<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
鈴音遊戯
------<オープニング>--------------------------------------
「音がね、聞こえるんだそうです」
鈴の鳴るような音とガラスが鳴るような音が、とジークフリートはエスメラルダに告げる。
「何かおかしな点でも?」
鈴の音なんてあちこちから聞こえて来るじゃないか、とエスメラルダは言う。
確かに祭りの多い時期になってきたため、鈴の音等は最近街中に溢れていた。
「街中では普通ですけど、どうも洞窟内から聞こえてくるらしいんですよ。不思議に思って中に入って探してみても誰一人としてその中には居ない。だけど、音だけが響いているそうなんです。隠れる場所もどうやら無いようですよ」
カラン、とジークフリートの手にしたグラスの中で氷が鳴る。
すると目の前にいたバーテンがそれを指さして言った。
「それと同じ原理だったりしませんか?洞窟内にある湖の中に何かが崩れたとか……あ、でもそれじゃ駄目ですね」
薄い壁とかでないと反響しませんよね、とバーテンはバツが悪そうに笑う。
「そうねぇ、水に落ちただけじゃ、どぼんっ、て感じだろうしね」
「そうですねぇ。それと、ただ音が聞こえるだけだったら良いんですけどね、最近なんかおかしな事になってるらしくて。その洞窟付近で行方不明者が結構出てるらしいんです。それも子供の」
「ジーク……そんな呑気に話してる内容じゃないと思うけどねぇ」
はぁ、とこういう時だけマイペースなジークフリートに呆れた様子を見せるエスメラルダ。
「子供の親は心配で仕方ないだろう。さっさと解決してやろうじゃないか」
エスメラルダの言葉にジークフリートとバーテンは頷いた。
------<水琴窟?>--------------------------------------
此処は人々の多くの思いが絡まり合い混沌としている、と鬼灯は回りをゆっくりと観察しながら思う。
情報収集するにはとても便利な場所だったが、それと同時に自分が人では無いということを見せつけられる場でもあった。
人は時と共に老い、そして見た目も精神年齢も上がっていく。
しかし、鬼灯は何年歳を経ても変わることはない。
それは鬼灯にかせられた業のようなもの。
『変化』というものが時に羨ましくなる。
人が変わらないものを求めるのは変わるということがあるからだ、と思う。
もしもずっと不変であれば、そんなことを思いもしないのだろう。
人は欲張りだ、そしてかつて人間であった自分も、と鬼灯はそんなことをふと思い俯いた。
此処にいる人々は人として輝きすぎている。
なんだかそれがとても眩しかった。
そんな鬼灯にエスメラルダの声が聞こえてくる。
「誰か消えてしまった子供達を探しに行ってくれる人はいないかしらね」
その後もその詳細が語られる。
子供達は何かに導かれて洞窟で消えてしまったのではないかと。
音の聞こえる洞窟。
洞窟ではないがそのようなものを鬼灯は知っていた。
不思議な透明な音色。
庭で聞いたことのある音。
鬼灯はエスメラルダの元へと歩き出し、声をかける。
「久方ぶりにこちらに参りましたら、不思議な音ですか」
「あら、いらっしゃい」
にっこりと微笑んだエスメラルダは自分の隣を開け鬼灯を呼ぶ。
促されるままに鬼灯はエスメラルダの隣に座りその話に混ざった。
「子供達が消えちゃったなんて大変なことなのに、まったりしてる何処かの誰かさんはいるしで気になってねぇ」
ちらり、とエスメラルダはジークフリートを見つめ大きな溜息を吐く。
「…状況とわたくしの浅学から推測するに水琴窟でしょうか」
「水琴窟?」
エスメラルダは聞いたことが無かったのか首を傾げる。
「えぇ、水琴窟と申しますのはわたくしのいた世界で庭に作られていたものでした。穴を掘り小さな穴を開けた甕を逆さに地中に埋めます。そして水の溜まった処に甕に空いた小さな穴から滴が落ちると、甕にその音が反響して澄んだ音を響かせるのです」
「へぇ、そんなものがあるのかい」
おもしろいねぇ、とエスメラルダは感心したように呟く。
「ですから、そのようなものが天然に出来ているのではないかと思うのですけれど」
「それじゃ、捜索お願い出来るかね。そこののほほんとした吟遊詩人連行して貰って構わないから。子供達の相手には丁度良いかもしれないよ」
にやりと微笑んだエスメラルダにビックリした顔のジークフリート。まさか自分にもその役目が回ってくるとは思っていなかったようだ。
「わたくしと致しましても、わたくしだけですと手落ちがあると思われますので、ある程度の自衛が可能な方が一緒に来てくださると助かるのですが」
その言葉にジークフリートは笑みを浮かべて頷く。
「わかりました。ボクで助けになるかは分かりませんけど、ご一緒します」
「ありがとうございます」
ぺこり、と頭を下げられジークフリートも慌てて礼をした。
「とりあえず洞窟まで行ってみましょう」
ジークフリートの案内で鬼灯は洞窟へと向かうことにした。
------<音の在処>--------------------------------------
「こちらがその洞窟らしいんですけど……」
ジークフリートの案内で問題の洞窟へとたどり着く。
暫く耳を澄ましていると微かにだが澄んだ音が響いた。
「今の音……ですかね」
「似ているかもしれません。水琴窟の音に……」
微妙なところですが、と鬼灯は中へと歩き出す。
灯明はそれを持つ鬼灯の顔を照らし出し、闇に浮かび上がらせる。
白い陶器のような肌がきらりと光った。
同じようにジークフリートも灯明を手にゆっくりと進んでいく。
高さは男性でも一人で余裕で通れそうな位で、長身のジークフリートでも余裕で歩いていくことが出来る。
かなり広い洞窟だったが、横道などはなくただぐるぐると一本の道が続いていく。
道の脇に地底湖がいくつか存在しており、その湖が目に入る度に、鬼灯は歩みを止め耳を澄ました。
しかし、澄んだ音色はもっと奥の方から響いているようだった。
灯明で照らされているとはいえかなり薄暗い。
こんな奥にまで子供達が入り込むだろうか、そんなことを鬼灯は思う。
しかし、気になることがあったらそれを確かめてみたい。
そんな気持ちは分からないわけでもなかった。
興味本位で小さな灯りで洞窟の中に入っていっても不思議ではない。
「音はもっと奥ですね」
鬼灯はずんずんと中へと入っていく。
自然に出来た洞窟内にはトラップなどもなく、ただ静かに侵入者である鬼灯とジークフリートを迎えていた。
鬼灯は音源探査を試みようとしたが、常に何かのざわめく音が響き音を特定することはできない。雑音がかなり入ってしまうのだ。
そして温度感知も試してみるが、やはり広すぎて余り役には立たなさそうだった。
近くに行けばなんとか分かるのだろうが、場所の特定の出来ない今は無理だ。
まずは一番奥に行き、それから戻ってくるような形で捜索を行った方がいいだろう。
そして二人は最奥までやってきた。
目の前には大きな湖が広がっている。
地底湖としてはかなり広さを持っているのではないのだろうか。
透明度の高すぎるそこには生命の姿は感じられない。
綺麗すぎて魚すら住めない透明な水。
少し上の方から眺めてみるが、特におかしな処はない。
鬼灯もジークフリートの隣に立ち、その地底湖の広がる最下層を眺めていた。
ふと何か違和感を感じ、鬼灯は首を傾げる。
「何処か……」
何かが不自然だった。
水の流れ…途中で無理矢理ねじ曲がっているような……。水の流れが途中で二つに分かれているのだ。
その片方の先を見てみれば子供が隠れることの出来そうな穴が一つ空いているではないか。
そこで鬼灯は温度感知を行ってみる。
場所を今見えている範囲とし、意識を集中させる。
そして鬼灯は数名の生命反応を確認した。
「こちらのようですね」
見ただけではそこは穴とは分からないような感じだった。
大人達が捜索に来て見落としても当たり前といった感じだ。
「ジークフリート様、あちらに……」
えーっと、とジークフリートは場所を確認し、その道筋を覚える。
あちこち僅かな水の流れがあるため、鬼灯を抱き上げジークフリートはその場所へと急いだ。
穴の中にちょろちょろと流れてきた水が大きな雫となり滴り落ちる。
するとそこから音が響いた。
入口付近まで微かに聞こえてきている音。
ジークフリートはその穴に向かって声を上げる。
「誰かいますかー?」
その声はこだまとなってジークフリートの元へと戻ってくる。
しかし、それとは別に泣き声が聞こえてきた。
「助けてー。登れないよう……」
数人の子供の声が聞こえる。ばしゃばしゃと音を頼りに近づいてきたようだ。
鬼灯とジークフリートは互いに顔を見合わせた。
そして鬼灯の持参したロープを中へと垂らしてやる。
「これに捕まって登ってください」
鬼灯の指示で子供達は動き出したようだが上手くロープを登れないようだ。
下までかなりあるようだ。
「えっと、ボクちょっと下に降りてみますね。ボクが下から子供を持ち上げますので、鬼灯さんは手を引いてあげて下さい」
そう言ってジークフリートは穴と自分を見比べてその穴に入れるようだと再確認すると迷わずその穴の中に飛び込んだ。
鬼灯が声をかける暇もない。
「はいはい、大丈夫だからね。お腹空いた?家に帰ったらいくらでも食べれるからもう少し我慢してね」
上手いこと子供達を宥めながらジークフリートは一人、また一人と子供達を上にいる鬼灯へと手渡す。
穴はかなり深く下には水が溜まっていた。
どの位の年月をかけてこの空洞が出来上がったのだろう。
それは不思議な感じがした。
「もう大丈夫です。さぁ、もう少し力を入れて……」
ぐっ、と一人子供を引き上げては鬼灯は次の子供を引き上げる。
引き上げられた子供達は、上に上がれた喜びにまた声をあげて泣いていた。
しかし鬼灯はそちらに構う暇はなく、泣き続ける声だけが響いている。
「この子で最後です」
「はい」
最後の一人を抱え上げ、鬼灯はほっと溜息を吐く。
どうやら推理は間違ってはいなかったようだ。
ジークフリートは自力で穴から這い上がってきて、子供達に笑顔を振りまく。
「大丈夫。よく頑張ったね」
「本当に」
鬼灯は頷いて子供達を眺める。
衰弱しているようだったが、危険な状態にある子供はいないようだった。
「でもどうしてこんな処に……?」
鬼灯は首を傾げる。
すると子供達は口々に話をし始めた。
「だって、すっごい綺麗な音がしたから誰かが何か弾いてるのかと思って」
「そうそう。気になって皆で探検してやろうって。で、奥まで来たらたいまつ消えちゃって……でも此処まで来たんだから音の在処を探そうって話になって……手探りで歩いていったらいつの間にか落ちてたんだ」
「ぼっちゃん、と落ちたんだけど下は水だったから平気だったんだよねー」
で、ずっとここで泣いてた訳だ、とジークフリートは子供達を、めっ、と睨む。
「気になる気持ちも分かりますけど。暗くて何があるか分からないんですから駄目ですよ」
「そういう時は、もう一度出直す、という方法もあるからそうした方がよいでしょうね」
鬼灯もそう言って、隣でくすんくすんと泣いている少女の頭を躊躇いがちにそっと撫でる。
すると少女は鬼灯に縋り付いて声をあげて泣き始めた。
よっぽど心細かったのだろう。
「それじゃ、そろそろ帰りましょうか。こちらのことは……」
「近くの村に伝えて、そして落ちないようにして貰えば大丈夫じゃないかと思いますが」
この音は残しておきたいです、と鬼灯は言う。
その言葉にジークフリートも頷いた。
「そうですね。せっかくこんな綺麗な音を響かせているんですから」
壊しちゃったら勿体ないですしね、とジークフリートは鬼灯に微笑みかけ、回りにまとわりつく子供達を促して外へと向かう。
鬼灯もしっかりと少女に掴まれてしまった手を軽く握り替えして、出口に向かって歩き出した。
------<洞窟の外で>--------------------------------------
全員で洞窟の中から出てみると、外はもう夜が明けて明るい太陽が地上を照らしていた。
「わっ!眩しいっ!」
「お日様の光、何日ぶりだっけ?」
水に浸かって何日も過ごしていた子供達はその太陽の暖かさに目を細める。
「そういえば皆ご飯はどうしていたんですか?」
ジークフリートの素朴な疑問に、子供達はニッコリと微笑む。
「だって、冒険しに行くんだから食料は必要だろ?」
えへへー、と子供達はあちこちからお菓子などを取りだし鬼灯とジークフリートに見せる。
「しっかりとした冒険者ですね」
鬼灯の言葉にジークフリートは楽しそうに頷き、子供達の頭をくしゃくしゃと撫でた。
そんな人々の事を笑うように、澄んだ音も楽しそうに音を鳴らしていた。
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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
●1091/鬼灯/女性 /6歳/護鬼
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■□■ライター通信■□■
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初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。
この度は。鈴音遊戯にご参加頂きありがとうございました。
水琴窟ということであのような話になりましたが、少しでも楽しんで頂けていれば幸いです。
無事に救出出来ましてなによりです。
また何処かでお会い出来ますことを祈って。
ありがとうございました!
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