<PCクエストノベル(1人)>


誘い―前編― 〜強王の迷宮〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り】

【助力探求者】
なし

NPC
ギルド幹部
白い恐怖
黒い恐怖
灰色の恐怖

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プロローグ
 躊躇っている。
 立派な病院の前で、1人の…青年の坂はとうに越えたらしき、男が。
 噂は前々から耳に届いていた。
 曰く、この地に住まう者を見境無く怪しげな同盟に加盟させ――先日などは嘘か真かあの不死王にまで声をかけて来たと言う。更に、噂だけで済まなくなったのは…何を考えているのかと幹部たちが頭を抱えた王女の行った事だった。
 よりにもよって『腹黒同盟』を公認してしまうとは。意味が分かっているのかが定かではないだけに、その後の不安も残る。
 ――時折この『病院』から起こる不気味な悲鳴や、鎌を持って夜な夜な徘徊する恐怖、病院の中で飼われているらしいという噂の、謎の巨大生物さえ除けば…酷く評判の良い医者であり、そこそこの成果を上げている冒険者なだけにこうして足を運んで来たのだが。
 今日は日のめぐり合わせが良く無かったらしい。
 内部から想像するだに恐ろしげな野太い悲鳴や甲高い怒号、時々窓から覗かせる雷光めいた光などが、男のあまり逞しくない想像力をフル回転させていた。

 ――バタンッ!

???:「うぉっ」
 突如、扉が開け放たれると同時に、中から大柄な男が転がり出て来た。見るからにぼろぼろの様子ではあるが…その風貌を見るに彼が噂の主――オーマ・シュヴァルツであることは間違い無さそうだった。
男:「オーマ殿かな」
オーマ:「あぁん?」
 地べたに顔を擦りつけながら潰れた声を上げたオーマがじろりと上から覗き込んでいる男を見上げる。
オーマ:「よっ…と。そーよ俺様が腹黒同盟総帥イロモノ師範のオーマ様だがお前さんは?…患者にゃ見えねえが」
 どう見ても瀕死に見えたのだがどうやらかすり傷だったらしく、身軽にひょいと立ち上がるとぱんぱんと服に付いた埃を払い出した。大男、と言う話も聞いていたのだが、まさにそれで。ずっと上にある頭を今度は見上げる位置になりながら、男がこくりと唾を飲み込む。
男:「話があって来た。…ここでは…その、なんだ。話にならなさそうだし、他へ行こう。静かな店を知っている」
 開け放たれたままの扉の中を決して覗こうとせず、男がすたすたと先に立って歩き出す。どうやら一刻も早くこの場から逃れたいらしいと苦笑いしながら、オーマはのんびりと後に付いて行った。
 連れて行かれた先は洒落たカフェ。主な客層は貴族や肩書き付きの商人など密談好きな者が多いらしく、そこそこに間仕切りが引かれたテーブルのひとつに2人は腰を降ろした。
 男はとあるギルドメンバーだと名乗りを上げた。遺跡や洞窟の探索・研究を行う、一種の冒険者ギルドに近い組織で、情報収集とアイテム発掘が主な仕事だと言う。
 尤もオーマの目の前にいる男は、その物腰や言葉づかいからそれなりの地位にいる事を窺わせていたのだが。
オーマ:「で。幹部サマ直々に俺様にどんな用なんだ?」
 その言葉にやっぱり分かるかと言う表情を見せた男が、ごそごそと荷を探る。
幹部:「今日オーマ殿に会いに来たのは他でもない。――これを知っているか?」
 羊皮紙に細々と描かれた、どこかの随分と入り組んだ建物の見取り図のような書き込み。所々『罠』とか『亀裂』『腐食』など穏やかではないメモ書きが見えるのだが…。
オーマ:「随分とまあ盛りだくさんな家の中だな。迷路みたいに見えなくは無いが」
幹部:「…そうだったな。オーマ殿は冒険家ではなかった。これは、強王の迷宮の地図だ」
オーマ:「ほぅ」
 そう言われてじっくりと身を乗り出すオーマ。古びた地図に年代を越えて書き込まれていったメモは、過去の冒険者たちのものなのだろう。
オーマ:「噂には聞いていたが、残念ながら未経験なんでな…。ふぅん。だが迷宮っつうにはちぃと足らねえんじゃねえか?」
幹部:「そこだ」
 一瞬『どこ』と反射的に返事を返そうとして思いとどまる。
幹部:「この地図は、強王――ガルフレッドが作った3階部分までしか無い」
 思い留まって良かった。まあ目の前の男なら先程の初対面の時のような反応以上のリアクションは求められそうにない…その上、これ以上胡散臭い目で見られるのも面倒な事だろうし。
幹部:「4階以降は現在誠意作成中…と言う事になっている」
オーマ:「じゃあここまでは楽々行けるってことだな?ガイド付き初心者冒険者ツアーとかよ」
幹部:「……出来れば勘弁してもらいたい」
 搾り出すような声だった。オーマの入れる茶々にめげないよう力をこめているらしい。
幹部:「もうひとつ…下の階層に何か酷く強い魔物が大量に居るらしい」
オーマ:「ほほぉう。それで俺様の出番って事だな?親父パワー炸裂☆ってな」
 …オーマの目の前で、幹部の男が数度相手に気付かれないように呼吸を繰り返した。どうやら落ち着こうとしていたらしい。やがて気を取り直し、顔を上げる。
幹部:「先日報告を受けた。――数人がかりでようやく、これだけ持ち帰ることに成功した」
 かさかさと開かれた紙に包まれた、テーブルの上に置かれたもの。それは、血の気の無い小さな肉片。よく見ると、もぞりもぞりと不定期に奇妙な動きを繰り返していた。
幹部:「――不思議な生き物だな。これだけになっても尚、生きている」
オーマ:「……」
 手を触れる事無く、目でそれを確認しただけでオーマが大きく頷いた。
オーマ:「うぅっし分かった。俺様に任せりゃ万事オッケーってなもんだ。で?何すりゃいい?」
 先程までの幹部をからかうような姿勢は微塵も見当たらず、その急な姿勢の変化に却って対峙している男の方が戸惑っている。
幹部:「メインは地下の探索だ。それから、コレのいる場所をどうにかしてもらえれば…1人で大丈夫かね?何ならこちらの手の者を何人か付けるが」
オーマ:「必要ねえよ。こんなのと対等に渡り合えるなんざ、俺様か――あいつらしかいねえ。おい、オッサン」
幹部:「私はオーマ殿とはあまり年齢も違わないと…」
 言いかけた言葉が、凍りつく。
 肉片を指先で摘み上げたオーマが、真っ直ぐ――男の視線を貫いていた。それは、今までに感じた事の無い…恐怖。視線だけで壁に縫い付けられるかと思う程の。
オーマ:「怪我人連れて来い。『まだ』生きてる奴をな」
幹部:「っ――!」
 オーマの指先の上で。
 じう…と音を立て、小さな肉片が焦げ付いていった。

     * * * * *

オーマ:「変なのとウォズとのダブル攻撃かよ。そりゃたまったモンじゃねえよなぁ」
 ぶつくさ言いながら、既に具現化させた巨大な筒を肩に抱え、じりじりと炎を上げる松明を手に1人迷宮を降りて行く長身の男――言うまでもない、オーマの事だ。
 地下3階まで降りるのは、実は比較的簡単だった。――真赤な道しるべが点々と残っていたからだ。
 中途、他の生き物によって消されかけたものもあったが、大概は真剣に探すまでも無く、付近を調べてみればすぐに次のしるしが見つかり…そして、顔をしかめるオーマ。
オーマ:「これだけ流しといて助かったっつうのが不思議なくらいだな…おまけに下にゃ出来たてほやほやの死体と来たもんだ。まるでホラーアトラクションだぜ」
 もうひとつ、『治療』を施した調査員たちから頼まれた事がある。
 それは、置いて来ざるを得なかった仲間の…遺体の回収。幹部の男はそこまでは、と言っていたが、気持ちは分かるだけに無下に断る事も出来ず。任せとけっ、と大見得を切って出て来たのだが。
 助かったのは3人。地下に残さざるを得なかった遺体は2人分…尤も、オーマがそれと気付いて病院へ移送させなかったら、死人は増えていたかもしれない。現に病院へ運び込まれた時は、失血の多さで3人のうち2人がほぼ意識を失っていた状態だったからだ。

幹部:「黒の恐怖、白の恐怖、灰色の恐怖…それぞれの名を聞いた事があるかね」

 治療後、比較的軽傷だった探索員の話を聞きながら幹部が言った言葉。
 それぞれ、何で出来ているのか分からない丸いものなのだと言う。あるものは魔法攻撃が効かず、あるものは物理攻撃が効かず、あるものは魔法と物理両方で同時に攻撃しないと破壊出来ず。
 おまけに共通してガス状のモノを噴出すらしい。そのガスは致死性ではないものの、激しく咳き込んでしまうために攻撃の手を続ける事ができなくなると言う厄介なもの。
 今回、地下の奥まで入り込んでしまったのは、迷宮探索もさることながら、その丸いものに出会ってしまったからだとも言った。
オーマ:「行った先にはウォズの群れがお待ち兼ねだった…か。踏んだり蹴ったりだな」
 血の跡を辿って見つけた階段をがつがつ音を立てて降りながら、オーマが小声で呟く。
 今回の探索行、簡単には行きそうもない――その事は、迷宮に入る前から既に巨大な銃を具現化させ、携帯していった事からも察せられる。そして時折軽口を叩くものの、目付きは完全に獲物を狙う猟師の如く鋭いものとなっていた。
 幾つ目の角を曲がっただろうか。
 俊敏に動く目は一点に意識を定めないため、局所局所を的確に捉えてはじりじりと進んで行く。中途にあるどう見ても侵入者撃退と言うよりは侵入者の排除を目的とした致死性の罠はオーマに言わせれば「子供だまし」のようなものだったけれど。…第一、未だ続く血の跡が、通ったルートを丁寧に教えてくれていたし。
 真ん中がぱっかりと開く通路を長い足でひょいっと飛び越え、薄暗い三叉路の右端に入る。
 話を信じるなら、その向こうに仲間の遺体が転がっている筈だった。

 そこに。

 何の変哲も無い、真っ白い丸い「何か」が地面の上に落ちていた。

オーマ:「………」
 じりじりと燃え続ける松明をそーっと近づけながら、じっと見つめるオーマ。
 大きさは直径にして1メートル程か。大きすぎるボールのような、形の整いすぎたマシュマロのような、そんな不思議な質感を見せる丸いモノ。

 ぷるん。
オーマ:「おっ」
 見つめられた事が何か作用したのか、ふいにその丸いものが身?を震わせて、ふわりと宙に浮き上がった。
オーマ:「ああ――そうかお前さんがそのなんたらの恐怖ってやつか」
 何処に目があるのか、それ以前に何か考えているのか全く分からないその白い丸いものが、通路のど真ん中に浮いてオーマとしばし対峙する。
オーマ:「行く手を遮ろうってのか?おもしれえ。じゃあご挨拶代わりに一発…」
 言いつつ銃をそれに向けた途端、
 ふよふよっ、と浮いた白い球体が――笑ったように見えた。
オーマ:「あ〜ん?」
 …そう言えば、半分聞き流していたが…確か、白い球体は物理攻撃を一切受け付けないのではなかったか。
 そうなると、オーマが撃ち込もうとしている『武器』を見て、余裕の笑みを浮かべた…と言うところらしい。
 よーく見ないと分からない位のものだったのだが。
オーマ:「余裕だな。魔弾でも撃ち込めってのか」
 すいと銃口を下げたオーマ。それに対し、何をするでなく…ただ浮いているだけの白い丸。
 言葉は分かるのだろうか。それとも単に侵入者に対し反応しているだけか。
 ――黙ったまま、じぃ……と見詰め合う。いや、相手には目が無いのだから見つめ続けているのはオーマだけだろう。

 ぽ。

 目の錯覚か――
 その白い球体は、何故だかほんのりと薄赤くなったように見えた。

オーマ:「なんだなんだ?攻撃か?おうおう、掛かって来るなら来いや、相手にしてやるぜ?」
 相手からの直接的な攻撃が一切無いだけに不気味であり、動きがあったとみるとにぃと大きく口を曲げて笑って見せ、くいくい、と相手を呼ばわった。
 ふよん。
 驚いた事に。
 オーマの言葉に導かれるように、スピードを上げるでなく、それ以上の攻撃態勢に変わるわけでもなく。
 その球体は、まっすぐオーマの目の前に来て――そして、ぴたりと動きを止めた。
オーマ:「?」
 再びの対峙。
 首をかしげたオーマが一歩下がれば、ふよふよと球体がその分だけきっちりと近寄ってまた止まる。
オーマ:「…付いてくるか?」
 馬鹿なことを、と思いながら、ふと思いついた言葉を告げてみる。と、
 球体が上下に揺れた。――人間で言えば、首を縦に振った動作に良く似ていた。
オーマ:「そうかそうか、俺様が気に入ったか!おぉ、良く見ると結構愛い奴じゃねぇかお前。そのつやつやした肌なんざそこらへんのレディでも勝てねえよ」
 わはは、となにやら酷く楽しげなオーマが、白い丸を手でぽむぽむと叩いた。叩かれた部分がぷにょぷにょと内側へ凹み、その都度ぽふぽふと白い煙を吐き出している。
オーマ:「む?この辺りはダメか」
 じゃあこっち、とぽむぽむ叩けば、やはりぽふぽふと白い煙を吐き出す。
オーマ:「…触らなきゃいいのか。ああまあいい、それじゃあ俺様に付いて来いっつーかそこ退け。そっちの通路の奥に行きてぇんだ」
 犬ならぬ白い球体をお供に引きつれて、ずんずんと奥へ進む。
 やたらと素直にするするとオーマの後に付いて来る白い球体がちょっぴりだけ可愛いと思った。

     * * * * *

 …遺体はそのすぐ近くにあった。
 ここまでは必死に引きずって来たのだろう、奥から4本の線が見え…そしてここでも襲われたか血溜まりがいくつも残っている。
 戦闘に巻き込まれてしまった遺体の損傷はかなり激しかった。
 話を聞いて持ってきた道具――針と糸、布、水、包帯…それらをその場に並べながら、オーマが話し掛ける。
オーマ:「聞いてるか?…お前さんたちの仲間がな。お前さんらを連れ帰って来てくれとよ。良かったよな――なぁ?」
 危険な生き物が居る場でこうしたトラブルに合った場合、かなりの率で見捨てられる事が多い。それは、残った仲間の身の安全がまず第一だからで…遺品になりそうなものを身体から外し、持ち帰るのがせいぜいだった。
 オーマの身を置いていた世界ですら…この世界よりもずっと進んだ世界ですら、戦時における仲間の処置等は悲惨なものだったのだから。
 だから、病院で手当てを受けさせた仲間の望んだ事は、通常ならはねつけもするような要求だったが受けたのだ。
 ――見苦しくない程度、整えてやるのも、医者の最後の勤めだろうと思いながら。
 くいくいと慣れた手つきで縫合を繰り返しながら、濡らした布で表面の汚れを拭ってやる。
 そうして、オーマの額に浮かんだ汗が地面へいくつかの滴りを見せた後――
オーマ:「おうっし。これで何処行ったってモテモテだぜお前さんたち。さーって、コレを運んでやらにゃ…おうそうだ。おい、白いの――――っっ!?」
 確か、白い球体は物理攻撃を受け付けなかった筈だ。それならば…こうした遺体を載せても浮かぶ事が出来るならば、上へ運ぶ事も容易いだろうと思いつつ後を振り返ったオーマが、絶句する。

 そこに。

 3色揃った同じ大きさの球体が、至近距離でオーマを覗き込むように上に浮かんでいた――





To be continued...