往く大男。その隣にかなり場違いな黒ドレスを着た少女が、ピッタリと纏わり付くようにして並んでいる。
オーマ:「………」
大男――オーマ・シュヴァルツは珍しく困惑の境地にあった。
黒いドレスの少女:「お〜ま〜。さっきから黙ってばっかりだよ〜?」
少女の方はオーマの困惑などお構いなしとばかり、楽しげに大男の裾を掴んではゆすっている。
先刻洞窟内で出会ったばかりの謎の少女。
彼女は外見からも言葉遣いからも6〜7歳程度にしか見えないが、ヴァンサーにとって屠るべき存在「ウォズ」に紛れもなかった。
はず、なのであるが――、
オーマ:「あのなぁ…。もう一度確認するが、お嬢ちゃんよ、お前さん…ウォズなんだよな?」
律儀にも少女の歩幅にあわせていた彼の足が止まれば、複雑な思いを込めて再度問う。
黒いドレスの少女:「うん♪ ――はうぉずだよ」
返って来た言葉は酷く明るすぎて、オーマに軽い頭痛をもたらした。
オーマ:「じゃあ、お嬢ちゃん…お前さんは俺が何者か分かって一緒に付いてきているのかい?」
溜息をつくように腰に手を当てて尋ねる。
黒いドレスの少女:「お前さんじゃないよ〜」
名乗りを挙げて数時間、一向に名前で呼ばれないので拗ね始めたらしい。ちなみに少女自らのが名乗った名前は普通には発音が困難なものであった。
オーマが問えば自分がウォズであると肯定し、名前以外は何を訊いても要領を得ない。名前自体も特に深い意味があるわけではなく、何となく頭に浮かんだ綴りを口にしただけらしい。
可笑しなものであった。少女がウォズであることだけは確かなはずであるのに、オーマは敵意を抱けないでいる。少女の姿をとったウォズは、外見的にも内面的にも「ヴァンサー」であるオーマの戦意を殺ぐ力を備えているらしい。
オーマ:「――まっ、今回も何かあるとは予感していたけどな、――こういうのは予想できなかったぜ」
どうもこのルクエンド地下水脈という場所は「ある種の力」が溢れているらしい。故に異界への道が存在するのか、ウォズの出現する気配が濃厚なのである。
黒いドレスの少女:「お〜ま」
オーマ:「………」
黒いドレスの少女:「お〜ま〜しゅばるつぅ♪」
オーマ:「―――あのな」
先ほど拗ねた少女は、何時の間にかまたくすくすと楽しそうに笑っている。
歩き出したオーマの裾を掴んで離さず、
黒いドレスの少女:「???」
可愛らしく目をぱちぱちしながら見上げてくる。
いかん、どうも懐かれているらしい。――間違いなくそれは分かったので尚更困惑した。
オーマ:「大体な、お嬢…いや、お前さんは何で俺に付いてくるんだ?」
と、ストレートな疑問をぶつければ。
黒いドレスの少女:「駄目?」
途端、泣きそうな表情で尋ね返される始末。
それを見て言葉に詰まったオーマが、それでも、
オーマ:「あのな、俺はヴァンサーって奴なんだよ。本当ならばお前とはこうして一緒にいることさえ出来ないお仕事をしてるんだ。だから…まあ」
どう説明するべきか、やはり歳相応の少女にしか思えずに難儀していると。
黒いドレスの少女:「ばぁんさー?――ばぁんさーって知ってるよ。アタシたちを殺す嫌な人達でしょ?…お〜まはアタシを殺すの?」
オーマ:「――――!!」
数倍もストレートな言葉と答えが返ってきて、またも言葉を失うオーマ。
黒いドレスの少女:「アタシはおーまを殺したくないよ。それでもアタシのこと殺すの?」
オーマ:「………」
黒いドレスの少女:「アタシはただ還りたいだけなんだよ。――人に悪戯するつもりなんてないよ?」
還りたい――とは何処へ?
オーマの脳裡にその問いが浮かんだものの、口に出した言葉はそれとは異なっていた。
オーマ:「ああ〜そんな顔すんな。安心しとけ、俺もお前とは喧嘩したくねぇから。――ようするにお前さんはこの場所で還り道を探していたら知らず迷子になっちまったってことかい?――しょうがねぇから、その道を見つけるまで付き合ってやるよ」
少なくともウォズとして滅ぼさないならば、それがヴァンサーとしての義務だ。
黒いドレスの少女:「ホント!?」
またまた表情が一転する少女。本当に目まぐるしい感情の変化であり、それはまさに人間の少女となんら変わりなく見えた。裏を返せばそれほどに高位体のウォズということでもあるのだが、オーマの勘と見立てでは少女に害は見られなかった。
またこの場には他に人間も居ない、ならば問題は無かろうと楽観的な地が出たオーマである。
こうして更に少女に懐かれることとなったオーマは、あろうことかその腕に少女を纏わりつかせ溜息零しながら探索を再開したのだった。
一応――目指す場所は件の地底湖と。
***
身体はその踏むべき土を、感覚は地底湖に漂う特異な空気を、共に憶えていたらしい。
やがてオーマと少女の奇妙な2人組みは目的の場所へと辿り着いた。
即ち、件の静寂に覆われた美しき地底の湖。
かつては此処で強力なウォズと死闘を交えもしたが、湖畔の土に目を向ければ扇状に抉れた土、その名残も確かに残っていた。
オーマ:「さて、着いたぜ?」
黒いドレスの少女:「うわ〜♪」
側を促し、ゆっくりと水辺に近づくオーマ。少女も後からそれに続く。
オーマ:「―――」
と、突然ちりちりと肌を焼くような感覚に襲われてオーマが立ち止まる。
ひっそりとした空気に包まれた大空洞、其処に鏡のように透明な水面が広がっている景色、一見すれば以前とまったく同じ静寂の地底湖。
歩みを止めたオーマに、少女が怪訝な眼差しを投げかける。
黒いドレスの少女:「おーま?」
心なしか不安気なその声は、彼女も何か不吉な空気を感じとったからだろうか。
漂う気配に大気の温度が低下していくような感覚。
オーマ:「こいつは――あの時と同じ、意識の具現化に近い…まさか」
不吉な記憶が蘇れば、片手でそっと少女に下がるように合図し、自身も水辺から数歩離れる。
瞬間――眩いばかりの閃光が湖から迸った。
たちまちにして網膜を焼かれたオーマと少女。
オーマ:「―――っ」
黒いドレスの少女:「にゃあ!?」
続けて大地を揺らす振動が、洞窟そのものを鳴動させる得体の知れない響きに変わるも、オーマは視界を奪われたまま様子を探ることすら出来ない。
1分、2分と時が経ち、やがて不可解な地震が収まると、眩い光もまた嘘のように消失していた。
オーマ:「相変わらずとんでもねぇ場所だな――でっ、今回は何が起こった?」
視力を取り戻した瞳が、ある種の予感に細まりつつ、問題の湖へと向けられた。
依然白銀に覆われたような地底湖は嘘のように静か、併し――その水面にぽつりと立つ存在が一つ。
黒いドレスの少女:「おーま…?」
背後の声は心なしか緊張していた。
少女もまたソレを視界に認めたのだろう。
オーマ:「……………」
無言でソレを睨むオーマ。
黒い霧――、
黒づくめのボロ――、
闇を纏うようなソレは、フードで深く素顔を隠す影。
黒いドレスの少女:「―――!?」
何を感じたのか少女の肩がビクッと震える。
ソレは文字通り水面を「歩いて」来た。
そして、ゆっくり、ゆっくりと相手の姿が近づくごとに圧倒的な戦慄と圧力が迫る。
オーマ:「てめぇ…この気配――」
奇妙なことにどれほどソレがどれだけ近づこうとも、顔は闇に包まれ確認できずにいた。ただ、風もないのに不気味に揺曳しているぼろぼろの黒ローブの様子と、幽鬼のように水の上を歩く怪異な光景は、まるで鎌を持たない死神のそれを連想させた。
???:「糧…」
ソレは口を動かさずにそう唱えた。
オーマ:「何…だと?」
両手に意識を集中しつつも聴き返すオーマ。
???:「糧ト――ナル」
オーマへの答ではなく、それは宣言か?
一気に殺気が膨張し、オーマと少女が緊張する。
黒いドレスの少女:「―――!?」
オーマ:「たくっ、…意味不明のウォズがぽんぽんと現れやがって。言っとくが俺はてめぇの糧なんかにならねぇぞ?」
唇を吊り上げて嘯くオーマ。意識が既に武器の具現化へと飛んでいるのは、眼前の相手からもう一人のウォズである少女とはあまりにも異質な、「悪意」の放射を感じ取ったから。
黒いドレスの少女:「だ、駄目だよ、おーま!!?」
自分を庇うように前で身構えるオーマに、少女が叫んだ。
黒いドレスの少女:「アレは『普通の奴ら』とは違うよっ、おーまは下がって!」
背中越しにまた切迫した声。
オーマ:「……………」
ウォズを庇い、その背で心配してもらいながら別のウォズと戦いを始めようとする。こんな奇妙なヴァンサーは世界中を見渡しても俺くらいだろうと苦笑したオーマ。無論、彼もまた少女の心配を良く心得ていた。相手は一見華奢な人型とはいえ――人の言葉を操れるウォズである。それがかなりの実力を有する高位体であることは、ヴァンサーとして知りすぎるほど知っている。
それに対峙するだけで、ぞくりと冷たく肌が粟立つ、こんな経験は火竜との戦いのときも経験しなかった。
直感が目前の敵を容易ではないと警告している。
オーマ:「それで、――俺に用があるのかい?――この娘の客かい?」
言いながら額を伝う汗は冷たい。
と、相手は答えを返さずにオーマの視界から消失した。
瞬間移動!?
そうとしか形容できない超高速の移動。
オーマ:「――なっ!?」
百戦錬磨のヴァンサーであるオーマすら、その動きを目視することは不可能であった。身構えていたはずが、たちどころにして自身の間合いに『出現』した相手に愕然とするのみ。
空気を薙ぐ黒い一閃。
寧ろ空気を奪う黒い影と形容すべき、危険な攻撃が彼の胴を襲った。
オーマ:(っ、拙っ――)
本能が直撃――即ち死…と告げるも、反応が間に合わないことを悟り歯軋りするオーマ。
だが、
黒いドレスの少女:「駄目ぇっ!!!」
少女の鋭い叫び、
続いて激しい金属のぶつかるような音。
ほぼ同時に黒い影が弾き飛ばされる。
オーマ:「っ!?」
???:「!?」
攻守二つの影が驚愕した。
少女に弾かれた黒い影、それは正体不明のウォズが揮った大鎌であった。
本当ならば銀色に輝く刃も、どす黒い闇色を纏い、微かに瘴気を燻らせていた。
オーマ:「具現化すら悟らせねぇだと!?…にしても、お前…」
黒いドレスの少女:「おーま、アイツの狙いはアタシだよ。だから下がってて!」
オーマ:「なにっ!?」
言い放つと勇ましく足を踏み出した少女。其の両手の指、間に挟むようにあるのは「敵」と同色の短剣――合わせて6本。
何時の間に?
唖然とするオーマを尻目に、少女は「敵」へと飛びかかった。
オーマ:「ばっ、ちょっと待て、おいっ!!?」
黒いドレスの少女:「ハァ―――ッ!!」
制止するオーマの頭上を飛び越えた少女の跳躍はゆうに5メートル。
幼い少女を包み込む黒い妖気はまるで残影、次の瞬間、少女が身にまとうにしては余りにも壮絶な戦気へと様変わりし。
???:「―――ガッ!」
対して、旋風の如く死の鎌を揮うウォズ。
黒いドレスの少女:「この、――無駄なんだからぁ!!!!」
空間そのものを薙ぎ払う黒刃を飛燕のように身を捻って避ける少女。隙を晒した「敵」の目前で、瞬く間に3本の短剣を投げ放つ。
???:「!!!!」
交わす間もない瞬撃になす統べなく、胴を縫われる「敵」。
一瞬後には無惨にも串刺しにされた。
少女は更に、「敵」の顔を踏み台にするように激しく蹴り、反動をつけるとオーマを飛び越えて背後に着地する。黒いドレスが華やかに舞う様には、オーマも暫し眼を奪われた。
オーマ:「おいおいおい、何てスピードだよ――この俺が目で追うのがやっとだと!?」
呆れたようなオーマの言葉。
併し少女の方が驚いたような顔をする。
黒いドレスの少女:「嘘っ!?――おーま、今のアタシの動きが視えたの!?」
オーマ:「何だ、視えたら可笑しいか?」
黒いドレスの少女:「おかしいよっ!――いっくら『ばぁんさー』だからって、おーま、凄ぃ」
オーマ:「そうか?――いや、お前の方がよっぽどスゲェんだけどな」
一瞬だがもしマジでやることになったら俺でも危ねぇかもしれねぇ、と心の中で吐息したオーマである。
黒いドレスの少女:「アタシはうぉずだから、―――っ、おーま、危ないよ!!」
再び具現化した短剣3本を右手に構えた使少女が、オーマの背後で陽炎の如くゆらり、と立ち上がった「敵」を捉え悲鳴を上げる。
振り返ったオーマが見れば、「敵」の胴体に刺さったはずの3本の短剣は既に消失しており、今まさに目前のオーマに向けて黒鎌を揮う瞬間だった。
オーマ:「おう、予測済み」
言葉短く、2丁の銃口が火を噴いた。
リボルバーから翔んだ一撃必殺の弾丸は、至近距離から「敵」の額を打ち抜いた。
セミオートのハンドガンから放出された3発の連弾は、ともに心臓、肺、肝臓と人であれば確実に屠る急所を捉え、「敵」を数メートル吹っ飛ばす。
銃撃による見事なカウンターが成立した瞬間であった。
だが――、
オーマ:「何だと?」
黒いドレスの少女:「〜〜〜っ」
再び何事も無かったかのように立ち上がる「敵」。まさに死神のような出鱈目な不死身ぶりであった。
「敵」は嘲笑うかのように怪異な発音で言葉を紡ぐ。
???:「我ガスガタハ、恐怖ノカタチ――即チ、人ノ畏レノ具現」
オーマ:「……………」
黒いドレスの少女:「……………」
???:「ヒトガ死ヲ想像シ、死ヲ創造スルモノ、ソレガ我ヨ…シモンヘト誘ウモノ」
オーマ:「シモンだと?」
???:「ソウダ…人ヲ、死ニ誘ウガ我ガ存在スル意義。其ノ為二我ハヨリ高位ヘト上ラネバ為ラヌ。――其ノモノモ、己モ、糧トナル」
黒いドレスの少女:「―――!」
ぞわりと、「敵」から立ち上る闇。
それはゆらゆらと蜃気楼のように揺れながら、ゆっくり空間を彷徨い始めた。
オーマと少女の周囲を黒い風が流れ出す。
黒風が大気を切裂くというものではない。
黒風が大気そのものを浸食する影なのだ。
オーマ:「死神の具現化――」
黒いドレスの少女:「ど、どうしたの、おーま?」
オーマ:「いや、あの野郎のことさ。人の恐れ、畏怖など最悪の形での具現化だ。何でこんな具現化が、こんな場所で起こったのかは俺にもわからねぇが、どうも異世界の繋がりに関係しているらしいぜ。この場所は鬼門だ、ヴァンサーとしてもウォズにしても――封印しておかなきゃならねぇ」
黒いドレスの少女:「アタシがここに『来た』のも関係ある?」
オーマ:「あるだろうな――もしかしたら俺も関係してるかも知れねぇ。何せこの場所で派手なドンパチを起こしちまってるし、まっ、四の五の言う前にこの化物をどうするかだ」
黒いドレスの少女:「う、うん」
そう言うも、少女はともかく、オーマは徐々に息苦しさを感じて来ていた。
黒い影が空気を侵食して行くせいだろう。
黒い死神:「オマエ達ヲ喰ラエバ、我ガチカラハ更ニ増幅スル」
奇怪な発音で唄うように紡ぐ死神モドキに向かって、オーマが容赦なしで二丁拳銃を乱射する。
――――、
百発近い銃弾が全身を貫く。
黒い死神:「無駄ナコト――」
だが、声にならない笑いをあげる「敵」。信じがたいことに効いていないらしい。ばかりか徐々に圧力を増していく「敵」であった。
オーマ:「こいつ、俺の銃弾を喰ってやがる!?」
黒いドレスの少女:「ハンパな攻撃は逆効果なんだよっ、アタシに任せて!」
言うがいなや、また飛翔した少女。
オーマ:「馬鹿!――不用意に飛ぶなっ!」
学習能力を持つ相手に同じ手が二度通用するとは限らない。
が、オーマの制止の声は間に合わなかった。
先ほどの再現とばかりに黒鎌を振る死神。少女は避けるように空中で身を回転させると、飛燕の動きを再現し三本の黒短剣を頭上より投擲した。
超高速で放たれた三本の剣はまたも死神の身体を串刺しにする。
黒い死神:「――グゥ!」
呻きが漏れるのを耳にすれば、確かな効果はあるらしい。
―――が。
其処から先は再現されることは無かった。
空中に漂う薄暗い闇が、突然編みのように凝縮し、少女の四肢を絡め取ってしまったからである。
黒いドレスの少女:「――わぅ!?」
頭上で動揺する少女に、黒い死神がゆっくりと右手を伸ばした。
それがまるで霧のような広がりを見せて拡散し、少女を丸ごと包み込もうとする。
オーマ:「おおおおおおっ!!」
唸るような気合と、咄嗟の判断。オーマは空中で少女を絡め取る薄暗い闇に、ありったけの銃弾を叩き込みながら、自身も駆けるように少女の下に飛翔した。
対ウォズ用の銃弾故に、不気味な闇にも効果があったらしい。少女の自由を奪っていた束縛は粉砕され、そのまま物理法則に従って少女が地面へと下降する。
黒いドレスの少女:「――わわわ!?」
オーマ:「しっかりと受身をとれよっ!」
突然の落下と、身近に迫ったオーマの声に混乱する少女。そんな彼女の華奢な身体を彼の足が勢い良く蹴り飛ばした。
黒いドレスの少女:「――っう!」
手加減して放った蹴りだがゆうに5メートルは少女を弾き飛ばしただろう。
そしてオーマは彼女が地面で受身をとるのを確認するまもなく、黒い死神が放った漆黒の霧に飲み込まれてしまう。
土の上に方膝を落とし、はっとしてオーマを振り返った少女。
黒いドレスの少女:「お、おーまーーーー!!!?」
不気味に漆黒に侵食されていくオーマの姿を目の当たりにして絶叫する。
静寂の地底湖を震わせるほどに甲高い悲鳴も、オーマには遠くに聴こえた。
オーマ:(おいおい、何やってんだ俺は――こんなしくじり…らしくねぇぞ?)
全身から力が抜けていくのを感じ、五体の感覚が失われつつつある中で、もう一度甲高い悲鳴を聴いた気がした。
***
あれからどれ位の時間が過ぎたのだろうか。目を覚ましたオーマが周囲に目を向けると、地底湖には静寂が戻っていた後だった。
影と闇が払拭された其処には、眩い光だけが残されている。
かの死神も既に存在を消していた。
あの戦闘も幻であったかのような静けさだったが、オーマの体に残る拭いようのない倦怠感は戦いが事実であったことを肯定していた。
オーマ:「――あのウォズはどうなったんだ?」
黒いドレスの少女:「えっと…逃げた…と思う」
オーマ:「あん、思うってのは?」
黒いドレスの少女:「んっと、詳しくはアタシにも分からないの。ただ、オーマが倒れた後にアタシ、暴走したみたいで――意識失って、気づいたら全部終ってた」
オーマ:「………」
黒いドレスの少女:「その、オーマが死んじゃったと思った瞬間に…その、あの、えっと」
オーマ:「ああ〜ようするに今回の俺は良いトコなしだったってことだな。んでお前に借りが出来たって訳か」
上手く説明出来ずにいる少女を仰向けに寝転んだまま眺め苦笑すると、気だるい身体をどうにか動かして身を起こす。
オーマ:「にしても…俺は死んだとばかり思ったんだが――?」
黒いドレスの少女:「…えっと、アタシも良くわからない」
だるいだけで他には異常がありそうも無い自分の身体を見下ろして首を傾げるオーマ。
何故自分は助かったのか――?
何故死神モドキは逃げ去ったのか――?
色々と疑問が浮かんだが、更なる疑問に気づいてもう一度少女へと視線を送った。
オーマ:「ありゃあ――何だ?」
地面に胡坐をかいて指を差す方向。
少女も釣られて其方に顔を向けた。
湖畔の浅瀬にゆらゆらと輝く正体不明の光。
眩いばかりの光沢で周囲を照らし、其処からは邪悪な力は一切感じられなかった。
黒いドレスの少女:「んっと、知らない間にああなってたの…」
と、これも不思議そうな少女。
オーマ:「謎だらけだな、おい。地底深くのミステリーも最近は度が過ぎるんじゃねぇかい?」
呆れたような呟きを吐きつつ、しかしその光の正体をすぐさま看破したオーマであった。
黒いドレスの少女:「おーま、あれって…?」
オーマ:「多分、お前が探していた目的の路へと続く…扉だな」
黒いドレスの少女:「……………」
オーマ:「どうもこの湖は具現化に近い力を持つらしいな。――多分、いや…」
言葉を途中で封印し、そっと立ち上がったオーマ。
詳細は分からないが、自らが快復できたのも恐らくオーマを救いたいと願った少女の純粋な意思の力と、オーマそのものの具現化の力が齎した成果ではないだろうか。勿論この場所であることが必須条件であったのだろうが。
辺りに微かに散らばっていた心地よい意思の波動がそれを確信させるのだ。
そして地底湖全体に眩い光を輝かせる扉の存在は、それらの副産物なのかもしれない。
少女にウォズの際限ない力を垣間見た気がする。
しかしそれ以上に何故、これほどまでに少女が自分を救おうとしたのか…。
オーマは小気味良い音を鳴らして首を回した。
ゆっくりと、土を踏み――扉へと近づいて。
オーマ:「この先にお前の求める世界があるんだな?」
黒いドレスの少女:「………たぶん」
オーマ:「そうか…だったら此処でお別れだな…」
珍しく言葉の節々に未練が含まれていた。
しずしずとオーマの隣に歩み寄ると、光の前に佇む少女。
黒いドレスの少女:「……………」
オーマ:「どうした?」
黒いドレスの少女:「…おーまとは、…ここでお別れするの?」
ふと、裾を摘まれ、くいくいと引かれた。
オーマ:「――…俺と一緒に来るか?」
この少女には借りがあるし、等というのは言い訳に過ぎないのは分かっているが、自然と言葉は出た。
黒いドレスの少女:「駄目だよ…」
オーマ:「……………」
黒いドレスの少女:「駄目だよ…おーま」
ふるふると泣き笑いの表情で首を振る少女。
拒絶――いや、違う…。
彼女の言わんとすることは分かっている。
そして自らが少女に何を期待し、何を言おうとしているのか、改めて思い知った。だがそれを知れば、直ぐに本来の自分を取り戻すオーマであった。彼は苦笑にも似た微笑を浮かべ。
オーマ:「ああ…そうだな。悪ぃ…。たくっ、最近柄にない俺が目立って嫌だぜ…。俺にはお前を此処で止める真似は出来ねぇよ。いや――それを望んじゃいけねぇんだ。なのに…参ったぜ…」
そういって頭を掻く仕草。
年齢の割りにそれはひどく愛嬌がある仕草だった。
少女もはにかみを見せた。
黒いドレスの少女:「おーまは、優しいね?」
オーマ:「なにぃ?」
黒いドレスの少女:「えへへ、でも手のかかる子だよ〜」
オーマ:「子ってお前、普通は逆だろうが――」
黒いドレスの少女:「あはは、そだね。逆だ〜…だから、おーまはアタシのお父さん?」
オーマ:「――――!」
黒いドレスの少女:「…えっと…ゴメン。おーまは、ばぁんさーだ」
オーマ:「……………」
動揺は一瞬だった。
チラリと脳裡を過ぎったのは目の前の少女とは別の影。
オーマ:「俺が、こんなことを言うのも可笑しいが、達者でな――」
黒いドレスの少女:「うん、おーまも達者でなっ」
口真似をする少女の表情は何処までも笑顔だった。
オーマ:「おうよ、俺も達者でやるから安心しとけっ」
無意識に伸ばされた掌が少女の髪を優しく撫でる。
気持ち良さそうに撫でられるままの少女だった。
或いは――この姿であることがウォズとしての少女の願望であったのかもしれない。
オーマに父性を求めたのは極めて自然な行為だったのだろうか。
一頻り頭を撫で終えると彼はこう呟いた。
オーマ:「娘って奴を持つと、父親は得てして複雑なもんだよ――二人までにしときたいぜ」
黒いドレスの少女:「―――!!」
言葉に驚いたように見上げてくる小さな眼差し。
照れたように笑い返し、そっと頷き返す彼。
やがて地底湖の上に広がっていた光は、少女の残り香と供に消え去る。
様々な反動で開かれた「扉」と「道」はまた閉ざされ、娘と呼んだ少女も本来在るべき世界へと還って行った。
オーマはこの場所に自らの手で封印を施した後――人知れず番人としての役目も果たすこととなったのである。
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