<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


真夜中の冒険


------<オープニング>--------------------------------------

『ほら、一緒に遊びに行こうよ』

 まるで月が呼んでいる様で。
 少年は窓からこっそりと抜け出した。
 手を広げ夜道を駆け回り、少年はまるで夜空を飛ぶ鳥の様な気持ちになった。
 静まりかえる夜を独り占めしたみたいに。

 その時、ぽん、という音と共に暗闇から真っ白なウサギが飛び出してきた。
 どこから来たのか。
 そのウサギは少年の前にちょこんと座り耳をぴくりと動かした。
 少年は呼ばれている気がして一歩前へと足を踏み出す。
 するとウサギはぴょんぴょんと前へと進んだ。
 少年はそのウサギを追いかける。ウサギは少年を何度も止まって振り返りながら道案内をし始めた。
 真っ暗な夜道を月明かりだけが照らし、その道を少年はウサギと一緒に歩いていく。
 月明かりに包まれて少年は姿を消した。



 バンッ!という音と共に黒山羊亭の扉が開かれる。
「な…なんだい?」
「エスメラルダっ!うちの子がいなくなったの!」
「は?…えーとリドルだっけ?なんでまた?」
「ちゃんとお休みのキスもしたのよ。ベッドに入ったのを見て電気を消して部屋を出たの。ちょっと寒くなってきたから毛布かけてあげようと思って部屋に行ったら窓が開いていて…リドルが消えてしまったの。どうしよう、エスメラルダ」
 その場で泣き崩れてしまう女。
「消えてしまったのはさっきなのね?近くは探してみた?」
「えぇ、探したわよ。でも見つからなくて。リドルの姿を見ているとしたら月しかいないわ。だって、回りの家はもう全部寝てしまった後ですもの」
 どうしよう、と女はエスメラルダに助けを求める。
「分かったわ、誰かに手伝って貰いましょう」
 エスメラルダは、聞いての通りよ、と酒場に集まる人々に声をかけた。


------<天狐パニック>--------------------------------------

 いつものように雑用を全て終えた夜月慧天狐が夜月慧天夢のことを起こしに行く。
 もうこれは何百年繰り返された日常だろう。
 天狐は古今角尻尾をゆさゆさと揺らしながら天夢の元へと向かった。
「天夢様〜!もうそろそろ起きてください」
 天夢様ー、と声を上げて寝室に行ったところすでに蛻けの殻。
 いつも突然になくなることの多い天夢だったが、その度に天狐は心配で仕方がない。
 天夢はすさまじい力を持っており、一人でも十分強い。
 それでも大切だと思う人物が危険にさらされていないかと心配するのはごく普通のこと。
 その思いが天狐は人一倍強いようだった。
 天夢の最近の行動を思い出し、シュミレーションしてみる。

「最近は……群雲蓮花と一緒にいることが多かった。今回ももしかしたら群雲蓮花と一緒にいる可能性も……いや、しかし群雲蓮花はこの時間いつも何処にいるのだろうか……」
 黒山羊亭か白山羊亭か、もしくは自分の店かそのどちらかだろう。
 とりあえず一時でも天夢にもしものことがあったら一大事、と天狐は外へと飛び出す。
 宙を漂い、上空から天夢の姿を探す。
 しかしその姿を発見することは出来ない。
 蓮花の姿すら無かった。

「何処に……」

 首を傾げた天狐だったが、まずは黒山羊亭から探ってみることにする。
 しかしそれがビンゴだった。
 黒山羊亭の一角で騒ぐ二人の姿があった。
 二人の顔は生き生きとしていて、楽しそうにも見える。
 思わず必死に探していた自分が馬鹿のように思え、声を荒げた。


「群雲蓮花!お前が何でここにいるんだ!?」
 心配して探しに来たのだが、自分だけが除け者のようで面白くない。
「それはこっちが聞きたいわよ! どうしてこう次から次へと!!!」
 がしっ、と蓮花は刀に手をかける。同時に天狐の爪が長く伸びた。
 それをやんわりと止めたのは蓮花の宿敵である天夢だった。
「蓮花、先ほど聞いたけれどこの店で刀を抜いたら出入り禁止ではなかったかしら?」
「うっ……どうしてそういうところしっかりと聞いてるのよ」
 面白くなさそうに蓮花は呟きそっぽを向く。
「天夢様……」
「あなたももう少しよく考えて行動なさい。こんなところで戦闘を始めるものがありますか」
「はい、申し訳ありません」
 しゅん、と落ち込んだ天狐は尻尾も力なく下げ俯く。天夢はよく蓮花の方を持つことがある。そんな時、天狐は寂しいような悲しいような気持ちでいっぱいになった。
 その時、エスメラルダが三人の元へと近づいてきた。
「ちょっと、賑やかなあんたたち。依頼を探しに来たんでしょう?とっておきの一番新しい情報があるわ。仕事頼まれてくれないかしら。子供が行方不明になっちゃったのよ」
「子供?」
 訝しげな表情で蓮花はエスメラルダに尋ねる。天夢と天狐もエスメラルダの話に耳を傾けた。

「へぇ、面白そうね」
 蓮花は大きな瞳を輝かせ、その話に食いつく。それをちらりと見た天夢も少年の捜索には乗り気のようだった。もちろん、天夢の行くところ天狐有り。天夢が行くと言えば天狐もそれについて行くのは当たり前だった。
「それじゃぁ、よろしくね」
「任せてよねっ」
 腕がなるなぁ、と蓮花は腕を振りながら黒山羊亭を後にする。
 蓮花が外に出たのを見て、するりと空間を切り裂きそこへ天夢も身を滑り込ませ消える。
 その後を天狐が追いかけていった。


------<少年と兎>--------------------------------------

 蓮花が大きく伸びをしながら、先ほどエスメラルダから仕入れた情報を整理していた。
「少年はしっかりと寝ていた。それなのに母親が毛布を掛けてやりに行くとすでにその姿はない…と」
 少年の家はココ、と黒山羊亭から貰ってきた地図を指さす蓮花。
「兎と言えば草原……草原はこっちにあるから……」
 ココを通ったに違いないっ!、と蓮花が声をあげると、にゅっと現れた天夢が鼻で笑う。
「あり得ないわね」
「ぬぉっ!…って、突然現れないでくれる?」
「だから私の勝手でしょう? ねぇ、いっその事、空間移動しながら探すのはどうかな?」
「それこそ却下。私出来ないし」
「そんな蓮花の一人や二人くらい一緒に空間移動することなど簡単」
 扇を仰ぎながら艶やかに笑う。
「だ〜か〜ら〜、私は二人もいないから! なんか根本的な事が間違ってる気がする…」
 がっくり、と肩を落とした蓮花。
「天夢様ー! それと呼んでないが群雲蓮花!」
「こっちだって一緒になんて行動したくないわよっ!」
「黙れっ! 天夢様、本当に群雲蓮花などと一緒に行動するのですか?」
「えぇ、たった今からね」
 天狐は渋々と頷き、天夢の一方後ろへと控える。
「分かりました。…しかしながらその例の兎は何故子供を拉致したんだ……?」
 拉致されたのか?、と天夢と蓮花の脳裏にそんな言葉が流れる。
 しかしそんな疑問もなんのその。一人台暴走中の天狐は更に思いを巡らせる。
「兎が子供を誘拐して何をするのか。子供とは純真なもの。恐れることはないだろう。兎は連れ帰って鍋にでもするのだろうか……」
 酷く真剣な口調で告げる天狐に天夢と蓮花からのツッコミが同時に入る。
「兎は草食動物。食べるのか、兎が!」
「あんた馬鹿じゃないの〜! 兎が人を食べるのなんて聞いたことがないわ」
「うっ……では何故拉致など…」
 その言葉に天夢は明後日の方を見ながら告げる。
「別に拉致とは誰も言ってなかったわ。それは…そうね、少年と兎を捕まえてからのお楽しみかしら」
 くすっ、と含みのある笑顔を浮かべると天夢は蓮花に告げる。
「さぁ、探しに行きましょう」
「言われなくても行くわよっ!」
 くっそー、と蓮花は足音高らかに歩いていく。それを楽しげに見ながら天夢は宙を舞う。
「私は空から捜索します」
「何かあったら知らせるのよ」
「承知しております」
 一礼し、天夢は上空へと舞い上がり空から少年達の行方を探る。

 空から見下ろしてみても特に動き回る白いものはない。
 暫く動き回り、野原の方に白いものが動くのを見つけた。
 すぐに天夢に声をかけようと思ったが、楽しげにも見える蓮花と天夢の姿に一瞬言葉を失う。
 どこか入り込めないような雰囲気があり、やはり天夢と対等でない自分の姿を思い浮かべてしまう。
 天夢と蓮花は同じ位置に立っているように天狐には思えた。
 蓮花と天夢も少年と兎に気づいたようだった。
 慌てて天狐も二人に声をかける。

「居ましたー!少年と兎が駆けていきます」
「よぉっし! 追っかけるわよ!」
 言われなくても、と天夢も少年と兎を追いかける。
 二人が向かう先は、先ほど蓮花が言っていた草原だった。
 草原にたどり着いた少年と兎は楽しげに月明かりの下で遊び始める。

「ほらー! 私の予想大当たり!」
「たまには当たるようね」
「こういう時くらい素直にほめられないの?」
 ぶーっ、と頬を膨らませた蓮花は少年達に追いつくと手を掴んだ。
「捕まえたっ!……さてと、お母さんが心配してたよ。一緒に帰ろう」
 目を大きく見開いた少年は蓮花と天夢と天狐を見比べ声を失う。硬直してしまった少年の目の前でヒラヒラと手を振って蓮花が言った。
「あー、ごめんごめん。驚かせちゃった? キミのお母さんに頼まれて探しに来たの」
「こんなところにいたのか……やはりその兎は……うむ、今宵の宴の材料に丁度いいな」
 にこやかな笑顔で天狐が言った言葉に少年は泣き始める。天夢と蓮花も一瞬硬直した。
 少年の足下で兎はぴょんぴょんと慰めるようにジャンプしている。
 蓮花はその兎を抱き上げ、天狐から隠すと少年に手渡した。
「大丈夫。食べたりなんてしないから。キミの友達でしょ?」
 兎を手渡され少年はこくり、と頷き兎を抱く。
 くるり、と振り返った蓮花は天狐に向かって怒鳴りつけた。
「全く、なんでそうやって動物見ればすぐに食べるだのなんだの言うのかな」
「黙れ、群雲蓮花。兎とは食べるものだろう。それはその兎とて同じ事」
「同じ事ではないでしょう。私の躾が疑われる」
「は…はい」
 それは天夢に恥をかかせてしまうということだった。
「そうね、躾が悪いのよね」
 にたり、と笑みを浮かべた蓮花だったが、少年が泣きやんだのを見て提案する。
「ねぇねぇ、せっかくだしこのまま一緒に遊んじゃおう!」
「それではいつまでたっても依頼が終わらないでしょう? 心配してる人もいるのだから」
「だってこんなに綺麗な月夜なのに!」
「帰る道すがら月を見ればいいのでは?」
 天夢の言葉に蓮花は珍しくすんなりと頷いた。
「あ、そっか。それも有り。それじゃ、キミたちも一緒に帰ろうか。その途中、兎と出会った経緯でも教えてよ」
 ね、と蓮花は笑って少年と兎を見る。
「それじゃ行こうか」
 少年はまだ不安そうな瞳で三人を見つめる。
「兎……食べない?」
「もちろん」
 天夢と蓮花の声が重なる。
「でもまるまるとして美味しそうではあるな……」
 ぽつりと天狐が呟いた言葉に少年はびくりと身を震わせる。
「天狐!」
 またしても天夢と蓮花の息はぴったりだ。
「も…申し訳ありません」
 小さく身を縮めながら天狐は宙へと舞う。いたたまれなくなったのだ。
 なんだかんだ言いつつも息の合っている天夢と蓮花。
 やはりそこに入り込むことは出来ないのだと。それが少し寂しくて悲しい。
 それでは私は先に、と天狐はそのまま空高く昇り、三人と一匹の前から消え去った。


------<月夜の晩>--------------------------------------

 空の上から皆の姿を眺める。
 別に天狐は天夢が幸せで楽しく毎日を過ごしていれば良いのだ。
 ただ、そこに自分も天夢を楽しませることが出来れば良いのに、とささやかな願いを込めるだけで。
 長すぎる時は退屈な時間を作り上げていく。
 それを埋め合わせるだけの何かを蓮花は持っているようだった。

 空の上で月を見上げ、天狐は微笑む。
 同じ月の光を浴びていられるだけで良いのだと。
 これからもずっと天夢の手伝いをしていけたら良いと。
 よしっ!、と気合いを入れるともう少しで明ける空に気づき天夢の元へと向かう。

 近づくと、天夢は大欠伸をしていた。
 もうそろそろ天夢のお休みタイムが始まるのだった。

「そろそろお休みの時間では……」
「そうね、眠くなってきたわ。誰かさんが遊ぼうなどと言って時間を食わなければもうちょっと早くつけたかもしれないのに」
「ちょっと待ってよ! それって私が悪いって言ってるの?」
「さぁどうかしら。ただ、遊ぼうって言ったのはあなただけれど」
 そんな二人の会話も落ち着いて聞いてみれば微笑ましい気もする。
 後はお任せするわ、と天夢はヒラヒラと扇を煽ぎ蓮花に告げた。
「また蓮花で遊んであげるわ。それじゃぁね」
「ちょっと待ったー! どうしてだからそうやって、私で遊ばなきゃならないのよ! 私は生身の人間であって、希少生物でもおもちゃでもなんでもなくって……!」

 まだ蓮花が叫んでいる声が聞こえていたが、天夢は楽しげに笑うと空間の狭間へと飛び込む。
 その姿を見つめ、蓮花を一瞥すると天狐も空へと舞う。
 天夢が寝ている間、天狐には山ほど仕事が与えられているのだ。
 天夢が起きてくる前にそれら全てを片づけなければならない。
 悩んでいるヒマなど何処にも無い。
 天夢の側で仕事をするのが、いくらそれが辛い仕事であっても天狐は楽しくて仕方がないのだから。天夢の支えに少しでもなりたいと思う。
 明けゆく空を見て、天狐は新たな日の始まりに気合いを入れるのだった。


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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


●2256/群雲 蓮花/女性/16歳/楽園の素敵な巫女
●2363/夜月慧 天夢/女性/999歳/ゲートキーパー
●2373/夜月慧 天狐/女性/688歳/夜月慧家中間管理職


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■□■ライター通信■□■
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初めまして、こんにちは。 夕凪沙久夜です。
納品大変お待たせしてしまい申し訳ありません。
やっとお届けできましたお話、少しでも楽しんでいただけたらと思います。

蓮花さんと夜月慧チーム(笑)のお話、如何でしたでしょうか。
今回は掛け合い重視でいってみました。
中間管理職、さぞかし胃の痛くなる部署なんだろうと思いつつ、このような話にしてみました。
ちょこちょこと中間管理職の大変さ、そしてちょっとしたヤキモチ等々鏤めてみましたがお気に召して頂ければ幸いです。

どうぞまた機会がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
またお会いできますことを祈って。