<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


柔らかな音楽と共に




 青い空には巨大な入道雲の他に、夏の終わりを告げ秋の訪れを示すかのような鰯雲が高い場所に点在していた。
 ティアリス・ガイラストはそんな空を眩しそうに見上げながら、小さな友達の待つスラム街にある小さな孤児院へと向かっていた。
 手には帰省した時におみやげとしてたっぷりと持ってきたお菓子を持っている。
 それは子供達が見るだけでも楽しめるような色とりどりのお菓子だった。
 それを目にした子供達のことを思うだけで笑みが零れる。
 ティアリスは足早に孤児院へと向かった。


「久しぶり。皆、元気だった?」
 にっこりと微笑んだティアリスは外で遊んでいた子供達に声をかける。
「ティア姉ちゃん!すっごい元気だったよ!」
「わー、お姉ちゃんいらっしゃーい」
 あっという間にティアリスの前に子供達が群がる。
 そこへなんの騒ぎか、とシノン・ルースティーンが現れるが、輪の中心にいる人物を見てシノンも表情を和らげ駆け寄った。
「あっ!ティア姉さん!戻ってきたんだね。おかえりっ」
 パタパタと駆け寄ってきたシノンはティアリスに明るい笑みを向ける。
「ただいま、シノン」
 おみやげよ、とシノンにティアリスは持ってきた包みを渡した。
「わー、なんかすっごい綺麗な包みだね。…お菓子?」
 シノンの口から『お菓子』という言葉が出た途端、子供達の瞳が輝く。
「お菓子?お菓子???」
 シノンねーちゃんお菓子ー!、と子供達は口々に騒ぎ出す。
「うわっ。ちょっと待って」
 ティアリスに群がっていた子供達は標的を変え、今度はシノンへと詰め寄る。
 わわっ、と子供達の勢いに押されつつもシノンは包みを高く掲げ、落ち着いてってば、と告げるが効果は無しだ。
 そんないつもの様子にティアリスは嬉しそうに瞳を細め、その賑やかな光景を眺めていた。


 落ち着いたのは子供達がお菓子を食べ終わり、満足な笑みを浮かべ昼寝をし始めた頃だった。
 シノンとティアリスはお茶を飲みながら、ティアリスの土産話に花を咲かせていた。
「……でもね、今回はしっかりとお父様を説得してから出てきたし。今度は大丈夫よ」
「そうなんだっ。良かった。これで兄貴も安心だねっ」
 一人の人物を出されティアリスは小さく笑う。
「でもさすがに仄めかす位しかしてこなかったけれど。それこそ外に出して貰えなくなったら困るし」
「うん、ティア姉さんがここに来なくなったら子供達も悲しむしね。もちろん、あたしも!」
「そうね。わたしもここに来れないのは淋しいわ。…さっきもここに来る時にこの子達の笑顔を思い出して嬉しくなったの。その笑顔をもっと見れると良いなと思ったんだけど」
 カップを口に運びながらティアリスが告げる。
 すると、うーん、と唸りながらシノンが何かを考え始めた。
「ティア姉さんとあたしが何かを一緒にすることが出来て、子供達を喜ばせることが出来たら一番なんだよね。うーん…なんだろう。あたし歌うこと位しか出来そうにないよ」
 後は魔法位だけど…、とシノンは唸る。
「歌ね……あ、そうだ。わたしね、家からヴァイオリンを持ってきたの。わたしのヴァイオリンとシノンの歌で演奏会とかはどう?」
 その提案にシノンはぱっと起き上がる。
「それだっ!そうだよ、そうしようよ。此処でティア姉さんとあたしで子供達の為に小さな演奏会を開くってとってもいい案だよっ」
 楽しそう〜!とシノンは上機嫌だ。
 ティアリスと何かを一緒にするということも嬉しいが、それによって子供達の顔に笑顔が浮かぶのも楽しみでならない。
 子供達の笑顔はシノンの元気の活力源だった。
 子供達が嬉しければ、シノンも嬉しい。もちろん、ティアリスも一緒に楽しんでくれるならなおさらだった。
 瞳を輝かせるシノンを見てティアリスも悪い気はしない。
「そう思う?ふふっ。それじゃそうしましょう」
 ティアリスも嬉しそうに微笑み、二人は視線を合わせ悪巧みでもするような子供っぽい笑みを浮かべる。
「よーしっ!子供達に楽しんで貰えるようなものにしようねっ」
 気づかれないように色々と用意して驚かせるんだからっ、とシノンは素晴らしい位の気合いを入れていた。
 そして二人は子供達が寝ている間に、こそこそと小さな演奏会の計画を練るのだった。



 空の雲が秋の様子を見せ始めた日のことだった。
 子供達がいつものように孤児院の前で遊んでいると、どこからともなくヴァイオリンの音が響いてきた。
「あれ?なんだろう……」
「ねぇねぇ、この音なぁに?」
「どっから鳴ってるの?」
 首を傾げて子供達は音の出所を探す。
 きょろきょろと辺りを見渡してみるが、風に乗って流れてくる音を子供達は特定することが出来ないで居た。
 しかし軽やかに紡がれる音は子供達の心をくすぐるらしく、諦めようとせずにあちこちに視線を走らせる。
 まるで鳥の囀りのように細やかに音が鳴る。
 空へと自らの鳴き声を響かせる鳥の声を模したヴァイオリンの音色。
 高く青い空へとその音は響き渡る。
 その素晴らしい速弾きに子供達が心を奪われ、鳥がいると思われる森の方へと視線を走らせた時だった。
 子供達の背後から透き通るような歌声が響いた。
 慌てて子供達が振り返るとそこにはシノンが笑顔を浮かべ立っていて、楽しそうにヴァイオリンの音色に合わせ歌っていた。
 軽やかに紡がれるヴァイオリンの音色と、それに乗せたシノンの歌声。

「シノンお姉ちゃんっ!」
 ビックリしたように声をあげる少年だが、隣にいた少女に袖を引っ張られ黙る。
 静かに聞いていろ、との合図らしい。
 そうして子供達は大人しくシノンの歌声を聞いていた。
 しかし、どうにもヴァイオリンの音色の方が気になるのかちらちらと森を眺める少女達が居た。
「ねぇねぇ、それじゃあの音は誰かな」
 森の方を眺めていた少女が隣の少女にこそこそと問いかける。
「誰かな……うーん……」
 とてとてと森の方へと歩き出した少女二人は、大きな木の陰に立ってヴァイオリンを弾くティアリスの姿を見つけた。
 声を上げそうになるのを、ティアリスが口で、しーっ、と言うのを見て慌てて口を押さえる。
「ティアリスおねーちゃんだったんだ」
 こそこそと少女二人はその場に座り込んでティアリスのヴァイオリンの音色を聞いていた。
 そして一曲目が終わる。

 そこで初めてティアリスは子供達の前へと姿を現した。
 ヴァイオリンを手にしたティアリスと歌っていたシノンに子供達が駆け寄る。
「ねぇねぇ、今のティアリスねーちゃん弾いてたの?あの鳥の鳴き声みたいな空まで飛んでいっちゃいそうなのとか!」
「すっげー!ねーちゃんたち!ねぇねぇ、もっとやって、もっと!」
 子供達の期待に満ちた瞳を眺め、シノンとティアリスは顔を見合わせる。
「そうね……どんなのがいいかしら」
「んー、皆も一緒に歌えるのが良いかなっ」
 そうね、とティアリスは微笑み一音を鳴らす。
 すっ、とその場が静まりかえる。
 しかしすぐにティアリスが奏でたメロディに子供達は手を叩いて声を上げた。
「知ってるー!知ってるこれ!」
 この辺りに伝わる民族音楽だった。
 シノンが軽く手を叩いて歌い出すと、それに合わせ子供達も手を叩いて歌い出す。
 ティアリスの奏でる音色に重なり合う、シノンと子供達の歌声。
 初めて合わせるというのにそれはまとまっていてとても素敵に聞こえた。
 たくさんの心が一つになって作り出す音楽。
 それは二人の胸に温かいものを運んでくる。

 目の前にある子供達の笑顔。

 それらを見て、ティアリスとシノンは幸せそうな笑みを浮かべ微笑み合う。
 二人はこの光景を求めていたのだから。
 いつまでもこの小さな友達の顔に笑顔が浮かんでいることを願う。
 辛いことがあっても笑顔を絶やさない人物に育って欲しいと願う。
 そんな二人の願いはヴァイオリンの音色となり、歌声となり高い空へと響いていく。

 楽しそうな音楽につられて近所の人々も集まってきて、次第に子供達に混ざり歌い始める。
 小さな演奏会は段々と回りを巻き込むお祭りのような騒ぎとなった。
 その様子にシノンとティアリスは満足げだ。

 これからもこの街の人々に笑顔がありますように。

 そう思いながら二人は音を紡ぐ。
 その願いを柔らかく吹き抜けた風が、遠くの空へと運んでいった。