<東京怪談ノベル(シングル)>


 □秘密の茶会を□


 一日の汗を流したジュディが部屋に戻ろうと階段を昇りかけた時、不意に玄関のドアからノッカーの音が聞こえた。
 
「?」

 ホールに掛けられている時計を確認するまでもなく、もう来客があるには遅い。
 しかしノッカーは再び硬質な音をたてて重々しい扉を叩く。

「……うん、もし泥棒さんだったら返り討ちにすればいいだけだし」

 少しだけ考えた後、ジュディは手のひらに拳を打ち付けながらやや緊張した顔つきで階段を飛び降りると、静かに扉を開いた。
 僅かに開いたそこから見えたのは、黒い闇が広がる庭だ。今日は月もなく、黒々とした夜の空気の中を魔物の声が響き渡る様は背筋を自然と寒くさせるが、ジュディは思い切ったように扉を全開にする。

「どっ、どちらさま――――っ」
「あららジュディちゃん、今晩は。驚かせちゃったかしらねぇ」
 
 勢い込んだジュディの言葉は、しかしのんびりとした品の良い声によってやんわりと遮られてしまい、少女は一瞬目を丸くする。
 
 扉を開いた先にあったのは、大きな布だった。
 違う、単にジュディの背丈では布にしか見えなかっただけで、実際は若草色のスカートだった。そこから徐々に視線を上げていけば、ゆるいウェーブがかかった長い黒髪を肩に垂らして困ったように微笑んでいる女性の顔が見える。
 その女性の顔を見て、ジュディの顔は怪訝なものからみるみるうちに驚きのそれへと変わっていった。

「……おばさまっ!! ご、ごめんなさい。あたし、泥棒さんか誰かかなとか思っちゃって……」

 しかしおろおろとする少女を上から優しく見下ろしていた女性は、大きなお腹を抱えるようにしながら前に屈むと、洗いたての金色の髪をゆっくりと撫でる。

「大丈夫よー、ジュディちゃん。こっちこそごめんなさいね、お風呂入った後だったんでしょう? このままじゃ風邪引いちゃうわ」
「ううん、あたしは平気だよ。それより、おばさまこそもうこんな身体なのに、立ったままじゃ身体に悪いよ!! ええっと、と、とにかく上がって。あたしお母さま呼んでくるから!! うーんっと」

 ジュディはぐるりとホールを見回し客用の待ち合い椅子を引きずってくると、

「これ……に、座って待っててね、おばさま」
「あら、でも用事はすぐに終わるから……」
「だーめっ!! お腹の子に何かあったらどうするの? いいから座ってて、ね? すぐに戻ってくるから!!」

 自分を気遣う真摯な瞳を目にした女性がゆっくりと頷くと、ジュディはすぐに踵を返して階段を駆け上っていった。

「お母さまー、お母さまーっ!! …………」

 少女の呼び声はよく通るものであった為、母親はすぐに自室の扉から顔を出し娘の騒々しさを叱ろうとしたが、階段の向こうに見慣れた女性がひらひらと手を振っているのを見つけると、スカートを翻して娘よりも速く階段を駆け下りて行った。

「貴方、そんな身体で何をしているの!! もういつ生まれるのか分からないというのに……!!」
「今晩は。ええ、さすがにちょっとお腹は重かったけれど、夜の散歩っていうのも結構楽しいものねー」

 のんびりと返す女性に、ジュディの母は大きな溜め息をついた。どうやら彼女のこういうマイペースな対応には慣れているらしく、すぐに気を取り直して両手を腰に当てる。これがジュディの母の、友人に対する説教のポーズだった。

「――――それで、そんな身体で一体何の御用かしら? 『ちょっとそこまで来たから』とかいう理由だったら今すぐに送り返すので覚悟なさい」
「いやねぇ、いくら私でも夜にそんな理由で来ないわよ」

 そう言いながら女性はころころと笑うと、「そうそう」と用件を話し始めた。
 もうすぐ予定日なので街の方の医者にかかる為に、明日の朝、女性は夫と共にここを発つのだという。
 彼女の一族にとって出産は聖なるものであり、出産を助ける者と二人だけである手順をふみ行うものである。その為に夫は送り届けた後は街から戻るのだが、手続きや出産の儀式の準備にどうしても一日は街に留まる事になる。
 その間、娘はたった一人で家にいる事になるのだ。

「……あの子をひとりで置いておくのもやっぱりちょっと心配なのよね。機転はきくんだけど、あの子、戦いには不慣れだから……。だから魔物や泥棒とかに襲われたらってすごく心配なの。だから、よければ誰かお暇でつよーい人を紹介してもらえないかなって思って」
「事情は分かるけれど、さすがに今からではちょっと難しいわね……。冒険者ギルドの方に知り合いはいるけれど、使者を出すにも月のない夜は馬が魔物に怯えてまず走ってはくれないし」

 申し訳なさそうなジュディの母親の言葉に、女性は小首を傾げて微笑んだ。

「ううん、ごめんなさいね。やっぱりこんな時間だし、仕方ないわよ。本当はもっと早く手続きを取れば良かったんだけど、儀式に都合のいい日が早まってしまったからねぇ……」

 あくまで優しげなその顔を見て、ジュディは何か言いたげにうずうずと母親の顔を見上げた。しかし何も言えない。母親が客と話をしている時は、子どもは口を挟んではいけないと言われているからだ。
 
「なら、うちに来たらどうかしら? ここならまず安全と言ってもいいと思うけれど」
「ありがたいけれど、それはちょっと無理なの。あの子の研究が今正念場らしくてね、家を離れるわけにはいかなくて。……だからね、私これをあずかってきたのよ。ジュディちゃん」
「えっ?」
「いいわよジュディ、お話なさい」

 唐突に話を振られ困惑するジュディに母親は頷き、話をする許可を出す。 
 おずおずと一歩前に進み出れば、女性は白い手のひらにそっと白い封筒を置いた。
 
「あの、これ……?」
「読んでみてちょうだいな」

 笑顔に促されるままに少女は封を切る。
 中から出てきた若草色の便箋を開いて読み進めるうちに、どんどんと少女の表情が明るいそれへと変わっていくのを見て、母親は不思議そうな顔をした。

「どうしたの? ジュディ。何が書いてあったのかしら?」
「うふふ。ちょっと遠まわしすぎたのだけれど、これは招待状よ」
「招待状って……どういうこと?」
「あの子はいま研究で動けないから、とっても強くてとっても優しくて、そしてあの子が一番会いたがっている頼もしい冒険者のタマゴに守ってもらいたいのだそうよ」 

 そこまで聞いてようやく合点がいったかのようにジュディの母は大きく息をつくと、頭を抱える。

「……あのねぇ、最初から『お泊りのお誘い』だってどうして言わないの貴女は!! ああ心配して損してしまった。貴女のこと、どうせすっかり警備の方は万全なのでしょうよ」
「そりゃあ可愛い娘が襲われでもしたら大変だもの、家の周りはきっちり固めてあるわよー」
「それにしても、こういった書状を届けるのなんて妊婦の貴女ではなく、他の誰かを使えば良かったのに……」
「大事なお手紙はその日、精霊に愛された者が届けるっていうのがうちの慣わしなのよねぇ。今日はちょうど私だったから」
「だからってね…………」

 頭を抱える母親と対照的にのほほんと笑う女性に、ジュディはけれど、と不安そうな声で問いかけた。

「あの、あたしで……いいんでしょうか」
「もちろんよ、ジュディちゃん。確かに家の周りは防衛してあるけれど、けれど中ではあの子はひとりきり。誰もいない家の中で、寂しさというのは何よりの敵よ。だから貴女にそのうーんと強い敵からあの子を守ってもらいたくて、私はここに来たの」

 女性は綺麗な指を伸ばして、ジュディの髪をゆっくりと撫でる。

「それに、あの子が貴女を呼びたがっているわ、誰よりも。お手紙にもきっとそう書いてあると思うわ。……ジュディちゃん、あの子のたっての望みを引き受けてくれるかしら?」

 母親を見ると、優しげな笑みを浮かべている。
 ジュディの返事は、もちろん決まっていた。
 

「――――はいっ!!」







「今晩はっ!!」
「いらっしゃいジュディ、待ってたわよ!!」

 扉を開けた少女へとジュディが呼びかけると、少女は待ちかねていたようにジュディの腕を引いた。
 少女二人のぱたぱたと軽い足音が木で作られた家の中に響き渡る。

「もう昨日はびっくりしたよ……!! いきなりあなたのお母さまが尋ねてきたと思ったら、こんな素敵なお手紙もらっちゃうんだもん」
「ふふふ、びっくりしたようで何よりよ。実は私が持っていくって最後まで言い合ったんだけどね、母さんあれで結構頑固だから最後まで譲ってくれなくって。父さんも呆れてたわよ、全くもう」
「でも、素敵なお母さまだよ」
「そりゃあ、私の母さんですからねっ」

 ジュディの言葉に、手を引いていた少女はくるりと振り向いて誇らしげに胸を張ってみせると、舞うような仕草で再びジュディの手を引いて台所へと向かった。

「ねえねえ、今日の夕食は昨日の晩から仕込んだ特製シチューだから楽しみにしててよ。お肉も野菜もいっぱい入れた私特製のやつだからね。分量から何から全て計算し尽して旨みの最上級を目指した、最高の研究結果なんだから!!」
「え? ……っていうことは、昨日の夜おばさまが言っていたあなたの『研究が今正念場らしくて』って」
 
 少女は疑問を飛ばすジュディに微笑むと、荷物を入れる為の小さなバスケットを引っ張り出しながら頷く。

「そうよー、今度の自主課題は『いかにして美味を作るか』っていうものなの。それがいい具合に煮詰まってきたから、研究成果も兼ねていざ試食! ってね」
「うん、すっごくいいにおいがする」

 くんくん、と鼻をひくつかせたジュディは期待に瞳を輝かせたが、それと同時に彼女のお腹もまた存在を主張するかのように可愛らしい音をたてる。

『あ』

 少女たちは互いに顔を見合わせた。

「……あ、あはは。今日の訓練、ちょっとはりきりすぎちゃったかなぁ……なんて」

 ジュディのその言葉に少女は軽く肩をすくめると、時計と台所の向こうを見比べて何事かを考え、やがて納得したように顔を上げる。

「ふむ……。ま、もう十二分に煮込んだし、そろそろいい頃合よね。それじゃジュディ、あんたちょっとこのバスケットに荷物入れて二階に置いてきてちょうだい、ついでに着替えてくるとなお良し。ああ私の部屋は上がって突き当たりだから」
「え、え? ちょっ……」
「はいはい早く行った行った、私はシチューの最後の仕上げにかからなきゃなのよー。ま、お客様は仕上げをお待ち下さいってこと」
「うーん、でもあたし、今日はあなたの護り役なんだけど」
「この前ご馳走になった時のお礼と思ってちょうだい。ほーら、護り役なら早く着替えて私と一緒にいてくれなきゃ困るわよー、私ひとりでいると泣いちゃうわよー」
「…………………………」
「何よその目は」
「…………えへへ、あのね、その、泣くようにはちょっと見えないなぁなんて」
「なにーっ?!」
「わわわっ!! それじゃ着替えてきまーすっ!!」

 ばたばたと階段を駆け上るジュディを見送ると、少女は腕まくりをしながら鼻歌を歌いつつ台所へと消えて行く。
 ジュディは言われた通りの部屋を見つけ、取りあえず手早く着替えて急いで少女の元へと向かおうとした。これから始まる『お泊り』という少女たちにとっては一大イベントを余す所なく楽しみたいという胸の高鳴りを、抑えきれなかったからだった。

「おーいっ、着替えたよー……って、あれ?」

 階段の途中で玄関からジュディの耳に聞き慣れない声が聞こえた。
 客か何かが来たのだろうかと足を止めれば、少女の後ろ姿が見える。どうやら訪問してきた誰かと応対しているようだったが、どこかおかしい少女の様子にジュディは首を傾げた。
 その訪問者へ叱咤激励をしていたかと思えば急に口ごもったり、あまつさえ耳を真っ赤にしながら話している。
 話ぶりからして親しい者であるというのはジュディにも分かったが、しかしそれならば何故あんなに挙動不審なのだろうと思い、ジュディは残りの階段をふわりと飛び降りて少女の元へと歩み寄った。 

 少し離れた物陰からそっと覗き込めば、少女が応対しているのは物腰の柔らかそうな青年だった。どうやら少女の探していた本が手に入ったので、それを渡しに来たらしい。
 やがて青年は「それじゃあ、また」と言って去っていったが、少女はその姿を見送ってもなお玄関を見つめている。
 渡された本を胸の中に大事そうに抱えて遠くを見つめていた瞳が、ジュディにはひどく印象的だった。

 しかし。

「……ってジュディ、あんたそんなとこで何やってんのよ!!」
「着替えたから降りてきたんだけど……あの人だあれ? ここらじゃあまり見ない人だけど」
「あ、えっと、その、……ええいその話はあとあとっ!! さー張り切ってご飯食べるわよー!!」

 明らかに挙動不審な少女のぎくしゃくした去りようにジュディは再び首を傾げたが、しかし目の前の空腹に勝てはしなかった。
 取りあえず後で話を聞けばいいや、と自分に言い聞かせ、今はとても美味しそうなにおいを発するシチューを味わう事に専念することにするのだった。






 さすがに研究者志望の少女が知識の限りを尽くしたというシチューは、特製の文字を冠するだけあってジュディの小さな腹をこれでもかという程に満たした。

 少し早い夕食の後は、早々に湯を使う事になった。大きな薬缶を二つ同時に火にかけ、沸かした湯をたらいに注ぎこむのを何度か繰り返し、互いが入浴する時は沸かす役目と身体を清める役目を交代していく。
 その間も語り合いは絶えることはなく、がらんとした家から寒々とした印象が薄れた頃、二人はお気に入りのパジャマをまとい二階へと昇る。
 先を上がる少女の手には、チョコチップクッキーが山盛りにされた大きなボウル。そして後ろをついていくジュディの手にはポットと二つのマグカップがあった。ジュディはポットから香る心地よいにおいにうっとりと目を細めた。

 突き当たりの少女の部屋に辿り着き、ジュディは改めてランプの灯されたそこを見回した。勉強家らしく本棚がまるで壁の役割を果たしているかのようではあるが、窓際には美しい細工が施された一輪挿しが置かれていたり、様々な布を繋ぎ合わせた縫い物のベッドカバーがかけられていたりするなど、女の子らしさには事欠いてはいない。
 暖かな雰囲気に包まれた部屋へと足を踏み入れ、人形が腰掛けるような小さな細工椅子にお菓子とハーブティーを注いだカップを置くと、少女二人は揃ってベッドの上に陣取った。  

「ねえねえ、そのパジャマ可愛いね。どこのお店で買ったの?」

 ジュディがクッキーを口に運びながら少女の薄青に小花模様のついたパジャマの生地を指差すと、少女はハーブティーで喉を潤し答える。

「んー、これは布だけ街で買ってきたのよ。それを母さんが縫ってくれたの」
「いいなぁ、襟のとこのレースとかとっても可愛いよ」
「あんたのだっていいじゃないの、白に金髪ってよく映えるしね。どこで買ったの?」
「これはね、お母さまがあたしの誕生日に作ってくれたの。いつ着ようかずーっと迷ってたんだけど、今日初めて着ちゃった」

 えへへ、と笑うジュディに少女は嬉しそうにハーブティーのお代わりをジュディのカップに注いでやる。

「全くもう、そんな大事なものここで着ちゃって良かったの?」
「いいの。だって初めてお友達の家におよばれされたんだから、その思い出もこのパジャマと一緒にずっと覚えていたいの」
「うう、相変わらず恥ずかしい子だわ……嬉しいけど」

 クッションを抱えながらクッキーをかじる少女に、そういえば。とジュディは持ち越されていた疑問をぶつけた。

「ねえねえ。夕方のあの男の人のお話、まだあたし聞いてないよ?」
「うっ」

 かちりと固まる少女へと、しかしジュディはどんどんと質問をぶつける。

「ご本もらってたけど、あの人もあなたと同じ研究者なの? でも変わった髪の色してたよねぇ、ここらの人じゃないのかな。半分精霊入ってるのかな」
「……ジュディ」

 低い声で紡がれた声に、ジュディはしまったと口を押さえた。
 また話し過ぎてしまったのだろうかと恐る恐る少女を見たが、しかし少女の瞳には怒りの色はない。

「あのね、ちょっと聞いてくれる?」

 そうして、少女はぽつぽつと青年の事を話し始めた。
 彼はここら一帯を巡る移動本屋であり、その土地の研究者の注文に応じて遠くまで足を運び、その研究者に届けるという仕事をしているのだという。
 少女は研究者になったのはついこの前なので、ついこの前初めて彼の本屋を利用したという事らしい。

「……その時にね、彼、こっちが言ってたのと違う本を出してきちゃって。私ってば初対面なのについいつもの癖で説教しちゃったんだけど、とても恥ずかしそうな顔で「すみません」なんて謝るもんだから、こっちも怒る気なくしちゃったのね。その時は別に何とも思わなかったんだけど――――」

 ハーブティーのカップを両手で持ちながら、湯気の向こうで少女はぽつりと続けた。 

「それから何度か本の受け渡しをしたんだけど、彼ってば私がちょっと興味があるなって言ったものとかの資料をずっと覚えてて、次の時までに持ってきてくれるようになったの。もちろん、商売なんだから常連の好みや研究しているものの本を覚えるのは普通なのかもしれないけど、でも、嬉しかったの。最近は母さんたち生まれてくる子の事でいっぱいいっぱいでちょっと寂しかったから……」
「……そうなんだ」
「うん。今日もまた彼はいつもみたいに頼んでいたものを持ってきてくれたんだけど、そのお礼にってクッキーあげたのね。そうしたらすっごく喜んでくれて、その上母さんの産後の為にって栄養価の高い料理を作る資料ももらっちゃって。私とっても嬉しかったんだけど、素直じゃないからまた憎まれ口たたいちゃった……彼は笑ってたけど。ねえジュディ、彼、私のこと嫌ってないかな。大丈夫かな」

 いつにない必死な様子にジュディは少し目を丸くするが、けれどすぐに真剣な顔になって考え始める。

「ええと……でもそのお兄さん、クッキー受け取ってくれたんだよね? そして、笑ってくれたんだよね?」
「う、うん」
「ならきっと大丈夫だよ、お客さんと売る人っていう事もあるかもしれないけど、でもあなたのこと嫌いじゃないとあたしは思うよ。でも憎まれ口は出そうになっても、これからは我慢した方がいいかもしれない。あんまり続けて言っちゃうと『本当に嫌いなのかな』ってあたしなら思っちゃうし」
「そうか。……そうよね、やっぱりこの癖直さなくちゃ駄目ね。ありがとうジュディ、少し気が楽になったわ」
「どういたしまして!! あたしで役に立てるならいつでも言ってよ」

 力強い言葉に少女は微笑むが、すぐにぐったりと身体をベッドへと沈めて呟いた。

「あーあ、全く私もまだまだね。母さんたちの心配するのが当たり前だっていうのに、こんな些細な事なんかで一喜一憂してるなんてさ」
「そうかなぁ、全然些細なことなんかじゃないと思うけど。……あたしだって、そういう時は胸がいっぱいになるもの」

 寝返りをうち、天井を見上げながら半ば呆然と少女は続ける。

「でもやっぱり、好き……なのよねぇ、これが。ああ難しい。男女の心の機微っていうのは何よりの研究課題だわ」

 その頬が赤らめられているのを見てジュディは自分のことのように胸を弾ませた。

「そうだよねぇ、あたしも難しいって思うもの」
「あら、あんたもいるの? そういう人」
「…………うん……」

 僅かに口ごもった後、ジュディはそっと自分の胸のうちにいる者の名を告げた。
 その名に一瞬少女は驚いたようだったが、けれどすぐに仰のいたまま微笑み、ジュディの金髪を撫でる。

「そっか、お父さまか……。確かに素敵な方だものね」
「――――うん」
「応援はできないけれど、でもそういうのもあってもいいと思うわよ。憧れは今しか持てないものだから」

 遠くを見て、少女はしみじみと言葉を紡いだ。

「今を大切にしないとね、いけないと思うの。どんなことを思っていても、それは今の自分の正直な気持ちなんだから」

 その言葉に、ジュディは深く頷きながらハーブティーを口に運ぶ。
 自分の思いを否定されたらどうしようという思いがあったのだが、けれど少女が否定しなかったことがジュディにとっては何より嬉しかった。

「……あ、ねえ。もうこんな時間だけど……どうする?」

 少女が時計を見つつ起き上がってジュディに訊ねると、ジュディは「もっちろん」と言葉を続ける。

「今日は朝までずーっと、ずーっとおしゃべりしてようよ!! あたし、まだあなたの色々な話聞きたいし、あなたをもっと知りたいって思ってるんだから!!」
「言ったわね。徹夜ならこっちの方がプロなんだから、今夜は覚悟しときなさいよっ」

 じゃれあいながら、少女たちの密かな夜は更けていく。
 ハーブティーとクッキーの香りに包まれた茶会は、まだまだ終わりそうにはなかった。





 END.