<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


「猫の依頼人」


------<オープニング>--------------------------------------
 キィ......と扉の開く音がして店の中に朝の光が差し込む。
 突然明るくなった店内に、カウンターでお酒の在庫チェックをしていたエスメラルダは振り返らずに言った。
「ごめんなさい。まだお店開店してないの。準備ができるまでもう少し待っててくれるかしら?」
たまにいるのよねぇ...朝からお酒飲みに来る人が。そう溜息をつきながらチェック表に数を記入していく。
 だが。しばらくしても現われたお客さんは一向に帰る気配を見せようとしない。
 エスメラルダははぁ......と溜息をつくと、手に持っていたペンを置いて振り返った。しかし......
「聞こえたなら外で待ってい......え?」
「ミャーオ」
今回は違ったようである。振り返ったエスメラルダの視線の先にいたのはお酒を飲みに来たお客さんではなく。
「ね、ネコ?」
一匹の黒猫であった。
 黒猫はエスメラルダが自分のほうを向いたのを確認すると、足元に置いていた封筒を再度咥えなおし、ひょこひょこと尻尾を揺らしながら歩いてきてカウンターへひょいっと飛びのった。そして、
「......わたしに?」
彼女の目の前に封筒を置くと、ミャーオと一声鳴いた。
 エスメラルダは猫の持ってきた封筒を開けて手紙を取り出した。
「えーと......『どうかわたしたちを助けてください。先日訪れた魔法使いによって猫の姿に変えられてしまいました......。魔法使いをなんとかしてくださった方には相応の報酬をお支払いします。』」
途中まで手紙を読んだエスメラルダは、目の前で顔を洗っている黒猫にちらりと視線を向けた。......この黒猫も元は人なのかしら?と。
「『案内役は手紙を運びましたレオンが引き受けます。どうかよろしくお願いします。』」
 手紙を読み終えると、エスメラルダは手紙の他に封筒に入っていた紙を取り出して、不思議そうに眺めながらお座りしている黒猫へと問いかけた。
「これ、依頼なのね?」
 すると、今まで黙ってお座りしてエスメラルダを見上げていた黒猫は、その通りと言わんばかりに大きく一声鳴いた。

【1】
紅瑠斗:「今日も混んでるネェ。席はここでいっか。琉雨。何食う?」
琉雨:「えーと、そうですね……紅瑠斗お兄様は何にしますか?」
紅瑠斗:「俺はとりあえず……」
 持っていたメニューをひょいっと琉雨に渡すと、紅瑠斗は近くを通りかかったウェイトレスに声をかけた。
紅瑠斗:「っかー!やっぱ最初はコレだよコレ!さーてつまみは何にするかネェ?」
琉雨:「……」
 どんっ!とたった今運ばれてきたばかりの、それも並々と注がれた大ジョッキだったのだが。それは琉雨の見ている前であっという間に空になり……運ばれてきたときと同様、空の大ジョッキはどんっ!と音を立ててテーブルの上に置かれた。
 まるで鳩が豆鉄砲をくらったような表情をしている琉雨にお構いなく、紅瑠斗はテーブルの上に立ててあったメニューに手を伸ばすと。
紅瑠斗:「コレとコレと、後コレ!それとコレをもう一杯な!」
近くを通りかかったウェイターを呼び止めて、空のグラスを持ち上げながら注文する。
紅瑠斗:「それと琉雨、決まったか?」
琉雨:「……あ、はい!えーと……」
 にっと笑って問ってくる紅瑠斗の声で我に返った琉雨は、慌ててメニューに視線を向けると一番最初に目に入ったものをウェイターへと頼んだ。
 ウェイターが下がると、琉雨は驚いた表情そのままに改めて紅瑠斗を見た。
琉雨:「紅瑠斗お兄様、すごいですね……」
紅瑠斗:「ん?そうか?コレぐらいフツーだけどネェ」
 二杯目のジョッキに手をかけてにっと笑う紅瑠斗に、琉雨は心の中で呟いていた。これが普通だったら驚いてません……と。
 琉雨はここにいる人たちはみんな紅瑠斗お兄様のようにすごいのだろうかと思いつつ、辺りを見回してみた。
琉雨:「……確かに紅瑠斗お兄様は普通かもしれませんね……。?」
 琉雨の視界に入った人たちはほぼ、紅瑠斗以上にジョッキを空けているようで。真っ赤な顔をしつつも豪快にジョッキを傾けて飲み干している。
 だがそんな中。ふと視界に入った人物を見て琉雨は首を傾げた。
琉雨:「綺麗な方がいますね」
紅瑠斗:「おっ!すんげぇべっぴんさんだネェ」
ドンっとジョッキを置いた紅瑠斗は、早速とその人物の元へと足を向けた。
紅瑠斗:「お嬢さん俺たちと一緒に飲まねぇ?俺は紅瑠斗。よろしくな」
 にっと笑みをうかべた紅瑠斗は自分のいた席のほうを指差した。
 紅瑠斗に話し掛けられた、亜麻色に近い金髪、透き通るような白い肌を持った綺麗な女性は彼のほうを振り返ると微笑をうかべた。
美夜:「こんにちは。美夜といいます。お酒を飲むことはできませんが……ご一緒するだけでよろしければ」
紅瑠斗:「じゃ決定な!」
 美夜の言葉に満足気に笑みをうかべた紅瑠斗は、美夜についてくるように言うと通りやすい通路を選んで席まで誘導した。
 美夜を連れてきた紅瑠斗を見て、琉雨は驚きと賞賛の混ざった表情をうかべた。紅瑠斗お兄様勧誘成功……?と。
 美夜は琉雨の姿を見ると、微笑をうかべて丁寧に頭を下げた。
美夜:「はじめまして。美夜といいます。桜色の綺麗な髪をしていらっしゃるのですね」
琉雨:「はじめまして、ご丁寧にありがとうございます。琉雨といいます」
 普段人見知りをする琉雨であったが……美夜の笑顔と雰囲気のためかそれもなく。自分も名乗って微笑をうかべた。
紅瑠斗:「まさに両手に花ってやつだネェ」
 そんな二人の隣でにやりと笑みをうかべた紅瑠斗は、イスに腰を降ろすとジョッキを傾けようとした。が、そのときである。
紅瑠斗:「あ?猫?」
突如膝の上にぴょんっと乗ってきたものに驚いて手を止め、ジョッキを下ろした。
紅瑠斗:「こいつ可愛いじゃん」
 ミャーオと一声鳴いて自分の膝の上にお座りしている黒猫に、可愛いもの好きの紅瑠斗は笑顔をうかべるとぽむぽむと猫の頭を撫でてやった。
琉雨:「黒猫ですね……どこから入ってきたんでしょうか?」
美夜:「こちらで飼われている猫ではないんですか?」
紅瑠斗:「ここで猫飼ってるってーのは聞いたことねーな。どっかから入ってきたんじゃネェの?」
 三人が猫の存在を疑問に思って不思議そうにしていると、そこへ一人の青年が歩いてきた。
葵:「レオン、この人たちにするのか?」
レオン:「ミャーオ」
三人:『?』
 細身で背の高い、綺麗な緑色の髪をした青年は紅瑠斗の上にちょこんとお座りしている黒猫、レオンをみつけるとそう問いかけた。
 レオンはその問いに肯定するように一声鳴くと、じっと紅瑠斗を見た。
紅瑠斗:「あのさ、話がよくわかんねーんだけど。説明してくんない?」
 レオンに見つめられた紅瑠斗は緑の髪の青年に視線を向けると、片手でジョッキを掴み、ぐいっと飲み干してから言った。

エスメラルダ:「もうみつかったの?早いわね」
 緑の髪の青年、葵に連れられてやってきた後の三人を見てエスメラルダは艶やかな笑みをうかべた。
葵:「僕がみつけたというよりは、レオンがみつけてたんだ」
紅瑠斗:「お、エスメラルダじゃん。ってーことは、依頼者はエスメラルダってことか?」
 依頼主は僕じゃないと聞いた紅瑠斗は、葵に案内されたところにエスメラルダがいるのを見て問いかけた。
 しかし、エスメラルダは笑みをうかべると違うわ、と否定した。
エスメラルダ:「依頼人はわたしじゃなくて、その猫よ」
紅瑠斗:「は?こいつが?」
 エスメラルダの言葉を聞いた紅瑠斗、そして琉雨と美夜の三人は紅瑠斗の頭の上に乗って落ち着いている黒猫が依頼人だとわかると驚いて見た。
琉雨:「猫が依頼人ということもあるんですね……」
美夜:「しゃべることができないのにどうやって依頼をしに来たのでしょうか?」
エスメラルダ:「そのことなら問題無いわ」
 美夜の質問にくすっと笑みをうかべたエスメラルダは、カウンターに置いていた手紙を差し出した。
エスメラルダ:「この猫が持ってきたものよ。正式には猫の飼い主の依頼ね」
美夜:「手紙ですか?」
 エスメラルダから手紙を受け取った美夜は、早速文面を広げて書かれている内容を読み出した。
美夜:「どうかわたしたちを助けてください。先日訪れた魔法使いによって猫の姿に変えられてしまいました......。魔法使いをなんとかしてくださった方には相応の報酬をお支払いします。案内役は手紙を運びましたレオンが引き受けます。どうかよろしくお願いします」
紅瑠斗:「は?魔法使いに猫にされた?」
 美夜が手紙を読み終わったところで、紅瑠斗は頭の上の猫と遊びながら怪訝な表情をうかべた。
紅瑠斗:「なんでお前達猫にされたんだ?お前ら魔法使いに何かしたんじゃねぇの?理由なく魔法なんてかけるかねぇ」
琉雨:「そうですね……何か理由があると思うのですが。他者を他のものに変えるのは、簡単なように見えて高度な技術ですから。しかも複数になると……。事情をお聞きしたいのですが、猫の姿ではお話も聞けませんしね……。私が元に戻せれば一番なのですが、この種のものは魔法をかけた本人が解かなければならないんです」
葵:「猫にされたのは...…可愛いからかな?つぶらな目とか、ふわふわの毛とか、すらりとした尻尾とか。...うん、可愛い。でも元は人間なんだよな。何で猫にされたんだ?」
 それぞれ理由について各々の意見が出され、なぜ魔法使いが人を猫に変えたのかという論議に一同はうーんと唸った。……どの可能性も否定できない。
美夜:「何とかしてあげられないでしょうか……」
 紅瑠斗の頭の上からひょいっと床に飛び降りた猫をそっと抱き上げると、哀しそうに言いながら猫の頭を撫でた。
エスメラルダ:「こういうことでね。この猫、あなたたちが気に入ったみたいだし……四人で依頼を受けてくれないかしら?」
 エスメラルダは理由に頭を悩ませていた四人に、美夜に抱かれた猫の頭を一撫でしてから問いかける。
葵:「ああ、受けるよ。猫にされた理由に興味あるから」
琉雨:「わたしもお受けします。もしかしたらその魔法使いさん、知っている方かもしれませんし……。あ、可能性は低いんですが」
紅瑠斗:「俺も受けるぜ。興味あるしネェ」
美夜:「はい。わたしもお受けします」
 四人が快く依頼を引き受けてくれたのを聞いてエスメラルダはほっと胸を撫で下ろすと、艶やかに微笑んだ。
エスメラルダ:「助かったわ。じゃあお願いね」

【2】
琉雨:「村が見えてきましたね」
紅瑠斗:「意外にでっけー村だネェ」
 黒山羊亭で依頼を引き受けた翌日。手紙に入っていた地図を頼りに四人は問題の村が見えてきたところで一旦休憩をとっていた。
 紅瑠斗はご機嫌そうにレオンを頭に載せ、琉雨は取り出した水筒を手に持ちながら村を眺めた。
美夜:「ここから見る限りでは平穏そうな村なのですが……」
 琉雨の隣から顔を出した美夜は、二人と同じように村を眺めると溜息をついた。
 そんな三人の後ろから葵も村を眺めると、紅瑠斗の頭の上に乗っているレオンを優しく撫でながら美夜の意見に静かに頷いた。

 村が見えてから村に着くまで、そう時間はかからなかった。
 四人はレオンを頭に乗せた紅瑠斗を先頭に、猫にされてしまった村人たちのいる村へと足を踏み入れていった。
葵:「……可愛い」
琉雨:「猫だらけですね……」
紅瑠斗:「こいつら全員村人っつーことか?」
美夜:「かわいそうです……」
 四人が村へと足を踏み入れるとすぐに。あちらこちらを彷徨っていた元は村人であろう猫たちが足元へと集まり、ニャーニャーと鳴きだした。
 一斉に鳴きだしたと言っても違わないぐらい、猫たちがニャーニャー鳴きだしたのを聞いて紅瑠斗はたまらず耳を抑えた。
紅瑠斗:「あーうっせー!一斉に鳴くなっつーの!」
葵:「何か話が聞けるといいが……猫の言葉はわからないな」
 きっと何か言いたくて四人の周りに集まり鳴きだしたのだろうが……猫の鳴き声を解読できる能力をもった人はこの中にはいない。
 紅瑠斗の文句が聞こえたのか、それとも鳴いても通じず無駄だと悟ったのか……猫たちは次第に鳴くのを止めると、耳と尻尾をしょげさせながらとぼとぼと歩いて四人から離れていった。
琉雨:「やはり魔法使いさんに直接会って話してみないと何もわかりませんね」
美夜:「そのようですね……わたしの知る魔法使いは等価交換を原則とし自らを律し、術者である事を隠匿しひっそりと在る者で、術や真理の探究の為なら犠牲を厭わない者です。……ソーンの魔法使いもそうなのでしょうか?」
 琉雨の言葉に、美夜は複雑な表情をうかべると去っていった猫たちを見ながらぼそりと呟いた。
琉雨:「魔法使いさんのやり方はいろいろあるようですから……こうですとははっきり断言できませんが……そのような魔法使いさんもいると師匠から聞いたことがあります」
 美夜の呟きに琉雨は困ったような表情をうかべると、昔に師匠に教えてもらった知識を元にそう言った。
 二人の会話に紅瑠斗はしばしきょとんとしていたが……なんだか暗い方向に話が動いたのを感じると、溜息をついた。
紅瑠斗:「とりあえず魔法使いの家に行ってみよーぜ。ここで突っ立ってても埒あかねーし」
琉雨:「そうですね」
 琉雨は難しい複雑そうな表情をうかべていたが……紅瑠斗の優しい気遣いに気付いて微笑をうかべた。
美夜:「すみません、変なことを訊いてしまいまして……」
紅瑠斗:「謝る必要なんてねーし。ま、とりあえずこいつに案内してもらおうぜ」
 すまなそうに言った美夜に紅瑠斗は、にっと笑みをうかべると頭の上にちょこんと乗っていたレオンを抱いて地面に降ろした。
 紅瑠斗に地面に降ろされたレオンは、くーっと伸びをするとまるでついておいでというようにミャーオと一声鳴くと、村の奥へ向って歩き出した。
紅瑠斗:「いこーぜ。あんまり先に行かれると見失うかもしれねーし」
 レオンが意外に早足で奥へ向っていくのを見て、紅瑠斗は三人のほうを振り返るとそう言ってレオンの後に歩き出したが……そのときである。
???:「きゃはははははは!猫になってもらうよーん!」
四人:『!?』
頭上から声が降ってきたと思った瞬間。紅瑠斗と葵の上にバッシャーンと水が降ってきたのは。
紅瑠斗:「つっめてー……!」
葵:「……」
 水も滴る良い男、という感じにずぶ濡れになってしまった二人は水の降って来た方向に素早く視線を移動させた。
紅瑠斗:「お前が……!?」
葵:「!?」
琉雨:「紅瑠斗お兄様!?葵さん!?」
 紅瑠斗が空中にいる人影に食ってかかろうとしたのとほぼ同時であったか。二人の姿がボンッという音と共に猫の姿に変わってしまったのは……。
紅瑠斗:「ニャッ!?ニャーッ!!」
葵:「……ニャーオ」
 紅瑠斗は銀色の綺麗な艶のある毛色を持った猫に、葵は綺麗な緑色の毛並みの猫に姿を変えられてしまった。
???:「きゃはははははは!」
琉雨:「あ」
 二人が猫の姿へ変化してしまったのを見てにんまりと満足そうな笑みをうかべた人影は、琉雨が瞬きをするよりも早くそのまま空高く飛び上がると、どこかへ行ってしまった。
琉雨:「……あの人が犯人のようですね……」
美夜:「お二人も姿を変えられてしまうなんて……」
 足元でニャーニャー騒いでいる紅瑠斗を抱き上げた美夜は、頭を撫でながら悲しそうな表情をうかべた。
 今の騒ぎに気付いたのか早足で村の奥へと足を向けていたレオンであったが、四人の元へ慌てて引き返してきた。そして、猫に変えられてしまった二人の姿を見るなり……がくっと項垂れた。
レオン:「……ニャオ……」
 しかし、美夜と琉雨が人の姿でいることに安堵もしたようだ。すぐに立ち直って二人を見ると、一声鳴いてからまた村の奥へと向いだした。
琉雨:「魔法使いさんの家に行けば何かわかるかもしれませんね……」
美夜:「はい……」

【3】
レオン:「ニャーオ」
琉雨:「ここが魔法使いさんの家ですか……」
美夜:「不思議な雰囲気がしますね……」
 レオンに案内されて魔法使いの家についた四人は、思わずその家の大きさに目をまるくした。豪邸とまではいかないものの、普通の家にしてはかなり大きい家である。
 琉雨たちが立ち止まって家を眺め始めたのを見て、レオンはミャーオと一声鳴くと、たたたっと家の扉へ駆けていった。
琉雨:「? レオンさん?」
 それに気付いた琉雨はレオンが走っていったのを見て首を傾げたが……その意味をすぐに理解した。
 レオンが駆けて来るのがわかっていたかのように家の扉が外側に開かれると、中から背の高い、裾の長い洋服を着た若い女性が姿を現し……飛びついてきたレオンを優しく抱きとめた。
???:「お帰りレオン。ご苦労だったね」
 にこりと笑みをうかべて良し良しとレオンを撫でた女性は、琉雨たちの方に顔を向けた。
???:「わたしの名前はアルマ・フィーダ。手紙を見て来てくれた方たちだな?」
美夜:「はい。……この家から出てきたということは貴方が魔法使いなのですか?」
アルマ:「ああ、そうだ。手紙に書いた魔法使いとは違うがな」
 美夜の視線を受けながらアルマは苦笑すると、まぁ立ち話も難だ、と琉雨たちを家の中へと招いた。
 アルマの家の一室に通されると、琉雨と美夜はイスに。紅瑠斗は美夜の膝の上で、葵は琉雨の隣のイスにちょこんと座った。
アルマ:「では事の次第を話す。引き受けてくれた方にずっと怖い表情をされたままでは適わないのでね」
 アルマはレオンにこそりと一言告げて部屋を出すと、疑わしげな表情をしている四人へと話をしだした。
アルマ:「まず勘違いされているようだから言っておく。村人たちを猫に変えたのはわたしではないよ。そして、手紙に書いたことに嘘はないが……記述誤りがあってな。『先日訪れた魔法使い』の箇所は正しくは『先日誤って出てしまった精霊みたいなもの』だ」
琉雨:「アルマさんが犯人ではないということはわかりました。ですが、その誤って出てしまった精霊みたいなものとは何でしょうか……?」
アルマ:「それはな。あ、来たか」
 レオンが白い猫を連れて戻ってきたのに気付いたアルマは、白猫に自分の元へ来るように声をかけると膝の上に座らせた。
アルマ:「すまないなレオン。それでその誤って出てしまった精霊みたいなものを出してしまったのは実はこの子なんだ」
美夜:「……猫がですか?」
アルマ:「ああ。ラーラ、自分で説明するように」
ラーラ:「はい、ご主人様……」
四人:『!?』
 ラーラと呼ばれた白猫が突然話したのを見て、四人は思わず我が目を疑った。始めは聞き間違いかと思ったが……どうやら本当だということを確認すると、戸惑いがちに話すラーラの話に耳を傾けた。
ラーラ:「あの、実はこないだご主人様のお部屋を探検していたんです……ご主人様の集めた魔法具は見るだけで面白いですし、見るだけなら何も起こりませんから。でも、その言うのはとても恥ずかしいのですが……見て歩いていたら何かにつまづいて転んでしまいまして……。そして転げた拍子に蓋のされた壷を落として割ってしまって……」
アルマの膝の上でかわいそうなぐらい耳と尻尾をしょげさせながら、ラーラは泣きそうな声で言った。
ラーラ:「そうしたら壷から変な人が出てきて……壷を割った音を聞いて駆けつけてきたレオンちゃんが猫にされて……その人は外へ出て行ってしまいました……」
アルマ:「と、こういう訳なんだ」
 ラーラの頭をぽんぽんと撫でながらアルマは苦笑をうかべながら言った。
アルマ:「その話を聞いてからすぐに村に結界を張ったから、精霊のようなものが村の外へ出ることはない。だが、その結界を維持するのに力をさいているのでね」
ラーラ:「お師匠様がこの家から離れられなくなって……出てしまったものを捕まえにいけないくて……レオンちゃんに手紙を持っていってもらったんです。誰か助けてください、って」
アルマ:「手紙を書いて持っていったまでは良かったんだが……まさか猫の姿で戻ってくるとはね」
 アルマは足元でちょこんとお座りしているレオンを見て溜息をついた。
 事の次第をアルマから聞いた四人は、手紙に書かれた内容とさっき飛んでいってしまった人影を思い出して考え込んでしまったが……この話が真実か否か、自分たちが何をしなければいけないのかは判明した。
琉雨:「ではその妖精のようなものを捕まえに行きましょう。紅瑠斗お兄様たちを元に戻すことも大事ですが、解決しなくては村人もかわいそうですから」
美夜:「でもどうやって捕まえればいいのでしょうか?相手は空を飛ぶ相手ですし……」
琉雨:「そうですね……トキは空を飛ぶことができますが、あまり高くは飛べませんし……」
 これはかなり重要な問題である。空を飛ばれてしまってはまず、相手にもされないだろう。
 うーん……と考え込んでしまった二人を見て、アルマはそれならと口を開いた。
アルマ:「一つ良い案があるのだが。そちらのお兄さん方で遠距離攻撃ができるのは?」
 アルマの問いに、紅瑠斗は首を左右に振り。葵は……少し考えてからこくんと頷いた。
アルマ:「では緑のお兄さんのほうにこれを貸す。後でちゃんと返すように」
 葵が首を縦に振ったのをしっかり確認してからアルマは、服の裾から一つの指輪を出すと葵の前足にすっとはめた。すると……!
葵:「戻ったのか?」
ボンという音と共に葵の姿が元の姿へと戻った。
 だが、葵の問いにアルマはいいや、と首を振ると言った。
アルマ:「完全ではないよ。その変化の指輪は動物を人へ、人を動物へ変えるものだからね。指輪をはめてる限りは人の姿を保てるが、それも一時的なものだ。二時間もすればまた猫の姿に早戻りさ」
葵:「わかった」
 アルマの話に頷いた葵は、指にはまっている指輪を改めて不思議そうに見た。
 しかし、そんな二人のやり取りを見て不満に思っている銀色の猫が約一匹……アルマをじーっと見て騒ぎ出した。
紅瑠斗:「ニャ!!ニャーオッ!!」
ラーラ:「……えっと、要約しますと……『葵だけ戻れるなんてずるい!!』だそうです、ご主人様」
アルマ:「おや。それは困ったねぇ。変化の指輪は一つしかないんだよ」
 ラーラが紅瑠斗の言葉を訳しアルマに伝えると、アルマは苦笑いをうかべた。
アルマ:「そうだねぇ……あぁ。元には戻してあげられないがせめて会話ができるようにはしよう」
にこりと笑んだアルマは、まだ文句が言いたそうな紅瑠斗の頭にぽんっと手を置いた。
アルマ:「これでいいだろう?」
紅瑠斗:「よかねぇっ!!……けど話が通じるだけマシだな」
アルマ:「だろう?では文句はそれぐらいにしてくれ。これ以上魔法を維持するとなるとわたしが倒れる」
悪いね、とアルマは少しだけ笑って見せると、近くにいる二匹へと声をかけた。
アルマ:「ラーラ、レオン。お前達も行ってくれ。ここは平気だからな」
レオン:「ニャン……」
アルマ:「そう心配するな。大分結界も狭めたからな」
 自分の主人の様子に心配そうな目を向けた二匹であったが……ここで行かないと言えばアルマを困らせるだけだとわかっている二匹は、しょうがなく首を縦に振った。
アルマ:「では悪いが頼む。さっきも言ったように大分結界を狭めたからすぐみつかるはずだ。それにレオンとラーラがあいつの気配を覚えているからね」
 四人はアドバイスをくれたアルマに礼を言うと、レオンとラーラを連れて妖精のようなものを探すため外へ出た。

葵:「どこから探す?」
紅瑠斗:「アルマはすぐみつかるはずだって言ってたけどよ。見た限りじゃ……」
美夜:「いませんね……。先ほど見かけた人影は小さかったですし……みつけるのは大変だと思うのですが」
 アルマの家を出た一行は闇雲に探しても意味が無いため、まずはどこから探そうかと簡単なミーティングを始めた。四人は先ほど見た人影の姿を思い出しつつ考えていたが……
ラーラ:「あ」
短く声をあげたラーラに気付いて四人の視線が自然とラーラに集まる。
琉雨:「? どうかしましたか?」
ラーラ:「あの、いました……妖精が……あそこに」
美夜:「?」
 ラーラの言葉に一瞬沈黙した一同であったが……しかし。前足で示された方向を見てみると果たしてそこには……
紅瑠斗:「……マジかよ……」
一同の目の前をふらーっと飛んでいく、ラーラぐらいの大きさの小さな人影が一つ。
 そんな都合良く、そう思いながらラーラの示した方向を見た紅瑠斗だったが。自分の目に映ったものに間違いはなく……。
 あまりに早くみつかったために四人はしばし呆然としていたが……一番最初に我に返った琉雨は、妖精の姿を再度確認するとほぼ同時に、素早く瞬きをした。すると、すぐに妖精の後ろに光で描かれた魔方陣が現れ……そして、氷の粒が妖精を襲った。
妖精:「!? うわっ!!」
 妖精にとってかなりの不意打ちだったようだ。だが、琉雨の魔法はすぐに横へと回避されてしまい、あまり効果は得られなかったらしい。
妖精:「最悪―っ!痛いじゃんっ!」
 怒って声をあげた妖精はぶんっと手を振って四人を示すと、
妖精:「これでもくらえーっ!!」
その妖精の手が振り下ろされるのと同時に水の弾が琉雨に向かって襲い掛かる。
琉雨:「水が相手なら」
 自分に向かってくる水の弾を確認すると同時に、琉雨は素早く瞬きをして出現させた魔方陣からサラマンダーを召還すると。飛んできた水に向かって炎を吐くように指示を出した。
美夜:「すごいですね……」
 琉雨の召喚したサラマンダーが飛んできた全ての水の弾を蒸発させたのを見て、美夜は驚いて声をあげた。瞬時に魔方陣が現れ、召還獣が現れるなんて見たことが無かったからである。
 葵も同様だったようで、その様子に目を丸くしていた。しかし、
葵:「成る程……相手は水属性か」
相手の使うのが水、自分の使うのも水となるとダメージを与えることは難しいかもしれないとも考えていた。となると、ダメージを与えることよりは相手をどう追い詰め、こちらに有利になるように持っていくかがポイントになる。
 葵は手に空気中の水蒸気を集め始めると、集まった水蒸気を変化させ水の銃を形成した。
葵:「僕がこれであの人の高度を落とす。琉雨はサラマンダーで狙ってくれないか?」
琉雨:「あ、はいわかりました。やってみます」
 自分の水の攻撃を打ち消されて悔しそうにしている妖精を見張っていた琉雨は、葵の話に頷いた。高度を落とせばそれだけ妖精を捕まえやすくなるし、攻撃も当てやすくなる。
美夜:「ではわたしはお二人のサポートにまわります」 
二人の会話を横で聞いていた美夜は、微笑をうかべて二人へとそう言うと透明な晶石を取り出した。そして、すっと表情が変わると静かに言葉を紡ぎ始める。
美夜:「『汝、空を統べしもの、万物の間にありて、その恩寵は世界を抱く』」
涼やかな声がその言葉を紡ぐのと同時に、美夜は手にとった透明な晶石を前へと投じた。そして……最後の一言が唱えられた。
美夜:「『汝、鏡の剣……アイギス!』」
 美夜が呪文を唱え終わった瞬間。間髪を入れずに彼女の目の前に姿を現したのは、白き四枚の翼を持つ美麗な女天使であった。
美夜:「お二人は攻撃に専念してください。防御は引き受けますから」
 女天使を従えた美夜は、琉雨と葵の立ち位置より一歩前に出ると少しだけ笑みをうかべた。
琉雨:「……わかりました。お願いします」
 美夜の行動に少しだけ驚いた琉雨であったが、ここは美夜に防御をお願いするのが最善と思いこくんと頷いた。
琉雨:「では葵さん、いきましょう」
葵:「ああ」
 琉雨はサラマンダーに一声かけ、葵は妖精に向って銃を構え。一斉に攻撃を開始した。
 三人に向けて再度水の弾を放とうとしていた妖精は、自分に向けて飛んでくる水の弾を目で捉えると慌てて横に回避しそれをかわす。だが、そこを狙って今度はサラマンダーが妖精に当てようと頑張って炎を連続で吐き出す。
妖精:「だーっ!!折角外に出れたのにっ!!」
 あんなのを食らったら一たまりも無い。それどころか……そう考えながら妖精は焦がされないように頭上に炎をかわし、左右に炎をかわし……と忙しく飛びまわる。
葵:「大分下がってきたな」
琉雨:「もう少しですね」
 妖精の飛んでいる高度が大分低くなってきたのを見て、葵と琉雨は攻撃の手を止めずに作戦が順調に進んでいることを確認した。
妖精:「こうなったらこれでどうだっ!!」
忙しく飛びまわるうちにタイミングを計っていたのか、妖精は炎を避けてから三人に向けてさっと素早く手を振った。すると、妖精の手から放たれたのは……水の矢であった。
 水の矢は水の弾よりも速く、ひゅんっと三人に向って狙いを違わずに飛んでくる。
 だが、水の矢の攻撃を察知した美夜はそれが自分たちに命中することを許さなかった。
 水の矢がすぐそこまで迫ると、アイギスは美夜達の前面へと移動しすっと手を床と平行に出すと……水の矢を光で包み込んだ。そして、光に包み込まれた水の矢はというと……
妖精:「いやぁーっ!!」
反対に放った主である妖精の元へとまっすぐにひゅんっと飛んでいった。
 そんなことを想定していなかった妖精は驚き慌てて矢を頭上に、自分は思いっきり下へと逃げてかわした。
 妖精の飛んでいた高度が水の矢をかわしたためにぐんっと低くなった、そう三人が思ったそのときである。
紅瑠斗:「待ってたぜ!」
 まさに高度が低くなったその瞬間を狙っていた紅瑠斗、レオン、ラーラが妖精に一斉に飛びつき取り押さえたのは。
妖精:「いったー……」
 これも想定していなかったのだろう。妖精は三匹の協力攻撃まともに食らい、地面に思いっきり頭をぶつけたためか文句を言ってからそのまま気絶してしまった。
琉雨:「紅瑠斗お兄様すごいです!」
紅瑠斗:「猫の姿で何もできなかったからネェ。これぐらいやらねーとな」
 妖精を上手く捕まえた紅瑠斗を見て琉雨がにこりと笑みをうかべると、紅瑠斗は尻尾を振りながらまあなと満足げに尻尾を振って言った。
紅瑠斗:「そいつも捕まえたことだし、アルマの所へ戻ろーぜ」

【4】
アルマ:「元に戻ったようだな。レオンも、そちらのお兄さん方も」
紅瑠斗:「やっぱ元の姿が一番だネェ」
葵:「……猫も捨て難かったな」
紅瑠斗:「……」
 妖精を捕まえて戻ってきた一行を、わざわざ外で待ってくれていたのかアルマが出迎えてくれた。
 妖精を気絶させたせいだろうか?アルマの家まで戻ってくる途中に魔法が解けたのか、指輪を外した葵、紅瑠斗、レオンの姿がボンっと音を立てて元に戻り。人の姿でアルマの家に帰ってこれたというわけである。
 少年の姿に戻ったレオンは、今回の事件を巻き起こした妖精を両手でがっちり鷲掴みにしながらアルマに問いかけた。
レオン:「お師匠様、この妖精はどうなさいますか?」
アルマ:「そうだな……」
 レオンに捕まれている妖精を見ながら、アルマはふむと考え込むと。しばらくして、何かを思いついたようでにこりと笑みをうかべた。
アルマ:「ではしばらく猫の姿で生活してもらおうかねぇ」
紅瑠斗:「お、そりゃいい考えだネェ」
 アルマの提案に紅瑠斗は大賛成のようだ。どうやらよっぽど猫の姿が不自由で、不満も山積みで仕方が無かったらしい。
紅瑠斗:「猫の姿でいることがどれだけ辛いかっつーのを知ってもらわないとネェ」
にっと笑みをうかべてレオンに同意を求めた。
 紅瑠斗の問いにレオンもこくこくと頷いて賛同したのを見たアルマはくすくすと笑うと、手に持った杖をひょいっと妖精の頭上で一振りした。
アルマ:「これで懲りてくれればいいがな」
 ボンッという音と共に妖精の姿が猫へと変わると、レオンは近くの草むらに猫に変わった妖精を降ろしてアルマを見上げた。
レオン:「お師匠様、お身体の調子は……?」
ラーラ:「そうです!大丈夫ですか?ご主人様……」
 自分の顔色を見て心配そうに見上げてくるレオンとラーラの姿に、アルマは微笑をうかべるとああ、と返事をした。
アルマ:「結界も解いたことだしな。大したことはない。それより……」
 アルマは言葉を切って四人に向き直ると、
アルマ:「すっかり世話になってしまって悪かった。礼を言う」
にこりと笑みをうかべながら言った。
アルマ:「そこで礼をしたいと思うのだが……何か希望の物があるだろうか?各自一つ選んでくれ」
 そんなアルマの言葉に、四人は左右に首を振った。
紅瑠斗:「別に報酬はいらねーよ。それが目当てで来たっつーわけじゃねぇし」
 他の三人も紅瑠斗と同じ意見のようだ。うんうんと首を縦に振っている。
 だが、アルマの気はそれではおさまらないようだ。
アルマ:「そうは言ってもな……わたしの気がおさまらない。欲しい物が無ければ占いもできるのでな。どうしても何か礼をさせてくれ」
 少し困った様子のアルマに、四人はお互いに顔を見合わせるとしばし視線で意見を確認し……全員が同意見であることを確かめると頷いてからアルマを見た。
琉雨:「ではお言葉に甘えてもいいでしょうか……?」
アルマ:「良かった。礼をさせてもらえるのだな?ああ、是非そうしてくれ」
 遠慮がちに問ってきた琉雨にアルマは笑んで答えると、近くにいるレオンに声をかけた。
アルマ:「レオン、すまないが茶の用意を」
レオン:「はい、お師匠様」
 レオンに声をかけてから、アルマは再度四人のほうを向いて言った。
アルマ:「礼のものは茶でも飲みながらゆっくり決めてくれ。疲れただろう?」
ラーラ:「お部屋はわたしが案内します。みなさんついてきてください」
 礼を受け取る、と答えた後。話はとんとん拍子に進み……四人はアルマたちとティータイムを楽しんだ後、それぞれの希望したものを得てから、魔法使いたちの家を後にした。
 誰が何をもらったかは……本人たちが知るのみであった。

…Fin…



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 【2135/美夜/女性/17歳/晶術士】
 【2238/月杜・紅瑠斗/男性/24歳/月詠】
 【2067/琉雨/女性/18歳/召還士兼学者見習い】
 【1720/葵/男性/23歳/暗躍者(水使い)】


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■         ライター通信          ■
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  いつもありがとうございます、月波龍です。
  納品が遅れてしまってすみませんでした。
  今回の依頼はいかがでしたでしょうか?
  それぞれのプレイングをまとめた結果、このような話の展開にしました。
  もし至らない点がありましたらご連絡ください。次回執筆時に参考にさせて
  いただきたいと思います。
  楽しんでいただけたようでしたら光栄です。
  また機会がありましたらよろしくお願いします。