<東京怪談ノベル(シングル)>


逃亡幇助




酒は百薬の長である。
これは、無類の酒好きであり、医者でもあるオーマの大好きな言葉だったりする。
美味くて薬になるなんて、なんて最高な奴なんだ! と、自分を思いっきり誤魔化しつつ、薬と言い張れる規定量を大いに超えて痛飲するのがいつもの常のオーマ故、今日も今日とて行きつけの酒場にて、ジョッキ片手に時を過ごしていた。
外は、夕闇に包まれていて、店の中は様々な人種や職業の者達で溢れかえっている。
オーマが座っているカウンターの後方にあるテーブルでは、如何にも傭兵めいた者達が集っており、猥雑で騒がしい、酒場特有のワクワクするような陽気な空気に満ちていた。
まあ、しかし、オーマ・シュヴァルツは妻子持ちの、自称良き家庭人。
それ程、長居もしてられない。
本日、医者の傍ら勤務している薬草専門店へと出勤する際、愛しい愛しい妻より、物凄い笑顔で「今日は、久しぶりに夕食に腕を奮うからね! 期待して、早めに帰ってきてよ」と言われて、絶好調帰宅したくない気分満載なのである。
「今夜は、帰りたくねぇぇぇ…」
溜息混じりに呟けど、妙齢の女性ならばいざ知らず、長身の体格の良いオヤジのそんな呟きなど有り難みの欠片もない。
娘は、きっと、毎度の如く、うまーく、妻の攻撃から逃れ、テーブルに並んだ愛情手料理という名の猛毒達を体内に収めねばならないのは自分なのだ。
(今日……俺……死ぬな…)
遠い目をしながらそんな悲壮な決意を固めるオーマ。
妻は愛している。
大好きだ。
娘だって可愛い。
ていうか、宝だ。
だが……。
だが……。
(あの…料理はなぁ……)
と、前回、確か結婚記念日か何かに、大張り切りで作ってくれた、料理なのに何か、ショッキングピンクとドドメ色と、沼の藻みたいな緑色が混じっているようで混じりきっていないスライムみたいな物体を思い出す。
娘は、勿論いち早く逃亡しており、一人でその巨大モンスターに挑んだのだが、それから一週間程の記憶がない事を鑑みても、今日は、もう、死ぬっていうか、うん、絶対死ぬと考えてもおかしくない。
(みんな、スマン。 俺、使命全うできねぇや)
へへへっ……と、哀しい笑みを浮かべるオーマ、
料理を食べなければ妻に殺され、食べたら食べたで悶絶死確定という、お先真っ暗な事態において、出来るだけ、死を先延ばしにしたいという姑息と言うか、涙ぐましいことこの上ない意図を持って酒を舐めていたオーマの耳に、ドサリという何かが倒れる音と、背後の店の入り口にて騒ぐ人々の声が聞こえてきた。
「うあ! 何だこいつ!」
「っ! おい?!  死んでんじゃねぇのか?」
オーマが、興味をそそられて振り向けば入り口入ってすぐの場所に、一人の若い男が血だらけになって倒れている。
一瞬。
そう、一瞬。
医者としての、人命を救わねばならないという使命以上に(もしかしたら、今晩、家に帰らなくて済むかも知れない!)という期待を抱きつつ、オーマは若者の側へと寄る。
人垣を掻き分け、膝を付いて、その若者を抱き起こすと、明らかに人の手による暴力を受けたと思われる傷跡をそこら中に散らされた状態が見て取れ、オーマは眉を顰めた。
(ひでぇな、こりゃ)
骨の二、三本はイってるとみて良いだろう。
「おい! 意識はあるか?」
オーマの言葉に、若者が辛そうにうっすらと腫れた瞼を開ける。
意識を持っている事にオーマは、頭の方はそれ程強く打ってないらしいと安心すると、店の主に声を掛けた。
「悪いが、どっか部屋を貸してくれ。 あと、何か、添え木になりそうなものと、応急処置用の救急箱と、お湯!」
そう言いながら、よっこらしょと若者の体を抱え上げる。
この酒場は、二階が宿屋になっていたので、部屋には困らないはずだし、傭兵なんかが集まる酒場なので、喧嘩も絶えず、自然薬や応急処置用の医療品は多いはずだとオーマは踏む。
店主が、慌てて走ってきて「や、面倒事は、困るんだけど……」と言うのを「馬鹿か、テメェは!」と一括すると、片手で若者を抱えたまま、もう一方の手で店主の胸ぐらを掴み上げるという恐ろしい怪力を見せ、オーマは凄んだ
「俺ぁ、命賭けて医者やってる者だ。 その俺が重傷人抱えてる最中に、下らねぇ事抜かすと、この完膚なく店潰すぞ?」
すると、途端に店主は震え上がり、何度もガクガクと頷くと、慌てて先に立って部屋へと案内してくれる。
途端オーマはニヤリと満足げに笑うと、上機嫌で、「俺様は天才なんで、こいつの事死なせるような俺にとっては目覚めが、おめぇの店にとっては縁起が悪いような事はぜってぇしねぇよ」と請負い、心中で妻にニコニコで詫びる。
(すっげぇ、すっげぇ、今すぐ家に帰って、飯喰いてぇトコだけどよ! ま、こうなったらあしょうがないからな。 ほんと、帰りたいが、許せハニー!)


さて、なんだかんだで、空室に運び込み、手早く応急処置を済ませたオーマは、完全に折れている腕に添え木をしてやりながら、何気ない調子で若者に問い掛ける。
「……んで? どしたんだよ。 こんなにボッコボコにされちまってさぁ?」
オーマの言葉に、痛みに呻いていた若者はサッと青ざめると、慌てて身を起こそうとし、またガクリとベットに倒れ込んだ。
そんな様子を眺め、少し瞠目するオーマに、若者が震える声で言う。
「お……お医者さん…。 あの、本当に有り難う御座いました。 お陰で、助かりました。 こ、このご恩は忘れません…」
「あー、いやいや。 人助けは当然の勤めだからよぉ、良いんだけど……」
そう頭を掻くオーマが、腕に包帯を巻き負えるのを待って、男は再びベットから這い出ようとする。
オーマは、とりあえず若者を押しとどめると、少し視線を険しくして「大人しくしてろ! 動ける状態じゃねぇよ、テメェは」と叱りつけた。
若者は、オーマの言葉に首を振り「お、俺、こんな所にいる場合じゃないんです……」と切羽詰まった声で言う。
「俺、か、彼女、助けに行かないと! お、俺……!」
そう言いながら、暴れる男を無理矢理押さえつけると、オーマ出来るだけ優しい声音で、落ち着かせるように若者に言った。
「落ち着け。 落ち着けって…、おい…。 何があったか知らないけどよぉ、でも、しょうがねぇもんは、しょうがねぇんだよ。 今んトコ、お前をこっから動かすのは、ちゃんとした診療所へ運び込む時だけだ。 医者の俺が、そう決めてんだ、重傷人のお前にゃぁ、逆らえねぇよ。 な? どうしたんだよ。 話してみろよ。 場合によっちゃあ、力になってやるから」
そこまで言ったオーマに、若者は項垂れ、グズグズと嗚咽を漏らし始める。
「なんだよ? 泣くなよ。 男だろ?」
そう言いながら、ポンポンと肩を叩けば、オーマの持つ本来の大らかで、頼りがいのある空気に少し安心したのだろう。
「お話、聞いてもらっても良いですか?」
と若者が尋ねてくる。
どうせ乗りかかった船ではあるし、こうなったら毒喰らわば皿までだ。
大きく一度頷いてみせれば、若者は、安堵した表情を見せ、ポツリポツリと語りだした。
「お……俺には、幼なじみの彼女がいるんです。 小さな村で、その子とは殆ど兄妹みたいにして、ずっと、ずっと一緒でした。 でも、ある年、大飢饉が村では起こって、みんな食うや食わずやの状態になって…、その子は街へと売り飛ばされてしまったんです」
よくある話といえば話なのだろう。
そうやって、売られてきた娘達によって、大都市などにある色町は形成されているし、ある種、それは暗部でありながらも、街にとって、男達にとって、そして女達の生きる術としても否定しようのない物語だ。
「俺…、その子の事が忘れられなくて、5年程前にこの街にやって来たんです」
まるで、恋愛小説のタネにでもなりそうな若者の言葉に、オーマは目を見開く。
「へぇぇ、根性あんなぁ……。 で? どうなの? 会えたの?」
好奇心を隠さず問えば、若者はコクリと頷いた。
「はい。 色町中探し回って、やっと見付けたんです。 一番大きな店で、一番の売れっ子になってました。 すっげぇ、奇麗で、ホント、奇麗で、その子俺に会ったら、滅茶苦茶喜んでくれて……。 俺、貧乏人だから、店では殆ど会えなかったけど、その子が昼間とか店、抜け出してきてくれて、二人で遊んだり、村の事話したり、俺、あの子には言わなかったけど、金稼いで、頑張って金稼いで、彼女の事身請けしようって考えてて……」
オーマは、改めて若者の風体を見る。
ボロボロの服。
顔つきだって頼りないし、お世辞にもいい男とは言えない。
体格も、ひょろひょろしてる。
そういう男が、色町一番の姫君を身請けする為に、必死になって働いているというのは、何というか恋愛というものがどれ程人に力を与えるのか思い知らされるような気がして、オーマは心が熱くなる。
「で、俺、店の方に少しずつお金を納めてたんです。 この五年間。 一生懸命、働いて、働いて、働いて、それでやっと、今月、彼女の身請け金を完全に払えると思ったんですけど……」
ガクリと、若者が項垂れた。
「何故か、今日お金を納めにいったら、今までの分も突っ返されて……、彼女は他の身請け先が決まったって……。 おかしいんです。 俺のが先に払い始めていて、お店の人とも払い込み次第、彼女を自由の身にしてくれるって契約になっていたのに……」
これもよくある話だ。
色町一番の姫君ならば、引く手だって数多だろう。
店側はこの若者が、身請けしたいなんて言って来てるのも、話半分に聞いていたに違いない。
その女性から搾り取れるだけ、搾り取って、一番金払いの良い嫁ぎ先に売り飛ばす。
そう考えていた店側からすれば、五年間脅威のねばり強さで、本当に金を用意した若者に感動して「ハイ、どうぞ」と女の身柄を渡す筈などない。
「彼女、今夜中に、遠方のよく分からない金持ちの家へと身請けされる事になってるんだそうです。 俺、話が違うって、店先で喚いたら……」
「屈強なお兄さん達がおでましになって、強制的に追い出されたってわけな」
オーマはそう言葉を次いで、「フム」と言いながら腕を組む。
「殴り飛ばされたり、蹴られたりして、大通りへと転がされて、一番目の前にあったのが、此処だったんです。 とにかく、何とかしなきゃって思って……傭兵にでも相談してみようと考えて、這いずるみたいにして何とか辿り着いたんだけど、そこでぶっ倒れちゃって…、だから、あの、本当に、助けていただいた事には凄く感謝してます。 でも、彼女を助けないと、俺…」
そこまで若者が言った時だった、オーマはヒョイと大きな掌を広げて若者の前に突きだした。
「ん」
そう何かを促すように、一言告げるオーマに若者が目を白黒させる。
「金だよ。 金」
そう言えば、「ああ…」と得心がいったように若者は頷き「治療費ですね…。 えーと、あの、彼女の身請け金だけはとっておきたいので、そんな渡せないんですけど、でも足りない分は、後日絶対……」と答える。
オーマは、首を振り、開いたままの掌も振って「その、身請け金預けろってんだよ」と言った。
「治療費なんざいらねぇよ。 この医療品だって店のだしな。 俺としてはだ、医者の勤めとして、お前がこっから動くのは認められねぇ。 でも、お前はどうしてもその子のトコへ行きたいという。 んじゃ、しょうがねぇよな。 俺が動かなきゃ」
オーマの言葉に、驚いたように固まる若者。
「信用できないか?」
オーマが聞けば、若者はブンブンと首を振る。
「あ、あの、でも……」
「何?」
「危ない目に合います……よ?」
若者はそういえども、オーマの如何にも腕っ節には自信がありそうな姿に、言葉も尻窄みになる。
「大金預けて貰うから身分明らかにすっと、この街で医者やってて、薬草専門店でも働いてる、オーマ・シュヴァルツってんだ。 とにかく、その金持って、俺が店に行って、その子此処に連れてきてやる。 約束する。 だから、お前は此処、動くな。 安静にしてろ。 いいな?」
そう強く言い聞かせれば、若者は涙ぐみながら「スイマセン。 本当に、スイマセン」とだけ言うと、着ていた服と同様土埃に汚れたズッシリ重い布袋をオーマに託した。
「頼みます。 彼女の事、頼みます」
そう頭を下げる若者に、軽く頷いてみせる。
そして、飄々とした足取りで、オーマは宿を出た。


橙色の色町特有の明かりが、各娼館の飾り窓から漏れている。
薄暗い道を、男達は小走りに、しかし明らかににやけた表情で歩いていて、オーマは「お盛んだなぁ」と独りごちた。
こんな場所を歩いている事がバレたら、誤解を解く間もなく妻には瞬殺されるし、娘からは軽蔑の眼差しで一生見られるしで、人生破滅も良いトコなんだが……。
(でも、放っておいたら、あいつ絶対無理して此処まで来て、んで、今度は殺されるしなぁ)
オーマはそう確信する。
傭兵に相談するとか言っていたが、こんな話に乗ってくれる馬鹿がいる筈もない。
結局、折角救った命を守る為には自分が動かざる得ない訳で、そこまで思考すると、なんというか自分のお人好しさ加減が悲しくもあり、まぁ、自分らしいやなと、納得できたりもした。
若者に聞いた店の前へと辿り着く。
確かに、大きいし、装飾も他の店に比べて豪華だ。
この街一番の店というのも、あながち誇張された言葉ではないらしい。
オーマは(さぁて、どうしたものかなぁ…)と考える。
正面からぶつかっても、「ハイ、そうですか」と、その女性を引き渡してくれる筈もなし、となると………。
オーマは、店の裏手へと回って、その建物を見上げる。
「さて、ロッククライミングならぬ、壁登りでも、披露しましょか」
と、つまらなそうにオーマは呟いた。


建物の側に生えている木を登り、そこから適当な場所で、窓枠に飛び移る。
僅かな足がかりを頼りに、体格からは想像も出来ない身軽さで、壁の側面を登り、一つ一つの窓から中を確認した。
娼館の部屋の中という事で、高確率で男女のあられもない姿に遭遇する事もあり、覗きをしてるような、情けない気分になるが、負けてはいられない。
お目当ての人物らしき人はなかなか見つからず、建物の最上部に近い部屋に辿り着いた時だった。
中からシクシクと、掠れた高い女の泣き声が聞こえてきた。
覗き込めば、目の覚めるような美しい女性が独りベットに腰掛け泣き伏している。
「やっと、見付けたぜ」
そう笑って指を鳴らそうとして、一瞬落下しかけ、慌てて、窓枠に取り付いたオーマは、女性の部屋に入る前だからと一応コンコンと硝子窓をノックした。
驚いたように顔をあげ、窓に視線を送って凍り付く女性に、「あ・け・ろ」と大きく口を動かして、窓を開けて貰う。
「な……な! なんですか、貴方は!」
そう震えて言う女性を余所に、ひょいと部屋の中に降り立つと、ニカッと人好きのする笑みをオーマは浮かべて「あんたの事を、浚いに来たんだよ。 あんたの大事な幼なじみに頼まれてな」と言った。


時間が無いので手早く事情を説明すると、女は泣き笑いのような、とてもとても美しい笑みを浮かべた。
あいつには勿体ない女だぜ、なんて若者の冴えない顔立ちを思い出す。
「彼が…、そんな、私のために、お金を貯めてくれていただなんて…」
そう両手を組み合わせて、震える声で言う女のオーマは大きく頷いた。
「ああ。 お前さんの為に、一生懸命働いたみたいだぜ? 五年の間、必死にさ。 根性あるじゃねぇか」
オーマが、そう言えば、女は何度も何度も頷く。
「そうなんです。 此処まで、私の事を追っかけて来てくれて、いつもいつも、優しい言葉を掛けてくれて……五年の間、私、どれだけ元気付けられたか…」
「今日、身請けの日だったんだろ? もうじき、迎えが来るんじゃないのか?」
「ハイ…。 でも、私…私」
「あいつのが…良いか?」
「ハイ」
「あいつ、貧乏そうだぞ?」
「ハイ」
「出世にだって、縁がなさそうだし…」
「ハイ」
「一緒に、苦労しなきゃならんぞ?」
「ハイ」


「惚れてるのか?」
「ハイ。 惚れてるんです、心底…」



そうキッパリという女の顔を見て「流石、色町一番の姫様だ」と感嘆すると「じゃ、行くとすっか。 お前さんの事、首を長くして待ってる、貧相な王子様のトコへな」とオーマは気軽に告げた。
女が戸惑い、「え? どうやって…?」と首を傾げる。
そんな様子に「まぁ、任しとけ」と告げると、それからフトある疑問に気付き口を開いた。
「で、お前さん達はさ、こっから逃げて、どうするんだ? 行くアテはあんのか?」
オーマが聞けば、女は「ハイ。 前々から、故郷の村に帰って一緒に暮らしたいね、とは言い合ってたので、そうするつもりです」と答える。
オーマは大きく頷いた。
「それが一番良い。 どうせ、この街にもいられなくなるしな」
「私、あの人に、ホント、迷惑掛けてばっかりで……」
項垂れる女の細い肩を、バンバンと叩き、オーマが朗らかな声で言う。
「ばぁぁぁっか! そんな事ぁ良いんだよ。 男はな惚れた女に掛けられる迷惑なんざ、迷惑のウチに入んねぇってみんな分かってるんだよ。 んな事よりも、逃げた後は、大事にして貰って、大事にしてやんな?」
女が、コクン、コクンと何度も頷き、「そうします…」と消え入りそうな声で言った時だった、コンコンと部屋のドアを叩く音がしてしゃがれた老婆の声が聞こえてきた。
「迎えが来たよ。 準備は済んでるかい?」
そう言いながら遣り手ババァらしき女がドアを開ける。
女が小さく息を呑み、「隠れて下さい!」という間もなく、オーマは老婆に気付かれた。
「な、な、なんだい、あんたは!」
キーキーとした声で喚く老婆の声に、顔をしかめ、それからヒョイと女を抱え上げる。
「この子は、貰ってくぜ? これが、身請け金だ!」
そう言いながら、若者から預かっていた金をベッドの上に放り投げ、オーマは窓の外へと身を躍らせた。
女が耳元で「ひゃ!」と恐怖の為、小さな悲鳴をあげる。
背にした窓の中から、落下までの一瞬「後を追うんだ!」という老婆の声が聞こえてきた。
結構な高さを落下する為、足に力を込めて、ぐっと踏ん張り地面に足を着く。
ドスンと重い音を立てて着地し、暫くの間足を伝わる痺れに「ウィ〜〜!」と妙な呻き声を上げると、それからちょびっとだけ涙目になりつつも、「大丈夫か?」と肩に抱えている女に問い掛けた。
ガクガクと落下の恐怖の為に青くなった顔で、頷いたあと、それでも気丈に「貴方こそ、大丈夫ですか?」と心配してくれる女に、(益々あいつにゃあ勿体ない)と顔を緩ませる。 そのまま、店の表へと走り出たオーマは程なく、数人の男達に囲まれた。
「その娘を置いていくんだな!」
そう凄む男含め、みな負けず劣らず、なかなかに逞しい体つきだ。
目つきも、カタギの生き物とは思えない険しさで、平和的交渉は始めっから無理っぽいやなぁと、感じたオーマは女を下ろし、背後に庇うと「俺から、離れんじゃねぇよ?」とだけ告げて、我流の構えをとった。
(銃を抜くまでもねぇ。 こいつで充分だろ)
と拳を構えるオーマに、左右同時に男達が飛びかかってくる。
オーマは、一歩引いてまず、一人目の男の襟首を掴むと、グイと恐ろしい膂力を見せてもう一人の男に投げ飛ばし激突させる。
そして、その光景に唖然としている、正面にいた男を、思いっきり殴りつけると、恐慌状態になって背後から殴りかかってきた男の攻撃を軽く避けて、膝を腹にめり込ませてやり、蹲ってえづく後頭部に、踵落としを入れた。
最後に残っている男がチンピラの常の如く刃物を取り出すのを認めると、「ハァ」と溜息をついて、ツカツカと歩み寄る。
「お前ねぇ、そんなもん、出したって、さっきまでの状況見てたら、勝てる筈ねぇって、なぁんで気付かないんだろうね? 馬鹿だから? やっぱ、馬鹿だから?」
そう言いながら、震える手でナイフを抱えたまま突っ込んでくる男の手を正確無比な蹴りで跳ね上げると、腹に一発拳を叩き込んで沈黙させる。
その間、時間にして1分足らず。
女が、ポカンと口を開いて眺めているので、なんだか、少し恥ずかしくなってその腕をグイと引くと「また、人が来る前にずらかるぜ?」と声を掛けて、オーマは走り出した。
女も一緒に掛けながら、感心したように「お強いんですね」と言う。
オーマは首を振って答えた。
「強ぇっつうんなら、お前さんの為に五年もの間辛抱し続けた、お前さんの幼なじみのがよっぽど強い。 人のそういう強さには俺ぁ勝てねぇよ。 あと、嫁と娘にもな」
おどけたような言葉に、クスリと女は笑って頷き「私も、あの人に負けない位強い女でいたいです」と答えた。 


その後、無事宿に女を送り届けたオーマは、目の前に繰り広げられるメロドラマもかくやと言わんばかりの光景に辟易しつつも、「人助けっつうのは、悪くねぇなぁ」と満足感を覚えた。
二人でヒシッと抱き合い、お互いの名前を何度も呼び合いながら涙する、若い二人の姿は確かに、美しくって「俺と、あいつも昔はこんな感じだったよな…」なんて、遠い昔に思いを馳せる。
「まだ、外は追っ手がうろついてるだろうし、明日には、診療所の部屋開けて迎えに来てやっから、それまでは絶対動くなよ?」
そうオーマが言えば「何から何まで……。 どうやって、御礼をすれば良いか」と若者が言いオーマは、首を振った。
「ま、いつかさ、たらふく、酒奢ってくれよ? 楽しみにしてっから」
機嫌良くそう言い放ち、カカカと笑いながら部屋を出る。
まさしく、オーマ絶好調と言わんばかりの姿である。


しかし、気分良く帰るオーマは、すっかり忘れきっていた。
家には、愛妻が腕を奮ったご馳走達が待っている事を。
そして、また、知らないでもいた。
後日、目立つ風体を隠そうともせず、色町を歩き、騒ぎを起こしたオーマの噂が愛妻の耳に入る事も。


今、我々がオーマに掛けられる言葉は一つしかない。
ガンバ☆ オーマ!(他人事)




  終



***ライター通信***


初めまして! ライターのmomiziに御座います。
今回、オーマさんという、大変楽しくも私好みのキャラクターをしかもお任せで書かせて頂いて有り難う御座いました!
凄く楽しかったのですが、PL様にも楽しんで頂けているかどうか、挙動不審になるくらい不安です。
あと、PL様のイラスト、すっごい好きです(どさくさ告白)
ライターの別のお仕事で、初めて拝見させて貰った時には、色使いの素晴らしさに息を呑んだというか、目が釘付けになりました。
キラキラと輝きが目を射るみたいで、オーマさんの今回のお話も、絵のイメージで書かせて頂いた部分も大きいです。
ソーンのお話は初挑戦という事で、どうも、こう、折角の世界観やファンタジー色を利用できなかったなぁと悔やんでおります。
でも、オーマさんの豪快で面倒見の良い、不殺の信条というのは、大変格好良くって気持ち良く書かせて貰いました。
ではでは、今回の発注本当に有り難う御座いました!
また、何かご縁が御座います事、祈っております。
これにて、失礼させて頂きます。