<PCクエストノベル(1人)>


麗しのマッスル親父 〜麗しの瞳〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り】

【助力探求者】
なし

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 いつの頃のことなのか、それすらも定かではない『過去』。
 過去に縛られ続けているのは、ひとが言うように愚かなのだろうか。

 それは、忘れる事も、振り切ることも出来ない、罪業の証。

*****

オーマ:「…なんだこりゃ?」
 相も変らぬウォズ退治に日々を費やしているオーマだったが、その日出会ったウォズは、常のそれと違っていた。
 気配から察するに、自らの姿をどのようにも変化させられる…それくらい力のある筈のそれは、中途半端な人間の姿をしたままその場に惚けていた。腰から下がゼリー状の人間とくれば、見つかった途端大騒ぎになりそうなものだったが、幸いオーマが最初の通りがかりだったらしい。
 おまけに。何を勘違いしているのか、街路の脇にある岩にぴたりと擦り寄ったまま離れようとはしない。まるで、それが愛しき者の姿であるように。
オーマ:「おいおい、ちょっとはこっち向けって」
 その岩から引き離し、ついでに封じてしまおうと巨大な銃を取り出して、うっとりと岩に頬擦りしているウォズの頭にぴたりと当てる。…ちらっ、とウォズの意識がオーマへ向けられたがそれだけ。再び岩へ身体を寄せるウォズにぽりぽりと頬を掻き。
オーマ:「じゃーこっちかねえ」
 銃口が、ウォズではなく岩へ――向けた途端、今までほとんど反応が無かったウォズが、オーマへはっきりとした敵意を向け、続けて勢い良く懐へと飛び込んで来た。その動きを完全に読んでいたオーマが岩から僅かに指を動かしただけで銃口の位置を変え、封印の術を刻んだ弾を数発打ち込んだ。――殺傷力は無に等しい。が、それは当たった部分から本体を包むように広がり、そして封じ込まれる。その間数分も無く、余程『力』のある者でなくては残滓をも残す事は難しい、そんな魔弾。
 全てが終わった後は、オーマの手にある銃さえも消え、常ののんびりした様子へと戻っていた。
 ただ、不可解なウォズの動きが頭に残っただけで。

 だがしかし。

 それからも、その『奇妙な動きを見せるウォズ』は後を絶たず。
 オーマは首を捻りながら、無機物有機物お構いなしに愛を注ぐウォズたちをひとつひとつ始末していった。抱えていた大根を必死に逃がそうとしたウォズに対しては、もう何と声を掛けて良いやら分からなかったが…。
患者:「はは、そりゃきっと『麗しの瞳』だよセンセ」
 最近妙なモノに惚れる奴が増えた、とぼやき混じりに語った所、オーマの所へ怪我の治療に通ってきていた男が笑いながらあっさりと答えをもたらしてくれた。
オーマ:「なんだそりゃ?まるでどこかの綺麗どころみたいな名だな」
患者:「いてててて、もっと優しく扱ってくれよ。おれぁ患者なんだぜ?」
オーマ:「なぁにこれくらいどうってことはねえよ。…治療しなきゃ今の痛みに数倍する痛みが、延々と続くんだぜ?――で?その麗しの瞳ってな、なんなんだ?」
患者:「ああ、酔っ払いの与太話かガキの夢物語さ。何でも、誰1人として抵抗出来ない魅了の魔法らしいぜ?ただ、その魔法を手に入れる方法が面倒だとか何とか。だからさ、単なる噂だろ。だれかれ構わず惚れっぽくなった野郎の事をそう呼ぶしな」
オーマ:「ほーぅ」
 きらん、と一瞬オーマの目が輝いた事は、患部の痛みがぶり返してきた患者は気付かないままだった。

*****

オーマ:「この辺りだったよな、確か」
 噂に聞く『麗しの瞳』のありか。聖都から見ると南西の位置にあたる三角州…その辺りにある、と言う噂をようやく手に入れたのは、病院で話を聞いた数日後の事だった。大体の位置に、謎掛けのような『手に入れるには勇気が必要』と言う言葉を聞いて、病院を閉め意気揚々とやって来たのだが。
 ――見渡す限り、川と草原以外何も無い。
オーマ:「ガセか?いやまてよ、川の中っつうのも考えられるしな…よぅし、まずは中州に行くか」
 ざぶざぶ。
 ざぶ…。
オーマ:「あーやっぱやめやめ。冷てえや」
 足を踏み入れて、歩いて川を渡ろうとしたオーマが、思い直して川の上に平たい橋をかける。
オーマ:「最初っからこうすりゃ良かったんだ。濡らし損だな」
 水ががぼがぼ音を立てる靴を情け無さそうに見下ろしながらそんな事を呟き、三角州の上へと降り立った。
 ――違和感が、足の裏をむず痒く掻き立てる。何か、この三角州自体が魔法装置のように思える、そんな中。
オーマ:「うぉっっ!?」
 ずぶり、と、片足が地面の中へ沈んだ。柔らかい所を踏み込んだ、最初そう思ったのだが、
オーマ:「こら、離しやがれ…っ、クソッ」
 ずぶ、ずぶ…と、草地の筈のそこが、オーマの身体を飲み込んでいく。草地の位置は初め見た時と変わらぬまま、オーマの身体だけが泥土に囚われたように、身動きもならず。
 ただ…これだけは分かっていた。
 身体を取り巻く、濃い、魔力の塊が自分を飲み込んでいる事を。

*****

オーマ:「………」
 重い身体を、無理やり起こす。
 ――ここは、何処だ?
 ついさっきまで何をしていたのか、思い出せない。鉛でも飲み込んだかのように、身体が重い事が、酷く不快で…ゆるゆると頭を振る。
 ぴしゃっ、と、頬に雨のしぶきのようなものがかかった。その冷たさが嫌で、手の甲で拭い――ぬるっ、と思いがけない粘度の液体を感じて、思わず手の甲へ目をやり、
オーマ:「っ!?」
 ――その手は朱に染まっていた。甲ばかりでなく、手のひらまでが。呆然とそれに見入るオーマの銀色の髪から、ぽたりと一滴、
 赤い――血が滴り落ちた。
 赤。
 その色を身体が認識したと同時に、鉄サビと泥の匂いが鼻腔の奥につんと刺激を与え、今自分が何処にいるのかを否応も無く思い出させられる。
 そこは、かつて戦場だった。
 そう、かつて。
 ――『敵』数万に対し、対する味方はゼロ。オーマ1人で全てを相手にしなければならず。
 そして、当たり前のようにオーマはそこへ君臨した。
 屍を積んだ山の上で。

 相手を屠る事など当たり前と思っていた。それが自分に課せられた使命であり、それ以外に生き甲斐など与えられなかったから。
 なのに、何故、虚しいのだろう。
 家へ戻れば、彼女が――そして、愛し子が待っていると言うのに。
オーマ:「いや…」
 ざらざらした声が、耳へ届く。
オーマ:「俺は――」
 本当は、ずっと、ずっと――

???:『あんたはね…本当は――なんだよ』

 本当は――何だ?

???:『可哀想だねぇ。本心に気付かないまま生きるってのは』

 気付かないなんて、嘘だ。俺はずっと、本能のままに生きてきた。

???:『ねえオーマ――あたしはね。あんたとこの子を守るためなら、世界と引き換えたって後悔しないよ』

オーマ:「そうだ…俺は、本当は―――グ、ハッッ!?」
 自分の胸から刃が生えている。いや、それは刃ではなく、『敵』が、死んだふりをしてチャンスを窺っていた敵が渾身の力を込めた『怨嗟』そのもの。
オーマ:「グアアアアッッ!?」
 後ろから、身体ごとぶつけてきたソレの首を反射的に掴んで前へと叩き付け、その首を捻じ切る前に。
 見てしまった。
 少年と見紛うばかりの、年端も行かぬ少女の、恐怖に歪んだ顔を。…その目の中に浮かんだ、狂気じみた自らの顔を。

 『厭だ』
 血塗れの手で頭を抱え、死臭漂うその場に蹲る。
 『厭だ厭だ厭だ厭だ』
オーマ:「お、ああ、あああああああああああああ!!!!!!!」
 最後まで油断するなと言われていたその言葉さえもが消し飛んでしまうほど、オーマは混乱し、叫び続けていた。
 肉体に付けられた傷では死にはせず、すぐ癒える。だが、その奥を深々と切り裂かれた痛み――初めて罪悪感と言う傷を負ってしまった彼には、とても耐えられなかった。その痛みが、魂を苛むのだから。

 うぞり、と。
 オーマの背が、不自然な盛り上がりを見せている事にも気付かないまま。
 内包している『力』をそれに奪われたのだと、全身が警告を発した時には既に発露の直前にあった。

オーマ:「………」
 不毛な大地。そこにはきっと、握り締めている乾いた砂の中にも、微生物すら存在していないだろう。
 その上に1人、立ち尽くしている男がいた。
 不覚だった。
 身体を乗っ取られ、自らの悲痛をも利用され、身体の中に溜まり続けた澱を力として取り出されたオーマが1人、人の姿はおろか、何もかもが見えなくなっただだっ広い荒野の上に立ち続けている。
 この場所は、建物が無くなっても覚えている。自分が寝るために使っていたベッド、文句を言われながらも何本も酒を突っ込んでいた冷蔵庫、彼女に引きずられながら選んだベビーベッド、2人でただ寝転がって眠りに就いたカーペット…オーマの全てがあった場所。
 それを、ただ一度のしくじりで全て失ったのだと、ようやく自分の心が認めた時には、オーマの精神は崩壊寸前にあった。そして…その心を写し込んだように、髪の色も姿も変容してしまっていた。

オーマの力を利用して広がった被害は、ある大陸全土に及んだ。海を挟んでかろうじて災厄から免れた他の大陸からは、原因を究明するために幾人もの人々が訪れたが、これが只1人の存在を核として行われた凶行だと言う真実には、誰1人気付く者は居なく。
 真の孤独――護るべき者を知った後の孤独は、それまでの、只1人であった頃とは比べ物にならない程、彼の精神を苛んでいた。

*****

オーマ:「ウ…グッ」
 千切れた片腕からは、血が止め処なく流れ落ちている。そして――目の前に横たわる、巨大な『敵』の姿。
 生命活動を完全に断ち切ったそれを前にして、オーマはぎりぎりと歯を食いしばっていた。それでも、声は漏れる。
 敵が意外な程強かったのは確かだった。だが、元の姿に戻る事にこれほどまでの代償を要求されるとは。
 どんなに傷を負った所で、オーマが死ぬ事はまず無い。この腕も、いつかは元に戻る。
 そう分かっていた所で苦痛が消える訳ではない。…いや…この苦痛が自分の犯した罪への責めであるならば、苦しがる事もしてはならないように思う。
 だから、オーマは壮絶な笑みを浮かべた。
 軽いものだ、と。
 こんなもので償えるなら、取り戻せるなら、いくらでも甘んじて受けてやる、と。
 今はこれほどまでの代償無しにもとの姿へと戻る事が出来るが、あの時の痛みは忘れた事が無い。
 ―――
 ――『今は?』
オーマ:「――ちょっと、ちょーっと待て」
 オーマの声に不意に掻き消えた痛み。押えた手を離せば、握っていた間に溜まった血が巡り始めるのが分かる。
 わきわきと動く両の手指を目で確認し、一気に溢れ出した過去と現在の記憶を持て余しつつ顔を上げた。
オーマ:「っっ!?」
 そこに、直径で1メートル程はあろうか…1つの目玉がオーマを凝視していた。

*****

オーマ:「…で?」
 上下左右に石壁を配したごく狭い部屋。ある意味では廟のようにも思えるその部屋にしっかと座り込んで、オーマが目玉を睨み付けた。巨大な目玉が、その深い青をきらめかせつつオーマの顔へきょろりと焦点を合わせる。
 単体で浮かんでいる目玉…だが、その姿かたちはともかく、生物の気配は感じられない。この室内に漂う魔力と言い、目玉から感じる気配と言い、魔法物品の1つと思われるのだが。
オーマ:「俺様の過去を探ってどうしようって言うんだ?」
???:「探っていたわけではない」
 室内のどこからか、静かな声が聞こえて来る。
???:「御主も噂を聞いて来たのだろう?『麗しの瞳』を求めて」
オーマ:「ああ、そうだが?」
???:「それの審査だ。探求者にとって一番厭な記憶を見せる事で、それに耐えうるかテストしたまでの事」
オーマ:「ほう、そうかい。それで、どうなんだ?俺様は合格なのか?」
 しばしの沈黙。
???:「――自らの過去に向き合う力の無い者は、ココに来る事すら許されぬ。御主はココにいる。と言う事は合格だな」
オーマ:「回りくどいぞおい。じゃあさっさとくれや、その素敵チックな魔法をよ」
???:「承知した」
 うるん。
 目玉の表面にじわりと染み出た水分が、まるで涙のように石の床へと滴り落ちて行く。
???:「のめ」
オーマ:「そう言う事は先に言え先にっ!」
 慌てて差し出した手の平のくぼみに、清冽な冷たさを感じる液体が流れ込んできた。
オーマ:「塩味だったら嫌だな…」
???:「飲む行為もまた勇気」
オーマ:「…それはまた随分偏った勇気だな」
 ほんの数口分。喉に注ぎ込むと――確かに、何らかの力が加わったのが分かる。
 危惧していたような味は無く、只の、ふんだんに魔力を含んだ水だったことを何となく感謝しつつ、目玉に向き直り、
オーマ:「おう、これで俺様も誰彼構わず魅了出来るカリスマ親父になれたわけだな?」
 にんまりと笑って見せた。
???:「魅了出来る事は保障しよう。だがその他の効力にまで責任は持たない。さあ、飲んだら出て行くがいい」
オーマ:「他の効力って何だ?」
???:「………」
 最早答えは無く、オーマの全身が再び濃い魔力に覆われ、次に目を覚ました時には草原の上へ大の字になって寝転がっていた。
オーマ:「っつうか…麗しの瞳ってあの目玉の事じゃねえだろうな…」
 むくりと身体を起こしながら、あの場で言えなかった言葉をこっそり呟いてみる。当然、それに答えは返って来ない。
オーマ:「一番嫌な記憶、か…」
 だが…それがあったからこそ、今のオーマがあると言ってもいい。
 あの時は、己を呪いもしたが――。
 失ったと思っていた『自分』の欠片が、数奇な巡り合わせによって再び自分の手に戻って来た時から、オーマは今の自分へと変貌した。悪鬼羅刹の如き姿から、昔の知り合いが見れば嘲笑う程の博愛主義者へと。
 只1人、

???:『気付いてないかもしれないけどね――あんたは、本当は何ひとつ変わっちゃいないんだよ』

 そう言って、蠱惑的な瞳で笑いかけてきた者はいたけれど。

*****

オーマ:「うーむ」
 オーマが病院の外で、目に見えて増えた包帯を擦りながら唸っている。
 確かに、言うように魅了は効いた。問題は、その効果時間だ。
オーマ:「どんなに頑張っても十数秒しか効かないってぇのは、詐欺じゃねえのか…?」
 これでは、偉そうに命令を下している間に効果が切れてしまい、最後の命令口調に対し反撃が来る。
 中でも大鎌を持った彼女等には相性も合ったのか数秒保たず。更にちょっとばかり無理な命令を下した際、途中で効果が切れてしまった事に気付かなかったため、今でも患者のいない病院へは非常に戻りにくい状態にある。
オーマ:「おまけに例のウォズの騒ぎは原因が分からねえしよぉ…」
 ぽかぽかとうららかな日差しを浴びて、病院の外に持ち出した丸椅子に座りながらぼやく包帯だらけの中年男。
 何となく、通行人が気の毒そうな眼差しを送っているのが気にならなくは無かったが…。
オーマ:「…ん?」
 目の前を、何処かで見たような黒猫が優雅に通り過ぎていく。そこへ、少々凶悪そうな野良犬が通りがかり、黒猫へと唸り声を上げ…それを見たオーマが腰を上げようとした途端、
 ――きらんっ。
 昼間だと言うのに猫の目が光ったような気が、した。その直後、
 くぅぅぅ〜〜〜ん。
 猫へと甘えた仕草と鼻声で近寄って行く犬。そんな犬をちらと一瞥した猫が、そのままぷいと横を向き、近くの街路樹へかりかりと爪を立ててすたすたと行ってしまった。
オーマ:「………」
 犬は、姿の見えなくなった猫を捜し求めてうろうろと周りを見回した挙句――爪研ぎをした木へとでれでれとしなだれかかる。…それは、呆然としたオーマが日が暮れるまで見ていても続いていた。


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ライター通信
お待たせしました…ボリューム詰め込みすぎました(汗)
過去の、罪の部分へと焦点を当てたので、その後現在に至るまでに何があったのかは書ききれませんでしたが、それでも長くなってしまい申し訳ありません。
冒頭の犯人(?)は、エンディングでのオチで分かる通りです。魅了しようとして、と言うわけではなく身の安全を護る術として活用しているようです(笑)
さて、この魅了の術で家族の頂点へ立つ事が出来るでしょうか…。

尚、タイトルは彼の願望です。叶うかどうかは分かりません(笑)

それでは、発注ありがとうございました。またの機会にご利用下さい。
間垣久実