<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


犯人は誰だ?



■ オープニング

 港町エーリアの近海を不審船がをうろついているという噂があった。
 エーリアは夏のある時期だけに発生する霧がある。そのせいもあって不審船の正体が掴めないらしいのだ。
「特に被害があったわけじゃないんだろ?」
 冒険者の一人が話を聞いた後にルディアに尋ねた。
「被害があったから、こうして依頼書が届いたんですよ」
 ルディアが依頼書を冒険者の目の前に差し出した。
「――なになに、不審船の現われる深夜、エーリアの街で怪しい人影が目撃されている。また、酒場の食材が盗み出されたり、日常雑貨なども盗まれている。今のところ、金品は盗み出されていないが、犯人特定のため腕の立つ冒険者を募っている、か」
「簡単に言えば、不審船の調査と街の警備のお仕事です。誰か、頼める人はいませんか?」
 ルディアは酒場の冒険者たちに向かって問いかけた。



■ 港にて

 静寂に包まれた港町――エーリアに一人の男がいた。
「港の方へ足を運んで、不審船の調査を行なおうと思ってるんだけど――」
 海賊帽をかぶり直したキャプテン・ユーリは、町の警備を務めている一人の男に提案した。
「では港までご案内いたしましょう。町の警備の方は十分に人手が足りているようですし」
 エーリアは比較的大きな町ということもあり警備にも力を注いでいる。それでも争いごとが耐えないため、エーリアは信用のおける冒険者を募ることがよくあるのだ。
「へぇ、町にも薄っすらとだけど霧がかかっているんだねぇ」
 視界が悪いというほどではないが、港へ向かう通りには霧が窺えた。
「そうですね。非常に性質の悪い霧です。この時期だけですから、事情を知らない船舶がよく事故に遭うんですよ」
 男の話では、すでに今年だけで十数件の事故が確認されていると言う。それでは人手が足りないはずである。
「なるほどねぇ……そういえば、泥棒の件だけど、金品は盗まれていないという話だったけど本当かい?」
「はい、主に食料だけです。とても偶然とは思えません。不審船と関係があるというのは完全な憶測なんですが……不審船が発見された時期に町でも被害が出ましたので……」
 これはあまり自信がないようだった。推測の域を出ないというところだろう――ユーリはそう分析した。
「さてと……」
 ユーリは用意しておいた望遠鏡で夜の海を観察した。薄暗くて、霧もかかっており、あまりハッキリとは見渡せないが肉眼よりはマシであろう。
「なにか見えますか?」
「うーん、やっぱり海の方は視界が悪い――あれ?」
 そのとき、ユーリは怪しい影を発見した。同時に肩に乗せた相棒のちびドラゴン「たまきち」も唸り声を上げる。
 影はどうやら船舶の類のようだった。というよりも海の上を船以外の物体が彷徨っているわけがない。ユーリは目を凝らし、望遠鏡の度を調整しながら影を追いかけた。
「どうですか、なにか解かりますか?」
 警備兵が尋ねてきた。
「僕、船長をやっているから船に関しては詳しいつもりなんだけど……さすがにこう霧がかかっていると……」
「た、たいへんです!」
 突然だった。
 二人の下へ別の警備兵が慌しくも走ってきた。
「どうしたんだ?」
 ユーリと一緒にいた警備兵が訊く。
「泥棒を捕まえました! 今、詳しく事情を聞いているところです!」
「例のかい?」
「はい!」
 警備兵は敬礼した。
 不審船はもはや見えなくなっていた。



■ 捕らえられた男

「だから、俺はなにも知らないって!」
 捕らえられた男はまだ若い男のようだったが、髪も髭も無闇に長かった。まるで、漂流者のように。
「……ん? キミはもしかして海賊かい?」
 ユーリがそう尋ねると男は驚愕の表情を浮かべて、
「ど、どうしてそれを――あ、あんたまさか海賊ユリアンの――!」
「奇遇、同業者だねぇ。ところで、キミの腕の模様、見たことのないけど……この醜態を見るとあまり大層な海賊ではないようだね?」
「……なんだと?」
「まあまあ、落ち着いてください」
 警備兵の一人が仲裁に入る。ユーリと海賊の男は向き直り冷静に話し合うことにした(ユーリは最初から冷静だが)。
「……あんたの言うとおり、俺は海賊だ。乗組員、二十人の脆弱な海賊さ、これもあんたの言うとおりだな」
 男は名をライルと名乗った。話してみると案外、気のいい奴ではあった。多少、気の短いところはあるようだが。
「どうして、盗みを働いたんだい?」
 フェミニストのユーリは、だが女性ではない相手ではあるものの、やんわりとした口調で問いかけた。滞りなく話を進めるためだ。
「……霧のせいだよ。ここへ来る前に一騒動あってな……やっと戦線離脱して逃げてきたっていうのに、この濃い霧のせいで舵もまともに取れなくて、な。海岸付近の岩場にぶつかったんだ。金もなく、力もなく、あまつさえ皆一様に気力をなくしている。食料だって底が尽きた。ツテもなければコネもなければアテもない俺らにはこうして盗みに入るしかなかったんだよ……」
「それは、悲惨な話ですね……」
 警備兵の一人が同情を示す。どうやらライルたちは駆け出しの海賊らしかった。気のいい仲間を集めて海に飛び出したはいいが、そこにどれだけの障害と弊害が潜んでいるのか知る由もなかったと見える。ちなみにライルは船長だった。
 ユーリが霧の中で見かけた不審船は彼等のものだったのかもしれない。それならば、あまたの船に詳しいユーリに判断がつかなかったのも納得がいく。
「まあ、元気だしなよ。そういう話なら多少は大目に見てくれるかもしれないよねぇ。というわけだから、キミたちの船まで案内してもらえるかな?」
「……ああ、解かったよ」
 ライルは肩をすくめて感嘆の息を漏らした。



■ 船上にて

 小型のボートで海に飛び出したユーリとライル。
「波は穏やかだけど……これはさすがに視界が悪いねぇ」
「……いきなり、ガツン! だからな。まったくどうして霧なんて発生するんだよ?」
「僕に聞かれても困るな。でも……複数の気候条件が重なり合った結果なのは間違いないだろうねぇ」
 腕組みをしながらユーリがボートの上に平然と立っていた。ユーリにとって船の上とは地面となんら変わるところはない。
 そのうち肩に乗った、たまきちが「うー」と低い唸りを上げた。
「もしかして、あれかい?」
 ユーリが顎で示したその先には岩場が広がっており、そこには一隻の帆船が停泊していた。
「そうだ……。な、なんだよ、ボロい船だと思ってるのかよ?」
「違いないねぇ。だけど……うーん、違和感というか」
 ユーリは首をかしげた。
 船は見るからに規模の小さな帆船だった。乗組員二十名とはいえ、これでは窮屈ではないだろうかと思えるほどだった。違和感はそれだけではない。港で見た影とは少し違うように感じたのだ。
「みんな、食料を調達してきたぞ」
 ユーリの好意によりエーリアから運んできた食料をライルが船に積み込み始める。好意というか、乗組員に女性が数名いると聞いての判断だったりする。建前は同じ海賊の好という理由だ。
「大丈夫ですか? さあ、立ち上がってください」
 ユーリが女性クルーの肩に手をかけた。彼等は見るからに衰弱していた。ライルは船長ということもあり相当タフなようだ。
「ところで、これからどうするつもりだい?」
 ユーリは、クルーの満腹中枢が満たされたのを見計らって、ライルに尋ねた。
「……苦し紛れとはいえ、町の人間に迷惑をかけたのは事実だ。だから、しばらくは奉仕活動でもしようと思ってる。それが終わったら……出向……いや、みんなで一度、地元へ帰るよ」
「まさか、もう海賊を諦める気なのかい?」
 同じ海賊として黙っていられなかったのかユーリは詰問するように問いかけた。
「……諦めたわけじゃない。ただ、思慮が浅い……そう思ったんだよ。だから、いちから出直すために、初心に戻るためにも帰るんだ」
「なるほどねぇ……それは立派な心がけだよ。一人前の海賊になるためには、ただ粗暴であれば良いというわけじゃないからねぇ」
 ユーリが微笑みながら夜明けの光を手で遮った。
 霧はだいぶ晴れかけていたが、なおも残滓が漂っていた。
「……せ、船長!」
 そのとき、女性の呼び声が船首の方から聞こえてた。
 ユーリとライルは同時に振り返った。が、そこで「船長」という呼びかけがユーリに対するものではないことに気づく。ここではライルが船長だ。
「どうした?」
「そ、それが怪しい影が……おそらく船だと思うのですが」
 一味の見張り役である女性が自信なさげに説明する。
「まさか……」
 ユーリが船首へ向かって颯爽と走る。
 未だ見通せない霧中に巨大な影が横行していた。その影は夜中に港で見たものと同形だった。ユーリが抱いていた違和感はこれだったのだ。
「あの船のこと、何か知っているのか?」
 ライルが駆け寄ってくる。
「……ま、まさかあの船首象は――」
 朝日が差し込み、かすかに窺える船首象――人魚の形をした女神像。
「で、でかい」
 ライルがその巨大な船の影を唖然とした様子で見送った。
「あれは……一体?」
 見張りの女性がユーリに尋ねると、
「――しごく有名な幽霊船だよ。数百年前にこの界隈の頂点に立っていた海賊一味『マーメイド』のものと思われているけど……僕も見るのは、初めてだねぇ。不審船はてっきりキミたちの船だと思っていたけど、実はあれが彷徨っていたの、か――」
「……幽霊船か。やっぱ海ってのはワクワクするようなモノが山ほど徘徊しているんだな」
「やる気、出てきたかい?」
「ああ、もちろん……。ユーリさん、今度会うときは敵同士かもしれないけど、そのときは容赦しないぜ?」
「はははっ、そのセリフはこの惨状を見る限り、場違いなんじゃないのかな?」
「ふふ、違いないな」
 微笑するライルと共にユーリは遠ざかっていく幽霊船を見送った。



<終>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1893/キャプテン・ユーリ/男/24歳/海賊船長】

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■         ライター通信          ■
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『犯人は誰だ?』へご参加くださいましてありがとうごいます、担当ライターの周防ツカサです。
お一人様のご参加でしたので、やや強引な展開になってしまったかもしれません。
不審船との絡みが多少希薄とは思いますが、楽しんでいただければ幸いです。

ご意見、ご要望などがございましたら、どしどしお寄せください。
それでは、またの機会にお会い致しましょう。

Writer name:Tsukasa suo
Personal room:http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=0141