<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
慟哭の獣
------<オープニング>--------------------------------------
これから酒場が賑わい始めるという夕刻。
薄暗がりの中に酒場に酷く不釣り合いな姿があった。
エスメラルダは首を傾げつつ入口付近に立つ人物の元へと歩き出す。
「どうしたんだい?お嬢ちゃん」
「ぁっ………アタシ……」
「ん?何か困りごとかい?」
エスメラルダの言葉にピンクの髪を揺らし少女は頷いた。
「アタシ……フィーリアと言います。大切な……ものをなくしてしまって。それがないと友達の側にも行けなくて……」
「無くしたものは?」
「……笛なんです。透明な笛。いつもその笛を吹いて友達に語りかけていたのに、それが今日起きてみたら無くなっていて。それがないと……あの子は暴れ出してしまって手に負えなくなるんです。だからその前に……」
どうも要領を得ない。
「ちょっと待って。無くしたものは笛。それであんたの友達はその笛がないと暴れ出してしまうって一体どういうこと?」
言いにくそうにしていたが、フィーリアは話し始める。
「アタシの友達のギミアは魔獣なんです。そしてその笛の音が本来気性の荒いギミアを鎮める働きをしていて。だからそれがないとギミアは暴れ出し、繋がれた鎖も引きちぎってエルザードの街を破壊してしまいます。そしてすでに鎖は切れてしまいました。ギミアがやってくるのも時間の問題……だから…お願いします。笛が見つからなかったら……荒れ狂うギミアを助けてやって下さい。あの子は苦しさに泣いているんです。だから……」
助けてやる=死を…ということだろうか。
「おいおい、それってかなりの緊急事態じゃないか」
エスメラルダはまだ人の集まっていない黒山羊亭にいる人々全員に声をかけた。
------<少女の依頼>--------------------------------------
歌を口ずさみながらエヴァーリーンは夕暮れ時の繁華街を歩いていた。
その歌は街の喧騒に飲まれ、すぐに消えていく。
誰に聞かせるでもなくエヴァーリーンはただ気の向くままにその歌を口ずさんでいた。
空はもう夜の色を湛え、月明かりが綺麗だった。
エヴァーリーンはそんな夜空を見上げながら黒山羊亭へと足を向ける。
いつものように何かいい話が転がっているかもしれない。
難題だが報酬の良い仕事。
簡単だが割の良い仕事。
黒山羊亭には様々な依頼が溢れていた。
良い話が転がってくることを祈りつつ、エヴァーリーンは足早に黒山羊亭へと向かう。
きっといつものように腐れ縁であるジュドー・リュヴァインも来ているだろう。
何もなくても一緒に飲み明かすのも悪くない。
そう想いながらエヴァーリーンは黒山羊亭の扉を開いたのだった。
エヴァーリーンの予想通り、ジュドーは黒山羊亭に来ていた。
しかしえらく難しい顔をしてエスメラルダと一人の少女を囲み話し込んでいる。
不思議に思いながらもエヴァーリーンはジュドーの元へと歩いていった。
「難しい顔をしてるのは今更だけど…どうしたの?」
ジュドーにそう尋ね、エヴァーリーンは足下に立つフィーリアに視線を向けた。
「やっと来たか。今から私と一緒に一仕事しないか?」
「仕事?…報酬は…」
そう呟く口を素早くジュドーに押さえられエヴァーリーンは、んっ、と苦しさに声を漏らす。
「無しだ。今から私が街を破壊しようとする魔獣を止める笛をフィーリアと共に探しに行く。その間、エヴァには魔獣を引き留めておいて貰いたいんだ」
ようやく手を離されて、ぷはっ、と大きく息を吸うエヴァーリーン。
「…魔獣?」
そこでフィーリアが詳細をエヴァーリーンに話す。
それを聞いてエヴァーリーンは、また厄介事に首を突っ込んだな、と言わんばかりにジュドーを眺めたが当の本人は既に頭の中は魔獣攻略で忙しいのかエヴァーリーンの方を見ようともしない。
はぁ、と溜息を吐いたエヴァーリーンはフィーリアに向かい合う。
「鎖をちぎるほどの魔獣をとめろって無茶な気がするけど……とめないわけにもいかないし。…私は笛を探す時間稼ぎ……鋼糸だけでとめられないことぐらいはわかってるけど、魔獣の進行を少しでも妨げるため相手を…」
「ありがとうございます。本当にすみません。私……」
俯いてしまうフィーリアにエヴァーリーンは言う。
「泣くのなんて何時でも出来るんだから……今は自分の出来ることをしないと……」
「はいっ」
頷いたのを見てエヴァーリーンはジュドーに声をかける。
「それで……足止めするのは分かったけど。街外れで止めておけばいいのね?」
「あぁ、宜しく頼む。それと…絶対に殺すな」
「分かったわ。……それじゃ、ジュドーは私が魔獣に殺されないうちに笛を持って来ること」
「あぁ。善処する」
善処じゃなくて絶対よ、とエヴァーリーンは言って元来た道を歩き出した。
------<獣の咆哮>--------------------------------------
街外れに向かいながらエヴァーリーンは、小さな溜息を吐く。
基本的に無報酬の仕事は好まないのだ。
それなのに腐れ縁のジュドーと一緒にいると、どうもこういうことが多いような気がする。
「本当に……ただ働きは好きじゃないんだけど……あんな子から報酬をもらうわけにもいかないし……」
再び溜息を吐きながらエヴァーリーンは街外れへと急いだ。
魔獣が街の中に入ってしまったら事が大きくなりすぎる。
街の外であしどめをしなくては、と エヴァーリーンは走っていきながら地理を把握した。
回りの状況を知ることが一番の勝利への近道だ。
それらを駆使して戦うことが勝敗を左右する。
獣は大きいという。
体格では分が悪い。地形を上手く使わなければ駄目だろう。
とんっ、と軽く地を蹴りエヴァーリーンは高めの屋根の上へと飛んだ。
そしてやってくる魔獣の姿を確認する。
狼をそのまま大きくしたような姿。
咆哮を上げ、木々をなぎ倒しながら街へと向かってきている。
「まずは……力比べといきましょうか」
冷たい笑みを浮かべたエヴァーリーンは、街を出てギミアの元へと駆け寄った。
エヴァーリーンの姿を捕らえたギミアは大きく足を振り下ろしてきた。
それを軽く鋼糸で逸らし、エヴァーリーンはその足を絡め取る。
しかし、ぶんっ、と大きく振られその糸は切れてしまう。
「これじゃ駄目か……それじゃこれは?」
何十にも編まれた鋼糸を振り下ろしてきたギミアの足に叩き付け足を包み込んだところで思い切り引く。
袋状になった鋼糸がギミアの足に食い入り、ギミアは苦痛の声を漏らした。
足を振って振り払おうとするが簡単に取れるはずもない。
逆の足でエヴァーリーンを振り払おうとするが、エヴァーリーンの方が素早かった。
後方に飛びつつ、木々の間に幾重にも鋼糸を張り巡らせ、簡易の柵を作ってしまう。
これでしばらくは街には近づけないはずだ。
エヴァーリーンは足に食い込んだ網はそのままに柵の向こう側へと跳び越える。
苦しみにのたうち回りながらギミアは張り巡らされた柵へと体当たりを喰らわした。
ぶつかるたびに、両脇の木々がみしみしと音を立てる。
鋼糸よりも先に木々の方が倒れてしまいそうだった。
「まずいわね……」
いくら鋼糸が強固なものでもそれを支えるものがヤワでは仕方がない。
次の攻撃を喰らったら木々は倒れてしまうだろう。
その前に次の手を打たなければ。
エヴァーリーンは暴れているギミアに気づかれないように鋼糸を伸ばす。
ぐるぐると軽く全ての足に鋼糸を巻き付け、そしてギミアが再び体当たりを柵に行い木々が倒れた瞬間、思い切りその糸を引っ張った。
4本の足が一気に絞まる。
動きを封じられギミアはそのまま横倒しになった。
「殺すなっていうのは聞いてるし……」
でも足を封じたからと言っても安心は出来ない。
エヴァーリーンはフィーリアからギミアの攻撃にどんなものがあるのかを聞いていなかった。
この至近距離で毒でも吐かれたりしたら終わりだ。
かといって、ここから立ち去るわけにも行かない。
鋼糸がいくら強固だとはいえ、魔獣の力は強い。引きちぎってしまうのは時間の問題だった。
フィーリアとジュドーの到着をエヴァーリーンは心待ちにしていた。
先ほどよりもマシに思える木々の間にもう一度鋼糸の柵を張り巡らせる。
その瞬間、前触れもなくギミアの足を拘束していた鋼糸が切れるのを感じた。
足の先から刃物のようなものが見て取れる。
それで鋼糸を切ったようだった。
「これでは全部切られてしまう……」
エヴァーリーンの背中を嫌な汗が流れていった。
------<安らぎの声>--------------------------------------
ちっ、とエヴァーリーンは鋼糸が切れるのを感じ舌打ちしつつ後方へと飛ぶ。
幾重にも張り巡らせた鋼糸の網がギミアによって段々と引きちぎられていく。
こうして鋼糸を空中に走らせるのは何度目になるだろう。
ギミアの足が振り下ろされると同時に、エヴァーリーンはそれに耐えられるだけの鋼糸でバリケードを作り後方へと飛ぶ。
その衝撃で弾かれたようにギミアは後退し、再び体制を整えエヴァーリーンへと向かってくる。
そこへジュドーも到着し、ギミアを見上げた。
「大きいな」
「それで笛は…?」
エヴァーリーンへの返答はギミアの攻撃によって阻まれる。
二人は振り下ろされた足を左右に分かれて飛び交わすと素早くギミアの後方へと回る。
そしてエヴァーリーンは一瞬のうちにギミアを捕らえる鋼糸を張り巡らせた。
「あまり持たない…」
先ほどから戦っているエヴァーリーンは鋼糸とギミアの力を考えそう告げるが、肝心のフィーリアがまだ来ていない。
「フィーリアが…」
「あと少し……」
エヴァーリーンの鋼糸を持つ手に衝撃が加えられる。
もう糸の強度が限界だった。
二人はすぐに動けるよう間合いを取りつつフィーリアの到着を待つ。
その時、二人の耳にとても柔らかな音が届いた。
それは透き通った歌声。
エヴァーリーンの持つ鋼糸に加わる力が消える。
そして目の前のギミアが歌の聞こえてくる方を眺め、そのままその場に蹲った。
先ほどまでの荒れ狂いようが嘘のようだ。
エヴァーリーンは感心したようにそれを見遣る。
「間に合った…のか?」
ジュドーの呟きはフィーリアの登場で確信へと変わる。
フィーリアは笛の音色の変わりに、自身の声でギミアへの想いを伝えていた。
柔らかく、そして慈愛に満ちた歌声。
友を思う優しい気持ちが、ギミアに音となって伝わっていく。
大人しくなったギミアに近づいたフィーリアは、ぎゅうっ、とギミアの首を抱きしめた。
くぅん、と子犬のような声を鳴らしたギミアは頬をする寄せるようにフィーリアへと懐く。
もう大丈夫だろうとエヴァーリーンは張り巡らせていた鋼糸を外した。
「ごめんね……永遠の苦しみは取り除いてあげられないけど……でも一緒になら居れるから」
フィーリアはそっと呟いて、再び歌を紡いでいく。
その歌声は明けていく空に響き渡る。
そして大人しくなったギミアが嬉しそうに、くぅん、と小さな子犬のような声をあげ一晩中暴れ回った疲れを癒すかのようにそのまま静かに眠りについたのだった。
「友達とはいいものだな」
ジュドーの呟きにエヴァーリーンはちらりと視線を移し呟く。
「友達は良いものだけど……今回のはジュドーへの貸し1ってことにしとくわ……ところで貸したまんまの貸しがいくつになったかしら……?」
その言葉にジュドーは苦笑する。
「そう言うな。たまには……いいだろう」
「たまには……ね」
次第に蒼さを増していく空を二人で見上げながら、腐れ縁も友達のうちに入るのだろうかと想いながらエヴァーリーンはそう呟いた。
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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
●1149/ジュドー・リュヴァイン/女性/19歳/武士(もののふ)
●2087/エヴァーリーン/女性/19歳/ジェノサイド
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■□■ライター通信■□■
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初めまして。こんにちは。夕凪沙久夜です。
慟哭の獣をお届けします。
大変お待たせ致しました。
エヴァーリーンさんには魔獣との攻防をして頂いたのですが、如何でしたでしょうか。
鋼糸の使い方を間違っているのではないかと思いつつも色々と形状を変化させて楽しみながら書かせて頂きました。
せっかくのお二人なのにジュドーさんとの戦闘での連係プレイを見せられなかったのが心残りです。
まぁ、今回の戦闘は足止め程度なので連係プレイもあったものではないのですが。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
またお会い出来ますことを祈りつつ。
ありがとうございました〜!
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