<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


「猫の依頼人」


------<オープニング>--------------------------------------
 キィ......と扉の開く音がして店の中に朝の光が差し込む。
 突然明るくなった店内に、カウンターでお酒の在庫チェックをしていたエスメラルダは振り返らずに言った。
「ごめんなさい。まだお店開店してないの。準備ができるまでもう少し待っててくれるかしら?」
たまにいるのよねぇ...朝からお酒飲みに来る人が。そう溜息をつきながらチェック表に数を記入していく。
 だが。しばらくしても現われたお客さんは一向に帰る気配を見せようとしない。
 エスメラルダははぁ......と溜息をつくと、手に持っていたペンを置いて振り返った。しかし......
「聞こえたなら外で待ってい......え?」
「ミャーオ」
今回は違ったようである。振り返ったエスメラルダの視線の先にいたのはお酒を飲みに来たお客さんではなく。
「ね、ネコ?」
一匹の黒猫であった。
 黒猫はエスメラルダが自分のほうを向いたのを確認すると、足元に置いていた封筒を再度咥えなおし、ひょこひょこと尻尾を揺らしながら歩いてきてカウンターへひょいっと飛びのった。そして、
「......わたしに?」
彼女の目の前に封筒を置くと、ミャーオと一声鳴いた。
 エスメラルダは猫の持ってきた封筒を開けて手紙を取り出した。
「えーと......『どうかわたしたちを助けてください。先日訪れた魔法使いによって猫の姿に変えられてしまいました......。魔法使いをなんとかしてくださった方には相応の報酬をお支払いします。』」
途中まで手紙を読んだエスメラルダは、目の前で顔を洗っている黒猫にちらりと視線を向けた。......この黒猫も元は人なのかしら?と。
「『案内役は手紙を運びましたレオンが引き受けます。どうかよろしくお願いします。』」
 手紙を読み終えると、エスメラルダは手紙の他に封筒に入っていた紙を取り出して、不思議そうに眺めながらお座りしている黒猫へと問いかけた。
「これ、依頼なのね?」
 すると、今まで黙ってお座りしてエスメラルダを見上げていた黒猫は、その通りと言わんばかりに大きく一声鳴いた。


【1】
エスメラルダ:「……という訳なの。頼まれてくれないかしら?」
オーマ:「なるほどねぇ。これがその依頼にゃんにゃんってわけだな?」
アイラス:「猫の依頼を受けるなんて初めてのことですね」
鬼灯:「わたくしもです」
 お互いにすっかり顔馴染になったオーマ、アイラス、鬼灯の三人は、困り顔のエスメラルダに呼ばれてここ、黒山羊亭を訪れていた。
 カウンターの長イスに腰掛けて話を聞き終えた三人は、それぞれに意見を述べ、優雅な仕草で毛繕いをしているレオンに視線を移した。
アイラス:「それで案内はこの猫、レオンさんがしてくれると」
エスメラルダ:「ええ。手紙にそうあったわ。それとこれ、一緒に手紙の中に入っていたのだけど」
オーマ:「ん?こいつぁ地図か?」
鬼灯:「そのようですね。この距離でしたら……一日あれば行けるのではないでしょうか?」
アイラス:「そうですね。この辺りに険しい場所は無いですから」
特別用意するものは無いですね、とアイラスは笑みをうかべた。
オーマ:「ってぇことはだ。軽く準備を済ませりゃ出発できるな」
エスメラルダ:「引き受けてくれるのね?助かったわ」
 三人の言葉にエスメラルダは安堵の表情をうかべると、必要無いかもしれないけど、とアイラスに手紙を渡した。
エスメラルダ:「じゃあよろしくね。わたしは仕事に戻るわ」
 そう言うとエスメラルダは艶やかな笑みをうかべて、ステージの準備をするために奥へと行ってしまった。
アイラス:「では今日のうちに準備を整えてしまいましょうか。まだ夕方ですし、店も開いていますしね」
鬼灯:「ではレオン様もご一緒にいらっしゃってください」
レオン:「ミャーオ」
 鬼灯の言葉がわかったのだろうか?レオンは入り口へと向って歩き出した三人の後に続くと、ゆったりと尻尾を揺らしながら店を出て行った。


【2】
アイラス:「ようやく見えてきましたね」
鬼灯:「そうですね。ここからでは村の様子はよくわかりませんが……」
オーマ:「まぁ行ってみりゃあわかるってな。「わたしたち」ってことは複数いるわけだろ?」
 翌日。朝早くに集合し依頼人の居る村まで歩いてきた三人は、やっと山間に見えてきた村を見て一休憩をすることにした。
アイラス:「村人全員が猫の姿に変えられているという可能性も考えられますね」
 木に寄りかかり水筒を傾けたアイラスはまだ遠くに見える村を眺めた。ここから見た限りでは平穏そのものに見える。
アイラス:「迂闊に近づいていいものかどうか……」
???:「眼鏡のにーちゃんなかなか鋭いじゃん」
 だがアイラスがそう呟きかけたそのときである。謎の声がどこからともなく会話に参加したのは。
鬼灯:「今お話になられましたか?」
オーマ:「いや、話してねぇ。けどよ、声が聞こえたのは確かだねぇ」
 謎の声が聞こえたのを不思議に思った鬼灯は、辺りに邪悪な気配が無いのを確かめてからオーマとアイラスに問い掛けてみる。だが、二人とも違うらしい。首を左右に振って否定している。
鬼灯:「では一体どなたなのでしょうか?ここにいらっしゃるのはオーマ様とアイラス様とレオン様……」
 誰もしゃべっていないのなら、と鬼灯は不思議そうな表情をうかべながら今いるメンバーを
順々に視線を合わせて確認していく……と最後にレオンが、にっと笑った。
???:「あれ、驚かないの?ま、これぐらいで驚かれても困るけどね」
三人:『!?』
レオン:「いや、今ごろ驚かれても……」
 三人の視線の先には確かに、ここまで飄々とマイペースに道案内をしてきた黒猫……レオンの姿があった。しかも、ちょっと不満げにしゃべっている姿をはっきりと、三人は見た。
オーマ:「レオン、お前さんしゃべれる猫だったんだな?」
レオン:「まあいろいろとあってね」
そう答えたレオンは、やれやれと首も尻尾も項垂れさせた。
レオン:「それよりさっき眼鏡のにーちゃんが言ってた予想通り。迂闊に近づくと猫の姿に早変わりするよ?どうする?」
アイラス:「それは困りましたね……この依頼を引き受けて言うのは難ですが、元に戻れなくなってはいろいろと支障がでますし」
鬼灯:「わたくしにはその魔法は効かないと思いますが……行ってみなくてはわかりません」
オーマ:「俺は問題ねぇな。それによ。ここはどーんっと行ってみねぇと解決しないだろうしねぇ」
 ふむと考え込みそれぞれの意見を言った三人は、誰からとも無く顔を見合わせると静かに頷いた。
アイラス:「今回も行ってみなくてはわからないということですね」
鬼灯:「そのようですね」
オーマ:「決まりだな」
溜息をつきつつ頷くアイラス、それしかないでしょうねと頷いた鬼灯を見たオーマは、にっと笑みをうかべた。
オーマ:「ってぇことで。そろそろ行こうかねぇ」

 村が見えてから村に着くまで、そう時間はかからなかった。
 三人はレオンの後に続いて猫にされてしまった村人たちのいる村へと足を踏み入れていった。
アイラス:「……見事に猫だらけですね」
鬼灯:「そうですね。レオン様、ここにいる猫は全員村人なんでしょうか?」
レオン:「あぁ、大体はね。本物の猫も混じってるけど、猫にならないと見分けつかないと思うよ」
 三人は村に入ってしばらく歩いた後、思わず絶句してしまった。なぜなら……右を向けば日向ぼっこをしている猫、左を向けば井戸端会議をしているかのような猫たち、正面を見れば自由気ままに道を横切っていく猫たちの姿が見えたからであって……村が本当に猫だらけだったからである。
オーマ:「ホントにまぁにゃんにゃんだらけだねぇ。その魔法使いってぇのは一体何がしたかったんだかねぇ」
 屋根の上で二匹仲良く昼寝をしている猫を見ながら、オーマは腕組みをした。
オーマ:「にゃんにゃん101匹大行進でもしたいってのかねぇ?」
アイラス:「タダの猫好き、というのが僕の思いついた予想ですね」
鬼灯:「今の状態では状況も事情もよくわかりませんし……情報をお聞きできる人がいるといいのですが……」
誰かご存知ありませんでしょうか?と鬼灯はレオンへと問い掛ける。
 しかし、村の状態を相変わらずだなと見ていたレオンは、鬼灯の問いに尻尾をぱたりと落として言った。
レオン:「つい先日まではいたんだけどねぇ……。僕が酒場の姉ちゃんの所に持ってった手紙を書いた人が、人の姿のままでね。村長さんの娘さんだったんだけど」
 そう言いながらレオンは井戸の周りに集まっている猫たちに視線を移した。
レオン:「今ではあの通り。すっかり猫になっちゃったからね。話を聞いたって『いい天気だにゃ〜』って言ってくれるぐらいさ」
オーマ:「ってぇことはだ。いくら動植物と話せる能力があったところで無駄ってぇわけだな?」
レオン:「ま、そういうことだね」
 猫にされた村人たちから話を聞くことは不可能、と知った三人は他に方法はないものかと考えを巡らせ始めた。
アイラス:「他に情報収集ができそうな方法といいますとなんでしょうね?」
オーマ:「悩みどころだねぇ。お、そういえばレオン。お前さん魔法使いについて何か知ってることはねぇのか?」
鬼灯:「そういえばまだお聞きしていませんでしたね。何かご存知ないでしょうか?」
 オーマの意見に、そういえば……と三人の視線が井戸の猫たちからレオンに向って集まる。村が見えてからレオンが話せることが判明した、ということをすっかり忘れていたために、まだ話を聞いていなかったのである。
レオン:「僕の知っていること?そうだねぇ……魔法使いの住みだした家を知ってるよ」
アイラス:「聞いてみて正解でしたね。ではレオンさん、案内してもらえませんか?」
レオン:「いいよ。始めからそのつもりだったし」
鬼灯:「レオン様、もう一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
レオン:「? 何?」
鬼灯:「村人が猫にされた事情はご存知無いでしょうか?」
レオン:「さぁ……行けばわかるかもね」
 ゆっくり立ちあがって伸びをしたレオンは、こっちだよと言うと村の奥へ向って歩き出した。


【3】
レオン:「ここが魔法使いの住んでる家だよ」
アイラス:「意外に普通の家ですね……」
鬼灯:「でも大きいですね」
 レオンの案内で魔法使いの家の前に着いた三人は、まず目の前に立っている家をじっくりと観察してから呟いた。
オーマ:「ここに村人たちをにゃんにゃんに変えた魔法使いがいるってぇことはだ。気をつけて近づかねぇと俺たちもにゃんにゃんにされちまう恐れがあるねぇ」
 さてどうやって近づこうかねぇとオーマが呟き、ふむと腕組みをした、とそのときである。
???:「うわーんっっ!!!」
 魔法使いの家の中から盛大な泣き声が聞こえてきたのは。
アイラス:「なぜ家の中から泣き声が……!?」
鬼灯:「!?」
 そしてアイラスがその声を不思議に思って首を傾げたか傾げないかした、ちょうどその瞬間である。
鬼灯:「アイラス様!?オーマ様!?」
ボンッ!と盛大な音がしたと同時に、鬼灯の目の前にいたオーマとアイラスの姿がなんと……!
レオン:「あーあ……猫になっちゃった」
アイラスの姿は薄青色の毛並みの、ほっそりとした猫に。オーマは銀色の毛並みに赤目の、普通の猫に比べると二倍ぐらいどーんっとでかい猫になってしまっていた。
 二人の姿が変化してしまい、流石の鬼灯も驚いて目を丸くした。
鬼灯:「お二人までこのようなお姿に……」
オーマ:『にゃんにゃんになるってぇのも面白いねぇ。いつも見下ろしてる立場が見下ろされる立場になるってぇのも悪かないな』
鬼灯&アイラス:「……」
 なぜか猫の姿になって面白そうにしているオーマの姿に、鬼灯と猫にされてしまったアイラスはほぼ同時に溜息をついた。
鬼灯:「猫のお姿になりましてもオーマ様は……」
アイラス:「ニャー……」
鬼灯:「? アイラス様はしゃべることができないようですね……」
 おそらくアイラスは、変わらないですね……と言いたかったのだろうが。鬼灯にはただ鳴いているようにしか聞こえなかった。
鬼灯:「オーマ様はなぜしゃべることができるんでしょうか?不思議ですね」
オーマ:『鬼灯には俺がしゃべってるように聞こえんのか?』
鬼灯:「はい」
 鬼灯の返事に、オーマは成る程ねぇと尻尾を揺らすとにやりと笑みをうかべた。
オーマ:『そいつぁ多分、心に直接語りかけてるからそう聞こえるんだな』
鬼灯:「そうなのですか」
オーマ:『おうよ!』
 まだ不思議そうにしている鬼灯の姿を見ながらオーマは、それよりよと切り出した。
オーマ:『これからどう動こうかねぇ。俺もアイラスもこんな姿だけどよ』
レオン:「とりあえず中に入ろうよ」
鬼灯:「そうですね。できるだけ魔法使い様とはもめたくはありませんし……。それに穏便に話すことができるならば聞きたいこともありますから」

オーマ:『中もいたって普通の家だねぇ』
 幸いというのだろうか?魔法使いの家の扉に鍵はかかっていなかった。扉を開けてすんなりと中へ入れたオーマたちは、辺りを見回しながら聞こえ続けている泣き声の方に向った。
鬼灯:「一体どなたのお声なのでしょうか?」
オーマ:『魔法使いの泣き声かねぇ?』
アイラス:『ニャー?』
 不思議に思いつつ、家の中を眺めながら進もうとしたそのときである。
???:「わたしの家に不法侵入する輩がいるとはね。それなりの覚悟はもちろんできてるだろうね?」
三人:『!?』
突然、後ろから女性の声が聞こえたのは。
 オーマたちが、ばっと後ろを振り向くと、そこには……背の高い、裾の長い服を着た若い女性がにこりと笑みをうかべて立っていた。もちろん、セリフからわかるように目は笑っていない……。
???:「おいたをする子にはそれなりにお仕置きをしなきゃいけないねぇ」
 冷笑をうかべた女性は手に持っていた杖をひゅんっと一振りして、自分の周りに数個の雷球を出現させた。
 その女性の行動にオーマと鬼灯は戦闘を避けるために事情を話そうと思ったが……この状態ではおそらく、雷球が飛んでくるほうが先だ。そう瞬時に判断すると、無駄とは思いつつもさっと身構えた。
???:「上手くかわせるといいねぇ。だけど……」
 二人がさっと身構えたのを見て面白そうに目を細めた女性はくすりと笑んだ。
???:「残念ながら外したことはないんでね。いけ!雷……」
レオン:「お師匠様ストップーッ!!」
 だが、女性が杖を二人に向けかけた、そのときである。どこからか走って来たレオンが慌てて声をあげて女性へと飛びついたのは。
???:「おや、レオンかい。? お前、なんでそんな姿をしてるんだい?」
 横からぴょんっと飛んできたレオンを女性は上手く抱きとめると、怪訝そうな表情をうかべた。
レオン:「ラーラに間違えて魔法をかけられてしまったんです……。おかげで魔法が使えなくなってしまいまして……」
???:「おやまぁ。しょうがない子だね」
 女性は項垂れたレオンの頭にぽんと手を置きながら溜息をつくと、そういえばとオーマたちを見た。
???:「で。あちらの三人は一体?ストップ、ということは知り合いなんだろう?」

???:「成る程ね……大体の事情はわかったよ。悪かったね、そちらのお三方。どうやら早とちりしたようだ。非礼をお詫びする」
 魔法使いがそう言いながらすっと手をかざすと、同時に。ポンっと音をたててアイラス、オーマが戻り、レオンの姿が猫から少年の姿へと変わった。
レオン:「やっぱりこの姿が一番だ……」
アイラス:「元に戻ることができてよかったです……」
オーマ:「にゃんこになるのも面白かったがねぇ」
 なぜか満足したというように笑うオーマは置いておき。本来の姿に戻ることができたアイラスとレオンは、ほぼ同時にやれやれと溜息をついた。猫になるのはしばらくごめんだ、と。
 そんな二人を見た魔法使いはくすっと笑った。
???:「レオンはともかくとして、眼鏡の坊やはもう猫になる心配はないさ。魔法使いと付き合いがない限りはね。まぁそれは置いておくとして」
 魔法使いはきょろっと辺りを見回した。
???:「暴走娘はどこ行ったんだい?」
アイラス:「? 暴走娘ですか?」
レオン:「さっきまで泣いてた子のことだよ。アルマ様の猫なんだけど」
オーマ:「あん?さっきの泣き声がにゃんこの泣き声だっていうのか?」
 レオンの言葉にオーマは先ほど聞いた泣き声を思い出しながら問い返した。さっきの声はどう聞いても人間の子供が泣いている声だったが……。
アルマ:「ああ、レオンの言う通り。暴走娘っていうのはわたしのかわいい愛猫さ。ただ……」
鬼灯:「?」
 アルマは一旦言葉を切ると溜息をつきながら、額に手をあてた。
アルマ:「変化の指輪を悪戯したようでね……今は人間に姿を変えているはずさ。村人を猫に変えちゃったっていうんだからね」
オーマ:「なるほどねぇ。困ったにゃんにゃんってぇわけだ」
 にっと笑みをうかべると、オーマはアルマを見た。
オーマ:「ってぇことはだ。村人をにゃんにゃんに変えてた嬢ちゃんを見つけて止めりゃあこの事件は解決するってぇわけだな?」
アルマ:「ああ、そういうことになるね。もしかして手伝ってくれるのかい?」
 アルマがそう問うと、アイラスはにこやかに答えた。
アイラス:「はい。僕たちは事件を解決するために来ましたし、お手伝いします」
アルマ:「ではお言葉に甘えさせてもらう。うちの娘はこの家のどこかにいるはず。外に出るのを怖がる子なんでね。探してもらえるかい?」
オーマ:「おうよ!任せとけ」
アイラス:「はい、わかりました」
 オーマとアイラスは笑みをうかべて頷いた。
アルマ:「すまないが頼んだよ。わたしはその間に村人たちを元に戻すんでね。レオン、お前もこの人たちについていっておくれ。くれぐれも入ってはいけない部屋に入るんじゃないよ?それからそちらのお嬢ちゃん。わたしと一緒に来てくれないかい?」
鬼灯:「はい、わかりました。ではオーマ様、アイラス様、レオン様。また後ほど」
 アルマにそう言われ不思議そうに首を傾げた鬼灯であったが、すぐに頷くとアイラスとオーマにぺこりとお辞儀をしてから魔法使いと一緒に外へ向って歩き出した。
 だが、アルマはすぐにあぁと小さく声をあげると三人のほうを振り返った。
アルマ:「そうそう、一つ言っておくのを忘れたが。ラーラは猫なんだが結構な魔力を持っていてね。感情に大きな乱れがあるとすぐに暴走するから気をつけてほしい。家が壊れると直すのが大変なんでね」
 それだけ言うと、では行くか、とアルマは鬼灯と共に外へと出て行った。

 家の外に出たアルマはしばらく歩いた後、鬼灯のほうを振り向くと、おもむろに口を開いた。
アルマ:「お嬢ちゃん、わたしに訊きたいことがあるようだねぇ?」
鬼灯:「おわかりでしたか?」
アルマ:「あぁ、なんとなくだが。長年の勘ってやつかな」
 不思議そうに自分を見てくる鬼灯の姿に、アルマはくすりと笑った。
アルマ:「で、わたしに訊きたいことってのは?」
鬼灯:「では率直にお聞きします。アルマ様は人形を人へと変える術をお持ちでしょうか?」
アルマ:「ふふっ……本当に率直に言ったねぇ」
 真剣に問い掛けてきた鬼灯に、アルマは笑みをうかべていたが。次の瞬間ふっと表情を変えると言った。
アルマ:「ではわたしも率直に言う。それはわたしには不可能だ」
鬼灯:「そうですか……」
 真剣なアルマの表情に、鬼灯はある程度予想していたとはいえ……残念そうに俯いた。やはり叶わぬ望みなのかと……。
 しかし、アルマはにこりと微笑むとそんな鬼灯に言った。
アルマ:「だがね。わたしには不可能かもしれないが、他にそれが可能な人もいるはずだ。物事には必ず両極があるからね。信じていれば必ず道は開けるはずさ」
鬼灯:「アルマ様……」
アルマ:「さ、この話は置いておこうか。今大事なのは村人たちを元に戻すことだからねぇ」
 顔をあげた鬼灯を見て確認すると、アルマは再度歩き始めた。

 歩くこと数分。鬼灯とアルマの二人は今、村の中心にある時計台の前に立っていた。村にあるにしては立派な、高い石造りのものであった。
鬼灯:「? アルマ様、ここで一体何をなさるんでしょうか?」
アルマ:「ふふ……丁度良い時刻だねぇ。何をするかは近くで見物しててくれ」
 鬼灯の問いにアルマは、ふっと笑みをうかべると鬼灯の背に手をまわして抱き上げ。とんっと地を蹴った次の瞬間には時計台の屋上へと移動を完了していた。
アルマ:「お嬢ちゃんはそうだな……できるだけ端にいてくれ。魔方陣を展開するから。あ、ちなみに気をつけてくれよ?柵が無いからねぇ」
 時計台の屋上はそんなに広さが無く。だが天上は高くできていて、頭上の大きな鐘がよく見える。下から上がれる階段等がみつからないところをみると……どうやらここは、飛翔魔法や移動魔法を使えない者には来ることができない場所らしい。
 アルマは鬼灯に注意事項を述べて端に移動してもらうと、持っていた杖をひゅんっと床と並行に振った。すると、アルマの足元に瞬時にして光が描いた魔方陣が現れた。
 光の魔方陣が正常に現れたことを確認したアルマは、杖を片手で床と平行に持ち、もう片方の手を口元に近づけると、鬼灯の理解不能な呪文を唱えだした。するとそれに呼応するように魔方陣が光輝きだし……辺りを金色に照らし出した。そして……
アルマ:「…………我は願う。今正常なる真の姿を!」
最後の一言を紡ぎ、杖をとんっと床に垂直に立てた。と、その瞬間。魔方陣の光が鐘に吸い込まれたとほぼ同時に、その鐘は時間を知らせるために村へと鳴り響いた。
アルマ:「やれやれ……間に合ってよかったよ」
鬼灯:「? 一体何が起こったのでしょうか?」
 はぁ……と安堵の溜息をついたアルマに、鬼灯は何が起きたのかわからず問い掛けた。間に合ってよかったの意味がよく理解できない。
アルマ:「何が起こったか?それはね。村中に響き渡るこの鐘の音に、村人を元に戻す魔法をかけたのさ。この鐘の音に魔法を便乗させれば人一人を戻す魔法を一回唱えれば事足りるからねぇ。今鐘の音を聞いた村人たちは元の姿に戻ったはずだ」
 にこりと満足そうに微笑んだアルマは、聞いた話をなんとか理解した様子の鬼灯を来た時と同様に抱き上げると言った。
アルマ:「では家に帰るとするかねぇ。元に戻った村人の姿を確認がてら、ゆっくり歩いてね」

アルマ:「……つまりだ。元の姿に戻ろうと自分に魔法をかけたつもりでいたが、実は村人たちにその魔法がかかってたと。それで村人たちを猫に変えてしまってたというわけだな?」
ラーラ:「はい……ごめんなさいご主人様……」
 ラーラがみつかってからしばらくして。アルマと鬼灯が並んで家に帰ってきた。
 アルマはまず、何も言わずにオーマの後ろにすまなそうに隠れていたラーラの姿を猫の姿に戻してから、ひょいっと抱き上げ。自分が何をしたか正直に話してごらん、と微笑をうかべた。
 そして、ラーラが事の始まりから終わりまで何があったかをアルマに話し……今のこの状況に至るわけである。
 ラーラの話を聞いたアルマは最初、難しい顔をしていたが……
アルマ:「反省はしているようだし、今回は許そう。村人たちは猫になっていたことを夢だったと思っているからね。ただし、次回は無いぞ?」
ぴっと人差し指を立ててラーラに念をおすと、にこりと笑顔をうかべた。
 アルマの言葉にへにょんと耳と尻尾を下げていたラーラであったが……間近でにこりと微笑まれると、途端に萎れた花が生き返ったように目を輝かせ、嬉しそうにニャーンと一声鳴いてアルマに顔をすり寄せた。
 そんな光景を見ながらそういえば、とアイラスは思い出し、レオンへと問いかけた。
アイラス:「先ほどアルマさんは村人たちが猫になっていたことを夢だったと思っているからと言っていましたが……手紙を書いた村長さんの娘さんはこのことを覚えているのでは?」
レオン:「あ、そのこと?そのことなら大丈夫だよ。あれは僕の書いたものだから」
オーマ:「つまり嘘ってことか?」
レオン:「うーん……言い方変えるとそうなるかな。だってさ、そのまま行っても信じてもらえないだろうし、それに。魔法使いの弟子なんですが、って言ったって信用してもらえないだろうし」
そのうえさ、とレオンは少し恥ずかしそうにぼそりと呟いた。
レオン:「お師匠様の猫に猫にされて戻れなくなってしまって、お師匠様の猫を止めようにもドアが開かなくて中に入れませんなんて。恥ずかしくて正直に言えないからね……」
オーマ:「そりゃ違いねぇなぁ」
アイラス:「成る程。そういう訳なら納得できました」
 レオンの様子にオーマとアイラスは違いないと笑みをうかべた。それが自分の立場になったら、やはり少々言い難い。
鬼灯:「ですが、無事解決することができてよかったですね」
 レオンの話に鬼灯は優しげな微笑をうかべた。怪我人も出ることがなかったし、と。
アルマ:「そういえばお三方。世話になった礼に何か差し上げたいのだが。何がいいかな?」
 まだ甘えて擦り寄ってくるラーラを抱きつつ、アルマはオーマたちににこりと笑んだ。
アルマ:「物でなくとも未来を占うこともできるしな。各自一つ選んでくれ」
 その申し出に三人は自然と顔を合わせると、
オーマ:「未来を占ってもらうってぇのもいいがねぇ」
アイラス:「物というのも興味がありますね」
鬼灯:「何か一つを選ぶということは難しいことですね」
そのままうーん……と考え込んでしまい。アルマは思わずくすくすと笑い出した。
アルマ:「そんなに真剣に悩まなくてもいいと思うが。では、お茶でも飲みながら決めてくれ。レオン、用意を」
レオン:「はい、アルマ様」
 じゃあこっちへ、とレオンの案内でアルマを含むオーマたちはその後、お茶を楽しんでからそれぞれの希望のものを一つだけ手にし、魔法使いたちの家をにこやかに後にした。
 ちなみに三人がそれぞれ何をもらったかというのは……あげた本人、貰った本人たちのみがこっそりと知るだけであった。

…Fin…



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り】
 【1091/鬼灯 /女性/6歳/護鬼】
 【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト】


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■         ライター通信          ■
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  いつもありがとうございます、月波龍です。
  今回の依頼は執筆時間の都合で三人になりましたが、いかがでしたでしょうか?
  それぞれのプレイングをまとめた結果、このような話の展開にしました。
  もし至らない点がありましたらご連絡ください。次回執筆時に参考にさせて
  いただきたいと思います。
  楽しんでいただけたようでしたら光栄です。
  また機会がありましたらよろしくお願いします。