<東京怪談ノベル(シングル)>


『 Nightmare 』

 エルファリアはレピアの石像に朝の挨拶、レピアにとってはおやすみの挨拶をすると机の一番上の引き出しにかかっている鍵を【言霊】で開けて、中から一冊の冊子を取り出した。
 表紙にはDIARYの文字。
 彼女は頬杖つきながらそのページを開くと、右手に持ったペンをさらさらと動かした。
 日記とは普通その日の夜に書くものだ。
 しかしこの日記はこの時間でいい。
 なぜならこの日記はレピアとの一日を書き綴るモノなのだから。
 日記にさらさらとその日一日の事を書き綴るエルファリアの背中を見つめる月下美人。それはそんな彼女の姿を見つめながらぶん、とまるで白昼夢であったかのように空間から掻き消えた。
 ――――――――そう、描き消えた…消失したのだ。



 願いを叶えるには代価がいる。
 願いを唱えられなければ、何度でも咲ける。
 ―――――咲きながら待ち続ける。
 でも願いを唱えられれば、それを叶える。
 でも神様じゃない。
 そんなすごい魔法は使えない。
 だからそれは1日だけ。
 そう、1日だけ。
 願いを叶えたいという想いは、月の明かりを浴びて花開く。
 願いを唱えられればそれを聞き、魔法を発動する。月光という力を得て―――――
 そうして叶えた願い。
 ならば月下美人はどうなる?
 代価は月下美人のこれから。
 もうそれは代価としてこれから咲き続けるという事を失った。
 月下美人は・・・



 ――――――――――――――――――
【Begin tale】


 あたしは夢を見ない。
 いや、それ自体がまるで悪夢。
 夜の月明かりを浴びて目覚め、
 朝日と共に眠る。
 それが呪い。
 舞姫 レピア・浮桜にかけられた呪い。
 呪の夢はとても深く、暗い。
 そう、実はあたしは夢を見ているのかもしれない。
 闇という夢を。
 その闇と言う夢は、とても色濃く、すぐそこにある自分の手すらも見えず、だから心は閉じてしまう。
 固く、
 固く、
 固く、
 まだ朝日を見ぬ頃の朝日を待ち続ける花の蕾のように。



 月の光が朝日の代わり。
 夜を謳うナイチンゲールが朝を謳うすずめの代わり。
 朝日を浴びながら咲き誇る花の代わりがエルファリアの笑顔。
「おはよう、レピア」
「ええ、おはよう、エルファリア」
 優しく微笑むエルファリア。
 あたしたちは手を握り合って、食堂に行く。用意されている夕食の数々。
「さあ、食べましょうか、レピア」
「ええ、エルファリア」
 あたしたちは席に着き、楽しいお喋りをしながら料理を口に運ぶの。
 エルファリアは今日あった事を報告してくれるわ。
 庭の花が咲いた事、
 雛だった鳥が巣立った事、
 侍女のひとりのドジ話、
 それと・・・
「そうそう、レピア。月下美人の花が消えたの」
「月下美人?」
「そう。月下美人。鉢だけを残して、消えたわ。まるで最初からそこには何も無かったように」
「そう」
 あたしはそれを少し羨ましいなと想った。
 ―――――あたしも消え去りたい。この辛い・・・
「どうしたの、レピア?」
 突然、口をつぐんだあたしの顔を彼女は小さな顔を傾けて覗き込んでくる。
「いいえ、何でもないわ、エルファリア。ちょっと、寝ぼけているだけ」
 あたしはそう言って大切なエルファリアに笑いかける。
 そう、違っていた。
 さっきのは無し。
 無しよ、神様。
 あたしは消え去りたくない。
 あたしはずっとここに居たい。
 大切なエルファリアの横に。



 あたしは踊る。
 激しい音楽に合わせて踊る。
 踊っている間だけあたしは何もかも忘れられる。
 それが嬉しく楽しく、そして幸せ。
 そう、あたしは踊っていられれば幸せなのだ。
 そして今は何よりもエルファリアがあたしの舞いを喜んで見ていてくれる。
「レピア、すごいわ」
 ぱちぱちと手を叩く彼女のその拍手の音色に合わせて作った即興の舞いをあたしは踊るの。
 エルファリアもそれをわかっているよう。
 だから彼女は拍手のテンポを変える。
 激しいテンポは、
 ―――情熱的な踊り。
 緩やかなテンポは、
 ―――涼やかな風に揺れる薔薇の花の気持ちを踊りで表すの。
 彼女が叩く拍手のテンポに合わせて、
 あたしは踊る。
 それは共演。
 あたしとエルファリアの共演。
「最高だったですわ、レピア」
「ええ、今日は特別サービスの大安売りよ。姫の手拍子に合わせたあたくしの即興の舞いはいかがでしたか?」
「はい、大変満足しましたですよ、最高の我が舞姫よ」
 あたしたち二人は顔を見合わせあって、そしてくすくすと口元に拳をあてて笑いあった。



 お風呂で二人して洗いあいっこをした後に、あたしたちは広く大きなベッドでその身を重ねる。
 その行為の最中に………
「!?」
 あたしは彼女の胸に近づけていた顔を止めた。
 淫らな吐息を漏らす彼女の唇の色が・・・
 弾かれたようにあたしはあたしの背に爪を立てながら回された彼女の両手のうちの片方の手を取った。
「そんなまさか…これは………」
 目の前が真っ暗になった。なぜなら彼女の唇も爪も紫になっていて………そしてそれは…
「どうしたの、レピア?」
 上気させた顔を傾げてそう訊く彼女にあたしは何でも無いと首を横に振って、キスをした。
 その唇の紫を拭えるように。



 そうだ、そんな訳が無い。エルファリアにも石化の呪いがかかっているなんて…。
 ――――――そう、紫の唇と爪はその証。
 あたしの意識はその衝撃に暗闇に飲み込まれる。



 カーテンの隙間から部屋の中に零れ入ってくる明るい朝日。
 朝を謳うすずめの鳴き声。
 それをまだ眠っているのと起きているのとの境界線上でぼんやりと意識する。



 どういう事、これは?



 あたしは無理やり起きた。
 そう、そこは朝と言う世界で、そしてあたしの隣にはエルファリアの石像があった。
 意味がわからなかった。



 +


 なぜだかわからない。
 エルファリアに石化の呪いが移った。
「訳がわからない」
 あたしは両手で顔を覆って泣き声をあげた。
 今日一日は侍女たちをごまかした。
 だけど明日はどうなるかわからない。
 その明日、
 またその明日も、
 ずっと永遠に続くその明日もあたしにはわからない。
 わからない。
 どうしてこんな事に。
 窓のカーテンの隙間から零れて入ってくる橙色の光の筋が細くなっていく。
 それが石化の呪いをかけられた者にとっては朝日。
 夜の帳が降り、
 そしてエルファリアは・・・
「何を泣いているの、レピア?」
 石化が解けたエルファリアが笑う。
 あたしの腕の中で。
 そう、これまでとただ立場が変わっただけ。
 あたしが24時間あたしでいられて、
 彼女が夜の刻を彼女でいられるだけ。
 過ごす時間は一緒。
 だけどそんなのは嫌だ。
 あたしは彼女を石化させたくない。
 こんな事ならあたしが全てを請け負う。
 呪いも、
 苦しみも、
 罪も・・・
 すべて、
 すべて。



「だからぁーーーーーーーーーーーーーーーーぁッ」



 ばさっと起きた。
 突然に意識の回線が繋がる感じ。
 いつもはほんの一瞬瞼を閉じて、開けるようなモノ。
 だけど、その日は違っていた。
 あたしは・・・
 ――――――夢を見ていた?
「どうしたの、レピア?」
 エルファリアは目をぱちぱちと瞬かせていた。
「あ、いや、その・・・」
 あたしは彼女に見た夢を話した。
 すると彼女は驚いたように目を瞬かせ、そして彼女の日記を見せてくれた。
 そこに書かれていたのは、あたしが見た夢と一緒だった。



 そう、エルファリアは自分に呪いが移るようにと書いていた。



 あたしはそれを見た時に目が眩んだ。
「どうして、こんな事を祈るの、エルファリア。あたしがどれだけ・・・」
「ごめんなさい」
 彼女はただそれだけ言った。
 そしてあたしはそんな彼女を抱きしめて、また泣いた。



 ――――――月下美人は教えてくれたのだろう。
 あたしたちの間に起こりそうだった悲劇を。
 最後の最後の力を振り絞って。



 後日、あたしは知る事になる。
 人の願いを叶えるという逸話があるモノの精霊は、
 生前、人と交わした約束を守れずに死んだ者の報われぬ魂がなったモノだと。
 故に月下美人の精霊はそれをあたしに教えてくれたのだ。
 その精霊は守れなかった約束を悔やむほどに大切に想っていた人がいるのだから。



 ― fin ―


 ++ ライター ++


 こんにちは、レピア・浮桜さん。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 月下美人3部作もこれでめでたく終了ですね。^^
 こちらにとっては何の意図も無くただ書いただけであった月下美人から3部作を作っていただき本当に光栄に想います。
 月下美人の精霊もめでたく呪いが解けて、成仏できたように、早くレピアさんの呪いも解けるように願っております。^^
 

 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 本当にありがとうございました。
 失礼します。