<PCクエストノベル(1人)>


新たな知識を求めて 〜遠見の塔〜
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1879/リラ・サファト/とりあえず常に迷子。】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
カラヤン・ファルディナス
ルシアン・ファルディナス

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プロローグ
リラ:「ここって海…だよね…」
 ざっぱーん。
 打ち寄せる大量の水と独特の香り。太陽に照らされた砂浜がきらきらと光って見える。
リラ:「南にむかったはずなのに」
 うーん。
 広い広い海辺に1人。丸い籐籠を持った少女が、困ったように佇んでいた。
リラ:「えーっと…ここからだと、目的地は――」
 きょろきょろと周囲を見回し、
リラ:「あっちかな?」
 とことこ、とひとまず歩き出した。――東へ。


 ――遠見の塔というものが、この世界にはある。
 いつの頃に建てられた物なのか、知る物はいない。だが、その塔に住んでいる2人は長い間噂の対象となっている。
 兄は、聖獣と世界の知識に秀でており。弟は、魔法の知識に秀でている、のだと。
 訪うものは後を絶たないが、歓迎される者は稀で――大抵は、彼ら兄弟に気に入られる事無く帰還を余儀なくされるらしい。
 そして。
 今日もまた、その2人からある大切な知識を得ようと1人の少女が訊ねようとしている。


リラ:「……山なんてあったかな……」
 連なる山脈を困ったように見つめながら、呟く。
 ――目的地へ辿り付けるのはいつになるのか、そもそも辿り付くことが出来るのか、全く予想が付かなかったけれど。

☆☆☆☆☆

リラ:「―――えーっと…」
 戸惑ったように、目の前にそびえ立つ塔を見上げている少女がいる。街から見ればずっと南に位置する、川でぐるりを囲まれたその塔は、見る者が見ればすぐに分かっただろう。
 これこそが遠見の塔、だと。
リラ:「一旦街に戻ろうとしたのに、どうしてこんなところに」
 この少女には根本が違ったのかもしれない。
 きょときょとと周囲を見渡し、話に聞いた目的地だと言う事がようやく分かったらしい。
 ほぅっと安堵の息を付いて、丸い籐籠を肘にしっかと抱えなおし、とことこと塔の入り口へと歩み寄る。
リラ:「こんにちは…お聞きしたいことがあるんですけれど、いらっしゃいますか?」
 こんこん。
 木で作られた扉に下がるノッカーを2度鳴らし。
 そして、一歩下がって待った。
 ――さらさらと、柔らかな風に髪が流れている。その髪と同じ色の瞳がほんのりと細められ、顔にかかった髪を後ろへと流して空へと顔を向けた。
 真っ白な雲が、青い空へ溶け…自らの形をゆるりと変えながら流れていく。
 その様を飽きず眺めていると、誰かが苦笑したような、そんな気配がし。
 …ぎぃ…
 目の前の扉が、旅人を招くようにゆっくりと開いた。
 リラがその事に気付いたのは、行方を追っていた雲が他の雲と混じって大きくなった後だったけれど。
リラ:「ありがとうございます。お邪魔します」
 ぺこん、と誰もいない空間へお辞儀すると、にこりと笑って中へ足を踏み入れた。

 ひんやりとした内部は、明かり取りの窓から漏れる日の光が差している。其処はまだ住居と呼べる雰囲気ではなく、そこから上へと伸びる螺旋階段が、リラを誘うように静かに待っていた。
リラ:「静かなのね…」
 とん、とん、と、周囲の静けさを邪魔しないようゆっくりと上へ上がっていく。この上に行けば、知りたい事が分かる、とわくわくした目で上を見上げながら。
 階段を囲む両側の壁は、時折切り抜かれた穴から日の光が差し込む以外には飾りも何もなく、ただ灰色の壁が延々と続いているだけ。『彼ら』の住居へと続いているのだろうが、その単調さがどの位登ってきたのか、後どの位ありそうなのかと言う感覚を次第次第に麻痺させていた。
リラ:「…154、155…」
 …楽しげに階段の数を数えている彼女にはあまり関係ない話だったのかもしれない。
リラ:「299…300。あら?」
 とん、と足を踏み出したその先に階段が無い事に気付いたリラが顔を不思議そうに顔を上げ、通路になった先にある扉へと目を向ける。
リラ:「着いたみたい」
 ぱぁっと顔が輝くと、たたた…と軽い足取りで扉へ近づき、今度は軽く握った拳でとんとん、とノックした。
???:「どうぞー」
 何故だか笑みを含んだ声が、扉の向こうから聞こえてきた。

☆☆☆☆☆

リラ:「わぁ…」
 静かに扉を開け、足を踏み入れたリラが思わず感嘆の声を漏らす。
 どういうつくりになっているのか、表から見た時には考えられない程の広々とした部屋がそこにはあった。
 右手には居心地の良さそうなソファとテーブルがあり、その上には飾られた花とぎっしりと果物を詰めた籠が置かれてあった。そして見る限りの本棚。奥には何かに使うのだろう、巨大な天球がどんと据え付けられている。
???:「ようこそ」
 その声に、ぱっと振り返ると。
 …いつの間にそこにいたのか。
 さっきちらと見た時には誰もいなかったソファの上に、2人の男性がゆったりと腰掛けてリラを見詰めていた。
???:「ここまで来られたのは大変だったでしょう。まずは一息。お茶でも如何ですか?」
 黒髪の青年が微笑を浮かべながらリラをソファへと誘い、リラもにっこりと笑いかけると嬉しそうにソファへと腰掛けた。――とん、と籠を膝の上に置き。
リラ:「甘いものはお好きですか?」
 今朝出かける前に焼いたばかりのクッキーを、皿ごと出してテーブルの上へ並べた。ひゅぅ、と金髪の少年が目を輝かせて手を伸ばし、ぺちりと黒髪の青年に手を叩かれる。
???:「行儀が悪いですよ。――ありがとうございます。お茶うけに丁度良いですね」
???:「結局食べる癖にいいじゃないかよぉ」
 ちぇーっと口を尖らせた少年が改めてクッキーに手を伸ばし、大きく好奇心に満ちた目をリラへと向けると、自己紹介を交えながらリラの事を細々と聞き出していった。噂で聞いた通りの容貌をしている、黒髪の青年がカラヤン。金髪の少年はルシアンとそれぞれ名乗り、リラは問われるままに自分のこと、知っていることなどを話し続けて行った。
ルシアン:「ごちそーさん」
 あらかた皿が空になったあたりで、食べるのも聞くもの満足したらしいルシアンがにこりと笑みを浮かべる。そのまま穏やかに笑みを浮かべている青年をちらと見ると、よいしょ、とソファにきちんと座りなおす。
 青年も少し改まった様子で眼鏡の位置をちょっと直すと、
カラヤン:「――それで。我々に聞きたいこととはなんなんですか?」
 真摯な瞳で、まっすぐリラを見つめた。それに応えるように、リラも姿勢を正し、真剣な表情で口を開いた。
リラ:「お煎餅の作り方を教えていただきたいんです」
カラヤン:「…………」
 笑ったままの顔で、青年が硬直する。
 リラは真剣な眼差しを崩さない。
 ――遠目に見えるベランダから、涼しげな風が室内へと吹き込んできた。
ルシアン:「…………ははっ」
 数分後。少年が兄よりも先に我に返り、そしてにやりと笑いかける。
ルシアン:「いいんじゃない?教えてやろうよ」
カラヤン:「…え、ええ、まあ…」
 その言葉に硬直も解けたか、青年が少し困ったような顔をして…そして、にこりと笑って軽く頷いた。

ルシアン:「醤油ってココにあったっけ?」
カラヤン:「使いませんからね。置いてないです」
ルシアン:「一から作るのは面倒だなぁ。取り寄せるか。――塩って手もあるしな」
リラ:「あのぅ…固さはこのくらいで良いんですか?」
カラヤン:「ちょっと見せて…そうですねぇ、こんな感じですね。ちょっと他にもやってみましょうか。ほら、これとか」
リラ:「こういうのもお煎餅なんですか…お料理って奥が深いんですね…」
 ぱたぱたと、3人が動き回っている。
 ここは、書斎の上――2人の住居だった。調理は上じゃないと!と言うルシアンの主張に従って上へ移動した3人が、何故だか実践と称して美味しい煎餅の作り方を研究している。
リラ:「普段作るお菓子よりも、ずっと難しいんですね」
ルシアン:「難しいって言うより時間が問題だろうね。天日で干したり遠火で温めたりしないといけないし」
カラヤン:「これなどは搗いて形を整えたモノがひび割れるまで干さないといけませんしね」
リラ:「干す場所も必要ですよね。…オシガワラって何ですか?」
カラヤン:「焼いている最中に形が崩れないよう、押し潰す道具ですよ。無くても作れますし」
 丁寧に説明するカラヤンと、他の材料を魔法であっさりと取り寄せているルシアン。
ルシアン:「今日は時間短縮させるけど、自分で作るときはちゃんと時間守れよ?行程は説明してやるから」
リラ:「はいっ」
 ぺったんぺったん。
 傍に付くリラに、粉を捏ねて蒸したものを小さな木の臼で丁寧に搗き、つやつやとしたそれを広げて伸ばしながら天日干しについて説明するルシアン。その脇では、ルシアンが持ってきた他の材料を吟味し、味付けをしているカラヤンがいる。
リラ:「こちらは簡単そうですね」
カラヤン:「そうですね。焼き上げた後で軽く干した方がいいでしょうけど、今干しているものほど時間はかかりませんし」
 フライパンの上に丸く敷いた生地と、その上にぱらぱらと撒かれた小エビ。それを平べったい蓋で押し潰して焼き上げる。
カラヤン:「小さくすれば揚げても良いですね」
リラ:「不思議な香り…」
 カラヤンが教える内容を聞きながら、自分でも実践してみる。じゅーっと言う良い音と、香ばしい匂いに思わず顔がほころんだ。
 焼き上がった海老煎餅を干している間に、ルシアンが時間短縮で省いてくれた作業へと戻る。
リラ:「いつもこんなことを?」
ルシアン:「こんなって、実践かい?」
リラ:「ええ」
 すっかり乾き、更に火炉で水気を飛ばした生地を、何処から持ち出したのか七輪に金網を載せた上に置いて炭で焼き始めながらルシアンがくくっと笑う。
ルシアン:「そんなわけないよ。難しい議論をしに来る連中はいてもね。――それにさ。面白いじゃないか、こういうのは。…だから、料理が好きなんだろ?」
リラ:「ええ。作る相手に喜んでもらえるように、って思いながら作るのはとても楽しいです」
 火傷するなよー、と言いながら交代したルシアンが、花のように笑いかけるリラに小さく苦笑して、
ルシアン:「その相手が羨ましいね」
カラヤン:「そうですね…私達は相手と言っても互いしかいませんし、ね」
 からかわれたと分かったリラが赤くなりながら一生懸命生地を焼き上げていくのを、2人がやわらかな眼差しで見つめていた。

☆☆☆☆☆

リラ:「まだ顔があったかいです」
 ほかほかと。
 炭火で焼かれた頬にちょんと両手を当てながら、リラが微笑む。
 目の前には、白と赤が鮮やかな海老煎餅、それと醤油煎餅、塩煎餅が積まれていた。独特の香りが何ともいえず室内に漂っている。
カラヤン:「よく出来ました。味もなかなかですよ」
 それぞれの作り方を書いた薄い本をその脇に置きながら、カラヤンが微笑み。
ルシアン:「俺たちが手伝ってやったんだから当然だろ?…なっ」
 それも魔法なのか、紙で袋のようなものを作っていたルシアンがぱちりと片目を閉じて笑う。
リラ:「ええ、本当になんてお礼を言ったらいいか」
 嬉しそうににっこりと笑うその笑みに、煎餅を袋詰にしていたルシアンが「なぁに」、とにやりと笑い、
ルシアン:「クッキーのお礼ってことでさ。それに――退屈していたから丁度良かった。なぁ?」
カラヤン:「そうですね。たまにはこういうのも悪くないです」
ルシアン:「素直に楽しいって言えよー」
 紙袋の上を指先で摘んでしゅっと撫でて袋を閉じ、と3回繰り返したルシアンがカラヤンを小突く。苦笑いしながらもリラへと目を合わせるとこくっと頷いて、
カラヤン:「楽しかったですよ」
 そう、言った。
ルシアン:「さー出来た出来た。袋は開けさえしなきゃ保存が効くから、食べるヤツだけ開ければいいよ」
リラ:「わぁ…」
 『エビ』『シオ』『ショーユ』と書かれたそれぞれの袋を礼を言って籐篭に仕舞う。
カラヤン:「レシピも忘れずに。――大切な人に、喜んでもらえると思いますよ」
リラ:「ありがとう。…本当に、ありがとうございます」
 自分たち用に少し取り分けた分は別の入れ物に入れた2人へぺこぺこと頭を下げながら、貰った薄い本をぎゅぅと抱きしめた。
ルシアン:「それじゃそろそろだね。お見送りしないと…名残惜しいなぁ。どうしても華やかさに欠けるしね、ここ」
カラヤン:「同感です」
 くすくすっ、と笑った2人がすぅっと立ち上がり、バルコニーへリラを誘う。不思議そうな顔をしたリラがとことこと付いていくと、
ルシアン:「荷物は持ったかい?」
リラ:「はい。この場所に何かあるんですか?」
ルシアン:「いいや」
 にかっ、と少年が歯を剥き出して大きく笑み広げると、
ルシアン:「お見送りだって言ったろ?――さあ、お帰り――」
カラヤン:「何か分からないことがあれば、またいらしてくださいね。歓迎しますよ――」
 2人がリラの視界からどんどん落ちていく。…いや、リラ自身が浮かんでいるのだと気付いたのはその後。
 何か、丸くて透明なものに包まれ、ふわふわと飛びながら、夕闇が世界を覆う直前の――紺とオレンジの重なりを目にする。
 それは、地上から見上げていた時とはまるで違う世界で。
リラ:「………」
 その感情を何と言ったら良いのか。
 唇は開きかけたものの、遂に言葉になることはなく。
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エピローグ
 気付けば、街の入り口だった。見上げれば、そこには一面の星空。
リラ:「…ただいま」
 きゅっ、と籠を抱きしめ――ふわっと笑みを浮かべながら、自分の住む『家』へと声をかけ。
 たっと走り出した。
 一番に会いたい人に会いに。
 最初に、食べてもらいたいものを抱きしめて。

-END-