<東京怪談ノベル(シングル)>


心の中に揺れる灯火



 まだ太陽の高い時刻だというのに、黒山羊亭を訪れる二つの人影。
「ふぇぇぇ〜ん。私悪くないですーっ。なんで私まで家出するんですかぁ」
「でもアタシも悪くないし。あれは絶対にお師匠様が悪いんだってばっ!」
 もうオウチに帰らないんだからっ、と黒髪の長いツインテールを揺らし少女は喚く。
 それをオロオロとしつつツインテールの少女に無理矢理手を引かれて追いかける金色の長い髪のメイド服を着た少女。
「もう此処で暫く働こう、アタシ達」
「えぇっ!ちょっ…ちょっと待って下さい。私は……」
「もう決めたんだから。エスメラルダー!」
 有無を言わさず地下へと続く階段を駆け下りて、黒髪の少女は黒山羊亭の扉を開いた。
 まだ夕方の開店へと向けて準備を開始し始めたばかりの店内は、昨日の酒の匂いが少しだけした。

 扉を開けた二人の目に飛び込んできたのは、ステージ上に置かれた石像だった。
「レピア?」
「レピアさん?」
 二人は声を合わせてそう呟くとステージの上へと駆け上る。
 メイドは実は人形なのだが深い眠りに落ち戻って来れなくなった際、黒髪の少女がレピア・浮桜に依頼してメイドは夢の世界からこの世界に戻ってくることが出来たのだった。
 そんな恩人でもあるレピアがステージの上に一人置きざりにされていることに、あんまりだと言わんばかりに焦りながらペタペタとレピアの身体に触れるメイド。
 触れても温かくはなく、そこにあるのは石の冷たさだけ。
 レピアが尤も怖がる石の牢。
 眠りも夢もなく、ただ意識ごと閉じ込められてしまう冷たい牢獄。

「なんで此処にいるの?エルファリアの別荘に戻れなかったの???」
 黒髪の少女がそう呟くと奥からエスメラルダが現れた。
 なんだあんた達か、とエスメラルダは呟くとステージの上の石像を眺めて言う。
「ちょっと昨日の夜ね、時を忘れて踊りすぎたのよね。あたしも時間忘れてて。楽しくてレピアと踊り続けてたらレピアの身体が突然石化してくじゃない?焦ったんだけど後の祭り」
 ほらここって太陽の光届かないから、とエスメラルダが言う。
「じゃぁ、レピアは今朝からずっとここに?」
「そうなのよ。私じゃ運べなくて申し訳ないと思ったんだけどそのままに…」
「それじゃ私が運びます。どちらに運べば宜しいですか?」
 メイドは、ひょい、といとも簡単に石像となったレピアを抱き上げるとエスメラルダに尋ねる。
「そうね、それじゃ私の部屋にでも。本当は別荘に連れて行ってあげるのが一番なんだけど、今日はなんかお城の方も何かの準備で慌ただしいみたいだし…」
 こっちよ、とエスメラルダは自分の部屋へと二人を案内する。
 エスメラルダの部屋にはきちんと風呂場まで付いており、好きな時に湯を浴びれる様になっていた。
「もしレピアが目覚めてお風呂に入りたいって言ったら、風呂は好きに使って良いから。服も…そうね、適当なのを着て貰って構わないし」
「うん、分かった」
 それじゃあたしは店の準備に戻るから、とエスメラルダは部屋を出て行く。
 それを見送った後、二人は石像になってしまったレピアを眺め呟く。

「きっと…もっとずっと踊っていたいんだよね、レピアは」
「そうだと思います。だって、夢の中でもあんなに素敵な踊りを見せてくれたんですもの。もし、夢を見ることが出来るならきっと石化している間も踊っているに違いないと思います」
 メイドはそう言うと瞳を伏せる。
 以前レピアから聞いて知っていたのだ。
 石化している間は意識が全くないのだと。
 夢を見ることもなく、暗闇の中に閉じ込められる。
 閉じ込められている間は意識もないのだから怖くはないのだろうが、目覚めた時にいつもと違う場所にいたらどれだけ恐ろしい思いをするのだろう。
 目覚めれば必ず誰かが側にいてくれるという訳ではないのだ。
 今日の様に、気づいたら朝でそのまま石化してしまうことも多いのだろう。
 それだったら今は自分が側にいてあげれば良いのだということに気づき、メイドはにっこりと笑顔を浮かべる。
 知っている者が目覚めた時に側にいたら、知らない場所で目覚める恐怖も軽減されるのではないかと思ったのだ。
「もうそろそろレピアさん、お目覚めの時間ですよね」
 メイドの声に少女は頷く。
「うん、もうそろそろだと思うよー。そしたら一緒に踊れるし、遊べるよねっ」
 当初の目的を完全に忘れた二人は、レピアと一緒に過ごす時間を思い浮かべ笑みを浮かべる。
 二人にとってレピアはかけがえのない友達であり、そして大切な人になりつつあった。
 少しずつ惹かれていく気持ち。
 ずっと一緒に居ることは叶わないが、それでも楽しい時間を一緒に過ごすことは出来る。

「それでは、レピアさんがお目覚めになった時にすぐに湯を浴びれる様にお風呂に移動するのはどうでしょう。きっとすぐにお風呂に入りたいと思うのですけど」
「そうしよっか。レピアきっと吃驚だけど、アタシ達居れば平気だよね。ついでにアタシ達も一緒にお風呂入っちゃえ!」
「はい」
 二人は悪戯な笑みを浮かべ、レピアを風呂場へと連れて行く。
 そして二人は服を脱ぐとレピアをタイルの上に置き、タオルに石けんつけ泡立てた。
 メイドは泡立てたタオルでレピアの石の肌を擦る。
 擦ったからといって何が変わるというわけではない。
 しかし擦らずにはいられなかった。
「レピアさんの呪いが…こうして洗い流せると良いのに…そしたら…」
「きっともっとレピアは笑えるよね。アタシ、レピアの笑顔好きなんだ」
「私もです」
 早く起きないかなぁ、と少女は呟く。
「早くお話ししたいです」
 そう言って、ぎゅぅっ、と石の肌を洗っていたメイドがレピアに抱きつく。
 人形なのに柔らかい肌を持っているメイドの胸が石の肌に押され歪んだ。
「レピアさん…起きて下さい」
 まるでお伽話の王子の様に、メイドは石化したレピアに軽く口付ける。
 王子のキスで姫は目覚める。
 しかしそれは冷たいキス。

 そんなメイドの事を優しく抱きしめる手があった。
 冷たかった石の肌が柔らかく暖かみのあるものに変わっている。
 今は冷たい石の肌ではなく、メイドの胸は押しつけられた弾力のある豊かな膨らみで歪んでいた。
「レピアさんっ!」
 自分が今していたことが恥ずかしくなったのか、メイドは慌てて離れようとするがレピアがその手を離さない。
「おはよう、二人とも」
 くすり、と笑ったレピアが抱きついているメイドの唇を奪う。
 口内に潜り込んだ舌が精巧に作られたメイドの舌を吸い上げた。
「んっ……」
 甘く鼻にかかった声が漏れる。
 レピアの手はメイドの胸に伸び、その膨らみを柔らかく揉んだ。
 唇をやっと離されたメイドはうっとりとした表情でレピアを眺める。
 その瞳は潤み、レピアがそっと腕を放すとその場にへなへなと座り込んだ。

「レピアーっ!」
 一緒にお風呂にはいろー、とぴょんとその腕の中に飛び込んだ少女にレピアは笑いかける。
 少女の好きな笑顔。
 レピアの青い瞳が優しさに揺れる。
「良いわよ。それじゃ、服脱がせてくれる?」
 少女は頷いて、レピアの服をそっと脱がせていく。
 露わになった胸の大きさにドキドキと胸を躍らせながら、アクセサリー類も全部取り払ってしまう。
 そして三人で代わる代わる身体を泡で洗い、たっぷりと張られた湯船に浸かった。
 とてもそのお湯は心地よく、三人の心を満たしていく。

「レピアがね、起きるのずっと待ってたんだ」
「呪いが…洗うことで消えてしまえばいいのにって思いながら…」
 そんな可愛らしい言葉にレピアは満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう。あたし、目覚めた時怖くなかったの。二人が居たから」
 目を開いたら可愛い顔があったし、と軽くウインクしながらレピアはもう一度軽くメイドに口付ける。
「こうして一緒にお風呂にも入れたしね」
 あとは一緒に踊りましょう、とレピアは告げる。
「もちろんエスメラルダも一緒にね。今日のステージはきっと大歓声ね」
 にっこりと微笑んでレピアは二人の事を抱きしめる。

 湯の温かさとそして直接触れる肌の温もりと。
 どちらも心地よくてレピアの心を和ませる。
 石の牢獄の中にいる時も、目覚めた時にその温もりが側にあれば怖くはないと思った。
 ゆっくりと身体に心に浸透していく暖かさ。
 それは決して消えない心の中に揺れる灯火の様で。
 その温かな灯火を感じながらレピアはそっと瞳を閉じ微笑んだ。