<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『オバケ屋敷でキラーパス』

<オープニング>
「ルディアおねえちゃん・・・」
 遊び着を泥んこにした10歳位の男の子が、ルディアを頼って白山羊亭のドアをあけた。黒いつぶらな瞳には、お決まりの涙が揺れている。
「イマナン、どうしたの?」
 ルディアは彼の目の位置までしゃがみ、優しく話しかけた。
「一個しか無いサッカーボール。お屋敷の門の中に入れちゃったんだ。木に登って門を越えようと思ったけど、うまく登れなくて・・・」
 ルディアはため息をつく。
「あのね。ここで依頼を受けてくれるお兄さんやお姉さんたちはね、危険な敵と闘ったり、貴重な秘宝を見つける為に命を懸けたり・・・」
「でも、屋敷って、北のはずれの元ライラックさんちの・・・」
「え、あの、オバケが出るっていう?」
 確かに、子供一人で探しに行くのは心細いだろう。ルディアは『優しいお兄さん達』を募ってくれた。

< 1 >
 その屋敷は、ルディアの祖父が子供の頃には、豪商ライラック氏の一族が住んでいたらしい。元々は長く空き家だったのを、よそ者の彼が買い取ったのだが、『オバケが出る』という理由で、結局手放したと聞く。
「オバケって・・・。モンスターでしょうか、ゴーストでしょうか?」
 高い塀を見上げたら、メガネがずり落ちそうになった。メガネを直しながら、アイラス・サーリアスが誰に問うともなく言った。
「入ってみればわかるってことよ!」
 シグルマが指をポキポキと鳴らした。腕が4本あるシグルマは、手の指だけでも20本ある。指を鳴らす音も、人の倍は派手に大きく響く。その音に、シャオ・イールンがびっくりして飛び上がった。肩に乗せた召霊器のリスも、付き合って一緒に驚く。
「お、おっさん、驚かすなよっ!」
 自ら冒険を買って出た勇者はまだ12歳。初の冒険で、しかもオバケ屋敷ということで、かなり神経を張りつめていたようだ。
「臆病だなあ。こんな子供に頼んじゃって、大丈夫なのかな」
 イマナンは小声でぼそっと呟いた。シャオはきっと振り向く。
「お前に言われたくないよっ」
「なにを!」
「こらこら、喧嘩しない」
 葵がたしなめた。葵自身は、口論もしないだろうという雰囲気の穏やかな青年だった。今回は三人の子供(含シグルマ)のおもりのつもりで付いてきた。
「木登りして門を越すなんて、まどろっこしいぜ。この門なら簡単に蹴破れる」
「シグルマさん・・・」
 アイラスも彼の発想にあっけに取られている。まあ、錠のかかった細い鉄の門は、確かに丈夫そうではなかったが。元は黒く塗られていたらしい鉄柵は塗りが剥げて錆がこびりついている。朽ちて楽に折れそうには見えた。
 しかし、だからと言って、壊していいものでもなかろう。
「ライラックさんの縁の方はもうエルザードにはいらっしゃらないのでしょうか?やはり、許可をいただいてから入った方がいいと思うのですよ」
「よっしゃ、俺が斧で柵を破るから、みんな、あとに続けよ!」
 アイラスのアドバイスなど、シグルマの耳には届かぬようだ。
「破片が飛ぶかもしれん、少し下がってろ!」
「管理している業者さんがいるかもしれません。その方に鍵を開けていただいて・・・」
「それっ!」
 耳を塞ぎたくなるような金属の破壊音。錠だけを壊せばいいものを。弱っていた門扉は、斧の一振りで庭側へ倒れ込んだ。土けむりが上がった。
「いくぞ!」
 庭に突撃するシグルマの後ろを、二人の子供が「おーっ!」と片手を上げて付いて行く。
「やれやれ」
 ため息をついたのは、アイラスでなく葵だった。
「終わったら、門を修理しないとなあ」
「そうですね。困ったものです」
 二人も、急いで後に続く。

「ええと。ボールが入ったのは、もっと西側の辺りかな」
 イマナンの記憶を頼りに荒れた庭を歩く。屋敷の窓は割れ放題なので、室内に入ってしまった可能性もあった。
「屋敷と庭、二手に別れるか。俺とイマナンと葵が中、アイラスとシャオが庭」
 どこまでも仕切るシグルマだ。だが、葵とアイラスは身を乗り出して反対した。
「シグルマは庭がいいと思うな。広い場所で伸び伸びと探すのが合ってるよ」
「僕もそう思います。シャオくんと代わりませんか?」
 庭の方が、屋敷内より壊れる物も少ないはずだ。

< 2 >
「じゃあせめて、みんなが入り易いように窓を壊してやるか」
 シグルマの提案に、葵は大きく手を振って断った。『どうして壊す発想しか無いのでしょう』とアイラスはため息をついた。
 シャオが飛翔の術で屋根裏部屋の窓から屋敷に入ってしまい、葵はシャオを案じて慌てて窓を割って入った。ガラスが割れて窓枠だけになったので、イマナンも安全に後に続いた。
「さて、僕らも庭を探しますか」
 アイラスが先に立って歩き出した。

 庭は膝を覆うほどの雑草が生い茂っていた。
「小さいモノは探しにくいな」
 シグルマの言葉に「えっ?」と聞き返す。
「サッカーボール、小さいですか?」
 まあ、シグルマにとってはそうなのかもしれない。
 アイラスは釵を抜き、深い雑草を払ってボールを探した。シグルマもそれに習い、剣を鞘に納めたままで草をなぎ払いながら進んだ。
 バキッ!
 妙な音がしたので振り返る。
「うわぁ!」
 樹が倒れて来た。シグルマの剣が幹に触れたようだ。アイラスは素早く噴水の彫像の上に飛び移り、難を逃れた。折れた幹は水の噴出口を直撃し、砕けた石の破片が飛び散った。噴水には水は無く、底にはぬめりのある緑藻がへばりついていた。
「シグルマさん!危ないじゃないですか!」
「いやあ、すまん。・・・なんだ、その像は。おもしれーな」
 アイラスの避難場所は、『肥満男を乗せた巨大な亀の像』の上だった。
「ああ、これはバッカスのレプリカですね。あっちにあるのはネプチューン。酒の神様と海の神様。両方とも噴水向きのモチーフですよ」
 二体とも裸像だ。ネプチューンの方はトライデント(三叉矛)を構え魚を捉える瞬間のようだ。
「へえ。バッカスか。仲良くしたい神様だな。よろしくな」
「何を像に挨拶してるんです。生き物でもないのに」
「あのネプチューンって奴は・・・立派だなあ」
「どこ見てるんですか。さっさと探しましょう。庭は広いんだから、陽が暮れちゃいますよ」
 その時。
 ガラスが割れた音がしたかと思うと、窓からサッカーボールが飛び出して来た。
「あー。み、見つけた!」
 ボールは、塀にぶつかり跳ね返った。そして数回バウンドすると雑草の中で動きを止めた。
「でもこんなに簡単でいいのか?」
「・・・いえ、シグルマさん。簡単じゃないみたいです」
 背後で、二体の神たちが動き出す気配がした。

 ネプチューン像は、成人男子の身長よりだいぶ大きい。それがアイラスの頭を飛び越えジャンプした。そしてボールを蹴り上げたかと思うと、リフティングのままで庭の広い方へ走り去った。武器を置いて来るところは、さすが神様だけあってフェアかもしれない。
「みごとな足さばきですね・・・」
「感心してないで追いかけるぞ!」
 後ろからは、バッカス像も来た。走るのが遅いのは肥満のせいか。
「俺がネプチューンをマークする。アイラスはバッカスを頼むぜ」
 シグルマが、あずま屋で待ち受けるネプチューンに突っ込んで行った。シグルマは簡単に交わされ、つんのめった。
「く、くそう!・・・いてて、ちくしょう!」
 スライディングした足は、海神に避けられたが、あずま屋の柱を襲った。柱が折れて建物はバランスを崩し、屋根が傾いた。屋根が軽いので崩壊まではしなかったが、いつ崩れるか測れぬ状態だ。
「シグルマさん!大丈夫ですか?無理はしないでください(物が壊れますから・・・)」
「おう、すまねえ」
 アイラスはシグルマを助け起こした。丈夫な男だ。柱を折っても足は傷一つ無い。
 きっと自分は、こういうバンカラな酒呑みオヤジの面倒を見るような運命なのだ。
 その間にボールはバッカスに渡っていた。アイラスは怯まずボールを奪いに走った。奴は足技は巧みで、アイラスを置き去りにした。
 早さには自信があったのに。抜かれたままでいられようか。必死で後を追った。後ろからのタックルはしたくない。きっと追いついてやる。
「止めろ止めろ!足をかけろ!時にはファールも覚悟するモンだ」
 シグルマの野次とも忠告ともつかぬ怒声が聞こえた。
『いや。絶対僕はファールはしません!』
 アイラスは、バッカスを追ったまま建物の角を曲がった。バッカスはカーブで失速した。アイラスは追いついたが、肩で息をしていた。
 こんな肥満体に技だけで抜かれるなんて。
 悔しさがアイラスを冷静にさせた。頭が冷たく冴えて来る。時間が停まったかのようだった。
 壁を背にさせた1対1では、左右に逃げ場がある。このままでは、また抜かれるかもしれない。
 アイラスは、カットする振りをしてちょっかいを出し、塀に向かって逃げさせた。塀の壁と屋敷の壁。この隅に追い詰めれば、アイラス一人でももう逃がすことは無い。

 シグルマが樹の枝に掴まりぐるりと派手に回った後、アイラスの側に着地した。
 シグルマが加われば完璧だった。二人に囲まれたバッカスが慌てた。トラップが一瞬大きくなった。シグルマはそれを見逃さなかった。
「とうりゃぁぁぁぁぁ!」
 今度こそ彼の足がボールを弾いた。それは綺麗にアイラスの胸元へと弧を描き飛んできた。アイラスは落ち着いて足元に落とし、キープした。
「やりましたよ!」
 ただし、シグルマの方は、スライディングの勢いが止まるものでもない。足はバッカスを直撃した。像はさすがに避け切れず、モロにタックルを受けた。
「・・・あーあ」
 バッカスの左足が、膝からパックリと折れた。
「ボールに行っていたからファールでは無いぞ!」
 しかし、追いかけて来たネプチューンは、怒ってシグルマの襟首を掴んだ。
「何しやがる。ファールじゃないって言ってるだろう!」
 シグルマは海神の像の手を振り払った。と、今度は海神の右腕が折れて、庭の土の上にころりと転がった。
「い、今のは両方のイエローでしょうか?」
「馬鹿言え!俺の方は正当防衛だぞ?」
 シグルマは、アイラスが足元で転がしていたボールを手に取った。
「ゲーム・オーヴァーだよ。俺達の勝ちだ」
「それに・・・。二人とも担架ですね、これじゃ。戦えないでしょう」
 
< 3 >
「ひどいよ、あのボールは僕のだよ!だいたい、自分でボールくらい買えよ。こんなでかい家に住んでるんだ、金持ちなんだろう!」
 イマナンは、屋敷内にいるボス、スケルトン(骸骨)に叫んだ。だが奴は透明(スケルトン)なので、どこにいるかわからない。とりあえず天井に向かって声を張り上げてみる。
「あのボールは大切なんだ。去年のエルザード・ジュニア・ユース杯で優勝した時、選手全員にプレゼントされたボールなんだ」
『ほう。優勝か。たいしたものだな』
「・・・ぼ、僕はずっとベンチだったけど」
 イマナンはうつむいた。葵がぽんと肩に手を乗せた。
「スライディング・タックル、いい間合いだったぞ。きっと今年こそ出られるさ」
 その時、両開きの玄関の扉が、いきなりドアごと広間に倒れこんだ。金属の蝶番が全部パッキリ割れていた。
「おっし!シグルマ様がボールを奪還したぞい!」
 ドアを壊しての入場だ。扉の外側に靴底の汚れが付いているので、蹴飛ばして開けたらしい。二本の腕でボールを抱え、残りの二本はガッツポーズを取っていた。4本あっても、扉を開ける腕は残っていなかったようだ。
「壊して開けなくても・・・」と、アイラスが文句をいいながら続いて入ってきた。
 扉が無くなり、暗かった広間の中には光が満ちた。
『どうやら、助っ人たちの力量に差がありすぎたな。ボウズ、奪還はお前の実力じゃないぞ』
 声が、厳しい現実を告げた。イマナンは唇を噛んだ。その通りだ。回りに助けられただけだ。
『どうだ?わたしとPK戦をせんか?』
「PK戦?」
『それなら、お互いの力だけが勝負だ』
「よし!受けて立つぞ」

 ゴールは、シグルマが今壊した玄関。両開き扉だったので、横に広い。少年サッカーのゴールとほぼ同じサイズだった。
『緑の髪のお前。審判をやれ』
「僕が?」
 ドアのあったラインから、葵がメジャーで11メートルを測った。絨毯のちょうどそのあたりに白い薔薇の柄がある。そこをペナルティ・スポットに決めた。
コイントスで、スケルトンが先に蹴ることになった。
「くそ、どう考えてもイマナンが損だぞ」
 シグルマが腕組みをしながら、頭を掻き、顎に手を当てて唸った。
「身長差もあるし、何せ相手が見えないですからね」
 アイラスもため息をつく。
「ちっ。勘だよ。野生の勘で止めろ〜!」
 これは、シャオだ。
 だが、ギャラリーの喧騒も、集中力を高めるイマナンの耳に入らない。
 奴の姿は見えない。どうすればいい?蹴る瞬間までコースは読めないのだ。
「ホイッスルの代わりに、手を叩くからね」
 葵が静かな口調で告げる。そして、イマナンに目で自分の足元を指し示した。葵は、トントンと爪先で絨毯を蹴る。
 キッカーでもない審判が、何故足元を確認するのだろう?絨毯からは、灰色の埃が立った。
 埃・・・。そうか!
 イマナンは、白い薔薇の先、埃の立っている場所を見つけた。そこに奴がいる。
 あいつは右利きだった。タイミングさえ測れれば、何とかなる!
 葵が手をポンと叩く。奴は三度足踏みすると前に向かった。埃のおかげで踏み込む位置がしっかりと見えた。
 見切った!イマナンは右に飛ぶ。肘にボールの衝撃を感じた。
「おおおっ!とめたーーー!」
 シグルマの地鳴りのような歓声が壁を震わせた。
『やるな、ぼうず。だが、わたしからゴールを奪えるかな』
 イマナンは、緊張に唇を堅く閉じたまま、ボールを抱えペナルティ・スポットに向かった。
 アイラスが指で呼び寄せた。小声で耳打ちする。
「彼は、姿が見えないだけで、実体はあるわけです。床を見てください」
 スケルトンは、もうゴール前で構えていた。陽が、彼のシルエットを容赦なく床に照らし出した。肋骨の規則正しい横縞までが、フロアにくっきりと映った。
「よっし!」
 イマナンは、助走でキーパーの動きを瞬時に観察した。影を見ながら、同時に脳裏にゴールサイズのイメージも残しておく。左利きのイマナンが右足をボールの斜め後ろに着地させる。体重を右足に掛ける。影は釣られて、向かって右側へジャンプを待つ態勢を見せた。
 ちょん。
「ええーーーっ!」
 ギャラリー達もどよめきを上げた。イマナンは、アウトサイドステップで、軽く左隅に流して入れたのだ。影は右に飛び、玄関の右側でガチャガチャと骨が床に当たる音がした。ボールは、点々と庭の雑草の上を転がって行った。

< 4 >
「ほら。もうちょっと前へ出して」
 イマナンの助言に、シャオは早いボールを蹴り返す。
「こうか?」
「うまいうまい。でも、足元だけ見てちゃダメだ」
 二人はすっかり仲良くなり、ドリブルをしながら帰途に着いた。
「なんだか、楽しかったかも」
 葵がにこやかに感想を述べた。後ろでは大人が三人、一列になって子供達を見守りながら歩いていた。
「おう。久しぶりにスポーツしたしな。なあ、アイラス?」
「スポーツ・・・。まあ格闘技もスポーツですしね。
 明日、みんなで、門と玄関と窓と噴水とあずま屋を修理しに行きましょう。壊した彫像は・・・弁償って言っても払う相手がいないし、接着剤で修復しますか」
 あのポッキリ折れた手足が、それでくっつくかは疑問だったが。

『もしお前が強いボールを蹴り、わたしが玄関の外に弾き飛ばされたら。わたしは浄化されていたところだ』
 フェアな心を持った少年よ。
 また再戦に訪れてくれるだろうか?
 スケルトンは、二階の窓から、イマナン達の姿を見送っていた。

 きっと来る。
 スケルトンは確信していた。
 今年の優勝商品のサッカーボールを抱えて。ピッチに立ったことを報告しに。
 窓から差し込むオレンジの夕陽が、彼の影だけを壁に長く細く映し出していた。

< END >

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1649/アイラス・サーリアス/男性/19/フィズィクル・アディプト
1720/葵(あおい)/男性/23/暗躍者(水使い)
2275/シャオ・イールン/男性/12/撃攘師(盟主導師)
0812/シグルマ/男性/35/戦士

NPC 
イマナン
スケルトン
彫像の皆様

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。ライターの福娘紅子です。
プレイングの『意図』は活用しましたが、
ついついパワフル組に押し切られてしまいました。
私の場合、釵を抜いても、なかなか戦闘が無くて。
あんなことにしか使わないで、すみませんです。
葵さん・シャオ君コースも、
お時間が許せば覗いてくださると嬉しいです。