<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『黄昏の街のマギー』

<オープニング>
 困惑の表情を浮かべ、白山羊亭を訪れた青年がいた。袖の無い服から覗く筋肉はみごとで、日に焼けて精悍な男だった。
「ご注文は?」とテーブルに水を置いたルディアは、彼が、エルザードでもちょっと有名な、大道のナイフ投げ・アーノルドであることに気づいた。
 たくさんの短剣や長剣を宙に投げて回したり、相棒のからくり人形・マギーの頭の上にリンゴを乗せて、それに命中させたり。
 マギーは外見は木製のあやつり人形だが、人間のように動いたり喋ったりする。それも帽子にコインが多く集まる理由の一つだろう。
「あら、今日はマギーはご一緒じゃないんですか?」
 ルディアの言葉に、青年は渋面を作る。
「実は今日は食事に来たのではありません。
 昨日、観客の可愛い少女にマギーの代りをやってもらったのです。盛り上げる為に時々やるのですが、その後マギーは考え込んでいて・・・妙だと思ったら、手紙を置いて家出しました」
「考え込んでって・・・。マギーがまるで人間みたいに」
「あれ?知らないのですか?マギーはピノキオタイプの人形ですよ。心が宿っていて、人間と同じように行動できます」
 マギーが自分と離れたいなら仕方ないが、理由を知りたいし、できれば説得したいそうだ。
「マギーを一緒に探してくれる人はいないでしょうか?」

< 1 >
「それはご心配でしょうね」
 アイラス・サーリアスは、困っている人がいると放っておけない青年だった。隣のテーブルで食事を終え、レモンティーを味わっているところだったが。ソーサーごと手に持って、アーノルドのテーブルに移動した。もの静かだが、強い色のブルーアイを眼鏡の奥にひそませている青年だ。唇はいつも、穏やかな笑みをたたえている。
「僕でよければお手伝いさせてください。詳しく聞かせていただきますか?」
「あたしもお手伝いしますわ。・・・ごめんなさい、あたしも、聞くとは無しに聞こえてしまったので」
 アイラスとは反対側の隣の席にいたメイ。彼女も、クリームソーダを片手に、席を移動して来た。戦天使見習いの愛らしい少女は、白い羽を少し窮屈そうにして椅子に行儀良く座る。長い髪と白いリボンをお尻で踏まないよう、椅子の位置を確認した。
「じゃあ、二人に任せたわよ。
 よかったね、アーノルドさん、お手伝いしてくれる人が見つかって」
 ルディアが仕事に戻ろうとすると、アーノルドは、
「待ってくれ!!!!」
と大声で呼び止めた。サバンナで、肉眼で見えるか見えないかくらいの象でさえ、呼び止められそうな声だった。声の大きさに驚いて、ルディアはトレイを放り投げそうになった。アイラスとメイもその場で椅子から飛び上がった。
 そう、両隣のテーブルの二人が、アーノルドの話を盗み聞きしていたわけではない。彼は声のでかい男だったのだ。まあ、ストリートで声を張り上げ客を引くのだから、声の小さい人物には務まるまい。
「ほっとしたら、ハラが減ってるのに気づきました。Bランチを頼みます。ライスの大盛りって、できますか?」

* * * * * * * *
『あっかんべー。あたいはもう、アンタに付き合うのはゴハンだよ。マギーより』
「その、『ゴハン』ていうのは、『ゴメン』の間違いだと思うんだけど」
 仕事を受けてもらえた気安さからか、アーノルドの口調がくだけたものに変わっていた。態度もリラックスして、フォークを握る左手がテーブルに肘をついていた。
「字は、オレが教えたけど、まだあまりよく覚えていないんだ」
 食べながら喋るものだから、口の中で一度咀嚼したランチが、シャワーのようにテーブルに飛び散る。メイは自分にかからないように、椅子をずりずりと後ずさりさせた。アイラスは両手でティーカップをふさいでいた。
 マギーが残して行ったという置き手紙。二人は、アーノルドの食事中にそれを見せてもらった。何かの手がかりになるかと思ったが、わかったのはマギーがお子さまだということだけだ。

「その日、マギーさんの代わりにリンゴを乗せた女の子っていうのは、どんな感じだったのですか?」
 メイは、これは恋愛が絡んでいるのじゃないかと思っていたのだ。
ずっと一緒に旅を続けるアーノルドとマギー。人形だったはずのマギーの心に、いつしか恋心が芽生える。でも、自分は人形。そして、ただの仕事の相棒でしかない。
 メイはマギーの心になりきって、うっとりと両手を胸の前で組んだ。もう、これ以上、苦しくて一緒にいられません。あなたの元を去ることを、どうぞ許して・・・。
「なんかこう、ヒラヒラのドレス着て。髪はあんたくらい長くて。お人形みたいに可愛かったよ。いやマギーみたいじゃなく、フランス人形とか、ああいうのさ」
 アーノルドは、一気にスープを飲み干すと、メイの質問に答えた。クレソンの葉が唇に引っ掛かり、たらりと下顎にまで垂れていた。
 あなたの元を去ることを・・・。うーん。出来れば、確かに去りたい、この男の元からは。夢見る乙女の恋の妄想は、このガサツな男のキャラクターでは成立しそうになかった。
「その子に嫉妬したのかと思いましたが・・・絶対違いますね」
 メイは断言した。
「嫉妬〜?!」
 アーノルドはガハハと笑った。
 オニオンや人参のカケラや唾が飛んできた。メイは、膝に広げていた白いハンカチーフを上に挙げて上手によけた。・・・気の毒に、アイラスはまともに受けてしまったようだ。

「マギーの外見か?オレ、絵は得意なんだ、ちょちょいと描いてやるよ。バストアップがいいか?全身図はお高いぞう」
 アーノルドは、足元に置いた木の四角い鞄を開けると、ノートを取り出してビリリと破いた。鞄には、柄に飾りのついた華やかなナイフが何本も無造作に放り込まれていた。これがアーノルドの商売道具なのだろう。
 ペンを催促する手つきをしたので、アイラスが自分のものを差し出した。
 角は丸くしてあるものの、まるで四角い材木の集合だった。シンプルな飾りの無いワンピースと、毛糸を三つ編みしたような髪で、女の子なのだとかろうじてわかる。ストローハットなのかテンガロンハットなのか。ツバの広い帽子がさらに滑稽な印象を与えた。
「・・・この子が道を歩いてたら、すごく目立つ気がします」
 アイラスは、言葉を選んで控え目にそう言った。
「あたしもそう思います。目撃者を探すのは、そう苦労しないのでは」
「そ、そうか?頼もしいな。では行くか!!!」
 アーノルドは、顔を輝かせると、ペンをアイラスに返し、立ち上がった。
 アイラスは、一瞬固まった後、すぐに紙ナプキンでゴシゴシとペンを擦っていた。アーノルドがケチャップのついた手で握っていたのだ。
――あたしがマギーなら、やっぱり逃げてるかも。――
 同じ女の子同士。なんとなぁく、マギーが去った気持ちがわかる気がしたメイだった。

< 2 >
 アーノルドの絵はそこそこは的を得ていたようで、数人の目撃者が見つかった。
「材木のボルト止め人形なら、少し前に見かけました。そこのゴスロリ系のドレスショップから出て来ましたよ」
「この絵の人形?ええと、ヘアアクセサリーのお店で会ったわ。隣の通りの、あそこです」
「あ、コレ、今、コスメショップにいるよ。木の分際で、アイシャドウを選んでた」
 メイは察した。嫉妬ではなく、羨望だったのだ。
 三人は知らず早足になり、ガラス張りの化粧品店へと急いだ。

 三人が店の前に辿り着いた時。
 ガッシャーン!という派手な音が聞こえた。棚からモノが落ちる音だ。
「何てことしておくれかい、このデク人形!」
 中で怒声がして、三人は慌てて曇りガラスのドアに飛び込む。
 店の床に屈んでいたのは、アーノルドのイラストよりはだいぶ華奢な作りの、細い手足の木製の人形だった。
 地味なモスグリーンのワンピースは、毛羽立ってかなり煤けた生地だった。黄色い毛糸の三つ編みお下げは、リボンさえ飾られていない。大きなストローハットで目鼻は見えないが、口は動く作りになっているようだ。その口が恐怖でガクガクと震えている。店長らしき女性の振り上げた手に怯えて、腕で頭を被っていた。その腕も棒のような木材で肘のボルトが丸見えだった。
 足元では、十数個のシャドウが割れて散らばり粉々になっていた。白木の床に、青や紫、ピンクの粉が点々と散っている。
「ご、ごめんなさい、わざとじゃないんです」
「弁償するお金はあるのかい?」
 アイライナーで必要以上に目尻を釣り上げた店長が問い詰める。
「ごめんなさい。無いです。働いて返します」
「うちの花形スターに乱暴しないでくれよ」
 素早く店長とマギーの間に割って入ったのはアーノルドだった。腰に手を置き、腕の筋肉を強調させている。店長を見降ろす目は、さっきまでの鷹揚で人なつっこい男とは別人だった。肉食獣が獲物を狙うような、容赦のない視線。ナイフを握ってリンゴに向かう時の目も、こんなだろうと思わせた。
「いくらだ?オレが払うよ」
「・・・アーノルド」
 マギーは顔を上げた。帽子から瞳が覗いた。木の表面に、黒ペンキで丸く描かれた瞳だった。睫毛も無いし瞼も無い。瞳孔が動くことも、視線を動かすことも。涙を浮かべることさえできない瞳なのだか。
 メイには、確かにマギーの瞳が揺れたように見えた。

「ごめんなさい、アーノルド。今の分は、またしばらくナイフ投げを手伝って返すね」
 店を出て、アーノルドの背後に続きながら、マギーが泣きそうな口調で言った。
「いいよ。あれぐらい。退職金さ」
「・・・。」
 マギーは黙って下を向いた。メイは思う。引き止めて欲しかったのではないかと。
「それより、金も持って出なかったなんて。どうするつもりだった?」
「どこかの宿屋ででも住み込みで働くつもりだった。働くことは嫌いじゃないし。アーノルドのお金を持って出たら泥棒だもん」
「どうしても行くのですか?」と、メイの方が気を効かせて切り出した。
 アイラスも続けた。
「アーノルドさんは、あなたに行って欲しくないそうですよ?」
「でも・・・このままアーノルドと旅を続けていると・・・どんどん自分もガサツになりそうで。女の子らしく、可愛くしていたいのに・・・。服も、新しい可愛いのが欲しいって言ったら、『服なんて着れりゃいいだろう』って・・・」
 やっぱりそうだったのか。メイは笑顔になった。
「まあ。それならあたしに任せてください。可愛いドレス、きれいな髪飾り。一緒に選びましょう?
 アーノルドさん。マギーさんの為に、それくらいの買物は全然オーケーですよね?」
「また一緒に大道芸をしてくれるのか?・・・オレのことが嫌いなわけじゃないんだな?」
 アーノルドは、マギーの手を取った。手と言っても、木目の出たニスの塗られた硬い樫だったが。
 マギーはこくんと頷いた。すると、先の丸くなったくるみボタンのような鼻が、するするっとフィンガービスケットくらいに伸びた。
「あ、あら?」とメイも目を見開いた。
「もしかして、ウソをつくと鼻が伸びるのですね?」とアイラスは笑った。
「・・・嫌いなのかぁ?」
 アーノルドの嘆きのこもったでかい地声は、すれ違う人々が振り返るほどだった。
「もうちょっとだけ紳士にしてくれると、もっと好きになるよ」
 マギーはそう言って、鼻を掻いた。それはすぐに元の長さに戻った。

 そして、夕方には、メイの見立てでレディ・マギーが誕生した。
 本人の木の素材が生きるように、メイはフォークロア調のワンピースを選んだ。馬や鳥のピンクや青の刺繍が鮮やかで可愛い。でも自然で素朴な感じも損なわず、木目の肌のマギーによく似合った。
メイは、三つ編みにはリボンでなくビーズを通した髪飾りを買った。マギーがカラカラと動くと、髪のビーズも一緒に楽しげに揺れる。帽子も少女らしい丸い麦わらに買い換え、ドレスに似た感じの民族調の布をリボンの代りに巻いた。
 マギーは10歳くらいの子供の背なので、メイが手を繋ぐと妹でも連れているようだった。店でメイが選び出す服やアクセサリーを、素直に歓喜して「かわいい!」「すてき!」と小躍りするマギーは、確かに妹のように可愛かった。堅く冷たい手が、今ではなんだか温かくて、ふわりと柔らかい女の子の手のような気がしていた。

< 3 >
 アーノルドは、日が落ちるまでと、早速商売を始めた。四つ辻の片隅の小さな公園は道路に面しているので、人通りも多い。
「ナ〜ウ、レディス&ジェントルメン!!!」
 彼は赤いリンゴを高く宙に投げる。そして後ろ手にキャッチしてみせた。
「おおお!」
 通りを急ぐ人々も、ふと足を止める。5個もの林檎を高く宙に投げて、交差させて取る。どの林檎がどう動いているか見ていると、目が回りそうだ。
 次には、3本の飾りナイフを木のバッグから取り出し、空に投げた。ナイフの閃光は、暮れかけた空を一瞬切り裂き、そしてみごとにアーノルドの大きな掌に収まる。一本とて、掌が柄を掴まぬことは無い。メイもアイラスも見ほれているうちに、周りにはかなりの人の輪が出来ていた。
「そうだ、アイラスさん、メイさん。マギーの代わりにリンゴを頭に乗せないかい?」
 アーノルドの提案に、マギーも頷く。
「どうぞどうぞ。スリルを楽しんでみたら?」
「あ、あたしはいいです」「僕も遠慮します」
 二人は即答した。
「そうかぁ。アーノルドが投げるところ、見たかったけど。あたいがマトの時は、近くで見られないからね。
 かっこいいんだよ。
 お行儀は悪いし品は無いし、しょうがない人だけど、ナイフを握っている時だけはイカスんだ」
 もし、マギーが自由に指を組めたなら、胸の前でその指を組んで夢見る瞳で語ったのだろう。マギーの指は繊細な動きはできなかった。だが、メイにはその姿が見えたような気がした。
「いいわ、あたしがやりましょう。
・・・髪を少しでも掠って斬りでもしたら、承知しませんよ?」
 メイはリンゴを受け取り、観客の輪を解かせると中央の樹の前へと進んで行った。そして恐る恐るリンゴを頭に乗せた。
「このアーノルド様の手元が、少しでも狂えば・・・!!!
 しかし!オレは自分の命に賭けても、この少女のリンゴに命中させてみせる!!!」
 大道芸人は、声を張り上げ観客を煽っている。ナイフを握った右手を高く挙げると、歓声が上がった。
『ああ、あたしったら、おバカさんですわ。ついつい、マギーの為に、こんなこと。
 失敗したら、髪がどうのどころじゃないのに・・・』
 メイの足がガタガタと震える。翼に幹が触れ、もう逃げられないと思う。葉陰から、夕暮れのオレンジ色が混じり始めた陽が洩れて、メイの白い頬に影を作った。
 アーノルドは真剣な表情でナイフを構えているが、あの男の『真剣』はあまり信用したくない。だが、脱いだ帽子を握ってアーノルドを見上げるマギーのまっすぐさを見て、メイの足の震えは停まった。
『あの子が、ここまで信頼している人ですものね』

 路上はそろそろ金色に染まり始めた。マギーの隣で、アイラスも緊張からか眼鏡に手をやったのが見えた。
 アーノルドは、唇を嘗める。右手に力が入り、筋肉の小山がさらに盛り上がる。目は瞬きを停め、金のリンゴに狙いを定めている。
 彼の影は長く細く道に横たわる。観客は息を飲む。
『一番、好きな時間だよ』
 マギーの声が聞こえた気がした。木の人形が微笑んだみたいに見えたのは、西日が眩しいかったせいかもしれない。

< END >

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1649/アイラス・サーリアス/男性/19/フィズィクル・アディプト
1063/メイ/女性/13/戦天使見習い

NPC 
アーノルド
マギー

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■         ライター通信          ■
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ご注文ありがとうございました。ライターの福娘紅子です。
女の子らしいメイさんがいてくれて、マギーも大喜びだったことでしょう。
メイさんの可愛さや優しさが、作品で生かせていたらいいなと思います。