<東京怪談ノベル(シングル)>
今日も元気だ、悪・即・斬!!
聖獣の加護ありし世界ソーン。
時にあらゆる世界と重なり合い、繋がる夢幻の大地。
本来なら決して交わることなど無い、平行世界の住人も、なんの因果かこの世界に迷いこむこともある。
だが、紛れこむのは何も世界にとっては無害である存在ばかりではない。
時に、人々を脅かすモンスターのように、はた迷惑な存在も紛れこむこともあるのだ。
『凱皇』…――――闇に紛れるようにしてこの世界に降り立った魍魎の類も、その一つであった。
「最近、街道の近くで食い散らかされた女性の死体が見つかったそうよ」
「…物騒ねぇ」
「なんでも、暗闇で一つ光が見えたとか……」
(……ふーん)
この世界では珍しい、白と緋色とで構成された衣服を身に纏った少女が、不意と耳朶に届いた噂話に紅の瞳を瞬かせた。
少女と同じ世界の者であれば、肩を大きく露出したそれがかなりアレンジもとい改造されたものではあるが、俗にいう巫女服という事がわかるであろう。
群雲 蓮花。
凱皇という妖怪がこの世界に降り立った際、時を同じくしてこの世界に迷いこんだ退魔師の少女である。
(まぁ、食い荒らされてるって話だから、野生の獣って場合もあるけど…)
買い物籠を片手に家路へと向かいながら、なんとはなしに通りに流れる噂を聞きながら蓮花は一人ごちた。
凱皇であるならば自分の仕事であるが、そうでないのなら王都の兵士に任せてしまおうと。
「ただいまー。あー…おなかへったぁ〜ッ」
蓮花は自らが経営する『混沌斬魔厨房 ―影―』へと足を踏み入れた。
そのままシンクへと足を運び、早速買ってきた食材をがさがさと物色し、昼食を作り始めようとする。
元々日本人であるからだろうか、フライパンやボウルと道具は洋風であるのに、作っていくものは和食中心であった。
味噌汁、ご飯、そしておかず……と作っていた彼女の手がふと止まる。
「…………やっぱ気になる」
ジュウジュウと音を立てて美味しそうな匂いを放っているのは、最近好きになった目玉焼き。
白身の真中に、満月色に鎮座している黄身が何となく、噂話で出ていた『暗闇で一つ光が見えた』という部分を連想させた。
「暗闇の光……目玉焼き……目玉?」
そこまで呟いた蓮花は、目玉焼きが乗った皿をテーブルの上に乱暴に置くと、愛用の大剣を片手に慌しく店から駆け出していった。
「……ッ!やっぱりっ!」
聖都の広場へと近づくにつれ、怒号と悲鳴とが漏れ聞こえ、蓮花は自分の勘が正しかった事を知った。
身の丈は3メートルはあろうかという巨大な影。
一見したところ熊のようなずんぐりした体型の一つ目鬼…凱皇は、鉤爪の生えた太い腕を振るい王都の兵士を右に左にとなぎ払っていた。
「ちょーっとまったぁ〜〜〜ッ!」
今しも、その爪が倒れた兵士へと振り下ろされんとする時、蓮花は良く通る大きな声で叫ぶ。
注意がそれた瞬間を見逃さず、駆けよりながら懐へ手を差し入れ、次の刹那には取り出した符を凱皇に向けて放つ。
「いっつ、しょ〜た〜〜〜〜いむッ!!」
微妙に日本語訛りで、横文字で戦闘開始の合図を口にすると、符術で攻撃しつつ兵士から凱皇の注意を引き付ける。
(大男、総身に知恵はまわりかね……ってねッ♪)
一つ目の鬼『壊鬼』は凱皇の中でも然程知能が発達した方ではない。単純な精神構造の凱皇は、案の定蓮花の誘いに乗り、怒りの咆哮を上げながらその太い腕を振り下ろしてくる。
「―――ッ!!あくまで駄々をこねるんだね?いいわ、こっちにだって考えがあるんだから」
巨大な剣『悪即斬』という何ともストレートな名前のついたそれで、凱皇の腕を受けとめ、受け流すと蓮花は後ろへと飛び、一度距離を取ると精神を集中させる。
「良い子にしなさいッ!―――…陰陽珠、招来!」
「ガァァ……ッ!」
蓮花の啖呵と共に、召喚された二つの陰陽の珠は、ふわふわと彼女の周りを浮遊していたが、咆哮を上げながら凱皇が少女を害そうとするのに、きぃ…んと玲瓏な音を響かせたと思うと、レーザーの如く光の帯が凱皇の二本の腕を撃ちぬく。
「グァオォォ……ッ!」
両腕を走る痛みに凱皇が暴れ叫び声を上げるのを、蓮花は冴えた瞳で見つめ大剣を構える。
「さ、ちぇっくめいとってとこね。――――…バイバイ、凱皇さん」
「ギャァァ―――――ッ!!!」
蓮花の身の丈ほどもある大剣『悪即斬』が振り下ろされ、凱皇の体を真っ二つに裂いた。肉を絶つ嫌な感触と共に、どす黒い血が飛沫き、断末魔の悲鳴が辺りに響き渡った。
「……な、君は…?」
突然疾風の如く現れ、脅威を退治してくれた少女の出現に呆然とする兵士達。
事情を聞こうと手を伸ばす…が、一瞬早く身をかわし、にっかりと白い歯を見せて笑い、
「報酬は要らないよ。阿漕な儲けはしたくないから」
ぴ。と人差し指と中指を二本立てて額の前でポーズを取って見せる―――…ちょっぴり、勇者様然としていたのも束の間。
「あ〜〜〜〜〜ッ!!味噌汁がさめちゃうッ!」
一大事!とばかりにきりりとした表情から一転。年頃の少女らしい面へと変えた彼女は、挨拶もそこそこに大剣を抱えて猛スピードで駆けていった。
「……な、なんだったんだ、あの娘は」
台風一過のような状況について行けずに呟く兵士をよそに、味噌汁が冷める前に家に帰った蓮花はご機嫌で昼食にありついていた。
何やら先ほどの凱皇の顔を彷彿とするような黄身がちょっぴり半熟な目玉焼きを、お構いなくご満悦で頬張り、
「今日も元気に悪・即・斬!……な〜んてね♪」
一仕事終えた蓮花の頭の中は今日も春真っ盛りであった。
群雲 蓮花。又の名を『楽園の退魔師』という―――――。
【おしまい】
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