<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
新しい場所
それはほんの些細な偶然。
白瓏宝珠・沙奈は、父である白槍牙・蒼瞑とともに、蒼瞑の友人の墓参りに行っていた。
空はいつも以上に青く澄み渡り、この世界に訪れた平和を、痛々しい爪痕ともに知らしめる。
「沙奈。そろそろ行くか」
「はい、父さま」
墓参りも済ませ、帰路につく2人。と、そこに見慣れない道を見つけた。
普通なら気付かないような、細い道だ。草が茂っているうえに、樹木に覆われて先が見えない。怪しいといえば怪しい道だが……。
「行って、みるかい?」
笑みを零しながらの蒼瞑に、沙奈も笑顔を返す。探検ごっこも、悪くはない。
道無き道を進み、時折見つける小動物にはしゃいでいた二人。随分奥までいっただろうか。ふと、辺りの空気が変わった気がした。
霧がかかっているのだろうか。樹木も、道も、おぼろげになる。
沙奈は急に不安になり、蒼瞑の着物を掴んだ。蒼瞑もまた、いぶかしみながら歩を進める。
それから、ほんの少し、歩いた時だった。
視界は開け、一面に見たことのない景色が広がったのだ。
道も、人も、建物も。そこにあったのは、二人が全く知らないもの。沙奈の不安は、一気に大きくなる。
「父さま……ここ、何処なんでしょうか……」
恐ろしい世界ではあるまいか。探るように、辺りを見渡す沙奈。
対し、蒼瞑は冷静だった。いや、冷静と言うか……。
「沙奈、私たちは凄い所に着たみたいだね」
嬉々としている。
好奇心が旺盛なのか、それとも、単純なのか。
いや、恐らくどちらも併せ持った性格なのだろう。それゆえに、見ず知らずの土地へ出るというアクシデントさえ楽しんでるようだ。瞳が、そう物語っていた。
そんな父を見てか。沙奈の不安も、綺麗に拭われたようだ。はしゃぎだしそうな蒼瞑を見て苦笑を浮かべるほど、心に余裕が出来ていた。
「近くに村があるようだね。行ってみるかい?」
「はいっ」
歩き出した蒼瞑に続き、沙奈はその手を握った。
そう。場所など関係ないのだ。こうして顔を見合わせて笑って、手を繋いで歩いて。戦いに明け暮れるような毎日ではない、親子二人の、大切な時間が過ごせるならば。
思ったとおり、街まではそう遠くもなかった。話しながら歩いていると、あっという間に感じるほどである。
始めの内はどうしてここへきたのかと考えたりもしたが、街へついた頃には、そんなことより、この場所がどういう所なのか、どうやって過ごしていこうか、そればかり話すようになっていた。
よく言えば適応力があるのだが、悪く言えば……何も考えてないのかもしれない。
それはそれとして。彼等は見慣れない建物を一つ一つ眺めながら、道行く人に声をかけた。
「すみません。この辺りで、人が2人暮らせるような場所はありませんか?」
小首を傾げながら、沙奈。通りすがりの女性は、可愛らしい沙奈の姿に微笑を零した。
そうしてから、後ろに立つ蒼瞑へも、視線を配る。
「可愛らしいお嬢さんですね」
「えぇ。自慢の娘ですよ」
愛娘を褒められて嬉しいのか。でれでれしながら沙奈の頭に手をやる蒼瞑。きょとんとしていた沙奈も、ちょっとだけ恥ずかしそうに、はにかんだ。
そんな2人を微笑ましげに見つめてから、女性は2人をある場所へと案内してくれた。
それは、古い空家。彼女の話によれば、随分前に住民が去って、今は使われていない家なのだそうだ。もっとも、古いとはいえ、まだまだ家としての耐久性は失われていない。
「放っておいても壊すだけですから……宜しければ、お使いください」
女性の言葉に顔を見合わせ、にっこりと笑うと。
「ありがとうございます」
揃って、礼を言うのだった。
さて。住む場所を提供されはしたが、そこには先住民がいた。
人ではない。野良犬や、ネズミである。
「全部飼うわけには……いかないねぇ」
好き勝手に床を走り回るネズミを捕まえ、いきなり懐かれた野良犬の背を撫でながら、蒼瞑は苦笑した。
何せ収入などもこれから考えることなのだ。動物を飼っている余裕はない。
沙奈も、猫の家族にじゃれ付かれながら、同じように苦笑していた。
「追い出しますか?」
「仕方ないからね」
頷きあって、構えたのは長い間使い込んだ愛用の武器。
「悪いけど、他所を当たってくれないかな」
言うや放った剣閃は、その風圧でネズミを吹き飛ばし、野良犬を掠めて薙がれた。
懐いたばかりの野良犬の、やめてというようなつぶらな瞳攻撃にも、新しい生活確保のためには屈するわけには行かない。
見た目もほんのり鬼のようだが、ここは心も鬼にして。蒼瞑はネズミたちを追い立てた。
傍らでは、札を折り紙のように折った沙奈が、式神を召喚している。
「余裕が出来たら、また来てくださいね」
ネズミを捕まえては外へ放り出す小鳥(式神)の横で、猫(三毛っぽい)とキャットファイトを始めてしまう猫(式神)。
ちょっぴり凶暴な犬が、式神を紙に戻されて呆気に取られたりもした。
「父さま、ボス犬です!」
「よし、任せなさい!」
なんだかどたばたの駆除作業は、夜まで続いたそうな。
「沙奈、そっちは片付いたかい?」
ちょっとお疲れ気味に壁にも垂れて座りながら、蒼瞑はすっかり薄闇に飲まれてしまった部屋を見渡す。
「はい。床に開いてた穴も、ついでに塞いじゃいました」
一仕事終えた後の満足感一杯になりながら、笑顔を返す沙奈。ネズミに齧られて開いたらしい穴も、綺麗に塞がっている。
新しい場所でようやく、新しい家を手に入れたのだった。
と。
「父さま……月」
蒼瞑の後ろ。窓から零れてくる月明かりを見つけ、沙奈は思わず声をあげる。
沙奈の言葉に誘われるように、蒼瞑もまた、月を見上げると、
「こいつはいい……あっちと、変わらないね」
懐かしむように、笑った。
ここへは着たばかりだけれど、あまりに違う環境が、時を長く感じさせているようだ。
めまぐるしい日々。戦いの日々。月を見上げる暇もほとんどなかったであろう生活を思い起こし、しみじみとした気分に、なる。
「沙奈」
月を見上げながら、蒼瞑は娘を呼ぶ。
「はい」
月を見つめながら、沙奈は父に答える。
同時に下ろした視線が、絡んだ。
「明日から、一緒に頑張ろうね」
「はい、父さま」
新しい場所には知らないものがあった。
新しい場所にも同じものがあった。
彼等が流れ着いた世界は、彼等に、新しい生活を与えるのだろう。
二人一緒の時が、流れ始めるのだった……。
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