<東京怪談ノベル(シングル)>
【 Cat de Panic 】
何の変哲もない一日を、今日も過ごすのだとばかり思っていたが。
「にゃぁ……にゃぁ」
いくつもの声。歩いていて気になって仕方がなかったが、一度は無視をして通り過ぎた。それは行きの話。
そして帰り。
「にゃー。にゃー」
さっきよりも、自己主張が激しくなっている気がする。
何か、訴えかけてきているんじゃないだろうかと、思わずに入らないないほどの騒ぎ方。
自分が通り過ぎると――
「にゃー! にゃー!」
しかし、他の人が通り過ぎると
「にゃぁ……」
――この差はなんだ。
「うーん、困ったなぁ……」
孤児院につれて帰れば、子どもたちは喜ぶのだろうが、しっかり世話ができるかどうか心配。
中途半端につれて帰って、中途半端に世話をしては、猫たちがかわいそうだ。
「それにしても、ずいぶんちっちゃい。どうして、こんなことしたんだろう」
ダンボール箱に入れられ、道の片隅に捨てられている猫五匹。まだ、目が開いて間もないんじゃないかと思うぐらい小さくて、箱の中で歩き回る姿も、よちよちという表現が良く似合う。
「シノン」
迷っていたとき、よく知った声に名を呼ばれて、振り返った。
「……どうした?」
兄貴分である青年が不思議そうに自分を見下ろしている。道端にしゃがみ込んで、難しい顔をしていれば、そりゃどうかしたのかと思われるだろう。
「実は、猫が、あたしに対してだけ、すっごい自己主張してくるの」
「……自己主張……?」
「そう。まるで拾ってくれって言ってるみたいに。あたしが通り過ぎるときだけ、激しいんだよ!」
「……拾ってやったら……どうだ?」
そんなに主張してくるんなら、拾ってやるのがいいんじゃないかと、青年が切り出してくる。自分もそう思っていたところだが、やはり
「ちゃんと、世話できるかなぁ……」
「……大丈夫だろう……孤児院の子たちと、一緒に世話もしてやればいい……」
彼の言うとおりだ。
それに、動物を飼うことで、子どもたちになんらかのいい影響を与えることも大きい。
「よし、持って帰ろう! みんなでやれば、なんとかなるよね!」
満面の笑みを浮かべて箱を持ち上げると、それまで大騒ぎをしていた子猫たちが、安心したようになきやんだのだった。
◇ ◇ ◇
歩きながら箱を持っているせいか、そのゆれが心地よかったのだろう。
孤児院に帰ってきたときには、気持ちよさそうに五匹の子猫は眠りについていた。
「おかえりっ! シノン!」
「おかえりー!」
彼女の帰りを心待ちにしていた子どもたちが、一気に彼女を取り囲む。一人ひとりに「ただいま」と笑顔で声をかけながら、広場のようになっている場所で一度足を止めると。
「その箱、どうしたの?」
気がついたのだろうか。子どもの一人が声をかけてきた。
まだ質問には答えず、黙って箱を地面に下ろすと、周りの子どもたちが一斉に歓声をあげる。
「うわぁっ! かわいい!」
「すごい! 猫だぁ! 猫!」
「なに? なに? どうしたの?」
後ろのほうにいた子どもには見えなかったようで、身を乗り出すように箱を覗き込もうとしている姿が目に映る。
「さっきね、あっちで捨てられてるところを、見つけてきたんだ。もし、みんなが仲良くできないんなら、返してくるけど、みんな仲良くできるよねっ!」
持ち前の元気な声で子どもたちに告げるシノン。答えはもちろん
「はーい!」
満場一致。子どもたちは心から、新しい仲間を歓迎したのだった。
そんな子どもたちの様子にほっと胸をなでおろしながら、これから何をしたらいいか思考をめぐらせる。
「よし! 係りを決めよう!」
「かかりぃ?」
幼い少女がシノンの足元で、ズボンを引っ張りながら首をかしげている。
「そう、係り」
子どもたちの間で取り合いになっては困るし、子猫たちも動揺してしまうだろう。今ここで目を覚ましても、驚いてしまうかもしれない。
「まず、お散歩係でしょ、それに、ご飯係、それから一緒にお昼寝係に、お風呂係。こんなもんかなぁ」
大事なものを忘れている。
「あっ! トイレ係も必要だね」
「それじゃ、おれ、トイレのしつけやりたい!」
「わたしはご飯!」
「おひるねするー」
「おさんぽ! おさんぽ! あそぶ!」
子どもたちがそれぞれに何をやりたいか声を上げる。さすがに全部を聞き取ることはできないので、孤児院の中に入っていろいろ決めることにした。
◇ ◇ ◇
まずはお散歩係。
「ねえ、シノン。お散歩ってつまり、外で一緒に遊んであげればいいんだよね?」
「うん、そうだね。とくに孤児院の外にお散歩に行かなくても、孤児院の中で大丈夫でしょう!」
「じゃ、遊んでくるー!」
言い残して勢い良く飛び出したのはいいが。
「え? え? ちょっと待って! だってまだ、猫たち寝てるでしょっ!」
シノンの言葉など届くはずはない。子どもたちにとってみれば、新しいおもちゃが手に入ったようなものだ。しかも、動くし鳴くし可愛いし。
子どもたちを追いかけるように外へ飛び出し、猫の箱に駆け寄ったときにはすでに遅く。
「にゃー! にゃぁー!」
嫌がる子猫たちを無理矢理箱から出し、たたき起こす結果となってしまった。思わず頭を抱えるシノン。
「こらっ! せっかく寝てたのに、無理矢理起こしちゃダメでしょ!」
今更遅いが、とりあえず怒っておくことにした。
◇ ◇ ◇
次にお昼寝係。
すっかりお散歩係の子どもたちにたたき起こされ、散々遊びまわされた子猫たちはくたくただった。
「さぁ、子猫たちと一緒に、ちびたちも昼寝するよー!」
結局。係りなど関係なく、全力で子猫たちと遊んでいた幼い子どもたちも、くたくたになっている。
このまま一緒に寝かせてしまうのが、得策だろう。
その前に。
「ちゃんとトイレいくんだよー」
それは子猫たちにも言えること。そこで、トイレ係に立候補した子たちも呼んで、トイレのしつけをしようと思ったのだが。
「あ、そこじゃないってばー」
「こっちこっち! この砂の上」
「あー! こらこら! おしっこしてる最中に抱き上げたら!」
もちろん、抱き上げた子どもたちが「トイレ」になるに決まっている。
すっきりした子猫たちは、これまたトイレを済ませてすっきとした幼い子どもたちと一緒に、すやすやと眠りに落ちた。
しかし、そのワキで。
「ほーら! 汚れたもの脱いで、ちゃんと水あびて! 後でかゆくなっちゃうからね!」
予定外の洗濯物に終われる、シノンの姿があったのだった。
◇ ◇ ◇
お風呂係。
夕方になって、日も落ち、すごしやすくなったころ。
大きく、自分のことをしっかり自分でできる子どもたちと一緒に、子猫をお風呂に入れることにした。
だが。
「きゃぁぁぁっ!」
「どうしたの!」
お風呂場から聞こえてきた悲鳴に、すかさずかけつけるシノン。
すると、水を怖がった子猫たちが大暴れして、大騒動になっていた。
「こらこらこら! とりあえず落ち着いて! 子猫たち抱き上げて! いったんお風呂の外に出してあげて!」
「にゃー! にゃー!」
ドアを開けたままにしておくと、危険を感じている猫たちのほうから、風呂場の外に出てきてくれた。
「何したの!」
「一緒に中に入ってたんだけど、この子が一匹手を離しちゃって……掴まえようと思ったらもう一匹、一匹って……」
芋づる式に、どんどん子猫たちを浴槽の中へダイブさせてしまったという。
それは、子猫にとっては深い浴槽の中。大騒ぎになるはずである。
「……わかった。後で洗面器使ってお風呂に入れることにしようね」
すっかり水を怖がってしまっているであろう子猫たちが、果たして入ってくれるかどうかは疑問だが。
◇ ◇ ◇
ご飯係。
「やっぱり小さいから、ミルクとかのほうがいいのかな……」
迷いながらも、他に思い当たらなくてミルクを食事にしようと決めると、ご飯係を名乗り出た子どもたちと一緒に、器に用意する。
「シノン、シノン。これ、そのまま入れていいの?」
「え! ちょっとまって。多分、小さいのにそんな冷たいものはまずいと思う」
「じゃ、あっためるの?」
「そうだね。少し暖めようか」
しかしそこで、思い当たる。
「……でも、猫って猫舌っていうぐらいだから、熱いのはだめなんだよね」
そう言っている間にも。隣にいた子どもから、こんな声が上がる。
「ねえねえ! ミルク、ぼこぼこしてきたよ! あったまったかな!」
「そんな熱いのはだめぇー! やけどしちゃう! やけどしちゃう!」
大慌てで火を止めて、冷たいミルクを足しながら、冷ましてなんとか調整するのだった。
◇ ◇ ◇
そして、一日が終わって……。
「はぁ……はぁ……はぁ……つ、疲れたよ。なんか、無駄に……」
テーブルに突っ伏しながら、子どもたちの間で眠りについた子猫の様子をうかがうシノン。
「ぐっすり寝てるから……とりあえず、大丈夫かなぁ……」
とんでもないものを拾ってきてしまったと、今日一日振り回されてしまった。
「やっぱり、拾ってこないほうが良かったかな」
でも、あんなに輝いた子どもたちの表情をみるのも、久しぶりだった。それが、嬉しくて仕方がない。
どんなに大騒ぎをしたって、子どもたちが楽しいと感じてくれれば、それが一番なのだ。
また明日からも、子猫たちに振り回される日が来ると思うと、少々おっくうにもなるが――
「でも、みんな楽しそうだったから、いいよね。うん!」
明日は、朝一番から、五匹の子猫たちの名前を考えてあげよう。
子猫たちが住む場所を作ってあげて。
係りももっとしっかり決めてあげて。
それから、それから。
考え始めたらキリがない。
楽しみでいっぱい。
明日からまた、にぎやかな毎日が待っていると思うと、嬉しくて仕方がない。
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ライターより。
はじめまして。この度は発注ありがとうございました!
ライターの山崎あすなと申します。
元気で明るい、シノンさんと子どもたちの子猫騒動をお届けです。
日常のワンシーンを描くのがとても好きなので、楽しませて書かせていただきました。
それでは失礼します。
また、お会いできることを、心より願っております。
山崎あすな 拝
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