<PCクエストノベル(2人)>


指輪につづられし伝承 〜遠見の塔〜

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【冒険者一覧】
【整理番号/     名前     / クラス 】
【1054/ フィロ ・ラトゥール / 武道家 】
【1265/    キルシュ    / ドールマスター】

【助力探求者】
 なし

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■名人を探して
 聖獣界ソーンの首都でもあり、聖獣王の鎮座する地、聖都エルザード。
 精霊と聖獣に守られたこの都市は常に世界の中心として繁栄を続けていた。
 その結果、数多くの冒険者達や移民達が夢と希望を求めて都市に集まり、エルザードは飛躍的にその都市としての機能を拡大させていた。
 城へと続く、街のメインストリートは都に住むものはもちろん、冒険者達にとっても便利な繁華街であった。各地に支店を持つ老舗商店の本店が立ち並び、国家施設も数多くこの場所に集まっている。
 だが、使いやすく便利な反面、人通りが多く混雑しているため、都のほぼ中央にある天使の広場では、時折迷子がさまよっていたり、ひったくりやすりなどの軽犯罪も絶えないのだという。
 そのため、治安を守るための見回りとして王宮騎士団と契約した冒険者達が定期的に巡回している。彼らは都の街全体を把握しており、警備員兼町の案内人としての役割を担ってもいた。他の冒険者と区別がつくように、契約の証である聖獣のメダルを下げた彼らはどこか誇らしげにも見えた。
 
 ルナザームの村で預かった指輪の鑑定と修理が出来る店を探していたキルシュは、巡回中の彼らを見つけると、早速声をかけた。
 
キルシュ「すみません、指輪について詳しいお店ってありませんか?」
巡回者「んー、そうだなぁ……指輪といえば、ベルファ通りにあるゼノンの店が有名だな。それにあの辺りには貴金属や宝石の類いの店が集まっているから、ゼノンのところが駄目でもひとつぐらいはいい店があると思うぜ」
キルシュ「ありがとう、えっとー……」

 キルシュは懐から取り出した銅貨を3枚手渡した。巡回者に道を尋ねたらお礼をするのが、ここのルールだ。
 
巡回者「まいどっ。ま、どうしても駄目だったら黒山羊亭のエスメラルダを訪ねてみな。何か教えてくれるかもしれないぜ」
キルシュ「はい、そうします。それじゃ、お仕事がんばって下さいね」
 
 軽やかな足取りで、広場を後にしたキルシュはフィロ・ラトゥールとの待ち合わせ場所である白山羊亭へと急ぐのだった。

■ 
 エルザード最大の歓楽街ベルファ通りに入ると、都の様子はがらりと変わる。通りに並ぶ店は夜間営業する酒場や娼館が目立つようになり、通りを歩く人も華やかな衣装に身を包む者が増えてくる。
 ほのかに漂うワインと香水の香りに少々酔いを覚えながら、2人は巡回者に紹介された店へと入っていった。
 店内は薄暗く、光量をかなりおさえたランプがぼんやりと店内を照らしていた。店の棚に飾られた水晶の原石達がランプの光を反射して鈍い輝きを放っている。
 その中に紫色と青と緑が混ざった石があるのを見つけ、フィロはキルシュに合図を送る。
 
フィロ「みてごらん、あそこ」
キルシュ「あっ……おばあさんの言ってた石にそっくり……」

 キルシュがそっと触れようと手を伸ばした瞬間、不意に店の奥から声が聞こえた。
 
店長「いらっしゃい。何かお探しでしょうか?」
キルシュ「ええと……これの修理をお願いしたいのですが……」

 キルシュは小さな指輪を店長にみせた。彼はたんねんに指輪を眺めていたが、少し厳しい表情をさせて言った。
 
店長「これは……私の手には負えませんね。何か特殊な力が備わっているようです……遠見の塔というところに私の知り合いの賢者が住んでおりますので、彼らにお願いした方がよさそうですね」
フィロ「遠見の塔の賢者……あの、不老者ファルディナス兄弟かい?」
店長「はい、冒険者の方なら一度ぐらいは名前を聞いたことがあるかもしれませんね」

 ユニコーン地方にそびえ立つ白亜の塔。不老者の住居にふさわしい程に美しく、100年以上建っているというのに、建築時そのままの美しさを保つ不思議な建物だ。夜になると最上階から光が放たれ、街道を行く人々の道しるべとなっている。遥か遠くを見据えるようなその姿に、人々はその塔を「遠見の塔」と名付けた。
 塔の管理人でもあり、塔を住居としているのは「カラヤン・フェルディナス」と「ルシアン・フェルディナス」兄弟だ。2人を見たものはほとんどおらず、彼らの姿を見ることが許されたものはこの世界の知識を全て得られる権利を得るともいわれている。
 店の主人も5年前に彼らと偶然会うことが出来、宝石や貴金属に関してのあらゆる知識と技術を学んだのだという。

店長「はい、これが紹介状です。これを持っていけば彼らに会えるはずですよ。そうそう、くれぐれも彼らの機嫌を損ねさせないようにして下さいね。でないと、永遠に塔の中へ閉じ込められることになりますから……」
フィロ「ふん……ずいぶんとおエライみたいだね」
キルシュ「仕方ないよ、だって賢者さまなんだもん」
店長「まあ、彼らに会いたいと思ってる人は必ずしも良き心の持ち主ではない、ということが問題なんでしょうね」

 確かに、この世界の全ての知識を技術を知れば、それを駆使して国の制圧など容易いだろう。悪事を並べれば切りがないが、そういったことへ自分達の知恵と技術が使われるのをフェルディナス兄弟は恐れているのかもしれない。
 
キルシュ「ところで、あの棚に飾ってある石なんですけど……」
店長「あの石はフローライトの原石です。火の中にいれると光を放つ不思議な石なんだそうですよ」
フィロ「精霊でも中に入っているのかい?」
店長「あの石自体には入っていませんね。ですが、非常に精霊との相性も良くて、心を落ち着かせる不思議な力があるといわれています」
キルシュ「ふぅん……普通の石みたいなのに不思議ですね」
店長「ええ、石はとても神秘にみちた素敵なものなんですよ」

 その後、2人は石の持つ力と伝説を教えてもらい、それぞれの守護精霊を象徴する石のペンダントをもらった。
 
キルシュ「いろいろありがとうございます」
店長「いえ、あまりお役に立てなくてすみません。2人にあったらよろしくとお伝えくださいね」
キルシュ「はいっ」

■遠見の塔へ
 遠見の塔までは馬車で半日とかからない。
 街道を走る定期便に乗り、二人は塔へと向かった。
 塔にほど近い場所で途中下車をし、小高い丘を越えるとすぐに塔の全貌を見ることが出来た。
 そびえたつ白亜の壁が昼の光を受けて輝いている。苔1つ見当たらない、まさに完璧の姿だ。
 
キルシュ「本当に会ってくれるかなぁ……」
フィロ「大丈夫、紹介状もあるんだ。心配することないよ」

 不安げにバスケットを抱きしめるキルシュの肩に、フィロはさり気なく手を乗せる。そのまま軽く背を叩き、フィロは先立って歩きはじめた。
 
キルシュ「あっ、ま、まって!」

 置いていかれないようにと、キルシュは駆け足で丘を下っていく。その様子にフィロはくすりと笑顔をもらした。
 
■賢者の手際
キルシュ「すみませーん」

 コンコンコン。
 
 ドアノッカーの音が重く響く。程なくして扉がゆっくりと開いていった。
 
キルシュ「……これって入っていいってことだよね」
フィロ「ああ、そうだろうね」

 2人は慎重に辺りを見回しながら、塔の中へと足を踏み入れた。
 広いロビーを眺めていると、1羽の鳥が2人の前に舞い降りる。

鳥「ヨウコソ、遠見の塔へ。ゼノンの紹介で来た人達だね、一応紹介状を預からせてもらうよ」

 流暢な標準語で話されたことより、鳥がしゃべったことにフィロは驚きを隠せないでいた。

キルシュ「姐様、どうかしたの?」
フィロ「えっ……あ、ああ……何でもないよ。さ、待たせちゃいけない。行こうか」
キルシュ「はいっ」

 しゃべる鳥を先頭に、2人は奥のバルコニーへと案内された。
 お茶ではなく、沸騰している鉄瓶が卓上コンロの上に置いてあった。まるで訪問者が茶葉を持ってくるかのように。
 何となく不服に思いながらも、フィロは椅子に腰掛ける。その様子にキルシュは目を瞬かせた。
 
キルシュ「姐様?」
フィロ「……何でも分かるっていう人なんだから、分からなくもないんだけど……手際が良すぎるってのは気持ちの悪いもんだね」
キルシュ「あ、もしかしてこの鉄瓶のこと?」
フィロ「私が持ってきたこのプーアル茶は常に沸騰したお湯で出すのが一番なんだよ。いつも飲んでいるジャスミンとかなら少し温くてもいいんだけどね。ポットでもデキャンターでもなく、鉄瓶の熱い湯を用意している辺り、完璧に何を持ってくるか分かっていたってことにならないかい?」
キルシュ「うーん、そうなのかなぁ」

 キィと音を立ててバルコニー入り口のガラス扉が開かれた。
 明るい金髪の男性はにっこりと微笑むと2人と対面する位置に腰を下ろす。
 
ルシアン「初めまして、俺の名前はルシアン、ルシアン・ファルディナス。あと、もう少ししたら兄貴が来るけど、まだ調べものがあるっていうんで遅くなるみたいなんだ。それまで茶でも飲んで待ってようぜ、ちょうど退屈してたところなんだ」
キルシュ「あ……あのぉ……これ」

 ルシアンの端正な顔立ちに少々とまどいながらも、キルシュはバスケットを差し出した。中には手製のアップルパイが入っている。ふたを開けた瞬間ただようシナモンの甘い香りを、ルシアンはゆっくりと深く肺の中に吸い込んだ。
 
ルシアン「ありがとう、君の手作りかい?」
キルシュ「あ、はい……お口にあうかちょっと心配なんですけど、良かったら食べて下さい」
ルシアン「そうだね、せっかくだからここでいただこうかな。美味しいお茶もあることだし、な」

 ちらりとルシアンはフィロを見やる。何か言葉を返すようなそぶりをみせたが、フィロはそのまま手に持っていた巾着をテーブルに置いた。
 ルシアンは巾着の中に入っていた茶筒を取り出し、別に用意していたポットにそそぐ。
 湯を一旦入れて、すぐに捨てると再度沸騰した湯をポットに注いだ。
 プーアル茶のような黒茶と呼ばれる種は茶葉に細かいカビがほこりがついているのが多い。そのため、1煎目は飲まずに茶を捨てて、茶葉を洗う必要があるのだ。
 
フィロ「さすがは賢者ね、すごく手際がいいじゃない」
ルシアン「俺は兄貴にちょこっと教えてもらっただけさ。本場の人間には負けるよ」

 人数分用意した小さな白いカップにそそぎ、静かに2人に差し出す。薫製された木のような香りがほのかにお茶からただよってきた。
 
ルシアン「さ、どうぞ召し上がれ」

 アップルパイをかじり、プーアル茶を少しずつ口に含む。さすがに淹れたてのお茶はちょっと熱かった。
 
ルシアン「紹介状見させてもらったよ。それで、俺達に見せたい指輪はどれだい?」
キルシュ「あ、これです……」
ルシアン「ああ、これは……蛍石の指輪だね。まだあったんだな……力はずいぶん弱ってるみたいだけど」
フィロ「直せますか?」
ルシアン「石さえどうにか出来れば何とかなりそうだよ。すぐにとはいかないけど、可能かな」

 キルシュとフィロは顔を見合わせて安堵の表情を浮かべる。

キルシュ「それで、いつぐらいには出来ますか?」
ルシアン「そうだね……石を採りにいく時間もあわせると……1週間ぐらいってところかな。これは君達のかい? もし、誰かからの依頼品なら出来上がり次第、その人の所に送っておくよ」
フィロ「出来れば私達の手で渡したいんです」
ルシアン「うーん、じゃあまた1週間後にでも来てくれるかい? 今度は俺達が君達にお茶をごちそうしなくちゃいけないし」

 にこりと笑顔を浮かべるルシアン。
 目を瞬かせるも、2人は同時に了解の返事をした。
 
■指輪の伝説
 3煎目のお茶を飲み終えようとした頃、ようやく兄のカラヤンが訪れた。つややかな漆黒の髪と眼鏡をかけた秀麗な青年だ。弟のルシアンもそれなりの顔立ちをしていたが、彼はそれを遥かに上回っている。
 
カラヤン「遅くなり申し訳ございませんでした。ルシアン、話はどこまで進んだのかな?」
ルシアン「えーっと、指輪は受け取ったぜ。ほら、これだよ」

 無造作にルシアンは指輪を放り投げる。両手でそれを受け止め、カラヤンは眼鏡をかけ直しながらじっと指輪を見つめた。
 
カラヤン「ああ……フロースパーの指輪ですね。ずいぶんと古い型だ……200年ほど前のものでしょうか」
フィロ「その指輪について、知ってることを教えて欲しいんです」
カラヤン「私も文献で目にしたことがある程度です。作られた経緯などは森のエルフ達の方が詳しいかもしれませんね。とはいえ、せっかく来ていただいたのですから、私が知っている内容だけでもお話いたしましょう」

 フロースパー・蛍石・フローライト……様々な呼び名を持つこの石はかつてエルフ族のみが持つといわれ、奇跡を呼ぶ石とされていた。
 その名にふさわしく、淡い光を放ち複数の色を石の中に含んでいるものが多い。また、柔らかく彫刻が施しやすい上に精霊との相性が非常に良く、好んでエルフ達が装飾品として使っている。
 フローライトを使って作られた装飾品の多くは、親睦の証として親しい者へ渡していたのだという。今でも、宝石魔術(ジュエルマジック)使いや占い師などが想いの証として捧げものに使うことが多い。
 
 指輪の内側にはエルフ文字で名が記されていた。
『親愛と友情を証しとして、愛しきヴァリエッタへ。セレスティンより』

カラヤン「恐らくこれは婚約指輪として渡されたものなのでしょう。わずかですが、指輪には持ち主の健康と心の調和をもたらすような力が働いていますね」
フィロ「そして、その指輪は代々親から子へと引き継がれていったわけですね……」
カラヤン「この指輪にはずいぶん大切にされていたようですね。この年代のもので傷一つないのは大変珍しいですよ」
キルシュ「おばあさんが家宝にしてるっていってたんですもの、ずっと大切にされてきたんだと思います」
カラヤン「そうですか……では私達も張り切ってこの指輪の修理をさせてもらいましょう」
ルシアン「やるのは魔法のエキスパートである俺だけどな」
フィロ「それじゃあ1週間後、また来ます」
ルシアン「ああ、今度はブラウニーケーキがいいな、すごく分厚いやつ」
キルシュ「はいっ」

 一週間後。
 約束通りファルディナス兄弟達は無事指輪を完成させた。
 銀細工は映り込む程に磨き直され、台座には紫と青と緑の色が混じりあったフローライトがはめられていた。
 
フィロ「さすが賢者、完璧な仕上がりだね」
キルシュ「おばあさん喜んでくれるかなぁ」
フィロ「ああ、きっと泣いて喜ぶだろうよ」

 馬車はゆっくりと街道を走っていた。
 心地よい揺れに身を預けながら、遠くなる白亜の塔を2人はいつまでも見つめていた。
 
 おわり
 
 文章執筆:谷口舞
 
ーーー<このお話にでてきた特殊アイテム>ーーーーー
■聖獣のメダル
 聖獣王の象徴とされるもののひとつ。これを身に付けている者は王宮へ自由に出入りすることが出来る。

■守護精霊のペンダント
 守護精霊の力が宿ると言われた石を使ったペンダント。石の中にそれぞれを象徴する文様が彫られている。