<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ソーン全国サイコロの旅 〜第0夜〜
●新企画発表
 それは2003年7月某日、雲1つない青空広がる日のことだった――。
 某所某テレビ局の裏手に小さな公園があった。小さな公園といっても平坦ではなく、冬に雪でも積もったら、ソリで滑走することが出来るくらい傾斜している場所もある公園である。
 そこでは数人の者たちが、わいわいがやがやと何やら動いていた。テレビカメラがセットされている所からすると、どうやらここで撮影を行うスタッフたちのようだ。
 どこの局であるかは別に言うまでもないだろう。公園のすぐそばにあるテレビ局の他に、疑いようはないのだから。。
 さて、その数人の中に2人だけまるで違う格好をした男たちが居た。年齢差はあるがどちらもラテン系の衣服に身を包み、手には各々同じ楽器――バンジョーという弦楽器だ――を抱えている。
 やがて2人の男は、バンジョーを抱えたままテレビカメラの前に立った。撮影が開始されたようである。
「こんばんは」
 年上の方の男が、一言挨拶してから軽くバンジョーを弾いた。
「はい、どうもぉ。バンジョー兄弟でぇございます」
 もう1人の男もそう名乗ってから、2度バンジョーを弾いた。
「わたくしが兄のバンジョー玉三郎、そしてこちらが弟のバンジョー英二でございます」
「2人合わせてバンジョー兄弟。どうぞぉよろしく」
 そして2人揃って3度バンジョーを弾く兄弟。ちなみに2人とも、ただ適当に弾いただけという感じが強いのは極めて余談である。
「さて――」
 一通り挨拶も終わった所で、玉三郎は英二の方へと向き直った。
「我々魔皇、神帝軍討伐の使命を受けているのはもうご存知の通りですが」
「いや、それは聞いてないなぁ」
 玉三郎の言葉に、英二が戸惑いの表情を浮かべた。そう、このバンジョー兄弟は魔皇であるのだ。もちろん英二が聞いてないのは、魔皇であることではない。『神帝軍討伐の使命』という所だ。
「まあ、ただ討伐するというのも面白くないんで、我々の番組の企画としようと思いまして――」
「いやいや、兄さん無視しないで」
 英二の言葉をさくっと無視し、一方的に話を続ける玉三郎。英二は何とか話を止めようとするが、玉三郎にそれを聞き入れる様子は全く見られない。
「このような企画を考えてみました」
「企画?」
 きょとんとなる英二を尻目に、玉三郎が懐からはがきの束を取り出して、こう宣言した。
「題して『神帝軍討伐絵はがきの旅』を決行します!」
「だから聞いてねぇって!」
 どこか嬉しそうな玉三郎とは反対に、頭を振って慌て出す英二。
「ルールはもうお分かりのように、絵はがきの構図と全く同じ写真を撮ってから、その場所に居る神帝軍をやっつけようと――」
「分かんねぇよっ!! だって聞いてねぇんだもんっ!! 討伐するんだったら、別に近場だっていいだろーっ!? ちょっと行ったら、そこら辺にうじゃうじゃ居るの分かってんだろぉっ!?」
「じゃ、僕引くから持ってて」
 全く聞く耳を持たない玉三郎。さくさくと段取りを進めてゆく。哀れ英二の文句は、右から左へと流されたのであった……。

●行き先はどこ?
「どっかの山の中で法螺貝吹いてる山伏とか引いたら、ほんと殴っていいかい?」
 釈然としないながらも、結局は絵はがきの束を持たされている英二。玉三郎は明後日の方角を向いたまま、絵はがきを1枚引こうとしていた。
「どれにしようかな……っと、これがいい」
 どうやら引く絵はがきが決まったらしい。念を押す英二。
「それでいいんだね?」
「いい、いい。だってつるつるしてるもん」
 自信ありげに答える玉三郎。いまいち根拠がよく分からない答えである。
「それでは……こちらですっ!」
 玉三郎は勢いよく絵はがきを引くと、そのままテレビカメラの方に見せつけた。少し遅れて、英二がその絵はがきを覗き込んだ。
「は? ……どこだいこれ?」
 眉をひそめ、首を傾げる英二。その様子に、玉三郎も慌てて絵はがきを自分の方に向けて確認した。絵はがきには、中世の物らしき西洋の城と街並をバックにして、ほうきに跨がって飛んでいる女の子の図が描かれていた。
「どこだ? ここ?」
 玉三郎も首を傾げる。少なくとも日本にこのような場所はないはずなのだが……。
「まさか北欧かい? だったら俺はまた壊れてやるぞ」
 英二が自嘲気味に言い放つ。きっと過去に色々と大変なことがあったのだろう。
「ええと……」
 玉三郎が絵はがきの場所を確認した。
「聖獣界……ソーン?」
「どっかのテーマパークかい?」
「いや、聞いたことないなあ」
 聖獣界ソーン。2人とも初耳な場所である。
「ディレクター陣が間違えて入れたんでないかい?」
 英二はそう言ってディレクター陣の姿を探したが……見当たらない。ここに居るのは英二と玉三郎の他は、カメラクルーのみであった。
「ああ、ディレクター陣は何か会議があって遅れるって」
 玉三郎がごく当たり前のようにさらりと言った。
「おいおい、兄さんそれも聞いてないぞ? いったい俺にいくつ隠し事してるんだい?」
 何から何まで教えられていない英二であった……。
「それはそれとして、行き方が分からないと動くに動けないなあ」
 悩む玉三郎。まず行き方の前に、聖獣界ソーンがどこにあるかも分からないのだ。同行ディレクター陣が来ないことには、兄弟2人だけではどうしようもなかった。
 結局そこで一旦撮影を中断し、2人は荷物を枕に公園で横になりながら、ディレクター陣を待つことにした。やがて眠りに落ちるバンジョー兄弟。
 だがそれが2人を異なる世界へ導くことになるとは、兄弟ともにこの時は思いもしなかったのだった……。

●やってきました、あそこへ
 さて、2人が目を覚ましたのは周囲の様子の変化であった。何やら人の話し声が聞こえてきたのだ。
 眠い目を擦りながら起き上がる2人。そして――とても驚いた。何故ならば、周囲の景色が一変していたからだ。
 そこはおなじみの公園などではなかった。何やら民族衣装風の格好をした人々が行き交う石畳の広場だったのだ。
 後ろを振り返ると、エンジェルの像が2人のことを見下ろしていた。まるで2人を歓迎するかのように。
 枕代わりにしていた荷物はそっくりそのままある。バンジョーも、身につけていた物も何もなくなってはいなかった。
「ま……」
 しばし呆然としていたバンジョー兄弟だったが、英二の方がようやく何か言葉を口にしようとしていた。
「また拉致られた……?」
 過去何度も知らない土地へ連れて行かれた経験ゆえの言葉だった。けれども玉三郎は大きく頭を振った。
 玉三郎が知らないということは、番組の企画の一環ではない可能性が非常に高いということだ。まさか、何かの事件に巻き込まれてしまったか――?
 と、そんな嫌な考えが浮かび始めた時だった。玉三郎が街並を見て、あることに気付いたのは。
「まさか?」
 玉三郎は先程引いた絵はがきを取り出し、街並と何度と見比べていた。
「どうしたんだい、兄さん?」
「ここ……ソーンだ」
 英二の言葉に、玉三郎は確信を込めた言葉を返した。
「だって街並が一緒だし! あ、お城もあんじゃん!! ほらほら!!」
 城を見付け、興奮した様子で指差す玉三郎。英二も絵はがきと見比べてみたが、異論を挟む余地などなかった。
「……よく分かんないうちにソーンへ来ちゃったの?」
「来ちゃったみたいだねえ」
 顔を見合わせる英二と玉三郎。少しして、玉三郎が思い出したように言った。
「……来た以上は探さないと」
「は? 何探すって?」
「いや。だから、この絵はがきの場所」
「おいおいおいっ、冗談だろぉっ!? 俺たちゃよく分からない異世界に来てんだぞぉ? 先にやることあるんじゃないのかっ?」
「いや。ルールはルールだし」
 そう言って、玉三郎はすくっと立ち上がった。玉三郎にとって、ルールは絶対のようであった。
「よし、行こうっ!!」
「…………」
 苦笑いを浮かべ、無言で立ち上がる英二。そして、自分の荷物を手に意気揚々と歩き出す玉三郎の後を追いかけていった。
 しばらく街中を歩き回り情報収集をしていたバンジョー兄弟は、この街の名前がエルザードであることを知り、聖獣界ソーンの聖都であることも知った。つまり件の絵はがきは、聖都エルザードを見下ろす物であったのだ。
 情報収集の後は、実際に場所を探すことになった。今度は位置方向を考えながら、街中を歩くバンジョー兄弟。やがて2人は、その絵はがきの構図が街の外れの小高い丘からの物であることに気付き、目的地へ急行した。
 目的地には大きな木が1本あり、よくよく調べてみた結果、高さ的にその木の上からの構図であることが判明した。
「じゃあ、木の上で写真を撮るってことでいいね?」
 英二が玉三郎に確認した。
「じゃあ、ほうきに跨がって飛んでもらうってことでいいよね?」
 逆に玉三郎が英二に確認し返す。
 一瞬の沈黙の後、兄弟による静かだが深い話し合いが始まった。
「……女装は兄さんの仕事じゃないかな?」
「身体を張るのは若い者の仕事だろう?」
 結局――英二が絵はがきの女の子に似せた女装をし、たまたま近くに落ちていたほうきに跨がったまま、木の上から飛び降りることとなった。
 当然ながら派手に地面に激突する英二。魔皇でなかったら確実に死んでいた所であろう。だがその甲斐あって、玉三郎は見事に飛び降りた英二の姿を写真に撮ることが出来たのだった。

●そして、いよいよ……
「兄さん、これからどうするんだい?」
 元の格好に着替えた英二が玉三郎に尋ねた。手やら顔やら頭やらが、土で汚れているのはご愛嬌。
「そもそも……帰れるのかい?」
 もっともな英二の疑問であった。しかし来た方法が分からないのだから、帰る方法も分かるはずがない。
「さあ?」
 玉三郎としては、こう答えるより他になかった。が、さすがはバンジョー兄弟の兄である。よもやの時のことを考えて、ある準備をしていたのだ。
「とりあえず、今後の指針は荷物を覗いてみれば分かるかな?」
 玉三郎にそう言われ、英二は自分の荷物を開けて中を覗いてみた。一瞬動きが止まった後――大爆笑。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
 まるで壊れたレコードのように笑い出す英二。ひとしきり大爆笑した後、荷物の中から何やら取り出した。
「何だよ! この見慣れたフリップと六面体は!」
 英二の右手には紙製のサイコロが、左手には1から6までの出目による選択肢が記せるようなフリップが握られていた。
「何か少し重いなって思ってたら、これだったのかよっ!!」
 そう、玉三郎が密かに英二の荷物へ忍ばせていたのだ。もちろんこれを使ってやることなど、ただ1つしかない。
「成り行きとはいえ、せっかく異世界に来たんで。ここは1つ、『ソーン全国サイコロの旅』を……」
 こうして、彼らバンジョー兄弟の新たなる旅は始まるのだった。新しき旅で何が待ち受けているのかは、サイコロの神のみが知ることである――。

【おしまい】