<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


乗用獣免許を取ろう!2 〜教習編〜


「とうとう教習が始まるみたいですね?」
 カウンターの向こうでルディアは、つぶやいた。
「それじゃ、またここで受付をすればいいんですねぃ?」
 うむ、と男がうなずく。それはムキムキマッチョな大男であった。
 バルクス。乗用獣学校の校長であった。
「既に教習のお知らせは送ってあるのですよ。ですから」
 バルクスは、こほんと咳払いをする。
「教習費と引き換えに、予約券を発行するという形でお願いしたいのですよ」
 ルディアは、うんうんとうなずいた。
「楽しみですねぇ〜」
 バルクスはそれを見て、にっこりと微笑んだ。


■1・それでも集う生徒達


「ぶわっはっはっはっはっは!!」
 突如、教室内に響きわたる高笑い。並外れた大柄な体躯。それは極限まで鍛え抜かれた肉体であった。胸の厚
さは普通の人の倍以上はあろう。両袖を切り落としたシャツに、麻のズボンというこざっぱりとした出で立ち。
腰に当てた両の腕は、恐ろしく太く血管が浮き出ている。そしてその笑顔は、完璧なまでに暑苦しい。
 バルクス。この乗用獣学校の校長兼教官である。その横には、三つ首の黒き魔犬が控えている。
「いやあ皆さんに再びお会いできて、まことに嬉しいことですよ!」 
 バルクスは、ばんばんと教壇を叩きながら喜んだ。だが、バルクスの異様なテンションに反して、辺りは微妙
な空気が流れていた。
「…………」
 教室には、バルクスを除いて7人。整然と並べられた長机に、木でできた粗末な椅子。それぞれが好きな場所
に座っていた。例えば、前から二番目の席に座っているのは、テオ・ヴィンフリート。
 すらりとした長身の男。左目を覆う眼帯と、体に刻み込まれた無数の紋章が特徴的な封印師である。あわせの
着物をゆったりと着こなし、腰には刀を差している。
 しかし、なぜか今彼のふところには、謎の菓子折りが顔を覗かせていた。テオは、指折りなにやらぶつぶつと
つぶやいている。
(……雲緑の担当教官と、出るかもしれない被害者のために、な……)
 テオは、ゆっくりと隣に視線を移す。
 そこには、東洋風の民族衣装に身を包んだ美しい鬼がいた。流れる青い髪、華奢な体つき、中性的なたたずま
い。雲緑・ザヴェルーハ。テオの相棒である。
「教習はまだ始まらないのか?」
 雲緑は、眉をひそめ、いらただしげに指で机を叩いた。その横で、びびくっとおびえる獣が一匹。巨大なウサ
ギモンスター『ザン』。こころなしか、ザンの表情はげっそりとしており、身体には痛々しい無数の噛み傷があ
った。
「…………」
 テオは遠い目をしてその様子を眺めていた。なんで獣がここにいるのか、外にいるはずではないのか、いやむ
しろ一体どうやってこの狭い教室に獣を入れたのか、と疑問は尽きない。
 ちくり、とテオの胃がうずいた。テオは、粉薬を取りだし飲み始めた。テオの瞳に、涙がきらめいた。
「ぐげぇ……」
 同じく具合が悪そうなのは、ガロード・エクスボルグ。海賊船、『ブルーフォビドゥン』のキャプテンである。
バルクスに負けず劣らず、がっしりとした体躯。海上生活で浅黒く焼けた肌が、男らしさをいっそう引き立てて
いる。だが、今はそんな凛々しい面影はない。真っ青な表情で、机につっぷしている。ときおり、喉から絞り出
すような声を上げる。肩まである長い赤髪が、とどめとばかりに首にまとわりつく。
 ガロードの弱点。それは陸に上がると運が悪くなることであった。
「なんで……こんな……ちくしょう……」
 ガロードは、ぴくぴくと指を動かすと、そのままがくりと意識を失った。
「おいおい、大丈夫か? あぁん?」
 そんなガロードに、声を掛けたのはオーマ・シュヴァルツ。天をつくほどの巨大な体躯。胸元が大きく開いた
派手な着流しを、粋に着込んだ親父である。オーマは、頬杖をついてにやにやと怪しい笑いを浮かべる。
「まあ、今よこんなモンがあるんだが……飲んでみるか?」
 そういって、オーマは懐からなにやら怪しげな薬を取り出した。
 ガロードは倒れながらも、ぶるぶると首を振った。
「ちっ……つまんねぇ奴だな」
 オーマは文句を言いつつ、舌打ちをする。その横で、男女の会話が聞こえてくる。
「……学科は余裕だと思うんだけどなぁ」
 大きな眼鏡の奥で、優しい輝きを放つ瞳が虚空を仰ぐ。流れる青い髪を後ろ手にひとつに結び、ゆったりとし
たローブに身を包んでいるのは、アイラス・サーリアス。アイラスはふう、と大きなため息をついた。
「実技が……ねぇ」
 アイラスは、くるりと後ろを振り向いた。
「うまさん、いうことを聞いてくださいよ?」
「ぴぎゃーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 突然響きわたる大咆哮。全身を包む堅いうろこ。ずらりと並ぶ鋭い牙。そして広げれば数十メートルもありそ
うな巨大な翼。ドラゴン。それがいた。
 なんで獣がここにいるのか、外にいるはずではないのか、いやむしろ一体どうやってこの狭い教室に獣を入れ
たのか。(二度目) 雲緑のザンよりはるかに大きいそのドラゴンを、テオは遠くから眺めていた。
「いえ、気にしないでください♪」
 視線に気づいたのか、アイラスはにっこりと微笑む。
「世の中には……まだまだ不思議なことがいっぱいあるな……」
 テオはふっと自嘲気味に微笑むと、遠くを見つめた。テオの胃がさらに、ちくちくした。
 ドラゴンの腹には『うま』という文字が描かれていた。どうやら、これがドラゴンの名前らしい。
「……それ、絶対馬じゃないと思うわ」
 眉をひそめてドラゴンを見つめるのは、カミラ・ムーンブラッド。漆黒のドレスに身を包んだ可愛らしい女性
である。肩まである赤い髪の毛は両サイドに分けられ、リボンで結ばれていた。
「ていうか、それ絶対詐欺よ!? 私、あの店とバルクスさんは訴えてもいいぐらい詐欺だと思っているの!
アイラスさんは、人がいいから騙されているのよ!!」
 カミラは、ぐぐっと拳を握りしめると、突然席を立ち、びしぃっ! とバルクスを指さした。
「バルクスさんーーーー!!」
「おををっ!?」
 突然指名されたバルクスは、狼狽した。
「んなっ……なんですよ?」
「忘れた、とはいわせないわよ……」
 ぴぴく、とカミラの口元がひきつる。うつむいているその表情はうかがい知れないが、その背後には黒い炎が、
ごごごとうなりをあげて立ち上っていた。
「よくも『けものや』なんて店紹介してくれたわね!! まったく冗談じゃないわ!! 結果的にシェアトに出
会えたのはよかったけど、あれはどう考えても詐欺よ!! 訴えてやるんだから!!」
「ま、まってくださいですよ! 詐欺だなんて人聞きの悪い……」
 バルクスは、いきり立つカミラを抑えようとする。だが、カミラは止まらない。
「詐欺じゃない!! 大体、ドラゴンが一般的なんて聞いたことないわ!」
「いやいや……」
 バルクスは、ちっちっちと人差し指を振ると、にこりと微笑んだ。
「500年以上前、ポンザリア王国では一般的だったようですよ♪」
「時代ちがーぅ!!?」
「ていうか、どこー!?」
 その場の全員が、ぐはぁっと呻いた。
「…………」
 カミラの拳がぷるぷると震える。
「ぶわっはっはっはっはっはっは!」
 なぜか高笑いをあげるバルクス。
 そんなバルクスに、カミラは、きれた。きっ、と前を見据え、突然雄叫びを上げる。
「天誅ーーーっ!!」
「ごばーーーー!?」

ごげしごしがしっ!!!

「ぐっほぅっ!!」
 次の瞬間、バルクスの身体はきれいな軌跡を描いて、後方にぶち倒れていた。
「ふんっ!」
 カミラの投げた教本が、見事にクリティカルヒットしたのだった。
「す、すごい……」
 カミラを見上げ、ぱちぱちと拍手するのはアイラス。アイラスの目には、感激の涙が浮かんでいた。
「とりあえず今日のところは、これで勘弁してあげるけど、もしまた同じようなことをしたら……」
 カミラの目が、きらりと光る。
「訴えるわよ」
 その瞳は、有無を言わさぬほどの迫力があった。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ……」
 バルクスは、そんなカミラの様子に気圧され、びくびくとおびえていた。バルクスが脅えっぱなしであるので、
横に控えていた黒き魔犬、ケルベロスが、ふうとため息をつく。
「しょうがありませんね」
「まだ新人さんの紹介もすんでねーじゃねぇか」
「……あ、あの、あの、あの人ですよね? あの人……」
 三つある首が、それぞれ一斉にしゃべる。右から、温和、つよがり、おくびょうという組み合わせである。温
和は眼鏡をかけており、つよがりは頬に刀傷を持っている。そしておくびょうは、いつも泣きそうな表情を浮か
べていた。
「えと、えと、みなさん、後ろを見てください……」
 おくびょうが、申し訳なさそうにつぶやく。
 みなの視線が一斉に後方に集中する。
 そこには、一人の男が座っていた。机に足を乗せ、ゆったりと構えている。えりのたった立派な外套は、複雑
な彫り物が施された金のボタンで彩られていた。ゆるいウェーブを描く緑の髪が、丹精な顔を縁取る。そしてそ
の頭の上には、つばの反り返った黒い帽子が乗せられていた。鮮やかな鳥の羽で飾り付けられたそれは、ちょう
ど真ん中部分におぞましいどくろのぶっちがいが、笑みを浮かべていた。
「やあ、よろしく。皆さん」
 キャプテン・ユーリ。海賊船『スリーピングドラゴン』の船長であった。
「ユーリさんは、今回お友達のご紹介でこの学校に入学を決めてくださったそうです」
 温和がにこやかに紹介する。
 オーマ、アイラス、カミラがそれぞれ親指を立てたり、手を振ったりと、アクションをくわえながら笑顔を浮
かべる。そんな三人に、ユーリも親指を立てて返す。
「みんな、仲良くしてやれよ!」
 強がりが、大声で叫ぶ。
「はい、何人か見知った顔がいるようだけど、皆さんよろしくね」
 ユーリは頭の帽子をちょい、と持ち上げるとにっこりと微笑んだ。肩の上に留まっているとかげのような生き
物も、ぴぎゃあと声を上げる。
「あ、こいつはね、たまきちっていうんだ。僕の大切な相棒さ」
 ユーリは、たまきちの頭を優しく撫でる。たまきちは、目を細め気持ちよさそうな声を上げた。
「こんなんでも、一応ドラゴンだからね……。気をつけないと、火傷するよ」
 ユーリはにやっと口端をあげて微笑んだ。
「さて、皆さん紹介し終わったようですね……」
 温和が、ゆっくりと辺りを見回す。そのとき。
「すみません、遅れまして」
 がちゃり、とドアが開く音がして、何者かが教室内に足を踏み入れていた。
「ああ、セフィス教官か」
 強がりがつぶやき、魔犬は一礼する。
 そこには、すらりとした長身の美女が立っていた。
 健康的な小麦色の肌に、抜けるようなブルーの瞳。流れる銀髪はくるりとお団子にまとめられている。中に胴
衣を着込み、鎖かたびらをまとっている。
 セフィス。数少ない女性竜騎士の一人であった。
「お久しぶりです、ケルベロス殿」
 セフィスは魔犬に、にっこりと微笑みかける。
「……バルクス校長が見当たらないようですが」
 きょろきょろとあたりを見回すセフィスに、ケルベロスは互いの顔を見合わせる。ゆっくりと首で示すその先
には、隅っこでおびえるバルクスがいた。
「あぁ!! バルクス校長?!」
 セフィスは、慌てて駆け寄りバルクスの手をとる。
「校長先生、セフィスです! 一体どうしたというのですか!」
「あ、ああ……セフィスか……」
 バルクスは、かすれた声でつぶやいた。
「俺は……もう……だめ……ですよ……がく」
 そういうと、バルクスは意識を失った。
「校長!? 校長ーーーー!!」
 セフィスは、バルクスの身体を抱くと、がくがくと揺らした。
「……はーいはいはい、と、お遊びはここまでにしてー」
 ばんばん、と前足で床を叩き、温和がつぶやく。
「皆様に、改めてご紹介でーす。こちらがセフィス教官。主に大型免許に関する教科を教えてくれていまーす」
 セフィスは、何事もなかったかのように、すくっと立ち上がる。セフィスの膝の上に載っていたバルクスの頭
が、鈍い音をたてて床に激突した。
「ここの卒業生で、竜騎士のセフィスです。今日は教官としてお手伝いに来ました。生徒の皆さん、よろしくお
願いしますね」
 セフィスはにっこりと微笑んだ。ぱちぱちと拍手が起こる。
「さーて、今後の案内を言うから、しっかり聞けよ!」
 強がりが、一喝する。
「えと、えと……この後、とりたい免許ごとに分かれてもらって……それで、それで……それぞれの教室で学科、
教習をうけてもらうことになるよう……で、です……」
 おくびょうが申し訳なさそうに、説明する。
「それでは! 皆さん、それぞれ分かれてくださーい!」
 温和の掛け声で、みな一斉に立ち上がった。


■2・移動中


「ねぇねぇ、ユーリさんは獣、何にしたの?」
 カミラが、下からユーリの顔を覗き込む。
「お、それ俺も聞きたいもんだな」
 前を歩いていたオーマが、くるりと振り向く。オーマは頭の後ろに手を回し、そのまま後ろ向きで歩いている。
「うん、僕はね、海亀さ」
 ユーリは肩に乗った、たまきちにえさを与えながら、答えた。
 教室に行くまでの廊下には、様々な置物が置かれていた。東洋風のツボ、怪しげな剥製、それに謎のオブジェ。
「……これって、一体なんなんでしょうかね?」
 アイラスが、眉をひそめてつぶやく。たらり、と一筋の汗がこめかみから流れ落ちる。
「たぶん、あのバルクスの趣味でしょ? 最悪だわ」
 カミラが、はき捨てるように言う。
「それで、それで? 獣はどこで手に入れたの?」
 カミラが続ける。
「ん、店で買ったんだよ」
「店で!?」
 アイラスと、カミラの声が重なった。
「……なんだい君たち、そんな怖い顔してさ」
 ユーリは眉をひそめる。
「ま、まさか……」
「まさか店って……」
 カミラとアイラスは、お互いの顔を見合わせる。
「……けものや?」
「そう! そうだよ、よくわかったねー!」
 ユーリの顔が輝く。しかしアイラスとカミラの表情はどこか重苦しかった。ふたりは、ふうとため息をついた。
「一度噛み付いたら、離さないんだけどね、そこがまた可愛いんだ♪」
 そんな二人の様子には気づかないのか、ユーリは嬉しそうに語りだす。
「それに、シャチの『ルネ』ともお友達になれそうだしね!」
 ユーリは、にっこりと微笑んだ。アイラスとカミラも、つられて微笑み返す。だがその笑みは、どこかひきつ
っていた。
「おうおう! そいつぁいいこった! そのむねだかうねだかも喜ぶんじゃねえのか? あぁん?」
 一人オーマだけ、テンションが高い。
「……うん、ルネなんだけどね」
 ユーリは、はははと力なく笑った。
「!? いてっ、いてて! なにするんだい、たまきち!」
「ぴぎゃ! ぴぎゃ!」
 ユーリの肩に乗っていたたまきちが、突如つんつんと頭をつつく。
「たぶん、嫉妬だな」
 すぐ横を歩いていたテオがつぶやく。
「……食べてしまえばいいのだがな」
 ぼそり、と雲緑もつぶやく。
「!?」
 その発言に、テオは慌てて雲緑の顔を見た。
「ん、なんだ? なにか我の顔についているのか」
「……いや、なんでもない」
 そういうと、テオは一人、胃薬を取り出して飲み始めた。
「うるさいですよ、あなたたち」
 ぴしゃり、とセフィスの声が飛ぶ。
「無駄話していないで、急いでくださいね」
「はーい……」
 セフィスに急かされ、全員は歩を早めた。

* * *
 
 皆が行ってしまったあとに、ひとりぽつん、と廊下に佇む男が一人。
 ガロードである。ガロードは、廊下においてある謎のツボを、じぃっと見つめていた。
「……縁起がよさそうだ」
 ひとしきり眺めた後、ガロードはつぶやいた。
「……これで、運がよくなるなら……!」
 ガロードは、ぐっと拳を握りしめた。そして、突然ツボの中に向かって叫び始めた。
「陸なんかぁぁぁぁ大嫌いじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 じゃぁぁ……じゃぁぁ……ぁぁぁ……。ツボの中で、ガロードの声がむなしく反響した。彼の目には、いつし
か涙があふれていた。


■3・それぞれの教習(大型免許アイラス&セフィス編)


「それでは教習を始めます」
 教室内に、凛とした声が響きわたる。目の前の教壇には、凛々しい女性教官、セフィスが立っていた。
 ほう、と教室内で歓声が上がる。セフィスの美しさに心を奪われた者たちの声だ。だが、その女教官の声が一
変する。
「始める前に言っておく、飲酒運転者には即、退場をしてもらう。心当たりの者は明日以降に受講するように」
 がらりと変わったその態度に、教室内がざわつきだす。だがセフィスは、ものともしない。
「セーフィスちゃん! そんな怖い顔しないでよ〜」
 後方の席から、ふざけた声が飛ぶ。
「ろ? へぶるぐわっ!」
 その瞬間、ふざけた生徒の机が天井まで上がる。セフィスが机を蹴り上げたのだ。
「……やる気がないのなら、帰れ。いいな」
 ぴしゃりと言い放たれるその言葉に、教室は、たちまち静かになった。
「まず、ここでは大型免許についての説明を行います。教本の2ページを開いて」
 アイラスは、教本を取り出すと、ページを繰る。
(面白そうですね……)
 思わず、没頭しそうになるアイラスだが、今はセフィスの言うことを聞かなければならない。アイラスは、本
の誘惑を振りほどく。セフィスは教室を一瞥し、言葉を足す。
「えー、この中には、なんで今更免許のことなんか、と思う人もいるだろうが……」
 セフィスはちらり、とアイラスのほうを見た。目が合いそうになり、アイラスは思わず目をそらした。
「まず、基礎あってこその教習である。基礎をおろそかにしてはならない。いいな?」
 セフィスは、厳しい口調で生徒に語りかける。
「……はい」
 小さな返事が返ってくる。
「声が小さい」
「はい!」
「よし、ならばよろしい」
 セフィスは、黒板に文字を書き、説明する。
「まず、君たちが取ろうとしている大型免許とは、主に専門免許である。超長距離移動動物、及び危険動物に対
して交付される」
 かっ、と黒板をチョークで叩く。
「基本的に、騎士昇進試験では、この免許を持つことが第一条件とされている。また大型免許取得者は、第一種、
第二種の獣すべてを使用することができる」
 ふむふむ、と最初はセフィスの話を聞いていたアイラスであったが、やがて中盤に差し掛かると様子が変化し
た。
「超長距離移動動物とは、一日2000メルクル移動する獣のことであり、それは……」
 だんだん、教官の声が遠くなる。アイラスはいつのまにか、眠くなっていた。こくり、こくり、と首が動く。
「こらっ! そこ寝ない!」
 突然ばしん! と机を叩く音で、アイラスははっと目覚めた。
「君、今私が何を話していたか、復唱してみたまえ」
 目の前にセフィスの顔がある。じっとアイラスを見つめるその表情は、美しいながらも迫力があった。
「は、はい……」
 アイラスはその迫力に気圧されたが、なんとか記憶をたどり復唱することができた。
「ふむ、合格だ。そう、超長距離移動動物、及び危険動物とは、主にドラゴンを差す」
「ドラゴン!」
 その言葉に、アイラスは反応した。はっとしたが、教室は静まり返っていた。やがて、はっはっはという笑い
声。
「そう、ドラゴンだ。今日はドラゴンについて、詳しく講義する」
 アイラスは、恥ずかしさに穴があったら入りたいと思っていた。だが、やがてドラゴンの講義が始まると、そ
んなことはどこかへ吹き飛んでいた。
「ドラゴン、全体としては爬虫類で蛇、もしくはとかげのイメージに近い。胴は太く、長い首と長い尾を持つ。
背中には多くのとげが並び、口には鋭い牙が生えている。皮膚表面には、うろこが密生している」
 セフィスは続ける。
「このうろこの部分だが、竜の顎の下の逆さのウロコに触れると、怒ってその人を殺すという。この部分は、特
に『逆鱗』と呼ばれているので、けして触らないように。いいね」
 指定された教本の22ページには、逆鱗に触れられて荒れ狂う竜と、食い殺される人々の姿が描かれていた。
「続けるとしよう。竜は四肢が短く、鍵爪がある。コウモリのような翼を持ち、空を飛び、炎を吐く」
 教本の34ページには、ドラゴンの生態について書かれていた。
「だが、この世の中には様々なドラゴンが生息しており、これだけで括ることはできない。あくまでも、今言っ
たのは、一般的とされるドラゴンである」
 セフィスは、ドラゴンの絵を取り出すと黒板に貼りはじめた。そこには、長い毛の生えたもの、革に覆われた
もの、角や髭があるものなど、様々であった。
「口からはくブレスも、炎だけでなく、氷、雷、中には金属を溶かす酸を吐く者もいる」
 金属を溶かす……。アイラスは、剣や鎧がじゅうじゅうと音をたてて溶けていく様を思い描いた。
「だが、このように種類も多いと、分類も大変である。そこで、基本的には四つの分類に分けられる」
 ひとつは、ただ凶暴なドラゴン。村を襲い、人を喰らうドラゴンである。ふたつ目は、邪悪で知能の高いドラ
ゴン。こういったドラゴンは、通常封印されていることが多く、めったに出会うことはない。みっつめは、人間
と友好関係にあるドラゴン。心が優しく、穏やかな気質の者達だ。そして最後は、まさに神としてのドラゴンで
ある。
「この中で、我々がもっとも慣れ親しんでいるのは、三番目の友好関係にあるドラゴンである。君たちが乗るド
ラゴンもこれらにあたるはずだ」
 セフィスは、教本の44ページを指定する。
「ここで、ドラゴンの弱点についてだが」
 アイラスは、食い入るようにセフィスの話に耳を傾けた。
「先程、逆鱗の話をしたが、あそこはドラゴンの弱点でもある。特に、喉の部分はやわらかいので、槍で一突き
することでドラゴンは死んでしまう」
 セフィスは、ひとさし指を立て念を押す。
「だからといって、逆鱗に触れようなんてバカを起こすんじゃないぞ。ドラゴンにとって柔らかくても、人間に
とってはとてつもなく固いのだからな。いいね」
 アイラスは、うんうんとうなずく。
「さて、とりあえず授業はこのへんでおしまいにするとしよう。次は実技だ。頑張りたまえ」
 セフィスは、ばんと教本をそろえる。その瞬間、じりりりりとベルが鳴った。


* * *


 外にでたアイラスは、教習所内にある大きな木の下にいた。その手には、ドラゴンを繋いだ紐を持っている。
「さて、実技である。今回は、空を飛ぶときの乗り方についてだ」
 セフィスは、生徒を集めて再び、指導をする。念入りに指導するのは、大型免許が難関であること、そしてド
ラゴンという最強の生物を使うためであった。
「いいかい、逆鱗にはけして触れず、飲酒運転はしない。このふたつは絶対に守ってくれ」
 セフィスは二本の指を突き出して、皆に確認を取る。
(逆鱗には触れず、飲酒運転はしない……)
 アイラスは、言われたことを繰り返し復唱し、自分のものとする。
 その時ふと、アイラスの脳裏にある言葉が蘇る。
「へぇ、君がドラゴンを? なるほどねぇ」
 キャプテン・ユーリ。ユーリが、感心しながらアイラスの話を聞いてくれていた時のことだ。
「ええ、ひょんなことから……。たまきちくんはドラゴンでしたよね? ドラゴンを飼う時に気をつけたほうが
よいことってなんでしょう」
 アイラスが尋ねる。
「う〜ん……」
 ユーリは、肩に乗っているたまきちをなでながら、語りだす。
「まず、彼らはすこぶる知能が高い。それに、ドラゴンって言うのは、プライドも高い。この二点からいって、
まず『飼う』という認識を改めるべきだと思うね、僕ぁ」
 アイラスは、ふむふむとうなずく。
「そう、友人のように信頼をもって接すれば、ドラゴンも君をパートナーとして認めてくれるはずだよ。僕とた
まきちも、今じゃすっかり友達さ。な、たまきち?」
「ぴゃおぅ!」
 たまきちは嬉しそうに一声鳴き、ユーリに顔をこすりつけた。
 その時の言葉が、アイラスの頭の中を駆け巡る。
「友人だよ……」「信頼をもって接すれば……」「飼うんじゃないんだ……」
(友人……ですか……)
 アイラスは、目を開ける。そこには、ドラゴンの『うま』がアイラスを見つめていた。
「準備はできたかね。それでは行くぞ!」
 セフィスの声が、響きわたる。
 アイラスは、素早くドラゴンにまたがると天に向かって叫んだ。
「さあ、行きましょう! 大空へ!」
 

* * *


「いいかね、ドラゴンを飛ばさせる時には、まず首の付け根部分を優しく撫でてやるのだ。そうして、飛べ! 
と強く念じるのだよ」
 そういうとセフィスは、ドラゴンの首元をなで、目をつぶった。次の瞬間、ドラゴンは咆哮すると、ばさりと
その翼をはためかせ、大空へと舞い上がった。アイラスはその光景を呆然と眺めていた。
「君もはやくやってみたまえ!」
 上空から、激が飛ぶ。アイラスは、ごくりと生唾を飲み込むと、『うま』の首元をゆっくりと撫で、心の中で
強く念じた。
(お願い……飛んでください!)
 一瞬、重力がなくなったような感覚。アイラスはゆっくりと、目を開ける。
「うわぁ!」
 そこには、どこまでも広がる青い空が見えた。視線を下に向けると、様々な獣たちと、学校がとても小さく感
じられた。
(す、すごい……!)
 アイラスは、セフィスを見つめた。セフィスは、優しい瞳で、アイラスに笑いかけた。
「ドラゴンは、なかなか乗せる人間を認めてくれないが、一度認められれば命を賭けて守ろうとする……」
 教官は、凛とした声でアイラスに語りかけた。
「ドラゴンライダーに選ばれたものは、大変名誉なことなのだよ……。そのことをよく覚えておきなさい」
「……はい!」
 アイラスの表情は、輝いていた。『うま』がくるり、とアイラスのほうに振り向き、微笑んだような気がした。

 ●ドラゴンのおきて●
 
 逆鱗に触れない
 飲酒運転はしない
 ドラゴンは友達

 ――友人達から習ったことを踏まえて。完璧です! そして、いつの日か、お手を習得するのです!
 
 試験は、もうすぐそこまで迫ってきていた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1889/テオ・ヴィンフリート/男/40歳/封印師】
【1888/雲緑・ザヴェリューハ/女/789歳/封印師】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男/39歳/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り】
【2091/ガロード・エクスボルグ/男/26歳/海賊:キャプテン】
【1988/カミラ・ムーンブラッド/女/18歳/なんでも屋/ゴーレム技師】
【1649/アイラス・サーリアス/男/19歳/フィズィクル・アディプト】
【1731/セフィス/女/18歳/竜騎士】
【1893/キャプテン・ユーリ/男/24歳/海賊船長】

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■         ライター通信          ■
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 どうもはじめまして。依頼のご参加どうもありがとうございます。雅 香月と申します。以降おみしりおきを。

 今回、個別文章はそれぞれのお名前で書いております。
 この文章は(オープニングを除き)全9場面で構成されています。もし機会がありましたら、他の参加者の
方の文章も目を通していただけるとより深く内容がわかるかと思います。また今回の参加者一覧は、順不同です。

 大変お待たせいたしました。免許シリーズ第二弾お届けいたします。現在スランプその他もろもろに苦しみ、
一ヶ月に一本という超スローペースになっています……。皆様には大変ご迷惑をおかけしております。その中で
生まれたこの作品、楽しんでいただければ、幸いと思います。

 最終話、第三弾の予定(試験編)はまだ未定ですが、8月には出したいと思います。そのときにまた皆様にお会
いできることを楽しみにしております。もし感想、ストーリーのツッコミ、雅への文句など、ありましたらテラ
コン、もしくはショップのHPに、ご意見お聞かせ願いたいと思います。(感想は……頂けると嬉しいですv)
 それでは、今回はどうもありがとうございました。また機会がありましたら、いつかどこかでお会いしましょ
う。