<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
蛍火遊戯
------<オープニング>--------------------------------------
「あのね、蛍って見たことある?」
黒髪の長いツインテールを揺らして、人懐っこそうな表情の少女がルディアに声をかけた。
ルディアは突然の話に首を傾げ、少女を見つめた。
「蛍ですか……?あの…それってお尻の部分が光る虫のことですよね?」
「うん、そう。でね、この間もんのすごい蛍が乱舞してる場所を発見したんだ。でもね、その途中ってなんだかよく分かんないけど巨大植物大発生でそこに行き着くまでに一苦労なの。この間は食べられそうになっちゃって困った困った」
てへっ、と恥ずかしそうに笑う少女。
少女の話にルディアは呆気にとられる。
食べられそうになったってそれはとっても大変なことなのではないかと。照れ笑いなどしてる場合ではないような気がするのだが、当人はどうでも良いことの様だった。
「そこで冥夜ちゃん考えました!あの綺麗なの独り占めしてるの勿体ない気がするから、そんな植物にも負けずに蛍を観に行きたい人募集しようって。……どうかな?」
冥夜と名乗った少女は、いたずらっ子の様な瞳をルディアに向ける。
「ど……どうかなと言われても……ここに来る人でその話に乗ってくれそうなひとはたくさんいる気がしますけど……」
「ん、それなら大丈夫だよね。もうね、本当に綺麗なの。ただ、すっごく淋しい光にも見えるけど。夏の終わりにちょっとセンチな気分になりたい人とかもいいかもね〜」
よーし募集しちゃうぞー、と冥夜はペンと紙を取りだして、自作のポスターを作り始めた。
それをルディアは再び呆気にとられながら何処までもマイペースな冥夜を見つめるのだった。
------<ポスター>--------------------------------------
「こんばんは」
艶やかな笑みを浮かべて白山羊亭を訪れたレピア・浮桜は、白山羊亭全面に貼られたポスターに目を奪われる。
しかし何処かで見たことのある字と絵だ。
「この字…何処かで……」
「あ、レピアさん。こんばんは」
そう言って駆け寄ってきたのはルディアだった。
「こんばんは。…ねぇ、このポスター……」
「あ、それはですねぇ…昼間来てた子が貼っていきました。冥夜さんだったかな?」
うーん、と記憶を手繰り寄せながらルディアが言うと、あぁ、とレピアは途端に笑顔になる。
首を傾げて、お知り合いですか?、と尋ねるルディアにレピアは頷いた。
「えぇ、とても仲良しなのよ。冥夜主催なのね、この蛍狩り…」
「面白そうですけどね。あとでまた来る様なこと言ってましたよ」
それならば直接冥夜から聞いた方がいいだろう、とレピアはステージへと歩いていく。
ステージの上に行くまでにあちこちから声がかかる。
そしてステージの上に立つと、一瞬にして自分に視線が集まるのを感じた。
それが心地よくてレピアはうっとりと笑顔を浮かべる。
それに観衆が沸いた。
流れ出すメロディに合わせ、レピアの肢体が揺れる。
激しく溢れ出す様な感情の波が内側から外へと発散されていく。
激しく争い揺れる国をいくつも見てきた。
そしてそれらを目に焼き付け、自分の踊りの糧とする。
人々の思い、世界の崩壊、蘇る荒れた地の鼓動、生命の営み。
それらは全てレピアの中に蓄積され、人々に踊りとしてその世界を伝える。
音楽が止まる。
レピアも同時に動きを止めると、あちこちから盛大な拍手と歓声が送られた。
満足げに微笑んだレピアに手を振る一人の少女。
「冥夜っ」
「やっほー、レピア! すっごい綺麗だったよー」
にぱっ、と笑う冥夜の元へレピアは、すとん、と降りてくると冥夜を抱き寄せる。
「白山羊亭でも踊ってるんだね」
「えぇ、気が向いた方でね」
「そっかー。それじゃこっちにも顔出さなくちゃだね」
うんうん、と一人頷いていた冥夜だったが、顔を上げてレピアに告げる。
「そうだ。ねぇ、レピアも一緒に蛍狩りに行こうよ。夜だし。出発は日が暮れてからだから」
「そうね…」
レピアは蛍の仄かな灯りの中で冥夜に踊りを見せるのも情緒的だと思う。
もちろん、体中に店のスポットライトを浴びて踊るのも良いのだが、たまにはそういう趣向も悪くないだろう。
「えぇ、一緒に行くわ」
「本当?やったぁ!」
レピア大好きー、と冥夜はぎゅっとレピアに抱きつく。
「楽しみましょうね」
「うんっ!」
冥夜はにっこりと微笑んで、明日の夕方白山羊亭の外で待ち合わせだよー、と告げた。
------<巨大植物との戯れ>--------------------------------------
翌日、白山羊亭の前に集まったのは六人。
レピアの他には、楽しそうに腰のレイピアを眺めるティアリス・ガイラストと辺りを窺う様にきょろきょろとしている琉雨。人面草を背後に背負ったオーマ・シュヴァルツに人の良さそうな笑顔が眩しいアイラス・サーリアスと手にしたメロンのような植物と同化している様に見える羊を抱いたこれまた人の良さそうな神父のルーン・シードヴィルだった。
「さてと、皆揃ったみたいだから行きますか。いざ、蛍狩りにレッツゴー!」
その時、琉雨とオーマがきょろきょろと辺りを見渡す。
二人は以前乗せられた冥夜の車を思い出したのだった。
「おい、冥夜。今日はアレに乗っていくんじゃねぇのか?」
「ん?なになに?アレって……もしかして車?」
「はい」
琉雨は頷いて冥夜に、乗っていきませんよね、という思いを込めて視線を向ける。
「今日は乗っていきたいトコなんだけど、人数多いし車じゃ入っていけないから場所だから止めたの。残念でしょー?」
それほどでもねぇけどな、とオーマはぼそりと告げ後ろを振り返りメンバーに向かって声をかけ、のっしのっしと歩いていく。
「それじゃ楽しく皆でウッキウキ夜のハイキングってやつだな。よぉし、者ども行くぞー」
オーマが先を歩くレピアと冥夜の後に続く。
「ねぇ、冥夜。蛍綺麗だった?」
「うん、すっごく。でもね、ちょっと淋しい気もしてね。なんだろう…引き込まれちゃいそうな感覚」
レピアは頷いて、そしてぼんやりと考える。
蛍には余り良い想い出はない。
以前、東方に居た時は石像として野晒しで置かれていた。
その時に見たのが蛍だったのだ。
目が覚めた時に揺れる灯り。
それは蛍だと分かっていても、石化が解け突然目に入ってくるその光が怖くて気持ちが悪くて何度驚いたことだろう。
しかし誰かと共にそれを見るのならば嫌な思い出が塗り替えられるかもしれないとも思う。
次第に鬱蒼と茂り出す草木。
月明かりで夜道は照らされて明るいものの、木々の間に入ってしまうと漏れる月明かりは極小だ。
それでも足下は見えるから前に進むのには支障ない。
「凄いわね、こんな森の中に蛍は居るの?」
ティアリスは辺りを見渡しそう呟く。
「蛍はな、水の綺麗なとこにしか住めねぇんだ」
振り返ったオーマがそう告げると冥夜も声を上げる。
「そうなんだよー。あのね、今から行くところすっごい水綺麗なんだ。楽しみにしててねー!」
そんな鬱蒼とした木々の間をぬって進んでいた面々だったが、突然開けた場所に出た。
直接月明かりが全員を照らす。
「皆気をつけてね」
ここを過ぎると突然襲ってくるから、と冥夜が言った。
襲ってくるのはもちろん、巨大植物に違いない。
気を引き締めつつ、一同は再び森の中へと入っていく。
「って、わぁっ! またアタシ食べられちゃうのー!」
突然、前方を歩いていた冥夜の足や身体をグルグル巻きにしてそのまま自分の元へと引き寄せるのは、冥夜の言っていた巨大植物だった。
「あら、冥夜。そんな蔦に巻き付かれちゃって…」
なかなか蔦の絡まり具合が卑猥でなまめかしい。
そんな姿を堪能しつつ、くすり、と笑みを浮かべたレピアは誰よりも速く巨大植物に近づき、中枢部分に鋭い蹴りを食らわせる。
しかしそれで止めはさすことはできなかったが、冥夜に絡んでいる蔦が緩んだのを見たレピアは、落下する冥夜を横抱きにし巨大植物から間合いをとった。
「アリガト、レピア〜。また食べられるかと思ったよ。あはははー」
「そんなことさせないから、安心して」
何が起きてもいつもへらへらとしているから今も怖くなかったのかと思うが、実は内心は結構焦っていた様だ。
お姫様抱っこをされた冥夜は、ぎゅっとレピアの首に縋り付く。
よく見るとその巨大植物は蔦の生えた向日葵のような姿をしている。しかし花の部分には大きく開いた牙付きの口が見えた。
「おぅおぅ、なんだどうしてそんな急に人を襲うんだ? お前さんは。どっか悪いなら俺が見てやるぞ? 俺様は医者でもあり、動植物のアイドルでもあり、親父イロモノパワー全開のオーマ・シュヴァルツ様だからな。お前さんとも仲良くしようと、こうしてソーン天然記念物人面草軍団引き連れやってきたんだ」
絡まる蔦も気にすることなく、オーマはぎゅうっと巨大植物を抱きしめてバンバンとその太い幹を叩く。
「お前のためにな、いいもん用意してきてやったんだ。下僕主夫特製腹黒イロモノ親父伝説のラヴァーズ弁当。さぁ、たんと食え」
そう言ってオーマは無理矢理巨大植物の口の中へと愛情たっぷりマッスル握り、を一つ放り込む。
まぐまぐ、と食べた巨大植物は気に入ったのか寄越せと言わんばかりに再び大きく口を開ける。
そしてぺろりと完食した巨大植物を今度はオーマの背後にわらわらといた人面草軍団が一斉に取り囲んだ。
「お前さんと仲良くなりたいうちの人面草軍団だ。お前さんとどっこいなくらいラブリーで愛らしいだろ」
しかしその中央で嫌だ、というようにウネウネと蔦を蠢かせていた巨大植物は、ぶんっ、と蔦を降り人面草軍団を散り散りにしてしまう。
その人面草たちが背後にいた全員に降りかかりぼたっと地に落ちた。
そして続けてその蔦がティアリスを襲う。
「来たわね」
ティアリスは余裕の笑みを浮かべ、押し寄せる蔦を次々と切り落としていく。
斬られたそれらはすぐに本体の方へと戻っていき再生する。
「きりがないわ」
「ティアさん、そのまま斬り続けて下さい」
琉雨の声を聞き、ティアリスがそのまま蔦を斬り続ける。
斬られて落ちた部分を琉雨が魔法で召喚したサラマンダーの吐く炎で焼く。回りの木々に燃え移ってしまわぬ様に極最小限の炎を出した。
それで再生は出来ない様になったが、蔦の本数は一向に減る様子はない。
「オーマさん、逆効果じゃありませんか?」
様子を見守っていたアイラスがそう告げると、可笑しいなぁ、とオーマは首を傾げる。
「アイツ別に怒ってる訳じゃねぇみたいなんだが…なんで必死に俺たちを止めようとするんだか」
巨大植物はただ、近づくな、と言っているだけなのだ。
近づくな、というのはきっと蛍の乱舞しているその場所のことだと思われたが、近づいてはいけない理由というものが思いつかない。
「まぁ、とりあえずお腹が空いていると言うのであれば、これを投げ込んでみるというのも良いかもしれません」
アイラスとルーンが同時に取り出したもの。
アイラスは水で膨れる物質A、そしてルーンが取り出したのは手にしていたバロメッツのシーピーではなく、シーピーが持っていた食料その1だった。
「水なんて蛍が見える場所に行かなければ無いでしょうから意味がないかもしれませんけど、一応お腹の足しにはなるんじゃないかと」
そう言って、アイラスは手にしていた物質Aを巨大植物に向けて放る。
ナーイスキャッチ、と冥夜が先ほど自分が食べられそうになったのも忘れ手を叩いて喜ぶ。
「それとこちらも…きっと何も考えず放られたものは全て口にする下等生物でしょうから」
にこやかな笑みを浮かべルーンが投げたものも、ぱくり、と上手いことキャッチする巨大植物。
もぐもぐと咀嚼し嚥下した巨大植物だったが、次の瞬間、かくり、と頭を垂れ動きを止める。
「ルーンさん…? 先ほどの食べ物には何が……」
「強力な睡眠薬ですが、何か? 霊も魂も無い植物とはいえ愛情を持って接すれば心は伝わるものです。ただ、これでも無理でしたら除草剤を使えば良いだけの話ですからね」
笑みとは裏腹に口にしていることはかなり恐ろしいことを口走っている。
おーし、それじゃ先に進むか、と大人しくなった巨大植物を抱えてオーマが言う。
その隣でルーンも巨大植物をぽこぽこと蔦の切られた部分を鳴らしてみながら、オーマさんもお持ち帰りですか、とオーマに半分株分けして欲しいと交渉していた。
どうやら二人ともその植物をお持ち帰り予定のようだ。
「オーマさん、あの、その巨大植物さん、根を抜いてしまったら枯れてしまわないでしょうか」
心配そうに琉雨が告げるとオーマは、人面草軍団に合図を送る。
するとざざっと人面草たちがその根にうっとりとした表情でからまりついた。
「これで良しっと。冥夜、蛍はもうすぐか?」
「うん、あと少しだよー。こっちこっち」
冥夜が走り出す。
ずるずると巨大植物を抱えたオーマが一番最後で全員鬱蒼と茂る木々に囲まれた空間から脱出した。
------<蛍火遊戯>--------------------------------------
森を抜けるとそこには沢があり、ごつごつとした大きな岩があちこちにある。
少し高い場所から水が下へと落ち、小さな滝を作っていた。
その水は澄んでいて、月明かりに煌めき透明な水滴を辺りに振りまいていた。
その場所で無数の光が乱舞している。
小さく瞬く様な光があちこちで揺らめく。
すうっと飛んでは光り、誰かを誘う様にも見えるその動きに皆瞳を奪われる。
レピアは水辺に冥夜を誘った。
「レピア?」
「見ていて」
艶やかに笑うとレピアはその場で緩やかに舞う。
蛍の光をバックにした幻想的なレピアの舞い。
思わず冥夜は目を奪われた。
それは何処かもの悲しくて、冥夜が蛍の光が淋しいと言ったような感情を表しているかの様だった。
そしてその踊りに魅了され、動きを止めたレピアにそっと触れる冥夜。
「冥夜?」
「凄い綺麗。でもなんか…消えちゃいそう…」
「大丈夫よ。あたしは此処にいるから」
ほらね、とレピアは冥夜の手を取る。
そして先ほどとはうってかわって軽やかに踊り出した。
「っわ! れ・レピア早いよー!」
「平気だから」
くるくると回り冥夜の目が回る。
一人では回りすぎてしまい大変だと気づいた冥夜は、近くにいた琉雨とティアリスを呼ぶ。
そして踊りの輪の中に引きずり込み、四人で踊り始めた。
ぱしゃぱしゃと足下で水音が鳴る。
蛍の光の中できこえるその音はどこか幻想的で。
揺れる蛍。
良い想い出としてそれは刻み込まれるだろうか。
独りぼっちで見る蛍の記憶から大勢で見た楽しい記憶へと。
「そうだ、俺様特製弁当を全員分作ってきたからな。こっちで蛍の光を楽しみつつ食おうじぇねぇか」
その後は記念撮影をしてだな、とオーマは具現化したカメラを皆に見せる。
「ふふっ。それも良いわね」
「写真? わーい!」
「オーマさん、そんな準備されてきてるだなんて知りませんでした。さすがです」
感心した様に琉雨が声を上げると、その後ろでレピアが、本当ね、と笑う。
踊っていた四人はオーマの提案に賛成し、いそいそと取り出している下僕主夫特製ラブラブフラーッシュ弁当へと近づいていく。
その横では蛍の光を追ってきょろきょろとしているシーピーがルーンの手に抱かれている。
ルーンとアイラスは笑顔を浮かべながら会話を楽しんでいた。
水辺では楽しそうに、そして淋しそうに揺らめきながら蛍が光を放っている。
そしてそれを先ほど皆を襲った巨大植物も嬉しそうに眺めるのだった。
===========================
■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
===========================
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
●1962/ティアリス・ガイラスト/女性/23歳/王女兼剣士
●2067/琉雨/女性/18歳/召還士兼学者見習い
●1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト
●1364/ルーン・シードヴィル/男性/21歳/神父
●1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り
●1926/レピア・浮桜/女性/23歳/傾国の踊り子
===========================
■□■ライター通信■□■
===========================
こんにちは。夕凪沙久夜です。
お待たせ致しました。
蛍狩り、楽しんで頂けましたでしょうか。
冥夜とコンビを組んで動いて頂きましたが、楽しんで頂ければ幸いです。
蛍の中でのレピアさんの踊りは本当に幻想的で美しかったのではないでしょうか。
うちの冥夜もご満悦のようですよv
それと残念ながら今回は大多数でのお話しでしたので、某メイドは連れて行けませんでした。申し訳ありません。メイドはお仕事中だったということで!
またお会い出来ますことを祈りつつ。
ありがとうございました〜!
|
|