<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


【略奪の鎧】
「レ、レーヴェさん? どうしたんですかその顔?」
 ルディアがトレイのグラスを落としそうになる。客たちも動揺している。エルザード城の門番として名を馳せるレーヴェが悲愴の表情を浮かべて白山羊亭に来店してきた。
「……このレーヴェ、一生の不覚をとった。この鎧を見てほしい」
「そういえばいつものと違いますね。……何かやな雰囲気です」
 レーヴェの体の大部分を覆う赤黒い色のそれは、普通の金属とは到底思えない。素人のルディアにもわかるほど、見るからに頑丈で禍々しい鎧であった。
「数日前の魔物討伐の折に手に入れたものだ。そなたの言うとおり、私もよくない力を秘めた鎧と感じた。だが、ただそういうデザインなだけかもしれぬ。仮に魔性のものだとしても自分の精神力ならば着こなせると踏んだのだが――」
 言い終えずとも店内の全員が理解した。鎧は魔のアイテムで、レーヴェは呪われてしまったのだ、と。
「城の者に破壊させようとしたが、ことごとく返り討ちにあってしまった」
「当たり前だろうが!」
 突如蛮声が轟いた。ルディアが悲鳴を上げた。
 鎧の腹の部分に、目玉と口が浮かび上がっている。
「俺様は略奪の鎧ってんだ。マヌケな人間にとりついてエネルギーを奪って数百年、人間ごときの相手ではないわ」
 カカカと笑う鎧。そういうわけだ、とレーヴェは力なく言った。
「大恥を承知で依頼する。――私を助けてほしい」

 人間に取り付くのはただ生きる手段にしか過ぎない。略奪の鎧の何よりの楽しみは、自分を破壊せんとする挑戦者たちを返り討ちにすることである。同時に取り付いた相手の希望をも打ち砕く。
 いかなる屈強な戦士だろうと、略奪の鎧は退けてきた。だから今回も、いつものように楽しみながら殺すだけである――。
「ここならば誰にも迷惑はかかるまい。思う存分力を出してくれ」
 レーヴェは依頼を受けてくれた戦士たちに心底感謝しながら、早速エルザード城の裏庭へと移動した。街中で事を起こすわけにはいかない。
「カカカ。人間ごときが何をしようと無駄と知るだろうよ」
 鎧の罵詈雑言は白山羊亭を出たときから変わらない。
 戦士は数えて4人。
 彼らとレーヴェ――略奪の鎧が向かい合う。
 鎧の目が光った。戦士たちはすかさず散る。
「ハハハハハハハー!」
 赤色の怪光線が放たれた。標的を逸れたそれは城壁に城壁に当たり、みるみるうちに溶かした。
「人間ごときがいつまでもかわすこたあ無理だろ!」
「その人間ごときからエネルギーを奪わなくてはならないくせに、偉そうな鎧ですね」
 アイラス・サーリアスは眉をやや引きつらせた。レーヴェが着ていなかったら、その口にサブマシンガンの銃口を突っ込んで引き金を引いてしまいたいと思っている。
「おうよ。アイラスの云う通り、人間ごときからエネルギーを奪ってたった数百年程度の鎧なんざぁー三流だな」
 シグルマはからかい気味にそんなことを言った。
「しかし、何かありそうとわかっていたなら……わざわざ着なきゃいいじゃない……といっても後の祭りね……」
 エヴァーリーンがそう呟くと、レーヴェは面目ないと苦々しそうに言った。その下の鎧の目は変わらず死のビームを連発する。まるでレーヴェ自身が戦士たちを攻撃しているようで、彼にとっては精神的にもつらいものがあった。
「ともかくやらねばならんな。頑丈そうだから、少々怪我しても大丈夫だろう? 手荒にいくぞ!」
 グルルゴルンが手にした棍棒を振りかざす。赤い髪をたなびかせ、彼は鎧に突進した!
 今度は鎧の口から炎が発射された。芝を焼きながらグルルゴルンに迫る。
 当たれば一撃で黒コゲの火炎放射を、リザードマンは強靭なバネで、レーヴェごと飛び越えた。完全に後ろを取った。
「もらった!」
 一気にフルスイング。
 ガアン、と耳障りな轟音。
「……ぐぅっ」
 グルルゴルンは腕を震わせた。痺れている。
「バァカめ! そんな程度の衝撃で俺が砕けるか」
 笑いながら鎧は口から青い光の玉を放出する。それは上昇し、空で花火のように放射状に弾けた。
 光弾が豪雨となって戦士たちに降り注ぐ。
「うおお! 何て野郎だ」
 グルルゴルンが背中に被弾して顔をしかめる。すぐさま鎧から飛びのいた。
「弱点があるとすれば……あの目や口でしょう」
「そうね。そこ以外はおそらく無駄……ね」
 アイラスとエヴァーリーンもまた肩と足にそれぞれダメージを負いながら、冷静に敵を分析する。 
「しかし色々吐きやがるが……あっちだって無限に弾を出せるはずはねえ。まずは弱らせるのが先決か」
 腕3本に傷をつけたシグルマは忌々しそうに呟く。
 と、鎧は口から液体状のものを吐き出した。さっきよりもスピードが速い。アイラス、エヴァーリーン、シグルマはもろに直撃を受け、全身を濡らした。
「これ……うわ、お酒ですね。大丈夫ですかエヴァさん」
「……酔っちゃいそう」
 頭を押さえるアイラスとエヴァーリーン。
「カカッ、俺様の酒はひとたび浴びたら一気にへべれけよ。立つことも出来なくしてやるわ」
「ほお、そいつは面白い」
 ここで威勢を上げたのはシグルマだった。どこから出したのか、手にはジョッキを持っている。
「残念だが俺はこの通りピンピンしているぜ。悔しかったら俺を満足させるだけの酒を出してみろよ」
 シグルマはその場に構えた。アイラスとエヴァーリーン、反対側に立つグルルゴルンもその意味を悟った。
「そうかい、それじゃあさっきの10倍のアルコール度数をお見舞いしてやらあ。アル中で死ねや!」
 鎧は再び酒を噴射した。シグルマは一歩も動かずジョッキで受けた。もちろん受けきれるはずはなく、ほとんどは体にかかっている。
「何だ、こんな程度かい。はっはっは、やっぱり三流アーマーだな」
 シグルマはジョッキを数秒で空けた。鎧の目が憤怒に剥く。
「今のは本気じゃねえ。今度はもっといいのを飲ませてやるよ」
「おお、そいつはありがたいな」
 ヨイサヨイサとはやし立てるシグルマを酒の嵐が襲う。ほとんど暴風雨だ。
「ハァーここにー集まる皆様よー、今宵はー朝まで返さんぞー。おーれーは漢だぞー♪ 一気! 一気! 一気! ……ってか。何がもっといいやつ、だよ。まずいまずい。数百年生きているうちに腐らせたんじゃねえのか」
 歌ってから飲み干す余裕ぶり。まったく潰れないシグルマに、少なからず動揺する鎧。
 ――もうこの多腕族の戦士以外に、目に入っていなかった。
 すでに十を越える酒攻撃。アルコール度数は70%、80%と上がっていく。しかしシグルマは参らない。
「この、こうなりゃ95%!」
 ――ポスン、と気の抜けた煙を吐いた。
「限界、だな。俺の勝ち!」
 シグルマが宣言した。
 ついに戦士たちは攻めに転じた。

 ヒュウン!
 パシイイン!

「あ……あだああ?」
 略奪の鎧の虚ろに開いた目と口。それを立て続けに打ち据えたのは、鋼糸の鞭。
「……あんな作戦が本当に成功するなんて」
 エヴァーリーンは半ば呆れながら、鞭打ちの手を休めない。
「マヌケな人間って言ったわよね……じゃあ、あなたはマヌケな鎧ね……私の前に現れるんだから……倒されるだけなのに」
 反撃ができない。度重なるシグルマへの攻撃で、鎧は完全に疲弊していた。
 それでも鎧は目も口も閉じたまま必死に鞭打ちを耐え、また魔力が溜まるのを待った。

 ――充電完了。今こそ皆殺しにしてくれる。

 目を開けた。
 それはすぐに、永遠に閉じられた。
 アイラスが釵で両目を貫いていた。エヴァーリーンの攻撃の隙を突いて接近していた。
「ギャアアアア!」
 根元まで刺さっている。通常の人間にこんなことをすれば、背中まで突き抜けているはずだ。
「レーヴェさん、痛みますか?」
 アイラスが聞くと、レーヴェは少し顔を歪めて頷いた。
「少し響いたな。だが私の体には届いていない。こやつの目は違う次元に通じているようだ」
 その時、鎧とレーヴェが同時に悲鳴を上げた。
 今一度背後をとったグルルゴルンが、強靭な尻尾でレーヴェの足を払っていた。
「今度こそ吹っ飛ばさせてもらうぜ!」
 ゆっくりと背中から落ちようとするレーヴェと鎧。
 リザードマンは咆哮を上げて、豪快に背中を棍棒で打ち上げた。
 レーヴェの体は宙高く浮いた。そして急降下してくる。
「お、おのれおのれ!」
「ふん……。苦労したが貴様の最後のようだぞ。結局は私に取り付いたことが運命の分かれ道というところだな」
 とはいっても、目を潰されている鎧にはレーヴェの言葉などわからない。数秒後の己の死を予想できはしなかったろう。
 右拳に体中の魔力をこめ残った口に叩き込もうとするアイラスが、勝利の笑みを浮かべて構えていた――。

■エピローグ■

「我が同胞レーヴェを救ってくれて感謝する……と王はおっしゃっています。もちろん私以下、城の兵士も同様です。ありがとうございました」
 近衛隊長は頭を下げ、戦士たちと握手を交わした。
「そなたたちが望む通りの報酬を用意しよう。遠慮なく言ってくれ」
 レーヴェは少しやつれていたが、表情は豊かだった。
「あの鎧、禍々しい奴だが、強い奴だった。楽しかったぞ! またこんなことがあったら真っ先に声をかけてほしい」
 と、グルルゴルン。
「はは、気持ちはありがたいがもうあのようなミスはせんよ」
 苦笑いするレーヴェ。
「僕はどうしましょうかね。ちょっと考えさせてください」
「私も」
 アイラスとエヴァーリーンが共にそう言うと、シグルマがようし、と声を上げた。
「そんじゃあ、レーヴェの奢りで打ち上げといこうかい! 酒だ酒!」
「そなた、まだ飲むのか?」
 その場の全員が大いに笑った。

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト】
【2087/エヴァーリーン/女性/19歳/ジェノサイド】
【0812/シグルマ/男性/35歳/戦士】
【2161/グルルゴルン/男性/29歳/戦士】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。ご依頼ありがとうございました。
 今回はちょっと皆さんのプレイングの統合が難しかったんですが
 うまくやれていたでしょうか?
 
 それでは、またお会いしましょう。
 
 from silflu