<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


歌を探して



------<オープニング>--------------------------------------

『歌を無くしてしまったんだ。歌をくれるかい?』

「そういう声が聞こえたと思って振り返ったとこまでしか覚えてねーんだよ」
 なにそれ、とエスメラルダが店の中央で酒を飲みながら話す男に問いかける。
「エスメラルダ、聞いてくれよ。ここで大きな声で言う事じゃねぇんだが俺は歌うのが昔から大好きでよ、仕事しながらいつものように歌ってたんだ。で、さっきのような声が聞こえたと思ったら俺は気ぃ失っちまって。そしたらよ、目が覚めたら歌がさっぱり出てこねぇんだ」
「歌いたくないとかただ単に忘れたんじゃなくて?」
 首を傾げながらエスメラルダが言うが男は、断じて違う、と声を張り上げる。
「綺麗さっぱり消えちまってるんだよ」
 俺はこれからずっと一生歌が歌えねぇのかな、とがっくりと肩を落とす男。
「手がかりとか気になったことはないの?」
「気になったことか……俺の他にも結構被害にあった奴は居るみたいだ。ただ、歌を忘れちまうだけだから皆特に問題にはしてねぇみてぇだが。でも俺は淋しいんだ!こう歌が好きで好きで仕方ないっていう想いだけは残ってるのに、歌は出てこねぇ。まるでその機能だけどっかに忘れてきちまったみたいに。だってよ、歌を聴いてもそれを真似ることすら出来ないんだぜ?どう考えても可笑しいだろ」
 ぐいっ、と男は酒を飲み干しエスメラルダに言う。
「なぁ、俺が歌えなくなったからといって俺は吟遊詩人でもねぇから誰も困らねえが、探してくれる奴はいねぇかな。……そういや気づいた時に鳥の羽根が近くに数枚落ちてたのに気づいたが……随分と綺麗な羽根だったからとっておいたんだが……役に立つかな」
「さぁ。どうだか分からないけど。でも被害に遭ってる奴はそんなにいるのかい。ふぅん……まぁ、乗ってくる人は居るかもしれないね」
 エスメラルダは男から落ちていたという羽根を受け取りその美しい羽根を見つめた。


------<陸の上で楽しめること>-----------------------------

「ここら辺に良い温泉ないかしらね」
 はぁ、と軽いため息を吐きだしたのはリン・ジェーンだった。
「なんだ、ネーちゃん温泉好きか」
 ちょうどリンの隣を通りがかった男がリンの言葉を聞いて足を止める。
「生き甲斐といっても良いわね。一日何回でも入れるわよ」
「そりゃぁいい。オレも温泉は好きだけどな」
 豪快に笑う男と意気投合したようにリンは話し出す。
「海の上も良いけど、やっぱり陸にいるときは陸でしか楽しめないことをしないとね。残念なことに海の上には温泉は無いから。そこが困るところなのよね」
「ヘェ、ネーちゃん普段は何してんだ? ……まさか海賊とかか?」
 想像つかねぇが、と言う男にリンはグラスの中の氷を響かせながら笑みを浮かべる。
「想像つかない? でも、私歴とした海賊よ」
「海賊で当たりかよ」
 ヒュー、と口笛を吹く男にリンは笑ってみせる。
「でも暫くは海に出る予定もないみたいだからヒマしてるの」
 面白いこととかお勧めの温泉とか無い?、とリンが男に尋ねると、ニヤニヤと笑いながら男が指を指す。
 そちらを眺めてみると、この黒山羊亭の踊り子のエスメラルダと一人の男がなにやら話をしている場面だった。
「なぁに? あれがどうかした?」
「さっき通りがかった時、なかなか面白い話をしてたぜ。歌を盗まれただとかなんとか」
「歌? 歌って盗めるものなのかしら…でも、盗まれてしまった人には悪いけれど面白そうねソレ」
「報酬出すようなことも言ってたからネーちゃん解決してやったらどうだ?」
 報酬の一言にリンは目を輝かせる。
「本当? ちょっと聞いてこようかしら。情報ありがとう。…今度は温泉の情報でも待ってるわ」
「あぁ、また会えたらな」
 人好きのする笑みを浮かべ男は去っていくリンに手を振った。


------<歌を探して>--------------------------------------

「ねぇ、歌を盗まれたって本当?」
 リンはエスメラルダ達の元へ歩み寄るとそう尋ねる。
「あぁ。歌が歌いたいのに歌えねぇんだ」
「他にも居るみたいなんだけど…手がかりはこれだけ」
 そう言ってエスメラルダがリンに手渡したのは美しい羽根1枚だった。
「これだけ? うーん、探すのは良いけど羽根だけじゃ……ん? もしかして私みたいな羽根のある人間の仕業?」
 じーっと羽根を見つめたリンは、閃いた!、とばかりに一気にまくし立てる。
「この羽根から察するに…そうね……20代前半で金髪イケメン! これで決まりよね! そしてこんな感じ?」
 ビシッ、と隣の席に座っていた繊細さの伺える線の細い金髪の青年を指さしリンは言う。
 指を指された方は驚いたのか、びくっ、と肩を震わせおそるおそるリンの方を向く。
「あはははー。まさかね。あんたいきなり指さしてごめんね」
 いえ、と青年は引きつった笑みを浮かべまた横を向いてしまう。
「リン…いきなり指を指すのはどうかと思うけど」
「なんか予想ピッタリの人物が隣にいたからつい……犯人がこんなところにのほほんと居るわけ無いと思うけど」
「普通の神経じゃ無理だろうな」
 歌を盗まれた男も頷く。
「囮捜査ってのも楽しそうよねー。私は別に歌があってもなくてもお金と温泉があれば生きていけるからたとえ盗まれても……あ、いやダメダメ、温泉で歌えないじゃない」
 むぅ、とリンは温泉に浸かりながら歌えないことを考えて少しブルーになる。
「あんたって本当面白いわよね」
「だって重大なことでしょう? 温泉で歌えないなんて…」
 大まじめに言ってのけたリンだったが、笑って男に告げる。
「とりあえず探してあげるわ。空を飛んでればなんか分かるかもしれないし」
「本当か? それはありがたい。少しで悪いが報酬も出すから頼むっ!」
 この通り、と男はリンを拝む。
「やだな、やめてよ。そんなことされたら困るじゃない」
 苦笑気味にリンは男に言うと席を立つ。
「それじゃ、またね」
「よろしくなー」
 はいはい、とリンは笑い黒山羊亭を後にした。

「探索開始ってね」
 リンは背中に白く大きな翼を出現させる。
 ふわっと青い髪を風が揺らした。
 軽く手でそれを押さえるとリンは星の煌めく夜空へと舞い上がる。
 高度を上げ、眼下に広がる世界を見下ろした。
 あちこちに灯りが点り、賑やかな声が聞こえてきている。
 何処を見て回ろう、とリンがすいっと移動を開始した時だった。

『歌を無くしてしまったんだ。歌をくれるかい?』

 気配もなく夜空に舞うリンの背後に回り込んだ者。
 リンは、探すまでもないって訳ね、と小さく呟き振り返った。
 しかしそこにいた人物に目を丸くする。
「えっ? あんた、さっきの……」
 ふて腐れたような顔をしてリンと同様翼を広げ宙に浮いている人物は、先ほどリンが「こんな感じ?」と指さした青年だったのである。
「悪かったな、のほほんと居て…」
 どうやら先ほどの言葉を根に持っているようである。
「当たりだったんだ…私すごいじゃない」
 そんなことよりも、とリンは本来の目的を思い出し青年に問う。
「歌を盗んだのは何故?」
 あっさりと返事を返してもらえるとは思っていなかったが、青年はけろっとした表情で言う。
「生きるため」
「はぁ? 歌を食べて生きてるっていうの?」
 首を傾げるリンに青年は首を左右に振る。
「いいや。歌を歌い続けなければ死んでしまうんだ。オレは癒しカナリヤ。歌を歌って人々を癒すのが仕事なんだが、仕事と同時に自分自身の生きる理由ってのをそこに見出してる部分があるから…」
「だから歌い続けないと死んでしまうのね。生きる理由が消えてしまうから」
 当たり、とさらさらの金髪を掻き上げ青年は続ける。
「それでだ、その肝心な歌を盗まれてしまって困ってる。歌わなければ生きていけないが、その歌自体がオレの中から消えた。仕方なく他人の歌を貰って生き延びてる。自分の歌が戻ってくれば全員に歌を返しても良い」
 リンはじっと青年の瞳を見つめる。
 人を欺くのには長けているリンから見ても、その青年の言葉に嘘はないように思えた。
 歌を返すというのもきっと本当だろう。
「全部を話したってことは…その歌を私に取り返せとでも言うのかしら?」
「アンタ、海賊なんだろ? そういうの得意そうだし」
 さっきエスメラルダから聞いた、と青年は言う。
「まぁ、海賊っていうよりも昔取った杵柄の方が近いと言えば近いわね…」
 昔は盗賊まがいのことをしていたことを思い出し、リンは笑う。
「私が探し出せば皆に歌を返してくれるのね? 探すのは良いけど、何か心当たりがあるの?」
 青年は頷く。
「悪い奴はそいつだ」
 びしっ、と青年はリンの背後を指さす。
 慌てて振り返ったリンは見知った顔に声を上げた。
「アレ? さっき会った……」
 ヒラヒラとリンに向かって手を振っているのはリンが面白そうな情報を教えて貰った人物だった。しかし気配もなくこの二人はリンの背後に回り込んだ。一体何者なのか。
 リンも相当場数を踏んできているのだが、この二人はそれ以上ということになる。

 相変わらず人好きのする笑みを浮かべ、その人物は言った。
「また会ったな。でもまだ温泉の情報はないんだな…残念なことに」
「あら、それは本当に残念。…って、違うでしょ。あんたが歌を盗んだの?」
「まぁな」
 悪びれた様子もなく男は告げる。
「ラキア、お前なぁ…さっさと返しやがれっ!」
 癒しカナリアの青年が叫ぶが、ラキアと呼ばれた男は素知らぬ顔でリンに話しかけている。
「でもよ、オレは悪くないんだぜ? むしろオレの方が被害者」
「なんでよ」
「俺たち一緒に旅芸人をやってるんだが、お前のギャグはつまらねぇ、ってアイツがキレてだな……、歌わねぇと言い出す始末で商売あがったりだ。で、さすがのオレも頭にきて歌わない歌ならいらないだろうと取り上げたわけだ」
 そう告げるラキアにリンは心の底からわき上がる何かを押さえつつ尋ねた。

「それは何? 俗に言う仲間割れ? 痴話ゲンカ?」
「まぁ、そんなとこか。どうせアイツのことだから歌を戻してやったら盗んだ歌も元通りにするって思ったしな……って…ネーちゃん?」
 あまりの馬鹿らしさに流石のリンもプチっときたようだ。
「さぁ、さっさとラキアからオレの歌を取り戻してくれ」
 そんな言葉を発する背後の青年をくるりと振り返るリン。
 顔には素晴らしいくらいの笑みが浮かんでいた。
「喧嘩両成敗って昔から言うわよね?」
 あっという間にリンの周りに暗雲が立ちこめる。
 そして一瞬三人の居る空だけが光るとラキアと青年の上に小さな稲妻が落ちた。
 二人を直撃した稲妻。
 もちろんの如く手加減はしているが、ぷすぷすと煙が二人から上がっていた。


------<修行開始>--------------------------------------

 ふぅ、とため息を吐いたリンが二人を交互に見つめ呟く。
「あのね、喧嘩するのも何をするのも良いけど、他人に迷惑がかからないようにやりなさいよ。歌が消えて困ってる人がどのくらいいると思ってるの? 歌が生き甲斐なのは何もあんただけじゃない。歌がないと生きていけないのも。他人を癒すカナリヤなんて笑っちゃうわよ。癒すどころか苦しめてるじゃない」
 リンのもっともな意見に二人は言葉もない。
「だいたいねぇ、ギャグが寒かろうとなんだろうと楽しんでやればいいのよ。もう一回一からやり直しなさい。人を癒すのはどういうことか、人を楽しませるのとはどういうことか。……そうね、特訓なら私がしてあげる。観客は現在出航予定無くてヒマしてるうちの船員達。どう?」
 ラキアはリンの提案に乗ることに決めたようだ。
「しゃぁねぇな……ネーちゃんの言うことは尤もだ。…ほらよ」
 手のひらから光る球体を取り出したラキアは向かいに立つ青年へとそれを放る。どうやらそれが青年から奪った歌の様だ。

「って、ラキア落ちたらどうすんだっ!」
「運命だな。翼はあっても地に落ちる」
「そんな運命背負ってたまるかー!」
 リンは二人の会話を聞いて笑い出す。
「あんたたち、いつもそうなの? 微妙に噛み合ってない会話、十分可笑しいってば」
「んじゃ、早速あんたのいる船へと案内してくれ。ごちそうとかあったりするのか?」
 リンにそう告げるラキア。図々しいにもほどがある。
「……一から叩き直してくれ。ラキアを」
 あんたもね、とリンに言われ、青年はがくりを肩を落とす。
「でも船に行く前に報酬貰わないとね。さっさと歌を返してね。…あと、もちろん指導してあげるんだから何回芸を見せて貰っても『タダ』よね? ちなみに長期滞在する場合、各自食料調達はしてちょうだいね、船員分しか無いから」
 にっこりと微笑んだリン。
 顔を見合わせた二人はそれに渋々と頷いた。
「よーし、そうこないとね。やっぱりこの世はお金と温泉よね」
 暫くはヒマしないで済みそうね、とリンはほくほくとしながら黒山羊亭へと向かったのだった。





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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


●2089/リン・ジェーン/女性/23歳/海賊(航海士)


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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。 夕凪沙久夜です。
この度はマシントラブルがあったとはいえ、納品お待たせしてしまい大変申し訳ありませんでした。
やっとお届けできましたお話、少しでも楽しんでいただけたらと思います。

リンさんのことはバッチリ覚えております!
そして温泉出てきませんでしたが、無類の温泉好きということで親近感を勝手に覚えております。温泉良いですよねv(笑)
そして微妙にギャグに走ってしまいました。
暫く旅芸人どもを鍛え上げてやってくださいませ。(笑)

どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
またお会いできますことを祈って。