<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『ピンクの剣 奪還作戦』

 好きであの家に生まれたわけじゃない。
 オレが『白の天使』の腹に宿った時、国のみんなはたいそう嘆いたそうだ。おふくろの尼僧としての魔力、癒しの能力がこれで失われてしまったと。
 ガキの頃体の弱かったオレは、6歳の時ひどい高熱の病気にかかった。『赤の騎士』は自分の息子を見舞うことなく、王子の護衛でずっと帰らなかった。オレの国の王子は、同い年の6歳だったよ。

『ピンクの騎士』なんて呼び名、羨望や尊敬からつけらけたワケがない。病弱で白かったオレが、重い剣に振り回されて顔を真っ赤にして修行してるのを見た奴らが、両親の名前をもじって笑い者にしたんだ。

 アイリスってのは、紫がかったピンクの綺麗な花だよ。いい名前だと思ってる。両親がオレを愛してないわけじゃないのはわかってる。
『殺すなかれ。味方にすべし』という考えも尊敬している。

 だけど、あの剣はオレには重すぎるんだ。強力すぎるチャームの魔法も込みでね。

<オープニング>

「いらっしゃ・・・い・・・」
 白山羊亭のドアが開き、ルディアは笑顔と快活な声で応えようとしたが、途中から思わず仏頂面になった。
「あら。ピンクの騎士さん。お元気そうね」
彼は現在エルザードにて修行中の騎士だが、ダメダメの根性無しで有名であった。
「かー、その呼び方、やめてってば!オレにはアイリスってきれいな名前があるんだから」
 綺麗な名前のわりには、腫れた瞼と鼻筋の見えぬ鼻、とどめの受け口。『精悍な騎士』とは似つかぬ風貌だ。
 彼はつかつかとルディアに歩み寄り、小声で、「剣の奪還を手伝ってくれるヤツを探してるんだ」と耳打ちした。
「えーっ!どうしたんですか?だって、ご両親から渡された大事な剣なんでしょ?」
 しかも、軽く斬られただけで強力なチャーム魔法がかかるという、アイリス曰く『呪いみたいな剣』なのだ。
「奪われたんだ」
「えっ!盗賊にですか?それとも決闘か何かで?」
「決闘は、近いかな。四角くて、薄くて、そういうヤツでやる決闘」
「・・・カードで負けたんですね」
 このバカ息子は、なんでそんな大事なものを賭けるのだ。
「手持ちのコインが足りなくて、調達するまで預けただけだった。だが、金を持って行っても返してくれん。剣の効果に気づいたのかも」
「それって、悪用されそうってこと?」
「じじいは今、野暮用でエルザードを離れてる。帰って来る迄に取り返さないと叱られる」
 アイリスが『じじい』と呼ぶのは、彼のお目付役の賢者である。『赤の騎士』の友人で、実の父より厳しいらしいのだが、彼が不在だとアイリスは結局ダメ男に戻ってしまう。

< * >

「成長していないんですねえ」
 アイラス・サーリアスが腕組みのポーズで背後に立っていた。眼鏡の奥の瞳は呆れ果てていた。
「やあ、オレと一文字違いのアイラス君。依頼、受けてくれるの?」
 アイリスはおどけた口調でテーブルに頬杖をつく。
「あなたと名前が似ているのが恥ずかしいくらいです」
 そうは言うが、剣の奪還には協力してくれるらしい。詳しい話を聞こうと彼もテーブルに着いた。
「ちぇっ。何なら、オレのことは別の名で呼んでくれよ。仏の座とでも曼珠沙華とでも」
「花が嫌がりますわ。あたしも今、聞き覚えのある声がしたので、嫌な予感がしてお話を聞いてしまったのですが」
 きつい言葉のわりにおずおずと進み出たのは、背に白い翼を持つ少女。戦天使見習いのメイだった。
「それにご両親がつけてくださった名前でしょう。大事になさってください」
「ふん。相変わらず、正しいことしか言わんガキんちょだ」
 アイリスは目をそらす。彼は、母親に似た白一色の少女が苦手だった。母親に叱られているような気になるのだ。
「『ガキ』はともかく、んちょって何ですの、んちょって!」
 憤慨に頬を紅潮させるメイだ。アイラスが、『彼を相手にいちいち怒っても』とでもなだめるように、肩を叩いて椅子を引いてやった。

 賭は、ベルファ通りの飲み屋で行ったと言う。国から許可を得ているカジノ・バーで、カードの相手も堅気だった(と思う)そうだ。
「金持ち商人の御曹司だそうだ。盗賊や詐欺師の類では無かったと思う。キザで偉そうな、感じの悪い男だったが。宝石商の息子で、名前はスピネル」
 アイリスの情報提供に、アイラスとメイは顔を見合わせて眉を寄せた。
「それは・・・」
「盗賊さんよりタチが悪いかも」
 スピネルは、エルザードでも有名な女たらしの遊び人である。そんな男が、チャーム効果の剣など持ったら悪用するに決まっている。
「どうしてそんな危険な剣を手放したのよ〜〜っ!」
 背後から甲高い声が響いた。アイリスが振り向くと、巫女装束の少女が立っていた。
「今、ルディアから事情を聞いて参上したところよ。情けないわ、ピンクの騎士!」
「だから、その名前で呼ぶなってば。・・・また聖職者関係かぁ?」
「御祓いをするのが仕事だけど、剣を揮う方が性に合ってるかも」
 少女は破顔すると、群雲蓮花(むらくも・れんか)と名乗った。朱の袴、両の腰に二本の剣を携えている。
「危険な剣さ、確かに。どこかで、『もう持っていたくない』って気持ちが働いたんだろうな」
 アイリスは、人ごとのようにぽそりと言った。
「好きで名騎士の息子に生まれたんじゃない。他になりたいものなんて許されなかった」
 愚痴っぽく吐き捨てる勇者(予定)に、アイラスが冷徹に応えた。
「僕だって、人間に生まれたくて生まれたわけじゃないんですけど。みんなそうでしょう。人間に生まれたくて生まれた人はいないですよ。でも、人間として生まれたからには、人間として一生懸命に生きるでしょう?」
「・・・。」
 アイリスは痛い言葉に胸を突き刺され、黙ってうつむいた。眼鏡の青年はさらに追い打ちをかける。
「人間なんてヤだ、鳥がよかったのに、兎がよかったのにと、生きている間ずっと拗ねて生活するつもりですか?」
「そうですわ。心を決めてください。あたし達が必死で剣を取り返しても、ピンクの騎士さんがその調子では、また同じことの繰り返しです」
 普段は引っ込み思案なメイも、はっきりと意見した。
「オトコでしょ、ピンクの騎士!」
 蓮花がどーんと肩を叩いた。
「・・・言い訳は立たんな。剣は何としても取り返さないと。もう一度スピネルに頼み込んでみるが、もし駄目なら力添えを頼む」
 勇者(予定)が重い腰を上げた。

< * * >

 スピネルは、屋敷の鏡の前でポーズを決めていた。
「とう!」
 剣で斬りつける真似をしてみる。柄と握りに金と宝石で細工された美しい剣だ。トロそうな少年からカードの賭でせしめた。こういう美麗な武器は、あんな地味な顔の少年より、美形の自分が持つにふさわしい。
 銀貨20枚の貸しの『預かり品』だが、所詮口約束。一緒にカードをやっていた者達に金をばらまいて口裏を合わさせ、『預かりでなく、譲渡だった』と言い張って手に入れた。商人(働いてはいないが)である彼は、騎士が持つようなこんな立派な剣はあこがれだった。
「さて、またアイツが『返せ』と店に来るかな。土下座でもさせてやるか」
 スピルネはオールバックに撫でつけた髪の、首筋にむせるほどどぎついコロンを吹きつけた。一つずつのパーツは綺麗な目鼻なのだが、心の卑しさが作りに出るのか、いつも段違いにひそめられた眉や歪んだ口許のせいで、下品な印象を与える青年だった。

 アイラスは三人とは別行動を取った。ベルファ通りをさらに横道に入った、裏通りへと歩を進めた。調べたい事があったのだ。
「やあ、オヤジさん。羽振りはどう?」
 ぼろ布をかぶり壁にもたれ寝ていた浮浪者が、アイラスの声に反応してのろのろと起き上がった。
「眼鏡のニイちゃん。今夜は何かい?」
 節くれだった手を差し出した。アイラスは、ウィスキーのポケット瓶を取り出して見せた。あちこちの方向に伸びて絡んだ男の長い髭が揺れた。口許がほころんだのだ。
「そこのカジノ・バーに出入りしてる男二人の身元を調べている。カードの賭によく参加するらしい。
 一人は、40くらいの小太りの男。日焼けしていたというから、農夫じゃないかな。マルボロを吸っているそうだ。
 一人は、60歳くらいの男。白髪だが頭のてっぺんが禿げていて、瓢箪みたいな黒い痣がある。葉巻を吸うらしい」
 アイリスから詳しく聞き出した、賭の時のもう二人の容貌だった。
「禿げは、アンティーク家具店の主人だ。大通りに店があり、二階が自宅だ。知ってるだろう?」
『ああ、あそこか』とアイラスは頷いた。
「農夫は、たぶんカジノより別の店に入り浸ってる奴だぜ。女を連れていなかったか?同じ並びにあるパブのねえちゃんに傍惚れしてんのさ。今夜もそっちの店にいるだろうぜ」
「ありがとう」と、アイラスは、別のミニチュアボトルを男に投げた。これだとポケットボトルの五分の一程度の量だ。
「おいおい!話が違うぞ」
「情報が正確だったら、もう一本を渡すよ」
「ガセだったことがあるか?」
「うーん。五分五分かなあ」
「・・・ちぇっ」
 妥当な率だったのか、男は強い抗議もせず、既にもう瓶を捻っていた。今回は、ポケット瓶を戴ける自信があるのだろう。

 アンティーク店の主人は在宅だった。店での立ち話だったが、「ああ、宝石屋の坊主に金を握らされたんでな」と簡単に証言を翻した。
「金のせいじゃなく、父親には義理があったんで、断れなかった。だが、あっちの子はまだ少年って感じだった。すまないことをしたと気になっていたんだ」
 農夫の方は手こずった。
 まず、アイラス自身が、女性が寄り添うような店に入りたくなくて、店の入り口に呼んで貰ったのだ。
 それに、武器をちらつかせて証言を引き出すことになるかもしれない。中でそれをやると騒ぎになる。
 カジノ・バーの集金だと偽ったが、ホステスが2度「彼は出てこない」と断りに来た。最後に「本当は浮気調査中の探偵だと伝えてください」と罠にかけ、やっと捕まえた。
 彼は頑固に『あの時は譲渡だと約束していた』と繰り返した。家具屋が白状したことを告げても、持ち主の事情を説明しても、証言を変えなかった。
「カジノは、ここのお店の女性と一緒だったようですね?」
 あまりしたくなかったが、殆ど脅迫だったかも。アイラスはやっと二人の証言を得て、カジノへと急いだ。もちろん、途中で浮浪者への報酬を投げ渡すのも忘れなかった。

 カジノ・バーへは、裏口から入った。守衛に支配人への用件を伝えた。曰く『この店で行われたお客の不正について』。
 用件を済ますと、客として正面から中に入り、勇者(予定)達を探した。地下への階段は急だが、照明も明るく、客たちも賑やかに騒ぐ、そう危険な雰囲気は無い酒場だった。
 ルーレットがカラカラと軽やかに回り、カルテットが小粋なジャズのフレーズを繰り返す。スロット・マシーンからコインがじゃらじゃらと吐き出され、男がヒューと口笛を吹いた。
 光沢のある黒のスーツの男たち。スパンコールの背中の開いたドレスの女たち。アイラスは、紫煙で滲みる目を細めながら、アイリス達を探す。白い羽の少女と巫女装束の少女が同行しているのだ、目立つはずだ。
 その時、カウンター席付近で悲鳴が聞こえた。バラバラと人が引き、中央に銀の剣先が覗いた。誰かが剣を抜いたらしい。アイラスは人の流れを泳ぎながらそちらへと急いだ。

 人の輪の中を覗くと、スピネルが剣を宙に構えていた。脇を開けて腕も曲げ、尻を突き出したアヒルのようなポーズだが、ど素人が本物の剣を握っているのがわかる分、客たちは怯えているようだった。
 メイと蓮花が、すっとアイリスの背後に隠れた。
「用心棒が、なんでオレを楯にするんだよ!」
 雇い主にすれば、尤もな抗議だ。
「だって・・・。万が一少しでも斬られて、あんな男に目がハートになったら一生の恥ですもの」
「そうそう。アイツの汚い頬にチュッとでもしちゃったら、どうしてくれるの」
「オレだってアイツに抱きつくのはイヤだぜ?まだ一振りで殺された方がマシだ」
 勇者(予定)は、ため息をつき、そして唇を噛んだ。
「・・・おい。土下座したら返してくれるのか」
 アイリスは、剣の真下に一歩踏み出した。

「アイリスさん、そんな必要はありませんよ」
 アイラスが人垣を割って行った。
「剣を預けた時、カード卓を囲んだ他の二人に証言を貰って来ました。スピネルさんに報酬を貰って偽証したそうです。譲渡でなく、本当は預けただけだった」
「う、うそだ!それはおまえも金で釣ったのだろう!」
「おまえ『も』?」
「も?」
「今、『も』って言わなかった?」
「・・・。しまった」
 スピネルは、とことんおバカであった。
「くそう!」
 剣をさらに高く振り上げたスピネル。
 だが。
 がしっ。・・・がしっ。
 左右から、筋肉の山のできた腕がスピルネの手を掴んだ。両脇に店のボディ・ガードの二人が立って、彼の腕を自由にさせなかった。
「お客さん。ここは大人の楽しい社交場ですぜ。剣を振り回すのはお止めください」
 右の男が野太い声で警告した。
制服なのか、ボディ・ガードは上半身に皮の黒いベストを羽織っただけで、逞しい肉体を剥き出しにしていた。
「しかも、聞くところでは肩代わり品のやりとりで不正があったとか?支配人が呼んでいます。ちょっと奥へ来てください」
 左の男がスピネルの指から剣を軽く抜き取る。その時、スピネルの親指に刃が触れた。指紋の上に白い線が走っただけで、血さえ滲んだわけではない。だが、この剣にはそれで十分だった。
「マッチョなおニィさん・・・」
 それでなくても澱んだスピネルの瞳が、とろんと濁った。
「その筋肉の山でハグハグされたい・・・」
「・・・? どうしたんだ、いきなり?」
 スピネルは自分から彼の太い腕にしがみついた。そして堅い胸板に頬を擦りつけた。
「金角に一目惚れしたんじゃねえか?暴れられるよりマシだ」
「ふうん。タイプじゃないが、後で相手してやるか」
 もう一人がスピネルの腰から鞘を外し、金角と呼ばれた男が剣を納めてからアイリスの手に返してくれた。
「行くぜ、銀角」
 金閣の片腕にぶら下がったまま、スピネルは床を引きずられて行った。
 彼が後でどうなったか、知る者はいない・・・。

「噂には聞いていましたが。すごい効果ですわね」
 メイが惚けたように呟いた。
「なんか、ボディ・ガードの人たち、話のわかりが早かったね」と蓮花。
「先に、支配人に話をつけておいたんです」
 アイラスがにっこりと笑った。
「彼はカードでもイカサマをするので、注意しようとしていた矢先だそうですよ。
 で、本当に土下座するつもりだったんですか?」
 アイラスは、今度は真顔に戻って勇者(予定)に向き合った。
「仕方ねえだろ。剣を使われたらまずい。オレはそんなに腕は立たないしよ、女の子達もいたしな。
 じじいには言うなよ。恥知らずって怒鳴られる。ずっと、グチグチ、ネチネチ言われ続けるんだから。それに、絶対親父に言いつけるに違いないし」
「いえ・・・僕はあなたを見直したんですよ。大勢の中で土下座する覚悟があったなんて、それはかなり勇気のいることですから」
「ふん。買いかぶりだ。オレはただの意気地なしだよ。
 剣が戻ってほっとしたら、ハラが減ったな。白山羊亭に戻って、なんか食わないか」
「あ、あたしもお腹が空きました」
「私、サラミピザがいいな!スピネルでさえ女の子には奢ってくれたんだもの。奢りだよね?」
「おまえらなあ・・・」
 アイリスはがっくりと肩を落としてみせたが、笑顔だった。兄のように笑っていた。二人をきちんと守りきれたという自負もあるのかもしれない。
「どうですか?剣はまだ重いですか?」
 アイラスの問いに、肩をすくめ「そりゃあ重いさ」と返す勇者(予定)だ。
「敵を殺さなくても戦闘に勝つ事が可能な剣だ。利用価値の高い剣だとわかっている。
 今のオレに使いこなす自信は無いが、いつかはこの剣に見合う騎士に成長せんといかん。それが・・・重いな。
 だが、愚痴だけ言ってても強くはなれん。
 スピネルが、湯水のように親の金を使いながら、『商人の家に生まれたくなかった』と嘆くのを見てぞっとしたよ。
 兎に生まれたかったと運命を呪い続けるのは愚かなことだ」
 眠気が来たような腫れぼったい瞼の勇者(予定)は、受け口の唇で断固とした口調で言った。
 少しだけ、『(予定)』が取れる日が近づいたかもしれない。

<END>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1649/アイラス・サーリアス/男性/19/フィズィクル・アディプト
1063/メイ/女性/13/戦天使見習い
2256/群雲蓮花(むらくも・れんか)/女性/16/祓い屋

NPC 
アイリス(ピンクの騎士)
スピネル
浮浪者(情報屋)
金角・銀角(ボディ・ガード達)

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■         ライター通信          ■
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ご注文ありがとうございました。ライターの福娘紅子です。
結局、アイラスさんの影での活躍で解決したようです。
ご苦労様でした。