<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


鈴音遊戯


------<オープニング>--------------------------------------

「音がね、聞こえるんだそうです」

 鈴の鳴るような音とガラスが鳴るような音が、とジークフリートはエスメラルダに告げる。
「何かおかしな点でも?」
 鈴の音なんてあちこちから聞こえて来るじゃないか、とエスメラルダは言う。
 確かに祭りの多い時期になってきたため、鈴の音等は最近街中に溢れていた。
「街中では普通ですけど、どうも洞窟内から聞こえてくるらしいんですよ。不思議に思って中に入って探してみても誰一人としてその中には居ない。だけど、音だけが響いているそうなんです。隠れる場所もどうやら無いようですよ」
 カラン、とジークフリートの手にしたグラスの中で氷が鳴る。
 すると目の前にいたバーテンがそれを指さして言った。
「それと同じ原理だったりしませんか?洞窟内にある湖の中に何かが崩れたとか……あ、でもそれじゃ駄目ですね」
 薄い壁とかでないと反響しませんよね、とバーテンはバツが悪そうに笑う。
「そうねぇ、水に落ちただけじゃ、どぼんっ、て感じだろうしね」
「そうですねぇ。それと、ただ音が聞こえるだけだったら良いんですけどね、最近なんかおかしな事になってるらしくて。その洞窟付近で行方不明者が結構出てるらしいんです。それも子供の」
「ジーク……そんな呑気に話してる内容じゃないと思うけどねぇ」
 はぁ、とこういう時だけマイペースなジークフリートに呆れた様子を見せるエスメラルダ。
「子供の親は心配で仕方ないだろう。さっさと解決してやろうじゃないか」
 エスメラルダの言葉にジークフリートとバーテンは頷いた。


------<ショッピング>--------------------------------------

「洞窟?地底湖??…わぁ涼しそう〜v」
 キラキラと瞳を輝かせたルーセルミィは隣に座るジークフリートを見上げて声を上げる。
「涼しいだろうけど……今日は一日休みなんじゃなかったの?」
 エスメラルダの問いかけにルーセルミィは、関係ないよ〜、と言う。
「ジーク、一緒に行こ行こっ!れっつ納涼デート〜♪」
 ルーセルミィは今日は一日、ジークフリートにベッタリだった。デートも何も今更である。
 事の発端はルーセルミィが、一日仕事が休みだったことから始まっていた。


 仕事が休みだったルーセルミィは昼間日頃の鬱憤を晴らすかのようにショッピングを楽しんでいた。
 しかし外は日差しが強く、日陰を歩いていてもじわじわと肌が焼けていくのを感じる。
 ルーセルミィは、はぁ、と溜息を吐いた。
「お肌に悪いよねー」
 でも買い物はしたいしね、とルーセルミィは気合いを入れる。
 昼間しか出ていない店というのもたくさんあるのだ。今日買い物しなかったらきっと後悔するに違いない。
 今度はいつ日中休みになるのか分からないのだから。
 今日も今日とて愛らしい笑みであちこちの店を渡り歩くルーセルミィ。

「おや、珍しいじゃないか。今日は仕事休みかい?」
 果物屋のオバサンから声がかかる。ルーセルミィの働く店に来る常連さんだ。
 ルーセルミィはにっこりと微笑んで頷く。
「今日は珍しく一日お休みなんですよ♪だから久々に見て回ろうと思って」
「そうかいそうかい、それじゃこれを持って行きな。今日は特に暑いからね。のどが乾いたら食べると良い」
 そう言って紙袋一杯にフルーツを詰め込んでくれる。
「え?いいの?…でも……」
 悪いし、と少し瞳を伏せてルーセルミィが呟くと、オバサンは豪快に笑った。
「いいからいいから。いつも元気な姿を見せてもらって、オバサン楽しいからね。お礼だよ」
 ほら時間は待っちゃくれないんだからせっかくの休みしっかり楽しみな、とルーセルミィはオバサンに店から追い出されてしまう。

「ま、いっか。欲しい果物貰っちゃったしv」
 本当は買うつもりで入ったのだったが、終わりよければすべてよし。
 貰ったものは有り難く頂くことにして、ルーセルミィは次の店へと入る。
 しかしここも店の常連さんで、ルーセルミィは何も買わずして欲しい服を手に入れてしまった。
「うーん、高価なものだと思うんだけど……皆優しいよねv」
 ニッコリと微笑んでルーセルミィはすたすたと街を歩く。
 この笑顔が曲者なのだと皆気づいていない。
 確かにルーセルミィの店での笑顔といつでも元気な振る舞いは、来ている客に元気を与える働きをしているようだった。
 やけにメイド服やら何やらが熱い支持を受けているのもそこはご愛敬だろう。
 全てひっくるめてそれはルーセルミィの人気なのだから。
 さぁって次はどのお店にしようかなー、とルーセルミィは行く順番を考える。
 その時、見知った人影を見つけたルーセルミィはそのまま宙を飛び追いつくと、その人物の腕を取った。

「みーつけた☆やっほー、ジークv」
 にぱっ、と笑ったルーセルミィはいつも通りの微笑みを浮かべるジークフリートに挨拶をする。
「ルーセ君。珍しいですね、今日はお休みですか?」
「うん。良いところで会ったよねー。うんうん、ジーク一緒に買い物しよ♪」
「えっ?買い物ですか?えぇ、それはボクも買い物してたんで良いですけど夕方は黒山羊亭の方に……」
「うんうん、分かってる分かってる。だから夕方まで良いでしょ?」
 上目遣いのいつもの泣き落としにかかる寸前の表情を向けられ、ジークフリートは苦笑する。
「はい。一人で回るより二人の方が楽しいでしょうから」
「やったぁ!それじゃぁね………」

 こうして一日中、ジークフリートはルーセルミィと一緒に街をグルグルと回っていたのだ。
 そして今の会話に至る。ジークフリートのファンであるルーセルミィがジークフリートが唄うというのに聞かないわけがない。いつものようにくっついてきて、しっかりと唄を聞いていた。

「あ、もちろんちゃんと調査もやりますよー」
 地底湖で水遊びvとか、涼しいから遠慮なーくジークにベタベタ出来るかもしれないしねーv、と心の中で付け加えるのも忘れない。
 依頼請負と下心とが混ざり合って、ルーセルミィの心は複雑さを極めている。
 しかしそれにエスメラルダが気づくことはなく、二人は笑顔で見送られることとなった。
 美しい音色の聞こえる洞窟へと。


------<音の在処>--------------------------------------

 洞窟に向かう途中でルーセルミィはジークフリートに問う。
「ねぇねぇ、鈴音ってどんなの?」
「ボクも実際に聞いたわけではないからよく分からないんですけど。澄んだ音色って事位しか……」
 すみません、と謝るジークフリートにルーセルミィは首を振る。
「ううん。別に良いんだけど。澄んだ音……澄んだ音……硝子や水晶を使った楽器…えーと、風鈴とかクリスタルボウルっていうんだっけ?あれを叩くみたいに、空洞のある薄氷を鍾乳洞の水の雫が叩いたらそんな音しないかなぁ?」
「あり得るかもしれませんね」
「でも、そんな形の氷はないよね、普通」
 でも無いとは言い切れませんし、とジークフリートは笑う。
「それを確かめに行くんですしね。初めから決めつけてしまうのも楽しくないですから……」
「そうだね。ま、とりあえず洞窟まではデートだし〜♪」
 そう言って、するり、とジークフリートの腕に腕を絡めたルーセルミィは空に光る星を見上げる。
「すっごい高いよね。でも手を伸ばしたら届きそうにも見える」
「そうですね。もう少しで空の星座も形を変えますね」
 秋の星座だね、と指で四角を作って空を見上げた時。
 上手い具合に二人は洞窟の前へと足を止めた。

 そんな二人の元に聞こえてくる澄んだ音色。
 淋しそうにそして哀しそうにその音は響いてくる。
 誘うようなその音色に二人は顔を見合わす。
「やっぱり……子供達はこの音色に誘われて……」
「そうだと思うけど。なんでこんなに淋しそうなんだろう」
 行ってみよう、とルーセルミィはジークフリートを促して洞窟の中へと入っていく。
 月明かりも星の光も届かない洞窟内。
 照らすのはカンテラの明かりだけ。
 ぽうっ、と柔らかい色の灯りが冷たい石灰質の壁を照らしだす。
「ずーっと道は一本なんだっけ?」
「はい。そのようです。転々と地底湖があるようなんですけど」
 ジークフリートの言うようにあちこちに地底湖があったが、特に問題があるようには見えなかった。
 ルーセルミィはそのまま真っ直ぐに最奥に有るという最大の地底湖へと向かう。
 何かあるとしたらそこのような気がしたのだ。

 トラップが有るわけでも、攻撃を仕掛けられるわけでもない。
 ただ音が呼ぶのだ。
 淋しいと、哀しいと。
 その音に導かれるようにして二人は進んだ。
 そして最奥にある湖に二人はたどり着く。
 しかし、やはりどこにも空洞のある氷などなく、ただ透明度の高い水が湛えられた地底湖があるだけだった。

「他の処で隠れられそうな処って無かったよね」
 ルーセルミィが背後のジークフリートを振り返り尋ねる。
 ジークフリートは頷いてそれからそっと瞳を閉じた。
 音を聞き取るつもりなのだろうか。
 その時、リィン、と鈴の鳴るような音が聞こえる。
 洞窟内に反響して上手く位置が把握出来ない。
 しかし、とても近いことは確かだった。
 ジークフリートはそのまま歩き出す。
 音色は四方から聞こえてくるような気がしていた。
 ルーセルミィは音の鳴る瞬間、何か異変はないかと目を凝らす。
 音が鳴った瞬間、一瞬だけ煌めく光。
「ジーク!あそこ!」
 何かが煌めくのが見えたのは湖の真上だった。
 天井近くに煌めく何か。
 天井はとても高く暗いため今まで発見出来なかったのだ。しかも上から音を鳴らしてしまうと反響して発生地点が分かりづらくなる。
「流石です」
 にっこりと微笑んでジークフリートはルーセルミィに微笑みかける。
 そのままルーセルミィは背の翼を広げ、天井へと舞い上がった。
 そしてその煌めくものへと手を伸ばす。
 それはルーセルミィの予想通り、空洞のある薄氷だった。
 氷の中に小さな人影が映る。
「音を鳴らしていたのはキミ?」
 つい、とルーセルミィに背を向けた小さな影が薄氷にぶつかり小さな音を立てる。
「キミは氷の精霊…かな?」
 夏だから外に出られないんでしょ、とルーセルミィが言うと小さな人影は動きを止めた。
 そしてルーセルミィを見つめる。
「別にキミを捕まえに来たわけじゃないんだ。話をしようよ」
 ルーセルミィがニッコリと笑みを浮かべると、とまどった様子で小さな影はくるくると回る。
「ボク達、キミの鳴らしていた音に引き寄せられてきたんだから」
「えぇ、出来れば下に来てお話しして頂けませんか?ボク、空中はちょっと……」
 苦笑しながらジークフリートが言うと、ルーセルミィは小さな精霊に手を差し伸べる。
 ちょん、とその差し出された手に乗った精霊はルーセルミィと共にジークフリートの元へとやってきた。
 そして地上に足をつけると十五歳位の少女の姿へと変化した。
 色素の薄い肌とピンクがかった銀髪は肩口できっちりと揃っている。赤い瞳が印象的な少女だった。

「誰も…見つけられなかったのに……」
 そう小さく呟いて、少女は俯く。
「でも見つけて欲しかったんでしょ?」
 ルーセルミィは笑みを浮かべ、少女を見つめた。
「そう……でも皆私を見つけることは出来なくて……帰ってしまおうとするから…」
「もしかして子供達を閉じ込めちゃった?」
 こくん、と少女は頷いた。
 そこにいたのは、人さらいでもなんでもなかった。
 ただ淋しくて一緒にいてくれる人が欲しくて泣いていた少女だった。
「キミも初めから姿を見せていれば良かったんじゃない?」
 そうルーセルミィが言うと、少女は頬を赤らめて俯いた。
「恥ずかしかったんですね」
 ジークフリートの言葉に頷いて少女は、ぽんっ、と先ほどと同じ小さな姿になってしまうとその場から消えようとする。
 それをルーセルミィが必死に手を伸ばし押さえると告げる。
「閉じ込められて独りぼっちで寂しいのは分かるよ。でも、それじゃこの子たちの親が寂しいよ?君と同じように、ね。それに逃げちゃ駄目だよ。だって、向かい合わなくちゃその人の心なんて分からないんだから」
 少女は必死にもがいていたが、その言葉に動きを止めた。
「私のこと……怖がるでしょ?だって……皆と違うから……」
「姿形なんて些細なことだと思うけど?ボクだってほら……」
 ルーセルミィは背の翼を見せる。
「翼があったって、皆と仲良しだし。仲良くなれないって決めつけてるのは自分。仲良くなりたいって思ったら自分から前に進まなきゃ。きっとね、皆友達になってくれるよ。外に出られない夏の間も、そして冬になってもきっと一緒に遊べると思うよ」
 だから帰してあげて?、とルーセルミィは少女に告げる。
「怖がらない……?」
「うん。ボクとジークは初めから怖がってないじゃない」
「そうですよ」
 にっこりと微笑んでジークフリートはルーセルミィの手から離れた少女に手を差し出す。
「子供達を戻してあげてください。お願いします」
 少女はルーセルミィとジークフリートの顔を見比べ、そして二人とも自分に害をなす者ではないと認識したようだ。

「私……元通りにするから」
 そして少女はゆっくりと地底湖へ足を触れさせる。
 その瞬間、バキバキと音を立てて地底湖が凍り付いた。
 凍り付いたその下から、これまた氷で出来た牢が現れる。
 その中には数名の子供達が中に入っていた。
 泣き叫んでいる者も居たが、地上に戻ってきたと言うことで安心したのだろうか、更にその鳴き声が大きくなる。
「泣かしたのは……私?」
「そうかもしれないけど、でもちゃんと謝れば大丈夫」
 ね?、とルーセルミィはウインクをしてみせる。
 小さく、本当に小さく頷いて少女は子供達に、ぺこり、と頭を下げる。
「ごめんなさい……淋しくて……でも皆帰ってしまいそうだったから……」
 ふわふわと宙を飛ぶ少女の姿に子供達は一気に心を奪われたようだ。

「すっげー!うわーっ」
「俺、妖精って初めて見た!」
「私もー!」

 今まで泣いていたのが嘘のように笑顔で少女にまとわりつく。
 ほらね、とルーセルミィは少女に笑いかける。
 すると初めて少女は微笑みを浮かべた。

「ほらね、大丈夫だったでしょ。閉じ込めなくても。……ねぇ、キミたちまた遊びに来るよね?」
 子供達はこくこく、とものすごい速さで首を縦に振る。
「だって、ここ涼しいし、こんな可愛い妖精いるなら…!」
 一人の少年の言葉に一同頷いた。
「ボクも遊びに来よっか?ねぇ、ジーク?」
 ルーセルミィの問いかけにジークフリートも頷く。
「ありがとう」
 雪の結晶が花開くように、少女の顔に笑顔が浮かんだ。


------<鈴音遊戯>--------------------------------------

 目の前で子供達がパシャパシャと地底湖で遊んでいる。
 日が昇る迄、皆で避暑を楽しむことにしたのだ。
 もちろん、氷の精霊も一緒だ。
 子供達の間をくるくると飛び回り、笑い声を上げている。
 ルーセルミィは少女に笑顔が戻って良かったと思う。
 いつだって笑顔は最大の武器であり、そして回りにも笑顔を運んでくる素敵なものなのだ。

「良かったv」

 その呟きは少女が鳴らした透明な澄んだ音に消されて消える。
 一番初めに聞いた時よりもその音色は、何処か温かくそして柔らかい気持ちを抱かせるようなそんな音だった。
 もうその洞窟に哀しみの音は響かないだろう。
 そうルーセルミィは思いながら、ジークフリートの手を引き湖へと飛び込んだ。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


●1411/ルーセルミィ/男性/12歳/神官戦士(兼 酒場の給仕)


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■□■ライター通信■□■
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こんにちは、夕凪沙久夜です。
いつもどうもありがとうございますv
鈴音遊戯をお届けします。

涼しい感じが伝わりますでしょうか。(笑)
そして恒例の勝手に捏造は「一緒にショッピング」にしてみました。
値切りスキルも捨てがたかったのですが、今回はこんな感じで。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

またお会い出来ますことを祈りつつ。
ありがとうございました〜!