<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


乗用獣免許を取ろう!2 〜教習編〜


「とうとう教習が始まるみたいですね?」
 カウンターの向こうでルディアは、つぶやいた。
「それじゃ、またここで受付をすればいいんですねぃ?」
 うむ、と男がうなずく。それはムキムキマッチョな大男であった。
 バルクス。乗用獣学校の校長であった。
「既に教習のお知らせは送ってあるのですよ。ですから」
 バルクスは、こほんと咳払いをする。
「教習費と引き換えに、予約券を発行するという形でお願いしたいのですよ」
 ルディアは、うんうんとうなずいた。
「楽しみですねぇ〜」
 バルクスはそれを見て、にっこりと微笑んだ。


■1・それでも集う生徒達


「ぶわっはっはっはっはっは!!」
 突如、教室内に響きわたる高笑い。並外れた大柄な体躯。それは極限まで鍛え抜かれた肉体であった。胸の厚
さは普通の人の倍以上はあろう。両袖を切り落としたシャツに、麻のズボンというこざっぱりとした出で立ち。
腰に当てた両の腕は、恐ろしく太く血管が浮き出ている。そしてその笑顔は、完璧なまでに暑苦しい。
 バルクス。この乗用獣学校の校長兼教官である。その横には、三つ首の黒き魔犬が控えている。
「いやあ皆さんに再びお会いできて、まことに嬉しいことですよ!」 
 バルクスは、ばんばんと教壇を叩きながら喜んだ。だが、バルクスの異様なテンションに反して、辺りは微妙
な空気が流れていた。
「…………」
 教室には、バルクスを除いて7人。整然と並べられた長机に、木でできた粗末な椅子。それぞれが好きな場所
に座っていた。例えば、前から二番目の席に座っているのは、テオ・ヴィンフリート。
 すらりとした長身の男。左目を覆う眼帯と、体に刻み込まれた無数の紋章が特徴的な封印師である。あわせの
着物をゆったりと着こなし、腰には刀を差している。
 しかし、なぜか今彼のふところには、謎の菓子折りが顔を覗かせていた。テオは、指折りなにやらぶつぶつと
つぶやいている。
(……雲緑の担当教官と、出るかもしれない被害者のために、な……)
 テオは、ゆっくりと隣に視線を移す。
 そこには、東洋風の民族衣装に身を包んだ美しい鬼がいた。流れる青い髪、華奢な体つき、中性的なたたずま
い。雲緑・ザヴェルーハ。テオの相棒である。
「教習はまだ始まらないのか?」
 雲緑は、眉をひそめ、いらただしげに指で机を叩いた。その横で、びびくっとおびえる獣が一匹。巨大なウサ
ギモンスター『ザン』。こころなしか、ザンの表情はげっそりとしており、身体には痛々しい無数の噛み傷があ
った。
「…………」
 テオは遠い目をしてその様子を眺めていた。なんで獣がここにいるのか、外にいるはずではないのか、いやむ
しろ一体どうやってこの狭い教室に獣を入れたのか、と疑問は尽きない。
 ちくり、とテオの胃がうずいた。テオは、粉薬を取りだし飲み始めた。テオの瞳に、涙がきらめいた。
「ぐげぇ……」
 同じく具合が悪そうなのは、ガロード・エクスボルグ。海賊船、『ブルーフォビドゥン』のキャプテンである。
バルクスに負けず劣らず、がっしりとした体躯。海上生活で浅黒く焼けた肌が、男らしさをいっそう引き立てて
いる。だが、今はそんな凛々しい面影はない。真っ青な表情で、机につっぷしている。ときおり、喉から絞り出
すような声を上げる。肩まである長い赤髪が、とどめとばかりに首にまとわりつく。
 ガロードの弱点。それは陸に上がると運が悪くなることであった。
「なんで……こんな……ちくしょう……」
 ガロードは、ぴくぴくと指を動かすと、そのままがくりと意識を失った。
「おいおい、大丈夫か? あぁん?」
 そんなガロードに、声を掛けたのはオーマ・シュヴァルツ。天をつくほどの巨大な体躯。胸元が大きく開いた
派手な着流しを、粋に着込んだ親父である。オーマは、頬杖をついてにやにやと怪しい笑いを浮かべる。
「まあ、今よこんなモンがあるんだが……飲んでみるか?」
 そういって、オーマは懐からなにやら怪しげな薬を取り出した。
 ガロードは倒れながらも、ぶるぶると首を振った。
「ちっ……つまんねぇ奴だな」
 オーマは文句を言いつつ、舌打ちをする。その横で、男女の会話が聞こえてくる。
「……学科は余裕だと思うんだけどなぁ」
 大きな眼鏡の奥で、優しい輝きを放つ瞳が虚空を仰ぐ。流れる青い髪を後ろ手にひとつに結び、ゆったりとし
たローブに身を包んでいるのは、アイラス・サーリアス。アイラスはふう、と大きなため息をついた。
「実技が……ねぇ」
 アイラスは、くるりと後ろを振り向いた。
「うまさん、いうことを聞いてくださいよ?」
「ぴぎゃーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 突然響きわたる大咆哮。全身を包む堅いうろこ。ずらりと並ぶ鋭い牙。そして広げれば数十メートルもありそ
うな巨大な翼。ドラゴン。それがいた。
 なんで獣がここにいるのか、外にいるはずではないのか、いやむしろ一体どうやってこの狭い教室に獣を入れ
たのか。(二度目) 雲緑のザンよりはるかに大きいそのドラゴンを、テオは遠くから眺めていた。
「いえ、気にしないでください♪」
 視線に気づいたのか、アイラスはにっこりと微笑む。
「世の中には……まだまだ不思議なことがいっぱいあるな……」
 テオはふっと自嘲気味に微笑むと、遠くを見つめた。テオの胃がさらに、ちくちくした。
 ドラゴンの腹には『うま』という文字が描かれていた。どうやら、これがドラゴンの名前らしい。
「……それ、絶対馬じゃないと思うわ」
 眉をひそめてドラゴンを見つめるのは、カミラ・ムーンブラッド。漆黒のドレスに身を包んだ可愛らしい女性
である。肩まである赤い髪の毛は両サイドに分けられ、リボンで結ばれていた。
「ていうか、それ絶対詐欺よ!? 私、あの店とバルクスさんは訴えてもいいぐらい詐欺だと思っているの!
アイラスさんは、人がいいから騙されているのよ!!」
 カミラは、ぐぐっと拳を握りしめると、突然席を立ち、びしぃっ! とバルクスを指さした。
「バルクスさんーーーー!!」
「おををっ!?」
 突然指名されたバルクスは、狼狽した。
「んなっ……なんですよ?」
「忘れた、とはいわせないわよ……」
 ぴぴく、とカミラの口元がひきつる。うつむいているその表情はうかがい知れないが、その背後には黒い炎が、
ごごごとうなりをあげて立ち上っていた。
「よくも『けものや』なんて店紹介してくれたわね!! まったく冗談じゃないわ!! 結果的にシェアトに出
会えたのはよかったけど、あれはどう考えても詐欺よ!! 訴えてやるんだから!!」
「ま、まってくださいですよ! 詐欺だなんて人聞きの悪い……」
 バルクスは、いきり立つカミラを抑えようとする。だが、カミラは止まらない。
「詐欺じゃない!! 大体、ドラゴンが一般的なんて聞いたことないわ!」
「いやいや……」
 バルクスは、ちっちっちと人差し指を振ると、にこりと微笑んだ。
「500年以上前、ポンザリア王国では一般的だったようですよ♪」
「時代ちがーぅ!!?」
「ていうか、どこー!?」
 その場の全員が、ぐはぁっと呻いた。
「…………」
 カミラの拳がぷるぷると震える。
「ぶわっはっはっはっはっはっは!」
 なぜか高笑いをあげるバルクス。
 そんなバルクスに、カミラは、きれた。きっ、と前を見据え、突然雄叫びを上げる。
「天誅ーーーっ!!」
「ごばーーーー!?」

ごげしごしがしっ!!!

「ぐっほぅっ!!」
 次の瞬間、バルクスの身体はきれいな軌跡を描いて、後方にぶち倒れていた。
「ふんっ!」
 カミラの投げた教本が、見事にクリティカルヒットしたのだった。
「す、すごい……」
 カミラを見上げ、ぱちぱちと拍手するのはアイラス。アイラスの目には、感激の涙が浮かんでいた。
「とりあえず今日のところは、これで勘弁してあげるけど、もしまた同じようなことをしたら……」
 カミラの目が、きらりと光る。
「訴えるわよ」
 その瞳は、有無を言わさぬほどの迫力があった。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ……」
 バルクスは、そんなカミラの様子に気圧され、びくびくとおびえていた。バルクスが脅えっぱなしであるので、
横に控えていた黒き魔犬、ケルベロスが、ふうとため息をつく。
「しょうがありませんね」
「まだ新人さんの紹介もすんでねーじゃねぇか」
「……あ、あの、あの、あの人ですよね? あの人……」
 三つある首が、それぞれ一斉にしゃべる。右から、温和、つよがり、おくびょうという組み合わせである。温
和は眼鏡をかけており、つよがりは頬に刀傷を持っている。そしておくびょうは、いつも泣きそうな表情を浮か
べていた。
「えと、えと、みなさん、後ろを見てください……」
 おくびょうが、申し訳なさそうにつぶやく。
 みなの視線が一斉に後方に集中する。
 そこには、一人の男が座っていた。机に足を乗せ、ゆったりと構えている。えりのたった立派な外套は、複雑
な彫り物が施された金のボタンで彩られていた。ゆるいウェーブを描く緑の髪が、丹精な顔を縁取る。そしてそ
の頭の上には、つばの反り返った黒い帽子が乗せられていた。鮮やかな鳥の羽で飾り付けられたそれは、ちょう
ど真ん中部分におぞましいどくろのぶっちがいが、笑みを浮かべていた。
「やあ、よろしく。皆さん」
 キャプテン・ユーリ。海賊船『スリーピングドラゴン』の船長であった。
「ユーリさんは、今回お友達のご紹介でこの学校に入学を決めてくださったそうです」
 温和がにこやかに紹介する。
 オーマ、アイラス、カミラがそれぞれ親指を立てたり、手を振ったりと、アクションをくわえながら笑顔を浮
かべる。そんな三人に、ユーリも親指を立てて返す。
「みんな、仲良くしてやれよ!」
 強がりが、大声で叫ぶ。
「はい、何人か見知った顔がいるようだけど、皆さんよろしくね」
 ユーリは頭の帽子をちょい、と持ち上げるとにっこりと微笑んだ。肩の上に留まっているとかげのような生き
物も、ぴぎゃあと声を上げる。
「あ、こいつはね、たまきちっていうんだ。僕の大切な相棒さ」
 ユーリは、たまきちの頭を優しく撫でる。たまきちは、目を細め気持ちよさそうな声を上げた。
「こんなんでも、一応ドラゴンだからね……。気をつけないと、火傷するよ」
 ユーリはにやっと口端をあげて微笑んだ。
「さて、皆さん紹介し終わったようですね……」
 温和が、ゆっくりと辺りを見回す。そのとき。
「すみません、遅れまして」
 がちゃり、とドアが開く音がして、何者かが教室内に足を踏み入れていた。
「ああ、セフィス教官か」
 強がりがつぶやき、魔犬は一礼する。
 そこには、すらりとした長身の美女が立っていた。
 健康的な小麦色の肌に、抜けるようなブルーの瞳。流れる銀髪はくるりとお団子にまとめられている。中に胴
衣を着込み、鎖かたびらをまとっている。
 セフィス。数少ない女性竜騎士の一人であった。
「お久しぶりです、ケルベロス殿」
 セフィスは魔犬に、にっこりと微笑みかける。
「……バルクス校長が見当たらないようですが」
 きょろきょろとあたりを見回すセフィスに、ケルベロスは互いの顔を見合わせる。ゆっくりと首で示すその先
には、隅っこでおびえるバルクスがいた。
「あぁ!! バルクス校長?!」
 セフィスは、慌てて駆け寄りバルクスの手をとる。
「校長先生、セフィスです! 一体どうしたというのですか!」
「あ、ああ……セフィスか……」
 バルクスは、かすれた声でつぶやいた。
「俺は……もう……だめ……ですよ……がく」
 そういうと、バルクスは意識を失った。
「校長!? 校長ーーーー!!」
 セフィスは、バルクスの身体を抱くと、がくがくと揺らした。
「……はーいはいはい、と、お遊びはここまでにしてー」
 ばんばん、と前足で床を叩き、温和がつぶやく。
「皆様に、改めてご紹介でーす。こちらがセフィス教官。主に大型免許に関する教科を教えてくれていまーす」
 セフィスは、何事もなかったかのように、すくっと立ち上がる。セフィスの膝の上に載っていたバルクスの頭
が、鈍い音をたてて床に激突した。
「ここの卒業生で、竜騎士のセフィスです。今日は教官としてお手伝いに来ました。生徒の皆さん、よろしくお
願いしますね」
 セフィスはにっこりと微笑んだ。ぱちぱちと拍手が起こる。
「さーて、今後の案内を言うから、しっかり聞けよ!」
 強がりが、一喝する。
「えと、えと……この後、とりたい免許ごとに分かれてもらって……それで、それで……それぞれの教室で学科、
教習をうけてもらうことになるよう……で、です……」
 おくびょうが申し訳なさそうに、説明する。
「それでは! 皆さん、それぞれ分かれてくださーい!」
 温和の掛け声で、みな一斉に立ち上がった。


■2・移動中


「ねぇねぇ、ユーリさんは獣、何にしたの?」
 カミラが、下からユーリの顔を覗き込む。
「お、それ俺も聞きたいもんだな」
 前を歩いていたオーマが、くるりと振り向く。オーマは頭の後ろに手を回し、そのまま後ろ向きで歩いている。
「うん、僕はね、海亀さ」
 ユーリは肩に乗った、たまきちにえさを与えながら、答えた。
 教室に行くまでの廊下には、様々な置物が置かれていた。東洋風のツボ、怪しげな剥製、それに謎のオブジェ。
「……これって、一体なんなんでしょうかね?」
 アイラスが、眉をひそめてつぶやく。たらり、と一筋の汗がこめかみから流れ落ちる。
「たぶん、あのバルクスの趣味でしょ? 最悪だわ」
 カミラが、はき捨てるように言う。
「それで、それで? 獣はどこで手に入れたの?」
 カミラが続ける。
「ん、店で買ったんだよ」
「店で!?」
 アイラスと、カミラの声が重なった。
「……なんだい君たち、そんな怖い顔してさ」
 ユーリは眉をひそめる。
「ま、まさか……」
「まさか店って……」
 カミラとアイラスは、お互いの顔を見合わせる。
「……けものや?」
「そう! そうだよ、よくわかったねー!」
 ユーリの顔が輝く。しかしアイラスとカミラの表情はどこか重苦しかった。ふたりは、ふうとため息をついた。
「一度噛み付いたら、離さないんだけどね、そこがまた可愛いんだ♪」
 そんな二人の様子には気づかないのか、ユーリは嬉しそうに語りだす。
「それに、シャチの『ルネ』ともお友達になれそうだしね!」
 ユーリは、にっこりと微笑んだ。アイラスとカミラも、つられて微笑み返す。だがその笑みは、どこかひきつ
っていた。
「おうおう! そいつぁいいこった! そのむねだかうねだかも喜ぶんじゃねえのか? あぁん?」
 一人オーマだけ、テンションが高い。
「……うん、ルネなんだけどね」
 ユーリは、はははと力なく笑った。
「!? いてっ、いてて! なにするんだい、たまきち!」
「ぴぎゃ! ぴぎゃ!」
 ユーリの肩に乗っていたたまきちが、突如つんつんと頭をつつく。
「たぶん、嫉妬だな」
 すぐ横を歩いていたテオがつぶやく。
「……食べてしまえばいいのだがな」
 ぼそり、と雲緑もつぶやく。
「!?」
 その発言に、テオは慌てて雲緑の顔を見た。
「ん、なんだ? なにか我の顔についているのか」
「……いや、なんでもない」
 そういうと、テオは一人、胃薬を取り出して飲み始めた。
「うるさいですよ、あなたたち」
 ぴしゃり、とセフィスの声が飛ぶ。
「無駄話していないで、急いでくださいね」
「はーい……」
 セフィスに急かされ、全員は歩を早めた。

* * *
 
 皆が行ってしまったあとに、ひとりぽつん、と廊下に佇む男が一人。
 ガロードである。ガロードは、廊下においてある謎のツボを、じぃっと見つめていた。
「……縁起がよさそうだ」
 ひとしきり眺めた後、ガロードはつぶやいた。
「……これで、運がよくなるなら……!」
 ガロードは、ぐっと拳を握りしめた。そして、突然ツボの中に向かって叫び始めた。
「陸なんかぁぁぁぁ大嫌いじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 じゃぁぁ……じゃぁぁ……ぁぁぁ……。ツボの中で、ガロードの声がむなしく反響した。彼の目には、いつし
か涙があふれていた。


■3・それぞれの教習(第二種免許オーマ編)


「それでは教習を始めまーす」
 教室内に、ほんわかとした声が響きわたる。目の前の教壇には、ケルベロスがいた。
「2ページを開け!」
 強がりが、命令する。オーマは、その言葉に多少むかつきながらも教本を取り出し、ページを繰る。
「むっ!?」
 そのページには、第二種免許について、と書かれていた。
(この腹黒イロモノどっきりミラクル☆メガデンジャラスなグレイトマッスルゴッド親父が、超基礎的な免許に
ついてだぁ……!?)
 オーマのこめかみに、ひくひくと青筋が浮かんだ。そんなオーマの様子には気づかずに、ケルベロスは続ける。
「まず、ここでは第二種免許についての説明を行いまって……へぐわっ!?」

がくがくがくがくがくがくがく!

 次の瞬間、オーマはケルベロスに掴みかかり、首を締め上げていた。
「へばっやめっやめてーーーー!!」
「このイロモノハートストライクなナイスビバ親父に基礎教習なんてさっぱりいらねぇって話だぜ? いかにこ
の腹黒……(以下略)獣に躾けるかを学ぶ!! それを先にしやがれまったくよぉっ!」
「へぐっうへっぎぶぎぶぎぶ!」
 ケルベロスは、うんうんうんとうなずいた。その瞬間、オーマの力がゆるんだ。
「よっし、じゃあさっそく教習はじめるとしようぜ、なぁ?」
 オーマはにやり、と笑う。
 げほげほと咳をしながら、ケルベロスがつぶやく。
「ケダモノ……」
「なんかいったか?」
 ぶんぶんとケルベロスは、首を振る。
「で、では獣のしつけについて……」
 温和が仕切りなおす。
「1。獣は、とにかく愛を持って接すること」
 ふんふん、とオーマはうなずきメモを取る。
「愛ならまかせておけって。このイロモノハートは誰にもまけねえ自信があるってもんよ!」
「…………」
 ぐっ!と親指を立てるオーマに、ケルベロスは、遠い目をする。
「え、えとえと……その2ですね……」
 おくびょうが続ける。
「暴れる獣は、とにかく愛を持って接することです」
「愛だろ、愛!! 任せておけって!! このビバムキムキマッチョな肉体で、愛を持って接してやるぜ!」
「…………」
 いいのかな、これでという表情でケルベロスが上半身裸のオーマを見つめる。
「あー、最後に3だ」
 ごほん、と強がりがつぶやく。
「とにかく獣は、愛を持って愛の鉄拳を繰り出し、愛の抱擁をすることだそうだ」
「おうおうおう!! ナイスばっちりな教習じゃねえか!! そんなの俺の中では当たり前の話になっているっ
てモンよ!」
「…………」
 すでにふんどしのみになっているオーマに、ケルベロスは白くなって固まっていた。
(もういいや、この人……)
 そんな空気が流れていたが、ひとりオーマは熱かった。その瞬間、じりりりりとベルが鳴った。

●補習●
第二種免許について

主に業務用免許。遠距離移動動物及び、四足歩行の動物に対して交付される。
基本的に、運搬業を生業としているものは必須の免許。
この免許を持つものは、客相手の商売も始めることが可能。
遠距離移動動物とは、一日500メルクル移動する獣のことであり、主にペガサス、グリフォンなどがいる。


* * *


 外にでたオーマは、教習所内にある大きな木の下にいた。その手には、自分のケルベロスを繋いだ紐を持って
いる。
「さて、実技だが……」
 教官のケルベロスがつぶやく。しかし、オーマの無言の圧力、きらめく視線。

――戦闘戦闘戦闘戦闘銭湯(謎)

 それに耐えかね、たらりと一筋の汗がケルベロスのこめかみを伝って流れた。
「戦闘レッスンをやります……」
 おおお!! とオーマの歓声が上がる。教官ははぁ、と大きなため息をついた。
「うぉーっし、それじゃ獣大先輩として主従関係たるものを、このオーマ大先生が、ビシバシガッツリと分から
せてやるってもんよ!」
 オーマがはぁぁと気合を入れた次の瞬間。まばゆい光が世界を覆った。
 光の中で、銀髪、赤目の20くらいの青年の姿が一瞬垣間見える。しかし次には、その姿はなく、かわりに翼
を生やした巨大な獅子が出現していた。
「ぐぉぉぉぉん!!」
 巨大な獅子は、咆哮すると突如、ケルベロスに向かって前足を振り上げ打ち下ろした!

――これが、愛と親父浪漫の青春ムラムラスパルタドリーム教育だ!!

 そんな声が聞こえてきそうなほどの、すさまじい攻撃が何度も何度もケルベロスに向かって繰り出される。時
折、教官のケルベロスにも攻撃が飛んでいったが、その辺は気にしてないようだった。
「ぐるるるるるるる……!」
 ケルベロスも力を振り絞って反撃するが、獅子の力には及ばない。やがて、がくりとその膝を折ると、ついに
その場に崩折れた。その瞬間、オーマの姿が、いつもの姿に戻る。
 そして。
 オーマは、駆けた。愛する獣の元へ。駆けている時間は、意外にもゆっくり感じられた。なぜかあたりにはバ
ラが飛び散っていた。
 ついに、オーマがケルベロスの元にたどり着いた時。ケルベロスは、ゆっくりとオーマを見上げた。その表情
は、さっきまでの荒々しさはなく、憂いにみちていた。
(愛のミラクルパワーで、俺がお前を癒してやるぜ!) 
 自分で獣を痛めつけたことなどさっぱり忘れ、オーマは、ぎゅうと自分のケルベロスを抱きしめた。
 その瞬間、彼らの間に愛が芽生えた。どこからか現れた謎の天使が、祝福のラッパを吹き鳴らしながら、ふた
りの周りを飛びまわっていた。

――これが、愛のしつけってもんだぜ!

 オーマは、歓喜の涙を流しながらいつまでもいつまでも、獣を熱く抱きしめていた。
 生まれたままの、その姿で。
 
 試験は、もうすぐそこまで迫ってきていた。


●獣のしつけ(愛でしつける)●
1・とにかく愛
2・暴れる獣も愛
3・とにかく愛をもって愛の鉄拳を繰り出し、愛の抱擁





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1889/テオ・ヴィンフリート/男/40歳/封印師】
【1888/雲緑・ザヴェリューハ/女/789歳/封印師】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男/39歳/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り】
【2091/ガロード・エクスボルグ/男/26歳/海賊:キャプテン】
【1988/カミラ・ムーンブラッド/女/18歳/なんでも屋/ゴーレム技師】
【1649/アイラス・サーリアス/男/19歳/フィズィクル・アディプト】
【1731/セフィス/女/18歳/竜騎士】
【1893/キャプテン・ユーリ/男/24歳/海賊船長】

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■         ライター通信          ■
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 どうもはじめまして。依頼のご参加どうもありがとうございます。雅 香月と申します。以降おみしりおきを。

 今回、個別文章はそれぞれのお名前で書いております。
 この文章は(オープニングを除き)全9場面で構成されています。もし機会がありましたら、他の参加者の
方の文章も目を通していただけるとより深く内容がわかるかと思います。また今回の参加者一覧は、順不同です。

 大変お待たせいたしました。免許シリーズ第二弾お届けいたします。現在スランプその他もろもろに苦しみ、
一ヶ月に一本という超スローペースになっています……。皆様には大変ご迷惑をおかけしております。その中で
生まれたこの作品、楽しんでいただければ、幸いと思います。

 最終話、第三弾の予定(試験編)はまだ未定ですが、8月には出したいと思います。そのときにまた皆様にお会
いできることを楽しみにしております。もし感想、ストーリーのツッコミ、雅への文句など、ありましたらテラ
コン、もしくはショップのHPに、ご意見お聞かせ願いたいと思います。(感想は……頂けると嬉しいですv)
 それでは、今回はどうもありがとうございました。また機会がありましたら、いつかどこかでお会いしましょ
う。