<東京怪談ノベル(シングル)>


『シンデレラ・タイム』


 満月の夜に咲く一輪の月下美人。
 その花が開く瞬間に祈りを捧げれば、
 その願いは花の精によって叶えられる。


 それは伝説。
 一輪の月下美人と言う花が持つ。


 それは祈り。
 幸せを願う人の。


 あなたの願いは何ですか?



【オープニング】

 大丈夫です。レピア。あなたはもうどこにも行きません。
 あなたが目覚める時はそこには私が必ずいます。
 だから大丈夫。私があなたを守ってあげます。
 これからはあなたの視界には朝日の中でまず最初に自分の天井が映るように、
 この私の部屋の風景が変わる事無く映るでしょう。そして朝を謳う唄を歌うすずめの囀りの代わりにこの私の声を聞くでしょう。それではお嫌かしら?



 ――――それはかつて私がレピアに言った言葉。
 涙を流し、
 身体を震わせて朝が怖いと言っていた彼女。
 その彼女に私はそう言った。


 疎は呪い。
 呪われた彼女は夜は生身に戻り、
 朝日と共に彼女は石化する。



 疎は呪われた者。
 レピア・浮桜。
 それが私が買った石像の名前で、
 夜の私の友達。




 満月の夜に咲く一輪の月下美人。
 その花が開く瞬間に祈りを捧げれば、
 その願いは花の精によって叶えられる。


 それは伝説。
 一輪の月下美人と言う花が持つ。


 それは祈り。
 幸せを願う人の。



 大丈夫です。レピア。あなたはもうどこにも行きません。
 あなたが目覚める時はそこには私が必ずいます。
 だから大丈夫。私があなたを守ってあげます。
 これからはあなたの視界には朝日の中でまず最初に自分の天井が映るように、
 この私の部屋の風景が変わる事無く映るでしょう。そして朝を謳う唄を歌うすずめの囀りの代わりにこの私の声を聞くでしょう。それではお嫌かしら?



 私の日課は朝起きると、まずレピアの石像が部屋の中に飾られているかを確認する事。
 彼女の石像は私の部屋に飾られている。
 レピアは週の半分は私と一緒に過ごすけど、残りの半分は白・黒山羊亭で踊っていて、時折調子に乗って朝まで踊り続けて戻ってこられずに他の人に石造となって運ばれてくる事もあったりする。
 私が見た石像の彼女の指定席にはだけど彼女はいなかった。
 げんなりとため息を吐く私。
「また調子に乗って朝まで踊って、石像になってしまったのかしら?」
 そんな時、私の耳朶を叩いたのは朝を謳うすずめたちの歌声。でもそれはいつもとは違っていた。
「何かしら、ものすごく楽しそうな声」
 たとえるならそれは前にこっそりとお城を抜け出して遊びに行った夏至の日のお祭りでパントマイムを見ていた子ども達の嬉しそうな声のような。
 私はテラスに出た。
 そこで私が見たモノは・・・
「レピア・・・」



 月明かりを浴びながら踊る彼女の姿はこれまでに幾度も見てきた。
 でも朝日を浴びながら踊る彼女の姿はそれが初めてだった。



「おはよう、エルファリア」
 ――――朝日の光りの中で、本当に嬉しそうに気持ち良さそうに彼女は笑いながら私に朝の挨拶をした。
「おはよう、レピア」
 そして私も彼女に朝の挨拶をするのだ。
 頬を嬉し涙で濡らしながら。



【朝】


「久々の朝日はどうかしら、レピア?」
「ええ、最高よ、エルファリア。忘れていた…いえ、知らなかったわ、朝日がこんなにも素敵なモノだったなんて。朝の明かりは心地良く、肌を撫でる風は温かく柔らかくって、すずめの唄は喜びに満ちていて。本当になんて素晴らしい」
「そうね。私も今日の日の朝を忘れはしないわ」
「あら、エルファリア、今日はこれから始まるのよ。満足するには早すぎるわ」
「そう、そうよね。うん」
「そうよ」
「ええ、そう。うん」
「はい、そう」
 レピアとエルファリアは額と額をあててくすくすと笑いあった。
「ああ、でもこれからどうするの、レピア?」
 小首を傾げたエルファリアにレピアは悪戯っぽくくすりと笑った。
「ええ、それにはちょっと案があるのだけど、ちょっと耳を貸してもらえて?」
 そしてレピアはエルファリアの耳に口を寄せて、囁いた。
「え、別荘を抜け出す?」
「そう」
 こくりと頷くレピアにエルファリアは目を瞬かせる。
「でもどうやって?」
「簡単よ」
 レピアはエルファリアにウインクした。



【昼】


 日がだいぶあがった街。
 どこまでも澄み切った空を悠然と行く白い雲を見ながらレピアとエルファリアは見合わせあった顔でにこりと笑いあった。
「まさか本当に上手くいくとは想わなかったわ」
「ええ。前に読んだ物語に出てくるお姫様が使った手よ」
「物語?」
「そう、物語。その物語に出てくるお姫様は恋人が欲しくって、それで恋人を探しに街に出る。でも当然一国の姫にそんな事が許されるわけも無く。それで姫様はあたしたちが使った手を使って抜け出すの」
「ねえ、それでその姫様はどうなるの、レピア?」
「ええ、そこからが面白いのよ。そのお姫様は他の国で虐げられて流れてきた人々の街を燃やそうとしている人々の計画を聞いてしまい、それでその虐げられている人々にそれを知らせるのだけど、最初はそれを信じてもらえず、それでもその姫の言葉に耳を貸す人が出てきて、見事に街を守りきり、その姫は最初に自分の言葉を信じてくれた人と見事に結ばれるの」
「へぇー、良い話ね」
「ええ」
 そう言ったレピアはとても嬉しそうに頷いた。
 その笑みになんだかエルファリアはどきっとし、そしてそれが実はレピアが過去に知り合った人々の実話である事に気がついた。
 そんな自分の知らぬ頃のレピアにエルファリアは何だか嫉妬みたいなモノを感じ、
「ねえ、もっとたくさんのお話をして、レピア」
「たくさんの話?」
「そう、たくさんの話」
 そうお願いした。
「何よ、いきなり?」
「聞きたいの。いいでしょう?」
「ふぅー、はいはい」
 それでレピアは、頷いて色んな話をする。
 楽しかった話、
 怖かった話、
 哀しかった話、
 愉快だった話、
 恋物語、
 触れ合った人々の話・・・
 色々、
 そう本当にたくさんの話を、




「わぁ、このアイスクリーム、本当に美味しい」
「そうね」
 変わりばんこにラムレーズンのアイスクリームを舐めたり、



「この犬、かわいいわね」
「ええ。あ、こっちを向いたわ」
 ペットショップの仔犬をウインドウから覗いたり、



「このカキ氷冷たいわ」
「それはカキ氷ですもの」
 オープンカフェで向かい合って座って、自分のや互いのカキ氷を食べながら、



「どう、似合うかしら?」
「ええ、レピア、いつもと違った印象でかわいい。こっちの服は?」
「そうね。これなんかもいいわね」
「あら、これはエルファリアに似合いそうだわ」
「本当に?」
 服屋で互いをコーディネートしたり、



「ほら、おいで。猫」
「にゃーぉ、お姉さんたちは怖くはないわよ」
 公園でワッフルを食べながら野良猫をかまったり、



 そうやってエルファリアとのデートを楽しみながら話した。



【夜】


 そして真っ白なシーツが敷かれたベッドの上で身体を重ね、エルファリアを絶頂に導くと、真っ白な肌を綺麗な淡い桜色に染め上げたエルファリアの上に覆い被さって、首筋に唇をあててそのまま舌で舐めながら耳まで口を持っていき、エルファリアの右の耳を軽く甘噛みして、囁いた。
「エルファリア、本当に今日は楽しかったわ」
「私もよ、レピア」
「ええ」
「レピアと一緒に服のショッピングもできたし」
「アイスクリームやカキ氷も食べれた」
「本当に最高だったわね」
「ええ。本当に夢のような一日だったわ」
 そうどこか寂しげに呟いたレピア。
 その彼女にエルファリアは小首を傾げる。
「まるで今日で終わりのような言い方。明日もあるじゃない。明日もまた一緒に朝日と共に目覚めて、明るき日の下で笑いましょう」
 そうにこりと笑うエルファリアにレピアは笑った。
 そして優しくエルファリアの唇に唇をあてて、彼女の胸を優しく手で包み込みながら、レピアはエルファリアの身体を愛でた。



【ラスト】


 エルファリアの涙が落ちた。
 その雫は彼女の顔の下にある石像を濡らした。
 エルファリアは思い出す。昨夜のレピアの態度を。そう、彼女はこうなる事を知っていたのだ。灰被り姫の魔法の時間が12時で終わったようにレピアの魔法の時間(シンデレラ・タイム)も昨日の一日だけであったのだ。今日と言う日の日が登るまで。
「レピア・・・」
 呟くエルファリア。
 だけど彼女は涙を拭い、そして一糸纏わぬ美しい裸体で布団の中から出ると、床の上に落ちていた下着を身につけて、ドレスを纏い、鐘を鳴らした。
 そうすれば世話係たちがやってきて、レピアは昨夜、熱く優しい時間を過ごしたベッドの上からいつもの場所に運ばれる。
 エルファリアは指定席に置かれた石像…レピアに笑いかけた。
「昨日の一日をいつか私が当たり前の日々の光景としてあげるから、だからそれまで待っていてね」
 そしてエルファリアは昨日の分の公務を済ませるために部屋を出て行き、
 それは幻であったのかエルファリアを見送った石像のはずのレピアが彼女のその言葉に頷くように微笑んだように見えた。



 多分、それが最後の彼女の魔法の時間(シンデレラ・タイム)。
 部屋の隅に置かれた月下美人の鉢の土の上の花びらはその瞬間に光りの粒子となり、花の妖精はにこりと笑って消えた。
 その笑みは約束。
 きっと石像のレピアは夢を見ているのであろう。
 楽しい夢を。
 そしてそれはいつか叶うのだ。奇跡は人の強い心が起こすのだから。



 ― fin ―


 ライターより


 こんにちは、レピア・浮桜さま。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
 今回もありがとうございました。

 前回のシチュの続きと言う事でこのような物語を書かせていただきました。
 いつか今日の日が当然の日となると良いですよね。^^

 それでは失礼いたします。