<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


秋の祈り


■ 少年の御願い ■■


「僕のお母さんが、居ないんだ」

小さな少年は、ごしごしと目を擦りながらそう言った。
随分と泣いたらしい、目が赤く腫れていて、表情には疲れたような物が浮かび上がっている。

「森を一緒に歩いてたのに、はぐれちゃったんだ」

一生懸命に喋り、御願い、と視線を上げる。

「お母さんは、ふさふさしてて、栗が好きで、銀色なんだ。探してくれる?」

聞いて、ルディアは首を傾げる。この子の母親は、人間ではないのかしら──?
だけれど余りにも必死な少年の様子に、ついには彼女は根負けして。

「其れじゃ、ちょっと待っててね。誰か連絡のつく人を、探してみるわ」

そう言って、手が空いている冒険者に連絡を取るべく、少年の頭を撫でたのだった。



秋の祈り。
来るべき冬がちゃんと来るよう、秋の使いが其れを先導するのだという────
そんな小さな御伽噺と、小さな少年と、小さな秋の森の中。



■ 秋の森 ■■

「お母さんはね、ふさふさしてて、栗が好きで、銀色なんだ!」

暖かいミルクをマグカップ一杯飲んで落ち着いたのか、ルディアに逢った時よりかは幾分か明るい口調で少年は言った。だけど喋る内容は年相応の子供の如く、拙く頼り無い物のままだ。
秋という季節に順応して、色付く寒さの中、此の侭押し問答していても意味は無い。ルディアから少年のことを頼まれた冒険者の一人であるみずねは、森の入り口までつれて来た少年の前にしゃがみ込んだ。

「お母さんとは、森の中ではぐれたのね?」
「うん!お母さんと栗を探してたら、何時の間にか一人になってたんだ。おかあさーんって呼んで歩き回ったんだけど、もっと判らなくなっちゃったの」

みずねの問いに、少年は勢い良く頷いて喋り始めた。が、矢張り母親とはぐれた情景を思い出してしまうのか、元気な光が輝いていた瞳にも、じわりと涙が滲んでしまう。
泣かせるつもりじゃないのよ、ごめんなさいね。慌てて其の涙を拭ってやりながら、みずねはもう一度穏やかな微笑みを浮かべ、ゆっくりと少年に言い聞かせる。否、言い聞かせるようであって、優しい声音だ。緩やかな声に少年も落ち着いたのか、しゃくりあげはしたものの、それ以上新しい涙を浮かべることは無かった。

「此れから森の中へ行くからね。お母さんの感じがしたら、私に言って下さいね?」

みずねの言葉に、少年はこっくりと頷いた。
其れを見、近くの樹に背を凭せ掛けていた、ルディアから少年を任された冒険者の片割れ──フィセル・クゥ・レイシズが、ゆっくりと其の長身を動かした。
ざわ、と木立を揺らす風は秋を示すように冷たい。其れを頬に感じたのか、フィセルはつ、と視線を細める。

「其れでは、行こうか。明るい内に探さねば」

フィセルの声に、みずねも頷いて立ち上がる。彼女に手を繋いでもらった少年は、其の冷たい風を小さな全身に受け、きゅ、と唇を噛み締めた。

「早く、秋を連れて行かなくちゃ……」

ぽつりと呟いた言葉は、二人には聞こえなかったらしい。
緩やかに進み始めた一行の中、少年は一人、唯心配そうな顔で森の奥を見遣っていた。



■ 冷たき風と其の中で ■■

森の中、少し深い程度まで踏み込んだ辺りで、三人は足を休めていた。
否、寧ろ少年から得られた情報が少なすぎる為、捜索を進めるに進められなかった──と、言う理由もあるのだが、其れを言ってしまうと又彼の瞳は潤むのだろう。

「……先ずは、はぐれた場所を探しておくか。母親とはぐれた場所を覚えているか?」

シンプルな動きで膝を降り、少年の目線に自分の目線を合わせ、フィセルは自分に言い聞かせるでもなくそう問うた。少年はううんと唸り、首を傾げて仕舞う。嗚呼、此れはきっと覚えては居まい──気付かれないようフィセルは小さく溜息を吐き、未だ悩みつづける少年にもう構わないと呟いて、其の頭をひと撫でしてやった。

「ごめんね、ごめんね、僕、あのとき凄くびっくりしちゃったから……」

しゅんと項垂れて、立ち上がるフィセルを見上げながら少年はすまなさそうにそう言った。
そんな様子にみずねはくすくすと小さな笑いを零しながら、其の少年に優しく話し掛ける。

「良いのですよ、誰だって吃驚してしまいますもの。そうだ、坊や?お母さまは、どんな動物さんなのかしら」

みずねは言葉の途中で思い出したようにそう言い、しゃがんで小さく問い掛けた。栗が好きなら栗鼠であろうか──そんなことを考えているみずねの傍、フィセルも同様に考えをめぐらせる。子供である少年が人間では在るものの、特徴を聞く分には何らかの動物である可能性が高い。栗が好きで体毛が柔らかいのなら、栗鼠という線が確かなのだが。

「お母さんは、動物じゃないよ?」

そんなことを考えている二人の脳内を、少年はあっさりと打ち砕いた。少年はぱちくりと瞳を瞬かせ、僅かに首を傾げている。まるで、どんな動物なの、と聞いたみずねの方が変なのではないか、とでも言いたげに。
みずねは慌てて言葉を捜す。ええと、子供だから語彙が少ないのかもしれないわ。判りやすく──

「そうね、動物じゃないのですね。ええと、其れじゃあ──……何なのかしら?」

率直に聞く。素直そうな子供だもの、此れが一番だわ。

「お母さんも僕も、「秋の使い」って言うんだよ」

朗らかに答えた少年に、フィセルはやれやれと溜息を付いた。質問を変えても、押し問答になることは間違いがない。だが、自分の考えていたもう一つの複線であることに間違いは無さそうだ。フィセルはゆっくりと考えを纏め始める。
秋の使い、と称するということは、何かの精霊なのだろうか。いや、単に人間なだけかもしれない。けれども人間だと仮定すると、どうも少年の言う母親の特徴が一致しない。さて、どうしたものか──

其処まで考えたところで、フィセルはふとあることに気付いた。周囲を見渡して、す、と目を細める。全てが茜に色付いて判らなかったが、この森には栗の木が少ないようだった。他には楓やらの樹木など、余り目立つ実をつけない樹ばかりだ。栗のような毬付きの実が落ちている傍に、母親も居るのではないだろうか。

「栗の樹を探さないか?小さな森だ、すぐ見つかる」

フィセルの提案に、みずねも立ち上がってぽん、と手を叩いた。

「良いですね、そうしましょうか!……あ、其れじゃあ、ちょっと待ってくださいね。風の眷属さんを呼んで、大きな獣が動いていないか確かめて貰いますから──」

言い難そうな言葉切れに、フィセルも其の意味を察する。少年にはとても言え無いが、此処は小さくとも森の中、だ。母親が小動物であれば、襲われている可能性も少なくはない。

「お母さん、見つかる!?」

明るく変わったみずねの口調に希望を見出したのか、少年が期待に満ちた瞳で二人を見上げた。
フィセルは其の頭を撫でてやり、小さく頷いてやる。其れを見て、少年の瞳が又一段と輝いた。矢張り子供だ、と小さく笑う。
程なくして、みずねが笑顔でこう言ったのだった。

「大きな獣さんは動いていないようです。さぁ、栗の樹を探しましょう?」



■ 秋の使い ■■

「お母さん!」

大きな栗の樹がある──そう思い、見つけた樹に近付いた瞬間、少年が高い声を上げて走り出した。落ち葉を蹴散らし、毬をも蹴飛ばしながら、懸命に小さな身体で大きな栗の樹の元へと駆け寄っていく。
慌てて冒険者二人も追い掛け、少年がお母さんと呼ぶモノの正体が────銀色の綺麗な狐であるということが、やっと判ったのだった。

「お母さん、大丈夫?今外してあげるからね……っ」

どうやら母親の狐は、大方何処ぞの無粋な猟師が仕掛けたのであろう、狩猟用の罠に引っ掛かって動けなくなっていたようだった。細い足に黒い鉄が噛み付き、赤黒い血が其の部分を汚している。其の様は、何とも痛々しいものだった。
少年は鉄を外そうと躍起になっているが、所詮はか弱い子供の力、罠はびくともしない。駆け寄ったフィセルが少年を柔らかく制し、自分がやる、と其の罠である鉄に手を掛けた。

「……っ、随分と硬い罠だ……此れは痛いだろう、な」

がき、と鈍い音がして罠が外れる。母親狐は足をひょっこりと引き摺って立ち上がり、其の柔らかな体毛に包まれた頭を、ゆっくりと少年の身体に擦り付けた。
お母さん、と少年の咽喉からか細い震えた声が漏れる。一日にも満たない別れなれど、幼い少年には酷く心細かったのだろう。盛大に鳴き声を上げながら、其の銀色の狐の首に縋り付いたのだった。

「ああ、待ってください。其の足、治しますから……」

みずねが慌てて手を差し伸べ、其の狐の足に柔らかく魔法を纏いつかせる。癒しである水の魔法は、其の傷をゆっくりと包み込み、みずねがそっと手を離した後は、傷など綺麗さっぱり消えてなくなっていた。
狐はふいと視線を上げ、フィセルとみずねに其れを向ける。

『……助けて頂き、そして息子を導いて下さり、有難う御座いました』

頭の中に、響くような柔らかな声。母性に満ちた其れは、きっと母親である狐の声だ。

『私達は秋の使い──森の精霊、銀の狐。来るべき冬が正しく来れるよう、秋という道を作り出す存在』

そう語り掛ける傍で、母親に縋って泣いていた少年も、ぽんと小さく音を立てて小さな銀狐の姿に成り代わった。どうやら少年の方は人間の姿で無いと喋ることが出来ないらしい。こん、と小さく鳴いて、其の尻尾をゆるりと振った。

『秋を連れ、道を引いている途中だったのですが……私の不注意で、罠に掛かってしまい。此の侭では冬が来れなくなる所でした』

狐の親子は、深々と頭を垂れる。

『本当に、有難う御座いました。……良き秋を、御楽しみ下さいませ』

頭の中に、そう声が響いた瞬間────ざぁぁと強い風が吹き、狐の──否、秋の使いの親子は、其の場所から消え去っていたのだった。まるで落ち葉が舞うかのように、短い秋が過ぎ去るかのように──



秋の祈り。
来るべき冬がちゃんと来るよう、秋の使いが其れを先導するのだという────
そんな小さな御伽噺と、小さな少年と、小さな秋の森の中。

跡に残ったのは、其の場に残された、どっさりとした山の恵だけだと言う。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0925 / みずね / 女性 / 24歳 / 風来の巫女】
【1378 / フィセル・クゥ・レイシズ / 男性 / 22歳 / 魔法剣士】

※登場順にて表記しております。

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■         ライター通信          ■
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今日和、ライターの硝子屋歪で御座います。(礼

みずねさん、フィセルさん、初めまして。御参加有難う御座いますっ。
今回は私の諸事情により、納品が大変遅れてしまったこと、本当に申し訳御座いません。
作品の方は頑張らせて頂きました、御楽しみ頂ければ幸いです。(礼

結局少年の母親と少年は狐で、親子は秋の精霊でした。
予想は当たりでしたでしょうか?其れとも意外でしたでしょうか。
自分的には捻りがないなぁ、こんなのじゃプレイングも書き難いかなと心配していたのですが。
御二方とも、本当に沢山プレイングを書いて下さって・・・!何度助けられたことか。本当に有難う御座います。

又機会がありましたら、どうぞ宜しくお願い致します。(礼
其れでは。