<PCクエストノベル(1人)>


真紅の毒 〜一角獣の窟〜
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【冒険者一覧】
【整理番号/      名前     / クラス 】
【1854/ シノン ・ルースティーン/神官見習い】

【助力探求者】
 なし

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■孤児院の異変
 ベルファ通りから天使の広場へと向かうメインストリートを少し外れると、豪華な歴史ある建物から薄汚れた古い建物へと変わり、住民達の雰囲気が一変する。
 この辺りは貧民街とも呼ばれ、小さな工房や商店がひしめき合うように立ち並び、生活を営んでいた。
 裏通り特有の細い路地を通り抜け、シノン・ルースティーンはいつものようにすれ違う人々に挨拶を交わしていった。
 
シノン「こんにちはーっ、今日もいい天気ですね」
住民A「はいよ、こんにちは。本当にいい天気だなぁ」
住民B「ああ、シノンちゃん。今日も孤児院に行くのかい?」
シノン「ええ、今日は誕生日パーティなの。目一杯お祝いしてあげるんだ!」

 誰彼となく気兼ねなく声をかけてくれるシノンに、街の人々は優しく話しかけてくる。この辺りには無法者が多いという噂があるせいか、住民に声をかける冒険者は数少ない。職業柄、信用と名誉が第一と考える者が多いからだ。だが、本当は表通りのかしこまった人達より、この辺りの住民の方が優しい心と守る勇気を持っていることをシノンは知っている。

住民A「パーティなら、手ぶらで行っちゃいけないよ。ほら、うちで一番のフルーツだ、持って行きな!」
シノン「わぁ……こんなにたくさんもらっちゃっていいの?」
住民A「ああ、孤児院の子達が喜んでくれりゃ、俺らもうれしいからね」
シノン「有難う、きっと喜んでくれるはずよ」

 両手一杯の果物を抱え、シノンは孤児院に向かう最後の角を曲がった。
 その時、飛び出してきた子供にぶつかり、シノンはそのまましりもちをついてしまった。
 
シノン「きゃっ!」
男の子「ご、ごめんっ……! あっ、シノン姉ちゃん! 大変なんだ! みんなが……みんなが!」
シノン「……落ち着いて。何があったか……あたしに話してくれる?」

 泣きじゃくる男の子をそっと抱きしめ、シノンは優しく言った。
 シノンの胸に抱かれた彼は与えられた安心感に、大きな声で泣きはじめた。
 しばらくして、ようやく落ち着いたのか、彼は嗚咽を堪えながらとぎれとぎれに話し始めた。

■不治の病
 事件は昨日の夜に遡る。
 その夜、シノンが帰った後、孤児院の子供達が数人、街のはずれにある森へ誕生日プレゼント用の花を採りにいったらしい。無事に花は摘んで帰ってきたのだが、それから数時間後に彼らは急な発熱を起こし、今もなお意識不明の重体に陥っているという。
 
男の子「精霊にお願いしても全然良くならないし、僕達の回復魔法じゃちっとも効果ないし……お医者さんも、あんな病気みたことないってお薬すらくれないんだ……あと頼れるのはシノン姉ちゃんだけなんだ……!」
シノン「……とにかく一度、皆の様子を見せてもらえるかな」
男の子「……うん……」

 2人は急いで孤児院へと向かった。
 扉を開けたシノンを見つけた子供達は一斉に彼女へと駆け寄った。

シノン「大丈夫……あたしがきっと治してあげるから。ね、だから皆……もう泣かないで」

 努めて明るくシノンは言った。彼女の笑顔につられ、子供達はわずかに笑顔を浮かべる。
 ベッドに寝かされている子供は3人。昨日まで元気に駆けまわっていた子達ばかりだ。どの子も体が火のように熱く、全身がケイレンしていた。震える小さな手を握りしめ、シノンはそっと額にくちづけをする。
 
シノン「お姉ちゃんが来たからもう安心だよ。あと少しの辛抱だから……頑張ってね」

 シノンの声が聞こえたのか、手を握られた子供はわずかに微笑んだように見えた。
 
シノン「その、持ってきたお花はどこにあるの?」
女の子「これだよ、このお花。さっきまで咲いていたんだけど、奇麗なお水をあげちゃったらすぐ枯れちゃたの……」

 少女が持ってきた花は真っ黒でしおれた花だった。一見、百合のような形をしているが、少女の頭ほどの大きさもあり、茎に細かいとげが生えている。咲いていた時は血のような赤い色をしていたが、水を与えた途端に黒く色が変わり、しおれてしまったのだという。
 恐らく、この花の持つ毒が原因なのだろう。だが、もう毒気は抜けているようで、とげにも花や葉にも毒が見つけられなかったらしい。
 
シノン「……みんな、お姉ちゃん、ちょっと出かけてくるね。それまでお友達の看病をお願いね」
女の子「……どこいくの?」

 シノンは心配しないで、と微笑むと、素早く孤児院の外へと出ていった。
 孤児院の裏につながれていた馬に飛び乗り、腹を軽く蹴り合図を送る。
 彼女を追いかけようとあわてて飛び出してきた子供達の声を背後に聞きながら、シノンを乗せた馬はあっというま貧民街の雑踏へと消えていった。
 
■伝説に会いに
 昔からエルフは動物や精霊と心が交わすことが出来るとされている。彼等と言葉を交わすまでは出来ないシノンではあるが、エルフの血はきちんと受け継がれているようで、馬を巧みに操り森の中を疾走させていた。
 シノンは無意識のうちに、懐にしまっていた銀のクロスを握りしめていた。子供達の無事と回復を願うように、祈りの言葉を何度も繰り返す。
 森の中を駆ける途中、視界の端々に無気味な赤い花が咲いているのが見えた。
 おそらく子供達が摘んできた花と同じものなのだろう。小さな花しか咲かないこの辺りの森の中で、それらは異色な美しさをかもし出していた。
 が、今はそれに気を取られている場合ではない。早く行かなくては子供達の命が危ないのだ。
 馬の足を遅くさせることなく、ちらりと視線を送るだけにして、シノンは再び前方に意識を向けた。
 
 丘をいくつか越え、ようやく目的地である森の奥の洞窟に到着した。

シノン「あんたはここまでだね。少し待っててくれるかな」

 森の獣に襲われないように空気の結界を馬の周囲にはってやり、シノンは優しく汗ばんだ馬の背を撫でてやった。
 冷たい風が洞窟から吹いてくる。
 ほのかに花の香りが漂う清々しい風が実に心地よい。思わず目を細めて風を感じていると、見覚えのある姿が洞窟から出てくるのに気付き、シノンは声をあげた。
 
シノン「……ユニコーン……!」

 「彼」と出会った記憶はつい昨日のように覚えている。見間違うはずがない。
 真っ白なしっぽを静かに揺らし、ユニコーンはまるで彼女を誘うかのように、洞窟の中へと消えていった。
 
 ユニコーンを追いかけるように洞窟の中を進んでいて、シノンは妙なことに気付いた。
 確か、ここはほぼ一本道の洞窟だったはずなのだが、以前来た道とは明らかに道が違っていた。くり抜かれたままの土壁が続き、人の手が入っているような形跡すら見当たらない。空気も洞窟の中だというのに清々しく、郊外の水辺を歩いているような感覚すら感じられた。
 程なくして広場に到着した。
 以前来た時より、天井からのびる鍾乳管の放つ光がわずかに強くなったような気がする。
 ユニコーンは湖の中に足を踏み入れ、じっとシノンを見つめていた。
 澄んだ銀の瞳に見つめられてシノンは不意に立ちくらみを覚え、意識が薄れていくのを感じた。
 
 それからのことはあまりよく覚えていない。
 気付くと、シノンは洞窟の前に立っており小さな革袋を持っていたのだ。
 袋の中には血が混じった水が入っていた。恐らくこの血は……ユニコーンの血なのだろう。
 
 風がシノンの頬をかすめる。
 
シノン「……えっ?」

 風とともに運ばれてきた声にシノンは目を瞬かせた。
 オルゴールのような澄んだ声。精霊達とも獣の鳴き声とも違う、美しい旋律のような声だ。
 
シノン「この水を……スープに入れるの?」

 返事はかえってこない。
 それが答えなのだと確信し、シノンは再び馬に飛び乗った。
 
■奇跡のスープ
 シノンは孤児院へ戻ると、言われた通りにスープの中へ持ってきた水を入れた。
 そこへ、弱った体に効く薬草を数種類加えて一煮立ちさせる。
 
シノン「さ、これを飲んで」

 病に伏せる子供の口にそっとスープを流し込む。
 見る間に熱がひいていき、子供はやすらかな寝顔へと表情を変えていった。
 
シノン「これでもう、大丈夫だね。皆も一応、スープを飲んでおいて。もしかすると、また病気にかかっちゃうかもしれないから」
女の子「シノンお姉ちゃん……ありがとう……!」
シノン「皆が頑張って看病してあげたおかげでもあるんだよ。あたしからも、ありがとうって言わせてくれるかな」

 泣きじゃくる子供達をシノンはひとりひとり優しく抱きしめる。
 
シノン「あ。それと……」

 シノンは少し顔をしかめて、口調を強くさせた。
 
シノン「森に子供だけで入っちゃいけないって言っていたでしょ。もうこれからは約束をやぶっちゃ駄目だよ」
子供達「はぁい……」
シノン「さ、今日はもう皆疲れたよね。ゆっくり寝て、明日元気な笑顔でお祝いしよう」

 にっこりとシノンは微笑む。笑顔につられて子供達は明るい表情をみせた。
 
シノン「明日はお誕生日と全快祝いのパーティだよ! とびっきりのごちそうを食べさせてあげるからね!」

 おわり
 
文章執筆:谷口舞

ーーー<このお話にでてきた特殊アイテム>ーーーーー 
■ユニコーンの血
 すべての病を癒し、不老不死を与えるという伝説を持つ。ただし、血をそのまま飲むと呪いがかかり、体が醜く腐り果てるらしい。