<PCクエストノベル(1人)>


『フィルケリアを恋うる唄』

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1771/習志野茉莉 (ならしの・まり)/侍】

【助力探求者】
【カレン・ヴイオルド/吟遊詩人】

【その他登場人物】
【盗賊団(アセシナート軍の残党?)】

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 エルザードから、あとわずかで村に着くというあたり。習志野茉莉(ならしの・まり)が足を停めた。
 丘からは、村の枯れた果樹園が見下ろせた。同行者のカレン・ヴイオルドは、茉莉が感傷で立ち止まったのかと思った。途中で折れた短い幹たちは、断片を露にしながら空を刺している。枯れた枝たちは色を失い、靄がかかったように霞む。茉莉がフィルケリア・アプルの果実酒を愛したことを知っていた。だから、あの樹々たちに同情の目を向けたのかと思ったのだ。だが、そうではなかった。
茉莉:「馬車の轍だ」
 茉莉は、足元の土の歪みを見逃さなかった。そう言われると、蹄の跡も見えて来る。馬車がフィルケリア村に向かったらしい。
カレン:「流浪しているという、フィルケリアの村人が戻って来ているのか?」
 これはいい機会だ。
茉莉は、フィルケリアの民が残した秘宝を欲していた。秘宝の隠し場所は、村人だけがわかる『何か』で記されているのだそうだ。村人達は、戦禍で荒れた土地を捨て、このあたりを流浪しながら生活している。普段は、なかなか彼らを見つけ出す術は無いのだが。
 彼らの数人でも戻っていれば、何か情報が得られるかもしれない。
 そうだ、情報。情報さえあれば。むやみに穴を掘る必要も無くなる。
カレン:『私は吟遊詩人だぞ?なぜスコップなど背負わなければならない?』
 カレンの細く長い指は、いつもの竪琴の代わりに、穴掘りの道具を握らされていた。茉莉は茉莉で、携帯ランタンやロープなどの荷物があるのだが、スコップを握る方が見栄えが悪いのは歴然としている。だいたい、スコップを持参するということは、むこうで地面を掘っての宝探しでもさせられるのだろうか?
茉莉:「いや待て、カレン君。村は伽藍堂だ。村人は、家にも何も残して来ていないように見えた。わざわざ戻って来るとしたら、何か秘密めいたことの為かもしれない。我々が真正面から乗り込んでも、警戒させるだけで、何か答えてくれるものでもないだろう。
 私は、それより、また盗賊団である危険を捨て切れない」
 茉莉は唇を噛んだ。前回、痛い思いをさせられた悔しさが蘇ったのだ。
カレン:「では、どうする?どこかで様子を窺い、馬車の主達が去ったら探索するか?」
茉莉:「・・・村の東に森がある。そこに、墓地へと続く地下通路の入り口がある。盗賊たちにまだ知られていなければ、そこからこっそり村に入れる。
 その通路の中から様子を窺った方が、明確に事がわかるだろう。この轍をつけたのが何者なのか、そして村へ来た目的は何なのか・・・」
 カレンは尊敬と羨望で瞳を細めた。小柄でりりしいこの女侍は、その外見同様、きりりと締まった思考と行動を実践する一流の探索者だった。黒い短い髪と黒い涼やかな瞳は、茉莉を華奢に見せはしたが、知的で研ぎ澄まされた女だと知らせるのにも十分だった。

 森の中に、唐突に枝で十字を作った墓がある。茉莉は先に携帯ランタンに灯を灯すと、十字の前の敷石を持ち上げた。
カレン:「これが、隠し通路の入り口か」
茉莉:「辺りに不審な靴跡も無いし、大丈夫だろう。入るぞ」
 茉莉の後に続いてカレンも飛び込む。
 ガシッ!
カレン「え?」
 片手に握ったスコップが、入り口で引っかかった。カレンの体は宙に浮き、体全部の重さを支える腕の痛みに、足をばたつかせる。
「・・・手を離したらどうだ?」茉莉がにこりともせずに言い放つ。
 カレンも『あ』っと気づいて指を開く。カレンは赤面した。トンと着地してから、縦にしてシャベルを引っ張り込む。そして赤面の次は、憤然とした表情に変わった。
カレン:『私に、こんなものを持たせるからだ!私は、竪琴よりかさばるモノは持たない主義なのに!』

 中は、少し前かがみになれば立って歩けるほどの大きな空洞だった。天井は果樹園のフィルケリア・アプルの根が支える。茉莉がランタンを掲げて先に立って進んだ。カレンは茉莉の少し後ろから、シャベルが通路に引っかからないように気をつけながら付いて行った。
カレン:「立派なものだな。まるで地下洞窟だ。」
茉莉:「しかも短期間に、よくここまでの穴をと思う。フィルケリアの村人達は勤勉だ」
カレン:「なぜ短期間だと思う?」
茉莉:「ここは、果樹園が枯れてから掘り始めたはずだ。収入の目玉であるフィルケリア・アプルだぞ?地下を掘れば、栄養を吸い上げる土が無くなる。枯れてしまうじゃないか。
 先に樹木が枯れたからこそ、見切りをつけてここを掘ったのだろう」
カレン:「確かに・・・。戦争のとばっちりを受けてから村人が去るまで、そう長い期間では無かったと聞いているし。モグラ並みの村民だ」
茉莉:「しっ」
 茉莉は静寂を求めた。カレンも耳を澄ます。カレンは、他人より耳には自信があった。
足音、それも複数の。
 堅い皮製のブーツと、地下足袋のような軽い履物の、二人組の足音だった。小柄な者で無いのは、重い音と歩幅の広さで知れる。
 二人の足音が遠ざかってから、カレンはその旨を茉莉に告げた。
茉莉:「村のキャラバンの一行なら、皆が似た靴を履いているだろう。村人では無いな。足袋と言うのが・・・前回会った棍使いを思い出させる。嫌な感じだ」
 カレンが『戻って来たぞ』と指を唇に当てた。
男1:「まったく、お頭は人使いが荒い」
男2:「おいらたちには教えてくれねえが、ここには何かあるって確証を握ってんだろ。じゃなきゃ、三日おきに順番で偵察なんて命令、下すわけがねえ」
 偵察。ということは、短時間ここで我慢すれば、彼らはすぐに去るだろう。
茉莉がランタンを消した。黙ってしゃがんで待つのに、灯は必要無かった。
 二人なら、茉莉が闘って勝てないことは無い。しかし、今日は必要ない。姿を現して、フィルケリア村に茉莉が注目していることを知られる方がまずかった。

 息苦しい時間が流れた。たまにため息が洩れる。コキリとどちらかの関節が鳴った。それとも、姿勢を変える時に、下に居た枝が折れた音かもしれない。
カレン:「行ったようだ。馬車が遠ざかる音がする」
 やっとカレンが口を開いた。
茉莉:「開けるぞ」
 茉莉が敷石を上げると、いきなり陽が目を眩ませた。

 カレンが茉莉に続き地面に這い上がると、そこは墓地の入り口だった。兵士のものなのか村人のものなのかも判然としない、枝を紐で十字に括っただけの粗末な墓たちだ。だが、十字の下には屍があるはずで、この数の穴を掘ったのかと思うと、カレンは茫然とせざるを得ない。
 そして、その横の大きな池のような穴。村人がここを去るまでに、墓を掘り切れなかった屍たちが渾然と放り込まれている。この大穴も彼らが掘ったもののようだ。
カレン:「フィルケリアの者には、『掘る者たち』という称号を与えたいくらいだな。スコップを握らせたら、右に出る村は無いだろう。
 あの唄の歌詞も、そんな気質があってこそ、か」
 さっきは『もぐら並み』などと言ってしまったが。この景色を見て、カレンの胸は悔いで痛んだ。決して、楽しくシャベルで砂遊びしていたわけではないのだ。
「唄?」と、茉莉が聞き返す。
カレン:「“フィルケリアを恋うる唄”だよ。この村出身の若者が、遠い国でフィルケリアを思って歌うワークソングだ。
 そうか、異国での方が歌われているのだろうな。エルザードのような、フィルケリアの近くに住む者が思い入れするような唄ではないからな」
 
 オレは今 村を離れ 鎖に繋がれた
 遠い空の下 穴を掘り続ける

 カレンは、小声で1フレーズを口ずさんだ。朗々と歌わなかったのは、風に乗って馬車の奴らに聞こえる気遣いがあったからだ。
茉莉:「穴を掘り続ける、か。彼らが掘ることには、宗教的な意味さえありそうだ」
 言葉にしてから、茉莉の黒い瞳が鋭く光った。細い眉をしかめ、顎に手を当てて何か考え込んだ。
茉莉:「すまんがカレン君。その唄を全部聞かせてくれないか?」
 カレンはそう言われると察しがついていたので、「了解」と微笑む。

 オレは今 村を離れ 鎖に繋がれた
 遠い空の下 穴を掘り続ける
 シャベルを握る 指が痛むよ
 母さん 父さん アプルの花は 今年も咲いたかい
 恋人よ 友よ アプルの酒は 今年も美味いかい

 耕すなら フィルケリアの土がいい
 夢と愛と宝 畑(はた)に埋めて育てよう
 刀を握る 指が痛むよ
 母さん 父さん アプルの種は 今年も撒いたかい
 恋人よ 友よ アプルの酒は 今年も酔わすかい

茉莉:「・・・。畑(はた)。墓。気になるな。刀というのも、『殺人』・・・『死』を意味するのか?」
 茉莉は、刀を鞘から抜かずに手に取った。そして、鞘の底の部分で、一番手前の十字架の辺りをトントンと叩いた。首をかしげ、隣の十字架に移動する。また、鞘の背で地面を叩く。
茉莉「どうだ?きみは、耳がいいと思うが」
カレン「2個目は、下が空洞みたいな音だよ」
茉莉「私もそう思う。ちょっと掘ってみてくれ」
カレン「え?・・・えーっ?!」
 カレンが悲鳴のような抗議のような声を挙げた時には、茉莉はもう他の十字架の前に立ち、地面を鞘で叩いていた。
カレン『だからっ!私はこういうのは向いて無いのだってば!』
 仕方なく、シャベルの切っ先を土に突っ込む。それをブーツの裏で蹴り、腰を入れて掬う。
カレン『いたたた・・・。掌が痛いっ』
 五、六度強く柄を握って掘っただけで、カレンの柔らかな掌は赤く腫れた。
茉莉「なんだ、まだ開かないのか?・・・覇っ!」
 茉莉が鞘で地面を突く。ぼこりと空洞があき、パラパラと土が下に落ちた。大人の頭ひとつ入るほどの穴があいた。
カレン:「墓荒らしは感心しないぞ」
 道義から言ったわけではない。これ以上掘りたくなかっただけだ。
茉莉:「本当に墓ならば、な」
カレン:「え?」
 茉莉はランタンに再び灯を付けると、それを握って肘まで中に降ろした。にこりともせずに中を覗き込む。そして、カレンへと振り返った。
茉莉:「カレン君、見てみたまえ」
 カレンは、言われるがままに、穴を覗き込む。
カレン:「これは・・・彫像?」
 穴には、骸骨も屍も無かった。そう高価でもなさそうな小さな女神の像と、種を入れたらしい布袋が見えた。
茉莉:「ここの村人は、墓を金庫代わりにしていたのじゃないか?」
カレン:「あ・・・」
 土、穴、掘ることへの信仰。『大切なモノは掘って埋める』。辻褄は合う。
カレン「この墓のどこかに秘宝か、秘宝のヒントがあるのか?」
茉莉:「わからん。今見つけたのは、庶民の個人レベルの宝物だ。流浪するのに不必要だが処分するに忍びなかった、程度のものだろう。
 ここに秘宝の秘密を隠すには、あまりに無防備な気がする。こんな簡単に破られ、中を見られる金庫では、隠すのは危険だと思うぞ」
カレン:「では、もっと大がかりで、安易には掘り返せないような・・・」
 二人は、見るとは無しに、墓地の隣の干からびた池のような穴に視線を移動した。まばらに掛けられた土の隙間から、黄ばんだ白骨の群れが覗いている。
茉莉:「どちらにしても、私らだけで掘り返すのは無理だ。しかも、作業中にさっきの盗賊団が襲って来ないとも限らん。
 パーティーを組んで、出直しだな」
 茉莉が『掘ってみよう』と言い出さなくてよかった。カレンは胸を撫で降ろす。
カレン:「茉莉さんは、なぜ、ここまでフィルケリアの秘宝にこだわるのか?それとも、村の弔いなのか?」
茉莉:「弔い・・・そうだな。果実酒を悼んで、ってことにしておいてくれ」
カレン:「フィルケリア・アプルも美しい花だったが。花ではなくて、酒か。茉莉さんらしい」
 苦笑なのか、照れ笑いなのか。茉莉は初めて、厳しい表情を崩した。微笑むと、大人の女の柔らかい笑顔になる。
 夕暮れが近づいていた。大気にさらされた骨たちが、誰にはばかることなく夕陽を浴びていた。苦しみの死を経たのが嘘のように、全てがはがれ落ち、朱に染まる姿は美しくさえあった。
 日々、鍬やシャベルを握り、土を堀り土を運び。土と共にあった農民たち。少し柄を握っただけで、カレンの指はこんなに痛むのに。
 来る日も来る日も。彼らは掘り続けた。それは祈りだったのか。呪詛だったのか。

 あの唄の囚人。彼は、刑期を終えて、この村に帰ることができたのだろうか。

茉莉:「また来る、近いうちに」
 骨たちに言ったのか、折れたアプルの樹たちに告げたのか。茉莉が、口の両端を上げて微笑みながら呟いた。
 骨は頷いただろうか。枯れ枝はどうだったろうか。

<END>