<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


闇に潜む牙


------<オープニング>--------------------------------------

 いつも通り賑やかな雰囲気の黒山羊亭に、息も絶え絶えになった男が現れた。
 ぐったりとして血の気がない。
 扉を開けたところで力尽きたのか、がくり、とその場に倒れ込む。

「なんだ、どうしたんだい?」
 慌ててエスメラルダが駆け寄ると、男はひゅうと喉から息を吐き出すように告げた。
「たくさんの…蝙蝠が……村を襲ったんだ。血を吸われ……地下に逃げた者以外は全員……その地下も…洞窟に繋がっているからそれにアイツラが気づいたら……」
 そして男は手にしていた村の地図をエスメラルダに手渡す。
「アイツラは……普通の蝙蝠じゃない。血に飢えた……魔物だ……銃でも撃ち落とせなかった」
 そう言って男は気を失った。
 男の首筋や肌の柔らかい部分には数個の牙の痕が残っている。血を吸われた痕跡だろうか。
 エスメラルダは地図を見て、それがそれほど遠い村ではないことを確認する。
 今から向かっても夜半前には十分辿り着く距離だ。
 ねぐらに帰る蝙蝠をつけて、寝ている昼間の内に片を付けてしまえば良いのだろうが、今は一刻を争う状況だ。そんな悠長なことは言っていられない。
 幸い、男の持ってきた地図には隠れている場所もきちんと記載されている。

「さてと、仕事だね。一刻も早くこの村に行って蝙蝠を退治しておくれ。とにかく村人の救出が大事だろうね。それと村に入った途端襲われるかもしれないから、十分気をつけるんだよ」
 エスメラルダはそう言って回りを見渡した。


------<お酒は楽しくわいわいと>--------------------------------------

 アイラス・サーリアスが、何か良い依頼はありますかね、と黒山羊亭にある伝言板を眺めていると後ろから声をかけられた。
「よぉ。アイラスじゃねぇか。今日もウキウキ依頼チェーック☆ってやつかね?なんか面白そうなのあるか?」
「あぁ、オーマさん。オーマさんも依頼探しですか?…そうですね……、今のところはこれといってなさそうですけど」
「そうか。でもまた暫くしたらエスメラルダの奴が騒ぎ出すかもな。それまでのんびり飲んで過ごすのが一番か」
 あっち空いてる様だな、とオーマ・シュヴァルツが指さしたのは丁度二人がけのテーブルだった。
 そこへ二人は腰掛け、グラスを傾ける。
「そういえば腹黒同盟も認可されましたよね。これで大々的に募集が出来るってものですね」
「そうそう、それなんだがよ。アイラス、もっと効率よく腹黒同盟加入の知らせを皆に知らせるってのはどうやったら良いと思う?」
 俺様のトキメキ☆同盟計画に新たな風は欲しいと思ってよ、とオーマは言う。
 そうですね……とアイラスは暫く考える。
「やはり広場などで爽やかな笑顔を浮かべて勧誘というのが一番打倒だとは思いますが…その他ですと、パンフレットを一軒一軒回って渡すとか…でも余計に怪しまれそうですよね」
「もっとインパクトのあるやり方がネェかな……」
 うーん、とオーマが酒を飲みつつ呟く。
 その時、黒山羊亭によたよたと入ってきた男が見えた。
 男は具合が悪そうでなにかをエスメラルダと話すとそのまま倒れてしまう。
「やべぇなっ…」
 それを見ていたオーマは立ち上がり、男の元へと駆け寄る為立ち上がる。
 すると反対側でも立ち上がった人物が居た。
 普段黒山羊亭では見かけないイレイル・レストだった。
「よぉ、イレイルじゃねぇか。此処に顔出す事なんてほとんど無かった気がしたが珍しいなぁ。なんだ?今まで悶々と胸に溜め込んだもんでも酒飲んで吐き出してやろーってか??」
「あぁ、本当ですね。イレイルさんと此処でお会いするとは思いませんでした」
 にこりと眼鏡の奥の瞳が笑う。
 そんな二人に微笑みかけたイレイルは告げる。
「違いますよ。紅瑠斗さんと一緒なんです」
 イレイルのその一言で分かったという様に、にやり、とオーマは笑みを浮かべる。
 三人は軽口を叩きながらも倒れた男が気になるのか男の元へと急ぐ。
「ははーん、そうかそうか。二人でウキウキデートの真っ最中だったか。最近随分店に顔見せてると思ったらな。悪ぃ、邪魔したな」
「いえいえ。別に紅瑠斗さんとどうこうという話は全くありませんけど、ただ人が来てくれることは嬉しいことですね。俺も暇つぶしが出来て丁度良いんですよ」
「っつーか!そこのイロモノオーラ放ってるおっさんっ!何勝手なこと言ってやがんだ!」
 月杜・紅瑠斗が吠えるがオーマ達は気にせずそのまま歩いていってしまう。
 そんな中、ケイシス・パールがオーマ達の方に視線を移し呟いた。
「なんだ、オーマ達と知り合いなのか」
「ん?ケイシスもおっさんとアイラス知ってるのか?あの二人顔広いからナァ。っつーか、直接言って文句言ってやる」
 くっそー、と紅瑠斗はイレイル達が向かった場所へと足を向ける。
 行って見ようよ、とでも言う様に楽しげに鳴いた焔に促される様にケイシスも飲みかけの酒を一気に胃に収めると倒れた男の元へと向かった。


------<村へ>--------------------------------------

 先に向かっていたイレイルとオーマが男の症状を見る。
「こりゃ、貧血だな。体中の血が抜かれたっつーか吸われたっつーか…」
「とりあえず血は止まってるようですし、今は安静にする位しかありませんね」
 外傷は数個の牙の痕のみで、他には見あたらない。
「でも一体これは…吸血鬼…のしわざというわけでもなさそうですし」
 アイラスが呟くとエスメラルダが言う。
「吸血鬼って訳ではなさそうなんだけど、さっきの話だと血に飢えた蝙蝠に襲われたようよ。吸血蝙蝠…同じ様なものじゃない?そして吸血蝙蝠は村を襲い、逃げた人々は地下へ。でも洞窟と繋がっているからそれに気づいたら蝙蝠はその人たちも襲うでしょうね」
「それはまた…どんな攻撃でも当たるんでしょうか…」
「駄目だそうよ。とりあえず銃は無理だったみたい」
「他の方法でか…また長い夜になりそうだなぁ。蝙蝠と夜通しナイトカーニバルってな」
 もう行くことに決めたのかオーマがそう言うとアイラスも頷く。
「銃が駄目でも他にまだ手はあるでしょうし。ただ、小型の飛行生物はかなり厄介なんですよね…」
 銀の弾だったら大丈夫かもしれません、と言っているとそこに紅瑠斗とケイシスもやってきた。
 紅瑠斗はオーマに一言言ってやろうとやってきたのだったが、男の傷を一目見て呟く。
「これは蝙蝠に血吸われたな…でもあいつらが自ら村襲う事なんてあったっけカナ…。まぁ聞き分けのネェ奴らなら少し痛めつけてやらネェとな」
 何も言われていないのにやる気満々で、ニヤリと笑みを浮かべる紅瑠斗。
 その隣でケイシスも頷く。
「やっぱ人命救助先にしねぇとな。俺はそっちに回るか」
「あ、俺も俺も。ちょっと気になることもあるし。まずは村人救出に行くから、おっさんたちは蝙蝠ヨロシクなー」
「それじゃ俺は状況を見てどちらかにつきますね」
 イレイルが臨機応変にいきましょう、と告げエスメラルダから地図を受け取る。
「ここからだと…そう遠くもないですが…」
 今回の件は早めの対処が肝心だった。移動手段をどうするか、とイレイルが思案顔で俯くと隣でニィと笑みを浮かべたオーマが地図を覗き込む。
「俺様が皆を乗っけてそこまで行きゃあいいだろ?蝙蝠とのラブラブバトル前に銀色の獅子とメロリンナイトフライトなんつーのも乙だと思うがね」
「あぁん?おっさんが何で俺たち乗っけてけるんだよ」
「紅瑠斗さん、オーマさん銀色の大きな獅子になれるんですよ。それでひとっ飛び…ということらしいです。この間乗ったことがあるんですが、なかなか乗り心地は良かったですよ」
 ニコニコと人の良い笑みを浮かべてアイラスが言う。その隣ではオーマが当たり前だと頷いていた。
 そんな様子を見ていたケイシスが皆を促す。
「とりあえず出発しよーぜ」
 コンッ、とケイシスの肩の上に乗った焔も声を上げる。
 そうして皆はオーマに乗って村まで移動することにしたのだった。


「凄いですね。これがオーマさんのもう一つの姿」
 銀色の翼を持つ大きな獅子の姿を見てイレイルが感心した様に声を上げると、紅瑠斗は悔しそうに呟く。
「俺だってなー…新月時にはでっかくねーけど狼の姿に……」
 そんな呟きを相手にする者は誰も居ない。
 蝙蝠退治用にと各々が用意を済ませる。
 さっさと変化したオーマに乗ったイレイルが紅瑠斗を呼んだ。
 そして全員乗ると、オーマは翼を広げ夜の空へと舞う。
「すげぇ、良い眺めだな」
 焔はケイシスの言葉に頷くと一声鳴く。
 雲がときたま月を隠しその風景はとぎれとぎれにしか目に入ってこないが、なかなかのものだった。
 普段自分たちがそこに居るとは思えない。
『もうそろそろ村に着くぜ。相手は空にいるからな、少し手前で降ろしてそっから歩いた方が良いだろう』
「そうですね。これじゃオーマさんの攻撃される面積大きいですし」
 アイラスがそう言って笑う。
『言われてみりゃそうだな。んじゃ、降りるぞ』
 村から離れた岩陰へとオーマはゆっくりと降り立ち、皆を降ろすと元の姿へと戻る。
「よぉーし、待ってろよ。ブラッドラブナイトメアドリームなら俺の十八番ってかカミさんに鍛え上げられてるっつーか、いっちょ俺のゴッド親父ラブイロモノパワー腹黒マッスルでメロメロリンにしてやるぜ?」
 気合いを入れて、銃器を具現したオーマをげんなりした様子で紅瑠斗が眺めた。
 その間にアイラスとイレイルとケイシスは地図を覗き込んで確認をしている。

「それじゃ、この洞窟と地下は繋がっているんですね。僕達が蝙蝠を引きつけてなるべくそちらに行かせない様に足止めします」
「お願いします。俺は行ってみてからですね、やっぱり」
「村人を地下から連れ出すにはこの洞窟以外無いんだな…随分と難しいじゃねぇか」
 ケイシスが唸ると後ろからひょいっと顔を出した紅瑠斗が言う。
「それなんだけどよ、実際見て見なきゃわかんねーけど、今回のって黒幕が居そうな気がするんだ。いくら蝙蝠大発生で食料足りねーって言っても、むやみやたらにしかも集団で村を襲うなんてあり得ないんだよな…」
 蝙蝠って闇の種族だし俺と近いから分かんだけど、と紅瑠斗が告げるとオーマが頷く。
「まぁ、黒幕ってのもあり得るんじゃねぇか?その線も捨てずに捜査しつつ蝙蝠ゲット☆ということで」
 オーマの言葉にあり得ない言葉を聞いた四人は顔を見合わせる。
「蝙蝠ゲット…するんですか?オーマさん」
「捕獲?……ペットにでも?」
「相変わらず物好きっつーか、なんつーか」
「おっさん…これ以上怪生物増やしてそれこそ奥さんとのブラッディバトルだかなんだか繰り広げられたりしねぇ?」
 呆れた様子の面々だが、本人は至って真面目らしく踏ん反り返っている。
「蝙蝠だって俺様の心意気に触れたら感動の余り泣き平伏して自ら捕獲ボックスに入ってくるってもんよ。それがほれ、コレなんだがよ」
 親父特製秘密丸秘イロモノラブ具現BOX、という長ったらしい名前と共に現れたハート型のファンシーな箱。
「これを開けておけば自ら入ってくるってもんだな」
 ぱかっ、と軽く開けると中から、ごーっ、と風が吸い込まれていく音が聞こえる。
 自ら入るのではなく無理矢理吸い込まれるの間違いでは、と誰もが思ったがそれを口にする者は居なかった。
 そしてご機嫌のオーマと共にそれぞれの準備した道具を手に、吸血蝙蝠の居る村へと向かったのだった。


------<蝙蝠との戦い>--------------------------------------

 村に近づくとあちこちから羽音が聞こえてくる。
「だいぶいるんじゃねー?」
 焔もケイシスの肩の上であちこち見渡している。
「あぁ、こりゃマジで洒落にならねぇ位いやがるな」
「ちょっと俺たちの様子を窺ってる感じですよね」
 空を見上げながらイレイルが言う。
「このままでは埒が明きませんし…」
 アイラスは持ってきていた松明に火をつける。
 辺りが照らされ闇に潜む蝙蝠の姿が映し出される。
 空を埋め尽くすほどの蝙蝠の大群が村の上空を覆っていた。
「これは…」
 その場にいた全員が息を呑む。
「とりあえず行くしかねーだろ。っつーか、どうでも良いけどあんな大群に俺の血なんて勿体なくてやってらんねーよ。本当に腹空かせてどうしようもネェ奴になら考えなくもねーケドな」
 紅瑠斗は水晶の様な形の石を取り出し掌に握る。
 するとすぐさまその水晶は紅瑠斗の手の中で形を変え、炎の揺らめく剣が現れた。
「それじゃ俺は蝙蝠引きつける役に回りますね」
 にっこりと微笑んだイレイルは、そちらも頑張って下さい、とケイシスと紅瑠斗に告げる。
「あぁ、そっちもな」
 そう言ったケイシスにイレイルは思い出した様に薬草を摘めた袋を渡す。
「怪我をした人に渡して下さい」
 深刻な怪我の場合は俺に連絡寄越せよ、とオーマが言う。
 それに頷いてケイシスと紅瑠斗は村人救出へと向かった。

「派手に行きますか?」
 サブマシンガンのHK二二七を片手にアイラスが声をかけると、オーマとイレイルは頷く。
 先ほどの蝙蝠捕獲用の箱はとりあえず後で使うことにして、威嚇用に銃を構えるオーマ。
 イレイルも風の魔法を使う準備は出来ていた。
 固まっていると囲まれるとの判断からか、それとも数々の戦闘をこなしてきた勘からか三人はそれぞれ散らばり一斉に攻撃を開始した。
 引きつけるならば派手な方が良い。
 イレイルは上空に向けてウィンドスラッシュを放つ。
 真空波は闇夜に舞う蝙蝠の翼を切り飛行能力を奪っていく。
「魔法攻撃は有効のようです」
 オーマは鼻歌を歌いながら蝙蝠相手に神業を披露している。蝙蝠が食らい付こうとするのを紙一重で交わし、銃身で地面へと叩き付ける。脳震盪でも起こしているのか、蝙蝠はそのまま地にへばりついたままだった。
「後でしっかり親父ラブビーム発しながらしっかりぎっちり心ゆくまで介抱してやるからなぁー。今のうち大人しく寝ておけよ。昼間は寝かせないぜ…ってな」
 端から見ると一人余裕で蝙蝠達と楽しそうに戯れている様に見えるオーマ。身の危険が迫りつつも、イロモノ親父パワー炸裂で蝙蝠達もたじたじだった。
 アイラスは銀の弾を込めたサブマシンガンで宙を舞う蝙蝠を狙う。ちょろちょろと動き回っているものの散弾型の銃ならば群れに対しては有効だった。
 銃では倒れなかったが、魔物に有効と呼ばれている銀の弾ならばどうだろう。
 そんな思いを込めて撃った弾は蝙蝠へ致命傷ではないものの傷を付け移動速度を大幅に落とさせていた。
 しかし蝙蝠達もやられているばかりではない。
 蝙蝠達は数百匹が集まり、漆黒の固まりを作りそこから一斉に白い霧の様なものを吐き出してくる。
「させません」
 イレイルはその場に突風を吹かせ、蝙蝠達の方へと逆にその霧を押し返し分散させる。アイラスはしっかりとその攻撃を予測しており、ゴーグルとマスクを持参していたがイレイルのおかげで使う必要はなかった様だ。
 毒霧だったと思われるが、耐性ができているのか蝙蝠達に変化はない。
 固まった蝙蝠は霧がきかないと分かるとそのまま三人の元へと押し寄せる。
 アイラスの銃が火を噴き、押し寄せる蝙蝠達の群れを散り散りにする。
 それによって統制を失った蝙蝠達はバラバラと動き始めた。
「よしっ。とりあえずここで少しゲットしておくか」
 オーマはにやり、と笑い宙を彷徨っている蝙蝠達を次々に箱の中に吸い込んでいく。
 中は異次元にでもなっているというのか、既に数百匹吸ったと思われるのに箱から溢れ出してくる気配はない。
 オーマの吸い込みに協力するべく、アイラスとイレイルも箱の近くへと誘導する様に攻撃を放つ。
 たいまつも使ってみたが、銀の弾を込めたHK二二七よりは威力がない様だった。
 用意してきた弾を撃ち尽くす勢いで、アイラスは空へと銃弾を放ち見事に蝙蝠に命中させていく。
 上空を覆い尽くしていた蝙蝠はだいぶ数が少なくなり、ようやく空の色が見え始めていた。

 しかし突然、オーマ達の前方で大きな音が上がった。
 何事か、と三人はそちらを見遣る。
 その方角は確か地図で見たところによると、洞窟の入口があるところだった。
「洞窟で何か…」
 アイラスは呟いてそちらへと走り出す。
 オーマとイレイルもそれに続き、攻撃してくる蝙蝠を払いながら進んだ。

 洞窟の入口に着いてみると、ケイシスと紅瑠斗が黒髪の青年と戦っていた。
 青年の方が力押しで二人に勝っている。
「なんだぁ、コイツは。可愛い部下達捕獲されてお怒りってトコか?」
「ちっげーよ!つーか、見てねーで加勢しろっつーの」
 ケイシスがオーマに怒鳴る。
 青年の攻撃の余波でイレイルの深緑の髪が揺れた。
「でも誰なんですか?」
 イレイルがウィンドスラッシュを軽く放ち青年の強さを図る。
 しかしあっという間にイレイルの手加減した攻撃は交わされてしまい、青年はイレイルへと向かってくる。
 イレイルはそのまま風の精霊を召喚すると、先ほどよりも強い真空波を喰らわせる。
「手加減はしませんよ」
 笑みを浮かべたイレイルはそのまま青年へと精霊魔法を放つ。
 まともに喰らった青年の勢いが弱まる。
「コイツはお腹を空かせたお子ちゃまってトコ?」
 あー、もううぜぇ!、とまとわりつく蝙蝠を軽く振り払い紅瑠斗は青年へと間合いを詰める。
 青年の背後にはいつの間にかアイラスが詰め寄り、背中に銃身を当てていた。
「さて、どうしますか?」
 顔は笑っている者の声は冷たいアイラスの問いかけに、青年は苦しそうな咆哮をあげる。
「腹減ってんのは分かったんだケドよ、もうちょっとあるだろ…」
 アイラスが青年を気絶させその身を地に横たえる。
 一瞬にして戦いの緊張はほぐれた。
 しかしすぐに耳に、キィン、と音が響くと蝙蝠が慌ただしく動き出したのが見て取れた。

「なんですか?今の……」
 耳に響いた音に顔をしかめてアイラスが尋ねる。
「んー、超音波?普通聞こえネェはずだけど…」
 けどコイツ親玉だってことは蝙蝠ってもう攻撃してこねーよな?、というケイシスの言葉にその場にいた全員が頷く。
 そしてケイシスは洞窟に潜んでいた村人達に、もう大丈夫だ、と告げ中から出る様に告げる。
 恐る恐る辺りを見渡した村人達はゆっくりと洞窟から出てきた。
 オーマとイレイルは村人達に怪我をしている者は居ないか、と聞いて回るが中にいた者達は無事だった様だ。

 とりあえず愛しい愛しいマイスウィートバッド捕獲捕獲、とウキウキと親父特製秘密丸秘イロモノラブ具現BOXを取り出したオーマは残っている蝙蝠達をしっかりと吸い込んでいる。
 そんな中、残った四人は未だぐったりとしている青年を前にし今回の事件を話しだした。

「……それじゃ、この方は正真正銘の吸血鬼…」
「っつーか、蝙蝠の進化系?…よくわかんネェ。俺も初めて見るんだけどな。言葉は話せネェみてーだし」
「腹が減ってんだろ?……さっき本当に腹空かせてどうしようもねー奴にならやってもいいってなかったか、お前。腹減ってるの収まれば人間襲わねーんじゃねぇの?」
 ケイシスが紅瑠斗をちらりと眺めながら言う。
「うっ……お…女だったらってのは無し?」
 駄目、というように焔がケイシスの肩の上でふさふさとした尻尾を振りながら鳴く。
「紅瑠斗さん、ほらよく見れば女の人にも見えるじゃないですか。綺麗な顔をしてますよ。ようは気の持ちようです。お腹を空かせている人を助けると思えばその位はきっと平気ですよ。ほら、もうそろそろ目を覚ましそうじゃないですか。頑張って下さい」
 にこやかな笑みの背後に黒い心が見え隠れするアイラスの言葉に紅瑠斗は、誰かに似ている、としくしくと心の中で涙を流した。
「捕獲完了☆よーっし、あとはそいつだけだな…って、なんで紅瑠斗どんよりしてんだ?なんだ、蝙蝠欲しいのか?そうだな、少し位なら譲ってやっても良いぞ?」
「うっせー!おっさん、ズレてんだよっ!俺がこれから血吸われそうだってのに…」
「血?おぉ、そうか。紅瑠斗ドキドキ吸血レッスンか。この青年相手にだな、よぉし、この様を俺はしっかりと録画して皆に見せてやるべくだなぁ…」
 オーマを止める者は誰もいない。一人無敵状態である。それなのに無謀にも一人噛み付く紅瑠斗。
「俺が吸うんじゃネェよ!俺が吸われんだっ!」
 自分で言ってしまってから、口を押さえるが後の祭り。
 深い笑みを浮かべたオーマは背後にいつの間にか照明やらを持った霊魂軍団を従え、紅瑠斗の吸血シーンを取るべくスタンバイしていた。
 それをイレイルとアイラスとケイシスは笑みを浮かべ他人事の様に眺めている。

「ちょっと待てぇぇぇっ!俺がまだ吸われると決まったじゃねぇっ!」
 オーマに泣きつこうとした紅瑠斗だったが、それよりも助けてくれそうにも思えるケイシスの元へと歩み寄る。
「残念だが気合い入れて吸われてこいっ…俺の方に来るなっつーの」
 にこやかな笑みと共にケイシスはくるり、と紅瑠斗を回転させ背後に迫っていた青年に抱きすくめられる。
「ぎゃーっ!」
 青年に生け贄として皆から捧げられた紅瑠斗の首筋に、がぶり、と噛み付く青年。
 噛み付かれた時に痛みはあったものの、その後は痛みもなくどことなく恍惚とした表情を浮かべそうになった紅瑠斗だったがその寸前で青年の腕から逃れる。
 肩で息をしつつ紅瑠斗は青年を振り払ったが、そのまま青年はよたよたと食事の余韻に浸りつつ目の前のケイシスへと抱きつく。
「ありえねぇっ!あ゛〜、今日もついてねぇー!」
 そして首筋へと顔を埋めた青年だったがケイシスの服はハイネック。なかなかそれを下げれずに青年はもたもたとしている。
 離せー、と喚くケイシスだったが、抱きつく力が強くなかなかその腕から逃れられない。
 ちくり、と首に歯が当たったが、その瞬間青年の首根っこを掴んで紅瑠斗が引きずったため吸われるところまでは行かなかった様だ。
 首の辺りを押さえつつ、紅瑠斗は青年に紅刃の柄で鳩尾に当てて気絶させると、ぶーっと酷い仏頂面で面々を見渡す。
「紅瑠斗さん、綺麗な顔が台無しですよ」
 イレイルがそう言うが、紅瑠斗はその顔を止めようとしない。
「まぁ、人助けしたんだか良かったじゃネェか。きっとお前さんはこの村の英雄だな」
「そうですね。僕達も無事でしたし。蝙蝠も無事にオーマさん捕獲出来たようですし。万々歳じゃないですか」
 自分に被害が及ばなかったのが嬉しかったのか、アイラスは嬉しそうに告げる。
「これでコイツまた腹減らしたらどうすんだよっ!また俺んとこくんのか???」
 その言葉に一変して深刻そうに頷いたアイラス。
「そうかもしれませんね。言葉も持たない蝙蝠の進化系の彼は一番初めに紅瑠斗さんの血を吸いました。…ということは、無垢な彼はその味を覚えてしまったということで。これからもつけ狙われる可能性は十分ありますね。でもその都度紅瑠斗さんが血を差し上げれば、人々に危害は加えられないでしょうし」
 頑張って下さい、とアイラスに応援された紅瑠斗はがっくりと肩を落とした。
 隣に立っていたケイシスの肩からひょいと飛び移った焔も慰める様に紅瑠斗の頬に顔をすり寄せる。
「お前だけか…慰めてくれんの…」
 切ねぇ、と紅瑠斗は呟き、ちらりと倒れた青年を見つめた。
「可愛い子探しに来たのになんでこうなるんだ……」
「きっと俺と同じで運が悪いんだろーな」
「全然嬉しくネェよ……」
 ケイシスの言葉でどん底まで落ち込んだのか、その場にしゃがみ込んでいじけだした紅瑠斗を見て、他の四人は笑い出した。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●1217/ケイシス・パール/男性/18歳/退魔師見習い
●1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト
●1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り
●1956/イレイル・レスト/男性/25歳/風使い(風魔法使い)
●2238/月杜・紅瑠斗/男性/24歳/月詠

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■□■ライター通信■□■
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こんにちは、夕凪沙久夜です。
この度は蝙蝠退治にご参加頂きありがとうございます。
遅くなってしまい大変申し訳ありませんでした。

今回またしても長く……前回よりも更に長く……。すみません。
他の方のものも一緒に読んで頂くと、より詳細部分が分かると思いますのでそちらもどうぞご覧下さいませ。
そして今回後半はギャグに走ってしまいました。
アイラスさんにはこっそり腹黒なところを強調してみて頂いたり。
戦闘+シリアスだったのですがメンバー的にこんな感じになりましたが、少しでも楽しんでいただけたらと思います。

また何処かでお会い出来ますことを祈って。
ありがとうございました。