<PCクエストノベル(1人)>


ヴォーの少年少女

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【冒険者一覧】

*整理番号/名前/クラス
*1771/習志野茉莉/侍


【その他登場人物】

*ギータ
*エガ
*リファ
*集落の長
*集落の若者

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 わあっという歓声が聞こえ、習志野茉莉(ならしの・まり)は驚いて足を止めた。
 底無しで有名のヴォー沼。午前中から沼の周囲を探索していたが、これといって新しい発見は特にない。いつものように、沼を探索する冒険者たちの姿を見るだけだ。茉莉はそんな彼らに声を掛ける事もなく、また声を掛けられる事もなく、ただ遠目から眺めていた。
 この辺りには地元民がいるはずだが、冒険者特需のせいなのか、その姿を見かけない。
茉莉:「これではここまで来た意味がまるでないな……」
 ため息をつき、独りごちる。
 もう少し奥の方まで行ってみようかなと考えていた時に、歓声は聞こえて来た。
 なんだと思い声のした方を見てみれば、数人の若い男たちが巨大イノシシを囲んで騒いでいるのが目に入る。一瞬冒険者かと思ったが、服装は冒険者のそれとは明らかに違う。
茉莉:「あれが、この辺りの地元民か」
 確認した後の茉莉の行動は早かった。イノシシを担ぎ足早にその場を去ろうとする男たちに近づき、声を掛ける。
茉莉:「君たちが、この辺りに住む地元民か?」
 男たちは飛び上がって驚き、ぽかんとした表情で茉莉を見つめる。数人分の視線を一気に浴びることとなった茉莉は、居心地悪そうに肩をすくめた。そこで、自分がまだ名乗っていなかったことに気づく。
茉莉:「──失礼。私の名前は習志野茉莉と言う。この辺りに住む民がいると聞いて来たのだが……」
 口に出した後で、ひょっとしたら使っている言葉が違うのかもしれない、などと考える。だが、そういうわけではなさそうだった。ただ、茉莉の出現に動揺している。
 さてどうしたものかと思案していると。

「遅かったな」

 別方向から声が聞こえ、茉莉はそちらを振り向いた。イノシシを担いだままの男たちは、飛び上がって驚く。いつの間にか、そこには初老の男が立っていた。
若者:「お、長……」
 長と呼ばれた初老の男は、男たちが担いでいるイノシシの大きさに驚いたようだったが、茉莉の姿を見つけて訝しげな顔をする。
長:「……誰だ」
茉莉:「これは失礼を。私は習志野茉莉。この辺りで生活する民がいると聞いて来てみたところ、こちらの若者を見つけてな。話を聞こうと思ったんだが……」
長:「冒険者か?」
 警戒心を多分に含んだ物言いに、思わず茉莉は苦笑した。
茉莉:「いや、そういうわけじゃない」
 長はまだ怪訝な表情をしていたが、男たちに声を掛けてその場を立ち去ろうとする。その背中に、茉莉は声を掛けた。
茉莉:「ついていっても構わないか?」
 長は再び茉莉を見やり、鋭い視線を投げつける。
茉莉:「君たちに危害を加えるつもりはないし、邪魔になるようなことは絶対にしない。約束する。私はただ、君たちの暮らしに興味があるんだ」
 茉莉の熱心な物言いに、彼らはまだ訝しげな表情をしていたが、やがて諦めたように息を吐いて歩き出す。それを肯定と受け取って、茉莉も彼らのあとについて歩き出した。



 彼らが生活している集落は、こぢんまりとしたものだった。
 帰って来た長たちを取り囲むように、人が集まってくる。なかでも茉莉の存在に驚いたらしい。皆一様に珍しいものを見るような目つきで茉莉を見る。茉莉が歩けば、その後をぞろぞろと着いていく。
 そうして集落の中を歩き回っていると、機械類が一切ないことに気づく。すべての作業は手で行われているのだ。家畜の世話をする者、籠を編む者、さっき獲って来たばかりのイノシシをかっ捌いている者もいる。
 茅葺き屋根の家の前で畑を耕す少女を見つけ、茉莉は声を掛けた。
茉莉:「こんにちは」
 声を掛けられて少女は驚いた様子だったが、小声ながらも「こんにちは」と言葉を返す。
茉莉:「これは何の畑かな?」
 恥ずかしがり屋なのか、ややうつむき加減に小声で、少女は答える。
少女:「……お野菜。にんじんとか、たまねぎとか、いろいろ。あと、ちょっとだけお花も」
茉莉:「それは、外に売ったりするのか?」
 この問い掛けに、少女は首を横に振る。
少女:「ううん、違うよ。これは、ここで食べる分」
 あまり人と話すことに慣れていないのか、それとも茉莉が外部の人間だからなのか、それが幸いしてか少女の言葉は簡潔でわかりやすい。
茉莉:「畑を一人で……大変だな」
少女:「でも、うちはずっとこんな感じだから」
 そう言って、少女は笑う。笑うと、片方にえくぼが出来た。茉莉はそれ以上、訊かなかった。

「おい、持って来たぞ」

 愛想の欠片もない声が聞こえて、茉莉と少女は同時にそちらを振り向いた。
 少女とそう年齢の変わらないであろう少年が、片手に漁猟用の網、もう片方に切った木材を担いで、仁王立ちのようにして立っていた。
少女:「あ、ありがとう」
少年:「いつもの場所でいいよな?」
 口調こそ問い掛けているが、少年は少女の言葉を待つことなく担いだ木材を家の横に乱暴に置くと、今度は茉莉の方を敵意の籠ったような眼差しで睨み付ける。
少年:「おまえがマリか?」
茉莉:「そうだが、君は?」
 答えようとしない少年に、ため息をつきながら茉莉は言う。
茉莉:「いきなり人に名前を訊くのは失礼だな。まずは自分から名乗るべきだ」
 少年はむっとしたような表情になったが、ややあって「ギータ」と小さく答える。
少女:「……漁に行くの?」
 見兼ねて問い掛けた少女に、少年は短く頷く。漁、と聞いて浮かんだ疑問を茉莉は口にした。
茉莉:「漁って、あの沼に?」
ギータ:「他にどこがあるってんだ」
 ぶっきらぼうなギータの言葉に、それもそうかと納得する。
茉莉:「ついていっても構わないか?」
 その言葉にギータも少女も驚いた様子だったが、しばらくして「勝手にしろ」とギータが呟いく。その言葉に、茉莉は満足そうに頷いた。
茉莉:「そうか。なら、勝手についていくことにしよう」



ギータ:「おまえ、あいつに何かしてないだろうな」
 沼に行く道中で、茉莉はギータに尋ねられた。
茉莉:「ただ話をしていただけだが?」
ギータ:「……なら、別にいい」
 ぶっきらぼうにそう言って──それが彼の癖らしかった──、ギータはどんどん先へ進む。
 漁へは、茉莉とギータの他にギータの弟であるエガも同行していた。そのエガが、茉莉の服の裾を引っ張って言う。
エガ:「兄ちゃん、リファのことが心配なんだよ」
茉莉:「リファってさっきの女の子のことか?」
エガ:「うん。だって兄ちゃんね……」
ギータ:「エガ! 余計なことしゃべんな!」
 前方で怒鳴られて、エガは口をつぐんだ。
エガ:「……怒られちゃった」
 ぺろっと舌を出すエガに、茉莉は思わずくすりと笑った。それであの少年は自分に対して敵意をむき出しにしていたのかと、納得した。

 そうこうしている間に、沼にたどり着く。ギータとエガは協力して網を広げ、沼に投げ入れる。沼のほとりに二カ所楔を打ち込んでそれぞれに網の両端を括りつけると、作業は終わりである。あとはただ、時間が過ぎるのを待つばかり。
茉莉:「こんな所に魚がいるとは思えないんだけどな……」
エガ:「でもちゃんと獲れるよ。小さい魚がたくさん」
 兄と違って、弟は茉莉になついている様子だった。だから、茉莉の疑問に答えるのはエガの方である。
茉莉:「それも自分たちで食べる分?」
エガ:「ほとんどそうかな。たくさん獲れるっていっても、ぼくたちが食べるくらいしかないし」
茉莉:「外へは売りに行かないのか?」
エガ:「さあ? 時々はあるのかもしれないけど……そういうのって、全部長の仕事だから」
茉莉:「外へは出て行かないのか?」
エガ:「ほとんど出ないよ。集落の周辺で、全部まかなえるから」
茉莉:「だが、外の情報が入ってこないから不便だろう」
エガ:「そうかなあ……。あんまりそう思ったことってないや」
 それに、と彼は言葉を続ける。
エガ:「お姉さんみたいな変な人が、時々やって来たりするから」
 この言葉には面食らった。心外だという面持ちで、茉莉は問う。
茉莉:「私は変な人なのか?」
エガ:「そりゃあもう。宝探し目的以外でこんなところに来る人なんて、運悪く迷い込んじゃった人か、この辺りを荒そうとする人か、そうじゃなきゃ物好きな変な人か」
 思わず茉莉は失笑した。
ギータ:「そろそろ引き上げるぞ」
 そこに、今まで黙っていたギータが声が掛かる。エガは慌てて立ち上がり、茉莉も立ち上がってその様子を眺めることにする。
 楔に括りつけていた網をほどくと、どんどん網を手繰り寄せていく。ギータの側でその様子を眺めていた茉莉は、ふと言葉を漏らした。
茉莉:「君は、あの少女のことが好きなのか?」
ギータ:「……!」
茉莉:「おっと」
 思わず網を手放したギータに代わって、茉莉は網を掴む。ギータの顔が赤くなっているのを見ると、どうやら図星のようだった。
茉莉:「リファといったか。あの子はいいな。笑うとえくぼが出来る」
ギータ:「ばっ……馬鹿言うなっ!」
 立ち上がり茉莉の頭上からそう怒鳴り、獲った魚を乱暴に掻き集めて、さっさとその場を立ち去ってしまう。
エガ:「お姉さん、度胸あるね」
茉莉:「そうかな?」
エガ:「そうだよ」
 おかしそうに笑うエガに、茉莉も笑い返した。
エガ:「お姉さん、獲ったお魚食べて行くでしょ?」
茉莉:「それはとても嬉しいが、構わないのか?」
 集落の人々のことを懸念する茉莉に、エガは笑った。
エガ:「大丈夫。長はあんな感じだけど、人が来ることって珍しいから、みんな珍しいし嬉しいんだ。みんな張り切って料理を作ってくれていると思うし。それにね」
 一旦呼吸し、エガは言葉を続けた。
エガ:「リファの料理を食べなかったら、絶対に後悔する」
茉莉:「それは是非ともいただかないとな」
 言い切られ、茉莉は失笑した。


 その夜──
 エガの言葉通り集落では宴が開かれ、茉莉は地元の料理を心行くまで堪能した。




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*ライター通信

初めまして。松山ひみとと申します。
この度はご注文有難う御座いました。
少しでも茉莉さんの個性が出ていたらと思います。
気に入って頂ければ幸いです。
それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ。
どうも有難う御座いました。

松山ひみと 拝