<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


希望の卵



------<オープニング>--------------------------------------

 黒山羊亭に幅の広い帽子を目深に被った一人の男が訪れた。
 男は店に入ると帽子を取り、エスメラルダを見つけ笑顔を浮かべる。
「よぉ、久しぶりだな」
「えっと……どちらさま?」
 エスメラルダは男を上から下まで舐める様に見つめ首を傾げた。
「おいおい、忘れたのかよ」
 そう言いながら男は親しげにエスメラルダの肩を指でポンポンと弾く。
 その仕草でエスメラルダは何かを思い出したのか、あぁぁっ!、と声を上げた。
「あんたもしかして…前にピアノ弾いてたジェイ? …でも随分と変わったもんね」
「やーっと思い出してくれたか。脳みそイカれちまったかと思ったぜ」
 年齢にして30歳半ば頃だろうか。少しクセのある長い黒髪を真ん中から分け両脇に垂らし、残りは後ろで一つに括っている。無精髭を蓄えてはいるが、それは本人のスタイルの一環らしい。その立ち居振る舞いは少し軽めなダンディなオジサマといったところだ。

「で、どうしたの? またピアノ弾く?」
「いーや、今日は依頼を持ってきたんだ。コレなんだがな」
 ジェイが担いできた袋から大事そうに取り出した箱の中には綿が詰まっており、その中から白い卵が現れた。
「なに?それ」
「見ての通り卵だ。でも普通の卵じゃない。これはレンと呼ばれる世界の種族の卵で、この卵から生まれる人物を21日間育てて欲しいんだ」
「はぁ? 卵から人が生まれるっていうの? しかも依頼はその子供を育てるって?」
 大きく頷いてジェイは煙草に火をつける。紫煙がゆっくりと立ち上った。
「子供はこの世界で1週間に5歳年を取る。で、その子供っていうのは育てた奴の教えてくれる感情やら表情やらを吸収して人格を形成していくんだ。優しさを教えた子供は思いやりのある子供に育ち、悪いことばかり教えた子供は回りを顧みず欲望のままに全てを食らい尽くす人物に育つだろう。育てている人物のイメージをダイレクトに受信して蓄積していくって感じか?その育てた子供は結果がどうであれ21日後に元の世界『レン』に連れて行く。そしてその世界の支えとなり道標となる」
「ちょっと…それって育て方によってはかなり危険じゃないの?」
 眉を顰めたエスメラルダがジェイに告げる。それをちらっと眺めたジェイは苦笑気味に続けた。
「だから、そのレンにとっての賭なんだよな、コレは。この世界、ソーンには異世界からの住民が溢れている。今までレンにはそういった他からの干渉とかそういうものが一切なく、ある特定の…この世界で言えば『王』か。まぁ、レンっていうのはその王の描くイメージだけで作られている世界なんだが、その王の想像力、気力共に限界が来てしまい滅びが近づいているんだなー。ほとんど何も無くなってしまったんだとさ。今はほぼ真っ白な世界。それでオレに声がかかったというわけだ。そしてこの卵の中の人物が次の王。王だけは卵から生まれるんだと。本来ならば王が次期の王を育てる。しかし感情も何もかも真っ白に近い王が育てても同じ王が育つだけだろ。だからこその賭なんだ」
 コンコン、と軽く叩いてジェイは笑う。
「世界の滅ぶトコなんてまだ生まれてきても居ないコイツに見せたくねぇなぁと思ってるんだけどな。ここだったらエスメラルダご推薦の人物が良い教育してくれるんじゃないかと思って連れてきたんだ。だからヨロシク頼む」
 ジェイは短くなったタバコの火を消し、エスメラルダに笑顔を見せる。
「レンの王も世界を自分のせいで滅ぼすのは忍びないと言ってた。とりあえず1週間に1回オレがあっちに現状報告することになってるからオレとの面会は必須。ま、オレがふらりと預かってくれる奴のトコ行くから良いけどな。それと卵が割れるのはその育ててくれる人物の心と触れ合った刻。まぁ、やってみりゃ分かるだろ。…一つの世界が自分が与えた情報によってのみ形成される…まるでその世界の神って奴みたいだな。でも別にその世界の神や救世主になれって言う訳じゃない。この子供を大事に育てた結果が世界を新たな色に染めるってだけだ。この卵の中の子供が作り上げる世界。それはきっと育ての親から貰った想いや夢の欠片がいっぱい詰まった世界だろうよ。」
 どんな子に育つのかオレも楽しみだなぁ、とジェイは手元の白い卵を優しく見つめた。


------<卵は如何?>--------------------------------------

「なーんか面白そうな依頼なー…」
 14歳位の少年に見える風起が黒山羊亭へとやってきた。
 酒場には不釣り合いに見える少年の姿だがそれを気にするような人物は生憎とこの酒場には居ない。
 すんなりと中に入り掲示されている依頼を眺める。
 しかし風起の触手を動かすような依頼はまだ入っていないようだった。
「ちっ。つまんねーな」
 小さく呟き近場の椅子に腰掛ける。
 何を頼むかと考えていると、背後から声をかけられた。
「よぉ、暇そうだな兄ちゃん」
「兄ちゃん??」
 風起に子供呼ばわりする言葉は禁句だった。
 かけられた言葉にぴくり、と反応し風起は振り返る。
 そこに居たのは無精ひげを生やした胡散臭い中年の男だった。
「オレはジェイって言うんだ。…そんなおっかない顔しなさんなって。暇そうにしてるから依頼でも探してるのかと思ってだな声をかけたってのに」
「依頼だー? つまんねー依頼ならお断りだぜ」
 かったるー、と言わんばかりの態度で風起が告げるとジェイと名乗った男は手にしていた袋から大きな一抱えほどある卵を取り出した。
「なんだ、それ」
 余りの大きな卵に風起が興味を示し声を上げると男は告げる。
「見ての通り卵だ」
「じゃ、他の人当たれよな」
 ただの卵に興味はねぇ、と言って面倒くさそうに机に突っ伏す風起。
 その目の前に腰掛け、ジェイは邪魔にされているのも気にせず風起に話し始めた。
「いいから聞くだけ聞いてみろって。大きなただの卵に見えるがちょっと違う。こいつはレンという世界の次王の卵だ。これを育てるっていうのが依頼だ」
「はぁ? そんな大事な奴自分で育てりゃいーじゃねぇか」
 それが出来ないから言ってる、とジェイは事の次第を話す。

「次王を見ず知らずの奴に育てさせるなんざ博打に出たな、その王もよ」
 少しはその度胸うちの親父にも見習わせたいもんだぜ、と風起はぼそりと呟くがそれはどうやらジェイには届かなかったようだ。
「だからさっきから言ってるだろう、賭だって。で、やってみる気になったか?」
 ジェイの言葉に風起は不満げに声をあげる。
「つーか、ジェイが育てんのじゃ駄目なのか?」
「却下。オレの場合色々私情挟みたくなるから」
「なんだ、それ。…そのなんだっけ、レンって世界の関係者かなんか?」
 ノーコメント、とジェイは笑いあくまでも風起に卵を育てて欲しいと告げる。
「なんで俺なんだよ」
「んー、なんだろうね。勘かな?」
 俺の勘は今のところ半々の確率で当たってるよ」
 自信満々でそんな事を告げるジェイに、半々ってかなり怪しいじゃねーか!、と風起が怒鳴るがジェイは気にしないことに決めたらしい。
「で、まぁ色々とそんな訳で頼みたいんだ。頼めるか?」
 へらへらと話していたジェイだったが、その時の瞳はちゃらけてなどいなかった。真剣そのものの瞳で風起を見つめている。
 その瞳を見て、風起は反論するのをやめ、はぁ、と溜息を吐いた。
「で、21日間だって?」
おぉ、やってくれるか!、とジェイは瞳を輝かせて風起に卵を押しつける。
「ちょっと待ちやがれ! ジェイにはもっと聞きたいことがある。レンについての情報もなしにどうやって育てろっつーんだよ」
 卵から生まれるなんて鳥みたいだろ、と呟くとジェイも頷く。
「でも鳥じゃねぇんだな。あっちはここと大差ない世界というか…王のイメージでいくらでも変化する世界だから同じ生活していても問題はないんだ。習慣とか時間の概念とかも王によって決められる」
 そんな奴を俺が育てるのかよ、と喉もとまででかかった答えを風起は必死に飲み込んだ。
 自信ないのか、等と言われた日にはどん底まで落ち込んで這い上がれなくなってしまいそうだった。
「分かったよ、こっちの普通でいいんだな」
「あぁ。…他に何かあるか?」
 特にない、とぶっきらぼうに告げるとジェイは苦笑しつつ手をヒラヒラと振った。
「それじゃ、よろしく頼むな。一週間後、お前のところに様子を見に行くから」
 一応報告しなきゃならねぇし、とジェイは告げ去っていった。


------<強い想い>--------------------------------------

 面白い依頼を見つけたといえばそうなのだが、どうなのだろう。
 腑に落ちないものを感じながらも目の前の卵に期待を寄せる。
 一体どのような子が生まれるというのだろう。
「…っと、とりあえず心を通わせるところからか…」
 家に持って帰ってからだな、と風起はいそいそと卵を持って帰宅した。

 そして家に帰ってきてからも卵を見つめ暫く考える。
「暖めてどうにか…なるわけねぇか…呼んでみるとか?」
 話しかけるのも良いかもしれない、と風起は卵を抱えて語りかけてみる。
「大丈夫、待ってるから…早く顔見せろよ」
 言ってから一人照れて片手で顔を押さえる風起。
 顔に血が上る。
「…なんか照れるなコレ……」
 赤面しつつもその気持ちに嘘は無いため口には出さずに卵を抱いてみる。
 ジェイは育てる人物のイメージ・想いを受信し蓄積していく、と言っていた。
 それならば想いの強さで生まれてくればいい。

 暫く抱いていると、ぱきっ、と音がした。
 目をやると卵に亀裂が入り、奥に小さな手が見えた。
「もう少しだぞ」
 思わず声をかけて子供を応援してしまう。
 その声に導かれてか子供は必死に殻を破り、この世界へと生まれた。
 小さな手は風起の指をしっかりと握り、風起と似ている碧色の瞳は風起を見つめていた。
「そうだ…名前…ないと困るな」
 暫く考えた風起だったが一つの名前を紡ぐ。
「翼仁(イーレン)っていうのはどうだ?」
 翼仁、と呼ぶと子供はそれが自分の事だと分かるのか嬉しそうに声をあげた。
 それに風起は気を良くし、子供を布団に寝かせてやりながら微笑む。
「翼仁か。しばらくよろしくな」
 あうー、と翼仁は笑顔でそれに応えた。


------<子育て奮戦記>--------------------------------------

 そこまではよかったのだが、風起は子供を育てたことなど一度もない。
 何からすればいいのか分からずあたふたと思いつくことから手をつけ始める。
 その間にも翼仁の機嫌はどんどんと悪くなっていく。
 おしめをみてみるが変化はない。とすればミルクか、と風起はミルクの用意を開始した。
「くっそー、これじゃ完璧どっかの誰かに笑われるじゃねーか」
 大泣きさせていれば嫌でも見つかってしまう。
 ようやく人肌の温かさのミルクを作り終え、風起は翼仁にミルクを与えることが出来た。
 よっぽど腹が空いていたのか、勢いよくミルクを飲み干していく。
「あんまり一気に飲むと腹壊すぞ」
 適当に調節してやりながら風起はミルクを飲ませ終えると、そのまま抱いて翼仁をあやす。
 腹が一杯になった翼仁は、泣いていた疲れもあるのだろうがそのまま風起の腕の中で安らかな寝息を立て始めた。
「現金な奴…」
 手のかかる奴だ、と思いつつもその寝顔を見ているととても幸せそうで、見ている風起まで暖かい気分になってくる。
「明日はどのくらい大きくなるんだか」
 まだ髪の毛もぽやぽやとしか生えていない言葉も話せない赤子だったが、一週間で5歳歳をとるというのだから成長はかなり早いのだろう。
「明日になったら話してたりしてな」
 くすくすと笑った風起だったが、自分も疲れてそのまま翼仁の隣で眠りに落ちてしまった。

 翌朝、風起は耳元で声を上げられ驚いて文字通り飛び起きた。
 冗談で昨日言ったつもりだった事柄が本当になっている。
「いーれん、おなかしゅいたー…」
 ぐいぐいと呆けたままの風起の袖を引っ張って翼仁と思われる少年が声をあげていた。
 さらさらの銀髪は肩まで伸びており、肌は雪のように白い。
 くっきりとした瞳は上目遣いで風起を見つめている。
「……翼仁?」
「あい」
 名前を呼ばれると、にぱー、っと笑顔全開で風起に抱きついてくる翼仁。
「夢じゃねーのかよ」
 すごいな、と呟くと風起は翼仁を抱き上げて台所へと向かう。
「よしっ。なんか作ってやっから少し待ってろ」
「あい。……うー……フーキ?」
「ん? なんだ?」
 名前を教えていないのに翼仁は風起の名を知っていた。
 やはり触れた箇所から情報は流れていっているのだろうか。
 そんなことを思いながら、風起はちゃんと返事をしてやる。
 呼ばれたら返事をする、翼仁にだって出来ることだ。
「フーキ、フーキ」
 覚え立ての言葉を喜ぶように、何度も繰り返しその名を呼ぶ。
「あぁ、分かった。…とりあえずむやみやたらに名前呼ぶのは禁止だ。もし本当に危険だって時にお前が俺のことを呼んでも気づかないだろーが」
 そう一気に告げると、翼仁はきょとんとした様子で風起を見つめた。
「俺のことが必要な時、名前は呼ぶんだぞ」
 もう一度告げると、今度はなんとなく翼仁も理解したようだ。
「あい」
 きゅうっ、と翼仁は風起に離れないようにとでもいうのか、小さな手でしっかりと捕まる。
 しかしそれでは料理も出来ないため、ちょっと待ってろな、と翼仁を下に降ろした。
「フーキ、いーれんいや?」
 離されたことで不安になったのか翼仁のひとみに涙が浮かび始める。
 慌てて風起はしゃがみ込むと翼仁に告げた。
「違う違う。今から飯作るから少しだけ待ってろ。…ここ掴んでて良いからな」
 翼仁の手を持って自分の服を掴ませる。どこか触れていれば落ち着くと聞いたことがある。それを思いだし咄嗟に言った一言だったが、翼仁には効果があったようだ。
 とりあえず嫌われていないことに気づいた翼仁はおとなしく風起の服を掴んで、料理が出来上がるのを待ちはじめたのだから。

 そうして一週間も経つと翼仁は、あれはなんだ、これはなんだ、と風起を質問攻めにした。
 目に映る全てのものが目新しくて不思議なものに思えるのだ。
 そんな中、風起は翼仁を連れて海岸へと向かっていた。
 家の中にいても詰まらないだろうし、と散歩しながらソーンのありのままの姿を見せてやりたいと思ったのだった。
 世界の広さ、そして複雑さ、厳しさ。
 隠す事なんて一つもない。
 そういうものを知らなければ、自分の事も世界のことも見えてはこない。
「フーキ、あれなに? あのキラキラしてるの」
「あれか? あれが海だ」
「うみ? ……おさかないる?」
「いるな」
 その言葉に瞳を輝かせた翼仁は一目散に砂浜へと駆けていく。
 見失わないように見つめながら風起は気持ちよい風を受けていた。
 波打ち際で翼仁は楽しそうに水遊びをしている。
 まだ日は高いからそう寒くもないだろう、と風起はその姿を見つめていた。
 すると以前声をかけてきた時と同様に気配なく背後に立ったジェイが声をかけてきた。
「よお、元気そうだな。子育てはどうだ?」
「それなりに」
 遠くで、フーキもきてよー、と騒いでいる翼仁の声が聞こえる。
「良い表情じゃないか」
 あの子もお前も、とジェイは言って嬉しそうに笑う。
「お前に預けて正解だったな」
「褒めても何もでねーよ」
「貰おうとは思ってないさ。これからもあの子を大切に育ててやってくれ」
 それで十分、とジェイは告げた。
「そのつもりだ。…でもよ、ガキには『父』より『母』親のが必要な気ぃするんだけど」
「別に関係ないんじゃないか? あの子はお前を求めてる」
 ほら泣きそうだぞ、とジェイがあごで翼仁を指し示す。
「ジェイが居るからここに俺はいるんだろーが。話し終わったらさっさと帰れ」
 憎まれ口を叩いて風起は本当に泣き出しそうな翼仁の元へと歩き出した。
「はいはい。俺もこれで報告しやすいしな。また来週来るからその時またな」
 ジェイはそう言ってまた音もなく消えていく。
 風起は心の中にくすぐったいような感情を覚えて、自分の元へと一生懸命かけてくる翼仁を笑顔で抱き留めた。





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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


●0635/風起/男性/207歳/雨使乞


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■□■ライター通信■□■
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初めまして、こんにちは。 夕凪沙久夜です。
子供を育てて頂くお話、如何でしたでしょうか。
では早速子供パラメータなるものを発表です。たいしたものではありませんが10段階評価です。

○翼仁
きれいさ-[7] 社交的-[8] 活動的-[8] 陽気-[7] やさしさ-[6]
料理-[1] 技術-[5] カリスマ-[6] 身体-[6] 論理-[5] 創作力-[5]
いーれん、フーキのことだいすきなんだ。いっしょにいるとたのしいんだよ。

全てのパラメータはこれから上がる要素たっぷりとなっております。
5歳時点では、ということですので。

どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
またお会いできますことを祈って。