<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


正しいペットの仕付け方

 しんと静まり返った道場で、一人黙々と舞の練習に励む少年がいた。
 スラッと伸ばした手足を優雅に運び、整った姿勢を崩さない。まだ若く、同じ年頃の子供達に比べれば幾分童顔に見えるその表情も、舞を踊る合間はどこか大人びて見える。
 蒼柳・凪(そうりゅう・なぎ)。
 神々の末裔にあたる貴種と呼ばれる支配階級の中で、『舞』と呼ばれる神事を担う一族の後継者である。その為、彼の日常はただひたすらに舞を練習する毎日だった。
 その身分の性質上、殆ど外に出たことがなく、また外界と接する事も禁じられていた。


 舞の練習も一段落つき、凪はふうっと一息つく。
 さすがに長時間舞っていれば、汗の量も半端ではない。べたつく気持ち悪さから、上半身の着物だけを脱いでから手拭いで汗を拭いた。
 ふと気付けば、遠くで祭囃子の音が聞こえる。
「‥‥そういえば今日はお祭りだっけ」
 聞こえてくる楽しげな音楽に、つい心がウズウズする。
 外出を禁じられているとはいえ、凪自身、年相応に外の世界に興味はある。近所を友人達と走り回ったり、川や森で日が暮れるまで遊んでいたりしたい。
 こういう時、凪には待ち遠しい相手がいた。

 ガサリ。
 庭の藪が音を立てる。
 ほら、来た。

「よお、凪。待たせたな」
「遅いよ」
「悪ぃ悪ぃ、祭りのせいでちょっと警備が厳しくってさ」
 苦笑しながら現れたのは、以前知り合った悪友だ。外に出れない凪を、彼はこうしてこっそりとやってきては外へ連れ出していた。
 最初は戸惑いもあった。隠れて外出し、それがバレたらどれだけ怒られることか。
 それでも子供心に沸き起こる好奇心は抑えきれず、今ではこうして二人で外出する事が待ち遠しくもなっていった。
 着ている練習着を素早く脱ぎ捨て、友人の用意してくれた庶民の着物を着込む。さすがに幾つかの装飾品まで手放すのは心細く、見えないところに付けてはいたが。
「今日のお祭りにさ、変わったモンが来てたぜ」
「変わったもの? どんなの?」
「なんか見世物小屋なんだけどさ、えらく変わった生き物がおもしれえ芸をすんだったさ」
「へえ〜なんだか楽しそうだね」
 普段の口調と違い、友人と話す凪の会話は、本当にどこにでもいる普通の子供そのものだ。
 或いは、それこそが彼の本当の姿なのかもしれない。
「着替え、終わったか?」
「うん」
「よし、じゃあ行こうぜ!」
 そうして二人は、祭囃子の聞こえる方へと出ていった。



 賑わう人手。
 あちこちで出店が立ち並び、子供も大人も一緒くたになって楽しんでいる。
 時々すれ違うざまにぶつかりそうになりながら――どこか世間知らずな凪は、一つのことに集中すれば歩くのも忘れてぼうっとするのだった。その度に友人が気付いて手を引っ張るという光景が繰り広げられていた――見るもの全てに感動ひとしきりだ。
 そうして。
 一通り祭りを見て回った後、広場で配っていたチラシを手に悩んでいた。
「どうする?」
「そりゃ、やっぱ行くっきゃないだろ」
 凪の問いに友人は期待に胸膨らませて言った。
 手に持つチラシには、デカデカとした文字でこう書かれている。
『驚異! 南の異国には獣人間がいた!!』
 内容は、南の異国から捕らえられてきた獣の人間が見世物小屋で芸をする、というものだ。獣人間という言葉に、友人はかなりドキドキしているようだ。凪自身も、そんな人間がいたのか、と多少の興味はある。
 結局、好奇心を抑えきれない子供二人は、連れ立って件の見世物小屋へと入った。


「さぁさぁ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 世にも珍しい、南の国の獣人間だよー!!」
 入った途端、小屋の中いっぱいに響き渡る前口上。
 そこそこ人数の入っている小屋の中、中央に位置する場所に円形の舞台がある。その場所に、小屋の主だろう男が威勢のいい声を張り上げていた。
「さあお立ち会い! 獣人間の芸をとくとご覧あれ!」
 男が手を振り上げると、のっそりと姿を現したのは凪と同い年ぐらいの少年だった。首にはめ込まれた首輪から伸びた鎖を男に握られ、逃げられないようにしている。
「お、すげぇ。マジで人間だか獣だかわかんねえな」
 隣の友人が興奮気味に喋るのを、凪は黙って聞いていた。
 確かに彼の言うように、少年の格好は明らかに普通とは違っていた。手足の骨格自体は人間と大差ないのだが、その皮膚を覆う体毛は明らかに獣のそれだし、また頭部も人間よりは虎に近い造形だった。
 更に人間との違いを決定付けたのは、少年の纏う白い炎のような気。常に放出されたそれが、明らかに人ではない存在だと凪には理解出来た。
(‥‥たぶん、あれが獣人状態の影響なんだろうけど‥‥)
 が、それにしては無理がありすぎる。あんなにずっと気を放出していれば、すぐに体力が消耗してしまうはずなのだが。
 舞台の上では、男の言葉のままに獣の少年が芸をしている。
 その眼差しはどこか反抗的で、時々男を睨んでもいる。着ている物を脱がされた時なんかは、顔中を真っ赤にしながらも嫌々ながらに裸踊りを披露した。
「おお、すげえな。よく仕込まれてるじゃん」
 友人の言葉に、凪は苦笑で返した。おそらく舞台にいる獣の少年を案じているのは、自分一人だろう。友人ですら、目の前の彼は獣であるという認識なのだろう。
 そうして熱気溢れる客席の中で――凪は見た。
 その少年の背に貼り付けられた呪符を。
「‥‥あれは」
 ポツリ。
 思わず漏れた声。
「え、どうした凪?」
「あ、ううん。なんでもない」
 友人の問いに言葉を濁す凪。
 が、その視線は今や舞台上の少年へと注がれる。注意深く見れば、背中だけでなく手首や足首にも似たような符が巻かれている。術の全てを知っている訳ではなかったが、そこに書かれている紋様には見覚えがあった。
 通常以上の力を無理矢理に引き出す呪符。
 そこでようやく合点がいく。白い炎を常に放出し続けている理由を。
 おそらく背中に貼られた符を起点に、無理矢理に半獣人状態を維持させられているのだろう。その力を流れを固定する為に手足にも巻かれているのだ。
 そして、首に巻かれた鎖によって小屋の主人に無理矢理操られているのだろう。
「ひどいな‥‥」
 あまりな光景に見かねた凪は、ある一つの決意をする。
 そして、そのまま芸が終わるまで待つのだった。



 全ての見世物が終わり、観客もあらかた帰った後。
 凪は友人を外で待たせたまま、自分一人で小屋の主人へ会いに行った。男は片づけをしていたようで、凪を見るなり胡散臭げな眼差しを向ける。
「なんだ、坊主」
「あ、あの‥‥」
「こっちはもう店じまいだ。邪魔すんならあっち行きな」
 ガチャガチャと道具をしまう男の向こうで、檻に捕らわれた少年の姿がチラっと見えた。
 こちらに向ける眼差しは、先程と同じ反抗的なもの。大人しく檻に入っているようでも、ところどころに傷が見える事からかなり暴れたようだ。
「ッ!」
 不意に目が合うと、威嚇するように少年が睨んできた。
 その視線の強さに思わず目を伏せた凪だったが、気を取り直して一度大きく息を吐く。そのまま顔を上げてもう一度男に向き直った。
「あの‥‥不躾な事だと思いますが、彼を譲っていただけませんか?」
「ぁあ?」
「この少年、あなたの術で無理矢理従えさせてるんでしょう? ‥‥これでお願いしたいんですが」
「なんだおめえは‥‥ッ!」
 いかぶしがる男の前に凪が差し出した物。
 身に付けたいた幾つかの装飾品に混じって、男が目にしたのは家紋入りの銀細工。その家紋は、男にとって――否、庶民にとって明らかに手の届かない身分の証。
 思わず身仕舞いを正す男は、口調もどこか遜ったものに変化した。
「あ、あなた様はッ!?」
「この装飾品と引き替えに彼の身柄を引き取りたいのですがいいですか?」
「あ、その、いえ、えっと‥‥」

「もしこれらでも足りなければ、いつでも仰ってください。俺の出来る範囲で支払いたいと思います」
「と、とんでもない! 蒼柳家のお坊ちゃんにそのようなこと」
「じゃあ、いいんですか?」
「は、はい! あんなもんでよければ、どうぞ持ってってやって下さい!」
 ジャラリと音を立てて、鎖と一緒に檻の鍵が渡される。しどろもどろになった男に、凪はニッコリと笑いかけた。
「ありがとう」
 彼自身気付いていない。
 その様子が、自分の普段嫌う貴族独特の雰囲気を纏ったものであることに。どれだけ鬱陶しいと思っていようとも、自らに流れる血には決して逆らえないということを。



「ちくしょー! 離せ、離しやがれ!!」
「ほら、もうすぐ家だから大人しくしろよ」
「だぁー!! 鎖を引っ張るな!」
 ぎゃあぎゃあ喚く少年を無視して、手にした鎖を引っ張る凪。小屋の主人の話では、鎖自身に霊術的なものがかけられているので、絶対に離さないようにとのことだった。
 とはいえ、さすがに他の呪符に関しては、可哀想だと小屋を出る前に取っていた。
 おかげでさっきから獣の少年――今はもう獣状態ではなくなっていたが――が、ぎゃあぎゃあ喚きっぱなしだ。おそらくこれが彼の本性なのだろうが、凪はどこか楽しげだった。
「あのままだったらお前、本当に死んでたかもしれないんだよ。少しは感謝して欲しいんだけどな」
「う、うっせぇ! あれぐらい自力で」
「脱出出来たっていうの? なんだか色々やらされてたのに?」
「ぐ‥‥」
 にっこりと言葉を返す凪に、少年の言葉が詰まる。その様子にますますクスクスと笑う凪に腹を立てたのか、キッと強く睨んできた。
「お、お前って言うんじゃねえよ!」
「‥‥じゃあなんて呼べばいいの?」
 さらりと聞き返せば、またもや言葉を詰まらせる。名乗る事に抵抗があるのか、何度も口をもぐもぐと動かした後、ようやく開いたと思えば、
「‥‥‥‥ょ」
 ぼそりと小さく呟いただけ。
「え、なに?」
 もう一度聞き返す。
 口元にはすこしだけの笑み。俯いている少年はそれに気付かず。
 どこか赤くなった顔で彼は思いっきり叫んだ。
「こ、虎王丸だよ!!」
「‥‥そっか。じゃあ、今度から『トラ』って呼ぶね」
「なっ!? ちょ、ちょっとマテ!」
「トラ、行くよ」
 グイッと鎖を引っ張れば、喚く虎王丸がひきずられ前のめりになる。
「ひ、人の話を聞けーー!」
(さて‥‥親にはどう説明しようか)
 騒々しい背後を後目に、凪はそんな事を悩みつつ、家路へと付くのであった。


【END】

●ライター通信
 お待たせしました、葉月です。
 二度目の発注、ありがとうございました。それなのにこのように遅くなってしまい、申し訳ありません。
 今回、お二人の初めての出会いという事でしたが、如何だったでしょうか? なにかご意見等ありましたら遠慮なく仰ってください。次回以降の参考にしたいと思います。

 それではまた、ご縁がありましたらよろしくお願いします。